聴覚障害児の理解語彙に関する研究 一類義語を用いて一
相馬 壽明*・斉藤 みどり**
(1986年9月27日受理)
AStudy on the Vocabulary of Hearing Impaired Children on the Basis of Synonymous Words
Toshiaki SoMA*and Midori SAiTo**
(Received September 27,1986)
目 的
聴覚障害児の話彙力は,住(1959)の指摘するように,聴覚障害児の言語発達の重要な指標であ るばかりでなく,言語能力の基礎として重要なものである。わが国ではすでに塚田(1968),伊藤
(1970),岡田・都築(1978),南出(1982)らによって,いろいろな語彙のレベル(受容語彙,理 解語彙,表現語彙)にっいての研究がなされてきている。これらの研究は,聴覚障害児は一般に健 聴児に比べて語彙量が劣っており,語彙の内容が貧弱で,獲得された語彙も正確さに欠けるが,加 齢にともない語彙量が増すことを明らかにしている。しかし,語彙量の増加率は加齢とともに低下 することも指摘されている。
ところで,川口・都築・板橋(1981)は,慣用句を用いた研究で,聴覚障害児は理解が困難と思 われる表現を易しい表現に置き換えて理解していることを指摘している。このことから,聴覚障害 児の語彙力の停滞の一因として,難しい言葉が易しい言葉に置き換えられて理解され,使用されて いることが考えられる。
そこで,本研究では難易度の異なる類義語を用いて,聴覚障害児の理解語彙について検討するこ とを目的とする。
方 法
1.被 検 査
検査語に対する理解力を考慮して,茨城県下の聾学校(2校)に在籍する重複障害を持たない小
* 茨城大学教育学部障害児教育学科
** 茨城県伊奈養護学校
学部4年生から高等部3年生までの聴覚障害児108名(Table 1)と,普通学校(2校)に在籍す る小学3年生から中学3年生までの健聴児239名(小3:21名,小4:27名,小5:42名,小6:
36名,中1:39名,中2:40名,中3:34名)を対象とした。
2.検 査 語
検査語作成にあたり,まず阪本(1958)のr教育基本話桑』から基本度段階A1段階の言葉を約 3,000語抽出し,それぞれの類義語を徳川・宮島(1983)のr類義語辞典』から選択した。さらに,
類義語が日常語と文章語の対になっているものを抽出した。日常語と文章語とは文体による違いを 示すものであり,類義語の難易の程度は,この文体による違いに基づいて,日常語をより易しい言葉,
文章語をより難しい言葉として規定した。
①検査1:基本度段階のAl段階に属する日常語30語。
②検査2:検査1で用いられた日常語の見本語それぞれに対して4語の選択語が設けられた(120 語,資料1)。選択語のうち1語は見本語として呈示された日常語に対応する類義語(文章語)で ある。選択語に含まれる類義語をすべてA1段階に統制することが困難であったため,Al段階10 語,B1段階10謡C1段階10語となった。なお,選択語の類義語は見本語と同じ品詞(名詞8語,
動詞12語,その他の品詞10語)であり,他の3語の選択語も原則として類義語と同じ品詞,基本度 段階とした。また,漢字による手がかりをなくすために見本語と同じ漢字を含まない語を選択語と
し,漢字にはすべてふりがなをっけた。
3,検査手続き
①検査1と2:両検査は1と2の順に同時に施行された。教示は以下の通りである。
「今から簡単なテストを行います。このテストは,国語の成績をみるためのものではありません、
よく考えて正直に答えて下さい。一枚目(検査1)の答え方を説明します。一枚目の紙には,30の 言葉が並んでいます。その30の言葉の中で,意味を知っている言葉は, ()の中にマルを書いて 下さい」(6題の例題を施行後に本検査を実施)。
次に,二枚目(検査2)の答え方を説明します。二枚目にも30の言葉が並んでいます。今度は番 号のついている言葉と同じような意味を持つ言葉を,下にある4つの言葉から1つ選んでマルでか
こんで下さい。同じような意味を持つ言葉がわからない時は,なにもっけません。時間は十分にあ るので,ゆっくりよく考えてまちがえのないように答えて下さい」(4題の例題を施行後に本検査
を実施)。
②検査3:各被検児の先行検査(検査1,2)の結果をもとに,検査1でマル印を付し,かっ検 査2で正しい類義語を選択した語の中から,類義語の5対(日常語5語,文章語5語)を抽出し,
あらかじめ検査者が検査用紙に記入して,次の教示を与えた。
「今から簡単なテストを行います。このテストは,国語の成績をみるためのものではありません が,よく考えて答えて下さい。テスト用紙を配りますから,自分のものかどうか確かめて下さい。
それでは説明します。一枚の用紙に10個の言葉が書いてあります。そのそれぞれの言葉を使って,
例文を書いて下さい。漢字で書くか,ひらがなで書くかは自由です。時間は十分にあるので,ゆっ くりよく考えてまちがえないように答えて下さい」(2題の例題を施行後に本検査を実施)。
検査1・2と3のインタバルは約1週間であり,検査3の10語の内容は各被験児の先行検査の結
果をもとにしているので,被験児によって異なっている。3検査とも集団式で,検査者1名と監督
者2名で施行した。時間制限を設けなかったが,検査に要した時間は約40分であった。なお,聴覚 障害児に対しては,口頭での説明に加えて,教示文を掲示し,検査手続きの理解の補助とした。
結 果
1.検査1(日常語)の結果
マル印が付された検査語の総数を語彙の既知度として,結果をt検定およびWelch s method
(tw)によって分析した。障害の有無では,健聴児の方が聴覚障害児よりも有意に既知度が高かっ た(tw=11.91, p〈.001),さらに,聴覚障害児においては,高等部の方が中学部より有意に既知度 が高くなっているが(tw=6.24, P<.001),健聴児では小一中間に有意な差はみられなかった
(Table 2)。学年間では,聴覚障害児において,小5より小6が(t=2.96, p<.Ol),中3より高 1が(tw=3.20, p〈.01),高1より高2が(t−4.05, p<.001),有意に既知度が高くなっている が,健聴児においては学年間に有意な差はみられなかった(Fig.1)。
以上の結果から,健聴児においては,検査語の基本度段階からも明らかなように,すでに小学生 の段階でほぼ95%以上の既知度を示しているために,小一中間に差異が認められなかった。しかし,
聴覚障害児においては,小・中学部でほぼ60%程度の既知度を示し,小一中間に差がないのに対し,
高等部では85%以上と有意に既知度が高くなっている。ただし,高等部は健聴児の小学生の既知度 のレベルには達していない。
なお,既知度を品詞別に検討するために,総数の分析で有意差のみられた群間にっいて,名詞(8 語)と動詞(12語)に対する既知度の検定を行った。聴覚障害児一健聴児間,聴覚障害児の中一高 間では両品詞に,聴覚障害児の小5−6間と中3一高1間では名詞に,先の結果と同じ方向で有意 な差がみられた(Table 4,5)
2.検査2(文章語)の結果
検査1でマル印を付した語にっいて正しい類義語が選択された場合,その語数を理解度として,
既知度と同様に分析を行った。障害の有無では,健聴児の方が聴覚障害児よりも有意に理解度が高 くなっている(t−20.31,p〈.001)。さらに聴覚障害児では,中一高間に有意な差がみられた
(tw=3.29, p〈.01)。また,健聴児においても小一中間に有意な差が認められた(t=5.44, p<.001,
Table 3)。学年別にみると,健聴児では小3より小4が(t=3.82, p〈.001), 小4より小5が
(t=2.20,p<.05),小5より小6が(t−4.24, pく001)有意に理解度が高くなっている(Fig.1)。
聴覚障害児では既知度とほぼ同様の結果を示し,高等部になって理解度が有意に高くなることが示 された。健聴児では既知度と異なり,小学生より中学生で有意に理解度が高くなることが示された。
さらに,理解度でも聴覚障害児の高等部は健聴児の小学生の段階に至っていない。また,聴覚障害 児群・健聴児群ともに既知度より理解度の方が有意に低くなっており(p<.001),既知度と理解度 に差異が認められた。
理解度についても,有意差のみられた群間について品詞別の分析を行った。聴覚障害児一健聴児間,
聴覚障害児の中一高間,健聴児の小一中間,健聴児の小3−4間と小5−6間では両品詞に,健聴
児の小4−5間では名詞に先の結果と同じ方向で有意な差がみられた(Table 4,5)。
Table 1 聴覚障害児の聴力レベル Table 2 検査1(日常語)の結果(平均語数)
両耳平均聴力 聴覚障害児 健聴児
群 レベル(dB) 群
小 中 高 全体 小 中 全体 範 囲 (平均)
30 37 41 108
126 113 239
人数 小 4年(9名) 91.9−105.0(99.4)
@ 平均
18.5 18.9 26.2 21.4 28.8 29.0 28.9学 5年(9名) 71.5−105.0(82.8)
部 標準偏差
5.88 6.35 3.16 6.36 2.11 2.31 2.216年(12名) 7α0−103.8(8LO)
中学
1年(8名)
Q年(14名)
84.0−106.0(96.9)
@ Table U7.5−107.5(95.4) 3 検査2(文章語)の結果(平均語数)
部 3年(15名) 76石一133.0(1009)
聴覚障害児 健聴児
盲 1年(8名) 71.0−94.0(88.3) 群
同
小 中 高 全体 小 中 全体
等 2年(15名) 76。0−113.0(92。4)
部 3年(18名) 人数 V1.0−106.0(90.6)
30 37 41 108
126 113 239
6.4 7B 12.9 9.2
20.3 25.0 22β平均
W準偏差
5.09 4.94 8.30 5.71 6.31 7.00 5.59( 平 均 30 語 数
)
25
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0 3 4 5 6 1 2 3 1 2 3
小 学 中 学 高 校 (学年)
Fig 1 日常語と文章語の平均語数の学年変化
Table 4 日常語と文章語の品詞別結果(平均語数)
聴 覚 障 害 児 健 聴 児 群
小 中 高 全 小 中 全 人 数
30 37 41 108126 113 239 名詞 平 均
6.2 6.7 8.4 7.2 8.8 8.7 8.7 日(標準偏差) (2.26) (1.87) (0.54) (1.91) (0.64) (0,68) (0.66)
常缶
動詞 平 均
6.8 6β 10.1 8.11L6 1L7 11.6
口口 (標準偏差) i(2.76) (3.12) (2.10) (3冶11) (0.95) (1.02) (0.98)
名詞 平 均
2.1 2。9 4.9 3.4 5.9 7.6 6.7文立
(標準偏差) (2.04) (2.09) (1.80) (2.29) (2.24) (1.33) (2.04)
早看五
動詞 平 均
2.5 2.8 4.6 3.4&6 104 9.4
口口 (標準偏差) (2.19) (1.97) (2.70) (2.51) (2.54) (1.95) (2.44)
Table 5 日常語と文章語の品詞別検定結果
既 知 度 理 解 度 群間
名 詞 動 詞 名 詞 動 詞 聴覚障害児一健聴児
tw=7.91*** tw=11.39*** t=13.38***も=20.96 ***
聴覚障害児 中一高
tw=5.26***tw=5。35*** t=4.48*唇* tw=3.34 **
小5−6 tw=3.31**
中3一高1 tw=2.66*
健聴児 小一中
t=7.19***
tw=6.15 ***小3−4 t=3.62*** t=2.99 **
4−5 t=2.34*
5−6 tw=3.42**
t=4.44 ***(*** :p〈,001,**:p〈.01, *:p〈.05)
3.検査3(日常語と文章語)の結果
あらかじめ5対の類義語を抽出できたものにっいてのみ分析の対象とした(聴覚障害児80名,健
聴児237名)。まず,見本語を用いて書かれた短文の数を表出数として分析した。聴覚障害児一健
Table 6 短文表出数の結果(平均短文数)
聴 覚 障 害 児 健 聴 児 群 小 中 高 全 小 中 全
人数
17 27 36 80126 111 237
日常語 平 均
3.8 4.4 4.8 4.54.9 4.96 4,9
(標準偏差) (1.38) (1.03) (055) (1.01) (0.39) (0ユ9) (0.31)
文章語 平均均
1β 2.3 2.4 2.2 3.4 4.7 4.0(標準偏差) (137) (1.94) (1.34) (1.60) (1.22) (0.69) (1.20)
Table 7 完全正答数の結果(平均完全正答数)
聴 覚 障 害 児 健 聴 児 群 小 中 高 全 小 中 全
人数 17 27 36 80 126 111 237 日常語 平 均 2.2 2.7 2.7 2.6 4.6 4.9 4.7
(標準偏差) (158) (164) (1.31) (1.4 ) (α68) (0.34) (0,56)
文章語 平 均
0.4 1.2 1.2 1.0 2.6 4.0 3.3(標準偏差) (0,49) (1.50) (1.14) (1.22) (1.07) (0.88) (1.19)
Table 8 準正答数の結果(平均準正答数)
聴 覚 障 害 児 健 聴 児 群 小 中 高 全 小 中 全
人 数
17 27 36 80126 111 237
日常語 平 均 1.0 1.0 1.3 1.1 0.03 0.05 0.04
(標準偏差) (0。91) (1.04) (0.95) (098)
(0,18) (0.23) (0.20)
文章語 平 均
0.4 0.4 0.4 0.40.06 0.10 0.08
(標準偏差) (0.68) (0.73) (0』54) (0.64) (0.24) (0.30) (0.27)