カナダにおける都市在住イヌイットの社会・経済状 況 : モントリオール地区の調査報告を中心に
著者 岸上 伸啓
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 24
号 2
ページ 205‑245
発行年 1999‑12‑06
URL http://doi.org/10.15021/00004101
岸 上 カ ナ ダに お け る都 市 在 住 イ ヌイ ッ トの社 会 ・経 済 状 況
カ ナ ダ に お け る 都 市 在 住 イ ヌイ ッ トの 社 会 ・経 済 状 況 モントリオール 地区の調査報告を中心に
岸 上 伸 啓*
Current Socio-Economic Situations of Urban Inuit in Canada:
A Case Study from Montreal
Nobuhiro Kishigami
カナ ダ に おい て は1980年 代 に 入 って か ら,多 数 のイ ヌイ ヅ トが 都 市 に 移動 し, 居 住す る よ うに な った 。1991年 に 実 施 され た先 住 民 人 口調 査 に よる と,カ ナ ダ 全 体 で イ ヌイ ッ トで あ る と い うアイ デ ンテ ィテ ィを 持 つ4万9千 人 の 中 で,10 万 人 以 上 の 都 市 に住 ん で い る人 口は8,300人 あ ま りで あ る。これ らの都 市 在 住 の イ ヌイ ヅ トの生 活 の実 態 は あ ま りよ く知 られ て い な い。 本稿 で は,カ ナ ダ 国 ケ ベ ック州モントリオール 地 区 に 在 住 す るイ ヌイ ッ トの 出 身地,生 活 の実 態,彼
らの 将 来 展 望 に つ い て 報 告 す る。 そ して 彼 ら の 文 化 や エ ス ニ ッ ク ・アイ デ ン テ ィテ ィが ど の よ うに変 容 しつ つ あ るの か につ い て論 ず る。1997年 の 時 点 で は,
モントリオール 地 区 に在 住 す るイ ヌイ ッ トは独 自の コ ミュニ テ ィー や都 市 文 化
を 形 成 して い な い。 片 親 が 非 イ ヌイ ッ トで あ った り,モントリオール 地 区 で生 まれ 育 った イ ヌイ ッ ト出 自の 人 は イ ヌイ ッ ト語 を 話 せ な か っ た り,イ ヌイ ッ ト 的 な 生 活様 式 を保 持 して い なか った りす る が,イ ヌイ ヅ ト意 識 は持 ち続 け て い
る。 この 中 に は長 期 にわ た る都 市 生 活 や 異 民 族婚 の 結 果,2つ 以上 の エ ス ニ ッ ク ・アイデンティ テ ィを 併せ 持 つ人 が 出 現 しつ つ あ る。
In 1991, 8,300 of the 49,000 Inuit in Canada were residing in several southern Canadian cities with populations over 100,000. The overall living situation and conditions of urban Inuit in Canada are relatively unknown. In this paper, I will describe the reasons why Inuit migrated from their home communities to the urban environment of Montreal
国立民族学博物館先端民族学研究部
Key Words : urban natives of Canada, Inuit, reasons for migrations, ways of life, ethnic identity, economic situations, social networks
キ ー ワ ー ド:都 市 先 住 民,イ ヌ イ ッ ト,移 住 の 理 由,生 活 様 式,エ ス ニ ッ ク ・ア イ デ ン テ ィ テ ィ,経 済 状 況,社 会 的 ネ ッ トワ ー ク
国立民族学博物館研究報 告24巻2号
and' their socio-economic situation as of 1997. I then will discuss changes in the life styles and ethnic identities of these "urban Inuit".
Inuit living in Montreal have not yet established a distinct community or urban culture. Rather, Montreal Inuit exhibit emerging multiple iden- tities that may relate to such factors as prolonged city residence and marriage to non-Inuit. This urban sub-population generally does not speak Inuktitut nor practice "northern Inuit" ways of life, yet maintains
"Inuit" as one of its several ethnic identities .
は じ め に
1.調 査 の 目的 と 方 法 1‑1.調 査 の 目的 と 方 法 1‑2.調 査 対 象 者 に つ い て
皿.モントリオール 地 区 に 在 住 す る イ ヌ イ ッ ト
皿 一1.極 北 地 域 と モ ン ト リオ ー ル 地 区 の 社 会 ・経 済 的 な 諸 条 件
II‑2,出 身 地
II‑3。 モ ン ト リオ ー ル 地 区 に 来 た 理 由 と 定 着 の 方 法
皿 一4.在 住 期 間
皿.モ ン ト リオ ー ル 地 区 在 住 イ ヌ イ ッ トの 生 活 の 実 態
皿 一1.生 活 と経 済 状 況 皿 一2.住 居 と在 住 地 区
■TrAA」,Lヤ ーρ蓄h」i由 」 「.en
n.社 会 的 ネ ヅ ト ワ ー ク ー 都 市 と 故 郷
1皿一5.イ ヌ イ ッ ト語 と エ ス ニ ッ ク ・ア イ ア ン ア イ ア イ
皿一6.都 市 に お け る 社 会 問 題 皿 一7.環 境 認 識 一 都 市 と極 北 の 村 皿 一8.将 来
】v,検 討 N‑1.移 動
】V‑2.経 済 階 層 と 社 会 的 ネ ッ ト ワ ー ク ]V‑3.文 化 と エ ス ニ ッ ク ・ア ィ デ ソ テ ィ
テ ィ
】V‑4.都 市 在 住 イ ヌ イ ッ トの 将 来
】V‑5.都 市 在 住 イ ヌ イ ッ トの 法 的 認 定 の 困 難 さ
V.結 び に か>xて
は じ め に
カ ナ ダ の 先 住 民 は フ ァ ー ス ト ・ネ ー シ ョ ン ズ(公 認 イ ソ デ ィ ア ソ,非 公 認 イ ソ デ ィ ア ン),メ ー テ ィ ス(インディアン と お も に フ ラ ン ス 系 カ ナ ダ人 と の 間 に 生 ま れ た 人
々 と そ の 子 孫),イ ヌ イ ッ トに 分 け ら れ る(Frideres1998:27)。 イ ヌ イ ッ ト以 外 の カ ナ ダ 先 住 民 の 場 合,第 二 次 世 界 大 戦 後 に 都 市 へ の 人 口移 動 が 顕 在 化 し,1986年 に は 全 人 口 の3分 の1以 上 が 都 市 で 生 活 を 営 ん で い た 。1990年 代 に 入 っ て も都 市 に お け る先 住 民 人 口 は 増 加 中 で あ る こ と が 知 られ て い る(Frideres1998:237)。 現 在 で は,フ ァー
岸上 カナダにおけ る都市在住イヌイ ットの社会 ・経済状況
ス ト ・ネ ー シ ョ ソ ズ と メ ー テ ィ ス の 総 人 口の 半 分 か ら3分 の2が 都 市 に 住 ん で い る の で は な い か と 言 わ れ て い る(Peters 1996;Royal Commission on Aboriginal Peoples 1993)1
イ ヌ イ ッ トの 都 市 へ の 移 動 が 知 られ る よ うに な っ た の は1980年 代 で あ る。 そ し て カ ナ ダ の 国 勢 調 査 と 同 時 に1991年 に 実 施 さ れ た 先 住 民 調 査(Aboriginal Peoples Sur‑
vey)に よ っ て,多 数 の イ ヌ イ ッ トが カ ナ ダ の 都 市 に 住 ん で い る こ と が 判 明 し た 。 す な わ ち,自 ら を イ ヌ イ ッ トで あ る,な い しは 部 分 的 で あ る に せ よ イ ヌ イ ッ トの 出 自 を 持 ち イ ヌ イ ッ ト意 識 を 持 つ49,000人 あ ま りの 中 で,人 口10万 人 以 上 の 都 市 に 在 住 し て い る人 口は8,305人 を 数 え る(the Centre for International Statistics at the Canadian Council on Social Development 1996:table 1)。 イ ヌ イ ッ トの ほ ぼ5人 に1人 が 都 市 に 在 住 して い る こ と に な る。 イ ヌ イ ッ トが 住 ん で い る 都 市 を 人 口 の 多 い 順 に10都 市 あ げ る と,ト ロ ン ト(1,895人),エ ドモ ン トソ(840人),モントリオール(775人),オ
タ ワ=ハ ル(725人),カ ル ガ リ ー(630人),バ ソ ク ー ・ミー(570人),ウ イ ニ ペ グ (515人),・ ・リ フ ァ ク ス(360人),セ ン ト ・ジ ョ ー ン ズ(345人),ビ ク ト リア(260 人)と な る 。
極 北 の 村 の 都 市 化 に つ い て は 研 究 が 存 在 す る も の の(Honigmann and Honigmann 1970),カ ナ ダ ・イ ヌ イ ッ トの 都 市 へ の 移 動 や 都 市 生 活 に つ い て の 研 究 は,イ ヌ イ ッ
トの 都 市 へ の 移 動 の 歴 史 が 浅 い こ と も あ っ て,ほ と ん ど行 わ れ て い な い2)0
筆 者 は 「都 市 に お け る 先 住 民 社 会 の 研 究 」 プ ロ ジ ェ ク ト(国 立 民 族 学 博 物 館 教 授 松 山 利 夫 代 表)の 一 員 と して,カ ナ ダ の 都 市 先 住 民 を 担 当 し,1996年 と1997年 の 夏 に カ ナ ダ 国 モ ン ト リオ ー ル 地 区 に お い て,都 市 に 在 住 す る イ ヌ イ ッ トの 調 査 を 実 施 した 。 そ の 結 果 は,「 イ ヌイ ッ トの 都 市 居 住 は 一 時 的 で あ る 。」 と い う筆 者 の 予 想 に 反 し て, 都 市 在 住 イ ヌ イ ッ トの 半 数 あ ま りが5年 以 上 も 都 市 に 住 ん で い る こ と が 分 か り,先 住 民 社 会 の 変 化 の 多 面 的 な 現 実 を 認 識 せ ざ る を 得 な くな っ た 。 本 稿 で は,イ ヌ イ ッ トが モ ン ト リナ ー ル 地 区 に 来 住 し た 理 由 や 生 活 の 実 態 を 報 告 す る こ と を 目 的 と し て い る 。 カ ナ ダ に お け る 都 市 在 住 の イ ヌ イ ッ トの 移 動 や 生 活 に 関 す る 基 礎 的 な 情 報 が ほ と ん ど存 在 しな い 現 時 点 に お い て,フ ィ ー ル ド ・デ ー タ に 基 づ く第 一 次 情 報 を 提 示 す る こ とは,速 報 的 な 内 容 で あ る と し て も,都 市 在 住 の イ ヌ イ ッ ト研 究 を 本 格 的 に 開 始 す る 上 で 重 要 な こ と で あ る 。 ま た,今 後,こ の 研 究 を さ ら に 進 め て い くた め に は,今 回 の 調 査 で 見 い 出 し た 問 題 点 を 整 理 す る こ と も 重 要 で あ る 。 こ の2つ が 本 稿 を 執 筆 した 理
由 で あ る 。
国立民族学博物館研究報告 24巻2号
1.調 査 の 目的 と方 法
1‑1.調 査 の 目的 と方 法
都 市 先 住 民 を 研 究 す る テ ー マ は 多 数 あ る が,も っ と も基 本 的 な 問 い は 「そ れ ぞ れ の 都 市 に 居 住 す る先 住 民 が い か な る 状 況 に あ り,ど うい う社 会 を 形 成 し,そ こに は どの よ う な 歴 史 が あ り,人hは い か に 生 き て い る か を あ き ら か に す る 」(松 山1997:97)
こ とで あ る 。 筆 者 は こ の4つ の 基 本 的 な 問 い を 念 頭 に 置 い て,調 査 地 を モ ソ ト リ オ ー ル 地 区 に 設 定 し,同 地 に 住 む イ ヌ イ ッ トの 来 住 の 理 由,社 会 ・経 済 的 な 状 況 の 実 態 に つ い て 全 体 的 な 把 握 を 試 み る こ と に し た3も
モントリオール 地 区 を 調 査 地 に 選 ん だ 理 由 は3つ あ る 。 第 一 は,イ ヌ イ ッ トの 政 治 団 体 との 交 渉 の 結 果,モントリオール 地 区 で の イ ヌ イ ッ トの 実 態 調 査 が イ ヌ イ ッ ト側 か ら も 必 要 と さ れ て い る こ と が 分 か っ た か ら で あ る 。 第 二 に,モントリオール 地 区 は 東 部 極 北 地 域V'̀住 む イ ヌ イ ッ トに と っ て は,定 期 航 空 便 で 連 結 さ れ て お り,南 へ の 出 入 り 口 と して の 役 割 を 果 た し て い る か ら で あ る。 第 三 に,筆 者 は1980年 代 の 半 ば か ら ヶ ベ ッ ク州 極 北 部 ヌ ナ ヴ ィ ク(Nunavik)の イ ヌ イ ッ ト社 会 で 調 査 を 行 な っ てリり, そ こ に 住 ん で い る イ ヌ イ ッ トが 移 動 しや す いモントリオール 地 区 に お い て は,極 北 の 村 の 状 況 を 視 野 に 入 れ な が ら 都 市 在 住 の イ ヌ イ ッ トを 調 査 で き る と考 え た か ら で あ
るQ
モントリオール 地 区 の 調 査 で は,質 問 票 を 用 い た 面 接 に よ る イ ン タ ビ ュ ー を,マ キ ヴ ィ ク,モントリオール 先 住 民 友 好 セ γ タ ー,シ ェ ・ ド リ,カ テ ィ ヴ ィ ク教 育 委 員 会 と い う都 市 イ ヌ イ ヅ トに 関 係 す る諸 団 体 に お い て 実 施 した 。 質 問 の 内 容 は,モ ソ ト リ オ ー ル 地 区 に 来 た 理 由,移 動 歴,仕 事 と収 入,社 会 的 ネ ッ ト ワ ー ク,故 郷 と の 関 係, 食 事,健 康,住 宅 事 情,イ ヌ イ ッ ト語 の 能 力,モ ン ト リオ ー ル 地 区 と極 北 の 出 身 村 と の 違 い,モ ン ト リオ ー ル 地 区 の 長 所 と短 所,将 来,都 市 に お い て 必 要 と さ れ る サ ー ビ ス な ど に 関 し て で あ っ た 。1997年 の 調 査 で は55人 の イ ヌ イ ッ トに イ ソ タ ビ ュ ー 調 査 を 行 っ た4)0今 回 の イ ン タ ビ ュ ー調 査 が,統 計 学 的 な 意 味 で の 無 作 為 に よ る標 本 抽 出 で は な か っ た こ と を 認 め た 上 で,こ こ で は イ ン タ ビ ュ ー調 査 の 結 果 に 基 づ い て 調 査 報 告 を 行 い た い5)0
岸上 カナ ダにおける都市在住イ ヌイッ トの社会 ・経済状況
1‑2.調 査 対 象 者 に つ い て
1997年 の6月 を 基 準 とす る と,筆 者 が イ ン タ ビz一 した イ ヌ イ ッ トの 年 齢 と そ の 人 数 は 表1に 示 す 通 りで あ る。
平 均 年 齢 は,33.2歳 で あ った 。20歳 代 の 後 半 か ら40歳 代 の 前 半 の 間 に 人 口分 布 が 集 中 し て い る こ と が 分 か る 。 ま た,55
歳 を 越xる 人 は きわ め て 少 な い 。 さ らに 性 別 に つ い て 言 え ぽ,55人 の う ち,男 性 は19人(34.5%),女 性 は 36人(65.5%)で あ り,女 性 の 総 数 は 男 性 の 約2倍 で あ る。
今 回 イ ン タ ビ ュ ー を 実 施 し た イ ヌ イ ッ トを,職 の 上 で 分 類 す る と,有 職 と無 職,学 生 に 分 け る こ と が で き
る 。
有 職 者(パ ー ト タ イ ム を 含 む)の 総 数 は,22人 で あ っ た 。 こ の う ち7 人 は マ キ ヴ ィ ク で,11人 は カ テ ィ
ヴ ィ ク教 育 委 員 会 で,2人 は モ ン ト リ オ ー ル 地 区 の 先 住 民 友 好 セン タ ー で 事 務 員 な ど と し て,2人 は パ ー ト タ イ ム の 通 訳 と し て 病 院 で 働 い て い た 。
無 職 の 人 に は お も に 福 祉 金 に 頼 り な が ら生 活 を し て い る 人 と,無 収 入 で 住 所 不 定 の 人 が い る 。 今 回 調 査 し た 無 職 者 の 総 数 は25人 で あ り,そ の う ち22人 が 福 祉 金 を 受 け て い た 。3 人 は 福 祉 金 を 受 給 し て お ら ず,住 所 不 定 の 状 態 に あ っ た 。
学 生 と はモントリオール の 市 内 や 近 郊 に あ る 大 学(マ ク ギ ル 大 学 や コ
表1調 査対 象 イ ヌイ ッ トの年 齢 別 人 数 人数
17歳 1人
19歳 2人
21歳 2人
22歳 1人
24歳 2人
25歳 1人
26歳 1人
28歳 3人
29歳 1人
30歳 5人
31歳 3人
32歳 4人
33歳 3人
34歳 1人
35歳 3人
36歳 3人
37歳 4人
38歳 4人
39歳 1人
40歳 3人
42歳 2人
43歳 1人
44歳 1人
46歳 2人
58歳 1人
国立民族学博物館研究報告 24巻2号 ソ コ ー デ ィ ア 大 学),ド ー ソ ソ ・カ レ ッ ジ な ど セ ジ ェ ッ プ(CEGEP,大 学 の 教 養 部 に 相 当 す る3年 制 の 高 等 教 育 機 関),高 校 に 在 籍 し,学 ん で い る 人 た ち で あ る 。 イ ン タ ビ ュ ー を 行 っ た 学 生 は8人 で あ っ た 。 そ の うち4人 が 大 学 生 で,4人 が セ ジ ェ ッ プ の 学 生 で あ っ た 。
11.モ ン ト リ オ ー ル 地 区 に 在 住 す る イ ヌ イ ッ ト
11‑1.極 北 地 域 と モ ン ト リオ ー ル 地 区 の 社 会 ・経 済 的 な 諸 条 件
カ ナ ダ ・イ ヌ イ ッ トが,カ ナ ダ 政 府 に よ っ て つ く りだ さ れ た 極 北 地 域 の 各 地 の 村 落 に お い て,定 住 生 活 を 開 始 し た の は1960年 代 で あ っ た 。1970年 代 に は 先 住 民 に よ る 権
\利 獲 得 運 動 が 盛 ん に な り
,1975年 に は ケ ベ ッ ク 州 極 北 部 の イ ヌイ ッ トが 「ジ ェ ー ム ズ 湾 お よ び 北 ケ ベ ッ ク協 定 」(James Bay and Northern Quebec Agreement)を,1984 年 に は 旧 北 西 準 州 北 西 部 の イ ヌ ヴ ィ ア ル イ トが 「イ ヌ ヴ ィ ア ル イ ト協 定 」(Inuvialuit Agreement)を,1993年 に は 旧 北 西 準 州 中 部 お よ び 東 部 の イ ヌ イ ッ トが 「ヌナ ヴ ト協 定 」(Nunavut Agreement)を,州 や 国 家 を 相 手 に 締 結 し た 。 これ ら の 諸 協 定 は 極 北 地 域 に 住 む イ ヌ イ ッ トの 土 地 権,生 業 権 な ど に 関 す る取 り決 め で あ っ た 。
1990年 代 半 ぽ ま で に イ ヌ イ ッ トは 政 治 的 な 自 律 性 を 高 め た が,経 済 的 に は カ ナ ダ政 府 や ケ ベ ッ ク 州 政 府 へ の 依 存 度 を 高 め て い っ た 。 極 北 地 域 に は イ ヌ イ ッ トが 働 く こ と
が で き る 定 職 が 少 な い 。1983年 に はEC共 同 体 が ア ザ ラ シ の 毛 皮 の 輸 入 を 禁 止 し た こ と に よ っ て,毛 皮 市 場 が 崩 壊 し た た め に,多 数 の イ ヌ イ ッ トが そ れ ま で 以 上 に 国 や 州 が 提 供 す る 福 祉 金 や 生 活 補 助 金 へ の 依 存 度 を 高 め ざ る を}xな か っ た の で あ る 。 1960年 代 以 降,極 北 地 域 に お け る イ ヌ イ ッ トの 人 口 は 増 加 の 一 途 を た ど った 。 そ し
て 定 住 村 落 は 大 規 模 化 し,現 在 で は 人 口 数4,000人 を 越>xる イ カ ル イ ト(Iqaluit)の よ う な 町 ま で 出 現 し て い る。
ケ ベ ッ ク州 の 極 北 部 に あ る イ ヌ イ ッ トの 村 イ ヌ ク ジ ュ ア ク(lnukjuak)を 例 と し て,カ ナ ダ 極 北 地 域 の イ ヌ イ ッ ト社 会 の 社 会 ・経 済 状 況 を 紹 介 して お き た い 。 イ ヌ ク ジ ュ ア ク村 は,1996年1月 の 時 点 で,人 口1,178名,世 帯 数244で あ っ た 。 当 時,同 村 に は,フ ル タ イ ム の 定 職 が152,パ ー トタ イ ム の 職 が80,そ して 夏 期 に は 建 築 ・土 木 工 事 の 仕 事 が97あ っ た 。 フ ル タ イ ム の 定 職 の 数 は,村 の 世 帯 総 数 よ り も少 な い 上 に, 学 校 の 教 員,看 護 婦 な ど 高 収 入 の あ る 職 に は ヨ ー ロ ッ パ 系 カ ナ ダ 人 が っ い て い た 。
1991年 の 統 計 に よ る と,ヌ ナ ヴ ィ ク の イ ヌ イ ヅ ト労 働 者 の 平 均 年 収 は1万5千 ドル 弱
岸上 カナ ダ に おけ る都 市 在 住 イ ヌイ ッ トの社 会 ・経 済 状 況
(以 下 す べ て カ ナ ダ ・ ドル)で あ っ た(Makivik l997:10)。1996年 の 同 村 の 完 全 失 業 率(失 業 保 険 を も ら っ て い る 人 が 稼 働 労 働 人 口 の 中 に 占 め る 割 合)は34%で,不 完 全 雇 用 率(絶 対 的 に 職 の な い 率)は51%で あ っ た 。 極 北 地 域 は 食 料 品 や 物 品 の 搬 送 に 経 費 が か か り,そ れ は 物 価 に 反 映 され て い た 。 例 え ば,ベ ー コ ソ500グ ラ ム は モ ソ ト
リオ ー ル 地 区 で は4ド ル 程 度 の 価 格 が,イ ヌ ク ジ ュ ア ク村 で は6ド ル50セ ン ト近 くす る な ど,物 価 は 約1.5倍 で あ っ た 。 こ り よ う に 極 北 の 村 で は 仕 事 が 不 足 し て い る上 に , 物 価 が 高 く,生 活 が 厳 し い と言 え る(岸 上1996b:731‑732)。
極 北 の 村 々 で は 個 人 所 有 の 家 屋 は き わ め て 少 な く,住 宅 の ほ と ん どが 州 政 府 や 準 州 政 府 に よ っ て 提 供 さ れ,賃 貸 され て い る。1997年 の 統 計 に よ る と,イ ヌ ク ジ ュア ク 村 に は244世 帯 が 存 在 す る 。 そ の 内 訳 は,1寝 室 型 の ア パ ー ト12世 帯,2寝 室 型 の ア パ ー ト56世 帯,3寝 室 型 の 家 屋 ・ア パ ー ト100世 帯,4寝 室 型 の 家 屋52世 帯,5寝 室 型 の 家 屋24世 帯 で あ る 。 人 口が 約1,200名 で あ る と す る と,一 世 帯 あ た りの 員 数 は4.9名, 一 部 屋 あ た りの 員 数 は1.6名 で あ る 。 住 宅 状 況 は 母 子 家 庭 や 未 婚 の 成 人 に は 厳 し い 状
況 に あ る 。
カ ナ ダ 政 府,州 政 府,地 方 政 府 の い ず れ も,イ ヌ イ ッ トに 対 し,極 北 の 村hか ら都 市 へ の 移 動 促 進 政 策 を 実 施 す る こ と は な か っ た が,こ の よ う な 経 済 ・住 宅 条 件 は,若
い イ ヌイ ッ トを 村 か ら押 し出 す 要 因 の ひ と つ で あ る 。
モ ン ト リオ ー ル 市 を 中 核 と し た モ ン ト リ ー ル 地 区 の 総 人 口は309万 人 あ ま りで あ る 。
モントリオール 地 区 が,他 の カ ナ ダ の 都 市 と 大 き く 異 な る 点 は,仏 系 住 民 が 多 数 派
(182万 人,総 人 口 の 約60%)を 占 め て お り,フ ラ ソ ス 語 が 第 一 言 語 と され て い る こ と で あ る。 そ こ で 職 を 得 る た め に は,フ ラ ソ ス 語 の 使 用 能 力 が 必 要 条 件 の ひ と つ と な る 。 ケ ベ ッ ク州 の 極 北 部 か ら き た イ ヌ イ ッ トの 一 部 を 除 け ぽ,ほ と ん ど の イ ヌ イ ッ ト の 第 一 言 語 は イ ヌイ ッ ト語 か 英 語 で あ る。 モ ン ト リオ ー ル 地 区 は イ ヌ イ ッ トに と っ て 就 職 に 不 利 な 場 所 で あ る と言 え る 。
し か しモントリオール 地 区 に は イ ヌ イ ッ トを 雇 用 す る 団 体 や 彼 ら の 生 活 を 補 助 し て くれ る 慈 善 事 業 団 体 が 複 数 存 在 して い る こ と も 事 実 で あ る 。モントリオール 市 の 郊 外 の ラ シ ー ヌ市 に は マ キ ヴ ィ ク の モ ン ト リオ ー ル 事 務 所 が あ り,モントリオール 市 内 に は ケ ベ ッ ク州 極 北 部 ヌ ナ ヴ ィ ク地 域 の 教 育 を 統 括 す る 機 関 で あ る カ テ ィ ヴ ィ ク教 育 委 員 会 の 本 部 事 務 所 が あ り,イ ヌ イ ッ トの 正 職 員 を 抱 え て い る 。 ま た,極 北 の 村 か らイ ヌイ ッ トの 病 人 を 迎 え 入 れ る 病 院 や 宿 泊 施 設 は,イ ヌ イ ッ ト語 の 通 訳 と し て 常 時,何 人 か の イ ヌ イ ッ トを 雇 っ て い る 。 ま た,モ ン ト リオ ー ル 地 区 に は,複 数 の 高 校 や セ ジ ェ ッ プ,大 学 が あ り,イ ヌ イ ッ トの 学 生 を 受 け 入 れ て い る 。モントリオール 地 区 に
国立民族学博物館研究報告 24巻2号 は,総 合 病 院 や 小 児 科 専 門 病 院 が あ り,パ フ ィ ソ 島 や ケ ベ ッ ク州 極 北 部 か ら イ ヌ イ ッ
トの 患 者 を 治 療 の た め に 受 け 入 れ て い る 。
モ ン ト リ オ ー ル 地 区 に は 先 住 民 全 体 に サ ー ビ ス を 提 供 す る 非 営 利 団 体 で あ る 先 住 民 友 好 セ ン タ ー が あ り,都 市 に 住 む イ ヌ イ ッ トも こ の 機 関 を 利 用 して い る 。 シ ェ ・ ド リ は 女 性 の た め の シ ェ ル タ ー で あ り,イ ヌ イ ッ トの 女 性 も利 用 して い る 。 これ ら 以 外 に も,衣 類 や 食 料 を 提 供 す る 慈 善 事 業 団 体 が 複 数 存 在 し,弱 者 救 済 の サ ー ビ ス を 提 供 し て い る 。 モ ン ト リ.オー ル 地 区 で は,筆 者 が 調 べ た 限 りで も,ウ エ ル カ ム ・ホ ー ル ・
ミ ッ シ ョ ン(Welcome Hall Mission),オ ー ル ド ・ブ ル ー ウ ェ リ ー ・ ミ ッ シ ョ ソ(Old Brewery Mission Inc.),メ ゾ ソ ・デ ュ ・ペ ー ル(Maison du P鑽e),世 界 救 世 軍(Sal‑
vation Army)が 運 営 す る 女 性 用 緊 急 シ ェル タ ー,女 性 用 宿 泊 施 設,男 性 用 宿 泊 施 設 と ホ ス テ ル で 食 事 を 無 料 で と っ た り,シ ャ ワ ー を あ び た り,泊 ま る こ と が で き る 。 カ ナ ダ政 府 や 州 政 府,そ の 他 の 地 方 自 治 体 は,都 市 に 住 む イ ヌ イ ッ トを 対 象 と した
特 別 な 社 会 ・経 済 政 策 は 実 施 し て い な い 。 しか し,こ の よ うにモントリオール 地 区 に は,他 の カ ナ ダ の 都 市 と 同 様 に 仕 事 場,学 校,病 院,救 済 セ ソ タ ー,慈 善 事 業 施 設 が 存 在 し て い る。 モ ン ト リ オ ー ル 地 区 に は775人 の イ ヌ イ ッ トが い る こ とが1991年 の 先 住 民 人 口調 査 で 分 か っ て い る 。 同 年 の 調 査 に よ る と,こ の775人 の う ち イ ヌイ ッ トの ア イ デ ン テ ィ テ ィ だ け を 持 つ 者 が320人,イ ヌ イ ッ トと そ れ 以 外 の ア イ デ ン テ ィテ ィ を 併 せ 持 つ 者 が455人 で あ っ た 。
11‑2.出 身 地
イ ソ タ ビ ュ ー を 行 っ た55人 の イ ヌ イ ッ トの 出 生 地 な い しは 生 ま れ て す ぐ に 養 子 に 出 さ れ た 場 所 を 村 名 と地 域 で 分 類 す れ ば 次 の 表2の よ う に な る(地 図1参 照)。
こ の 表2を 見 る と,ケ ベ ッ ク 州 極 北 部(ヌ ナ ヴ ィ ク)全 域 か ら イ ヌ イ ッ トが モ ソ ト リ オ ー ル 地 区 に 来 て い る こ と が 分 か る6)0人 口 規 模 が900人 を 越 す 村(ク ー ジ ュ ア ッ ク, サ ル イ ト,プ ヴ ソ ニ ツ ッ ク)や,モントリオール 地 区 と飛 行 機 の 直 行 便 の あ る 村(ク ー ジ ュ ア ラ ー ピ ク,ク ー ジ ュ ア ッ ク)か ら 来 て い る 人 が 多 い と 言 え る 。 ヌ ナ ヴ ト (Nunavut,旧 北 西 準 州 の 中 部 お よ び 東 部 極 北 地 域)か ら 来 た イ ヌ イ ッ トの 出 身 地 は, 地 域 的 に は ヌ ナ ヴ トの 東 部 地 域 に あ る 村 が 多 い 。 ま た,ヌ ナ ヴ トの 東 部 地 域 の 病 人 は
モントリオール 地 区 の 病 院 に 送 られ る 傾 向 が あ る 上 に,ヌ ナ ヴ トの 拠 点 で あ る イ カ ル
イ トとモントリオール 地 区 に は 直 通 の 航 空 便 が 就 航 し て い る の で ヌ ナ ヴ ト東 部 出 身 の イ ヌ イ ッ トがモントリオール 地 区 に 多 数 来 て い る と考 え られ る 。
岸上 カ ナ ダに お け る都 市 在 住 イ ヌイ ッ トの 社 会 ・経 済 状 況
表2モントリオール 居 住 の イ ヌ イ ッ トの 出 身 地
ケベ ック州 内36人 名 称 人 数
(1) ク ー ジ ュ ア ラ ー ピ ク(Kuujjuaraapik) 11人
(2) ク ー ジ ュ ア ッ ク(Kuujuaq) 5人
(3) ク ア ッ タ ッ ク(Quaqtaq) 5人
(4) サ ル イ ト(Balluit) 3人
(5) プ ヴ ン ニ ツ ッ ク(Puvirnituq) 3人
(6) カ ンギ フ ッス ジ ュ ア ッ ク(Kangiqsujuaq) 2人
(7) カ ン ギ ス ク(Kangirsuk) 2人
(8) イ ヌ ク ジ ュ ア ク(lnukjuak) 1人
(9) チ サ シ ビ(Chisasibi) 1人
(ia) イ ヴ イ ヴ ィ ク(Ivujivik) 1人
(11) モントリオール市(Montreal) 1人
(12) ケ ベ ッ ク 市(Quebec) 1人
ヌ ナ ヴ ト13名
(13) イ カ ル イ ト(Iqaluit)
.
5人
(14) ケ ー プ ・ ド ー セ ッ ト(CapeDorset) 3人
(15) レ イ ク ・ ノ、一 ノミー(LakeHabour) 1人
(16) ブ ラ ソ ト ソ ・ア イ ラ ソ ド
(BroughtonIsland)
1人
(17) ラ ソ キ ソ ・イ ソ レ ッ ト(RankinInlet) 1人
(18) イ グ ル ー リ ク(lgloolik) 1人
(19) ベ イ ・チ ャ イ モ(BayChimo) 1人
それ以外の地域6人
(20> グ ー ス ・ベ イ/ハ ピ ー ・ヴ ァ レ ー (GooseBay%HappyValley,Labrador)
3人
(21) セ ソ ト ・ ジ ョ ー ン ズ
(St.John's,Newfoundland)
1人
(22) フ ォ ー ト ・ス ミス(FortSmith,NWT) 1人
(23) ク イ ー ソ ・ シ ャ ー ロ ッ ト 島
(QueenCharlotteIsland,BC)
1人
国立民族学博物館研究報告24巻2号
地 図1モントリオール 地 区在 住 イ ヌ イ ッ トの 出 身地,1997 (番号 と人 口規 模 を 示 す黒 丸 は 表2に 対 応 して い る)
皿 一3.モ ン ト リ オ ー ル 地 区 に 来 た 理 由 と 定 着 の 方 法
モ ン ト リオ ー ル 地 区 に 来 た 理 由 や 定 着 の や り方 は,学 生,有 職 者,無 職 の3つ の カ テ ゴ リー に 分 け て 記 述,分 析 し た 方 が 理 解 しや す い 。 た だ し,彼 ら が モ ン ト リ オ ー ル 地 区 に 来 た 理 由 は,ひ と つ と は 限 ら な い 。 モ ン ト リオ ー ル 地 区 に 来 る 以 前 に か な りの 頻 度 の 移 動 を 経 験 して い る こ と も注 意 す べ き で あ る7も
1学 生
イ ソ タ ビ ュ ー した8人 の 学 生 の うち,彼 ら が モ ン ト リオ ー ル 地 区 に 来 た 理 由 は,学 校 へ 行 く た め が5人 と も っ と も 多 か っ た 。 残 りの3人 は 入 学 す る 以 前 か ら モ ソ ト リ オ ー ル 地 区 に 住 ん で い た 。 す な わ ち,2人 の 学 生 は セ ジ ェ ッ プ に 入 学 す る 以 前 に,自 ら の 意 志 で は な く母 親 に つ い て モ ン ト リオ ー ル 地 区 に 来 て い た 。1人 の 学 生 は,幼 児 期 に 北 西 準 州 の フ ォ ー ト ・ス ミス(FortSmith)か ら,ソ ー シ ャ ル ・サ ー ヴ ィ ス を 通 してモントリオール 地 区 在 住 の ユ ダ ヤ 系 男 性 と フ ィ リ ピ ン 出 身 の 女 性 の 夫 婦 の 所 に 養 子 に 出 さ れ て い た 。
岸上 カナダにおける都市在住イヌイットの社会 ・経済状況
後者 の3人 は セ ジ ェ ップや 大 学 に入 学 す る以 前 か らモントリオール 地 区 に 両親 と と もに住 ん でい た た め に,モ ン トリオ ール地 区 に 住 み 着 くた め に は,他 の 人 の助 け を借 りる必 要 は な か った。 極 北 か ら きた5人 の学 生 の 旅 行,住 居 の選 択,生 活 の金 銭 的 援 助 や ア ドバ イ ス に つ いて は,モントリオール 地 区 に あ るカ テ ィ ヴ ィク教 育 委 員会 の職 員 が全 面 的 に 面倒 を見 て いた 。
2 有 職 者
調 査 の時 点 で,仕 事 に就 い て いた 者22人 の うち12人(54.5%)は 仕事 に就 く こ とを 理 由 に極 北 の村 を離 れ,モ ン トリオ ール地 区 に や って きて い る。 残 りの10人 は他 の理 由 で極 北 の 村 を離 れ,モ ン トリオ ール地 区 に 来 て か ら仕事 を見 つけ,就 職 した人 た ち で あ った 。 そ の 人 た ちが も と も とモ ン ト リオ ール 地 区 に来 た理 由は,(1)学 校 へ 行 く た め(3人),(2)夫 や ボ ーイ フ レソ ドに つ い て や って きた(2人),(3)両 親 につ い て や って きた(1人),(4)夫 の暴 力 か ら逃 れ るため(1人),(5)個 人 的 な理 由か ら 自由 を求リて(1人),(6)病 院 に来 る母 の付 き添 い と して モ ソ トリナ ール 地 区 にや っ て きた が そ の ま ま残 った(1人),(7)自 身 が 病 院 に行 くた め に モ ン トリオ ー ル地 区 に来 たが そ の まま残 った(1人)な どで あ った 。 仕 事 の た め に モ ン トリオ ール地 区 に や って きた と回答 した者 の 中 に,極 北 では 生 活 費 が 高 い上 に仕 事 が な い こ と,極 北 の 村 で の政 治 に辟 易 した こ とな どを移 動 の理 由 と して 補 足 した者 もいた 。 また,就 職 す る以前 に 学校 に行 くた め にモントリオール 地 区 に 来 た と答 え た人 の中 に,出 身 村 にお け る酒 や 麻 薬 に絡 む 社 会 問 題 か ら逃 れ た か った,と 述 べ た者 が いた 。
就 職 の た め に極 北 の村 か ら南 に来 る場 合 は,受 け 入 れ 団 体 で あ る マ キ ヴ ィ ク,カ テ ィ ヴ ィ ク教 育委 員 会,イ ヌイ ッ トの患 者 の世 話 を す る非 営 利 団体 で あ る パ フ ィ ソ ・ ハ ウス,そ して北 ケ ベ ッ ク ・モ ジ ュー ル の職 員 が,住 居 を見 つ けた り,転 居 す る のを 助 け て くれ て い た。
3 無 職 の 者
イ ン タ ビ ュ ー を 実 施 した 無 職 の 者25人 か ら 得 た 回 答 は,(1)酒,麻 薬,暴 力,性 的 な 嫌 が ら せ な ど社 会 問 題 や 人 間 関 係 に 由 来 す る 家 族 問 題 な ど か ら逃 げ る た め に モ ソ ト
リオ ー ル 地 区 に 来 た(6人),(2)女 性 が ヨ ー ロ ッパ 系 カ ナ ダ 人 の ボ ー イ フ レ ソ ドや 夫 に 同 行 して モ ン ト リオ ー ル 地 区 に 来 た(5人),(3)仕 事 を 求 め て(3人),(4)学 校 に 行 くた め(2人),(5)病 院 に 行 くた め(2人),(6)病 院 に 行 く母 親 の 付 き 添 い
と し て 同 行 し,そ の ま ま モ ン ト リオ ー ル 地 区 に 残 っ た(1人),(7)モントリオール
国立民族学博物館研究報告 24巻2号 地 区 に住 む 姉 の看 病 の た め に や って きて そ の ま ま都 市 に 残 った(1人),(8)モ ン ト
リオ ー ル地 区 に い る子 供 に会 いに 来 て そ の ま まモントリオール 地 区 に 残 った(1人), (9)村 の 生 活 に 疲 れ て モ ン ト リオ ー ル地 区 に来 た(1人),(10)犯 罪 を 犯 し南 の 監 獄 へ 送 られ た が,釈 放 後 そ の ま ま モ ン トリオ ール 地 区 に 残 った(1人),(11)特 に理 由 が な い と い う(1人),そ して(12)妻 の 出産 の た め に一 時 的 に モ ン トリオ ール地 区 に滞在 して い る(1人)で あ った 。
無 職 の 人 た ち が,住 所 不 定 の 状 態 か らモ ン トリオ ール地 区 に住 居 を 定 め る まで の プ ロセ スに は大 き く分 け て2つ の タイ プが あ る。第一の タイプは,本 人がモ ン トリオ ー ル地 区 に入 る以前 に,本 人 の 親 族 や友 人 がい る場 合 で あ り,第 二 の タイ プ は,そ の よ うな知 人 が全 くい ない 場 合 で あ る。
第 一 の タイ プで は,モ ン トリオ ール地 区 の新 来 者 は まず,親 戚 や 友 人 の アパ ー トに 転 が り込 んだ り,その 間 を転 々 と しな が ら,モ ン トリオ ール地 区 の 先 住 民友 好 セ ン タ ー や 女 性専 用 の シ ェル タ ーで あ る シ ェ ・ ドリな どを 窓 口(連 絡 先)と して社 会 福 祉金 受 給 の 申請 手 続 きを とる。約1ヶ 月後 に は最 初 の 小切 手 が そ こに 送 られ て くる。 それ を も とに ア パ ー トを 借 りる。翌 月 か らは そ の新 住 所 に 社 会 福 祉 の小 切 手 が 送 られ て くる。
社 会 福 祉 金 だ け で は 生 活 に は 十 分 では な い の で,昼 食 や夕 食 は 各 教 会 や ボ ラ ソテ ィ ア ・グル ー プが 運 営 す る無 料 の レス トラ ン,シ ェ ・ド リ,先 住 民友 好 セ ン タ ーが提 供 す る食 べ 物 や フ ー ド ・バ ス ケ ッ トに頼 っ てい る。
第 二 の タ イ プで は,モ ン ト リオ ー ル地 区 に 知人 が皆 無 であ る。 ラ ブ ラ ドール 出身 の あ る男性 は,モ ン トリオ ー ル地 区 につ くや い なや,路 上 を 歩 い て い た人 に 教会 が運 営 す る宿 泊 可 能 な シ ェル タ ー の所 在 を 尋 ね,そ こに と りあえ ず 落 ち着 いた 。 そ の翌 日, 彼 は先 住 民 友 好 セ ンタ ー の社 会 福 祉 係 に 面会 し,そ こを 窓 口 と して社 会 福 祉金 の受 給 を 申請 した 。 そ の 数 日後,シ ェル タ ーを 去 りセ ンタ ー で知 り合 った 中部 極 北地 域 出身 の イ ヌイ ッ トの アパ ー トに転 が り込 ん だ 。彼 は,最 初 の社 会 福祉 の小 切 手 を も ら う と 自分 自身 の アパ ー トを借 りた。 食 事 は,第 一 の タ イ プ の人 々 と同 じ く,既 存 の 団体 や 制 度 のサ ー ビス を 利用 して い る。 モ ン トリオ ール 地 区 に 住所 を定 め る まで,イ ヌイ ッ トの女 性 は 先 住 民 女性 用 の シ ェル タ ーや 世界 救 世 軍 の宿 泊 施設 に寝 泊 ま りす る こ とが で き る。 この よ うに して多 くの イ ヌ イ ッ トは住 所 不 定 の状 態 か ら脱 出す るの で あ る。
4 男 女 差
今 回の調 査 で イ ソタ ビ ュー した女 性36人,男 性19人 につ いて,男 女 間 で モ ソ トリナ ー ル地 区に 来 た理 由 と定 着 のや り方 に差 異 が あ るか ど うか 見 て お きた い 。 女性 が モ ン ト
岸上 カナ ダに お け る都 市 在 住 イ ヌイ ッ トの社 会 ・経 済状 況
リオ ー ル 地 区 に 来 た 理 由 は,(1)就 職(8人),(2)進 学(8人),(3)白 人 の 夫 や ボ ー イ フ レ ン ドに 同 行(6人),(4)村 の 中 で 起 こ っ た 問 題 か ら逃 れ る た め(4人,そ の 内 訳 は 性 的 嫌 が ら せ,暴 力 を 夫 が ふ る う,家 庭 内 の 人 間 関 係,父 の 飲 酒 が 各1人), (5)両 親 に 同 行(2人),(6)そ の 他(6人)(休 暇 の た め,姉 の 看 病 の た め,ボ ー イ フ レ ン ドが 呼 ん で くれ た,子 供 に 会 い に 来 た,母 の 付 き 添 い で,養 子 に 出 さ れ た)が お も な も の で あ った 。 一 方,男 性 が モ ン ト リナ ー ル 地 区 に 移 住 し た 理 由 は,(1)村 の 中 の 問 題 か ら 逃 れ る た め(9人,そ の 内 訳 は 仕 事 が な い3人,村 で 喧 嘩1人,酒 で 事 件 を 起 こ し投 獄 さ れ た1人,村 の 生 活 に 疲 れ た1人,女 性 問 題3人),(2)就 職(4 人),(3)進 学(2人),(4)病 院 へ 行 く た め(1人),(5)妻 の 出 産 に 同 行(1人), (6)特 に 理 由 無 し(1人)で あ っ た 。
イ ヌ イ ッ トの 女 性 は 就 職 や 進 学 以 外 に,白 人(ヨ ー ロ ッパ 系 カ ナ ダ 人)の パ ー トナ ー に つ い てモントリオール 地 区 に 来 た 人 が 多 い 。 そ の 比 率 は 女 性 の17%あ ま りに な る 。
これ に 対 し て,村 の 中 で の 問 題 の た め に モ ン ト リ オ ー ル 地 区 に 逃 げ て き た 男 性 が9人, 女 性 が4人 い る 。 そ の 比 率 は 男 性 全 体 の47.4%,女 性 全 体 の11%で あ り,男 性 の 約 半 数 が 出 身 村 で の 問 題 か ら 逃 れ る た め にモントリオール 地 区 へ 来 て い る 。
男 女 の 間 で は,モントリオール 地 区 に 定 着 す る や り方 に 大 差 は な い 。 し か し,女 性 の 方 が 男 性 よ り もモントリオール 地 区 に 白 人 の ボ ー イ フ レ ソ ドや 夫,仕 事 の 関 係 者, 親 戚,知 人 な ど 受 け 入 れ て くれ る 人 が 多 い とい う結 果 が 出 て い る 。
皿 一4.在 住 期 間
今 回 の イ ソタ ビx一 で は,モントリオール 地 区 に来 て1週 間 しか た って い な い 者 か ら25年 あ ま りをモントリオール 地 区 で過 ご した者 ま で,か な りの幅 が あ る(表3)。
在 住 年 数 を 男 女 別 に 分 類 す る と,男 性 は5年 以 下 の 在 住 者 が14人(男 性 全 体 の 73.4%)と 多 い のに 対 し,女 性 は6年 以上 の在 住 者 が23人(女 性 全 体 の63.9%)と 多 い。さ らに,モントリオール 地 区 に16年 以上 在 住 して い る男性 は 皆 無 で あ る の に対 し, 女 性 では16年 以上20年 以 下 が5人(女 性 全 体 の13.9%),21年 以 上25年 以 下 が2人(女 性 全 体 の5.6%)い る。 す な わ ち,モ ン トリオ ー ル地 区 に お い て は,女 性 の 方 が 男 性
よ りも在 住 期 間 が長 い とい う傾 向 が見 られ る。
学 生,有 職 者,無 職 の 者 とい う カ テ ゴ リー で,モ ン ト リオ ール 地 区 に お け る イ ヌ イ ッ トの在 住 年数 を分 類 した場 合,は っき りした傾 向 は 出 て こ な いが,男 女 別 の 要 因 を考 慮 す る と,興 味 深 い差 異 が 存 在 して い る。
無職 の 男性 は大 多 数 が5年 以 下 の在 住 者 で あ る が,無 職 の女 性 は1年 未 満 か ら20年
国立民族学博物館研究報告24巻2号 表3モントリオール に.おけ る 居住 年 数 別 人 数
全 体 男 性 女 性
1年 未 満 9(16.4%) 5(26.3°/) 4(11.1°/)
1年 以 上5年 以 下 18(32.7%) 9(47.4°/) 9(25.0%) 6年 以 上10年 以下 13(23.6%} 2(io.s/} 11(30.6%) 11年 以 上15年 以 下 8(14.5%) 3(15.8%} S(13.9%) 16年 以上20年 以 下 5(9.1%) o(o.o%) 5(13.9°/)
21年 以上25年 以 下 2(3.6%) o(o.o%〉 2(5.6%)
計 55 19 36
()内 は各 列 の百 分 率 を示 す 。
以 下 ま で ほ ぼ 均 等 に 分 布 し て い る8)0有 職 者 の 男 性 は1年 以 上5年 以 下 の 者 が,有 職 の 女 性 は6年 以 上10年 以 下 の 者 が 多 い と い う傾 向 が 見 ら れ る9)0
学 生8人 の う ち,男 性2人 と女 性6人 の モ ン ト リオ ー ル 地 区 で の 在 住 年 数 は,次 の 通 り で あ る 。 男 子 学 生 は,1年 以 上5年 以 下 が1人,11年 以 上15年 以 下 が1人 で あ っ た 。 一 方,女 子 学 生 は,1年 未 満 が2人,1年 以 上5年 以 下 が2人,6年 以 上10年 以 下 が1人,21年 以 上25年 以 下 が1人 で あ っ た 。 カ テ ィ ヴ ィ ク教 育 委 員 会 か ら 得 た 情 報 に よ る と,ヌ ナ ヴ ィ クか ら セ ジ ェ ッ プ で 勉 強 す る た め に 来 て い る 学 生 の 定 着 率 は あ ま り高 く な い と い う。1997年 の9月 に は,26人 の 男 子 と44人 の 女 子,合 計70人 の 学 生 が 在i籍 し て い た 。 し か し12月 の ク リス マ ス 休 み が 始 ま る 前 に 男 子1人 と女 子7人 が モ ソ ト リオ ー ル 地 区 を 去 り,出 身 村 に 帰 っ て し ま っ た 。 翌1998年 の4月 現 在,在 籍 して い る の は,男 子18人(約69%),女 子31人(約70%)で あ っ た 。 約30%の 学 生 は 飲 酒 な ど の 問 題 の た め に1年 を 終 わ らな い うち に 退 学 し,モ ン ト リオ ー ル 地 区 を 去 っ て い る の で あ る。
皿.モ ン ト リ オ ー ル 地 区 在 住 イ ヌ イ ッ ト の 生 活 の 実 態
皿 一1.生 活 と経 済 状 況
今 回 のイ ソ タ ビ ュー調 査 を 実 施 した55人 の イ ヌイ ッ トを収 入 の 点 で分 類 す る と,収 入 が 全 くな く住所 不 定 状 態 に あ る者 が3人,社 会 福 祉 金 に依 存 して い る者 が22人,学 生 が8人,非 常 勤職 を含 む 仕 事 に よる収 入 で 生 活 を して い る者 が22人 で あ った 。
住 所 不 定 の者 は,友 人 の アパ ー トや 公 的 な シ ェル タ ー を渡 り歩 きな が ら夜 を 過 ご し
岸上 カナダにおける都市在住イヌイットの社会 ・経済状況
て い る。 夏 に は,彼 らは路 上 や 公 園 で寝 る こ ともあ る。 今 回 の 調 査 に よる と住 所 不 定 の ま まで終 わ る イ ヌイ ッ トは少 な く,通 常,モ ン トリオ ール 地 区 に到 着 してか ら1, 2ヶ 月後 に は先 住 民 友 好 セ ソタ ーや そ の他 の機 関 を 通 して福 祉 金 の受 給 を 申請 し,そ
れ を も とに住 居 を 定 め る者 が 多 い。 しか し,飲 酒 な ど の理 由 で アパ ー トを追 い出 され る者,賃 貸 の リース の切 れ た者,新 た に都 市 に来 た 者 な ど一 時 的 な住 所 不 定 者 は 常 に 存在 して い る。
社 会 福 祉 金 に依 存 して い る22人 のイ ヌイ ッ トの収 入 と家 賃 の 状 況 を 見 てみ よ う。 福 祉 金 を 受 給 し てい る者 の 中 で最 高 額 収 入者 は 月額 に し て900ド ル で あ り,最 低 額 収 入 者 は240ド ル で あ った 。 平 均 は 月 額508ド ル で あ っ た が,も っ と も多 い 受 給 額 は 月 額 490ド ル で,22人 中8人 で あ った 。 こ の金 額 は,単 身 者 の み な らず,母 子 家 庭 を 含 ん で い る。彼 らが 支払 って い る アパ ー ト代 の月 額 は,128ド ル か ら395ド ル まで 幅 が あ り, 単 身者 な ら月 額250ド ル,子 供 が い る場 合 に は.月額300ド ル くらい か か る。 また,先 住 民友 好 セ ンタ ー な どが斡 旋 す る低 家 賃住 宅 であ る な らば,月 額 で128ド ル か ら200ド ル 程 度 で入 居 で き る。 しか しなが ら彼 らの収 入 か ら,家 賃,電 気 代,電 話 の基 本 料 金 を 支払 え ぽ,ほ とん どすべ て の者 は 手 元 に現 金 が な くな る。 彼 らは,食 料 に関 して は 自 前 で購 入 す る とい うよ りは,慈 善 事 業 を行 って い る諸 団 体 か ら も ら って き た り,そ こ が提 供 す る食 事 を 食 べ な が ら,生 き延 び て い る。 土 曜 日,日 曜 日,ク リス マ ス休 み な どに は慈 善 事 業 所 も休 み を とるた め,こ の期 間 に は 水 以 外 は 何 も 口に 入れ る こ とが で きな い者 もい る。 な お,そ の よ うな 状態 で も彼 らが 食 べ 物 に 金 を か け る の では な く, アパ ー トを保 持 す るの は,定 ま った 住所 を持 つ こ とが 福 祉 金 を 受 給す る た め の条 件 の ひ とつ で あ るか らで あ る。
モ ン トリオ ール 地 区 で大 学 や セ ジ ェ ップ に通 って い る北 ケベ ック出 身 の イ ヌイ ッ ト の 中 で 「ジ ェー ム ズ湾 お よび北 ケベ ック協 定 」 の恩 恵 を 受 け て い る学 生 と連 邦 政 府 か ら奨 学 金 を も ら って い る イ ヌイ ッ トの 学生 は経 済 面 で優 遇 され て い る。8人 の うち7 人 は,カ テ ィ ヴ ィク教育 委 員 会 の奨 学 金 を受 け,残 りの1人 は カナ ダ連 邦 政 府 北 方 省 の イ ンデ ィア ソ局 か ら奨 学 金 を 受 け て い る。 そ の8人 の うち 両 親 と同居 が2人,母 親 や 兄 弟 と同居 が2人,ガ ー ル フ レン ドと同居 が1人,子 供 た ち と同居 が1人,そ して 夫 と息子 と同居 が1人,単 身 で 住 ん で い る者 が1人 で あ った。彼 らは,住 居 費や 学 費, 生活 費 の補 助 を受 け て お り,一 般 の 学 生 に比 べ て も金 銭 的 に は 非 常 に よい条 件 で在 学 す る こ とが で き る。 事 例 を ひ とつ あ げ て みた い。
1966年 生 まれ のあ る女性 に は,13歳 と6歳 に な る2人 の 娘 が い る。 彼 女 は,モ ン ト リオ ール地 区 の マ クギ ル大 学 に在 籍 し,社 会 福 祉 の 勉 強 を して い る。 彼 女 は,カ ナ ダ
で新 学 期 が 始 ま る9月 か ら1学 年 が 終 わ り夏 休 み が 始 ま る 翌 年 の5月 の 終 わ りま で,カ テ ィ ヴ ィ ク教 育 委 員 会 の奨 学 プ ロ グ ラ ムか ら援 助 を 受 け て い る。 この期 間 に は,大 学 の 授 業 料 と,ア パ ー ト代,子 供 の託 児 代 以 外 に,生 活 費 と して 月 額1000ド ル が 彼 女 に 支 給 され る。 一 方,そ れ 以 外 の 期 間,6月 か ら8月 末 に か け て の 夏 休 み に は ア ルバ イ トを して生 活 費 を稼 が な け れ ば な らな い 。 彼 女 に よ る と,子 供 の 養 育 に金 が か か る た め に,こ れ らの プ ロ グ ラ ムか ら の収 入 だ け で は十 分 で は な い と言 うが,そ れ で もか な り条 件 の よい援 助 を 受 け て い る と言 え るだ ろ う。
次 に,モントリオール 地 区 在 住 の イ ヌイ ッ トの 中 で 職 を持 って い る人 の事 例 を見 て み た い。 今 回 の イ ン タ ビ ュー で は22人 が そ れ に あ た る。 彼 ら の 月 収 は パ ー トの600ド ル か ら 6,667ド ル と か な りの 幅 を 見 せ て い
国立民族学博物 館研究報告24巻2号 表4有 職 者 と無 職者 の 月収 入
/カ ナ ダ ・ ドル、
無職者
$0 3人
$1以 上$200以 下 0人
$201以 上$300以 下 1人
$301以 上$400以 下 3人
$401以 上$500以 下 11人
$501以 上$600以 下 2人
$601以 上$700以 下 0人
$701以 上$800以 下 1人
$801以 上$900以 下 2人
有職者
$500以 上$1㎜ 以下 2人
$1001以 上$1500以 下 3人
$1501以 上$2000以 下 3人
$2001以 上$2500以 下 5人
$2501以 上$3000以 下 3人
$3001以 上$3500以 下 4人
$3501以 上$6500以 下 0人
$6500以 上$7000以 下 1人
る(表4)。 全 体 の 平 均 は,月 収 で2,383ド ル,年 収 に し て 約28,600ド ル で あ る 。1992 年 の モ ン ト リオ ー ル 地 区 在 住 者 全 体 の 平 均 年 収 は 約3万 ドル で あ り(Colombol996:
228),モ ン ト リオ ー ル 地 区 に 住 み,仕 事 を 持 っ て い る イ ヌ イ ッ トの 収 入 が 特 に 低 い わ け で は な い こ と が 分 か る 。
彼 ら が 住 ん で い る ア パ ー トや 一 戸 建 て の 家 賃 は,月 額200ド ル か ら950ド ル で あ る 。 200ド ル は 市 営 の 低 家 賃 住 宅 で あ り,950ド ル は モ ン ト リオ ー ル 市 郊 外 の 一 戸 建 て の 家 賃 で あ る。 平 均 的 な 場 合 で,4.5部 屋 の ア パ ー トで あ る と450ド ル 以 上,一 戸 建 て な ら 700ド ル 以 上 か か る。
ま た,月 収 が2,500ド ル 以 上 あ る 者 や 共 稼 ぎ の 者 の 中 に は,一 戸 建 て を 個 人 所 有 し て い る 人 が い る 。 月 収 が2,500ド ル 以 上 あ る イ ヌ イ ッ トは,モントリオール 地 区 に お
岸上 カナダにおける都市在住イヌイットの社会 ・経済状況 い て 他 の住 民 と同 じよ うな生 活 水 準 を保 って い る。
この よ うに,収 入 に 関 しては,有 職 者 と学 生,無 職 の 者 に よ ってか な りの差 が 見 ら れ る。 有職 者 や 学 生 は ほ とん ど衣食 住 に不 自 由 を しな い生 活 を送 って い るが,無 職 の 者 は 既存 の制 度 を 利 用 すれ ば なん とか生 きて い く こ とが で き る状 態 で あ る。
皿一2.住 居 と在 住 地 区
カ テ ィ ヴ ィ ク教 育 委 員 会 が ドル ヴ ァー ル 市 に あ った 時 に は,モントリオール 市 の 西 側 に 隣 接 し,モントリオール 地 区 の 空 港 が あ る ドル ヴ ァ ー ル 市 に イ ヌ イ ッ トの 人 が 多 く住 ん で い た 。 今 回 の 調 査 の 結 果 で は,ド ル ヴ ァ ー ル 市,ラ シ ー ヌ市,モ ソ ト リ オ ー ル 市 の ダ ウ ソ タ ウ ソの 東 部 に 多 く の イ ヌ イ ッ トが 住 ん で い る こ と が 分 か っ た が,イ ヌ イ ッ トが コ ミ ュ ニ テ ー を 形 成 し て い る よ うな 集 住 地 区 は な い こ と が 確 認 さ れ た 。 さ ら に 無 職 の 者,有 職 者,学 生 の 間 に は,住 ん で い る 地 域 に 差 異 が み ら れ た 。
無 職 で 社 会 福 祉 金 に 依 存 し な が ら生 活 を し て い る イ ヌ イ ッ ト22人 の 住 所 は,モ ン ト リオ ー ル 市 の ダ ウ ソ タ ウ ソ東 部 に7人,モントリオール 市 内 の 南 西 部 に3人,ヴ ェ ル ダ ソ市 に3人,モ ン ト リオ ー ル 市 内 東 端 地 区 に2人,モ ン ト リオ ー ル 市 内 中 東 部 に1 人,モ ン ト リオ ー ル 市 内 西 端 地 区 に1人,ラ シ ー ヌ市 に1人,モ ン ト リオ ー ル 市 内 西 部 に1人,回 答 無 し が3人 で あ っ た 。 無 職 者 の 大 多 数 の 者 はモントリオール 市 内 に 住 む 傾 向 が 見 ら れ る が,モントリオール の 先 住 民 友 好 セ ソ タ ー 周 辺 の ダ ウ ソ タ ウ ソ東 部 に7人 が 在 住 し て い る 点 を 除 け ぽ,彼 ら は 市 内 に 分 散 して 住 ん で い る 。
有 職 者 は,ド ル ヴ ァ ー ル 市 に4人,ラ シ ー ヌ市 に4人,モントリオール 島 西 部 に4 人,モントリオール 市 の ダ ウ ン タ ウ ン に3人,モントリオール 市 の 東 端 地 区 に3人,
モ ン ト リオ ー ル 市 内 西 端 地 区 に1人,モ ン ト リオ ー ル 島 の 外 に1人,モ ン ト リオ ー ル 市 内 南 西 部 に1人 が 住 ん で い る 。 独 身 者 は ダ ウ ソ タ ウ ソやモントリオール 市 内 に,家 族 と 暮 らす 者 は モ ン ト リオ ー ル 市 の 郊 外 に 住 む と い う傾 向 が 見 られ る 。 カ テ ィ ヴ ィ ク 教 育 委 員 会 に 勤 め る 人 は ドル ヴ ァ ー ル 市 に,マ キ ヴ ィ ク に 勤 め る 人 は ラ シ ー ヌ 市 や モ
ソ ト リナ ー ル 島 西 部 に 住 む 人 が 多 い と い う傾 向 が 見 ら れ る 。
イ ヌ イ ッ トの 住 所 の 分 布 状 態 を 概 観 す る と,無 職 者 と有 職 者 の 間 で は,居 住 地 区 に 差 異 が 見 られ る 。有 職 者 は,モ ン ト リオ ー ル 地 区 の 中 流 階 層 が 好 ん で 住 む モ ン ト リオ ー ル 近 郊 に 住 む 傾 向 が あ り,モ ン ト リ オ ー ル 在 住 の イ ヌ イ ッ トの 間 で 階 層 差 が 生 じて い る こ とを 示 し て い るio)0
学 生8人 に つ い て み る と,ド ル ヴ ァ ー ル 市3人,ラ シ ー ヌ市3人,モントリオール 島 西 部 地 区1人,モントリオール 市 内 西 端 地 区1人 で あ り,モ ン ト リオ ー ル 市 の ダ ウ