児童・生徒の科学概念の形成に関する研究
石川 豊*・高瀬 一男*
(1990年9月14日受理)
AStudy of Children s Understand量ng of Scientific Concepts
Yutaka I smKAwA and Kazuo TAKAsE
(Received September 14,1990)
は じ め に
子ども達に科学的な考え方を身に付けさせるために,教師はまず子ども達に科学概念を身に付け させる必要がある。教師が子ども達に科学概念を身に付けさせるには,子ども達の認識(概念)の 実態を知らなくてはならない。それは,子ども達(人問)が授業で得られた情報をそのまま記憶す るのではないからである。新しい情報は既存の情報を活性化し,子ども達は活性化された情報の集 合から最終的な概念を推論するユ)。そのため,授業前に子ども達がどのような認識を持っているの かを知ることは子ども達が科学概念に到達できるような教材やその提示の仕方,グループ分けを考 えるうえで必要不可欠なのである。子ども達の認識の実態を知らずに授業をしても,子ども達の認 識を科学概念に変えることは難しい。
子ども達の概念(認識)について研究したものには,水の状態変化に関するもの2),降雨に関す るもの3),電流に関するもの4),力に関するもの5)等がある。しかし,事象の仕組みとか理由を聞 いているものがほとんどで,児童・生徒が用語をどのように理解しているかを研究したものは少な い。教師の説明は用語を使って行なわれるが,用語の意味を教師と児童・生徒が同じ範疇で理解し ているとは限らないので,指導の際にそこから生じる問題も多いはずである。
そこで,本研究は,雨の降る仕組みと水の凝結の理由,そして, 「蒸発」という用語の意味につ いて子ども達がどのように理解しているのかを調査,考察するものである。
調 査方 法
1.調査対象
調査対象は,茨城県内の公立小中学校の小学4年生から中学3年生までの子ども達である。
*茨城大学教育学部理科教育研究室.
調査対象は,具体的に示すと次のようである。
A小学校
4年 男子 84名 女子 82名 計 166名 5年 男子 82名 女子 68名 計 150名 6年 男子 94名 女子 72名 計 166名 B小学校
4年 男子 81名 女子 79名 計 160名 5年 男子 62名 女子 74名 計 136名 6年 男子 98名 女子 116名 計 214名 C中学校
1年 男子 128名 女子 133名 計 261名 2年 男子 141名 女子 136名 計 277名 3年 男子 137名 女子 126名 計 263名 D中学校
1年 男子 46名 女子 49名 計 95名 2年 男子 34名 女子 49名 計 83名 3年 男子 43名 女子 55名 計 98名
合計 男子1,030名 女子1,039名 計 2,069名
2.調査の時期
調査は,平成元年10月下旬に実施した。この時期には,小5は単元「氷・水・水蒸気」,中2は 単元「状態変化」,中3は単元「空気に含まれている水蒸気」をそれぞれ履修済みである。
3.調査問題
実施した調査問題を次に示した。
質間ユ
雨はどのようにしてできると思いますか. 質局2 氷をいれたコツブの外側に水がつきました.
どうしてだヒ思い塞すか。
藁一・_,・ 6 , ●? ∴:.
6 .
質問3 「水が濯亮する」といい塞すが.これは水がどうなることだと
で婁る曙けくわしく書いてください.
馨い塞すか.
図1
調査結果および考察
1.降雨の仕組みについて(質問1)
降雨の仕組みについて授業で学習するのは中2の3学期である。しかし,中2と中3を比べても 特に変化があるとは思えない。ただ,中1と中2の問には変化が見られる。特に「水蒸気が冷えて 雨になる」という回答の増加が目立っている。これは中1で学習する「状態変化」の影響が大きい
と思われる。「状態変化」は降雨の仕組みについて直接学習する単元ではないのだがそれが結果 に表われたのは興味深い。したがって,「状態変化」の学習内容が降雨の仕組みを理解するうえで 重要であるといえるだろう。しかし,同じような学習内容である小4の「水・氷・水蒸気」におい ては,その影響はあまり見られない。いずれにせよ,降雨の仕組みは定着させるのが難しいと考え
られる。
表1 質問1における各回答の割合
小4 小5 小6 中1 中2 中3
水蒸気が雲になって降る 18.9 13.8 26.5 24.4 16.5 20.1
雲から降る 11.6 7.4 5.7 10.7 5。2 3.2
雲に水蒸気がたまって降る 13.3 13.8 10.9 14.2 13.O l3.3雲がとけて降る 6.4 3.5 L6 3.1 0.0 1.2 雲が冷えて降る 0.0 6.4 5.6 5.8 7.8 10.0 水蒸気からできる 16.1 14.2 19.5 8.9 9.6 9.6 水蒸気が集まってできる 6.4 8.9 8.1 4.9 4.8 0.0 水蒸気が冷えてできる 0.4 6.4 7.2 6.7 20.9 18.1 チリを核としてできる 0.0 1.1 1.6 0.9 1.3 6.8 露点という用語を用いて説明したもの 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 4.4 その他 26.9 24.5 16.5 20.4 20.9 13.3
数字は%
新指導要領では,小4において,この質問の内容に関する学習が新たに加えられたので,その学 習を通して,子ども達の認識が今後どのように変化するのか興味のあるところである。
2.水の凝結について(質問2)
科学的な考え方である「空気中の水分が冷やされてコップの表面に付いた」という回答をレた子 どもは,「空気中に水が存在する」という概念を持っていると考えられる。子ども達特有の考え方 として,最も多かったのは「コップのなかの水がコップの表面についた」というものであった。そ して,コップのなかの水が表面に付く方法としては「コップを通り抜けてつく」や「コップのなか の水が蒸発してつく」といったもの等が挙げられている。それらのことから,子ども達特有の考え 方をする子ども達には「空気中に水が存在する」という概念がないということになる。学校の授業 では,前者の科学的な考え方が身に付くように指導することになる。
表2を見ると,「空気中の水分が冷やされてついた」という回答の割合は中1から中2の間で他
の学年間よりも大きく増加している。また,中2と中3の問では「露点に達したから」という回答 に違いがみられる。このため,中1と中2で「空気中の水」に関する学習効果が認められる。しか
し,小4と小5の間には特定の学習効果が認められない。
表2 質問2における各回答の割合
小4 小5 小6 中1 中2 中3
空気中の水分が冷やされて付いた 5.3 14.2 19.0 20.5 34.8 29.7コップの中の水が付いた 25.6 21,1 16.6 10.5 5.3 2.3 空気が冷えると付く 53.4 60.0 55.8 48.1 44.1 31.2 露点に達したから 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 29.3 その他 15.6 4.9 8.6 20.9 15.9 7.5
数字は%
概念の学習にたいして「つまずき」を起こす原因として,科学概念を形成するために必要な認知 能力(論理操作)が欠けていることが報告されている6)。また,小4は具体的思考の段階であり,
論理的思考は小6の頃からできるようになると言われているη。本研究の結果とこれらのことから 考えると,小4で水蒸気について学習するのは早すぎると思われる。
ところで,子どもが水蒸気の概念なしに,この質問のような事象を見せられて,教師に「空気が 冷やされると,空気中の水分は水に戻ってしまう。それがコップにつくのですよ。」と説明された らどうなるのだろうか。ここで,子どもは既知の知識として,水蒸気の概念を持っていないのだか ら,「空気中の水分」という部分は頭に残らないということになる。その結果,子どもの頭のなか で教師の説明は「空気が冷えるとコップに水がつく」に変えられてしまうことが考えられる。学習 心理学でも「新しい知識と既知の知識との間に,ある意味が成立していることが学習には不可欠で ある」8)と言われている。
ここでは,「空気が冷えるとコップに水がつく」や「コップとその周りの温度が違うとつく」な どがそれに当たり,科学的な考え方を身に付けるという立場からは望ましくない回答といえる。こ の回答の割合を表2で見ると,小4と小5の間で増加し,その後は減少している。この結果は,小 4の「水・氷・水蒸気」の単元が科学的な考え方を身に付ける際の障害となり得ることを示唆して
いる。
「露点に達したから」という回答は中3の子どもにだけ見られる。 「露点」という用語は,それ 自体に空気中の水の存在という概念を含んでいるので,この回答は望ましいものと思われる。しか し,子どもが露点の意味を正しく理解せずに用いている場合には,望ましくない回答ということに なってしまう。このように「露点に達したから」という回答には大きく分けて2つの場合が考えら れる。この回答をした生徒のうちの何割が露点の意味を正しく理解しているのかは,本研究の調査 では分からないので,今後明らかにされるべき課題として残される。
3.用語「蒸発」の意味について(質問3)
学年が進むにつれて,著しく増加しているのは「気体になること(水蒸気になること)」という
回答である。しかし,これは蒸発に関する授業をしたあとに特別に増加するという傾向はない。そ
のため,児童が「蒸発する」ということを「気体(水蒸気)になる」ことだと解釈するようになる のは,特定の学習によるものではないと思われる。しかも,これに関する類似の研究では9),蒸発 について正しい概念を持っている子ども達は非常に少ないという結果を得ている。よって,「蒸発 すること」を「気体になること」と答えた大部分の子ども達は,ただ単に言葉を覚えただけと考え ることができると思われる。
表3 質問3における各回答の割合
小4 小5 小6 中1 中2 中3
なくなること 23.2 26.7 16.3 16.9 7.8 8.3
乾くこと 10.2 6.0 5.1 3.3 1.3 1」
気体(水蒸気)になること 7.1 27.6 42.9 58.4 64.1 65.0 湯気になること 14.6 6.g 6.g 3.6 1.3 0.6 空気になること 1.6 3.9 3.6 12 2.2 1.7 空気に出ていく・小さな粒になること 6.3 9.5 6.6 5.4 15.3 16.4 上にあがること 6.7 7.8 6.0 3.3 2.3 2.9 沸騰すること 3,9 3.0 1.8 3.0 0。7 0.0 その他 26.4 8.6 10.6 4.8 4.9 4.0
数字は%
それでは,水蒸気についての学習では子ども達に何の影響も与えていないのかというと,そんな ことはない。「湯気になること」という回答の割合は,「水・氷・水蒸気」の学習をする前と後の 小4と小5で比べると,小5の方が減少している。ただし,これも概念としては変わらずに,言葉 の使い方を改めただけかもしれないという疑問も残る。ほかには「なくなること」という回答が小
5において若干ではあるが増加していることである。教師の立場からすると,これは減少してほし い回答である。これが増加しているということは,蒸発という事象を子ども達に提示する方法に何 か問題があるということになる。似たようなものに「沸騰すること」という回答もある。いずれも,
目に見える情報だけをもとに蒸発を考えてしまっているところに問題の原因がある。やはり,具体 的思考段階の子ども達が目で見ることができない事象を学習することは困難であると思われる。
このように,子ども達は小4の「水・氷・水蒸気」の学習で,蒸発という概念について十分な理 解を持つことができないでいることが分かる。教師はこういった現状を踏まえて指導法等を考えて いく必要があると思われる。
4.指導法への提案
教科書会社の指導書1°)11)を見ると,小・中学校の実験を行なう授業の一般的な流れは,まず,教 }
tによる問題の提示,次にそれを確かめるための実験最後にまとめというようになっている。子
ども達は実験によって,彼ら特有の概念(既有知識)に基づいて事象を理解したり概念を変容させ
たりする。そのあと,科学概念(理論)は最後のまとめで初めて子ども達に示される。大部分の子
ども達はそれまで,科学概念を知らないわけだから,観察は自分たち特有の概念によって行なうと
いうことになる。こうして,子ども達は科学概念を通して得たものとは異なる概念を形成する。子
ども達は学習活動に関して自分自身のねらいを作り上げ自らの結論を導き出す12)と言い換えること
「このようなことが分かったでしょう」と言う。しかし,子ども達にしてみれば,科学概念によっ て事象を観察したのではないから,当然そんなはずはない。科学者は科学理論を実験によって,概 念の検証を繰り返すことによって生み出す。授業で,子ども達はやはり科学理論を生み出すことを 期待されている。ところが,このとき子ども達が持っている概念は科学者の持っていた概念とは異 なる場合が多い。このように,科学者と子ども達では出発点が違う。それでも両者が同じ結論に達 するとか,あるいは同じ見方ができると思う人はいないだろう。それに,低学年であればあるほど,
授業の前に科学概念を持っている子どもは少ないと考えられる。しかも,論理的思考能力のない段 階の子ども達では,事象を観察しながら自ら科学概念へと到達できる子どもは少ないと考えられる。
現在,小・中学校で行なわれている前述の一般的な授業の流れは,論理的思考のできる子ども達 にとって,あるいは自ら考える態度を身に付けさせる場合には良いかもしれない。しかし,具体的 思考の段階の子ども達が水蒸気のように目に見ることのできない事象を学習するには良い方法とは 思えない。
具体的思考段階の子ども達(以下,子ども達と表わす)が抽象的な科学概念を身に付けるために は,科学者と同じプロセスか,あるいはそれを省略したプロセスで学習すべきであると思われる。
しかし,一つの科学概念を半年とか一年とかの時間をかけて学習することが不可能な現状にあって は,多くの場合,子ども達が自分達の概念に検証を加えて科学概念にたどり着くのは不可能である と考える。それゆえ,抽象的な内容の指導に当たっては子ども達に科学概念を最初に与えた方が良 いのかもしれない。それによって,子どもは自分特有の概念と科学概念を同時に持ち,観察するこ とによって,自分の概念の矛盾に気付き,科学概念を定着させることができるようになるのではな いだろうか。
お わ り に
本研究では,降雨現象を科学的な考え方で理解するために必要な概念の形成状況を調査し,その 結果,次のことが明らかになった。
(1)降雨の仕組みを理解するには,状態変化について理解していることが必要であること。
(2)水の凝結について正しく理解していない大部分の子ども達は,空気中の水分の存在に気付い ていないこと。
(3)蒸発は気体になることだと答える子どもは学年が進むにつれて増えるが,そのほとんどは正 しい理解をしておらず,ただ言葉を言い換えているにすぎないこと。
また,具体的思考段階の子ども達は水蒸気の概念を形成することが難しいこと,そして,そのこ とが科学的な概念を形成するのを遅らせる原因となっていることが示唆されることも判かった。
謝 辞
今回の調査を行なうのにあたり,ご協力いただいた水戸市立浜田小学校堀川賢壽校長,水戸市立
緑岡小学校大内忠校長,水戸市立見川中学校菊池正利校長,大宮町立大宮第二中学校大曽根師佳校 長並びに4校の関係諸先生方に深く感謝の意を表します。また,ご指導いただきました小川正賢先 生とアンケートの作成や集計等にご協力いただいた理科教育研究室の皆様方に厚くお礼申し上げま
す。
注
1)E.D.ガニエ『学習指導と認知心理学』 (パーソナルメディア,1989), pp.109−ll3.
2)松浦典文・遠西昭寿「水の沸騰・蒸発・結露に関する子どもの認知」 『日本理科教育学会紀要』Vo 1.28,
No.3,1987, pp.1−10.
3)稲垣成哲・塩崎恵理「日常的な自然現象に関する子どもの理解について一小学生における降雨モデルの
検討一」 『日本理科教育学会紀要』VoL29, No.2,1988, pp.25−35.4)三島嶽志・前田健悟「電流概念の形成に関する研究一単一閉回路の電流の強さ」 『日本理科教育学会』
Vo l.25, No.1, 1984, PP.65−70.
5)北村太一郎「中学生の力に概念の理解に関する調査」 『日本理科教育学会』Vo L 22, No.1,1981, pp.59一
65.
6)森本信也「児童・生徒の認知能力を基礎にした理科カリキュラム評価(2)」 『日本理科教育学会紀要』VoL
25, No.1, 1984, PP.43−50.
7)山川範子・山本真市・倉智佐一『教育のための発達心理学』 (創元社,1978),pp.155−158.
8)E.D.ガニエ『学習指導と認知心理学』 (パーソナルメディア,1989), pp.109−111.