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教唆行為 における正犯の所為の 特定性 に関す る考察 (1)

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(1)

教唆行為 における正犯の所為の 特定性 に関す る考察 ( 1 )

1 は じめに

2 我が国の判例 ・学説 1 判例

2 学説 3 小括

3 ドイツの判例 ・学説 1 判例

2 学説

1 1986年判決以前 2 1986年判決以後

3 モ ンテ ンブル ックの見解

4 許 された危険の問題 と捉 える見解 3 小括 (以上,本号)

4 特定性の基礎付 け

1 ドイツにおける議論状況 2 批判的検討

5 特定性の要件

1 教唆行為 の特 定性 の位置付 け 2 特 定性の内容

1款 構成要件 に よる特定

2 構成要件 を超 える限定の必要性 3 小括

6 おわ りに

171

(2)

1 は じ め に

他 人 に犯罪 を実行 させ る決意 を生 じさせ,その犯罪 を実行 させ ること」 を 内容 とす る教唆犯 をめ ぐっては,解釈上 さまざまな争点があ り,その うちの1 つ として,犯罪 を行 う決意 を正犯 に形成 させ るところの教唆者の挙動 (以下, これを 「教唆行為」 と言 う) と,正犯 に生 じた決意の内容, ひいては正犯 によ り行 われた犯罪行為 (以下, これを 「正犯行為」 と言 う) との間の関係 をどの ように考 えるかがあ る。 もっとも従来 は,教唆の内容 と現実 に行 われた正犯行 為 とのずれを問 う 「共犯の過剰」あるいは 「共犯者 にお ける錯誤」 の観点が中 心 であ った1)。 だが これは,教唆行為 と正犯行為 の関係 をめ ぐる1つの争点 に す ぎない。すなわち,教唆者 は行 われ るはずの正犯行為 を具体的に指示 し,そ れ につ き具体的な表象 を有 しているとの前提 に立 って,実際 に正犯 によ り行 わ れた行為 あるいはそれによる結果が教唆者 の表象 とは異 なる場合 に どう処理す べ きかが論 じられる

それ に対 し,以上 で 「前提」 とされた教唆内容 の具体性,す なわち, 「教唆 者 は教 唆行為 にお いて どれだけ犯罪 の内容 を特 定 しておか なければな らない か」,別の観点でい うと, 「教唆者 は, どの程度特 定 して正犯 の所為 を表象 して いなければな らないか」 に関 しては, これを正面か ら論 じた学説 は必ず しも多 くない ように思 われ る し,判例 も同様 と見 られる。 しか し,教唆は他 人 に犯罪 行為 を行 う決意 を生 じさせ, さらにその者 に犯罪 を行 わせ る とい う特徴 を有 し ているのであるか ら,実際 に行 われる正犯行為 につ き漠然 と何か を述べ た とい

1)西田典之 「共犯の錯誤について」平場安治ほか編 『団藤重光博士古稀祝賀論文集 第三巻』93頁以下 (有斐閣・1984年),浅田和茂 「教唆犯と具体的事実の錯誤」

西原春夫先生古稀祝賀論文集編集委員会編 『西原春夫先生古稀祝賀論文集 第一 』403頁以下 (成文堂・1998年),松生光正 「正犯者における客体の錯誤の共犯 者への帰属」斉藤豊治ほか編『神山敏雄先生古稀祝賀論文集 第一巻 過失犯論 ・ 不作為犯論 ・共犯論』593頁以下 (成文堂・2006年)などの文献がある。これらは, いずれも教唆者の持つ具体的な認識 ・表象と発生 した正犯行為 ・結果 との間にず れが生 じたケースの処罰に関するものである。

(3)

教唆行為における正犯の所為の特定性に関する考察 (1) 173

うだけで教唆犯の成立 を認 めるな らば,帰責範囲があ ま りに広 くなって しまい, 妥 当でない。教唆内容 ない し教唆者の故意の特定性 に関す る要件 を検討 して示 す ことは,教唆犯の成立範 囲を妥 当な ものにす るために必要 な作業 と思 われる

以上の ような問題意識の もとに,本稿 では,我が国お よび ドイツにお ける判 例や学説 の状 況 を参考 に しなが ら, 「教唆行為 にお ける正犯 の所為 の特 定性」

を論 じてい きたい。次章では,我が国の判例 ・学説の状況 を確認す ることにす

2 我 がB]の判例 ・学 説

1

我が国の判例 において,正犯 に対す る指示が不特定でないかが争 われた 事例 は,公刊物 を見 る限 り数件 を数 えるのみであ る

大正5年 の大審院判決 は,原審の認定 による と次 の ような事案 であ った2) 村 長であ った被告人Kは,衆議院議員総選挙 に出ることを計画 していた ところ, 大正31226日に衆議院の解散 を報 じる新 聞報道 に接 し,同月26,27日ごろ, 助役 であ る被告人Tに対 して村 長職の辞意 を告 げた。その際K 「Tを して同 月二十 日付被告K名義の辞職届 を作成せ しめたる上 同月二十二 日該辞職届 を受 理 し同 日適法 に村長の職 を辞せ しものの如 く装 う為め万事都合 よ く取計 ひ呉れ 度 旨申向けて其受理 月 日の遡記文書教案及文書偽造行使 を教唆 し」 た, とい う ものであ る3)。本判決の表現 による と, Kが Tに対 して,20日に辞職届 を提 出 して22日に受理 された ように記録 を改窺 しろ とい う内容 まで 申 し向けているよ うに も読 める。 しか しそ うだ とす ると,行 うべ き犯罪の構成要件やその行為態

2)大判大 5・9 ・13刑録221335頁。なお,引用部分については原文の片仮名を平 仮名にしたほか,適宜濁点を打ち,旧字体を現在の漢字に改めたところがある。

3)判決では弁護人の上告趣意に応答するために必要な限度でしか事実を摘示 してい ないので,どのような意味で公文書が 「放棄」されたのか,また,偽造された公 文書の行使が備え付けによるものか呈示によるものかなど,詳細は判然としない。

(4)

様 に至 るまで正犯行為は問題な く特定 されていて,後述するような 「必ず しも 其為す可 き箇筒の行為に付具体的に之 を指示するを要す るものに非ず」 とい う 本判決の説示は事実関係 に合致 しない不要の もの となって しまう。したが って, 実際にはKは 「万事都合 よ く取計 ひ呉れ」 とだけ述べ るにとどまったのではな いか と考 えられる

被告人Kにつ き教唆の成立 を認めた原判決 に対 し,弁護人は,「被告Tの行 為が被告Kの教唆に基づ きて遂行せ られたる ものな りと為 さんには其教唆に係 る事実は具体的に之 を表明 し且其教唆 に係 る事実 を認識せ しむるに足 るべ き範 囲程度は之 を説明せ ざる可 らず」 と主張 して争 った。 これに対 して大審院は, 次の ように判示 してKの上告 を棄却 した。すなわち,「教唆罪 を構成す るには 被教唆者 をして各場合の事情 によ り一定の犯罪行為 を為す可 きことを了解せ し め得べ き程度に於て指示すれば足 り必ず しも其為す可 き箇箇の行為 に付具体的 に之 を指示するを要するものに非ず‑‑本案事件の事情 に照せば被告Kの辞職 届 を実際の受理前 に受理 したる如 く装 はんが為め必要なる行為 を為す可 きこと を教唆 し被教唆者は其教唆の趣 旨を了解 して判示の行為 を実行 したるもの と認 むることを得べ き」, と

本判決が要求する教唆行為の特定の程度を検討するには,「一定の犯罪行為」

の内容が問題 となる。本判決では,行 われるべ き行為の内容が公文書の偽造 に 関わるものであることはK とTで共通の認識 を有 していた として 「文書放棄及 文書偽造行使」が認定 されているか ら,大審院は構成要件の特定があれば足 り るとする立場 を示 した と解 される

続いて大正13年の大審院決定である4)。事案 は,被告人ⅩがYか ら金策 を依頼 され,「何か金園になる ものを持って来い」 と申 し向けた ところ,Y その 「意味は誰 もお前 に金 を貸す人がないか ら何か金になる ものを盗んで売れ と云ふ様 に解 し」,株券お よび丸太 を窃取 した, とい う経過 をた どった。大審 院は,「教唆犯の成立 には教唆者が被教唆者 に対 して一定の犯罪行為 を為すベ

4)大決大13・3 ・31刑集3巻256頁。引用部分の表記については注2を参照。

(5)

教唆行為における正犯の所為の特定性に関する考察(1) 175

きことを指示することを要するものなるが故 に他 人に対 して其の如何 なる犯罪 行為を為すかに付特定せ る認識 を有す ることな く漫然犯罪 を為すべ し若 は窃盗 罪 を犯すべ Lと命ず るが如 きは教唆犯 を以て論ず ることを得 ざるもの とす」 と 判示 した。その うえで本件 については,「原判決の挙示 したる証拠 に依 りては 被告がYに対 して其の為すべ き犯罪行為 を一定す ることな く漫然窃盗 を為すべ きことを勧誘 したる事実 を認め得 られ ざるに非 ざるも判示の如 きYの窃盗行為 を教唆 したる事実 を認むるに足 らざるを以て原判決は証拠 に依 らず して犯罪事 実 を認定 したる違法ある」 として,原判決を破棄 したのである。本決定の特徴 は,被告 人の発言内容か ら窃盗 とい う特定の構成要件 を読み取れな くはない と 認定 したに もかかわ らず,「窃盗罪 を犯すべ し」 とい う程度の特定では足 りな い と明確 に判示 し,構成要件 レベルを超 える特定 を要求 した点にある。 もっと ち,それを越 えて どのような要素 につ きどの程度の特定 を行 うことが必要かま で,決定は述べていない。

戦後,昭和26年 に最高裁判所が次のような判決を出 している5)。事案は, 肥料配給公団の職員であった被告人Aお よびBが共謀 して,傘下 にある2つの 農業会の会長であったCお よびDに対 し,蔵置肥料である硫酸ア ンモニアを正 規の割 り当てがないのに歳 出処分することを承認すると表明 し, もって Cお よ びDが農業会の業務 に関 し肥料 を配給お よび価格統制 に違反 して売却す ること を教唆 した, とい うものである6)。被告人両名 は,大正13年決定を引用 して, 譲渡行為 について指示 したことも相談 にあずかったこともな く,Cお よびDに

実行の決意を生ぜ しめてはいない, と主張 して教唆犯の成立 を争 った。 これに 対 し最高裁 は,次の ように述べて上告 を棄却 した。すなわち,「教唆犯の成立 には,ただ漠然 と特定 しない犯罪 を惹起せ しめるに過 ぎない ような行為だけで

5)最判昭26・12・6刑集5巻13号2485頁。

6)刑集には,弁護人の上告趣意のみで,原判決は登載されていない。判決文も上告 趣意を排斥する趣旨の簡潔なものである。そのため,本文に示した事実関係は弁 護人の上告趣意より構成 したものである。また,被告人AおよびBの教唆に関す る発言内容もその詳細は不明である。

(6)

は足 りないけれ ども,いや しくも一定の犯罪 を実行する決意 を相手方 に生ぜ し めるものであれば足 りるものであって, これを生ぜ しめる手段,方法が指示た ると指揮 たると,命令たると嘱託たると,誘導たると患漁たるとその他 の方法 たるとを問 うものではない」, と。本判決は,直接 には教唆の方法 について判 示 した ものであ り,教唆行為の特定性 に関する前半の引用部分は傍論 に過 ぎな 7)。 しか しなが ら,教唆 とは 「一定の犯罪」 を実行す る決意を生 じさせれば 足 りるとする点において,大正5年判決 との共通性 を指摘で きると思われる

本件では,判文に被告人両名の発言が記載 されていないため指示内容の詳細 は 不明であるものの,被害物品が確定 されていたほか,価格統制違反の売却 とし て構成要件の特定 もあった と認定 された。

引 き続いて昭和28年 には,次の ような事案 を扱 った最高裁決定が出てい 8)。被告人ⅩほYに対 して,牛 を盗み,盗 んだ牛 をⅩの小屋 に入れるように 再三依頼 した うえ,午の盗み方 を教 えた。Yは合計 3頭の午 を窃取 した ものの, 誰の どの午 を盗むか についてはⅩか らの指示はな く自ら判断 した, とい うもの であるⅩを有罪 とした原判決 に対 し,被告人は 「其の示唆の内容が抽象的に 止 まる場合 においては,た とい当該抽象的示唆が犯意決定の動機 となった場合 であって も,之を直ちに教唆を以て間擬するは,尚早軽挙たるを免れ」 ない と 主張 して上告 した。最高裁 は,Ⅹの発言 によ り 「正犯の実行すべ き行為 は特定 されてお りこれを教唆 とす ることは何 ら妨 げない」と判示 して,これを退けた。

本件では,Yの犯すべ き犯罪の構成要件が明確 なはか,被害客体の種類や行為 態様 も具体的に指示 されていることか ら,被害者 (法益の帰属者)が決 まって いな くて も,犯罪内容の特定 として十分であると判断された ものである

さらに昭和57年 には,ゲ リラ行為の指令 に関 し次のような高裁判決が出

7)弁護人が大正13年決定を引用 したことについて,本判決は 「所論の判例は,一定 の特定した犯罪行為を為すべ きことを教唆することを要する趣旨であって,その 手段方法を指示に限るの趣旨でないこと明らかであるから,本件には適切でない」

として排斥している。

8)最 決昭28・3 ・5刑集7巻 3号510頁。

(7)

教唆行為における正犯の所為の特定性に関する考察 (1) 177

されてい る9)。事案 は,被告 人A,Bに対 し, 「今度空港 関係施設の ゲ リラ 戦がある。集会が917日にあ るので,その近 くでや るか ら参加 して くれない か。休暇 を取 ってお くように」,「小屋 に14日の夜か15日の朝 まで に行 くように」

な どと述べた行為が,兇器準備集合,現住建造物等放火未遂,火炎 ぴんの使用 等 の処罰 に関す る法律違反 (使用罪) の各教唆罪 に問われた ものである。 この ような言動 によっては特定の犯罪行為 を教唆 した とはい えない と主張 したA 対 し,東京高裁 は控 訴 を棄却 した。す なわち, 「教唆 とは,被教唆者 を して特 定の犯罪 を実行す る決意 を生ぜ しめる行為 であるか ら,正犯 のなすべ き犯罪が 特 定 していなければな らない ことは所論のい うとお りであるが,教唆 に当たっ て被教唆者 に対 し犯罪の 日時,場所,客体,方法等 について具体的 に指示す る 必要 はない。Bは,「Aか ら前記の ように申 し向け られた際同被告人のい う 『 港 関係施設』とは新東京国際空港 に航空燃料等 を輸送す るパ イプライ ンや鉄道, 空港 の直接 の施設, レー ダー関係等 の無線施設等 を意味す る もの として, 『

リラ戦』 については,一般 的には火炎 ぴんを使用 しての施設 に対す る攻撃のほ か,右各施設の相違 に応 じて道路や鉄道の往来妨害,火炎車 による施設等へ の 突入,各種 の施設や設備等 の損壊 を も含 む もの として, 『小屋』 については, 社青 同解放派の三里塚現地 での拠点 ともい うべ き大清水団結小屋 を指す もの と して,それぞれ認識 していた ことが認 め られる し,Aも右の点 につ きBと同様 の認識 を有 していた もの と認め られるか ら,被告 人Aは,Bに対 して前記の如 く申 し向けることによって,同人に対 し,前記諸施設 に対 して昭和53917 日ころ行 われる予定の兇器準備集合,放火,火炎 ぴんの使用等の処罰 に関す る 法律違反等の犯罪の遂行 を含むいわゆるゲ リラ戦 に参加す るよう態臆 した とい うはかな く,従 って,被告 人ABに対す る前記言辞 自体 によって本犯 のなす べ き犯罪行為 は教唆犯の成立 に必要 な程度 に特定 されていた といえるのであっ て, Bが被告 人Aの指示 に従い昭和53914日前記大清水 団結小屋 に赴 き, 翌 15日の午後 同所で・‑・本件犯行計画 についての指示,説明 を受 けて初めて実

9)東京高判昭57・5・20刑 月145‑6297頁。

(8)

行すべ き犯行の対象,方法お よび実行 の 日等 を具体的に知 った事実 は,右の判 断 に何 ら影響 を及ぼす ものではない」, と

本件事案の特徴 は,被告 人の発言内容その ものは集合 を指示す る ものであ り, その後行 われる個 々のゲ リラ行為の具体的な内容やその実行方法 は含 まれてお

らず,それ らに関 しては別途別人による指示が予定 されていた, とい うもので あ る。 しか し,事案 の背景 に,被告人 らが属す る組織 の これ までの活動実績等 か ら,ゲ リラ行為の場所や対象,行為態様 な ど, なすべ き行為の詳細 な内容 に ついて も,Aお よびBの間で共通の認識があった とい う点 を指摘す ることがで きる。東京高裁 はこの ような事情 を認定 して,それを もとに被告 人の発言 によ り正犯の犯すべ き犯罪行為が十分特定 されていた と判断 している

2

学説 で も, 「教唆行為 にお ける正犯 の所為 の特 走性」 は大 き くほ取 り上 げ られていない。体系書の多 くは,前記大正13年決定 または昭和26年判決 を引 用す る形 で結論 のみ を述べ るに とどまる。す なわち, 「教唆 は特 定の犯罪行為 を決意 させ る ものでなければな らないか ら,単 に漫然 と 『犯罪 をせ よ』, 『窃盗 をせ よ』 とい うだ けで は教 唆 にな らない」10)とか, 「教唆 は 『特 定 の犯罪』 を 実行す る決意 を生 じさせ る ものであるか ら,ただ漫然 と『何 らかの犯罪 をせ よ』,

お よそ人 を殺せ』 と命ず るのは教唆ではない」11),あ るいは 「教唆は,被教 唆者 に特 定の犯罪 を実行す る決意 を生 じさせ ることを要す るか ら,単 に,漫然 と犯罪 をせ よと勧 めるだけでは教唆 とはな らない」12)と述べ るのみである13)

10)団藤重光 『刑法綱要総論』 (3版)405頁以下 (創文社・1990年)

ll)曽根威彦 『刑法総論』 (3版)288頁 (弘文堂・2000年) 12)大塚仁 『刑法概説 (総論)』 (4版)313頁 (有斐閣・2008年)

13)そのほか,比較的古いところでは,瀧川幸辰 ・瀧川春雄 ・宮内裕 『法律学体系 コ ンメ ンター ル編 刑法』102頁 (日本評論新社・1950年),瀧川春雄 『刑法総論 講義』 (世界思想社・1960年)194頁,佐伯千傍 『刑法講義 (総論)』354頁 (有斐 ・1968年),比較的新 しいところでは,鈴木茂嗣 『刑法総論 〔犯罪論』199頁 ( 文堂・2001年),大谷賓 『刑法講義総論』(新版第3版)440頁 (成文堂・2009年) なども同様である。

(9)

教唆行為における正犯の所為の特定性に関する考察(1) 179

また,犯罪の 日時 ・場所 ・方法 などを細部にわたって具体的に指示する必要は ない とい うの も共通 して指摘 されている

もっとも,戦前 には特定性 を不要 とする見解 も唱え られていた。岡田博士は,

法の精神 を探究す るに罪の一定せ る場合 と一定せ ざる場合 との間に区別を設 くべ き何等の理由を発見せず」 として,教唆行為 において正犯行為が特定 され ている必要 はない と主張す る。理 由は2つ指摘 される。 1つは,「刑法61条は 罪の一定せ ることを要求せず只人を教唆 して犯罪 を実行せ しめたる ものは正犯 に準ず と規定 し一定の罪 を犯 き しめたる ものは教唆犯 とす る旨の規定 を為 さ ず」 と,文理解釈 を挙 げる。 もう1つは,「殊 に何 れかの罪 を犯 したる ものに は百金を与ふべ Lと教唆 したる場合は教唆者の意思は刑事法現の全般 に亘 り窃 盗可な り強盗可な り殺人亦可な り犯罪の方法又は其性質如何 に不拘苛 も罪 を犯 きしめん とするに在 るが故 に被教唆者の方面 に於て之 を行ふや極めて易 く従て 罪の一定せ る場合 よ りも其危険大な りとい う可 し」 と,教唆の内容が不特定で ある方が危険性が高い場合 もあ ることを挙 げる14)。博士 は犯罪行為の他 の要 素 による限定 も想定 していないため,いかなる意味で も特定性 を不要 とする立 場 と解 される

一万,宮本博士 は,次の ように主張 していた。すなわち,「教唆者が被 教唆者 に対 して指示する所が犯罪たる場合 に於て も,其指示が一定の類型 に限 ることは必要 にあ らず。相 当の程度 において不特 定 または包括 的なるを妨 げ ず」。なぜな ら,「必ずや各場合の事情 に因 り大概 の見当は一定せ る もの」だか らであ り,「漫然罪 を犯すべ きことを教唆す ること」は,「実際問題 として‑‑

有 り得べ きことにあ らず」, と15)。 この ような博士の見解 を,教唆行為の特定 を不要 とした もの と評す る論者 もある16)。 しか し,む しろ博士 は,教唆者 に

14)同日庄作 『刑法原論 総論』412頁以下 (有斐閣・1920年)。引用部分の表記につ いては注2を参照。

15)宮本英修 『刑法学綱要 第三分冊』471頁 (弘文堂書房,1928年)。引用部分の表 記については注2を参照。

16)植田重正 「窃盗教唆の故意」関西大学法学論集4288 (1954年)

(10)

よる指示それ 自体 を見た場合 には正犯行為の内容が不特定であって も,背景事 情 を踏 まえると各場合 ごとに特定 されているのが通例であ り,その ような場合 には教唆の成立 を肯定する趣 旨と解すべ きであろ う。博士は,構成要件のみを メルクマールとは しない ものの,特定の必要性 自体は否定 していないのである

植松博士は,前記昭和28年の最高裁決定に対す る評釈の中で,教唆内容 にお いて正犯行為の特定の程度が低 いケースについて論 じている。博士 は,教唆内 容 は具体的でなければな らない と解 しつつ,ただ し,その趣 旨を 「具体的であ ることによって,教唆意志が明確 に示 される (,)‑・‑換言すれば,教唆の具 体性 とい うことは,教唆行為の実行行為 に対する関連の緊密度を示す標徴 にほ かな らない」点 に求めていることか ら,「他 に関連の緊密度が認め られるよう な事情のある場合 には,た とえ具体性 の点においてほ若干欠けるところがあろ うとも,教唆犯の成立 を認めて差 し支 えない」 と主張 している。 また,「共犯 関係 は一種 の因果関係 にほかな らないのであるか ら」,教唆内容が具体的でな くて も,教唆者の言動や態度によっては実行 に対 して十分原因力 を持つ場合が あ りえ,そ うい う場合 には教唆犯の成立 を認めて よい とも述べている。さらに, 教唆の内容 と実行 された事実の間にずれがあって も,両者が 「法的に重要な点」

あるいは 「刑法上本質的な主要標徴」 において一致 していれば教唆の故意は阻 却 されない との錯誤の処理 に従 えば,教唆事実の具体性 もその限度 において存 在すれば足 りるとも説いている。昭和28年決定の事案 については,「窃盗の 目 的物の種類が限定 され,方法が指示 され,臓物の処置方法 まで明示 されていた のであるか ら, この程度の具体性があれば,教唆意志はすでに明瞭 に表示 され ているのであ り, しか も,それにもとづ き,それ と法的に重要な点 において一 致する実行行為があったのであるか ら,教唆 と実行 との関連の緊密性 は疑 う余 地がない」 として判 旨に賛同す る17)0

このように博士は,因果関係論や錯誤論 を持ち出 しつつ主張 を展 開 している

17)植松正 「刑事判例研究 被害者の特定 しない窃盗教唆」警察研究26巻259 (1955年)

(11)

教唆行為における正犯の所為の特定性に関する考察(1) 181

ちのの,そこには疑問が向け られる。教唆内容の特定 ・不特定にかかわ らず, 因果関係 は必要であるうえ,錯誤 を論 じる以前 に,教唆行為 自体の成立が認め られなければな らない。実行行為 との間に 「緊密度」が認め られた り,教唆意 志が明確 に示 された りすることが,なぜ教唆の具体性の低 さを埋め合わせ るの か,そ もそ も,実行行為 との 「緊密度」 とは何かが明 らかでないか らである

博士の見解が,特定性要件の位置付 けや内容 においてあいまいである点は否定 で きない と思われる

植田博士は,同 じく昭和28年の最高裁決定に対する評釈の中で,被告人Ⅹを 教唆犯 とした決定の結論 には賛成す る ものの,大正13年決定 も併せ考 えると,

「この特走性 を一定の犯罪その もの ‑ 例へ ば窃盗罪 とか殺人罪 とかの如 き

の特走性 では足 らず,更 にその犯罪の客体や方法 な どの特走性が必要で あると解 されてゐる如 くであるが, しか しかや うな見解 は一体如何 なる根拠 に 基づいてゐるのであろうか」 と疑問を呈 している。博士は特走性 を教唆者の故 意の問題 と捉 え,「理論的に考‑ て も,故意は構成要件 に該当す る事実の認識 ( 法性の認識は一応別論 として)があれば足 るのであるか ら,苛 も何 らか他人の 物 を窃取すべ きことを指示勧誘する限 り,その財物 を特定 しな くて も,窃盗教 唆の故意は存す ると解すべ き」 と主張す る。 「教唆犯 にとって重要 なのは,当 該の指示叉は命令者の意思が教唆犯 としての故意相当性があったか否かの点に あるのであって,相手方の行為が特定 されてゐるか否か にあるのではない。 ‑ 憤 りに被教唆者の行為の特定性が十分でな くて も,情況上教唆者 に於て教唆 と しての故意が十分存すると解 される限 り,教唆犯 を認めて三重も支障はない とい ふ ことになるし,又反対 に,如何 に行為の特定性があって も根本に於て教唆犯 としての故意相当性がない と解 される限 り,教唆犯は成立 しない」 とい うので ある18)0

博士は,一見すると教唆行為の特定 を不要 と解 しているかのようであるけれ ど,教唆の故意 とは教唆行為 に対する認識であって,教唆行為の特定 とは重な

18)植 田 (塞)・前掲 (16)83頁。

(12)

る面がある。博士が 「客体 を特定 し方法 を特定 し,戎 ひは更 に被害者 を特定 し て指示す るや うに,被教唆者の行為をよ り具体化 して指示すればす る程,教唆 の故意 も確実性 を増す」 と述べている面か らもそのことは知 られよう。か くし て,博士 は実質的には教唆行為の特定性 を一定の範囲で要求 していると見るべ きである。 もっとも,その内容 は 「情況上」の判断 とす るのみで,それ以上 に は具体化 されていない。

近年では安贋教授が,教唆行為の特定性 に関 し次の ように述べている。

教唆 される犯罪の特走性 の要件は,結局,教唆 と被教唆者の実行行為 との間 の因果関係 を確定す るための ものであるか ら,教唆犯が成立するために要求 さ れる特走性の程度は具体的事情 によって異 なるとい うべ きである。「甲が乙に 対 し,ただ漫然 と 『犯罪 をせ よ』 とか 『臭い飯 を食 うようなことを一つ くらい はやってみろ』 などと言 っただけであるのに,乙が殺人に及んだ場合 には,特 段 の事情がない限 り」,「甲の行為 と乙の実行行為 との間には (相当)因果関係 がない と解 される。「実際 には,甲のそのような言葉が きっかけとな り,乙が ある犯罪 を実行 した と認め られるときは,暗黙裡 に犯罪はかな りの程度 に特定 されていると認めるべ き特段 の事情が存在す るのが通常であると思 われる」, と。そ こで安贋教授 は,特走性 の要件 として,「窃盗 な どの犯罪類型が示 され ていれば,一般的には,犯罪の特定 としては十分 といってよい」とする一方,「 害者等が具体的に特定 されている場合 は,犯罪の種類の特定はかな り概括的で あって もよい」 と述べてお り,宮本博士 と同様,必ず しも構成要件のみ をメル クマール とするのではな く,各事案の背景事情 に応 じてそれ以外の要素 を勘案 して特定の有無 を検討すべ きであるとい う立場 を示 している19)

植 田 (悼)教授 は,「教唆犯の因果構造」 と題す る論稿 の中で,特定性 を含 む教唆の問題 に関 し,因果関係,特 に心理的因果性 に基づ く処理 を説いている。

教授 は,教唆の方法 に限定を設けない我が国の判例の立場 を前提 とす ると,「

19)大塚仁 ほか 『大 コ ンメ ンタール刑法 2 5巻』464頁以下 〔安贋文夫〕( 林 書 院・1999年)。

(13)

教唆行為における正犯の所為の特定性に関する考察 (1) 183

唆行為が如何 に して被教唆者の決意 を もた らしたか否か とい うこと,それが教 唆犯 の客観 的構成要件 の内容 をなす」 のであ り20),その判断の際 には,「当該 教唆行為 の一般的意味 にとらわれることな く,具体的な人間関係の中で,その 教 唆行為 が被教唆者 に どの よ うに受 け取 られたか」 に着 目すべ きであ る とい 21)。その うえで,「教唆犯 についての我が国の判例 を分析す る視点 としてほ, 教唆行為 によ り被教唆者,つ ま り正犯者が決意す る過程 を判例がいか に認定 し ているか」が重要であるとして,大正5年判決お よび大正13年決定 について次 の よ うに検討 を加 えてい る22)。大正5年判決 については,教唆者 と被教唆者 は村長 と助役 とい う関係 にあ り,村長の希望 を充分 に承知 している助役 に対 し て 「万事宜 しく取 り計 らって くれ」 とい う村長の言明は,公文書穀棄お よび公 文書偽造行使の決意 に対す る教唆行為 として十分 であ り,判決中の 「教唆の趣 旨を了解 して」 とい う文言 がそれ を表 してい る とす る23)。大正13年決定 につ いては,判示 の意味す る ところを,「Ⅹお よびYの人間関係 その他具体 的状況 の もとで 『金員 になる もの を持 って こい』 とい うⅩの言明に基づいて,Yが窃 盗 を決意す ることが,我 々が理 由 として承認す る・‑・範囲内 にあるが,Ⅹの言 明は,教唆行為 として不充分 (犯罪行為 の特 定性 に欠ける)」 とす る ものだ と 解 している24)。 なお,理 由 として承認す る‑‑範 囲内 にあ る」 とい うのは,

Ⅹの発言 に基づいてYが窃盗の決意 を生 じることが了解可能であることを意味 し,教授 は この ような場 合 に心理 的因果性 を肯定す る25)。教授 は,具体 的な 人間関係 な ど各事案 の背景事実 を前提 として,教唆者の発言 の正犯 による解釈 が了解可能か どうか,すなわち心理的な 「相当因果関係」があるか どうか を, 教唆の成立 に関 し重視 している。教唆の客観的要素の中核 に (心理 的) 因果関

0)植圧‖専 「教唆犯の因果構造」愛媛法学会雑誌14366 (1987年).

1)植田 (悼) ・前掲 (20)70頁。

2)植円 (悼) ・前掲 (20)63頁。

3)植田 (悼) ・前掲 (20)69頁。

4)植田 (悼) ・前掲 (20)65頁。なお,植田教授の論稿においては,Ⅹは甲,Y は乙とされている。

25)植田 (悼) ・前掲 (20)64頁。

(14)

係 を位置付 ける基本姿勢 は,教唆の内容が明確 とはいえない場合 に も貫かれて い るとい える

特定性 を因果関係 の問題 と捉 える見解 に対 しては,特定性 は教唆行為 その も のの性 質 として問われるのであ り,因果関係 に解消で きないのではないか との 疑 問が向け られ る。単 に 「犯罪 をせ よ」 な どとい う具体性 に欠ける指示がなさ れた場合,正犯行為 との相 当因果関係が欠 けるのではな く,その ような指示 は そ もそ も 「教唆」 に当た らない と解すべ きであろ う。 また,植 田教授 は,大正 13年決定が Ⅹの発言 とYによる犯行の決意 との間に心理 的因果性 を認めた もの と評価 している ところ,教唆 を否定 した結論 を不 当 とは していない理 由を説明 で きていない と思 われる。 そ こでは,教唆行為の特走性が (心理的)因果関係 とは異 なる問題であ るとの前提が採 られていないのか との疑 いが提起で きるの である

3

我が国の判例 ・学説 の状況 について, ここで まとめてお きたい と思 う

判例では,大正13年決定が,漫然窃盗罪 を犯すべ Lといった指示 では足 りな い と明示 して,構成要件 を超 える特定 を要求 したの に対 し,大正5年判決が,「 事都合 よ く取計 ひ呉 れ」 とい う発言か ら教唆者 と正犯 との間に特定の構成要件 に関す る相互了解があった として教唆 を認 めたほか,昭和57年判決 は, テロ行 為 の具体 的な内容 を含 まない発言であ って も,背景事情 を加 味す る と行為場所 や行為態様 な ど犯行 の詳細 について特 定が認め られることか ら教唆が成立す る とした。傾向 としては,必ず しも構成要件 のみ をメルクマール として 「一定の 犯罪行為」 を教唆 した とい えるか どうか を判 断 してい るわけではな く, 「各場 合 の事情」 に応 じて被害者や実行方法 な どによる特定 も加味 してい るとい うこ

とがで きよう

学説 においては,戦前 には特定 を不要 とす る見解 も見 られたが,現在は 一定の 「具体化」が必要であることについては一致があ る

しか しなが ら,問題の位置付 けに不分明な ところが存 した。植松博士 は,特

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教唆行為における正犯の所為の特定性に関する考察(1) 185

走性が必要な根拠 を,教唆意志が明瞭 に示 される,あるいは教唆行為 と正犯行 為の間の緊密度が高い点に求め,特定性 は因果関係の問題であるか ら教唆内容 が具体的でな くて も緊密度が認め られる場合があるとして因果関係の観点か ら 要件を緩めたほか,教唆行為 と正犯行為が 「刑法上本質的な主要標徴」 におい て一致 していればいい と錯誤論の視点 を導入 して故意の観点か らも特定が認め られる範囲を拡大 している。 しか し, これ らの観点がなぜ教唆の具体性 の低 さ を埋め合 わせ るのかが明 らかでない うえ,正犯行為 との 「緊密度」の内容 も不 明であるとの疑問が提起で きた。植田 (重)博士 は,教唆者の故意がそれ とし て相当であれば十分であって,あえて特走性 を論 じな くてよい とした ものの, 教唆の故意は客観的な教唆行為の主観的反映であ り,故意に限定を加 えること は特定性 を一定の範囲で要求 していることになると指摘で きた。安贋教授 は, 特定性要件は因果関係 を認定す るための ものであ り,特定が不十分 な場合は教 唆行為 と正犯行為 の間の相当因果 関係が認め られない と主張 したほか,植 田 (悼)教授 も教唆行為 と正犯の決意形成の間における (心理的)因果関係の相 当性 を重視 した。 しか しこれ らには,教唆行為の性質である特定性 と因果関係 とは異なる問題であるとの批判が向け られるように思われた。特定性 は教唆行 為その ものの性質を問 うものであ り,具体性 に欠ける指示はそ もそ も客観的に

教唆」 に該当 しない と解すべ きだか らである

加 えて,「具体化」の内容 ・判断基準 も明 らか とはいえない。宮本博士や植 田博士 は,「情況上」の判断 とす るのみであった。安贋教授 は,犯罪類型が示 されていれば原則 と して十分特定 されているとす る一方,被害者等が具体的に 特定 されている場合,犯罪の種類は概括的でか まわない と主張 していた。 もっ とも,構成要件外の要素が どの程度指示 されていれば構成要件 による特定が不 要 になるのか までは説明 していなかった。

このように,我が国の判例 ・学説は,構成要件 による特定のみを基準 と す るわけではない とい う以上 には,教唆行為の特定性の詳細 を明 らかにしてい ない。被害者や行為態様,行為の場所や方法の指示など, どのような要素 を用 いて限定 を行い, どれほどの要素が揃 えば教唆 として十分 に特定 されていると

(16)

い えるか につ き,基準の定立 を行 う必要があるとい うべ きなのであ る

3 ドイツの判例 ・学説

1

教唆行為の特 定性 は, ドイツにおいて も従来あ ま り議論のないテーマで あ った。 それがスポ ッ トライ トを浴 びるきっかけ となったのが,1986年 に出さ れた ドイツ連邦通常裁判所 の判決 (以下,「1986年判決」 と言 う) である26)

被告 人が知 人Wと会 った際,Wは父親 とけんか を した後であ り, レポルバー を携帯 し, 自動車 に乗 って両親の家 を出ていた。外国に行 こうと思 っていると Wか ら告 げ られた被告人は,金 を持 っているか と尋ねた ところ,W は持 ってい ない と答 えた。被告 人はW に対 し,持 っている自動車か レポルバー を売却す る よう提案 したが,W は, レポルバーは売 りた くない, 自動辛 は売 ることがで き ない と答 えた。そ こで被告 人は,Wに 「それな らば,君 は銀行か ガソリンス タ ン ドをや らなければな らない」 ("DamnmtlLtestDueineBankoderTankstel 1emachen.") と述べ た。 その後2人の話 は,Wが十分 な金銭 を払 えれ ば,南

ア メリカに向けて出国 し,国籍 に関す る偽造書類 も用意で きるだろ う,そのた め にはお よそ10,000マルク必要 である, とい うところに落ち着いたW は2日

後,再 び被告 人 と会 う直前 に銀行強盗 を実行 し,39,775マル クを強取 した。

Wによ り行 われた強盗 的恐喝 (ドイツ刑法25527))の教唆 によ り起訴 され た被告人 につ き,原審は次 の ように判示 して消極 の結論 をとった。すなわち,

26)BGHSt34,63.この判決の紹介として,中村雄一 「西 ドイツ刑事判例研究(31 教 唆における行為の特定」比較法雑誌22395 (1988年)がある。

27)規定は,次の ようなものである。"WirddieErpressungdurchGewaltgegen einePersonoderunterAnwendungvonDrohungennitgegenwartigerGefahr ftirLeiboderLebenbegangen,soistderTatergleicheinem Rauberzube strafen."「恐喝が,人に対する暴行を用い叉は身体若 しくは生命に対する現在の 危険を及ぼす旨の脅迫を用いて行われたときは,行為者は強盗犯人と同一の刑に 処する」(訳は,法務省大臣官房司法法制部編 『ドイツ刑法典』(法曹会・2007年) に拠った)

(17)

教唆行為における正犯の所為の特定性に関する考察 (1) 187

銀行 またはガソリンス タン ドをや らなければな らない とす る被告人の言 明は, 特 定 された所為 と結 び付 いていない。 また,同一の根拠 によ り酎助 も成立 しな い。 なぜ な ら,従犯 は正犯行為 の有す る本質的なメルクマールを認識 してそれ を促進す る者 に限 られるか らである, と

連邦裁判所 は,教唆の成立 について単 に原判決の結論 を維持 しただけでな く, 教唆 に特 定性 が認め られる最低基準 について も踏み込んで判示 した。すなわち, 教 唆 者 の 故 意 は, 特 定 され た正 犯 行 為, つ ま り 「本 質 的 な メ ル クマー ル

(wesentlichenMerkmalen)あるいは根本的特徴 (Grundztlgen)において具 体化 された所為 と結 び付 いている必要があ る」。 しか し,正犯 の所為が 「所為 の客体 の種類 (Gattung)によってのみ限定 されてい る」場合 には,特 定 され ていない。 「教唆者 は,被教唆者 の所為 につ き,被教唆者 自身 と同様 に責任 を 負 うのであるか ら,所為 は,構成要件類型お よび所為の客体 の一般 的な種類 メ ル クマールによ り確 定 されてい るだけでな く,教唆者の表象の中に‑‑少 な く とも個別化 された事象 として現 れることが要求 される」。本件 では,「所為の像

(Tatbild)は,個 別化 的 なメル クマール (客体,場所,時 間お よびその他 の 所為遂行 の状 況)が欠 けるため に不特 定であ る」, と。 そ こでは,銀行 または ガ ソリンス タン ドとい う 「種類」 による客体の限定では,所為 は個別化 された ことにな らず,その他個別化 に資す る要素 による特定 もなされていないため, 教唆は成立 しない と判断 されたのであ る。 この ような要求は,教唆者が正犯 と 同様 に責任 を負 うとい う ドイツ刑法26粂 28)の規定 によ り基礎付 け られている

なお,連邦裁判所 は,酎助 について も原判決の判断を是認 した ものの,理 由 については,「いずれにせ よ酎助 にとって必要 な促進意図は証明 されてお らず, よって酎助 による処罰 は考慮 に値 しない」 と判示す るに とどめてお り,正犯の

28)規定は,次のようなものである.HAIsAnstifterwirdgleicheinem Taterbe straft,WervorsatzlicheinenanderenzudessenvorsatzlichbegangenerrechtsI widrigerTatbestimmthat."「違法な行為 を故意で行 うよう,故意に他の者に決 意させ得た者は,教唆犯として正犯と同一の刑で罰せ られる」 (訳は,注27の文 献に拠った)

(18)

所為の特 走性 に関 して教唆 と酎助 で同一の基準が妥当す るか否か に関 しては態 度表明を留保 してい る

ドイツの判例 は,早 くか ら正犯 の所為 を特定 しない形 での教唆の可罰性 を否定す る一万,1986年判決以前 は,教唆者の故意 にお ける特定性 をか な り緩 やか に肯定 していた29)

まず, ライ ヒ裁判所 の1879年 の判決 であ る30)。被告 人 は,雇 い主 のため に 市場 で物 品 を売却 して きたWに対 し, 「機会 を利用 して密か に儲 けないなんて 馬 鹿 だ」 ("Duistdumm,daBdudieGelegenheitnichtnutzestundsich heimlichGeldmachst.") と言 った ところ,Wは,次 に物 品 を売却す る際 に, 代 金 を自ら使 うため着服 した。 この事案 について ライヒ裁判所 は,Wに対す る 横領教唆の成立 を否定 した。す なわち, 「教唆 は特 定の行為 に対 してのみ閏達 しうる。 しか し,被告 人の〕言 明は‑・‑Wが将来 どの ように行為す るかの指 示 を一般 的 に与 えるに過 ぎない」。被告 人の言 明は不確 定であ り,特 定の構成 要件 の表象 と結 び付 いていない。 「密か に儲 ける」 ことは様 々な行為 によ り可 能 であ り,窃盗,横領,詐欺 な どの犯罪構 成要件 が当て は ま りうる, と (

〕 内は引用者挿入)。本判決 は,教唆者 の故意が特 定 された正犯行為 に関連付 け られなければな らない ことを判示 した最初の判決 と見 られ る31)。本件 では, Wが犯すべ き犯罪の構成要件だけでな く,客体 も行為態様 も特定 されていない。

特 走性 を要 求す る限 り,教 唆 を否 定せ ざる を えない事案 で あ った とい え よ 32)

また,1887年の判決は,被告人が 「おお,君 らが酒 を持 って きて くれた らな」

("Ja,wennihrSchnapsk6nntetbringen.")と言 った ところ,正犯が酒 を窃

29)ドイツの判例の状況に関しては,中村 ・前掲 (注26)100頁以下参照。

30)RGSt1,110.

31)Ralphlngelfinger,AnstiftervorsatzundTatbestimmtheit,1992,S,25,中村 ・前 掲 (注26)101頁。

32)積極的にどの要素が特定されるべ きかをこの判決から導 き糾すのは困難と思われ る。これに対 して,Ingelfinger,a.a.0.(Fn.31),S.26,29は,構成要件による特 定を要するとしたものと評価 している。

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