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女性の暮らし

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女性の暮らし

著者 佐々木 椎奈

雑誌名 金沢大学文化人類学研究室調査実習報告書

巻 29

ページ 49‑60

発行年 2014‑03‑31

URL http://hdl.handle.net/2297/40132

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5 .女性の暮らし

佐 々 木 椎 奈

1.はじめに

2.家庭内外での女性の仕事 3.女性の娯楽 4.長生会と女性 5.考察

6.おわりに

1.はじめに

今回の調査地である蛸島町は、漁業を主な生業とする漁師の町である。海辺の町らしい情緒あ ふれる景観のなかに、いきいきと暮らす人々の姿があった。1週間の聞き取り調査の間、さまざ まな方からお話を聞くことができた。そのなかでも興味深かったのは、漁村で暮らす女性たちの お話である。漁師の妻として家庭を守るたくましい女性、また自身の職を持ち活発に働く女性、

そして年を重ねてよりいっそう輝く女性など、同じ女性として尊敬の念を抱かずにはいられない ような、多くの素晴らしい女性に出会うことができた。彼女たちはどのような環境のなかで、ど のような日々を過ごし今に至っているのだろうか。彼女たちのお話をもとに、漁村の女性の姿・

暮らしを見つめてみたい。

本章では、蛸島町で生きる女性の暮らしに着目する。そして社会および家庭での女性の地位、

女性を取り巻く環境について考察していきたい。次の第2節では、女性が携わる仕事や家事労働 について述べる。女性と漁業との関わり、女性の職業別事例などを紹介する。この節では主に若 い頃の女性に注目している。続く第3節では女性の娯楽についてふれ、労働に追われていたかつ ての日々、また自由な時間が持てるようになった現在の女性の休息・楽しみを述べていく。そし て第4節では蛸島町の長生会という組織に注目し、そこにおける女性が中心となった活発な活動 について記述する。ここでは高齢の女性という観点に立つ。なお、これらの節の総括として、第5 節にて今回の調査で得られた事例をもとに、考察を行うことにする。

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50 2.家庭内外での女性の仕事

本節では、蛸島町に暮らす女性が家庭内、および家庭外でそれぞれどのような仕事・役割を担 っているかについて述べていく。

2.1 漁業と女性

夫が漁業に携わっている場合、その妻はどのような生活を送っていたのか。今回聞き取りで得 られた事例によると、夫が漁師であればその仕事柄、長期間家を空けることが多く、その留守中、

妻はさまざまな仕事をこなす必要があったという。この状況に関してAさん(諏訪町、80歳代、

女性)は、「蛸島には “半分イカ釣り、半分後家さん” という文句がある」と教えてくれた。この 文句だが、蛸島の男性は1年のうち半分ほどはイカ釣り(漁)で家を空けるため、その間女性は まるで後家(未亡人)のような状況にあるという意味だそうだ。Bさん(島の地、女性、80歳代)

によると、家庭内の仕事としては、本来であれば男性の仕事である薪の用意などの力仕事も、す べて女性が行っていたという。通常の家事に加えこれらの作業をするのは骨の折れることであり、

「忙しくて遊ぶ暇もなかった。毎日大変だった」と懐かしそうに語ってくれた。またCさん(東 脇、女性、70歳代)の話では、漁師のなかでも特に船主の妻であった場合、漁船の乗組員全員分 の食事を用意し、それぞれに持たせなくてはならなかった。食事というのはおにぎりなどだった そうで、「早くに起きて準備をするのは大変だったが、ちゃんと手をかけたごはんが一番だ」との ことである。

たとえ夫が留守であっても、これらの仕事に加え、子育ても行わなくてはならない女性もいた。

夫が漁師であるDさん(島の地、女性、70歳代)は、夫が漁に出ている間、1人で子育てを行っ ていたそうだ。家事をこなしながら1人で行う子育てには大変な苦労が伴う。舅・姑に文句を言 われることもあったといい、当時の女性の窮屈な暮らしぶりが垣間見える。

普段の食事に関していえば、漁師という職業上、夫の獲ってきた魚を食べることも多かったよ うだ。Aさん(諏訪町、女性、80歳代)のように、食べきれないものは近所に配って回るという 女性もいた。食事の用意は基本的には妻の仕事だが、後に述べる自らの職業をもつ女性など、夫 の仕事の手伝いや家事にはあまり携わらず、姑に頼ることができたという事例もある。

なおEさん(東脇、女性、70歳代)によれば、生活費は船員の最低賃金制度1)により賄うこと が可能だったそうである。この収入に加え、魚を詰める魚箱を組み立てる作業や、そこに実際に 魚を詰める作業に従事することによって小遣い程度の金銭を得る場合もあった。工場に勤める女 性も多数いたようで、さまざまなお話を聞くことができた。この詳細は次に述べることにする。

このようにして生計を立てていた漁師の家族であるが、Aさん(諏訪町、女性、80歳代)によれ

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50 2.家庭内外での女性の仕事

本節では、蛸島町に暮らす女性が家庭内、および家庭外でそれぞれどのような仕事・役割を担 っているかについて述べていく。

2.1 漁業と女性

夫が漁業に携わっている場合、その妻はどのような生活を送っていたのか。今回聞き取りで得 られた事例によると、夫が漁師であればその仕事柄、長期間家を空けることが多く、その留守中、

妻はさまざまな仕事をこなす必要があったという。この状況に関してAさん(諏訪町、80歳代、

女性)は、「蛸島には “半分イカ釣り、半分後家さん” という文句がある」と教えてくれた。この 文句だが、蛸島の男性は1年のうち半分ほどはイカ釣り(漁)で家を空けるため、その間女性は まるで後家(未亡人)のような状況にあるという意味だそうだ。Bさん(島の地、女性、80歳代)

によると、家庭内の仕事としては、本来であれば男性の仕事である薪の用意などの力仕事も、す べて女性が行っていたという。通常の家事に加えこれらの作業をするのは骨の折れることであり、

「忙しくて遊ぶ暇もなかった。毎日大変だった」と懐かしそうに語ってくれた。またCさん(東 脇、女性、70歳代)の話では、漁師のなかでも特に船主の妻であった場合、漁船の乗組員全員分 の食事を用意し、それぞれに持たせなくてはならなかった。食事というのはおにぎりなどだった そうで、「早くに起きて準備をするのは大変だったが、ちゃんと手をかけたごはんが一番だ」との ことである。

たとえ夫が留守であっても、これらの仕事に加え、子育ても行わなくてはならない女性もいた。

夫が漁師であるDさん(島の地、女性、70歳代)は、夫が漁に出ている間、1人で子育てを行っ ていたそうだ。家事をこなしながら1人で行う子育てには大変な苦労が伴う。舅・姑に文句を言 われることもあったといい、当時の女性の窮屈な暮らしぶりが垣間見える。

普段の食事に関していえば、漁師という職業上、夫の獲ってきた魚を食べることも多かったよ うだ。Aさん(諏訪町、女性、80歳代)のように、食べきれないものは近所に配って回るという 女性もいた。食事の用意は基本的には妻の仕事だが、後に述べる自らの職業をもつ女性など、夫 の仕事の手伝いや家事にはあまり携わらず、姑に頼ることができたという事例もある。

なおEさん(東脇、女性、70歳代)によれば、生活費は船員の最低賃金制度1)により賄うこと が可能だったそうである。この収入に加え、魚を詰める魚箱を組み立てる作業や、そこに実際に 魚を詰める作業に従事することによって小遣い程度の金銭を得る場合もあった。工場に勤める女 性も多数いたようで、さまざまなお話を聞くことができた。この詳細は次に述べることにする。

このようにして生計を立てていた漁師の家族であるが、Aさん(諏訪町、女性、80歳代)によれ

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ば、漁に出た際に夫が亡くなってしまう家庭もあったといい、危険ともいえる職業である。不安 のなかでも忙しく働き、たくましく生きる漁村の女性像が浮かぶ。

2.2 工場と女性

夫が漁師である場合、その妻は蛸島や若山など、近隣にある工場に勤めに出ることが多かった ようだ。レンガ工場や瓦工場、縫製工場などがあった。レンガ工場や瓦工場においては、材料を 規定の枠に詰め込み、叩いて型をとる作業が女性の主な仕事内容だった。一方でFさん(中貝蔵、

女性、60歳代)のように、一般事務に従事したという女性もみられた。

珠洲では珪藻土2)が豊富に産出されており、その有する性質がレンガづくりに向いていた。レ ンガづくりを知るGさん(西脇、男性、60歳代)によれば、珪藻土は一度砕かれた後、圧縮され て固められるということだった3)。女性たちはこの圧縮・凝固の段階に携わっていた。さらにA さん(諏訪町、女性、80歳代)の話では、女性が固めて型をとったものを干して乾燥させ、その 後焼くという作業は男性の仕事だったということである。なお珪藻土工業は昭和30年代頃まで地 場産業として栄えていた。

またかつて縫製工場に勤めていたEさん(東脇、女性、70歳代)によれば、業務内容は主に運 動服の縫製であったという。縫製工場に長年に渡って勤続したため、厚生年金も支給されている とのことだった。またEさんは個人で業務用ミシンを所有しているそうで、現在では趣味の裁縫 に利用していると語っていた。このように、若い頃の工場勤めの経験が、老後の趣味に影響して いる事例もみられた。なお、この女性は縫製工場に勤務する以前、レンガ工場でも働いたことが ある。この事例のように、ひとつの工場だけでなく途中で職場を変える場合もあった。

2.3 その他の仕事と女性

聞き取りにおいて、女性ならではの仕事、女性が主体となった仕事に関する事例を聞くことが できた。産婆、洋裁の先生、お茶の先生、教師、農家、店の経営といった事例を得られたので、

順に紹介していく。

a 産婆(島の地、女性、80歳代)

23歳の頃に結婚を通じ蛸島で暮らすようになった。その際に産婆を開業した。この当時産婆は 蛸島で1人だけだったという。出産があればすぐに飛んでいき、活躍していた。自宅での出産が あたりまえだった頃は、毎日のようにどこかで出産があり、多忙な毎日を送っていたという。な お移動にはバイクを使っていたそうで、「女のくせにそんなものに乗るな、と姑に言われたことも あった」と語ってくれた。ちなみに、自身の出産のときは別の地域の産婆を呼んだとのことであ

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る。現在でも石川県助産師会に所属して会費を納めており、呼ばれれば赤ん坊の沐浴を手伝うこ ともあるそうだ。

b 洋裁の先生(本仲町、女性、80歳代)

女学校卒業後、金沢の洋裁学校で2年間洋裁を学んだ。「嫁ぐときには和裁もできなくてはいけ ない」と考え、その後和裁も学ぶ。こちらは和裁が得意な地元の人に習ったそうだ。そして20年 ほどの間、県の施設などで洋裁を教える。そのため夫の仕事を手伝うことは全くなかったという。

引退した今でも裁縫が大好きだと笑顔で語ってくれた。手作りのマスコットを見せてくれて、趣 味としても大いに楽しんでいる様子であった。なお既製服が増えてくる4)と洋裁の先生のなかで も職を変える人が現れたそうだ。

c お茶の先生(諏訪町、女性、80歳代)

40歳代の頃飯田でお茶を学ぶ。その後許状を取得して公民館などでお茶を教えるようになった。

許状が欲しい人々などを生徒とし、月に1度行う。また自宅でも週に1回程度、許状既取得者ど うしで集まってお茶を楽しむとのことだった。どちらも和気あいあいとした雰囲気だという。

d 教師(諏訪町、女性、80歳代)

昔は教員が少なかった。初めは臨時教員として正院の小学校に勤めていた。多忙であったため 漁師である夫の仕事の手伝いや家事などはほとんどせず、姑に任せることが多かった。快く引き 受けてくれていたとのことである。仕事を終え帰宅してから、夕食の片づけのみ行っていたそう だ。

e 農業(前の浜、女性、70歳代)

現在では田畑、ハウスを所有し、野菜や米、花の苗などを作っている。また20歳で結婚してか ら30年間、家族から任せられ、1人でタバコの栽培を行っていた。

f 店の経営

f-1 衣料品店経営(東脇、女性、70歳代)

店を構えて45年ほどになる。夫は漁師であり、基本的に店は1人で切り盛りしている。昔はも んぺ、上着、ふとんカバーなどをミシンで作り販売していたが、しだいに既製服などを扱う現在 のかたちへと変遷した。お祭りで着るどてらや前掛けも扱っている。ふとんのレンタルも業務の 一環であり、これらの配達作業などは嫁に手伝ってもらうこともある。聞き取りを行っている際

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る。現在でも石川県助産師会に所属して会費を納めており、呼ばれれば赤ん坊の沐浴を手伝うこ ともあるそうだ。

b 洋裁の先生(本仲町、女性、80歳代)

女学校卒業後、金沢の洋裁学校で2年間洋裁を学んだ。「嫁ぐときには和裁もできなくてはいけ ない」と考え、その後和裁も学ぶ。こちらは和裁が得意な地元の人に習ったそうだ。そして20年 ほどの間、県の施設などで洋裁を教える。そのため夫の仕事を手伝うことは全くなかったという。

引退した今でも裁縫が大好きだと笑顔で語ってくれた。手作りのマスコットを見せてくれて、趣 味としても大いに楽しんでいる様子であった。なお既製服が増えてくる4)と洋裁の先生のなかで も職を変える人が現れたそうだ。

c お茶の先生(諏訪町、女性、80歳代)

40歳代の頃飯田でお茶を学ぶ。その後許状を取得して公民館などでお茶を教えるようになった。

許状が欲しい人々などを生徒とし、月に1度行う。また自宅でも週に1回程度、許状既取得者ど うしで集まってお茶を楽しむとのことだった。どちらも和気あいあいとした雰囲気だという。

d 教師(諏訪町、女性、80歳代)

昔は教員が少なかった。初めは臨時教員として正院の小学校に勤めていた。多忙であったため 漁師である夫の仕事の手伝いや家事などはほとんどせず、姑に任せることが多かった。快く引き 受けてくれていたとのことである。仕事を終え帰宅してから、夕食の片づけのみ行っていたそう だ。

e 農業(前の浜、女性、70歳代)

現在では田畑、ハウスを所有し、野菜や米、花の苗などを作っている。また20歳で結婚してか ら30年間、家族から任せられ、1人でタバコの栽培を行っていた。

f 店の経営

f-1 衣料品店経営(東脇、女性、70歳代)

店を構えて45年ほどになる。夫は漁師であり、基本的に店は1人で切り盛りしている。昔はも んぺ、上着、ふとんカバーなどをミシンで作り販売していたが、しだいに既製服などを扱う現在 のかたちへと変遷した。お祭りで着るどてらや前掛けも扱っている。ふとんのレンタルも業務の 一環であり、これらの配達作業などは嫁に手伝ってもらうこともある。聞き取りを行っている際

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にちょうどお客さんが来て、ふとんのレンタルを依頼していた。その後お互いの近況を話し合っ ており、交流の場としてのあり方も垣間見えた。

f-2 食料品店経営(脇浜本町、男性、60歳代)

この男性の祖母が店を構え、当初は駄菓子を、後には豆腐なども扱うようになった。店舗の改 築が済むと肉や惣菜も扱うようになったとのことである。かつてはタバコと塩の専売も行ってい たらしい。しかし大手スーパーの登場や、車の普及などが原因となり、店をたたんでしまった。

f-3 酒店経営(前の浜、女性、60歳代)

昭和20(1945)年に開店し、当時はこの女性の姑が経営していた。当時は漁船が出港する際に 多くの飲料や野菜が売れたという。飯田の朝市へ販売に出向くこともあり、この際はリヤカーを 引いていったそうである。この女性は23歳で嫁入りし、初めは姑の仕事を見ているだけであった が、姑が引退すると1人で店を切り盛りするようになった。生ものなどの日持ちしない商品は置 かないようにしている。また昔はツケの習慣があり、時期を見て家々を訪ね歩き、集金をする業 務もあったという。親戚に手伝ってもらうこともあったそうだ。

f-4 商店経営(栄町、女性、70歳代)

昔は午前5時30分から午後10時まで営業していたが、現在では午前7時から午後6時の営業 に縮小している。農免道路が整備されたことにより、それ以前には主要道路であった、商店に面 した道路の通行量が減少してしまったそうである。それに伴い利用客も少なくなったという。

以上の女性たちは、皆自身の仕事に誇りをもって臨んでいるようであった。仕事が暮らしの多 くを占めているとも言えるだろう。女性ならではの細やかな気づかい、手先の器用さ、発想など を活かし、それぞれ仕事に取り組んでいる。また多くの事例において、仕事を通じ客・生徒とし ての蛸島の人々と交流し、人脈を広げているように思われた。その意味でも、暮らしにおいて仕 事が果たす役割は大きい。しかし、商売の形態を変えたり、業務の継続が困難になったりと、時 代の波に揺さぶられながら生きる姿も見て取れる。

2.4 女性の出稼ぎ

出稼ぎというと男性がするものという印象があるが、女性による出稼ぎも行われていたそうだ。

今回聞き取りを行ったCさん(東脇、女性、70歳代)によると、若い頃5、6人で連れ立って大 阪に出稼ぎに出たことがあるという。女性の場合、出稼ぎに行くのは大方子どもがある程度大き

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くなってからで、その際子どもは舅・姑に託す(細川 2011:65)。仕事の内容は稲刈りの手伝い だった。肉体労働で身体的につらい仕事ではあったが、雇い主の男性が優しい方であり、良い待 遇の中で働くことができた。「天気の悪い日はドライブに連れて行ってもらったこともある」と、

休日の思い出も語ってくれた。稲刈りの他にもみかん・ぶどうの収穫など、さまざまなところへ 手伝いに行き、給料をもらっていた。その一部を姑に渡すこともあったそうである。収入を得る ためという理由はもちろんだが、レジャー的要素も多分に含んでいるように思われる。

2.5 女性の買い物事情

生活用品や食料品を買い求めるのは、女性の仕事の1つであると言えるだろう。そこで蛸島の 女性たちがどこで、どのように買い物をしているのか、現状を中心に述べていく。

今回の調査で話を聞いた女性は、皆さん60歳代から80歳代の方である。そのため、移動手段 として車を持たない方が多かった。そのような事情もあり、普段の買い物は近所の商店ですると いう声が多く聞かれた。遠方への移動手段がない人、また足腰が不自由な人にとって、蛸島にあ る身近な商店は重要な存在である。しかし、蛸島では購入できないものがあるときや、出費を抑 えたいときなどは、飯田のスーパーへ出かけることもしばしばあるとのことだった。車を所有し ている場合は自分で、そうでない場合は近くに暮らす子どもに車を出してもらう。子どもという のは、大半が近くの町に嫁いだ娘である。金沢へ買い物に行くことがあるという女性もいた。ま た、鮮魚に関しては行商人から購入していたという事例も聞かれた。多少高くつくものの、やは りおいしいそうである。

蛸島の女性たちにとって買い物とは、生活を営むために必要な仕事であると同時に、近所間の 重要なコミュニケーションの機会でもあるようだった。商店での買い物を通じ店主や居合わせた 客と会話し、自然と近所づきあいをこなしている。蛸島という地で暮らす上では、このような交 流も女性の役割の一部であるように思われる。

3.女性の娯楽

本節では、蛸島で暮らす女性が、さまざまな仕事に追われ忙しく暮らしていくなかで、何を娯 楽とし、息抜きとしてきたのかについて述べていく。また女性たちの娯楽の現状にも触れ、その 変遷にも注目したい。

3.1 女性の旅行

女性の方に聞き取りを行っているなかで、さまざまな旅行の話を聞くことができた。工場勤め

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くなってからで、その際子どもは舅・姑に託す(細川 2011:65)。仕事の内容は稲刈りの手伝い だった。肉体労働で身体的につらい仕事ではあったが、雇い主の男性が優しい方であり、良い待 遇の中で働くことができた。「天気の悪い日はドライブに連れて行ってもらったこともある」と、

休日の思い出も語ってくれた。稲刈りの他にもみかん・ぶどうの収穫など、さまざまなところへ 手伝いに行き、給料をもらっていた。その一部を姑に渡すこともあったそうである。収入を得る ためという理由はもちろんだが、レジャー的要素も多分に含んでいるように思われる。

2.5 女性の買い物事情

生活用品や食料品を買い求めるのは、女性の仕事の1つであると言えるだろう。そこで蛸島の 女性たちがどこで、どのように買い物をしているのか、現状を中心に述べていく。

今回の調査で話を聞いた女性は、皆さん60歳代から80歳代の方である。そのため、移動手段 として車を持たない方が多かった。そのような事情もあり、普段の買い物は近所の商店ですると いう声が多く聞かれた。遠方への移動手段がない人、また足腰が不自由な人にとって、蛸島にあ る身近な商店は重要な存在である。しかし、蛸島では購入できないものがあるときや、出費を抑 えたいときなどは、飯田のスーパーへ出かけることもしばしばあるとのことだった。車を所有し ている場合は自分で、そうでない場合は近くに暮らす子どもに車を出してもらう。子どもという のは、大半が近くの町に嫁いだ娘である。金沢へ買い物に行くことがあるという女性もいた。ま た、鮮魚に関しては行商人から購入していたという事例も聞かれた。多少高くつくものの、やは りおいしいそうである。

蛸島の女性たちにとって買い物とは、生活を営むために必要な仕事であると同時に、近所間の 重要なコミュニケーションの機会でもあるようだった。商店での買い物を通じ店主や居合わせた 客と会話し、自然と近所づきあいをこなしている。蛸島という地で暮らす上では、このような交 流も女性の役割の一部であるように思われる。

3.女性の娯楽

本節では、蛸島で暮らす女性が、さまざまな仕事に追われ忙しく暮らしていくなかで、何を娯 楽とし、息抜きとしてきたのかについて述べていく。また女性たちの娯楽の現状にも触れ、その 変遷にも注目したい。

3.1 女性の旅行

女性の方に聞き取りを行っているなかで、さまざまな旅行の話を聞くことができた。工場勤め

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の女性たちで行く慰安旅行、また仲の良い女性どうしで積み立てをして行く旅行、そして婦人会 や長生会の催しとして行く旅行など、旅行の形態は多様であった。長生会での旅行については後 に述べるとし、ここでは慰安旅行と積み立て旅行について着目する。

縫製工場に勤務していたEさん(東脇、女性、70歳代)によれば、毎年慰安旅行があり、いろ いろな地へ出掛けていたそうである。忙しい日々において、このようなイベントは毎年の楽しみ であった。しかし、家を空けることをあまり良く思わない姑に不満を言われることもしばしばだ ったらしい。

次に積み立て旅行についてだが、こちらの場合は誰か1人の代表者のところに毎月お金を預け、

旅行に備えて積み立てを行うというものである。少数の女性から成るグループであることが多く、

蛸島のなかでも複数のグループがあったとのことだった。今回聞き取りをしたCさん(東脇、女 性、70歳代)らのグループでは、11、12人程度の女性が参加していた。働いている人もそうでな い人もいたが、皆仲が良く楽しんでいたそうだ。汽車やバスを利用し石川県内、また富山県の温 泉地などを訪れていた。乗りなれない汽車での旅の思い出など、懐かしそうに話してくれた。こ のグループの場合、徐々に参加者が増えていったことで、旅行に関する意見がまとまらなくなっ たり、気兼ねなく集まることができなくなったりして、不満が生まれてしまった。それがきっか けとなり積み立てはやめてしまったようである。

3.2 グラウンドゴルフへの参加

現在、蛸島において女性が参加するスポーツとしては、グラウンドゴルフが挙げられる。主に 60歳代以上の方が定期的に集まり、男女入り交じって楽しんでいるという。グラウンドゴルフは 珠洲ビーチホテル前の広場で行われており、グラウンドゴルフ愛好会という団体も存在している。

会員は30名ほどいるそうだ。

10年ほど前までは、蛸島町民体育大会という催しが行われていたそうなのだが、そこでの死亡 事故が発生し、それがきっかけとなり今では行われていない。このイベントの代わりとしてグラ ウンドゴルフが盛んになったという。基本的に個人プレーの競技であり、地区・町民間の結束が 弱まり、コミュニケーションの場が失われるという懸念の声も挙がっているのが実情である。し かし、珠洲市内のグラウンドゴルフ愛好会が集う対抗試合や、蛸島の17町内対抗の大会などが積 極的に開催され、女性、そして年配者の娯楽の1つとして定着しているように思われる。ちなみ に、第4節にて述べる長生会も、行事の一環としてグラウンドゴルフを取り入れているようだ。

グラウンドゴルフ愛好会の対抗試合は6人1組で参加する。17町内対抗の大会では5人1組だ そうだ。こちらの場合は男女比にもルールがあるようで、男性2人と女性3人の構成か、男性3 人と女性2人の構成にしなくてはいけない。しかし人数不足の現状があり、年配者だけではなく

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その孫が参加することもあるらしい。このようなイベントは女性を含む高齢者にとって、外出し て体を動かす良い機会になっているようである。さまざまな人々と交流できる点でも、優れた娯 楽と言えるのではないだろうか。若い頃は遊ぶ暇もなく、皆で集うにしても女性どうしである場 合が多いという状況をふまえれば、男女混合のイベントは女性にとって貴重なものであろう。そ して町内や団体により異なるが、大会後の反省会のようなものが行われる場合もあるという。

3.3 公民館の催しと趣味

蛸島の公民館では、さまざまな教室が催されている。婦人会や公民館の主事の方らの主催であ るものが多いそうである。教室の種類としては、読書、お茶、お花、パッチワークなどが挙げら れる。これらの教室に参加し、他の参加者と交流しながら、自身の趣味として楽しんでいる女性 が多いようである。パッチワークの鞄や手編みの帽子など、暮らしの合間に作っては、友人どう しで見せ合ったり、贈り合ったりすることもあるそうだ。手作りのものを贈ると喜んでもらえる のでそれが楽しいという声もあった。また手先を動かすことは健康にも良いことであるという女 性もいた。公民館の催しは、女性たちの暮らしをより充実したものにする、良いきっかけとして 機能しているようであった。

3.4 高齢女性の交流

昔はさまざまな仕事に追われ、集ま って話す暇もないほど忙しかった蛸 島の女性たちであるが、現在では仲の 良い方どうし集まって交流をする機 会が増えたそうだ。買い物に出掛けた ついでに友人宅へ立ち寄ることもあ れば、日課のようにふらりと遊びに行 くという女性たちもいた。

普段の会話の内容としては、体調の ことや薬、医者、趣味のことや畑のこ となどが多いそうだ。1人暮らしをし ている女性も多いため、他愛ない世間

話をすることで安心感が生まれるという。やはり1人暮らしは寂しく、心細いものであるようだ。

なお女性たちは、蛸島の人々のことに関してはさまざまな情報を共有しているものの、若い世代 のことには疎く、顔を見ても誰だかわからないこともしばしばだと話してくれた。

写真 1 教室で習い作ったストラップ

(2013年筆者撮影)

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その孫が参加することもあるらしい。このようなイベントは女性を含む高齢者にとって、外出し て体を動かす良い機会になっているようである。さまざまな人々と交流できる点でも、優れた娯 楽と言えるのではないだろうか。若い頃は遊ぶ暇もなく、皆で集うにしても女性どうしである場 合が多いという状況をふまえれば、男女混合のイベントは女性にとって貴重なものであろう。そ して町内や団体により異なるが、大会後の反省会のようなものが行われる場合もあるという。

3.3 公民館の催しと趣味

蛸島の公民館では、さまざまな教室が催されている。婦人会や公民館の主事の方らの主催であ るものが多いそうである。教室の種類としては、読書、お茶、お花、パッチワークなどが挙げら れる。これらの教室に参加し、他の参加者と交流しながら、自身の趣味として楽しんでいる女性 が多いようである。パッチワークの鞄や手編みの帽子など、暮らしの合間に作っては、友人どう しで見せ合ったり、贈り合ったりすることもあるそうだ。手作りのものを贈ると喜んでもらえる のでそれが楽しいという声もあった。また手先を動かすことは健康にも良いことであるという女 性もいた。公民館の催しは、女性たちの暮らしをより充実したものにする、良いきっかけとして 機能しているようであった。

3.4 高齢女性の交流

昔はさまざまな仕事に追われ、集ま って話す暇もないほど忙しかった蛸 島の女性たちであるが、現在では仲の 良い方どうし集まって交流をする機 会が増えたそうだ。買い物に出掛けた ついでに友人宅へ立ち寄ることもあ れば、日課のようにふらりと遊びに行 くという女性たちもいた。

普段の会話の内容としては、体調の ことや薬、医者、趣味のことや畑のこ となどが多いそうだ。1人暮らしをし ている女性も多いため、他愛ない世間

話をすることで安心感が生まれるという。やはり1人暮らしは寂しく、心細いものであるようだ。

なお女性たちは、蛸島の人々のことに関してはさまざまな情報を共有しているものの、若い世代 のことには疎く、顔を見ても誰だかわからないこともしばしばだと話してくれた。

写真 1 教室で習い作ったストラップ

(2013年筆者撮影)

57 4.長生会と女性

蛸島には長生会という組織がある。年配の方が参加するものであり、この組織内では女性の活 躍が目立つ。そこで本節では、長生会において女性がどのような役割を担い、どのような活動を しているのか、その関わりを述べていきたい。

4.1 高齢女性の活躍

現在、長生会の会員数は96名であるが、このうちおよそ60名が女性である。長生会副会長のF さん(本仲町、女性、80歳代)によれば、全国的にも老人会は女性が多い傾向にあるそうだ。こ のような事情もあって、長生会における女性の役割は自然と多くを占めるようになるのだろう。

長生会では偶数月の1日に会員が集まる定例会、奇数月の1日には役員が集まる役員会を開い ている。どちらも公民館で行われる。連絡事項の伝達が行われ、さらに出し物などの企画を楽し むこともあるらしい。小規模のスポーツゲーム大会や、講師を招いての講演会、合唱、ビデオ鑑 賞というように、企画は多岐に渡っている。これらの催しは高齢者どうしのよい交流の機会とな っており、体を動かし楽しむことはもちろん、健康などに関する知識を得ることのできる、魅力 的な学びの場としての機能も果たしている。なお現在会長は男性が務め、副会長は女性・男性各1 名が務めている。副会長に就任しているFさんは珠洲市老人会の婦人部長も務めており、会議・

研修などのためにさまざまな地へ出掛ける、多忙な日々を送っているとのことだった。しかし、「仕 事はたくさんあるが、すべて喜んでしていることだ」と語り、多忙な身でありながらも人々との 交流を楽しむ、充実した暮らしぶりがうかがえた。そしてこのFさんが中心となり、会員が協力 して蛸島の高齢者にアンケートを実施するなど、長生会における女性の盛んな活動の様子が浮か ぶ。

4.2 市・県老人会との関わり

長生会の活動は蛸島内にとどまらず、市・県の老人会とも交流がある。毎年11月に市老連主催 の老人大会という催しがあり、ここでは珠洲市内の老人会が交代で出し物をして楽しんでいる。

交通安全の喚起なども目的とされているらしい。今年(2013年)の出し物は蛸島の長生会が当番 となっており、2013年8月現在、定例会で相談が行われているとのことである。出し物の内容は 踊りや歌で、4、5組が参加する。観客は500名あまりで、過去には保育所の子どもたちに踊りを 披露してもらったこともあったそうだ。他には1人でカラオケを披露した方もいれば、蛸島伝統 の早船狂言を行ったこともある。

この早船狂言であるが、提案したのは先に述べた女性副会長である。本来男性が演じる役割を

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女性が演じるなど、画期的な試みであった。平成17(2005)年に初めて披露されたもので、船頭 を当時80歳代の男性、艫取りを当時60歳代の女性、口上人を当時70歳代の女性、由来説明を当 時80歳代の女性が担当したという。正式な早船狂言ではすべて男性が担う役回りであるが、ここ ではほとんどを女性がこなした。出演者たちは毎晩公民館に集まり練習を重ね、老人大会で披露 した際は大変好評だったそうだ。この取り組みからも、快活な女性の活躍が目立つように思われ た。

4.3 女性の意識と会員減少

女性が活躍する長生会であるが、現在その会員減少が問題となっている。その原因としては、

女性どうしの交友関係や、長生会に対する認識のあり方などが挙げられる。

先に述べたように、女性たちは娯楽として旅行を楽しんでいる。長生会でも毎年1度旅行が催 されており、田植えの済んだ6月頃に1泊2日で温泉地などを訪れるという。この点では女性に とって魅力的なイベントであり、長生会入会の要因ともなり得そうなものである。しかし、女性 たちはこのようなイベントに参加せずとも、自分たちで積み立てを行って旅行に出掛けることが できるのだ。そのためわざわざ長生会に入会する必要性を感じていないのである。

また長生会というと「高齢者が入会するもの」という認識が為されているため、「いつまでも若々 しくありたい」と願う女性たちが、入会を躊躇してしまう。婦人会に所属している場合、長生会 へ移るきっかけがないという声もあった。Fさん(本仲町、女性、80歳代)いわく、勧誘する側 としてもなかなか声をかけにくいそうである。

このような理由により、長生会の会員はなかなか増加に転じないのである。しかし長生会は女 性副会長を筆頭に、女性がいつまでも輝ける場として存在しているように思われる。旅行に関し ては、参加しやすさを重視して日帰りの形式が提案されているというし、長生会のさまざまな取 り組みが広く認知され、長生会に対する捉え方が変化していくことが望まれるだろう。高齢者の ための組織としてだけではなく、女性の暮らしをいっそう充実させてくれる拠り所として、長生 会の意義が見出されていくべきであると感じた。

5.考察

以上では、蛸島で生きる女性の暮らしに関して、女性の仕事、女性の娯楽、女性と長生会とい う3つの観点から捉えてきた。蛸島のもつ漁師町という地域性のなかで、女性たちはどのような 環境に取り巻かれて暮らしているのか、その片鱗が浮かび上がってきたように思う。女性たちは どのような立場で、どのような境遇を生きているのか、第2節から第4節の内容をふまえて改め

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女性が演じるなど、画期的な試みであった。平成17(2005)年に初めて披露されたもので、船頭 を当時80歳代の男性、艫取りを当時60歳代の女性、口上人を当時70歳代の女性、由来説明を当 時80歳代の女性が担当したという。正式な早船狂言ではすべて男性が担う役回りであるが、ここ ではほとんどを女性がこなした。出演者たちは毎晩公民館に集まり練習を重ね、老人大会で披露 した際は大変好評だったそうだ。この取り組みからも、快活な女性の活躍が目立つように思われ た。

4.3 女性の意識と会員減少

女性が活躍する長生会であるが、現在その会員減少が問題となっている。その原因としては、

女性どうしの交友関係や、長生会に対する認識のあり方などが挙げられる。

先に述べたように、女性たちは娯楽として旅行を楽しんでいる。長生会でも毎年1度旅行が催 されており、田植えの済んだ6月頃に1泊2日で温泉地などを訪れるという。この点では女性に とって魅力的なイベントであり、長生会入会の要因ともなり得そうなものである。しかし、女性 たちはこのようなイベントに参加せずとも、自分たちで積み立てを行って旅行に出掛けることが できるのだ。そのためわざわざ長生会に入会する必要性を感じていないのである。

また長生会というと「高齢者が入会するもの」という認識が為されているため、「いつまでも若々 しくありたい」と願う女性たちが、入会を躊躇してしまう。婦人会に所属している場合、長生会 へ移るきっかけがないという声もあった。Fさん(本仲町、女性、80歳代)いわく、勧誘する側 としてもなかなか声をかけにくいそうである。

このような理由により、長生会の会員はなかなか増加に転じないのである。しかし長生会は女 性副会長を筆頭に、女性がいつまでも輝ける場として存在しているように思われる。旅行に関し ては、参加しやすさを重視して日帰りの形式が提案されているというし、長生会のさまざまな取 り組みが広く認知され、長生会に対する捉え方が変化していくことが望まれるだろう。高齢者の ための組織としてだけではなく、女性の暮らしをいっそう充実させてくれる拠り所として、長生 会の意義が見出されていくべきであると感じた。

5.考察

以上では、蛸島で生きる女性の暮らしに関して、女性の仕事、女性の娯楽、女性と長生会とい う3つの観点から捉えてきた。蛸島のもつ漁師町という地域性のなかで、女性たちはどのような 環境に取り巻かれて暮らしているのか、その片鱗が浮かび上がってきたように思う。女性たちは どのような立場で、どのような境遇を生きているのか、第2節から第4節の内容をふまえて改め

59 て考えていく。

はじめに第2節「家庭内外での女性の仕事」について考えてみる。ここで述べた事例からは、

嫁と姑との関係性の二極化が目立つ。二極化というのは姑が嫁に対して協力的か否か、というこ とである。一概には言えないだろうが、漁師の妻の場合、姑との関係は苦労が伴うことが多いよ うに思われた。嫁が多くの家事をこなし、工場にも働きに出ているものの、子育てや娯楽に対し て不満を口にされたという経験をたびたび耳にした。それに対して自分自身の仕事をもつ女性の 場合は、その多くが嫁に協力的で理解のある姑と暮らしていた。だからこそ好きな仕事ができた ということかもしれないが、どちらにしても、家事や子育ては姑に任せても差し支えなかったと いう。嫁にとって姑との関係性は、自身の暮らし・生涯を大きく左右する一要因であろう。社会 が日々変動する以上、年の離れた嫁と姑との間に隔たりができるのは当然だが、それをいかに解 消するかが女性の暮らしやすさに直結するように感じられる。また、どちらのタイプの姑との暮 らしであっても、嫁としての女性はそれを受け入れ、そのなかで自身の役割を全うしていたよう である。何度か述べているが、このような点からも、蛸島の女性のたくましさが見受けられた。

さらに第2節からは、家事労働という家のなかの仕事だけではなく、工場勤めを含むその他多 数の職業をもつ女性が多いということもわかる。夫が漁師であれば家を空けることが多く、収入 の不安や事故の危険など、悩みの多い生活である。そのため、女性自らが家庭を守り支えなくて はいけないという責任感が生じていたのかもしれない。家庭の経営と職業を両立して、加えて大 半の女性はその仕事にやりがいを感じ、楽しみながら生きるさまは、実に頼もしい。そして、女 性たちは仕事を通じて多くの人々と関わり、人脈を広げていたように考えられる。職場の同僚や 店の客、先生という職ならば生徒など、家の外での交流は、女性の視野を広げてくれる最良の機 会なのではないだろうか。蛸島の女性の快活さは、このように職をもつということによって培わ れたように思う。

次に第3節「女性の娯楽」から考える。この節では旅行などの例を挙げているが、これは同世 代・同性どうしの交流である。同じ立場の者どうしの集いというのは、気兼ねのいらない楽しい ものだ。互いに日頃の不満を言い合ったり、好きなことについて語り合ったり、ストレスを発散 する場としては最適であろう。家族との関係でつらい思いをすることもあった女性たちにとって、

窮屈で閉鎖的な暮らしを打ち開く、優れた催しだったのではないか。若い頃の旅行の思い出を語 る女性は、皆目を細めて懐かしそうな様子だった。このような娯楽は、女性の暮らしを支え、彼 女たちの人生を豊かにしてくれる、なくてはならないものだったように思われた。

最後に第4節「長生会と女性」の事例を見ていく。長生会においては女性の活躍が目立つと述 べた。これはかつて家庭内外でのさまざまな仕事に従事し、家を守り抜いてきた女性が、その経 験を大いに活かしていることの表れであるように思う。広い分野で知識を得て、多くの体験をし

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てきた女性たちが、その能力をふるうことのできる場として、長生会という組織が選ばれている のではないだろうか。長生会での催しは、趣向が凝らされ向上心に溢れた企画が多い。これも女 性たちの配慮によるものが大きいのではないか。現在会員減少に頭を悩ます長生会だが、その魅 力的な活動が周知されるようになれば、女性たちの支持を得て、ある程度の改善は十分可能であ るように感じた。

以上をふまえ、改めて蛸島における女性のあり方を考える。女性たちは家庭・社会のさまざま な人間関係のなかで、辛抱しながらもいきいきと暮らし、家庭を守り抜いてきた。自身の職にも 誇りをもち、娯楽にも興じるなど充実した暮らしを営んでいるように思われる。さらにその人生 で培った経験を長生会という組織で活かし、年を重ねてもなお輝く女性たちもいる。彼女たちは 漁師町に生まれ、また嫁いで、多くの日々を経てきた女性たちだからこそ、こうも頼もしく朗ら かなのだろう。このような女性像は漁師町・蛸島の特徴のひとつであるように思う。

6.おわりに

漁村・漁師町での暮らしというのは、馴染みがなく知らないことばかりです。当然そこに生き る方々のことも想像できず、調査期間中は毎日が新たな出会いに満ちていました。そのように無 知な私に対し、優しく、温かく接してくださった蛸島の皆さんに、心から感謝申し上げます。ま た調査の内容に限らず、人生のこと、世間のことなど、いろいろなお話ができたこともよい思い 出となりました。蛸島という地で過ごした1週間を胸に、今後も精進して参りたいと思います。

私たちの実習調査に快くご協力いただき、本当にありがとうございました。

1最低賃金法に基づき、国が賃金の最低限度を定め、使用者はその最低賃金額以上の賃金を支払わなければな らないという制度のこと。船員の最低賃金の場合、労働環境などの海上労働の特殊性を考慮し陸上労働者の 最低賃金とは別に定められている(『国土交通省 北陸信越運輸局webページ』を参照)

2珪藻土:珪藻の遺骸から成る堆積物。主成分は二酸化珪素水化物で、白色・灰白色・黄色など。多孔質で吸 水性に富み、軽くてもろい。海底のほかに、湖沼または温泉・溜池にも生する。磨き粉・耐火材・吸収剤や ダイナマイト製造などに使用(『広辞苑 第五版』。能登半島の珪藻土は泥岩を多く含むため、焼き固める ことが可能である(河野 201156

3煉瓦:粘土に砂をまぜてねり固めた、一定の大きさの建築材料。ふつうは型に入れて窯で焼いたもの。壁・

舗装・窯など用途は広汎。普通煉瓦(赤煉瓦)・舗装煉瓦・耐火煉瓦・空洞煉瓦・アドベなどがある(『広辞 苑 第五版』

4既製服:日本では第2次世界大戦後急速に発達し品質も向上、背広服、学生服、作業服にはJIS規格が定め られ、婦人服も色、柄、サイズとも豊富になった(『百科事典 マイペディア』より一部抜粋)。

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