茨城大学教育学部教育研究所紀要21号(1989)141−152 141
吃音児の治療保育について 荘司泰子*・相馬壽明
1.はじめに
幼児期は,一人一人の生活環境を土台として,心身のいろいろな面が相互に関連し合いながら,螺施的に 発達していくものである。
この時期の幼児は個人差が大きく,発達の速度はまちまちであり,言葉や心の面でのつまづきが現れてく ることが多い。特に,言葉の獲得数が急激に増えていく2歳から5歳までは,言葉の問題で相談機関を訪れ るケースが目立ってくる。言葉についての問題は,表出している症状として捉えやすいために障害の有無や 程度にかかわらず出てくるものである。
一般に,幼児期の吃音は3歳前後に最も多くみられ,次いで4歳〜8歳頃までに生じるものが殆んどであ る。3歳頃の吃音については,話しことばの急成長期にあたっているために,正常な話し方と比べると滑ら かさに欠けた話し方として捉えた方が良い場合が多く,自然に改善されていくものもある。しかし,その中 でも徐々に進んでいく緩下図と何らかの原因で突然どもり始める突発型と呼ばれるものは,自然に改善され ることは少ない。
吃音の症状については,言語・身体・心理等の各面について以下のような特徴がある。
言語面では,①連発性(りりりんご,きききききらい……等)のものと,②伸発性(あ一のね,ぼ一くね …等)のもの,更に③難発性(……これ……かして……等)のものがあり,症状としては,①→②→③の 順で進行していく。それと同時に,身体症状が現れる場合もある。随伴運動とも呼ばれる身体症状は,解 発性の吃音児に多く見られ,目をパチパチとさせたり,顔面がひきつったり,手足をバタバタと動かしたり,
頭を振ったりすることの他に,話し言葉のトーンが極端に変わってしまうこと等を含む動作を伴うものであ る。また,このような身体症状の他に,周囲からの指摘を受けて話しにくいことを意識し始めたり,人の前 で声を出したり話したりすることを拒むような,心の問題が加わっていくこともある。
いずれにしても,吃音症状には個人差が大きいので,一人一人の実態に合わせた柔軟な対応が求められる。
本報告では,遊戯療法的方法によってかかわった,吃音症状のあるY児の心の育ちについて考えてみたい。
2.対象児の実態 (1)対象児:Y児(1年保育5歳男児)
②主訴:言葉がつまって出にくいことが多い。新しい環境になじみにくく,友達とのかかわりがうま くいかない。
(3)生育歴及び相談歴:出産時,乳児期に特に問題はない。2歳頃母親が気付いたが,単語を話していた 時期は全く気にならず,非常に明瞭な発音で,周囲の人が驚くほどであった。幼児語を使った時期もなかっ
た。
*水戸市立常磐幼稚園
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3歳半頃に,目ばたきが激しくなり,顔面をひきつらせるようにして話す随伴運動が目立ってきたため,
丁大病院で相談を受けたが,口腔内は異常はみられないと言われた。その後,随伴運動はみられなくなった が,吃音の症状は相変わらず続いており,母親としては,入園を機に再度相談したいと考えていた。
㈲ 家族構成:父方祖母e叔父・父・母・本児・弟の6人家族
(5>初回面接時の様子及び印象:色白で小柄だが,どこかしら大人びた雰囲気をもち,おとなしそうな印 象の男児である。
来室するとすぐに担当者に向い,深々とていねいに,「こんにちは」とあいさつをする。その後,お互い に自己紹介(園名・組名・担当名・氏名・年齢・好きな食べもの……等)をし合ったが,聞かれたことにつ いて殆んどすぐに答え,吃音の症状も目立たなかった。続いて,「こっちの広いお部屋で一緒に遊ぼうか」
と誘うとすぐについて来たが,おもちゃ棚の前で腕組みをして立ち止まったままで,遊び始めることができ なかった。しかし,担当者の話しかけには応じている。
この様子を見ていた母親は,現在幼稚園でもなかなか皆の中に入って遊ぶことができず,ささいなことで 大泣きし,担任の手をわずらわせているらしく,心配していると言う。また,Y児の吃音については早くか
ら気付いており,父親も吃音の症状をもっているので,言い直しをさせたりせずに接してきたつもりである と話す。
約1時間ほどの母子面接であったが,実に静かで礼儀正しく落ち着いており,一緒に来ていた弟(2歳)
の聞き分けの良い態度も含め,一見tt良い子 である。母親自身も,我が子がどこに行ってもきちんとして いられることに満足している面がある。今後指導を進めていく上では,吃音症状そのものに捉われず,集団 になじみにくい,友達ともうまくかかわれないという点についても十分考慮して,Y児の内面に目を向けて 対応していくことが必要であると思われた。
3.指導を進めるにあたって
〈指導計画〉
指導方針垂ノ
指
導
t
二二口薩
Q 心が解放できるような場面を設定し,自己を十分に発揮できるよう援助していく。
。 話すことに抵抗をもたせず,吃音があっても,自由に会話を楽しめるような環境づくりを行っていく。
o 本真をとりまく環境について母親との話し合いを行い,相互理解を深めていく。
4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3
Q観察期日
Qプレイルームで好きな
夏遊びをする。
。いろいろな遊びをする。
ブロック,積木,砂遊び,お話つくり ・ 自分の意志で
活動を選び 自磁に遊ぶ。
ゲーム遊び(トランプ,生き残りゲーム…他)バトミントン,サッカー,絵をかく,
本︷
(担当一者と一緒に遊ぶ)
みブロック・プラレール・
ウォータゲーム・パチンコ 的あて,粘土,水遊び,等
σ母親との話し合い
。小一集団で遊ぶ。
絵本をみる,その他
冬
(嬰瑠つ休(藷諜轍鱒)
み
(簡単なゲームあそび・ご
(入園前のようす・園生活のようす・家庭でのようす
っこ遊びをする)
・母親の考え…t一一など)
荘司,他:吃音児の治療保育について 143
4.指導の経過
5月から翌年3月までに,,月に2〜3回,合計すると17回の指導を行った。
(1)第1回 〈Y児の姿〉
入室・退室時のあいさつ(こんにちは・さようなら)は,床に静座し,きちんと手をついて行い,必要以 上にていねいである。吃音の症状は,連発,伸発性が認められるが,話すことに対する抵抗はみられない。
しかし,プレイルームでの遊びは全く成立せず。ゲーム等2人で一緒にできるものにも手を出そうとはし ない。担当者の方から何度か誘いの言葉をかけると,口には出さないが,「しかたがないな,でも誘ってく れたのだから……」というように渋々と応じる。ところが,2,3回やってみて負けそうになると,「やっ ぱり止める」と言って再び棚の前に戻ってしまい,自ら遊ぼうとする姿は見られない。担当者がY児の隣り に座り,「Y君,今日はお天気がよくないね……」等と話しかけると,「うん,あ一のね,あ雨ふ一ってて も,空,空のうえ一って,ほんとは,は,は一れてるんだよ……」と応じており,かかわりを拒むというよ うな様子はない。
〈母親の話〉
通暁については,Y児なりに楽しみにしている。幼稚園には何とか行っているという感じであるが,思っ ていることがなかなか言えないという状態が続き,ささいなこと(持ち物がみあたらない,お弁当の片付け 方がわからなくなった……等)で大泣きし,担任の手をわずらわせている。また,友達とのかかわりもなか なかうまく行かず,一人でポツンとしていたり,担任の後をついて回ったりするが,自分から何かをして遊 ぼうとか,遊びの中に入って行こうということはないらしい。
〈担当者所見〉
母親から離れることについては不安そうな様子をみせないが,おもちゃ棚の前ではずっと立って腕組みし,
考え込む状態である。しかし,担当者の誘いを拒みきれずにゲームに手を出すが,負けそうになると止める といった行動かみられ,Y児自身の不安定な気持ちや自信のなさがうかがえる。担当者としては,動き出せ ないながらも少しずつ内面をのぞかせているY児に,少しでも近づいて行こうと思う。
(2)第2回 〈Y児の姿〉
あいさつは非常にていねいできちんとしている。表情は明るく,自らさっとプレイルームに行く。まだ腕 組みをして考え込む姿はみられるが,会話には応じている。
園生活や家で遊んだこと等,ひと通りの話がすむ頃,やっと手を伸ばして棚の中にあるゲーム類を次々に 手に取ってみたり,動かしてみたりするが,負けそうになったり,うまく扱えなくなると止め,独り言のよ
うに,「こ一れ,嫌なんだよね」 「これは,つまらない」等と文句を言う。
<担当者所見>
Y児にとって学級が負担になっていない,ということが唯一の救いである。毎回1時間ほどの時間をじっ と立って考え込むか,棚の玩具をひとつずつ手にしては戻すという行動に費している姿は,動きたいのに動 き出せない現在のY児そのものの姿であろう。それでもY児は,「嫌」「つまらない」等という自分の意志 表示はできている。このことは,担当者とY児の関係が生まれつつある状態とも考えられるため,手をさし のべてひっぱることよりも,見守りなから待つことが良いのではないかと考えた。
ユ44 茨城大学教育学部教育研究所紀要2ユ号(ユ989)
③第3回〜第6回
〈幼児の姿〉
夏休みをはさんで無爵が再開する。
きちんとていねいにかわすあいさつは,休み前と同じであるが,あいさつがすむとすぐにプレイルームに 移り,棚の前で考えるのも,ほんの2,3分になる。腕組みも解け,「何にしようかな……」という雰囲気 である。担当者の方からゲームに誘うとすぐに応じ,負けそうになると止める,ということはなくなってき た。好んで使う玩具は,パチンコと生き残りゲームである。
パチンコは,静座して黙々と玉をはじいているが,生き残りゲームでは一転して雄弁になり,思いがけな い所で玉が落ちることについてとても驚き,喜ぶ。更にひとつひとつの玉の落ちた訳をこと細かに説明しな がら遊ぶため,一回のゲームに非常に時間がかかる。
吃音の症状は,連発,縦帆ともにやや激しい状態であるが,夏休みのこと等を話題にすると,外出したこ とや泊りに行ったことを一生懸命に話してくれる。しかし,園生活の様子の中で,運動会に関した話題につ いては,種目や内容についてさえ返答がない。運動会が終わった後,しばらくしてから再度聞いてみると,
「嫌いだけどやったんだよ」とポツリと言う。
〈母親の話〉
夏休みは,泊まりに出かけたり,たくさん遊んだりして楽しく過ごせたのではないかと思うが,2学期直 前から吃音の状態はあまり良くない。
運動会の練習が嫌いらしく,家で文句を言ったりはするが,Y児の方から休みたいとか,行きたくないと 言うようなことはない。園までの道を,一歩ずつ地面から足をびき離すようにして歩く姿を見ると,運動神 経も鈍いので,かわいそうだとは思うが,何もしてあげられない。
〈担当者所見〉
夏休みの生活が良かったのか,表情はとても明るくなっている。また,棚の前で腕を組むことがなくなり,
玩具に手を伸ばすだけでなく,担当者と一緒にゲームをするようになってきている。遊びの中でも,「何回 やってもおもしろいね」と感想を言うようになり,心も体も少しずつ動き始めたような感じをもつ。
更に,在籍園と連絡をとってみると,園生活の中でもまだ不安定な面は残っているが,担任とはよく話を する。担任は運動会について,負担のないよう心がけているが,Y児自身の力で何とか,この時期を乗りき
ってほしいとも考えていると言う。
Y児にとってこの時期は,嫌でも皆と一緒に何かをしなければない事の連続であろうが,園の中で孤立せ ずに対応できるようになってきていることは,良いことではないかと考える。
(4)第7回 く幼児の姿〉
あいさつを実にきちんとすませ,すぐにプレイルームに移る。
5月に通級が始まってから初めて, 「絵がかきたい気分だなあ」と感情を表現し,マジックで続けざまに 11枚も描いた(図1〜図6)。内容は,おもしろい顔・違う顔という変わり絵の顔を7枚,栗の木と4ガを
1枚,潜水艦を2枚,コンピューターを!枚という順で,一気にかきあげた後,全部を床に広げて見回し,
ため息をついて,「疲れたからもうおしまい」と言ってピタリと止める。
図1,図2は,ふたつの表情をもつ顔で,Y児は,怒った顔と普通の顔という言い方をした。顔の絵だけ は,Y児自身が何度も向きをかえ,「ホラ/ね。こうや一一ると,ちぢちがうう一かかおになってるでしょ う?おもしろいんだよね。」と言いながら見ている。
荘司,他:吃音児の治療保育について 145
随
図 1 図 2
実際には,ほとんど同様の顔の絵を7枚も続けて描いている。全部線がきで,雑な感じである。また,顔 の表清も,笑顔のように見えるものがなく,固い印象を受ける。
図3は,栗の木とイガである。
茶色のマジックで木を描いた後に,茶色のイガをつけ加えた。 「栗って,チクチクして痛いからね,きき 一おつけないといけない……」と言いながら,イガの部分に時間をかけた。
う17沁董憂ト︑ 図
3
○○レOQ
図 4
図4は,潜水艦についている潜望鏡である。続いて図5の潜水艦に移った。「これはね,海の中にいるの。
窓からみんなで見ているんだ。」と言うが,人物らしいものは描かなかった。窓の数の多さが印象的である。
図6のコンピューターが最後になった。
右側に,リモートコントロールになるテレビのチャンネルを描いていたが,途中からコンピューターに変
146 茨城大学教育学部教育研究所紀要21号(1989)
わり,左側に大きく描く。
更にイメージが広がったのか,アンテナもつけて,宇宙ロケットにもなると言う。
x 1〕むヵごロ助
Oo oab わ0α附
図 5
p−
図 6
〈母親の話〉
運動会が終って,もとに戻ったように思えるが,吃音の様子はあまり変わっていない。
幼稚園の遠足を,とても楽しみにしている。
<担当者所見>
Y児が自ら, 「絵を描きたい」という意志を,はっきりと口に出したことに,担当者の方でも驚くと共に,
次々に描いていく姿にエネルギーを感じ,何がY児をこんなに動かしているのだろうか,と思いながら見つ めていた。
Y児の描く絵は,全体的に直線的で,柔らかい感じや安定した感じのものはみられないが,言語化できな いことを絵で語りかけているように思う。
特に,ふたつの顔をもつひとつの顔という複雑な表現は,人間の2面性を表わしているのではないかと思 われる。Y児にとってこの二面性は,おだやかでやさしい母と躾けに厳しい母であり, Y児自身の良い子と 悪い子という二面とも考えられる。
⑤第8回〜第12回 〈Y児の姿〉
あいさつは非常にきちんとかわし,話し方も大人びているが,表情は子どもらしくなり,棚の前に立って 考え込むということは殆んどなくなる。はっきりとした目的意識というほどではないが,「さあ,遊ぼう」
という気持ちが伝わってくるようになってきた。遊びの内容についても,棚の中にある玩具類やゲームから 少しずつ遠ざかり,ブロックや粘土,組み木など自分の手で創り出していくもの,床に腰を落ち着けて取り 組むようなものへと変わってきている。
粘土遊びでは,Y児と同様に吃音のあるS子と一緒に過ごしたが,不安そうな様子もみせずに,楽しそう に取り組んでいた。特に何かを作るという目的はなかったが,ちぎったり,伸ばしたりしているうちに,へ び作りに夢中になり,担当者がへび嫌いだとわかると,S子と競うように次々と作bた。できたものを床に
荘司,他;吃音児の治療保育について 147
一列に並べるが,伸びていたり,とぐろを巻いていたり,首を持ち上げていたりと,今にも口を開けて赤い 舌を出しそうな雰囲気であった。更に,「へびがいっぱいで怖いね。」と言った担当者の手に,とぐろを巻 いたへびを一匹のせて,ニヤッとする等,今までにな
い行動が出てきている。
また,12月には,eeまちづくり と称した積み木を 使った遊びも出てきた(図7)。
図7の街づくりは,Y児が案を出して指示し,担当 者が道路や建て物を作り,できあがったらY児が動か して遊ぶという流れになった。担当者が作る時にも,
ビルの色や向き,木の位置などの細かい部分にこだわ って,何度も作り直したり,聞き取れないような小声 でブッブッと言っていた。Y児が主に使ったのは,木 製の汽車と自動車,それに乗せる人である。
全体を通して,自ら組み立てたとはいえないためか,
表情はあまり動かず,口数も少なめであった。
〈母親の話〉
ここしばらく下降気味で,いらいらしているような
嵐︑
ee駅
o
8B鼠883ag
図 7
丞澄
感じがする。時々ストレスがたまると,外で発散できない為に,家庭内でひどく聞き分けがなくなったり,
泣いたりするが,最近は何となく予知できるので,早めに気分転換を図るよう心がけている。
育児については常に,他人に迷惑をかけないようきちんと躾けていかなければならないと考え,厳しくし てきた。Y児も弟も他の人に感心されるほどきちんとしていられる。
2歳頃から聖書の勉強会に同行していたが,その中でも静かに話を聞くという訓練ができた。最近はその 会合の中で,大人に交って発表することもでき,大勢の前でもどもらずに話をしている。会合の中の発表は,
事前に親子で少し練習する程度で,特に負担にはなっていないと思う。
幼稚園で,自分で創った尊話を皆の前で発表してほめられ,とても喜んでいる。
〈担当者所見>
Y児の動きが活発になってきていることを感じる。腕組みして立ちつくす姿がみられなくなった分だけ遊 びの内容が広がり,粘土や積み木を使って,自分の手で創っていくようにもなってきた。このことは,Y児 の内面のエネルギーを表わすようなt へび作り からも感じることができる。
また,2学期は,Y児と同じような吃音児S子との小集団活動も時々取り入れてきたが,個別の活動日に 比べると落ち着きがなくなり,陽気でおしゃべりになる。嫌がっているようには見えないが,Y児なりに気 を使い,一生懸命にリードして相手になろうとしている。場面の変化に,まだうまく対応することのできな いY児を改めて感じる。
⑥第13回〜第16回 〈Y児の姿〉
冬休み後から3月までの5回は,今までになく活動的になり,Y児自身のイメージをダイナミックに表現 するようになった。
特に,今まで全く手に取ることもなかったジュニアブロックやエス棒など,大型の積み木を利用し,プレ イルーム全体を使うようになる。
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家づくりが始まり(図8),自分の力でブロックを 積み上げ,黙々と作っていく 担当者の援助を求める ことはせず, 「ぼくが作る」と言うような雰囲気が自 然に生まれていった。
ひと通り形ができあがると周囲をみて回り,「ろう やみたい……」と感想を言う。更に格子窓の前に十字 架とも秤とも取れるものを置いて終わった。十字架様 のものについては,Y児にもはっきりとした説明がで きなかった。
第16回には,久しぶりに絵を描いた。
図9は,怒っている人と,恐竜を描き,その後ろに 恐竜の子どもを描き,卵を生んでいる。何れも超能力 をもっている。空には飛行機がたくさん飛んでいる瓶 恐竜が現れて,口から糸を吐き出して,やっつけて
しまう。海中には魚や潜水艦がいるが,みんな戦って いる。ここで描く場所がなくなり,隣室の白板ボード に移った。
図10は,一変して気嫌が良くなり, 「咲いた,咲い た,チューリップの花が……」と口ずさみながら,チ ュー 潟bプの花を4本描いた。しかし,すぐに,図9 の卵から成長した大恐竜がやって来て,飛行機と人間 を次々にやっつけてしまう。
ひとつとして助かるものはなく,全滅である。恐竜 の体にはうずまき様の模様があるが,これは「おだや かな時は空色で,怒ると緑に変わるんだよ。」と言う。
更に糸はきグモも出現し,吐き出した糸で体を包み,
右上の人間も恐竜の超能力に包まれてしまう。
恐竜の顔面からはユ2本の超能力波が出ており,糸は きグモの口からも糸が出て人をねらっている。左下の 家も糸に包まれてしまっている。
2枚の絵を描き終わると,指導時間も残り少なくな っていたが,満足そうにしている。
〈母親の話〉
今回描いていた,怒った顔の絵は,母親を描いてい るのだと思う。このところ毎朝のように,身仕度が遅 かったり,ぐずぐずしていてなかなか起きないので,
つい厳しい声を出してしまう。家でも,母親がY児を 叱った後に,怒った顔の人を描いていることがあり,
なるべく怒らないようにしなくてはならないと思って
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図 10
荘司,他:吃音児の治療保育について 149
いる。
就学が近づいて来たために,Y児よりも親の方が神経質になってしまう。特に,登校班で通学すると聞い てからは,起床,着替え,食事,歯みがき,排便などを時間内にやらせようと思い,少しずつ練習させてい るが,わかっていてぐずぐずしていることが多く,反抗的になっている。
反抗期についても,今までなかったように思うため,扱い方が難かしいと思っている。食時の時も時間が かかり過ぎるので,「もう終わりにしなさい」と言えば,「食べる」と言い,「食べてしまいなさい」と言 うと,「嫌だ,食べられない」等と言い,母親自身がいら立ってしまう。このようなことが続くと,一年生 になって班に入った時に,いつも人を待たせることになってしまい,このまま放っておく訳にもいかず困っ ている。
〈担当者所見〉
幼稚園児にとっての3学期は,1年生になる事の不安よりも,喜びや期待の方が大きくなる場合が多いが,
Y児にとっての毎Eは,窓のない家の中で,超能力波や糸はきグモの糸に,がんじがらめに縛られて動きが とれなくなっている状態であろう。恐竜と飛行機の戦いも,一機残らず撃ち落とされてしまい,4本のチュ ーリップだけが寂しそうに花を咲かせている。Y児にとっては,絵の中で戦ったり,やっつけたりするのが 精一杯で,現実の世界では,おとなしく,良い子にしているしかないのかと思うと,担当者としてもつらい 思いでいっぱいになる。
就学については,母親が過敏に反応している。このため,園生活と小学校生活の違いだけに目を向けるの ではなく,Y児にとっての1年間の園生活が集団生活の第一歩となって, Y児なりに成長していることを母 親と一緒に振り返り,園内で泣き騒ぐことがなくなり,友達と一緒に遊ぶ姿もみられるという事実も再確認
する。
(7>第17回 〈幼児の姿〉
きちんとあいさつをかわすと,すぐプレイルームに
移る。
黒ひげ危va 一発ゲームを取り出し,黒ひげが飛び出 して落ちる毎に,○・△・〔]などのマークをボードに 書いていく,5ゲームやってから,「粘土で作りたい」
と言って粘土を出す。粘土板やへらを出すと,へらの 使い方をひとつずつ質問し,担当者が答えると早々に 使い方を試して納得する。
その後は黙って粘土をこねて,一生懸命に何かを作 り出す。一体は翼の広がった戦闘機のようなものであり,
ンの時に出てくるcrポット」と言う。
できあがると,
図 11
もう一体はロボットであった。Y児は,「パーマ (身替り用のコピーWポットであろう。)
満足そうにして粘土板の上に置いて終わる(図11)。
今回は,遊びに使ったものを一つ一つ片付けることなく,出したままで遊び,粘土も出来上がるとそのま ま床の上に置いて帰っていった。さようならのあいさつを,いつもと同じようにきちんと立ってから,深々 とおじぎをして言う。
〈母親の話〉
今回が最終日になることをY児なりに受け止めているようで,家では何度か,「今度で終わりなの」とい
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うことを聞いてきた。
Y児の心嚢によって,いろいろな事を考えることができたと思う。幼い頃から神の教えを言い聞かせて来 たが,驚くほど素直に教えを守る子どもであった。反抗期もなく,兄弟げんかもせず本当にスムーズに来た が,入園直後から2学期半ば頃までは集団の中に入れず,親子で苦しんだと思う。今後も環境の変化によっ て,不安定になることはあると思うが,できるだけY児の話を聞いてあげられるようにし,親の方でいらい
らすることがないよう心がけたいと思っている。
〈担当者所見〉
今回が最終日であることは,前から知らせてあった訳だが,遊んでいる姿は今までと変わらず,Y児の方 からは,「今日で終わりだね」というような言葉は出てこなかった。
しかし,今回も自分から,「粘土で作りたい」と言う等,Y児の気持ちを自然に口に出している。
吃音の状態は,連発伸発がみられるが,ひどく気になるほどではなかった。粘土で作った物の説明はな く,出来たものの名称(飛行機・nポット)のみを言う。口数は少なかった。
担当者としては,パーマンのマンガに出てくるコピーロボットが,主人公が遊びに出ている間,家でおと なしくしている良い子であることと,Y児の姿が重なって見え,良い子のロボットではない,本来の子ども
らしいY児でいられる日が,早く訪れてくれることを願いたい。このところ母親は,弟を家に置いて通級し て来ており,Y児自身も, 「じゃまものは,置いてきた」等の表現で, Y児のために配慮してもらえること を素直に喜んでいる姿をみせ,母親の意識の変化も感じることができた。
5.考 察
Y児の通級は10か月足らずであり,回数にしてもわずか17回であった。しかし,こ.の短いかかわりの中で,
Y児なりの変容を遂げ,心の動きを示すようになって来ている。そこで,Y児の活動を追いながらその変容 について考えてみた。
(1>動き出せないY児 一5月一
この時期のY児は,いつも腕組みして立つというポーズで担当者に背を向けている。自分の力ではどうし ようもなく,手も足も出ない状態そのものとも受け取れるが,隣りに並んで話しかければ答え,意志の疎通 を図ることはできる。5歳児にしてはきちんとし過ぎており,自分の意志を素直に表現することのできない Y児に,担当者としても手を出せない状態である。
しかし,自ら動き出せず,相手の動きに合わせようとするばかりのY児のためには,あれこれと指示をし たり,無理に遊ばせようとしたりせず,一緒に待ってみる方が良いと思えた。
実際に,おしゃべりの合い間に玩具を手に取り,少しずつ試しては戻しながら,Y児自身が扱えそうなも のという狭い枠の中ではあるが,選び出すようになっている。
また,Y児との会話の中には,「今は雨だけど,本当は空の上は,晴れている」という表現のように,現 実に起きている事の裏側には全く別な世界,別な面がある,という二面性を意識させるような事が何度が出 てくる。それでも,「本当は晴れている」という希望を感じさせる面から,会話を通して,何とかY児と心 を通わせることができるのではないかという印象をもった。
(2)棚のおもちゃで遊び始めるY児 一6月後半〜9月一
玩具に手が出せるようになるとすぐに,ゲームに関心を示した。いくつかのゲームを行った中でも,特に パチンpに関心を寄せ,「何度やってもおもしろい」と言って熱中し,意外性を楽しんでいるようにも見え
荘司,他:吃音児の治療保育について 151
た。同様に,生き残りゲームもよく使っていたが,玉が落ちる毎に声をあげたり,解説したりと,はしゃい でいるような子どもらしい反応がみられ,玩具を媒介にしてではあるが,動きがみられるようになっている。
Y児にとっては,通志教室の玩具が,今までのY児の世界(固い枠組みの中から逸脱することを許されな い,意外性のない世界)にはない,新しい世界を見つけるひとつのきっかけとなっていくのかもしれないと 考えた。
(3>棚の前から離れて,自分の意志で動き始めるY児 一 10月〜12月一
Y児自身が,「絵がかきたい」と,はっきり意志を表わし,あふれ出るエネルギーを押えることができな いような勢いで,11枚もの絵を描くという場面が出てくる。この絵の中では,普通の顔と怒った顔という二 面性の表現が出ており,今後も形を変えてくり返し表れることになる。表面はtt良い子 でいるY児にとっ て表と裏は,常に意識せざるを得ない問題であろう。現実の,わんぱくな子ども集囲の中では,今までの良 い自分を持ち続けることは難しいであろうが,違う世界の良さも味わって欲しい と思う。
この日を境にして棚の前からは遠ざかり,担当者と一緒に遊んだり,ノ」\集団の中にも入って行ったりする ようになっている。在籍園でも同じような様子をみせている。
また,粘土遊びの中でへびを作り,嫌がる担当者に押しつけて喜んだり,共同作業で街づくりをしたりす る様子から,プレイルームの中では,かなり自由に動けるようになってきていることを感じる。幼児期の吃 音については,話し方の指導ではなく,心を解放できる環境を整えていく事の方が大切であると言われてい るが,Y児についても,園生活が落ち着き,母親も安定してきている2学期の姿を見ると,このような,遊 戯療法的なかかわり方が有効ではないかと思われる。
(4)全身を使って遊び始めるY児 一1月〜3月
就学が近づくにつれ,母親の方が不安定になり,家庭内での反抗という形で表面化してくるが,反抗期の なかったY児にとっては,自我が芽生えてきた時期とも言えるのではないだろうか。
この時期は,好んで大型のブロックを組み立てたり,ダイナミックな絵を描いたりしてはいるが,表現さ れる内容は,窓のない家や超能力波で撃ち落とされてしまう飛行機糸で縛られてしまう人間など身動きの 取れないものばかりである。しかし,棚の前で腕組みをして何もせずにいたY児が,担当者の手を借りずに 家を紬み立ててみたり,戦いをテーマにしたような絵を描いたりするようになってきた事は事実であり,自 分の気持ちを表現しながら,Y児なりに戦っているとも言える。
そして,通級最終Hには,自らの意志で粘土の作品を作っていく。ここにも,戦闘機のような飛行機が出 来,まだまだ戦いが終わらないことを感じさせるが,隣りには,上を向いて寝ているような身替りロボット
もいる。このロボットは,自ら動くことのできなかった,これまでのY児を思わせ,それをプレイルームに 残して行った事は,就学を前にしたY児なりの旅立ちとも受け取れる。
まだ,戦闘機でなければ飛んで行けないほど,いろいろな問題は残されているが,身替わりを置いて,と にかく出発しようとしているY児の力を信じたい。
6.お わ り に
見えないものを見たり,感じたりすることの難しさを,子どもと接する中で機会あるごとに感じてはいた が,Y児とかかわりをもっことになったこの一年ほど,しみじみとそのことを考えたことはなかったのでは ないだろうか。
手に取って見ることのできない心の中を,外側から見ることのもどかしさは,担当者の未熟さから来るも
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のであろうが,動き出せずにいるY児と手を出せずにいる担当者とが,少しずつ歩みより,一緒に考えなが ら歩いてきたとも言える。
幼児期の吃音は,周囲の環境を整え,幼児自身の心の解放が何よりも必要である,という考えに立って,
できるだけY児の心に近づいていくつもりではいたが,実際は,ほんのひと時を過ごした程度であり,問題 の解決には至っていない。通級学級のシステム上,3月以後のかかわりは持てないが,就学後もひき続き,
小学校のことばの教室に通うことになり,Y児にとっても,よりどころとなる場所を確保することができた。
Y児の今後に期待すると共に,担当者自身も更に研修を深めていきたいと考えている。
参 考 文 献 宮本茂雄・柚木醸編(1982)『講座障害児の発達と教育5 言語』学苑社
ヴァンライパー,C.(田口恒夫訳) (1967)「ことばの治療 一 その理論と方法 一』新書館 内田伸子(1986)「ごっこからファンタジーへ 一 子どもの想像世界 一』新曜社