台湾の公開大学における歴史系印刷教材の台湾認識
――陳鵬仁著『日本近現代史』を事例として――
松 本 武 彦 問題の所在
日本では放送大学と称され、生涯学習の有効な手段としてさまざまに活用される 大学であるいわゆる公開大学は、民族や社会環境の違いを超えて、いまや世界的な展 開を見せている。その展開のスピードは、人類の社会が、年齢によって階層化された 教育課程に密接に結びついた学校教育だけでなく、より高度で自由な教育の機会を追 求するようになるに従って、さらに速度を増している。人が時間的地理的経済的など の諸制約から自らを解放して、知識や情報に接近しその価値を享受する手段として、
公開大学は現代社会において不可欠で普遍的なものとなっている(1)。
公開大学に対する社会の需要は、台湾においても当然の如く大きい。台湾における 公開大学である「空中大学」(2)は、そもそも放送による遠隔教育によって学習環境に 恵まれない人々を救済することを意図して設立されたから、この名称が付された。
「空中大学」は、台湾における行政当局によって設立された唯一の生涯学習機関とい う側面があって、台湾の生涯学習を検討するうえでは、決して無視することができな い、特別な存在である。
さて、本稿は、台湾における生涯学習がいかなる内容を持って展開しているかを検 討する一手段として、台湾の生涯学習機関として上述の地位を占める「空中大学」の 教育内容の検討、なかでもそこで使用されている印刷教材の内容分析を、台湾の自己 認識すなわち台湾認識がいかなるものであるかという観点から考察することとした い。
公開大学に関する研究は、近年、タイや西アジアにおけるその概要や機能などが紹 介されつつある(3)が、内容は未だ個別的研究の域に留まっており、現状はそうした事 例研究の蓄積過程にあると言えよう。教材論に限定すると、そのことは一層顕著であ る。ふるくはイギリスの公開大学に関する紹介の中で触れられた(4)が、そうした先駆 的検討がその後深化発展するまでにいたっていない。台湾の空中大学での教材につい ては、管見の限りでは、日本語教育に関する教材分析(5)が目立つ程度である。そもそ もこうした研究状況にとどまっているのは、公開大学という概念や教育・学習機関と しての存在自体が、世界的に見てもおおむね1970年代以降に一般化し始めたに過ぎな いという事情がある。従って、そうした存在に対する研究の現状は、一般化、理論化
−2 1−
の基礎段階である事例研究の蓄積が盛んになされようとしている状況にある。
1.台湾空中大学の設立とその活動
台湾における公開大学設立の動きは、1977年に設立された三つの「空中商業専科学 校」に始まる。台北と台中の商業専科学校、それに台南の成功大学に空中商業専科学 校が設立され、教育が開始された。現在の空中大学の設立は、以上の先駆的動きを承 けて、1985年6月に、空中大学設置条例が立法院において承認されたことによる(6)。 設置条例は、第一条でこの大学が「大学法」に依拠して設置するものであることを 明記して、台湾大学など一般の大学と同等の高等教育機関であることを法的に保障し ている。また、第二条で、主管官庁を中央においては教育部、台北市など直轄市にお いては直轄市とした。教育方法として、第四条で、多元的な教育メディアによる教育 を行い、スクーリングや文書によってこれを補うと規定している。組織として、第十 五で校長
(学長)
1名を置き学務を統括するとし、第二十条で最高議決機関として校 務会議を規定している(7)。翌1986年、台湾最初の公開大学としての空中大学が、「全民終身学習」を理念とし て開学した(8)。初代学長は、コロンビア大学でまなび教育学の博士号を持った荘懐義 がつとめた(9)。91年には最初の卒業生58名を社会に送り出し、92年、テレビで「空大 講座」が始まった(10)。94年には学位法の改正によって空大の卒業者にも「学士」の 学位が与えられることとなった。97年以降、入学の機会が拡大された。入学試験が廃 止され、新学期が6月と11月の年2回となった。20歳以上で高卒以上の学歴があれば 誰でも入学が許され、科目履修生であれば学歴は関係なく18歳以上であれば入学可能 となった(11)。こうして飛躍的に台湾社会に受け入れられるようになった空中大学 は、IT 化を拡大し、インタネットの利用を進め、天津放送大学など大学間交流を活 発におこなう(12)などして現在に至っている。
大学の本部は直轄市の新北市蘆洲区中正路172号に置かれ、学習指導センターが、
基隆、台北、台北第二、新竹、台中、嘉義、台南、高雄、宜蘭、花蓮、台東、澎湖、
金門、馬祖の14箇所にある(13)。各センターには図書館、コンピューター室、視聴覚 室などあり、スクーリングや試験などに利用されている。さらに、桃園、中、屏東、
恒春など40箇所にスクーリング施設がある(14)。
教育組織は人文学系、社会科学系、商学系、公共行政学系、生活科学系など六つの 系と共同科からなる。系はさらに日本の学科にあたる枠組みに別れており、たとえば 人文学系は文学、歴史、宗教・哲学、外国語などからなる。また、社会科学系は心理、
法律、社会、教育、政治からなる。共同科は語学および一般教養
(「通識」)
である(15)。 開設科目は2000年には累計で470であったが、2004年には1000を越え、2007年時点で−2 2−
1186を数える(16)。
学生は、初期には、勉学途上でこれを放棄せざるを得なかった人たちが対象となっ たが、現在は、高校卒業者で高等教育を受ける機会を求める人たちが多数を占め る(17)。2007年の在学生の系別の割合は、生活科学系が33%で最も多く、ついで商学 系18%、人文学系15%、社会科学系13%などとなっている(18)。成績評価は、「空中大 学学生成績考査弁法」により、平常点30%、中間試験30%、期末試験40%でおこなわ れ、全体で60%の点数を獲得すれば合格となる。卒業に必要な単位数は128単位以上 である(19)。卒業生の累計は、90年代初めには500人に満たなかったが、2006年現在3 万人を越えた(20)。
学生は、単に、科目に関する学習活動をおこなうだけでなく、一般大学と同じよう に、学生団体を組織し、学内外でその活動を実施している。学生代表会による一定の 自治が認められており、活動は親睦や学習研究の機能を果たしている(21)。その数は、
学習指導センター別にみると、基隆9、台北24、台北第二17、新竹14、台中25、嘉義 9、台南9、高雄11、宜蘭8、花蓮8、台東9、澎湖9、金門6となっている(22)。 台北学習指導センターでは、2010年時点で「原住民族研究社」、「台北中心合唱団」、
「台北中心書画社」、「台北登山社」、「日研社」、「文学社」などが活動をおこなってい る(23)。
2.陳鵬仁著『日本近現代史』の構造と内容
本稿で分析対象とするのは、陳鵬仁(24)著『日本近現代史』
(空中大学、2 0 0 7年刊行)
である。同書は人文学系列の歴史系科目のひとつである。表紙裏に紹介されたところ によれば、人文学系の歴史類に分類される科目は、記述された順番に中国語表記のま ま挙げれば、以下の16科目である。
台湾史重要文献導読 十五世紀至十八世紀欧州史 日本近現代史
史学導論 台湾民間信仰 台湾歴史人物与事件 台湾戯劇史
西洋近代文明発展史 宋史
明代史 秦漢史
−2 3−
現代化与近代中国的変遷 博物館学
隋唐史 歴史人物分析 魏晋南北朝史
これらのうち一定期間以上の台湾史を扱うものと考えられるのは、「台湾民間信 仰」、「台湾歴史人物与事件」、「台湾戯劇史」および「日本近現代史」である。さらに これら4科目のうち、前3科目は台湾史といっても民間信仰や戯劇といった特定の テーマを扱うなどしていて、特定の時代、時期に関する通史のなかで、ある種の体系 性、網羅性をもって台湾の歴史が検討されているわけではない。それがおこなわれて いる可能性が最も高いのは、台湾からすれば外国史ではあるが、「近現代史」と特定 の時代を明示している「日本近現代史」を措いて他にない。
近現代において台湾が日本の植民地であった歴史に徴せば、日本の近現代の歴史の 中に台湾がいかなる文脈において登場するのかを検討することは、すなわち著者の日 本認識のみならず台湾の近現代史に関する理解を知るうえで、この上ない素材を提供 してくれているはずである。以上を勘案して、当面、本稿の課題に即した分析の対象 として本書をとりあげることは極めて高い妥当性を持つものと考える。
『日本近現代史』は、最初に、ページがない序文などの部分が9ページ分あり、さ らにその後ろに本文280ページがある。版型はおおむね B5版。定価320台湾ドル。
「目次」として記されているのは以下の通りである。なお、「中日甲午戦争」を「日 清戦争」、「九一八事変」を「満州事変」のように、事項などの翻訳にあたって、日本 語として確立した語があるものは、これに従った。
前言
第一章 開国
第一節 ペリーの来航
第二節 徳川幕府の行き詰まり 第三節 改税約書の締結 第四節 徳川幕府の打倒 第二章 明治維新
第一節 富国強兵
第二節 明治期の対外関係 第三節 資本主義の形成 第四節 民権と国権 第三章 自由民権と天皇制
第一節 帝国憲法と国会の開設
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第二節 法律の制定 第三節 皇室・華族・軍隊 第四節 明治期の文化 第四章 日本帝国の形成
第一節 日清戦争 第二節 日露戦争 第三節 大韓帝国の併呑 第四節 明治という時代 第五章 第一次世界大戦と日本
第一節 日本の参戦
第二節 講和とベルサイユ条約 第三章 大正デモクラシー 第四節 世界大恐慌 第六章 日本帝国の崩壊
第一節 満州事変 第二節 日中戦争
第三節 太平洋戦争(上)
第四節 太平洋戦争(下)
第七章 戦後日本
第一節 連合国軍の占領
第二節 サンフランシスコ講和条約と日華条約 第三節 日台断交
第四節 ソ連邦の崩壊以後 参考書一覧
附録一 日本国会議員選挙応援記
附録二 元日本国内閣総理大臣小渕恵三――平凡のなかの非凡 附録三 老友を送る――元日本国内閣総理大臣小渕恵三の思い出 附録四 日本近現代史略年表
さらに以上のほかに、「目次」の前の部分に、
陳松柏「出版の辞」
陳鵬仁「序」
著者略歴 写真
が置かれている。陣松柏氏は本書刊行時の空中大学学長。この「出版の辞」は必ずし も本書の出版のためだけに書かれたものではなく、空中大学の印刷教材に共通して掲
−2 5−
載されている。写真は、各ページ2葉、全部で12葉が6ページにわたって示されてい る。ほとんどが、著者と親交の厚かったという、日本の自由民主党の政治家であり首 相もつとめた小渕恵三氏関係のもので、著者と小渕氏が並んで撮影された記念写真の 類や、小渕氏の葬儀関係の写真である。半分は著者自身の撮影によるものである。読 者は、これらの写真から、著者と小渕氏の深い親交について感得することとなる。
各章の冒頭に「学習目標」および「各章の概略」が掲げられており、各章の学習に よって到達すべき目標が明記されている。たとえば第一章は、1.日本がヨーロッパ 列強の門戸開放要求にどう対応したか理解すること。2.徳川幕府の265年にわたる 専制政治の結末と天皇による王政復古の原因および経過を理解すること。3.日本と ヨーロッパ列強が結んだ条約体系を検討すること。
章の末尾には、「キーワード」および「自習問題」の部分がある。「キーワード」は 言うまでもなく当該章を理解するにあたって重要な用語・人名などがピックアップさ れている。もちろんその重要度は著者の判定によるものであるから、当該時期に対す る著者の理解の一端が現れていて興味深い。第一章の場合は以下の21語である。
ペリー 日米和親条約 日英和親条約 日露和親条約 日蘭和親条約 ハリス
日米修好通商条約 日英通商条約 開国派 攘夷派 吉田松陰 対馬事件 生麦事件 長州藩 薩摩藩 ロッシュ パークス 西郷隆盛 徳川慶喜 船中八策 明治天皇
−2 6−
21語中、条約6、人物8、その他の歴史事項7となっている。
「自習問題」は、各章の理解度を測るためのいわばレポートの課題が提示されてい る。第一章は次の4問である。
1.日本が1850年代に締結したアメリカ・イギリス・ロシア・オランダなどとの 条約の名称とその意義について論ぜよ。
2.中国が列強と結んだ条約である天津条約と日本が結んだ通商条約を比較分析 せよ。
3.イギリス・フランスの徳川幕府末期における利害の衝突について論ぜよ。
4.天皇の「王政復古」の経過について論ぜよ。
本書でなされている近現代における日本史叙述には、全体を通じていくつかの特質 がある。たとえば、日本が体験した歴史事項に関して、同時代の中国・清の場合との 比較による記述という方法がとられている。第一章における西欧列強の日本への接近 とこれへの日本の対応は、同時代の清の場合との比較史的記述によって、日本の場合 の個別性を明確にしている。
さらに、明治期の日本に関し、「富国強兵」と「文明開化」はいわば明治という時 代が動いてゆくにあたっての車の両輪のごとき記述が少なくとも日本では一般的であ るが、本書ではそうした叙述方法は採られていない。明治文化についての節は建てら れてはいるが、その扱いは、明治に関す記述全体のなかで、いわば付随的である。明 治が記述されるにあたって真っ先に立てられているのが「富国強兵」の節であり、「文 明開化」は「明治の文化」という標題で、「明治維新」と「自由民権と天皇制」とい う標題がつけられた二つの章の末尾に置かれる。ここには、日本で一般的な、明治維 新および明治時代の本質的理解に特徴的な、「富国強兵」と「文明開化」すなわち軍 事化と西欧化という説明、ひいては日本の近代化の契機に冠された多義的評価への異 議が提出されているように感じられる。著者陳氏にとって、明治日本の本質は経済発 展を背景とした軍国大国化にあるという理解がおこなわれている。
加えて、日本の近現代史を叙述するに当たって、その日本によって植民地支配を受 けた二つの地域、朝鮮・台湾からの視点が採用されているのも、本書の主要な特質の ひとつである。とくに植民地支配の実態に関する記述においては、朝鮮・台湾は必ず といってよいほど並列的に扱われている。朝鮮に関する記述の後には必ず台湾につい ても記述があり、台湾についての記述があれば必ず朝鮮についても言及されている。
以上のごとき内容を持った陳鵬仁著『日本近現代史』について、ここでは特にその 本文部分、すなわち前言および「第一章 開国」、「第二章 明治維新」、「第三章 自 由民権と天皇制」、「第四章 日本帝国の形成」、「第五章 第一次世界大戦と日本」、
「第六章 日本帝国の崩壊」、「第七章 戦後日本」の各章、各節を対象として、台湾 記述の内容、特質を分析する。
−2 7−
3.台湾記述の特質
以下に、本書が「台湾」について言及した29箇所に関し、まず、その場所および内 容の概略を示すこととしたい。
①1ページ「前言」 日本の九州の面積を説明するに当たって「台湾とほぼ同 じ」と説明している。
②36ページ「第二章 明治維新」 三菱による海運業発展の経過を説明するに 当たって1874年の台湾出兵で巨利を得たこ とに言及。
③43〜44ページ 1874年の台湾出兵の経過を記述。
④45ページ 台湾出兵の評価に関して、明治日本外交が対欧米服従と欧米を後 ろ盾とした朝鮮・中国への侵略という二面性を持ったとし、その もっとも明らかな例として、朝鮮の江華島事件と並んで台湾出兵 に言及。
⑤66ページ「第三章 自由民権と天皇制」 日本の爵位制度を説明する中で、
日本統治時期の台湾人貴族院議員 の数、氏名を記述。
⑥73ページ 明治期の娯楽について、台湾(人)と相撲の関係および王貞治に 言及。
⑦82ページ「第四章 日本帝国の形成」 下関条約の説明の中で台湾に言及。
⑧83ページ 日本の台湾に対する植民地支配を記述。
⑨84ページ 日清戦争と台湾に関する記述。
⑩99ページ 日本の朝鮮植民地支配について説明するに際し、日本の朝鮮支配 が台湾植民地支配と同じ方法でおこなわれたことを指摘。
⑪121ページ「第五章 第一次世界大戦と日本」 西原借款の説明の中で台湾 銀行に言及。
⑫129ページ ロシア革命が台湾の民族主義運動に与えた影響を指摘。朝鮮に ついても同様のことを併記。
⑬138ページ 民族主義運動について、先住民の動向、林献堂や台湾文化協会 など漢民族の運動を記述。
⑭139ページ 台湾における政治運動・農民運動を検討。
⑮148ページ 日本の植民地支配の実態を説明するなかで、台湾銀行に言及。
⑯154ページ 霧社事件に関する記述。
⑰204ページ 日本の植民地支配の実態を説明するなかで、皇民化に言及。
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⑱205〜206ページ「第六章 日本帝国の崩壊」 日本の植民地支配の実態を説 明するなかで、戦争への台湾 の動員に言及。
⑲206ページ カイロ会談による敗戦後の日本の領土決定に関し台湾に言及。
⑳208ページ 沖縄戦と台湾の関係に言及。
225〜226ページ「第七章 戦後日本」 戦後日本の置かれた国際環境のなか で、とくに1950年以降の台湾とアメ リカの関係に言及。
228ページ 戦後イギリスの台湾政策に関し、台湾を「中共の一部」とした ことを指摘。
229ページ サンフランシスコ講和条約などによる日本の国際社会復帰と台 湾との関係について言及。
229〜230ページ 日本の対台湾政策、日華条約を検討。
231ページ 1957年6月2日の岸信介の訪台に関する記述。
234ページ 日中国交正常化と日台断交、断交後の関係を記述。
235ページ 日本の賠償について検討。
245ページ 現代日本の政局の流動化と日台関係についての著者の見解。
246ページ 日台関係の現状に関し言及。
以上のうち、③④⑧⑨⑫⑬⑭⑮⑯⑰⑱⑲ の20箇所が、台湾に直接 的に関係する歴史事項についての記述箇所であり、他の場所は「台湾」の語が使われ たりしてはいるが、記述の中心が台湾以外の地域にあって、例示や比較の対象などと して台湾記述があるだけの箇所である。従って本稿においては、記述が台湾に関して 検討することを第一義としていると判断できる上掲20箇所について、これを分析の対 象とし、その特質について以下に指摘しよう。
まず、日本による植民地支配とくにその初発の状況が重視されており、他の部分の 記述に比して、分量についても内容についても豊富で丁寧なものになっている。具体 的には、③④⑧⑨の部分がこれにあたる。
支配の面だけでなく、これへの台湾の抵抗についても明記されている。抵抗の多様 性が重視されており、そのことは言及が武力による抵抗運動以外にもおよんでおり、
また、漢民族以外の人々によるものも記述されていることに現れている。⑫⑬⑭⑯の 記述部分がこれにあたる。
さらに、第二次世界大戦と台湾の関係について注目する姿勢が見られる。具体的記 述部分は、⑱⑲である。
また、戦後史、なかでも第二次大戦後の台湾の対外関係史が重視されている。日本 以外に、アメリカ、イギリスとの関係が記述対象となっている。 がそ
−2 9−
の部分である。
一方、植民地支配の実態に関し、⑮や⑰にあるように、経済や社会・文化に関する 一定の記述はあるが、政治面についての記述がやや薄いように感じられる。
加えて、中国と台湾の関係についても、記述に多面性が欠ける。戦前、日本の植民 地時期の大陸との関係に関しては、記述がほとんどない。戦後についてもだけが唯 一と言って良い記述例である。
おわりに
――陳鵬仁著『日本近現代史』の台湾認識本書が内包する台湾認識の特質は、第一に、近現代の台湾を支配と抵抗の交錯する 場としていることである。支配は日本の所為であり、抵抗は漢民族や先住民によるも のであることは、言うまでもない。
第二に、その台湾記述は、中国本土・大陸の歴史との断裂という性格を持ってい る。たとえば、辛亥革命と台湾、国共合作あるいは国共内戦と台湾、日本の大陸侵略 と台湾といったテーマの追求は、著者の主要な関心とはなっていないように感じられ る。辛亥革命も国民党と共産党の関係も、これに日本が深いかかわりを持っていたこ とは、著者自身の他の著作が明らかにしているところである。したがって、日本近現 代史というテーマの限定があったとしても、これらの歴史事象が主要な関心から外れ ているように感じられる記述は、筆者にとっていささか拍子抜けした、残念なことで あった。
第三に、現代の日台関係にかかわる記述が、政治史に厚く、社会や文化に関してや やそっけないことである。現代台湾、とくに台湾の若者たちへの日本文化の浸透ぶり は、著しいものがある。こうした現象について、著者はどう評価しているのか。永続 的でいずれ台湾社会に一定の影響をもたらす核となるものなのか、それとも一時的、
表面的な特定世代に限定された流行に過ぎないのか。
第四に、全体の構成が極めて正統的なものになっている点である。日本において日 本近現代史のテキストとして十分使用に耐える著作である。このことは、公開大学に おける教材としての本書の高い有用性を保証しているのと同時に、一方では、台湾に おける公開大学での教材という点を意識したとき、一抹の物足りなさを感じさせる原 因ともなっている。個々の歴史事象に対する評価もそうだが、全体の構成も、台湾か らみた日本近現代史評価をより強く意識したものとなっていたほうが、台湾の読者に とってはもちろん、日本の読者にとってもより一層魅力的な著作となったのではない だろうか。
ただし、第五として、そうした内容を本書が持っていることによって、本書を教材 とする台湾の人々は、日本および台湾の近現代史に関して、日本人と共通の知的基盤
−3 0−
に立って議論をおこなう条件を獲得することになるのである。そうした観点からする と、本書の存在意義はきわめて大きく、その大きさは、本書の日本語訳が出版される ことでさらに際立つと言えるのかもしれない。
注
1
「連携が開く未来教育 世界公開大学学長シンポジウム in さいたま」 『読売新聞』2 0 0 9 年1 1月2 9日。
2
2 0 1 0年3月2 4日、筆者は、台北市中心街から車で3 0分ほどの、台北県蘆州市中正路1 7 2号
(当時)にある空中大学本部および台北市光復路2 3 0巷3 3号の台北センターを訪れ、資料 収集などをおこなった。
3
鈴木潤子「タイ公開大学の機能分析――学生のニーズ調査を通してみた」 『比較教育学研 究』2 1、1 9 9 5年。高橋和夫「エルサレム公開大学 パレスチナの通信制大学」 『中東協力 センターニュース』2 2−1 2、1 9 9 8年3月。吉田雅巳「イラク公開教育大のメディア活用 改善案設計と相互協調活動」 『教育メディア研究』8−2、2 0 0 2年3月。
4
1 9 6 9年に設立され、7 1年1月に授業が開始されたイギリスにおける公開大学が、現在世 界的に展開する公開大学の先駆けとなった。それは、従来の大学教育を受けられなかっ た国民各層に対し広く大学教育の機会を公開する目的を持ち、これを達成するために、
テレビ・ラジオの放送、郵送による印刷教材、夏期のスクーリング、地区センターでの 面接授業といった様々な教育形態を組み合わせて教育活動が行われた。イギリスにおけ る高等教育の大衆化を背景としたものであった。 『教育調査』8 7、文部省大臣官房、1 9 7 3 年。西本三十二ほか訳『オープン ユニヴァーシティー』創元社、1 9 7 9年、参照。
5
林成務「第二外国語(非専攻)としての教材編纂過程について――台湾『空中大学』の
『日文一』を例に」 『明海日本語』5、2 0 0 0年。
6
徐南号主編『台湾教育史』師大書苑、1 9 9 3年、2 0 8頁。
7
『国立空中大学 学生手冊』1 0−1〜1 0−4頁。
8
空大二十年校慶特刊編輯委員会編『国立空中大学2 0周年校慶特刊』空中大学、2 0 0 6年、
3 2頁。
9
同前、7頁。
10
同前、1 3頁。
11
同前、9、3 2頁。
12
同前、3 6〜3 8、4 2、4 7〜4 8、5 7〜5 8頁。
13
同前、2 5〜3 1頁。前掲『国立空中大学 学生手冊』1 0−3 0頁。
14
『国立空中大学』2 0 1 0年3月、空大本部にて収集の大学概要パンフレット。
15
前掲『国立空中大学2 0周年校慶特刊』3 2〜3 3頁。
16
空中大学教学媒体処制作『国立空中大学簡介(DVD) 』
17
前掲『国立空中大学』
18
前掲『国立空中大学簡介(DVD) 』
19
前掲『国立空中大学 学生手冊』6−3〜4、6−1 6頁。
−3 1−
20
前掲『国立空中大学簡介(DVD) 』
21
空中大学台北第二学習指導中心編『北二人学習手冊』空中大学台北第二学習指導中心、
2 0 0 9年、2 4頁。
22
前掲『国立空中大学簡介(DVD) 』
23
「原住民族研究社九十八学年度下学期活動行程表」等。2 0 1 0年3月、台北学習指導セン ターにおける収集資料。
24
本書に紹介されているところでは、著者の陳鵬仁氏は東京大学で国際関係学博士の学位 を取得し、現在は中国文化大学日本語文学系教授で、日本語文学系主任などをつとめて いる。また、その他のいくつかの資料を総合すれば、陳氏の略歴は以下のごとくである。
1 9 3 0年1 2月、従って日本の植民地支配下の台湾、台南市に生まれる。本名、陳鼎正。台 北中興大学法商学院を経て、1 9 5 9年から日本の明治大学、東京大学、1 9 6 6年からアメリ カのシートンホール大学、コロンビア大学に留学し、経済学、政治学を専攻する。日台 断交後の台湾側駐日代表機関である亜東関係協会東京弁事処僑務組組長となるなど外交 官として活動する一方、東アジアなかでも日中の近代史を専攻する研究者として、明治 大学で政治学修士、東京大学で上述の国際関係学博士の学位を取得し、台湾の東呉大学 客員教授、東京大学客員研究員を歴任。さらに中国国民党中央党史委員会主任委員、北 京大学孫中山思想国際研究センター研究員をつとめ、中国近代史関係史料の保存や研究 にも、指導的立場で従事している。さらに日本文学の翻訳家として向田邦子などの作品 を中国語で紹介。日本評論家協会にも所属した。以上の活動の中で、1 0 0冊を越える著 書、訳書を世に問うている。陳鵬仁『私のアメリカと日本』世界情勢研究会出版局、1 9 8 1 年、1 8 4〜1 8 6頁。方蘭、陳鵬仁訳『巨商 沈万三』勉誠出版、2 0 0 4年、奥付け。陳鵬仁
『日本近現代史』空中大学、2 0 0 7年、 「作者簡介」 。 「維基百科、自由的百科全書 陳鵬 仁」http : //zh.wikipedia/zh-hk/ 2 0 1 0年1 0月1日。
謝辞