原著 :秋田大学医短紀要 9:6 2‑6 7 ,2 0 01 .
痛末期患者の看護 における看護者のエ ンパ ワーメン トに関す る考察
TheSt udyofEmpowe m e nta bou tNur s e si nTe m i na lSt a gePa t i e n t sCa r e
工 藤 由紀子 石 井 範 子
Yu ki ko KuDOH No r i ko l sHI I
は じめに
我々看護者が,患者 に対 しよりよい看護 を実 践 しようとする中で, よい看護の遂行 を妨げる ス トレス因子が存在することがある。ス トレス 因子 には,患者や家族 との関係,同 じ職場で働 く同僚 との関係,勤務 している場所や勤務形態 に起 因する ものなどさまざまなものがある。看 護者 は,ス トレス因子が もた らされた場合,無 力感 を抱 きやすいが,その無力感 を自分の中に 閉 じ込めて しまいやすい人ほ ど,バー ンアウ ト に陥 りやすい とされている1 1 。看護者のス トレ スやバーンアウ トについては従来か ら関心が も たれ,それ を題材 とした研究が看護管理 をは じ め として数多 くの分野で報告 されている
2)3、 。そ の中には,キング目標達成理論
4や ラザルスのス トレス ・コ‑ ビング理論 5 )などを用いた研究が あ り,近年注 目されて きている ものの一つにエ ンパ ワーメ ン ト理論 6 )がある。エ ンパ ワーメン トの概念 は,欧米の看護界ではまず看護管理の 領域 において,看護者 自身の 自律性や決定権が
秋 田大学医療技術短期大学部 看護学科
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保障 されるような組織作 り,看護管理のあ り方, リーダーシップの とり方な どを考 える際 に必要 な もの として導入 された。看護 におけるエ ンパ ワーメン トとは,「 看護の対象が潜在的に持 って いる生 きる力やあ らゆる健康障害 に対処 してい く力 を開発す る看護援助 のあ り方
」7ノを意味 し ている。看護の上でエ ンパ ワーメン トの過程 を 展開することは,看護者が無力感 を抱 いた り, 燃 え尽 きた りすることを防 ぎ,対象者 に適切 な 看護 を提供 してい くうえで重要であると考 える。
そ こで今 回,訴 えが細か く,関わった看護者の 全員がス トレスを感 じていた末期癌患者の事例 を通 し,看護介入 における看護者のエ ンパ ワー メン トについて考察 を加 えたのでここに報告す る。
事 例 1.患者紹介
患者 ( 以下A氏 とする)は 5 0 歳代半ばのサ ラ リーマ ンであ り,病名は胃痛であった。平成 9
Ke yWo r d s: 患者 看護者 ス トレス
エ ンパ ワーメン ト
秋田大学医短紀要 第
9
巻 第1
号工藤由紀子/痛末期患者の看護における看護者のエンパワーメントに関する考察
(63)年 5 月の胃全摘術後 に胃癌 と告知 され,漢方 ・
丸山ワクチ ンな どのいわゆる民間療法 を行 って いた。
A氏 は 8 人兄弟の下か ら2 番 目であった。幼 少時 に母親 と死別 してお り,実姉が母親の替わ りをして きた。 しか し実姉 も病気がちで入退院 を繰 り返 していた。父親 は厳 しい人であった。
他の兄弟は地方 にば らば らに所帯 を持 ってお り, 長兄が一番近 くに住 んでいた 。A 氏 は高校生時 代 の成績 は良かったが,裕福 ではなかったため 高校 を出てす ぐ就職 した。「 高卒 だったけ ど, 頑張 ってここまでやって きたんだ」 と努力家で あった。実際,会社 関係の面会者が多 く,会社 では頼 られていた面が うかがえた。
家族 は妻
(40歳代前半),大学生 の長男,高 校生の次男の4 人暮 らしであった。 妻 は専業主婦 であった。抑 うつ傾向にあ り,面会 に来 られな い程症状が悪化 したことがあった。朝,布団か らでるの もや っとで,洗濯の途中のまま一 日中 ぼーっとしていることもあった。面会時 も表情 が硬 いことが多かったが ,3 回 日に入院 した頃 には看護者 にも笑顔 を見せ ることがあ り,面会 には毎 日来ていた。妻は 「 あの人が愚痴 を言 っ た り弱音 を言 うのを見たことがあ りません,細 かい ところはあ りますが。 」と患者のことについ て話 していた。大学生の息子は,母親の面会 に 付 き添 う形で毎 日面会 に来ていた。職員 に会 っ て もあい さつ をす ることがな く,父親である A 氏 にべ った りであ り,ベ ッ ドに居 る A 氏の側 に 寝そべ って一緒 にテ レビを見ているような とこ ろがあった。
2. 入院後の経過 と看護
1 )初 回入院か ら 3 回 目の入院まで
A 氏 は平成 9 年 5 月の初回入院時か ら看護者 への要求が多 く,診療 についての過去の出来事 を振 り返 り,不満 をもらしていた。病院に対す る不平不満や,治療 内容,医師 ・看護者 ・事務 など病院職員のすべてに対す る不満 を,特 に看 護者 には強 く訴 えて きた。訴え方は攻撃 に近い ものであ り,時 には退行 とも思 える幼稚 な要求 もあった。は じめは「 あの空調 なんとか してよ」
「カーテ ンは遮光 に して くれ よ 」 「 ベ ッ ドが柔 ら かす ぎる 」 「 食事が まずい よ,す ぐに栄養部 と 話 し合 って よ」 な どの施設面への不満が多 く聞 かれた。 また , 「まった く役 に立たない 」 「 へた じゃないの 」 「 病 院 ってのはサー ビス業 なんで しょ?だった らや って よ 」 「 そんな検査 なんか し て何 になるんだ,ち ょっと先生 に言 って きて よ」
「 先生の説明の仕方が悪い よ,あんな言い方 な い よ。おか げで妻 が余計落 ち込 ん じゃったん じゃないか 」 「 主治医 を変 えて よ, 相性合 わない 」
など医師 ・看護者への不満が多 く聞かれた。
この ような状態 の中,看護者全員がス トレス を感 じてお り,特 に勤務経験年数の短い看護者 らがA氏 に対 し遠 ざか り関わるのを避ける傾向 にあった。そのつ ど対応の しかたを話 し合い, その要求 にで きるだけ応 えようとして も A 氏 に は納得 して もらえず, さらに新たな要求や訴え を表出 した。看護者の意見で多かったことは,
「もう, どう対応 していいか分か らない 」 「自 分たちが一生懸命 やろうとしていることをA 氏 にはあっさり否定 されて しまう 」 「 甘 えではない のか」 とい うような無力感や否定的な感情 を表 わす ものであった。 また A 氏 と主治医を仲介 し ようとして も,お互いが避 け合 っているために うま くいかなかった。A氏 は自分が納得す るま で話 をしたい性格 であ り,毎 日の回診 も時間が かかることが多か った。そのため,主治医は回 診 の時間以外 には患者の もとを訪れな くな り, A 氏 については 「あの人 しつ こいか らね」 と看 護者 にもらしていた。主治医は ,A 氏の訴 えが 多い ことに関 して看護者 に同情的であった。
受持 ち看護婦 は,A氏への看護介入の方法が
分か らず,また‑ A 氏 に対する同僚の意見 にどう
対応 していいか分 か らないため,八方塞 りの よ
うな心境 に陥 ってい た。同僚 が A 氏 か ら遠 ざ
かってい くにつれて受持 ち看護婦 も孤独感 を抱
き,同僚が言 う愚痴で さえ自分が責め られてい
るように感 じていた。受持 ち看護婦 自身 も ,A
氏 に対 して戸惑いの気持 ちと否定的な感情 を抱
いていた 。A 氏の妻 と息子 は頻繁 に面会 に来て
いたが,表情が硬 く,話 しかけて も 「 大丈夫で
す」 とあっさ り返答 されることが多 く,受持 ち
( 64)
工藤由紀子/癌末期患者の看護における看護者のエンパワーメントに関する考察看 護婦 は家族 に対 す る介 入 方法 も分 か らな く なっていた。
平成10年末あた りか ら食事 がつかえる感 じが す る,便が出 に くいな どを主訴 として
2
回 目の 入院 とな り,注腸検査 にて直腸 に狭窄が認め ら れたため,化学療法が開始 された。A
氏お よび家族 には,直腸 に狭 窄があ り,再 発が疑 われるため化学療法 を行 う旨が伝 え られ た。A
氏 か らは,なぜ もっ と早 く発見 し治療が 開始 されなか ったのか, との訴 えが多 く聞かれ るようになった。平成11年夏 ,同 じく化学療法の 目的で
3
回 目 の入 院 となった。 この入 院中,A
氏 の訴 えに翻 弄 されている状況 を打 開 し,積極 的 なケアを行 いたい と考 えた上で,ある看護婦が受持 ち看護 婦 の不在時 に臨床心理士 に依頼 を出 した。 また 退院へ向けて,受持 ち看護婦 はソーシャルワー カーへ相談 を した。その結果 もた らされた こと は,訴 えを受 け とめる窓口を広 げす ぎた ことに よる患者の混乱であ った。看護者 は主治医か ら 予後が思 わ し くない ことを聞 き,なるべ く早 く 家 に帰 してあげたい と思 い,外泊 を勧 めたが,A
氏 はその事情 を知 らないため 「俺 を追い出 し たいのか」 な ど看護者が支 え きれないほ どの訴 えをす る ようになった。2) 4
回 目の入 院か ら永眠す るまで平成11年初冬 ,化学療法 の 目的で
4
回 目の入 院 とな り, この時主治医か ら癌が腹膜 に播種 し ていること,抗癌剤 以外 に治療法が ない こと, この まま直腸 の狭窄が強 くなれば人工虻 門にす る可能性 もあ ることな どがA
氏 と家族へ話 され た。A
氏 は しだい に 「物 が通 らない」
「お しっ こが 出 に くい」
「下痢 した ら困 っち ゃう,オム ツ して よ,あ てて ち ょうだい」
「背 中が痛 い」な どの症状 や 身体 の辛 さを多 く訴 え る ように なった。 また
,
「なんで主治 医が○
○先生 だ っ たのか な。別の先生 だった ら違 う薬 を出 して く れたか もしれ ないの に」,
「こんな治療 (化学療 法)なんか効 いてない,丸 山や らせて よ」 な ど, 主治 医や治療 法へ の批判,
「俺 もうだめ なのか な」 とい うような予後へ の不安が多 く聞かれる ようになった。 さらに排継 の処理 ,与薬,清潔,64
食事 ,移動 な どのセルフケアの面で, 自分で出 来 る事 で も看護者へ依頼す ることが多 くな り,
A
氏 と話 し合 い, 自分でや って もらお うとして も 「サ ー ビスの低下 だ」 と拒否 された。 また, 日勤 の看護婦がA
氏 の話 を開けない ことがある と,夜勤 の看護婦 を呼 び とめて 日勤 の看護婦へ の不満 を訴 えることも頻 回であ り, 2
人夜勤 で あったため業務 に支障が出ることもあった。4
回 目の入院当初 ,受持 ち看護婦 は, この ま までは状況が何 も変 わ らず また空虚 な看護で終 わるのではないか と予測 した。看護者が まず変 わ らなければいけないのではないか と感 じ,受 持 ち看護婦 はA
氏 を理解す る一助 として, 日常 のケアで交 わす世 間話 の中で,A
氏 の生い立 ち や思 いな どを聴取 した。 またス タ ッフへ向 けて は申 し送 りの場面 な どでその情報 を伝 えた。そ してA
氏 に統一 した看護 を提供す るため, リー ダー看護婦 の助言 を受 けなが ら看護計画 を細部 まで具体 的 に立 て, カンファレンスで話 し合い, ケアの方法 をス タ ッフ全員 に浸透 させ るように した。その中には 『巡回時陽光が入 らない よう カーテ ンは しっか り閉める』『午前4
時 には蓄尿 の破棄 を行 うことになっているが,安 眠 を損 な うためA
氏 に関 しては行 わない』『 2 2
時 に眠剤使 用, 2 3
時 の巡 回で起 きてい た ら追加 の眠剤 を使 用す る』 『 1
日1
回は必ず患者の側でゆっ くり話 をす る』 とい うものがあった。そ してA
氏が混 乱 しない よう訴 えを受 け とめる窓口を狭 め,訴 えには受持 ち看護婦が辛抱強 く対応 した。そ し て リーダー看護婦 は,「あなたはあのA
さんに対 して とて もよ くや っている と思 う」 と,関わ り 方が妥 当であることを評価 し,それ を受持 ち看 護婦 に伝 えなが ら助言 を行 った。他 の看護者 も, 受持 ち看護婦がA
氏 に対応 している時 には,他 の業務 を代 行 す る な ど支援 して くれ る ように なった。その ような中,A
氏か ら 「妻が眠れて ない らしい」 とい う相談 を受 けたため,受持 ち 看護婦 は,主治医か らの病状説明な どの機会 を 見計 らって妻 に話 しかけた。妻 は,夫 の病気が 心配 なあ ま り睡眠薬 を飲 んで も眠れない とこと, 朝 に布 団か ら出るの も億劫 なこともあることを 語 った。そ こで妻 の話 をよ く聞 き,専 門医の診秋田大学医短紀要 第
9
巻 第1号工藤由紀子/癌末期患者の看護における看護者のエンパワーメントに関する考察
(65)寮 を受けたほうがいいのではないか と提案 し,
同病院の心療 内科への受診 をすすめた。 うつ状 態 と診断 され,抗不安薬 と睡眠薬が処方 されて 2 週間に 1 回の診察 を受けることになった。 こ の ことについて ,A 氏か らは 「 妻の話 を聞いて くれたんだってね。あ りが とう。 」 とい う言葉 が聞かれた。受持 ち看護婦 は,A氏の看護 に対 して初 めて 自信 を持つ ことがで きた。その後 も A 氏 は細かな訴 えは続 けたが,以前の ような無 理 な要求 をす ることは少 な くなった。車椅子で の散歩中, まだ若い妻や息子 に対する心配な気 持 ちを話す ようになった り,一番近 くに住 んで いる長兄 に対 しては 「 兄 は医学 を知 らないか ら。
こんなに厳 しい状態 なんだよ,つて言いたいけ ど,まず‑か ら説明 しなきゃいけないで しょ。
話 して も厳 しさが伝 わ らないんだ よ。 」 と,受 け持 ち看護婦 に心の内を話す こともあった。看 護者 に対 しては時折感謝の言葉 も聞かれるよう になった。その後 しだいに体力が低下 し,平成 1 2 年 1月に家族 に見守 られて永眠 した。
考 察
今 回,無力感 とス トレスの中まった く進展の なかった患者 一看護者の関係が,信頼 を得て進 展 してい くに至 った過程 について,患者の人物 像お よび看護者のエ ンパ ワーメン トの観点か ら 考察 した。
1 .A氏の人物像 について
A 氏 は,若い頃 よ り母親の存在 を喪失す ると い う体験 にあい,実姉 も病気がちであったため, 甘 えを認めて もらえる過程 を充分 にた どってこ
なかったことが推測 される8 ) 。父親 は厳 しく, 家 は裕福 ではなか ったため , 「 頑張 って社会的 ( または父) に認めて もらう」 ことで 自己の存 在 を認め られ ようとし,実際 にその ように生 き て きた と考 え られた 。 「 俺 さ,我慢 強い方 なん だ よ」 と A 氏が言 っているように,私生活では 弱音 を吐 くこともあま りなかった。 もし妻が精 神的に強 く,母の役割 も出来 るほ どの能力があ り患者 を支 えきれる人物であったなら, この結 婚で A 氏 は 「 甘 えられる 」 ・ 「 弱音 を吐 くことが
で きる」存在 を得 られたのであろうが,実際 に はその ようにならなか った。家庭で も会社で も 責任 を負わなければな らない立場 だった。
生育歴や環境か ら育成 されたその性格 のため, 家長 としては強い存在 であった。長男は,青年 期の男性 としては意外 な印象 を受 けるほ ど父親
にべ った りであった。
A氏 は 「 妻が心配 しす ぎちゃうか ら」 と家で は不安の表出を思 う存分出来ない状態であ り, 長兄 に対 して も 「 厳 しい状態が伝 わ らない」 と 相談で きない様子であった。会社 関係の人にも 同様 の理由で本音 を表出するには至 らなかった
。もともとA氏 自身 も 「 俺 って我慢強いか らさ」
「 頑張 りやだか らね」 と言 っていることや生育 歴 を考 えて も , 「あた りか まわず不満 を もらす 人」 とい う人物像 は否定 されると考 えられる。
一番の問題 は,A氏 にとってのキーパーソンが 不在であったことであろうと察せ られる
。では,なぜ看護者 に訴 えや要求が多かったの であろうか。 まず は医療 に精通 している存在, もしくは自分の病状の厳 しさを理解 して くれる 存在が周 りにないため,A氏 にとっては病院 自 体が頼ることがで きる場所 なのだろうと想像 で きた。 自分の生死 に関わることで第‑ に頼 るこ とがで きる存在 は主治医であるが,主治医をは じめ として医師は一 日中近 くにいるわけではな く, また主治医 とはお互い避けているような状 態である。そこでいつ も近 くにいて くれて医療 の知識があ り,相談 にのって くれる存在が,A 氏 にとっては看護者であ り,いわゆるキーパー ソンであったのであろ う。甘 えられる存在がい なかったこと,家で も会社 で も弱音 を思 う存分 吐けない A 氏 にとって,看護者が母親的 ・助言 者的役割 にあった と考 えられた。だか らこそ, 看護者 に訴 えが多 く, 自分がで きることまで要 求 して くるのではないか と考え られた 。A 氏 は
生死 に関わる不安 を,主治医や看護者 に対す る 不満や批判 に置 き換 えて訴 えていたのである。
訴 えとして入院初期 には聞かれなかった 「 昔,
あの時ああ していれば ・ ・ 」 とか 「 俺 もうだめ
なのかな」 な どとい う言葉 を表出で きるように
なった とい うことは,看護者 との関係が形成 さ
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工藤由紀子/痛末期患者の看護における看護者のエンパワーメントに関する考察 れて きた とい うことであ り,肯定的に評価 され
るべ きことであった と考 えられる。
2. 看護者 のエ ンパ ワーメン トについて 受持 ち看護婦 は ,A 氏の訴 えの多 きなどの表 面 に見 えていることに戸惑い,は じめは患者の 訴 えの本質 に気づ くことがで きなかった。 5 回 目の入院で A 氏 との信頼関係が築かれて きた と 実感 しは じめたが,その時は患者がすでに末期
に近づいてい く. 段階であった。エ ンパ ワーメン トが もた らされる条件 として,「 双方 に力 を共有 し,双方 に利益がある関係であること 」 「 信頼」
があげ られている 5 。 しか し,受持 ち看護婦 は は じめ A 氏 の言動 に戸惑い と否定的な感情 しか 抱 くことがで きなかった。そのため A 氏 との信 頼 関係 を築 く段 階 まで到達す る こ とがで きな かった。 しか し,受持 ち看護婦が A 氏 を理解 し ようとして生い立 ちか ら人物像 を探 ろうとした こと,そ して信頼関係 を築 こうとしたこと,リー ダー看護婦が受持 ち看護婦 に対 して助言する立 場 ( 以下 コンサルタン トとす る) をとったこと が,今 回の事例 において最終的に看護者のエ ン パ ワーメン トが もた らされた要因になったとい える。
前述 した ように,受持 ち看護婦 はA氏 に対 し 否定的な感情 を抱 き, まわ りの看護者か らは患 者 とともに取 り残 された ように感 じていた。 ま た, コンサルタン トの立場 をとる看護者がは じ め は存在 しなか った こ とも無力 な状態 に とど まっていた原因の一つ と言 える。受持 ち看護婦 や他の看護者が A 氏 にふ りまわされた り,否定 的な感情 を抱いていたことなどが,患者 との信 頼関係の形成 を進展 させ ることが困難だった原 因であった と考 えられる。看護者のチームワー クにおいて も ,A 氏の看護への認識がお互い一 致 していなかったため,訴 えの窓口を広 げす ぎ たことによって患者の混乱 ももた らして しまっ たのだろう
。受持 ち看護婦 は,A氏 と関わるうちに 「この ままでは何 も変わ らない」 と気づ くことがで き た。そ して 目に見 える患者像ではな く, 目に見 えない部分 も理解 しな くては信頼関係 は成 り立
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