• 検索結果がありません。

『土星びとのうた』におけるヴェルレーヌの 独自性について

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "『土星びとのうた』におけるヴェルレーヌの 独自性について"

Copied!
13
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

『土星びとのうた』におけるヴェルレーヌの 独自性について

DOC、

ここでとりあげる『土星ぴとのうた』(POEMESSATURNIENS)は,ヴェルレーヌ(Verlaine)

の処女詩集であり,1866年に出版されたものである.即ち,彼が16才から22才の頃までに書き綴っ た作品集である.この作品集は,『プロローグ』(PROLOGUE),『メランコリア』(MELANCHOLIA),

『エッチング』(EAUX-FORTES),『悲しい風景』(PAYSAGESTRISTES),『気まぐれ』(CAPRICES),

『エピローグ』(EPILOGUE)と,これらの部に属ざない数編の詩から成り立っている.そして,

この作品の中には,当時流行していた高踏派的作風である,客観的なもの,例えば『フィリップⅡ 世の死』(LAMORTDEPHILIPPEⅡ)や没個性的なもの,例えば『秋のうた』(CHANSON DAUTOMNE)や虚心的なもの,例えば『没む陽』(SOLEILSCOUCHANTS)等々が随所に見られ

る.

しかしながら,それにもかかわらず,その後の作品である,『よき歌』(LABONNECHANSON)

(1872年)や『言葉なき恋歌』(ROMANCESSANSPAROLES)(1874年)に見られる,いわゆるヴェ ルレーヌ独特の作風である,彼の理由のない不安,揺れ動く自我,あるいは悲しく傷ついた魂の嘆 き等が,すでに,この処女詩集の中に芽を出している.また,『昔とちかごろ』OADISETNAGUERE)

(1884年)に収められているあまりにも有名な詩編『詩法』(ARTPOETIQUE)において,「詩は 何よりもまず音楽的でなければならない」(Delamusiqueavanttoutechose,)と声高に提唱し,

そのためには,これまでの伝統的偶数脚よりも『奇数脚(Impair)』を勧めている.

この様な,彼の詩作に対する態度が,同時にこの『土星ぴとのうた』の中に,すでに見い出すこ とができるのである.

そこでこの研究においては,先に少しふれた,いわゆるヴェルレーヌ流の,言いかえれば,彼独 自の作風とはいかなるものかを探ってみたい.そしてそのため,ここでは『土星ぴとのうた』の中 から,最も有名な詩編を3編とりあげ,ヴェルレーヌの独自性に光をあててみよう.

母音数脚韻脚韻音の種類

MONREVEFAMILIER

男女女男

Jefaissouventcereveetrangeetp6n6trant Dunefemmeinconnue,etquej,aime,etquim,aime,

Etquin,est,chaquefois,nitoutMaitlam6me Nitoutafaituneautre,etm,aimeetmecomprend

22221111 a。DODa

男女女男

Carellemecomprendetmoncoeur,transparent Pourelleseule,helas1cessed,etreunprobleme Pourelleseule,etlesmoiteursdemonfrontbleme,

Elleseulelessaitrafraichir,enpleurant.

22221111 a口,□,a

(2)

女女男 Est-ellebrune,blondeourousse?-Jerignore・

Sonnom?Jemesouviensqu'ilestdouxetsonore Commeceuxdesaim6squelaVieexila.

12 12

12

ccロロ

女男女 Sonregardestpareilauregarddesstatues,

Et,poursavoixJointaine,etcalme,etgrave,ellea L,inflexiondesvoixcheresquisesonttues.

222111 eq0e

よく見る夢

私は不思議な身にしみるこの夢をよく見ます.

見知らぬ1人の女の人の夢を.そしてその女'よ私を愛してくれています.

ひと

ひと ひと

そしてその女は見るたび|こ全く同じ女ではなく,

全くBUの女でもなく,そして私を愛しそして私のことをわかってくれています.

ひと

彼女が私のことをわかってくれるから,そして私の心は透きとうるのです.

彼女のためにだけ,ああ,私の心は問題ではなくなるのです.

彼女のためにだけ,そしてあおざめた私の額の汗を,

彼女だけが拭い去ることができるのです,泣きながら.

彼女の髪は褐色,亜麻色それとも赤毛?私はわかりません.

彼女の名前は?やきし<響きのある名前だと覚えています.

『世間』が追放した恋人たちの名前のように.

彼女のまなざしは,彫像のまなざしのよう,

そして,彼女の声は,遠く,そして静かに,そしておごそかに,その声は,

いとしい響きをしているのに今は消えてしまったのです.

注)この詩は堀口大学氏の名訳があるが,原詩の,「くりかえし」の効果を生かすために,あえ て原詩にできるだけ忠実に訳してみた.後で引用する『沈む陽』も同様である.

この詩の形式は14行詩の正韻ソネ(sonnetr6gulier)である.即ち,4行詩2詩節と3行詩2詩 節からなり,脚韻(rime)については,はじめの2つの4行詩においては2種類の脚韻a,b,

がabba,abba,という具合に抱擁韻(rimeembrassee)を形成し,残り2つの3行詩においては,

3種類の脚韻c,。,e,がcc。,ede,となっている.これは正韻ソネの定義であり,ヴェルレーヌ もまた,このオーソドックスな12音綴(alexandrin)による定形詩を用いて,自己の夢を歌いあげる.

またこの正韻ソネの規則に反するものは準正韻(sonnetirregulier),または変格ソネ(sonnet

libertin)と呼ばれているが'),いずれにせよ,これらソネは18世紀にやや衰えたものの,19世紀ヴェ

ルレーヌの時代には,大いにもてはやされ,流行した詩の形式であり,ここでとりあげている『土

星ぴとのうた』の中の第1部全8編からなる『メランコリア』はその全詩編がこのソネによって形

成きれていることからも,初期のヴェルレーヌがいかにこのソネを好んでいたかが,うかがい知れ

よう.それ故,これだけでは,ここにとりあげている『よく見る夢』において,ヴェルレーヌの詩

(3)

に関する彼の独創性といったようなものはまだ見い出せない.ただこの詩において注目に価するの は,同一語句のくり返し(vers-refrain又はrep6titiondum6memot)という点である.

即ち,最初の4行詩において,aime(愛する)が3度,et(そして)が5度,toutafait(全く)

が2度,次の4行詩の最初の詩行のmecomprend(私をわかってくれる)と最初の4行詩の最後 の詩行mecomprendが同一であり,elleseule(彼女だけ)がここで3度使用されている.そこで,

これからは,このくり返しという点について,考察してみよう.

まず12音綴で歌われるこの詩は全体に,ゆったりしたリズム感を読者に与える.加えて2つの4 行詩に多用きれているet(そして)のくり返しは,(8行のうち8回もetが使用きれている.)ヴェ ルレーヌが,いつまでも,あるいは何度も同じ夢を見続けたいという願望をもっているということ を読者に感じさせるのに有効なetであると言えよう2).即ち,第1詩行のSOuvent(しばしば)と これらのetのくり返しは,意味的に相関関係にあり,ただ単に音やリズムのためだけではないの である.

またこのetは,実に子供っぽい表現の仕方でもある.幼い子供が言う,「そして…そして…え-

と,そして…」そのものと言える.さらに最初の4行詩の中に2度もくり返きれるtoutafait(全 く)についても,LouisAGUETTANTが指摘しているように,日常会話で使用される常にありふ れた言いまわしである3).etにしてもこのtoutafaitにしても,いわば無垢な子供が我々に,自分

の見た夢を一生懸命思い出しながら思いつくままに語っているのである.また最初の4行詩の中に 3度も出てくるaime(愛する)のくり返しについても同様に,何度も同じ語句をくり返すことで,

自分の彼女に対する愛,あるいは彼女の自分に対する愛を確信しようとしているかのどと〈読者に 訴えかけているように思われる.最後の詩行のmecomprend(私をわかってくれる)という語句で,

この最初の4行詩はいったん終り,次にまた別の新しい内容の詩が次の4行詩から始まるかと思え ば,また再び,同一語句のmecomprendから4行詩が始まる.この2つの4行詩は実に切れ目なく,

綿々と続くのであるが,これを巧みに紐のように結びつけているのが最初の4行詩の最後の2つの etと次の4行詩の最初のetなのでる.

ここではelleseule(彼女だけ)という語句が4行のうち3行に渡って出てくる.このくり返し の効果は,言うまでもなく,ヴェルレーヌの見た夢の女性が,いかにたった1人の女性であるか,

そしてその女性をいかにヴェルレーヌが愛していたかという彼の思いを強調している,ということ を読者に理解させることができるが,この説明はあまりにも平凡である.もちろんそのような効果 があるということは否定できないのであるが,先に述べた例の子供のような表現方法をここでも ヴェルレーヌは意識して用いているのだと言った方が,このelleseuleのくり返しについて,より 適切な解釈であると言えよう.ヴェルレーヌ自身の言葉を借りれば,この子供のような表現を『土 星ぴとのうた』の中の1詩編『ILBACIO』の中で『strophesenfantines』(子供のような言いまわ

し)という言葉で表現している.

つまり「そして…そして…」「彼女だけのため…彼女だけのため…彼女だけが…」と思いつくま まに何度も何度も言葉を後から後から重ねて行き,読者にこの夢の話がいつ終るのかを予想させな いのである.そしてこの夢がはたしていつ終るのだろうか,と読者に思わせる彼の詩法の頂点とも 言える語句がこの4行詩の最後にある.「彼女だけが,私のあおざめた額の汗を拭ってくれる,」と 言って,その後のコンマのため,少しの沈黙がある.そしてやおらぽつんとひと言,「泣きながら」

とつけ加えるのである.

ここまでは,ヴェルヘーヌはまるで今でも夢を見続けているかのように語るのであるが,次の3

(4)

行詩からは,この夢うつつから目ざめ始める.それは一連の疑問文によって明らかである.今まで 見ていた夢の女性を必死で思い出そうとするかのようである.彼女の髪の色はどんな色だったのか よく分らない.彼女の名前はと言えば,ただやさしい響きのあるようなものだということだけしか 覚えていないのである.ここには彼の夢のにがい目ざめを感じきせると共に,laVieexila(世間 が追放した)という言いまわしからも理解できるように,自分の将来に対する不安という彼独特の 個性,あるいは性癖がちらりと顔をのぞかせている.この自己の未来に対する理由のない不安は,

後で引用する『秋のうた』において見事にうたいあげられている.

きて,最終3行詩においては,regard(まなざし)という語が同一詩行に2度くり返きれる.統 辞法的に言えば,本来ひとつは代名詞にすべきものであろうが,ここでもやはりヴェルレーヌは代 名詞を知らない子供のような表現に固執している.またここで注目すべきは,statues(彫像)と いう語句である.彫像は色も無ければ,表情も持たない.笑いもしないし泣きもしない無感動そ のものである.ここには高踏派芸術の目指した,客観性,無感動,虚心的なものといったテーマを 感じきせる.先のLouisAGUETTANTはこのregarddesstatues(彫像のまなざし)について,「こ の表現はヴェルレーヌが暗示しようとするものをかえって不可解なものとするものであり,結局は 脚韻の誤ちである4)」と批判的であるが,その批判は当を得ていないように思われる.StatueSと いう語の持つ冷たく硬い音の響きは,その言葉の持つ無感動な意味と相まって,最終行の「そして その声は消えてしまった」という最後の音tuesのさびしい饗と共に,彼の夢の悲しい目ざめを容 易に読者に理解きせる語句なのである.

夢の中で,彼女は彼の額の汗を拭ってくれた.泣きながら.しかし,次に目がさめると彼女は彫 像のように無感動となり,涙も出さない.つらい夢の目ざめなのである.それ故,彼女の声も静か に,遠くへ去って行き,最後には消えてしまい,後には長い沈黙だけが読者に残されるのである.

またこの詩の音楽性について述べるならば,この詩が12音綴であるが故に,ゆったりとした夢み 心地の心情を読者に伝え,またetのくり返し,あるいはaimeのくり返しによって,最初の2つの 4行詩は切れ目のない,長いリズムを持つ.ところが次の3行詩からは一連の疑問形式によって,

その切れ目のなさは突然破壊きれる.同一語句のくり返しは一切なくなる.テンポは急に速くなる.

しかしまた最後の3行詩において同一語句のくり返し,即ちregardが2度,etが3度出てきてリ ズムは再びゆるやかな,切れ目のないものとなる.とりわけ最後の3行詩の第2詩行の句またぎ

(enjambement)は,この詩行をここで終らせず,次の最終詩行にまで続けて読者を引きずって行 くのに素晴らしい働きをしているのである.もうこれで終りかと思わせる寸前に,その期待は見事 に裏切られ,思わず最終詩行まで,そのリズムはたゆたうように続き,最後に「その声は消えてし まった.」と沈黙してしまう.

これら同一語句のくり返し,そして詩を1行で終らせず次の行にまでかけて行く句またぎの妙味 こそヴェルレーヌの音楽なのであり,LouisAGUETTANTが指摘するように「すでに非常にヴェ ルレーヌ的な詩句5)」なのであり,後にヴェルレーヌが目指した音楽的な詩の兆しがすでにここに 十分見い出せるのである.とりわけ,この同一語句のくり返しは,『言葉なき恋歌』において最も 多用されているのである.ちなみに,ポードレール(Baudelaire)の『悪の華』(LesFleursduMal)

における同一語句のくり返しの数は全3567詩行において約490行(約14%)見られる.参考までに,

ヴェルレーヌの主な作品における同一語句のくり返しの数を,その年代順に見てみると,次のよう

な結果が得られる.

(5)

出版年 全詩行数 くり返しの行数

1124 268

24%

1866年

1869年 416 15%

1872年 394 79

20%

1874年 470 148

31%

1525 366 24%

1881年

さらに『土星ぴとのうた』の中だけ見てみると次のような結果になる.

33%

35%

13%

44%

16%

34%

きて,これまで見てきた同一語句のくり返しと,句またぎの効果が見事に組み合わきれた好例が,

次にあげる『悲しい風景』の中の『沈む陽』である.

脚韻音の種類

韻 女男女男女男女男女男女男女男男女

数 音5555555555555555

SOLEILSCOUCHANTS

a0Da0Da□,a6Dc00c0dc0000c

Uneaubeaffaiblie

Verseparleschamps

Lam61ancolie Dessoleilscouchants Lam61ancolie

Bercededouxchants

Moncoeurquis,oublie

Auxsoleilscouchants Etd,etrangesreves,

Commedessoleils

Couchantssurlesgreves,

Fant6mesvermeils,

D6filentsanstreves,

Defilent,pareils Adesgrandssoleils Couchantssurlesgreves.

詩集名 出版年 全詩行数 くり返しの行数

土星ぴとのうた 1866年 1124

268 24%

艶なるうたげ 1869年

416 63

15%

よき歌 1872年

394 79

20%

言葉なき恋歌 1874年 470 148

31%

かしこさ 1881年

1525 366

24%

タイトル 全詩行数 くり返しの行数 %

プロローグ

102 34

33%

メランコリア

112 39

35%

エッチング 112

15

13%

悲しい風景

139 61

44%

気まぐれ+その他の詩編

579 92

16%

エピローグ

80 27

34%

(6)

沈む日 弱まった曙が

沈む陽のメランコリーを 野に注ぐ.

そのメランコリーは やきしい歌で

沈む陽に我を忘れる我が心を やさしくゆるす.

そして不思議な夢が 砂浜に沈む陽のように 真紅の亡霊のように たえまなくたえまなく 続いて行く.

砂浜に沈む大きな陽のように.

形式は5音綴の16行詩である.5音綴であるということから,リズムは軽快で,早いテンポの詩 となり,鈴木信太郎氏が指摘するように,これは「音楽に適する詩の形式」と言える6).ざらにヴェ ルレーヌ自身の『詩法』(ARTPOETIQUE)において詩を音楽的にするために奇数脚を勧めている7).

また16行詩に関してはa,b,c,。の4種類の脚韻から成っており,abababab/cdcdcddcという 結局は8行詩2つ(それぞれ2種類の脚韻abとcd)が組み合わきれた16行詩であると言えよう.

この場合8行詩2つがそれぞれ別個のものであり,それがひとつになって16行詩を形成していると 解釈するのか,あるいは,16行詩1全体として,即ち,ひとつのまとまった新しいジャンルの詩の 形式としてとらえるのか,という問題がある.

そこでまず同一語句のくり返しについて見てみると,前半部分の8詩行の中にsoleilscouchants

(沈む陽)が2度,後半部分の8詩行の中にもsoleilscouchantsが2度見られる.また前半と後 半のちょうど中央にあるEt(そして)という語句のため,前半部分と後半部分がうまく連結され,

テーマとしてのsoleilscouchantsは見事にひとつに結ばれる.それ故,これは8行詩2つから成 る16行詩と言うより,むしろ16行詩そのものであると言える.

また各詩行は,わずか5個の母音からだけで構成されているにもかかわらず,脚韻は4種類だけ しか使用きれていないことから,この詩は,とりわけ歯切れの良い,軽快なリズムを持つことにな る.これはまた統辞上の工夫からもうかがわれる.即ち,前に引用した『よく見る夢』においては reveetrange(不思議な夢)という言いまわしが,ここではetrangereveとなっている点である.

意味はどちらも同じであり,もちろん母音の数も同じであるが,reve6trangeの場合,この語句が ひとたび発音されると,そのリズムは終りが6trangeという長い音をもつ語句のため,長いゆった りしたものになる.これに反して,etranger6veの場合,語の終りがreveと短い音を持つために,

そのリズムは,きりりとひきしまった短いものとなるのである.ここで詩におけるリズム,言いか

えれば,詩における音楽`性,に対するヴェルレーヌの心くばりがうかがい知れるのである.Paule

SOULIE-LAPEYREも指摘するように,本来あるべき語句の順序(ここではreve6trange)をしば

しばヴェルレーヌはひっくり返すことで(etranger6ve)すり切れた語句に命を与えるのである8).

(7)

これは最後に引用する『秋のうた』においてもsanglotslongs(長いすすり泣き)に見られるもの である.本来はlongssanglotsであろう.

ところで,詩とは本来その1詩行の中で音も意味も完結すべきものであるが,ヴェルレーヌのこ の詩においては,特に後半部分で,脚韻は完全にふまれているので,音においてはそれぞれ1詩行 の中で完結しているのであるが,意味においては,次の詩行まで聞いてみなければ理解できない.

即ち1詩行の終りから次の詩行の始めへと,かぶせるようにして2つの詩行をひとつのまとまった 意味内容のある詩行とする働きをするものを句またぎ(enjambement)と呼ぶのであるが,ここで は,とりわけ後半部分にそれが多く見られる.即ち第10詩行の最後のsoleilsと第11詩行の最初の Couchants,第14詩行の最後のpareilsと第15詩行のAdesgrandssoleilsでありこのgrands soleilsが最終詩行の始めのCouchantsにつながるのである.このようにして第9詩行目から最後 の16詩行目まで上からかぶさるように止切れなく意味内容が続き,読者はこの詩の速いリズムと相 いまって,いつこの詩が終るのかと最後まで気を抜けないのである.そしてそれはD6filent(次か ら次に進んでくる)という同一語句のくり返しによって増々強調されるのである.これこそヴェル レーヌ独自の詩法であり,ヴェルレーヌの音楽なのである.

次にこの詩の意味内容に移ってみよう.まずこの詩の出だしから読者に衝撃を与えるのは,その 語句の矛盾である.Uneaube(曙)がDessoleilscouchants(沈む陽)のメランコリーを野に注 ぐというのは,理`性では全く理解できないことである.はたしてこれは朝なのか,それとも夕ぐれ 時なのか.またMoncoeurquis'oublieauxsoleilscouchants(沈む陽に我を忘れる我が心)にお いてs,oublieraという言いまわしは,実にヴェルレーヌ独特の文法である.ここでのauxは意味 上は,いわばacausede(~のために)のaのことであり,s,oublier(我を忘れる)という動詞 の意味まで含めれば,semelera(~と交じり合う)のaなのである.身近な例としてコーヒーを とりあげてみよう.コーヒーの中に砂糖を入れる.そしてそれをかきまぜても(meler)砂糖が溶 けないで残った場合,それはひとつのカップの中にコーヒーと砂糖が別々に存在することになる.

しかし,かきまぜられた結果,その砂糖がコーヒーの中に溶け込んでしまった時(semeler)砂糖 の姿は全く無くなるのであるが,それでも,このコーヒーの中に,コーヒーと共にひとつになって 存在しているのである.このコーヒーと砂糖の関係が,ここではsoleilscouchants(沈む陽)と Moncoeur(我が心)の関係と同じなのである.即ちacausedessoleilscouchants(沈む陽のため)

semelerauxsoleilscouchants(沈む陽と自分が交じり合って)その結果s,oublier(我を忘れてし まう)のである.

このようにして,ヴェルレーヌの自己は完全に(砂糖のように)その沈む陽の中に溶け込んでし まう.acausede(~のために)とsem61era(~と交じり合う)という2つの意味をたった1語 のs,oublieauxという表現で短く引きしめたため,この詩は形式上,増々引きしまったものとなり,

意味内容上,増々謎めいたものとなるのである.そしてこれこそがヴェルレーヌの真髄と言えるの である.

きて,この詩においては,理性の点から見た時,もうひとつの相反する語句の組み合わせが見ら れる.それは,Fant6mesvermeils(真紅の亡霊)である.曙は一般的には白むものであり沈む陽 は赤いものである.仮にこの詩の最初の語句Uneaube(曙)にこだわるとすれば,これはFan‐

t6mesvermeilsではなく,同じ『悲しい風景』の中の『感傷的な散歩』9)(PROMENADE

SENTIMENTALE)と題された詩の中で見られるFant6melaiteux(乳いるの亡霊)とする方が読

者の理性にかなうものである.この『感傷的な散歩』においては,落日の風景を描きつつ,亡霊は

(8)

vermeil(真紅な)ではなく,FantOmelaiteux(乳いるの亡霊)となっているのだから.また仮に,

これを夕ぐれ時の風景であるとすれば,今度はUneaube(曙)とは何なのか全く理解できない.

しかしこれこそがJacquesROBICHEZが指摘しているヴェルレーヌの語法の暖昧さなのである'o).

このような語句の暖昧な使用こそが彼の『詩法』(ARTPoETIQuE)で勧める暖昧ざなのであり,

(Ilfautaussiquetun,aillespoint/Choisirtesmotssansquelquem6prise:)(音楽的であるた めにはどんなまちがいもないような言葉を選んではいけない.)ここで,ヴェルレーヌはすでに自 分の詩法を実践しているのである.JROBICHEZによればこの詩における暖昧さのために「現実生 活の常識的な枠の中にはまっている読者は,この詩において理`性にかなった正しい表現を探すこと を思い留めざるを得なくなる.即ちここで大切なことは,ヴェルレーヌの魂の状態にtatsd'伽e)

なのであるu)」という解釈をこの語句の暖昧な使用に対して与えている.

それ故,読者は常識的な理`性を捨て去ってヴェルレーヌの詩を読まなければならなくなる.ここ では,風景は曙でもあり,夕ぐれ時でもある.これはヴェルレーヌが創り出した)ヴェルレーヌ独 特の風景なのである.そして何度も何度もくり返きれるsoleilscouchantsやD6filentやgrevesと いう表現のため,EleonoreMZIMMERMANNの表現を借りれば,読者はヴェルレーヌの「催眠術」

にかかったようになる'2).ここで読者は完全にヴェルレーヌの術にはまってしまうのである.そ してヴェルレーヌの不思議な夢の中に読者は,いつの間にか知らず知らずのうちに誘いこまれてし まう.この催眠術の中にひとたびはいってしまうと,「因果関係が支配している全く理性的な現実 世界に,何ものも読者を連れ戻すことはできない.どうやって自分がこの夢の中に滑り込んだかも 分らず,読者は突然夢の世界にいる自分を見い出すのである.そこでは,もはやこの詩の意味,あ

るいはこの夢に関する問いかけは不要となってしまうのである.'3)」

このようにして同一語句のくり返しの効果,あるいは次から次にたたみかけてくる句またぎの効 果によって生じる催眠術のため,「読者は非理,性的な世界へ到達する可能性を与えられる'4)」ので ある.そしてそのため増々この詩は神秘的な,あるいは暖昧なものとなるのである.この神秘ざの 中に,またこの暖昧な夢の世界の中にヴェルレーヌの自己は巧みに溶け込むのである.このように 彼が創り出した神秘的世界の中に自己を溶け込ませる彼独特の技法は,最後に引用する『秋のうた』

において見事に完成している.

母音数脚韻脚韻音の種類

CHANSONDAUTOMNE

男男女男男女

443443

Lessanglotslongs Desviolons

Del,automne Blessentmoncoeur D,unelangueur

Monotone.

aa0Dcc0D

男男女男男女

443443 ddfggf

Toutsuffocant Etbleme,quand

Sonnel'heure Jemesouviens

Desjoursanciens

Etjepleure;

(9)

男男女男男女

hh

443443

Etjemenvais

Auventmauvais

Quimemporte Deca,dela Pareilala

Feuillemorte.

■■■ヴ●□■■咳

のき啓破 雅歌繊弓く皿響を の二胡な泣き砲胸 鉋秋のびう憂が 鉈秋雄咽畑物わ

かねな

鐘q鳥れぱ われ色青ざめて

いろあお

ついきおも

吐く息重く

すざしかし

過し昔を

おも0(、な

思出でて泣く.

はくかうかぜ

薄倖の風|こ

は二

連ばれて ここかしこ われはjbI7復ふ

.さまよ おちば

落葉か)9ミ.

永井荷風

「あめりか物語」より

形式は6行詩で,その脚韻を見るとaabccbという,鈴木信太郎氏によれば6行詩の中で最も快 適であり,最も広く用いられていた脚韻の配置である'5).しかも母音の数も4,4,3,4,4,

3という具合に偶数と奇数が交じり合っているため,この詩を聞く読者の耳には,そのリズムは非 常に不安定なものとして感じられるのである.しかしこの詩の魅力はまさにこの不安定なリズムに あるのであり,この音綴の不規則さのため,ざらにこの詩を意味ありげなものとしている.

まずこの詩において,これまで見てきた2編の詩と異なる点は同一語句のくり返し(vers-refrain またはrep6titiondumememot)がほとんどないという点である.第2詩節の最後のEt(そして)

と第3詩節の最初のEtのみである.この詩の魅力は,それ故,同一語句のくり返しよりもむしろ,

半譜音(assonance)(同一あるいは類似の母音のくり返し)や鍵韻法(allit6ration)(同一あるい は類似の子音のくり返し)の妙味にあると言えよう.

即ち第1詩節においては22個の母音のうち,〔a〕,〔a〕,〔0〕,〔5〕,〔に〕といった同一ある いは類似の母音のくり返しが14回(約64%)あり,28個の子音のうち〔l〕のくり返しが7回(25%)

あるのである.第2詩節においては22個の母音のうち〔u〕,〔y〕,〔3〕のくり返しが7回,〔a〕,

(10)

〔5〕,〔0〕,〔に〕のくり返しが6回で合わせるとこれだけでも同一あるいは類似の母音のくり返 しは60%近くになる.ただ同一子音あるいは類似の子音のくり返しはここではあまり見られず,そ れどころか変化に富んだ子音のおかげで,この詩がただ単に単調な,退屈なものになるのを妨げて いる.そして最後に再び同一あるいは類似の母音のくり返しが,即ち〔う〕,〔0〕,〔Ce〕,〔a〕,〔a〕

が11回(50%)も使用されているため,再びこの詩は単調なものとなる.即ちこの詩は音において その物憂き,単調さを読者に示唆しているのである.

また,この詩はあまりに脚韻が豊かすぎる(rimeriche)ため(例えば伽9sとvio伽s,au伽"e とMono伽e等のように)増々音楽的な心地良さを読者に与える.しかしこのような豊かな脚韻の

使用はLouisAGUETTANTが指摘しているように'6),当時の高踏派の詩における音楽性に対する 盲目的信奉の影響をそのまま受けついだものであり,それ故ヴェルレーヌ独自の詩における音楽`性 は,この場合,脚韻の要素からは認められない.ただこれまで述べてきた同一語句のくり返しの効 果の代用となるものが,ここでは半譜音や聾韻法なのである.即ち同一音,あるいは類似音のくり 返しによって,読者を催眠術にかけ,いつの間にか彼の創造した自然の世界,ここでは秋の風景の 中に,神秘的な謎めいた世界の中へ,知らず知らずのうちに引き込むのである.

さらに,彼の自己はここでは秋の枯れ葉にたとえられている.そしてその自己は抗し難い運命の 風に散らされて,あちこちとさまよい続け,やがては,秋の風景の中に溶け込んでしまう.

理由のない自己の不安をテーマにしたこの詩は,22才以前にこの詩を書いた若い詩人が実際,彼 の実人生において経験できるものではなく,いわば非現実的なものであり,あくまでも,ただ詩の ためにのみ彼が創り出した自己であると言える.これは醒めた目で見詰めた自己であり,没個性的,

客観的な高踏派の詩法に相通じるものである.しかしそれにもかかわらず,後年彼が,ランポー

(ArthurRIMBAUD)と妻マチルド(Mathilde)の間を,酒場と教会の間を揺れ動きながら,さま よい続けて死んでいったという事実を踏まえてこの詩を読む時,この詩がたとえ高踏派的なもので あるという批評があるにせよ,ここですでに後の作品集に見られる,ヴェルレーヌ独特のテーマで ある,自分の人生に対する不安や絶望,あるいは傷ついた魂の血の出るような叫びの萌芽を垣間見 る思いがするのである.ここではそのような自己に対する漠然とした不安が枯れ葉となり,彼の創 り上げた風景の中に溶け込んでいる.この詩は先に引用した『沈む陽』とは詩法上は異なっている が結局は読者を同じように,彼が創造した非現実的な夢の世界へと誘うのである.

それ故El6onoreMZIMMERMANNが指摘しているように,ヴェルレーヌにおいては,くり返し の用法は,同一語句のくり返しにせよ,半譜音や鍵韻法にせよ,この『土星ぴとのうた』において 彼の最高峰に達している'7),と言えるのである.

ヴェルレーヌ自身,このくり返しについて次のように語っている.即ち「このくり返しは,詩人 が特別に意識して作った流れるようなリズムがあればあるほど,それだけ詩における暖昧苔の効果 が生じるのである'8)」と.そして,その暖昧さの世界,その神秘的世界の中で,ヴェルレーヌの 魂と読者の魂が共感するのである.この『土星ぴとのうた』は,AntoineADAMも言うように「運命 に対する抗し難い自己の魂の嘆きや絶望などの告白集'9)」なのである.そして「彼はそのような 自己の苦しみを表現するために神経を費したのではなく,苦しみの情感を表現する語句と語句の組 み合わせ,あるいはリズム,あるいは音の響き等を見い出すことが彼の真髄であり20)」そこから 彼の詩が生まれてくるのである.即ち,同一語句のくり返し,句またぎ,半譜音,鍵韻法,不確実 な言いまわし,奇数脚,これらがまきにヴェルレーヌ独自の詩法であり,その結果彼の詩は暖昧な,

神秘的なものとなる.そして読者は,ヴェルレーヌの術にはまるやいなや,いつの間にかヴェルレー

(11)

ヌの創造した非現実的世界の中に迷い込むのである.これこそがヴェルレーヌの独自性と言えるの である.

〔注〕

鈴木信太郎:フランス詩法(下),白水社,1978年,P,250-P287

RogerLEFEVRE:PaulVerlaine,Poesieschoisies,LibrairieHachette,1956,P・l3 LouisAGUETTANT:Verlaine,lebonheurdelire,Les6ditionsduCERF,1978,R34

1bid.,P、35

1bid.,P、36

鈴木信太郎:フランス詩法(上),白水社,1978年,P104

Verlaine:Artpoetique,mUVRESPOETIQUES,editiondeJacquesROBICHEZ,EditionsGarnierFreres,

1969,P261

PauleSOULIE-LAPEYRE:LeVagueetTAigudanslaperceptionverlainienne,PublicationsdelaFaculte desLettresetScienceshumainesdeNice,CollectionM6diterran6eantiqueet moder、e15,1975,P141

Verlaine:⑱UVREPOETIQUEeditiondeJacquesROBICHEZEditionsGarnierFreres,1969,P37

1bid.,P519

1bid

EleonoreM・ZIMMERMANN:MagiesdeVerlaine,LibrairieJoseCorti,1967,P、42

1bid,R43

1bid,P、44

鈴木信太郎:フランス詩法(下),白水社,1978年,P73

LouisAGUETTANT:Verlainalebonheurdelire,LeseditionsduCERF,1978,P、50 EleonoreMZIMMERMANN:MagiesdeVerIaine,LibrarieJoseCorti’1967,P,44

Verlaine:LesHommesd,aujourdhui,巴UVRESENPROSECOMPLETES,Texteetabli,present6etannote

parJacquesBOREL,BibliothequedelaPleiade,1972,F788

AntoineADAM:Verlaine,ConnaissancedesLettres,Hatier,1965,P、84

1bid,P86

1bid

RogerLEFEVRE:PaulVerlaine,Poesieschoisies,LibrairieHachette,1956,P13

Verlaine:Poemessaturniens,<ILBACIO>,巴UVREPOETIQUES,editiondeJacquesROBICHEZ,Editions

GarnierFreres,1969,P、49

Verlaine:LesHommesd,aujourdhui,巴UVRESENPROSECOMPLETES,Texte6tabli,pr6sent6etannot6

parJacquesBOREL,BibliothequedelaPl6iade,1972,R788

AntoineADAM:Verlaine,ConnaissancedesLettresHatier,1965,P、87

11111111234567

8)

9)

10)

11)

12)

13)

14)

15)

16)

17)

18)

19)

20)

21)

22)

23)

24)

25)

(12)

L,originalitedeVerlainedans

<Poemessaturniens>

KaoruOKUMA

LepremierrecueildeVerlaine,<Poemessaturniens>、publieenl866,estuneoeuvre ecriteentresesseizeansetvingt-deuxansEncetemps-la,l,artparnassienetaitalamode etonpeutreconnaitresesinfluencessurrartpo6tiquedeVerlainepartoutdansses

<Poemessaturniens>:impersonnalit6,0bjectivit6ourimericheQuoiqu,ilensoitdecette

influencedel,artparnassien,onpeuttoutdememetrouverunecertaineoriginalit6deVer‐

lainequbnreconnaitradanslesrecueilssuivants:<LaBonnechanson>(1870),Cu

<Romancessansparoles>(1874)

SelonAntoineADAM,Verlaineavaitrefus61ajoieoul,espoirdanssavieetilen avaitunemefiancellcherchaitatrouverlesalliancesdemots,lesrythmes,lessonorit6set

lescesuresquidonnentllimpressiondetellesangoissesSonvraisouci6taitla21).Verlaine

donneasonartpo6tiqueunetouchemusicaleavanttoutautreaspect・

Lebutdanscette6tude-ciestdecherchersonvraisouciquiconstituel,originalit6de sonartpo6tique,cequiesttransparentsurtoutdans<Poemessaturniens>・Pourcela,nous avonschoisilestroispoemestresconnus:<MONREVEFAMILIER>,<SOLEILS COUCHANTS>,<CHANSONDAUTOMNE>・

Dans<MONREVEFAMILIER>,onremarquetoutdesuitebeaucoupdevers‐

refrainsouder6p6titionsdumemem0t:``α伽e,',``et,,,``lMdmjt,,,“碗ec伽雌"。”ん地 Sc"ノe,,、Lar6p6tition“e',,…``0t,,…``0t',…veutdireselonRogerLEFEVREqueVerlaineveut

prolongersonr6ve22).Etlesr6p6titions,“e地Sc"/e”,“α伽e,,,etc.,nousdonnentl,impression

。,unesorted,incantationmaisc,estaussibieneuphoniqueDetellesr6p6titionssontrheto‐

riquementparlantdes<stmP"ese,(/tz"伽s>commeleditVerlainedans<IlBACIO>23).

Ilnousparledesonreveetrangecommeunenfantenr6p6tantlamemephraseoule mememotetdelasorte,、ousnecomprenonspaslafindesonr6Cit・IlestcoOoo伽e〃〃、CO"eγ b"jssol0"ieγ”〃〃伽PγMs@脚γα〃Piq"o9"イノqissee舵γレノ〃s剛稻MBS,too4j”7sles刎伽eMi

伽Dc7s化iγ9",イノα伽"u624).Etdanslepremiertercet,ilser6veilleetilsedemandela

couleurdesescheveuxousonnomllnes'ensouvientpasC,estunr6veilamerpourlui・

Sonregardestpareilaceluidesstatues・Lastatuen,apasdecouleurs,niderires,nide larmes・Onpeutyreconnaitrel'influenceparnassienne:impersonnalit6,impassibiliteSa voixchereaussimeurtetilnerestequ,unlongsilenceC,estlechantdel,ヨmetriste,bles‐

s6edeVerlaineLqmstessese池sqgo7gF,、伽"gルルc"α"t、25)

<SOLEILSCOUCHANTS>estunversdecinqsyllabes(pentasyllabe)quiconvien、

nentalamusiquedontVerlaineparledansson<Artpo6tique>:"ルノα伽"sj〃`α"α"t伽te c/lose,/EtPo"γCeノCUPアビ!/乙沌MoIpqi7',、Onpeutaussiytrouverbeaucoupderep6titionsdu mememot,etenoutrebeaucoupd'enjambements・Acausedetellesr6p6titions,lelecteurest commehypnotis6jusqu,ayperdrelaraisonllnesedemandeplussic,estlematinoule soirmalgrelesmotsparadoxaux:``α"be”,“soMlsco"c'ML"ts'',``F〔L"jO1O0eslノcn"Clノs”・Peuim‐

portealorslemondedelaraison・Lelecteurseglissedansler6vedeVerlainesanssavoir

commentC,esttoutafaitl,artpo6tiquedeVerlaine、Verlaineluiaussi,ilestdanssonreve

(13)

etrangeetsoncoeursefonddanslepaysagequ,ilacr66:“Mm2ccP"γ9"is,”Mecz"えsルノノS

c”c〃〃s・”

11s,agiticides,”Mcγα皿兀soleilscouchants.C,estlagrammairetypiquedeVer‐

laine・Cetcz“signifie“dca"sede”ets,”Me7``Sc加脱γd,'・Acausedessoleilscouchants,

soncoeursemeleacessoleilscouchantsetilenresultequedememequelesoleilsenoie dansIepaysage,ainsiVerlainesenoiedanssonrevemystique

Dans<CHANSONDAUTOMNE>,iln,yaquuner6p6titiond,unseulmot:“E#v PourtantcepoemeesttreseuphoniqueC,est。,unepartparcequ'ilemploiel,assonancelal ,la1,[01,’51,etTallit6rationlllaulieudelar6p6titiondum6memotouduvers‐

refrain,dautrepartparcequelesverssonttrescourts;dequatreoutroissyllabes・A causedel,incantationparrassonanceetl,allit6ration,lelecteuresthypnotis6etacausedes versapeudesyllabes,ilsesentinstable,errant,tombant,COmmeunefeuillemorte・La feuillemorteesticiVerlaine,lui-memellsefonddanslafeuillemorteetluiaussi,ilest forc6d,errerpoussepar“んu“t伽α"1ノajs”impuissantlui-memedemaitrisersonpropre

destin・

Rep6titiondum6memot,enjambement,assonance,alliteration,motindecis,rimeim‐

pair:voilaleprocedepropreaVerlaine、Ilenr6sulteunepoesievagueetmystiqueEtle

lecteurprisalorsaupiegedeVerlainesetrouvecommejetedanssonmondeirr6eLdans

sonrevemystique、Voilal,originalitepropreaVerlaine

参照

関連したドキュメント

これはつまり十進法ではなく、一進法を用いて自然数を表記するということである。とは いえ数が大きくなると見にくくなるので、.. 0, 1,

ピンクシャツの男性も、 「一人暮らしがしたい」 「海 外旅行に行きたい」という話が出てきたときに、

 親権者等の同意に関して COPPA 及び COPPA 規 則が定めるこうした仕組みに対しては、現実的に機

てい おん しょう う こう おん た う たい へい よう がん しき き こう. ほ にゅうるい は ちゅうるい りょうせい るい こんちゅうるい

 このような状況において,当年度の連結収支につきましては,年ぶ

とりひとりと同じように。 いま とお むかし みなみ うみ おお りくち いこうずい き ふか うみ そこ

 今日のセミナーは、人生の最終ステージまで芸術の力 でイキイキと生き抜くことができる社会をどのようにつ

次に、 (4)の既設の施設に対する考え方でございますが、大きく2つに分かれておりま