監査における不正摘発責任
永 田 忠 哉
(序)
監査人の検証機能は変転する経済社会の要請に応えるものでなければならな い。監査の目的,範囲,技術は時代によって変化している。現代の財務諸表監 査の目的は財務諸表に対する監査意見の表明にあると理解され定説になってい
る。しかし,今世紀の初頭の頃は,そうではなかった。
わが国最初の監査基準は,昭和25年(1950年)に発表されたのであるが,監 査制度導入のための啓蒙の意図もあって, 「監査人は,過去においては,不正 事実の有無を確かめ,帳簿記録の正否を検査することをもって主たる目的とし たものであったが,企業の内部統制組織即ち内部牽制組織及び内部監査組織が 整備改善されるにつれて,この種の目的は次第に重要性を失いつつある。」と その前文で述べ,本文では「監査人は,財務諸表に対する意見に関して責任を 負うのであって,財務諸表の作成に関して責任を負うものではない。」また「監 査人は,監査の実施に当って,会計上の不正過失の発見に務め,重大な虚偽,
錯誤又は脱漏を看過してはならないが,その監査証明は不正過失の事実が皆無 であることを保証するものではない。」として監査入の責任の範囲を明確に表 現した。今日の監査基準では,これらのことは削除されている。ところで「不 正事実の有無を確かめる」目的は,昭和25年から30年の監査経験を経て内部統 制が十分理解され普及していム 弔も,「重要性を失いつつある」のであろう
か。答は否といわざるを得ない。米国蛉正査基準では最近(1977年)監査手続 が拡張されて,不正・誤謬に対する監査人の責任を重視することになった。こ こに,監査基準の推移を要約してみたい。
{ ←う監査基準の見直し
米国公認会計士協会(AICPA)は,1977年,監査基準書(Statements on
Auditing Sta囲ards, SAS)第16号「誤謬または不整の摘発に関する独立監査人
の責任(The Independent Auditor s Responsibility for the Detection of Errors or Irregularities)」を公表した。一般に認められた監査基準にしたがって財務 諸表を監査する場合の監査人の不正摘発責任についての従来の態度を見直し,
従来ともすればあいまいになっていた点を明文化した。従来のものと基本的に 異なる点として次の2点を指摘できるであろう。即ち,①監査における検査の 計画と実施にあたっては専門職業家として当然持つであろう疑念(pro色ssional skepticism)を持たなければならないこと,②誤謬・不整が存在するかも知れな い疑いを惹き起こす諸状況とはどういうものかを十分認識しておかなければな
らないこと。したがって,不正の実行行為とその隠蔽方法を見抜く能力が必要 とされる。
SAS第16号の内容のうち見直しの対象となった点を要約して示せば次のよ
うである。
〈誤謬・不整の定義とその例示〉
〔SAS第躍では不正(f・aud)のみについてふれ,それに対する臓付・ナはな鱗
ていなかった。〕
誤謬とは財務諸表の中の故意のない誤り(unintentional mistakes)と定義 し,その例として,①財務諸表作成の基礎をなす記録および会計データの計 算上の誤り,ないし,事務上の誤り ②会計原則適用の誤り ③財務諸表作 成の時点に存在していた事実関係の見落し,あるいは,錯誤
不正とは財務諸表を故意に歪曲すること(intentional distortions of finan一 cial statements)と定義し,その例として,①経営者の作意的虚示(deliberate misrepresentation by management) ②経営者の詐意的行為(management fraud)あるいは資産の私消費(misapPropriations)③横領(defalcation)
不整は,諸事象。諸取引の虚示または脱漏によって惹き起こされるが,そ の例として,①記録ないし文書の偽造,変造,改ざんが行われる ②記録な いし文書の中の重要な情報を脱落させる ③架空取引を記録する ④会計原 則を故意に変更して適用する ⑤経営者,従業員,あるいは,第3者の利益 のために資産の私消が行われる,しかも,これらは経営者,従業員,第3者
が単独で遂行することもあるし,また,2人以上が関係することもある,等 . が示されている。
〈監査人の責任〉
一般に認められた監査基準に準拠して財務諸表を検査する独立監査人の目
永 田:監査における不正摘発責任 3
標は,財務諸表が財政状態,経営成績および財政状態変動を適正に表示して いるか否かにつき意見を形成することである。従って一般に認められた監査 基準のもとで,監査人は,監査進行に伴なう固有の制約条件に囲まれて,財 務諸表に重要な影響を及ぼす誤謬・不整iを探索する(to search for)ための 検査計画を作成する義務,:および,その遂行にあたっては正当な熟練と注意
(due skill and care)を行使する義務を持っている。
〈監査がもつ固有の制約条件〉
監査がもつ固有の制約条件として次のものがある。その1つは,財務監査 は始めから終りまで本来試査によって遂行される。そして,監査の費用と監 査の効果とが合理的関係をもたなければならない。試査の範囲は監査人の判 断に委されているから,財務諸表に重要な影響を及ぼす誤謬・不整を発見し
そこなう固有の危険性が随伴する。その2は経営者の内部統制の無視,共謀,
文書偽造,あるいは取引の不記録等があれば,重要な誤謬・不整を摘発でき ない危険性が増加する。さらに,監査手続にはその効果に限界がある。
これらの危険性をもつ制約の中で監査が行なわれるため,後日になって,
監査年度に重要な誤謬・不整が発見されても,その監査は即不完全な監査で あったとみなされない。
〈誤謬・不整の可能性〉
重要な誤謬・不整があり得ると云うことは,一般に認められた監査基準に 準拠する監査人の検査計画に影響する。監査手続の適用により,誤謬・不整 の可能性を示す証拠を取り出すことができることを認識して,専門職業家と
しての疑念をもつ態度で検査計画を作成し,実施しなければならない。
有効な内部会計統制は誤謬・不正が発生する蓋然性を少なくするが,発生
の可能性を全くなくすものでない。重要な誤謬,ないし,あり得る不整が存
在するか否かにつき疑問を惹き起こす状況は次のような諸例である。④会計
記録間の喰違い,たとえば統制勘定と補助簿との記録の不一致⑤確認に
よって明かになった差異◎確認の回答が予期に反して非常に少ない ⑥適
格な証葱の裏付がない取引 ⑨経営者の一般的ないし特定の指示で記録され
なかった取引 ①事業年度末あるいはその直近日における通常とは異なる取
引の終了。しかし,これらのことがあったからといって,必ずしも重要な誤
謬・不正が存在しているとは限らない。
〈経営者の誠実性〉
経営者は,部下に指示して取引を記録させたり取引を隠蔽させたりするこ とができるから,財務諸表の虚示もi操作できる。ある従業員が意図する不正 は他の従業員によって阻止できる装置をもつ内部統制も,経営者は超越でき るので,経営者が内部会計統制の有効なはたらきを誠実に受けとめているか 否かは重要なことである。経営者の誠実性の重要性を監査人は十分承知して いなければならない。さらに,経営者が財務諸表の虚示に走るかも知れない 状況にも十分配慮すべきである。大きな倒産がおこっている業界に属する会 社とか,必要な運転資本に不足しているとか,借入が限度にきているとか,
等がその状況の例である。 o
また,次のような環境は,必ずしも,そこに不整があるわけではないが,
経営者が重要な虚示をなす可能性,ないし,内部統制を踏みにじる可能性が あるので,監査人に関心を起こさせるものであろう。④訂正可能な内部統制 の重要な弱点を訂正しない。⑤重要な財務上の責任の地位にある者(たとえ ばコントローラー)の交替が頻繁である。◎会計および財務担当の従業員が 不足気味で誤りが生じ易い状況になってをり,その結果内部統制機能が弱め
られている等。
に)監査基準における不正摘発責任の推移
20世紀の初頭までは,米国における監査の検証機能の主目的は不正。誤謬の 摘発におかれていた。それは,周知の如く,米国の監査は英国の監査の移入で あったためである。従って,当時,米国で読まれた文献は英国の文献であり,
米国独得の監査思考並びに監査形式を打ち建てるまで,英国の文献に指導され
ていたとみることができる。英国式監査から米国式監査への転換に重要な貢献 2)をした理論的指導者であるモンゴメリー(Montgomery)の「監査論(1912年)」
は,かかる背景をもって,不正摘発を監査の主目的から従目的にその位置を移 転させた。すなわち,
「監査の形成期と称せられる時代には,学生達は,監査の主目標は次のよ うに教えられて来た。
(1)不正の摘発または防止(the detection and prevention of fraud)
〔2)誤謬の摘発または防止(the detection and prevention of errors)
しかし,最近は,監査サービスに対する需要に決定的な変化が起った。すな
永田:監査における不正摘発責任 5 わち,元来,不正および誤謬を探し出すために,専門職業家たる監査人を 雇った金融業者や事業家が,彼等の需要を拡げて,現在では,はるかに広い 且つ一層重要な仕事を要求している。しかも,熟練と知識の点で飛躍をみた 監査人はその仕事を理解し遂行できるようになった。それ故,それ以前の主
目標(chief ohlects)は従属的な地位に移行させなければならない。ただし,
その重要性は決して減退するるものではない。」と
しかし,モンゴメリーは監査人の不正摘発責任の重要性については,法律上 の責任よりも職業上の責任の方がより重いと考えていた。日く,「技傭と素質を 十分身につけていながら,不正を探ぐるのに石の一つも掘りおこさない監査人 が,うまく工夫された使い込みを発見できなかった場合,法律的には責任を免 かれても,発見できなかったことには職業上の責任があると考えるのが適切 で,また,そうでなければならない。当然,彼の仕事は損害を蒙っている。」と
モンゴメリーの前記「監査論」では不正・誤謬は次のように分類されて
いる。
不正(イ)金銭または財貨の私消(misapPropriation of money or goods)
(ロ)その他の目的による会計記録の操作(manipulation of accounts
fbr other purpose)
誤謬 (イ)原則上の誤謬(errors of princip1e)
(ロ)記帳上の誤謬(clerical errors)
の脱漏(errors of omission)
(⇒錯誤(errors of comission)
(ホ)ホ目殺誤謬 (ofj語etting errors)
この分類は,スパイサー・ペグラー「の監論」(E.E. Spicer&E. C.
Pegler,1)7α6」 oα1/4麗4薦π島1・ondon, H. Foulk, Lynch&C(L,1911)にお ける分類と同じである。すなわち,
不正 ①金銭または物品の使込みを含む私消(defalcation, involving either misappropriation of money or goods)
②私消を含まない会計記録の詐意的操作(the fraudulant man董一 pulation of accounts not丑nvolving defalcation)
誤謬 ①脱漏(errors of omissbn)
②錯誤(errors of comission)
さらに,これらが
③記帳上の誤謬(clerical errors)
④原則上の誤謬(errors of principle)
の二つの誤謬に分類できるとし,また
⑤相殺誤謬(compensating errors)
もあるとする。
このうちの③と④はディクシーの「監査論」(L.R. Dicksee画4漉η9−」
Pr観吻1・M碑πα1力7濯6σoπη 翻∫, London, Gee&co・,1892)に依ったもの であろう。すなわち,それには,「監査の目標は3通りあるということができ
る(The object of an audit may be sa三d to be three−fdd:一)」として,
次のように分類されている。
(1)不正の摘発(The Detection of Fraud)
(2)技術上の誤謬の摘発(The Detectio籍of Technical Errors)
(3)原則上の誤謬の摘発(The Detection of Errors of Principle)
モンゴメリーのいう「はるかに広い重要な仕事」は,資本主,経営者,投資 大衆,ないし,金融機関のために,「企業の現実の財政状態および利益を確かめ
ること」にあった。会計士達はこの仕事に熱意を燃やしたとみられる。・監査の 主目的の位置の転換は,その当時,会計士業界が公認または公表した会計士の 監査のための指導書である冊子にも影響を与えた。すなわち,1918年の「統一 会計」や1918年の「承認された貸借対照表の作成方法」は貸借対照表監査に対 する最小必要基準を示したものであるが,監査人の不正摘発責任については触 れるところがない。これらの冊子は後の監査基準の体系化からみれば最も原初 的なものとみられる。これ以後の監査基準の展開過程の中で監査人の不正摘発 責任がどのように位置づけられていたかをみよう。
上記の冊子が改正された,1929年の「財務諸表の検証(Vreification of Fi一 nancial Statements)」では,試査の必要範囲は内部牽制組織を吟味して,監査 人がこれを決定する義務をもつことになったが,「この手続は必ずしも私消を,
または,取引記録の隠蔽ないし記録の操作による資産の過小表示を,摘発しな 3)いであろう。」として,監査人に不正摘発の責任を与えていない。
その後,監査の検証機能は,貸借対照表監査から財務諸表監査へ移行した。
1933年および1934年の証券法と証券取引法にもとつくSEC指導の強制監査は
永 田:監査における不正摘発責任 7
投資家保護を目的とするものであった。ニューヨーク証券取引所も会計士の監 査証明を添付した財務諸表の提出を全上場会社に要求し,監査が投資家にとっ て役に立つ防禦となることを希望した。ところで,大衆の意見では,不正摘発 を監査の重要な目的とみなしていたので,取引所はこのことに関心をもち,会 計士業界にこの問題にもっと関心を持つようにとの圧力を加えた。会計士業界 にとっては,監査の質と監査の費用との間の矛盾関係に直面した。すなわち,
大衆の意見に従って不正摘発責任を監査人に負わせれば,その監査費用は依頼 人の負担に耐えない金額となり監査を禁止させるものとなろう。さらに,それ でも巧妙に隠蔽された不正は摘発できないこともあり得る。また,財務諸表に 粉飾があった場合,ある種の原因を把捉するには監査では役に立たないといえ ば,会計士業の信用にかかわる。不正摘発に関する監査基準の展開過程では,
この監査の質と費用との矛盾関係が底流にあり,両者の妥協点がその都度公表 され説明されたものとみられる。
1936年の「財務諸表の検査(Examination of Financial Statements by Inde一 pendent Public Accountants)」では,「会計士は自己の報告書の将来の利用を 管理できない立場におかれている。検査の主目的および検査範囲の拡張を必要 とするある種の特別指示があれば,彼の監査計画は当然それに左右される。た とえば,その主目的があり得る不整(P・ssib1・irre即1紅iti・・)の摘発であ触1ま,
かかる不整の影響を受け易い勘定に対する特別調査をすることになろう。」と 述ぺて,間接的ではあるが,不正摘発責任を否定した。
1939年の「監査手続・書(Statements on Auditing Procedure)」第1号は・1938 年のマケソン・ロビンス事件の教訓を取り込んで,「確認」と「立会」の監査手 続を監査人に義務づけたが,不正摘発については次のようである。「独立公認 会計士の意見を添付する財務諸表の公表に付随する通常の検査は,あらゆる私 消を摘発できるようには企画されていない。その理由は,それが主目的ではな いからである。もっとも,検査の結果私消は屡々発見されることがある。うま く組織されている企業では,かかる不整(irregularities)の摘発は,主として,
妥当な内部牽制および統制をもつ,適切な会計記録制度を維持することに依存 する.・…・不正直あるいは不正(dishonesty or fraud)のすべてを摘発できるよ
うにするためには,あらゆる取引を精細に(in detai1)調査しなければならな いであろう。これは大部分の企業に監査を禁止させる程の費用を負担させるこ
@ 5)
ニになろう。」と
1948年には,一般基準,実施基準,報告基準の3部によって構成される監査 基準が公表された。従来の特定の状況に適用する監査手続の声明という方向か
ら離れて,監査の質を規制する全般的な基準の形成に努力しそれを確立したも のである。一般基準の第三は,「監査の実施および報告書の作成にあたって監査 人は専門職業家としての正当な注意を払わなければならない.雪槻定し濫 査人に「専門職業家としての正当な注意(due professional care)の行使を義 務づけた。これは,不正摘発に対する監査人の責任範囲を限定したものとみら
れる。すなわち,監査の始めから終りまで,専門職業家としての正当な注意を 払っている限り,不正摘発に失敗しても免責されることを意味し,監査人に向 けられる法律責任追及に対する防禦一砦一である。(後述の如く,法廷もこの 考え方を支持した経緯がある。)
1961年にSAP第30号が発表された。それによれば,不正摘発責任に対して 従来より,より入念な見解が示された。次の3点に要約できるであろう。(i)
重要な不正があれば財務諸表は虚示されたものになること。(i三)もし,監査人 が,不正が存在しているのではないかという疑念を懐いたら,適切な依頼入の 代表者と協議すること。その協議は不正が事実起こっているか否かを決めるた めに必要な調査をするか否かを対象にし,調査するにしても,依頼人側でその 調査をするのか,または,監査人側で調査するのか,につき十分な了解に達す
るようにしなければならないこと。(iii)専門職業家としての正当な注意を払っ たとしても,その結果として,重要な不正を摘発できることもあるし,摘発で
きないこともある。
これは監査入の責任という観点からみれば次のようになろう。不正摘発責任 を生む不正は,監査人の意見を左右する重要な不正であること。監査人が不正 の存在について疑念を起こしたときのみ責任発生の端緒となり,疑念が起きな いならば当然不正を探ぐる調査は不必要である。もっとも,一般に認められた 監査基準に準拠する適切な試査を実施することで監査人の責任が果たされるか
ら,その試査の実施過程での疑念が問題とされた。また,財務諸表の適正性に ついての監査人の意見は,絶対的な確実さを示すものでなく,財務諸表の真実 性についての高い確率をその財務諸表がもっているという監査人の判断である
と解される。それ故,発見できなかった不正のために,結果として,虚示の財 務諸表であったとしても,その監査が専門職業家としての正当な注意を行使し
て実施されたものであれば,監査人の落度とはならない。SAP第30号は,「独
永 田:監査における不正摘発責任 9
立監査人の検査が実施された事業年度に不正が存在していたことが後日になっ て発見されても,そのことをもって直ちに彼に過失があったことを意味しな い。彼は保証人ではない,それ故,一般に認められた監査基準に準拠して正当 な専門職業家の注意を払って彼の検査が実施されていたならば,彼は自己の 仕事に含まれている義務をすべて果している。」という。この態度はその後の SAP第33号(1963年)にそのまま引き継がれ,さらに,監査手続書第1号から 第54号までをまとめたSAS第1号(1972年)110・08にまで引き継がれている。
ところが,1960年代の対会計士訴訟事件の多発と,1970年代のはじめに発覚し た経営者の共謀による大規模な粉飾事件(Equity Funding事件)によって監査 の検証機能が批判の対象となった。殊に,監査人が刑事罰を受けた事件(Con一 tinental Vending事件)では一般に認められた監査基準に準拠した旨の証言が 認められなかった等の監査環境のもとで,監査基準の見直しがなされた。
日 不正摘発に対するコモン・ローの(一般法)推移
監査人が不正の摘発に失敗したために,依頼人ないし授信者あるいは株主等 の第3者から訴えられた訴訟事件において問題となる監査人の法律責任は,1)
依頼人との契約内容,2)業界の定める諸基準,3)コモン・ロー(一般法)上の 注意義務,の3つの要素に関連がある。コモン・ローでは,専門職業家に対し
ては業務遂行にあたって,その業界で採用している職業基準に準拠する合理的 7)
壕モ(reasonable care)の行使を要求している。公共会計士が,医師や弁護士
の如く熟練を必要とする専門職業(プロフェッションprofヒssion)と認められ 8)
スのは,今世紀のはじめ,1905年,ニューヨークの法廷であった。
すべての専門職業人の業務に適用される正当な注意の原則については.Coo一 1eyの提言が有名である。それによれば,①特別な熟練を要する業務では,そ の業務を提供すると申し出る者は,同じ業務に従事している他の者が保持する 熟練さと同程度の熟練さを持っているものとみなされる。従って,②彼の言っ ていることが根拠のないものであれば,彼の公共的専門職業を信頼して彼を雇 用しようとするすべての者に一種の詐欺(fraud)を犯したことになる。③熟練 ないし非熟練の区別なく,如何なる人も引受けた業務を成功裡に,しかも,そ れに欠陥または誤謬が全くない状態で終了させる,というわけにはいかない。
従って,業務遂行は誠実を目標に行ない,完全無欠を目標に行なうのではない。
過失(negl igence),不誠実(bad faith)あるいは不正直(dishonesty)は彼の
@ 4
一
雇用者に対して責任はあるが,単なる判断の誤り(1nere errors of judgement)
が原因となる損害には責任はない,とされる。
米国のコモン・ローは英国の判例を継受したものである。不正摘発について,
どこまで監査しなくてはならないかの判断基準として,よく知られている英国 の1885年のLρndon and General Bank事件の判決が米国のコモン・ロー上の 基準となった。この事件の判決を下したLindley卿は次の意見を述ぺた。
「監査人は,問合せや調査のとき,合理的な注意や熟練を行使する以上の 行為をなす義務はない。彼は保証人ではない。彼は,帳簿が会社事象の真実 の状態を正確に示しているということについての保証はしていない。彼の貸 借対照表が会社の帳簿に即して正確であるという保証もしていない。もし保 証するのであれば,彼は彼の側の誤謬に責任があることになろう。彼の側に 合理的注意に欠けることがなくて,たとえば7帳簿が隠くされていてそのた め彼がだまされていたとしても責任があることになろう。監査人の責任はそ んなに過重なものではない。私はこのように考える。監査人は正直でなけれ ばならない。すなわち,真実とは信じられないものを真実であると証明して はならない。彼が証明するものは,真実であると信ずる以前に合理的注意と 熟練を行使しなければならない。ある特定の場合に,何が合理的注意である かは,その状況による。疑はしいものがない場合は,ほとんどつっ込んだ調 査をしなくても十分であることは納得できる。そして,実務では,危険な状 況にある極く少数の場合を選択し,それが正しいとわかれば,それと似てい るものはまた,正しいと考えるものと信ずる。疑念が起こった場合は一層の
. 注意が必要となる。然し,心に疑惑が起こった場合でも,なお,監査人は合 理的注意と熟練以上のものを行使ることは義務づけられていない。特殊な知
識を必要とする場合には専門家の意見にしたがって行動すれば完全に正当と 9)みなされる。」と
この判決からすれば,基本的には,検査期間中合理的注意および熟練(他の 監査人が担当しても当然払うであろう注意および熟練)を行使したことを立証 すれば,巧妙に隠蔽された不正を見落しても,後日,それを訴因として訴えら れても,監査人は法律上免責されることになる。この判旨は英国では,最近に なっても,判断基準として確認されている。しかし,米国では,周知の1931年 のUltramares事件以来この判旨から離れる現象がみられる。
Ultramare8事件のCardozo判事は,通常の過失(mere negligence)に対し
永 田:監査における不正摘発責任 11
ては監査人は依頼人以外の第3者に対しては賠償責任はないが,重大な過失
(gross negligence)は詐欺(fraud)と推定されるとして,それには第3者に対
10)
する賠償責任があるという判断を示した。重大な過失とは,「明瞭な事実を目を 閉じてこれを見ようとはしない」,あるいは,「疑念が起こったにも拘らず目を つぶって見ないふりをする」等のことが検査過程に認められる場合である。そ こには故意はないが,結果としで他人を欺岡したことになるという論理であ る。かくして,不正摘発の失敗の責任を第3者に対しても負わなければならな いことが示された。この事件以前の訴訟では,コモン。ローの下では,「正当な 注意」を払わなかった過失は,契約違反として監査契約当事者聞のみの問題と
され,依頼人は賠償責任を請求し得るが,請求額の上限は監査報酬の範囲内で,
不正行為者が依頼人に与えた損害(例えば横領した金額)にまでは及ばないと
11)
されていたのである。
コモン・ローは監査人の不正摘発責任の有無を問題にする場合,判断基準と して職業基準を斜酌する。従って,一般に認められた監査基準を守るならば何
12)
も心配することはなかった,との指摘がある。しかし,それは,1968年のCon一 tinental Vending Mach量ne Co.事件までであった。この事件では,一般に認め
られた監査基準に準拠しても,監査人の法律上の注意義務を果たしたことには ならなかった。
1973年に明るみに出たEquity Funding事件に対処するためAICPAは特別 調査委員会を任命して,現在の監査基準はこの事件からみて,変更されるぺき か否かを研究させた。その結果,SAS第1号での不正摘発責任の項が再検討さ れて,1977年,SAS第16号「誤謬・不正の摘発に関する独立監査人の責任」が 公表された。
1930年頃までの判例では監査人の不正摘発責任は前述の監査目的の転位を支 持していたが,それ以後1970年までの問において,判例は「正当な注意」義務 の行使を厳しく考えるようになり監査人に不利な判断を示すようになった。そ のため,監査人は,不正摘発のための監査日数を増やすか,あるいは,法廷で 不利な立場に立たされるか,の二者択一を迫られたとみられる。すなわち,監 査の質と費用との矛盾関係が底流にあることが認められる。
(結)SAS第16号の狙いは,監査人に不正行為とその隠蔽方法についての
知識を持つこと,さらに,不正が存在し得る状況とはどのような状況であるか
を熟知するよう要求しているとみられる。よって経理不正についての種々の情 報を集め,それを系統的に整理することは極めて有意義である。
注1)AICPA, S 4詑桝θ雇oπノ4κ4∫≠∫π95忽π4σ74s, No.1, Codification of Audi一 ting Standards and Procedures,1972.
2)R.H. Montgomery,1肋4屠 g−丁乃θoアッ&P7σ6漉θ, New York, Ronald Press,1912.
3) AIA, Verification of Financial Statement,1921 P.1.
4) AIA, Exam三nation of Financial Statement by Independent Public Accoun一 tants,1936, P.7.
5) AIA, Statement on Audlting Procedure No.1,1939, P.41.
6) AIA, Codification Qf Statements on Auditing Procedure,1951, P.10.
7)R.W. V. Dickerson,ノ40σoκ σ群3σπ4飾召加 oノハ陀8・κgθ 8θ, The Ca一 nadian Institute of Chartered Accotlntants,1966, P.5.
8) Smith v. London Assur. Corp. N. Y. Supp.820(1905)
9) D・Y・Causey, Jr,1)〃∫fθsσ 4〃α6∫1ゴ≠ θ30ノ丁乃θCP/1, Rerised Edition,
1976,P.285.
10)拙稿,「職業監査人の第三者に対する賠償責任」茨城大学政経学会雑誌第4号「昭 和33年3月)
11) Craig v. Anyon 208 N. Y. Supp.259(Ist Dept。),1925.
12)W.A. Labe1,丁加140 o〃π加撹,3 Lθgα1 L∫αδ 」 y:1 ε加加 μρo 丁海θ Pアoノθssfo〃, Ph. D. Dissertation, University of California,1971, P.68.
唱