ユ29
脳水腫を伸へろ腰強部脊髄膜
「ヘルニア」の1治験例
富山県出町厚生病院(院長 大井敏雄)
澤 田 啓
Kei ,9. awada
(昭和26年3月7日 受附)
(本論丈乙丸は第50回北陸外科集談会に発表せり)
緒 嚢腫性脊椎破裂症に身体各部の碕形及び高度 の機能障碍を伴ふヒとは決して少いものではな いが,脳水腫の併発は比較的興味あるものであ
論
る.=最近脳水腫を件へる腰二部脊髄膜「ヘル=
ア」の1例を経験したので之を報告する.
臨 患者 檜O永○,7ケ月,男,昭和24年10月18日入
院,
家族歴には崎型の遺伝,徽毒その他特記すべきもの はない.
現症歴は満期安産で,出生時頭部の大きさはほ虻正 常で腰薦部に小鶏卵大柔軟な腫瘤を認め,表面皮膚は 淡赤色光沢を呈し,当時その表面は潔潤してみたが医 治を受けて治癒した.腫瘤は縮小しないで次第に塘記 し,同時に頭部も家第に増大して來た.
局所所見は発育栄養共に比較的良好であって,身長 72cm,頭囲50・4cm,胸囲43cm,腹囲4Gcmであ
る.腰薦部背面申央に牛球型林檎大の腫瘤があり,有 茎の広い基底をもち,之を被覆してみる皮膚は緊張し て光沢があ軌表面中央部は淡薔薇色及び灰自色の部 分が相交錯してみて小数の毛細血管の透影を認める,
腫瘤は揮力性柔軟で,圧迫するとやエ縮小する.腫瘤 の内面には内壁と癒着ぜるものがあるかどうかは明で ない.頭部頚面共に籐幹四肢に比べて大きく,就申頭 蓋は甚だ大きい,大韻門は前後径,横径夫々5糎:及び 4糎あり矢賦縫合は尚ほ閉鍛不全である.膝蓋腱反射 や』充進し,「アヒレス」腱反射は正常で,「バビンス キー」足臆現象は陰性である.尿,尿の失禁はない
例
が,生來便秘に傾きしばしば灌腸によめ排便をさ航る と云ふ.下肢のカはやエ弱いが運動障碍を認めない.
知覚障碍の有無は不明である.「レントゲン」所見で は第5腰椎に骨欠損個所を認める.
手術所見は腹位,骨盤高挙位で嚢腫頸部に横軸紡錘 朕皮切を行ひ,筋膜まで刺離し嚢腫頸部を露出し,つ いで脊椎の破裂縁よわ剥離した.嚢腫に穿刺を行ひそ の内容より水温透明なる液を排除した後,嚢に縦切開 を加へた.嚢腫内面は白色で腱襟光沢を有する繊維膜 よりなってみる.そして第5腰椎に相当した部に於て 約小指頭大の裂隙を認め,その部より約幼児指大の脊 髄円錐部が膝状をなして現れ獲腫内面に癒着し,馬尾 紳経東の一部も亦♪嚢壁に向って索朕に分布癒着して みるのを認める.よって之等神経を損傷しない様注意 して剥離し,一一・部紳経の関与せる被膜と共に破裂部の 脊椎管内に還納せる後,茎部を結紮して嚢を切除した・
その周囲筋膜に縦軸紡錘状切離を行ひ,之を両側から 翻転して闇隙を掩ひ密な縦縫合を施し,皮膚は横方に 即ち筋膜縫合と直角の方向に縫合した.
術後経過は腹鰍用「ギブス」床を作製して患児を腹 位骨盤高挙位に固定し,縫合部に高圧の加はることS 糞便による汚染を防止し,叉ペニシリンの分割注射
[ 129 )
130 沢 田
(1目10万軍位)を3日間なした。手術創は順調に経過 して7日目全抜糸を行った.8日目から守部に軽度の
漏潤が認められたが,13日目には乾燥し,術=後16日目 に全治返回した.
考 本例に見られた嚢腫性脊椎破裂症は腰薦部脊
髄膜「ヘル=ア」の形態を呈し,それと同時に 脳水腫を件つたもので,脊椎骨欠損部より脳脊 髄膜は椎管腔を脆出し,その内壁に脊髄円錐の 一部と馬尾紳経の数条の紳経索条が癒着して嚢 腫を形成し,從って嚢腫内容は脳脊髄液申にあ たかも祠1経組織が浮游してみる檬な恰好であ
る。
元年,脊髄は初めはその長さ脊柱とほ買同一 であるが,脊髄の発育は脊柱及び脊髄膜のそれ に比べて邊れ炉その爲,各聖経根は斜走して椎 聞開から出るに至る.このナ伏態は下方に於て殊 に著明で19),本症例に於ても,胎生初期に既に 椎骨破裂部から脊髄円錐及び馬尾乖申経の一部が 脊髄膜と共に脱出して嚢腫内壁を形成し,脊椎 長盛の発育に從って嚢腫壁に癒着した脊髄が牽 引され長大となったものか,將叉脊椎長径の発 育不全の爲脊髄膜「ヘルニア」平内へ馬長な 脊髄円錐及び馬尾神経の一:部が屈曲し,脱出癒 着したものであったかは29)15},手術時の所見か らは決定し難いが,いつれにせよ脊椎に比べ脊 髄の著しい過長な形態を呈してみた.
本邦に於て,現在迄に報告されブヒる本症例は 余の1例を加へて75例で,男40例(53%)女35 例(47%)である.
本症に於ける脳水腫の併発乃至は術後の癸生 に就て,Muscatte1⑪w 29)(1902)は腫瘤皮膚の潰 燗を伴ふ嚢腫性脊椎破裂症と手術後の脳水腫と
按
の関係を論じ,か墨る場合の脳水腫は手術時の 感染による軽度の漿液性脳膜炎:と見倣すべき で,從って,現在叉は過去に,相当期間被覆皮 膚の潰解してみた嚢腫性脊椎破裂症は手術の禁 忌と見倣すべきだと云ふ.
本症例に於ても出生時に既に腫瘍被覆皮膚の 漁潤廉瀾してみたヒとから,脳水腫の発生には 慶燗面よりの感染が思惟せられる.
:Broca 7}(1895)は潰燗性脊椎破裂症の6手術
例中,3例に手術後脳水腫を癸生し,2例は急 性脳膜炎で死亡し,唯,1例のみ治癒したと言 ひ,叉,:Bayer 6)(1897)は潰燗性脊椎破裂症の
7手術半挿,3例に脳水腫を生じ,3例は急性 脳膜炎:で死亡し,唯,1例のみ治癒したと云ふ.
勿論腫瘍の皮膚が健全であったMuscattelow の8手術例中,1例に軽度の脳水腫を発生して
みる.
扱,本邦文献に脳水腫との関係を記載し%症 例は6例で,中2例2i)は脊髄膜「ヘル=ア」で,
術後脳水腫を発生し,夫々,71日及び1ケ年目 に死亡し,3例22)21)恥は脳水腫を併発してみ たもので1受診時或はそれ以前に,既に,嚢腫 壁被覆皮膚の潰燗のあったものである.而し て,現今手術禁忌と一応考へられてるる脳水腫 を俘ふものに手術を施行し,局所は完全に治癒 したものは北川。21による)及び余の2例に見られ るのみである.
結 本例は腰薦部脊髄膜「ヘルニア」の形態を呈
し,同時に脳水腫を俘つた処に特異な点がある と共に,之を思出し局所を全治せしめ得た症例 である.手術時所見は第5腰椎骨破裂部から脳 脊髄膜が脊髄円錐iの一部と馬尾示中経の二条の祠1
門
経索条を屈曲癒着させて椎管腔を脱出し嚢腫内 壁を形成し,脊髄は脊椎に比べ著しく過長な形 態を呈してみた.本邦に於て嚢腫性脊椎破裂の 報告は木例を加へて75例で,中,脳水腫との関 係を記載してある症例は本四を加へて7例に過
[ !30 )
澤田論文附圖
手 術 前
手 術 後
脳水腫を俘へる腰薦部脊髄膜「ヘルニア」の1治瞼例 131
ぎない.抗菌性物質の存在する今日,脳水腫を 俘ふもの,叉は潰瀾せる嚢腫性脊椎破裂症と言 へども,手術を敢て躊躇すべきではないであら
う.
稿を終るに臨み御校闘を賜った院長大井博士に万腔 の謝意を捧げると同時に,種々御助力を戴いた学兄中 島博士に深謝す.
文
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