原子力施設の立地と地域農業
一統計と事例が語る「負の相関」一
河 野 直 践(茨城大学人文学部社会科学科助教授)
1.はじめに一本論の目的と方法 ところでこうした問題については,上述のよう な雰囲気の中で農業経済学者らによる先行研究が 原子力施設が集中立地している茨城県では, 皆無に近い実情にあるが,原子力施設の計画地点 JCO事故によって県産の農産物販売に深刻な の住民たちの間では,しばしば議論されてきたこ 打撃が生じ,影響はまだ完全に消えたとはいえ とである。たとえば宮崎県串間市では,原発を建
ない実情にある。他県でも,原子力施設のある
地点の農産物や海産物が,放射能汚染などへの 図表1 串間原発問題で住民側が作成した図表の一つ 不安から販売不振に陥った例が存在してきた )。 550
そのために,原子力施設の立地に対して農業者 串間市
や漁業者が反対しているところも各地にあるが, 500
農業経済学者などの間では,こうした問題にほ 450
とんど関心を示さなかったり,議論を避けよう 400
とする雰囲気が支配してきたように思われる2)。
そこで筆者は,JCO事故を一つの契機とし 350 ト,文献や統計の整理・聞き取りなどをとおし 指300
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て,原子力立地と地域農業の関係についての研 数 / \\ 浜岡町 〜/ へ (浜岡原子力)
250
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膜フが与えた地域農業への影響評価,原子力施 200
ンの事故や汚染がもたらす食料や農業への影響 150評価,農業と原子力との「共存」路線の妥当性
]価などといった問題群からなるが,研究を通 100
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して浮かび上がってきた事実の一つに,多くの 7143
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にあるという問題があった。加えて,これらの 資料:串間市地域農業振興会.串間に原発をつくらせない市民連絡 地点では農業経営が各種の要因によって厳しく 会「串間市と原子力発電立地市町村の農業生産性の比較分析」
なるなかで,環境リスクの大きな原子力施設の より抜粋・
注:この図は、「串間市と原子力発電立地地域の農業粗生産額の推移受入れがなされ,それがさらに地域農業の衰退 比較(昭和43年を100とした指数のグラフ,資料:農林水産省
に追い打ちをかけるという形で,ある種の「悪 統計調査部「生産農業所得統計」市町村別生産農業所得統計に 循環」が生じていると思われた。本稿は,かか よる)と題して掲載されており・他にも同地点における生産農 る視点での筆者の一連の論文3)を踏み台にしっ 業所得1戸あたり生産農業所得・農業専従者1人あたり生産
農業所得の推移を比較したグラフなどが掲載されている(いず っ・それに統計分析や実態調査などを加えて・ れにおいても,串聞市の伸びに他地点が及ばないことが示され この問題を具体的に論じたものである。 ている)。
設しようとする当局側が1994年に,既存の原発立 つようになる。多くの地域で拡大路線がそれなり 地点(静岡県浜岡町)では顕著な農業振興が実現 に可能であった時代から,産地の底力が大きく問 されているとする資料を作成して全戸に配布した。 われる時代に転換したことを念頭に,データを見 ところが,農業高校の元教員などを含む住民たち ていくことにしよう4)。
がそれを検証したところ,データの改ざんが行わ 図表2では,稼動中の原発などがある自治体の れていて,実際には農業が衰退していたことが判 農業粗生産額について,1998年時点のそれと,15 明した。図表1は,住民側が公開質問などのため 年前にあたる1983年時点のそれを比較してある5)。
に作成・公表した資料の一部だが,当局者である もっとも,農業粗生産額はその年の気象条件や作 電源地域振興センターは,公的データの改ざんに 柄・市況によってかなり変化するから,ここでは よる悪質な虚偽宣伝だとする住民側の批判を認め, 当該年とその前後の3年間の相加平均を出してみ 陳謝するに至ったのである。 た。具体的には,当該市町村の農業粗生産額につ
こうした事例の存在に照らしてみるならば,本 いて,82〜84年の3年間の平均と97年〜99年の3 稿の問題提起は必ずしも新鮮なものではないかも 年間の平均を出し,それにもとついて増減率を計 しれない。とはいえ,かかる虚偽宣伝が堂々と行 算した。そして,これと当該市町村のある県全体 われていることの背景に,研究者の無関心や怠慢・ の数字や全国の数字を比べたときに,当該自治体 逃避があるとするならば,それは大いに問題とい のほうが上回っている場合には,それぞれ◎と※
わねばならない。地域の農業者や住民が問題とし を付してある(県や全国の増減率についても,同 ていることを,正面から取り上げて分析すること 様に3年間の平均をとった)。表には,98年時点 こそ研究者の責務であろう。本稿は全体としては の1戸あたり生産農業所得と,10アールあたり生 荒削りなものであり,全国各地のより詳しい実態 産農業所得,県平均・全国平均との比較も掲載し 調査に待つべき点も少なくないとは思うが,かか (これについても3年間の平均をとり,県平均・
る問題意識に立って筆者がさしあたりの範囲でま 全国平均を上回るものに◎と※を付した),さら とめた,一つの問題提起にほかならない。 に現在の主要作目と15年間の作目の推移について
コメントを加えておいた。
2.ふるわない原子力施設立地点の農業 第一にわかるのは,大半の原発立地自治体にお 一一搆vによる概観 いて,農業粗生産額の推移が県平均や全国平均を
下回っていることである。第二に,98年段階の生 まずは串間市の住民たちにならって,原子力施 産農業所得は,1戸あたりでみても10aあたりで 設のある自治体の農業がどう変化したか,「生産 みても,全国平均・県平均を上回っているのは少 農業所得統計統計」を利用して,1998年時点のぞ 数にすぎない。串間市の住民たちが指摘したよう れと,15年前にあたる1983年時点のそれとを比較 に,原発の立地点では農業が衰退しているところ してみよう。 がほとんどなのである。なかには,北海道泊村や 15年前の農業といえば,滅反の拡大などのなか 宮城県女川町のように,農業がほとんどなくなっ で作目再編が進みつも,全体としてはそれなりの てしまったところもある。これらは,第1次産業 成長が維持されていた時代であった。ところが80 といっても漁業が中心で,農業はもともと少なかっ 年代後半以降になると,農産物の輸入自由化の影 たところだが,実際には漁業もまた衰退したため 響を受けて日本農業の趨勢としての衰退が決定的 に,地域の第1次産業全体が顕著に衰退する結果
になってくる。加えて地域間・産地間の格差も拡 となっている6)。
大し,農業の衰退が著しいところと,維持されて むろん,表のなかには県平均や全国平均の動き いるところや伸長しているところの格差がきわだ を上回る実績をみせている自治体も4つあるが,
河野:原子力施設の立地と地域農業一統計と事例が語る「負の相関」 3 潔 。 騒
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これらも仔細に見れば問題がある。まず,青森県 力施設や関連企業の立地,周辺整備にともなう農 六ケ所村では90年代初め頃まではたしかに農業は 地そのものの減少のほか,上述したような労働力 上昇曲線を描いていたが,核燃施設の稼動が始まっ の減少や営農意欲の低下を背景とした耕作放棄の た90年代半ば以降には,後述のように県平均や全 増加などが考えられる。また表には示さなかった 国平均よりも激しい落ち込みに転じてしまってい が,原発立地点における農業粗生産額の推移を作 る。第二に,宮城県牡鹿町の農業生産の大半は企 目別に詳しく見ていくと,当地の伝統的な基幹作 業養鶏によって占められていて,その成長はもっ 目がじわじわと落ちこむかたわらで,それに代わ ぱら企業養鶏の規模拡大によっている。したがっ る新たな作目が育たず,結果として生産額全体が て,それ以外の作目においてはほとんどみるべき 落ちこむ現象が共通してみられる。それは,後述 ものがなく,地域農業の振興が全体として図られ するように原発計画をはね返した地点では,新規 ているとはいえないのが牡鹿町の実情だし,福島 作目の積極的な伸長が観測されるのと鋭い対照を 県富岡町の場合も同様に,企業養鶏の顕著な成長 なしており,営農意欲そのものの低下を強く物語っ にもっぱら依存した数字である。つまるところ, ている。
佐賀県玄海町において肉牛が大幅に伸び,果実と 新規作目が育たない背景には,労働力や土地の 野菜も増加しているのが,唯一の例外といっても 減少が影響している場合もあろうが,後述のよう 過言ではないのが真相である7)。 な風評問題なども含めて,環境リスクの大きな施
ところで問題は,なぜにかくも農業が衰退して 設の立地そのものが農業者の意欲をくじいている しまったのかという点にあるが,図表3ではこれ 面もあると思われる。とくに問題なのは,新規作 らの市町村に関して,国勢調査や農業センサスか 目を伸ばしていくには産地名を前面に押し出して らいくつかの数値を拾ってみた(さきと同様に, 積極的に売り込む姿勢が既存の作目以上に必要で 80年と95年の数字を拾って両者の比を出すととも あるにもかかわらず,原子力施設の立地点では産 に,これと県平均・全国平均のそれを比較して, 地名を隠す傾向がみられることである。「産地に
◎と※を付した)。 は寿命がある」とか「産地は移動する」などとい まずわかるのは,人口や農家戸数はそれほど減 われるように,伝統作目の衰退にかわって別の作 少しているわけではないということである。とこ 目が伸長するという交替劇が繰り返されるのが元 うが,「60歳未満の男子専従者のいる農家」の欄 来一般的であるほか,産地間競争が激化している を見ると,農業労働力の減少が県平均や全国平均 昨今にあっては,産地名を隠すようでは地域農業 以上にひどいところが大半で,とくに泊村,女川 の衰退はもはや避けられまい。以下では,青森県 町,楢葉町,東海村,柏崎市,刈羽村,敦賀市, 六ケ所村をとりあげて実情を詳しく見ることにし 高浜町,大飯町,鹿島町,川内市では15年間で4 よう。
分の1以下に激減している。過疎化や高齢化の著
しい地域に原発が作られていることも背景の一つ 3.原子力施設の立地と地域農業の実情 にはあろうが,人口や農家戸数じたいが減ってい 一青森県六ケ所村の場合
るわけではないこともあわせてみると,原子力施
設や関連企業,建設業やサービス業などに労働力 六ケ所村は原子力施設の立地点としては最も新 が誘引されて,農業労働力が不足しているものと しい事例だが,原子力施設の中でも最も危険とい 思われる。 われる再処理施設をはじめとして,高レベル廃棄 第二には,経営耕地面積の減少が共通して見受 物貯蔵施設,低レベル廃棄物埋設施設,ウラン濃 けられ,とくに泊村,六ケ所村,女川町,牡鹿町, 縮工場といった一連の施設が集中立地されている 敦賀市,川内市で顕著である。原因としては原子 ところである。さきの図表2では,他地点と比べ
河野:原子力施設の立地と地域農業一統計と事例が語る「負の相関」 5 虫
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ると地域農業の維持・発展が比較的はかられてき に買収されて反対同盟も条件闘争に移行したが,
た地点だが,それだけに地域の急激な変貌のなか 誘致が成功したのは石油備蓄基地だけで開発は失 で農業が近年受けている影響には大きなものがあ 敗し,開発当局は負債にあえぐこととなった。
り,農業者の対応についても典型的なものをみて 核燃基地の受入れ先を求めていた電事連からの とることができる8)。 要請(1984年)は,こうしたなかでのものであっ
1889年に旧六村の合併によって誕生した六ケ所 たから,村も県も渡りに船と受入れを決定したが 村は,海面漁業や内水面漁業が盛んな土地で,そ 県民には不安が広がった。とくに目だったのが農 れを補完する形で農業が営まれてきた。だが昭和 業者の動きで,農産物が売れなくなるとの不安か 初期を最後に,地引網などが不振になってイカ釣 ら反対運動が展開され,88年には県の農協組織と りに変わるとともに農業への転換がすすんで,と しても核燃反対を決議した。しかし,六ケ所村で くに戦後は開拓農業地帯へと変貌した。当地に県 は土地は既に売却されていたために農民の反対は 主導の「むつ小川原開発」計画が浮上したのは19 弱く,村内の農協と酪農協は核燃推進の立場をとっ 60年代末のことであったが住民のあいだには農 た9)。村内で反対の声が最も強かったのは,村で 漁業を守る立場で反対する声が強く,村長や村議 最も人口が多くイカ釣りなどの漁業が盛んな泊地 会も反対を表明していた。しかし,麦・とうもろ 区で,実力行動を含む漁民の抵抗が続けられた。
こし・豆・いも・ビート・菜種などの畑作物は輸 だが核燃の受入れが争点となった1989年の村長 入自由化や価格の不安定などのために不振が続き, 選挙では,受入れ側に立つ現職に対して独自の反 米も減反が始まるなかで土地を売却する農民が増 対候補を擁立するか,凍結を掲げる反現職派の支 加し,1973年の村長選挙では現職で開発反対派の 援に回るかで分裂した。結果は凍結を掲げた庄内 寺下村長が賛成派候補に敗れて,村当局も推進姿 酪農協の組合長・土田氏が当選したが,氏はほど 勢に転じた。70年代の終わりには用地の大半が県 なく受け入れへと態度をかえたために核燃の建設
図表4 六ケ所村の農業粗生産額(作目別)の推移
(1,000万円。青森県と全国は1億円)
雑穀 農業粗生産額(3年平均)
年 米 麦
豆 芋 野菜 果実 花卉 工芸 種苗 養蚕 畜産i(おもな内訳) 加工 合計
六ケ所村 青森県 全 国
乳牛179
1978 125 0 9 9 33 0 9 7 204i豚 14 396 385 2,969 103,254 肉牛 9
1983 43 7 18 33 2 0 乳牛203
Q46i 豚 16
@ 肉牛 25
347 (▲3.4)
@372
(10.2)
R,271
(7.6)
P11,153
1988 20 3 14 97 2 0
乳牛2052741
@ 肉牛 52 411
(20.4)
@448
(▲9.7)
Q,955
(▲4.1)
P06,613
1993 1 15 157 0 1 295i乳牛245 469 (15.0)@515
(8.6)
R,209
(2.6)
P09,369
1998 17 2 17 137 4 2 0 1
Q21i乳牛188 399
(▲20.8)
@408
(▲12.5)
@2,809
(▲10.6)
X7,761
資料:「生産農業所得統計」にもとづき,筆者が整理したもの。
注:1)左欄(作目別と合計の額)は,その年のみの数字をとったもの。
2)右欄(六ケ所村・青森県・全国の3年平均)は,当該年とその前年,後年の加算平均をもったもの。
3)右欄の( )内は,その5年前の金額と比べた場合の増減割合(%)。
、
河野:原子力施設の立地と地域農業一統計と事例が語る「負の相関」 7
が始まり,既成事実の積み重ねのもとに反対運動 農民の運動は大きく後退した。さらに隣接の東通 は急速に力を失っていった。現在,村議会では核 村では原発も建設中で,一帯は巨大な原子力基地 燃に反対する議員はおらず,反対運動もほとんど 化しつつある。
行われなくなっている1°〉。 こうしたなかで,六ケ所村の農業はどのように いっぽう,県内の農民の反対運動は,89年の参 変化したか。図表4から読み取れるのは,70年代 議院議員選挙で核燃に反対する社会党推薦の候補 後半には落ち込んだ農業粗生産額が,80年代初め を現職にかえて当選させるなどの盛り上がりを見 から90年代初めにかけては県平均・全国平均を上 せた。しかし,天王山と位置づけていた91年の知 回る勢いでいったん回復したのち,90年代半ば以 事選挙では反対派の候補を当選させるに至らず, 降は逆に県平均・全国平均を大幅に下回る顕著な 工事が始まったために運動は勢いを失った。95年 縮小へと転じたことである。作目別にみても,近 と99年の知事選でも反対派は敗北したほか,92年 年は基幹であった野菜と酪農の双方が落ち込む一 にはウラン濃縮施設と低レベル廃棄物埋設施設が 方で,新たな作目もまったく育たないなど,核燃 95年には高レベル廃棄物貯蔵施設がそれぞれ操業 の稼働を境に村の農業は顕著な衰退に向かってい
を開始し,再処理工場も建設工事が進むなかで, る。
図表5には人口動態 図表5 六ケ所村の地域経済と農業の変化
や農業構造の変化をま
(人) (人・%)産業別就業人口
年
(ha)
k地面積 とめたが,70年代後半
年 人 口
1次蝶蘇…籏譲一 ・次﨑 3次産業 1972 5,450 と90年代に大きな変化 受けたことがわかる。
1975 11β21 (1亀1魏li(α鯉1 瑠i噛 (22.0)P,046 70年代後半には,むつ
ャ川原開発によって土
1980 11,104 (論ll欄li(α贈1 (22.5)(19.3)
@ 934
(29.4)
P,418 1982 3,690 地が大きく減少すると
1985 11,003
(歪長}8亭 i (子皇,…恩9i (o。ζ乙i (1r≧暮6 諜i囎 (36.9)
P,712
ともに,1次産業従事 メが減って建設業を中
1990 10,071 (総(掘i(qlli(零1 様i瑠 (38.5)
P,762 1992 3,980 心とする2次産業従事
1995 11,063
(1匿lli(脇i喩(搬 ;
(綿i(脇 (36.4)
Q,148 1998 3,590
者が増加した(ただし,
̲家数や男子生産年齢
(戸) (戸)専兼別戸数 (戸)販売金額別戸数 人口のある世帯の数は
うち男子生 維持され,販売金額別
年
専業i・兼i疎 188加…181芳円撫円i織上 の農家数も上層にシフ
トして農業の衰退には
1975 1師i 162 181i 525i 769 134i 85i 68i 18 直結しなかった)。90
1980 即i … 234i 394i 782 241i 147… 61i 71 年代も,再び耕地面積
が減るとともに1次産
1985 1,070i 179 1ggi 23gi 632 150i 136i 50i 101 業従事者がさらに減っ
1990 933i 147 16gi 168i 596 9・i 116i 46i 123 て,建設業などの2次
産業従事者が急増する
1995 618i 117 151i 162i 305 4gi 1・2i 63i 99 現象がみられたが,70
資料:国勢調査,市町村別耕地面積統計,農(林)業センサスにもとづき筆者が作成した。 年代と異なるのは,農 注・産業別就業人口の()内は,就業人口にしめる当該産業の割合(%)。 家数や男子生産年齢の
いる農家の数も減少したことである。販売金額別 るほか,91年以降は周辺自治体に居住する10名余 や専兼別でみても,1,000万円以上の農家が減る りの女性たちと,「ネットワークみどり」を組織 とともに100万円台層や第H種兼業農家も減るな して放射能測定も行っているが,まだ少数の活動 ど,農業の衰退は大規模農家と小規模農家の双方 で地域農業をかえるには至っていない。このほか,
で進行している。 91年には東京からの移住者が「六ケ所産直の会」
漁業の衰退も著しい。村内北部にある泊漁協の を設立して,首都圏の消費者との間でいくらや新 販売高は,1980年をピークに減少に転じ,南部で 巻鮭などの産直を試みたが,中心人物が引き揚げ
もむつ小川原港が建設されたために,内水面と海 たために,97年頃で終わっている。
面の双方でかなりの漁場が失われた。さきの図表 開発によって村の財政は豊かになり,2001年度 5にあるように,漁業就業者の数は顕著な減少を の村の一般会計予算も110億円と20年前のほぼ3 続けた結果,今では298人(就業者全体に占める 倍で,自主財源の割合は73%に達している。村民 割合では5%)になってしまった。24時間連続の の間にはJCO事故などで不安をもつ人も増えて 工事が行われている再処理工場の1日あたりの労 はいるが,当面の経済効果のもとで反対の声は出 働者は6,000人にのぼるといわれ,建設関係など にくい状況にあり,それは核燃の建設工事などで のてっとり早い現金収入源にひかれて,農業も漁 六ケ所村に働きにきている人の多い近隣自治体に 業も働き手を失っている。 も及んでいる。核燃反対運動では近隣農協の青年 その一方で出てきているのが,農産物の販売不 部などが積極的な役割を果たしたが,世代交替で 振である。すでにしばらく前から六ケ所産の野菜 関心が薄れてきている一方,六ケ所村としては国 や牛乳などが消費者組織の間で売れない傾向があっ 際熱核融合炉(ITER)の誘致も行うなど原子力 たが,近年は市場関係も含めて忌避傾向が顕著に 依存をさらに深める方向にある。このように,当 なり,六ケ所産としては出荷しにくい状況となっ 地では各種の要因が複合しあって営農意欲が出て ている。それは海産物にも及び,核燃基地と東通 こない状況が作られており,今後の風評問題も考 原発に挟まれる恰好となった泊集落特産のイカも, えれば,さらにずるずると農業が衰退していくこ JCO事故を境に他よりも安値でしか取引されな とや近隣にも悪影響を及ぼすことが懸念される。
い事態が生じた。そのもとで生じているのは,村
名を表に出さないようにすることで被害から逃れ 4.地域農業をめぐる「悪循環」の構図 ようという方向であり,JCO事故以後はとくに 一環境リスクの増大と地域農業の衰退 顕著になっているが,事態はさほど容易ではない
(六ケ所村農協は95年に広域合併して「とうほく ところで,風評問題という点ではJCO事故が 農協」となったので,野菜販売では六ケ所という 与えた茨城県農業への影響を抜きに語ることはで 村名は使われていないが,市場からは六ケ所産の きない。これについては既に別稿(註3)で論じ
ものは分けて出荷して欲しいとの要望がある)。 たので詳述は避けるが,1956年の原研立地に始ま むろん新たな動きもないわけではない。たとえ り,東海原発の運転開始(1960年),同第二原発 ば,開拓農家の出身で都会に出ていた女性(菊川 の運転開始(1978年),再処理工場の運転開始 慶子氏)が,核燃反対運動に刺激されて90年にU (1981年)と続く東海村の原子力開発は,もっぱ
ターンし,支援者とともに核燃に頼らない村つく ら上からの用地選定で始まり,村民や県民の間で りをめざして情報誌を発行したり,牛舎を改造し の十分な議論のないまま猛スピードですすめられ た宿泊施設を運営したり,13万本の無農薬チュー た。再処理工場の建設については,県議会や近隣 リップやハーブを植栽した「ハーブの里」を始め 自治体で反対決議がなされたりもしたが,地区整 たことがある。将来はNPO法人化をめざしてい 備と引き換えに行政は受入れに転じた。図表6は,
河野:原子力施設の立地と地域農業 統計と事例が語る「負の相関」 9
図表6 東海村の農業粗生産額(作目別)の推移
(1,000万円。茨城県と全国は1億円)
雑穀 農業粗生産額(3年平均)
年 米 麦
豆 芋 野菜 果実 花卉 工芸 種苗 養蚕 畜産i(おもな内訳) 加工 合計
東海村 茨城県 全 国
1978 84 9 4 35 72 6 0 3 3 ・矯牛1 7 230 235 4,677 103,254
1983 80 14 6 39 95 7 0 3 3 ・・騒蒲 37 286 (24.3)
@292
(10.7)
T,179
(7.6)
P11,153
1988 58 10 6 44 88 6 1 3 ・凝牛} 51 269 (▲7.8)
@272
(▲7.5)
S,840
(▲4.1)
P06,613
1993 77 6 3 55 76 6 0 1 5i牛肉 4 96 326 (23.2)@335 (▲11。5)@4284
(2.6)
P09,369
1998 60 4 3 42 64 7 0 1 5i肉牛 4 59 243 (▲24.8)@252
(6.5)
S,561
(▲10.6)
X7,761
資料:図表4に同じ。
注:図表4に同じ。なお作目中,加工の大半は干し芋と思われる。
この間の東海村の農業粗生産額の推移を作目別に たがらない傾向が以前からあったが,JCO事故 みたものである。東海村は,原子力施設立地点の はそれにさらに拍車をかけており,このままでは なかでは農業が比較的維持されてきたほうではあ 営農意欲がさらに後退することが懸念される。
るが,やはり新たな作目が育っていない実情が読 むろん一方では,こうした実情に対抗しようと み取れる。 する動きも東海村で生まれている。一つには,動 こうしたなかで起きた99年のJCO事故は,東 燃事故を受けて「脱原発とうかいi塾」が97年にで 海村や近隣…の農産物販売に大きな打撃を与えた。 きたり,2000年には原発反対派の村議が誕生した 農産物の放射能汚染は実際には軽微で,しかも短 り,JCO事故の被害認定などをめぐる当事者や 寿命の核種がほとんどだったが,当初は情報がほ 国の対応を不満とする住民が「臨界事故被害者の
とんどなかったり情報公開の方法が不適切だった 会」を組織して交渉を継続するなど,原発の是非 ことも手伝って,取引停止やその後の売行き不振 を正面から問うたり原子力行政のあり方を厳しく は県産の農産物に広く及んだ。99年度のうちに東 間う動きが生まれたことである。これらの人々の 海村の農家400戸は7億円を,茨城県農協中央会 なかからは,脱原子力に向けた町づくりの柱に農 は3億円をそれぞれJCOに賠償請求するなどし 業を位置づけて自主耕作を始めたり,学校給食へ たが,当地では農協扱いによらない販売も多く, の地元食材の使用を求める動きも出てきているほ 因果関係が不明確であるなどのために請求をあき か,さらに別の動きとして,原発反対派ではない らめたものも多いと思われるほか,その後の販売 が,農業青年らによる農業活性化の試みもみられ 不振による被害はそれには含まれていないから, る12)。
これらの数字は氷山の一角にすぎないと思われる。 以上では原子力施設の既設立地点として六ケ所 事実,2000年12月に茨城大学地域総合研究所の と東海村の実1青を述べたが,新規立地点として準 手で行われたアンケートでは,農産物販売への悪 備が進められているところの農業や,計画が住民 影響がかなり遠隔にまで及んだこと,事故から1 の反対によって中断されたり撤回されたところの 年以上経過した時点でも取引や価格が回復してい 農業も比較対照してみると,さらに興味深い現象 ない農家が東海村や近隣ではかなりあることなど が観測される。図表7と図表8は,さきの図表2 が明らかになった11)。当地にも産地名を表に出し と図表3と同じ項目について,これらの対照地点
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