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財務情報と非財務情報の統合報告の動向

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財務情報と非財務情報の統合報告の動向

朴 恩 芝

1.は じ め に

今日の株式会社システムを支えるものとして,会計システムの重要性はいう までもない。企業の経営者は所有者に対して,委託された資源の運用およびそ の成果について「報告」することでアカウンタビリティを果たす。さらに,企 業の会計情報は資源配分のベースになるため,投資家が手持ちの資金を投資す る投資先を選択するための意思決定の材料として活用される。まさに企業の会 計情報は,企業が経営活動を続けるために,また投資家が投資活動を行うため に共通する,もっとも基礎的なものである。

しかし,経営のグローバル化が急速に進むなかで,企業の経営活動のみなら ず投資家の投資活動も国境をまたぐ現状において,各国の会計基準の違いは,

会計情報の利用可能性,有用性,比較可能性などの質的特性を働きにくくし,

アカウンタビリティの遂行を妨げる。これらの問題を解決するために,現在国 際会計基準審議会(International Accounting Standards Board : IASB)による国 際財務報告基準(International Financial Reporting Standards : IFRS)を中心に,

財務情報および開示の国際的な統一化が加速している。

さらに,いまの企業に開示が求められる情報は,既存の財務情報に加え,リ スク管理や戦略の情報から,環境や社会関連の情報にまで多様化している。こ のような非財務情報においては,経営者による財務・経営成績の分析(MD &

A)の開示が義務付けられ,また環境や社会情報の開示をすすめるために GRI

ガイドライン内容の充実化などが図られている。こうした企業の開示情報の変 化,とりわけ非財務情報の増加は企業を取り巻く各種のステークホルダーとの

香 川 大 学 経 済 論 叢 第85巻 第3号 22年12月 33−4

(2)

関係を表面化する切り口となっている。

統合報告(Integrated Reporting)は,このように財務情報と非財務情報への 社会的ニーズが高まり,各々が独自の発展を続けている最中に,国際統合報告 審議会(International Integrated Reporting Council : IIRC))から提案されたもの である。この報告では,そのターゲットをすべてのステークホルダーとしなが らも,初期段階では投資家に絞っている。これに関しては,ディスカッション・

ペーパーに対するコメントにも多数の意見が寄せられており(IIRC,22,

p4)

,今後の方向性は流動的である。ただし,本来企業の情報発信に関する最 低限の根拠を企業の所有者へのアカウンタビリティとすれば,統合報告書で扱 われる情報には,少なくとも投資家の信頼を担保するものが含まれなければな らない。

本稿では,既存の財務情報に加え,非財務情報が要求される背景や2つの全 く異なる情報を統合しようとする統合報告の動きとその内容,さらに初期段階 で報告のターゲットとしている投資家視点について考察する。そして,最終的 にはこうした統合報告の目指すものが,企業と多様なステークホルダーとのエ ンゲージメントをとおしてより効果的に表れることに触れたい。

2.非財務情報開示の動向

非財務情報開示のための動きは国際的にも多く見られている。アメリカで は,証券取引委員会(SEC)の登録企業が作成するアニュアルレポートの非財 務部門の記載内容を規則(Regulation)S−Kで規定している。たとえば,サス テナビリティ情報に関しては,事業説明(Item11)や法的手続き(Item13) 経営者による財務・経営成績の分析(Item33),リスク要因(Item53)の項 目において関連事業の影響などの情報開示が要求されている(日本公認会計士 協会,20,6−7頁)

アメリカでは,10年代から社会問題とされた環境汚染により関連法律が 次々と設定された経緯があり,これらの法律が企業の財政状態にも重大な影響 を与えるとの認識が広がっていた。そのため,SECも不確実性とそれに伴う

−34− 香川大学経済論叢

(3)

リスクに対応し適切な情報開示を確保するために,サステナビリティ情報に関 する開示規定を設ける必要があったと考えられている。

EU

では,23年会計法現代化指令(以下,指令)を起点として,非財務情 報開示にかかわるさまざまな取り組みや法令改正が行われている(経済産業 省,22,62頁)。この指令は,EUが加盟各国の財務情報制度を統一してか ら,IFRSの導入など比較可能性確保に取り組む動きを後押ししたかたちであ り,財務報告書に非財務情報を記載することを求めている。そこでの非財務情 報は,事業リスクおよび不確実性に関する情報,環境及び従業員に関する情 報,非財務情報の主要業績指標(KPI)に関する情報である!

そのために,指令によるサステナビリティ情報の開示要請が包括的かつ概括 的になっていることに対応するとともに,より具体的な開示指標づくりのため に,環境,社会およびガバナンス(ESG)情報"も検討されている。ESG情報は,

企業と投資家を中心とするステークホルダーの情報ニーズを明らかにすること で,今後の非財務情報の制度的発展につなげることを目的とする(日本公認会 計士協会,20,14頁)。具体的には,ESGパフォーマンスに関する

KPI

につ いてステークホルダー間で一定の合意を得ることや実現可能性について検討が 行われている。

一方,国際的な会計基準の主体である

IASB

は,20年に財務報告書類のな かに記載されるマネジメント・コメンタリー(management commentary#)に関 する実務声明書(practice statement)を公表し,マネジメント・コメンタリー の原則,質的特性および構成要素を提示している(経済産業省,22,74頁) このマネジメント・コメンタリーにはリスク管理の戦略とその有効性,非財務 的要素と財務諸表に開示された情報との影響が含まれており,報告書に対する

(1) この指令は一定期間内に国内法化する義務を負う一方で,最低限の条件のみを設定し ているため,加盟国にはある程度の独自性が許容されている。

(2) 環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)のことで,これらの 分野に対する企業の取り組みの目的は,社内外の各種のステークホルダーとのコミュニ ケーションを促進するためとされる。

(3) マネジメント・コメンタリーとは「MD & A」や「取締役報告」などと呼ばれるもの で,財務報告書の一部であるが,その多くは非財務情報である。

財務情報と非財務情報の統合報告の動向 −35−

(4)

適切な理解を促進するのに有効である。

日本においても,非財務情報を開示する動きが多く見られている。非財務情 報は,金融庁の企業内容等開示のガイドラインや企業会計基準委員会の有価証 券報告書の作成要領のもと,有価証券報告書の「対処すべき課題」や「事業等 のリスク」の項目で扱われる。また日本公認会計士協会は,地球温暖化による 環境変化への対応から,サステナビリティ情報の開示に至るまで,主に規制に 関するリスクや関連投資,情報市場や評判リスクなどの側面を取り上げ,非財 務情報に積極的に対応することを提言している!。そこでは,企業評価に主な情 報とされる財務諸表を補うものとしてマネジメント・コメンタリーの活用も注 目されている。

このように,世界的に既存の財務情報を提供する財務報告書やアニュアルレ ポートにおいて開示される非財務情報は,その多くがリスク管理やガバナンス に焦点を合わせており,投資家に重大かつ有用な情報として開示される。

その一方で,財務報告書以外のさまざまな情報を

ESG

情報としてまとめ,

独立した報告書媒体で提供する動きも本格的にみられている。現在,世界で もっとも広く利用されている非財務情報開示向けの

GRI

ガイドラインがその けん引役である。GRIガイドラインは19年に公表されてから,22年に第 2版,26年に現行の第3版(

G

3)が発行され,21年にこの

G

3をアップ デートした

G

3.1が公表された。現行の

G

3はマルチステークホルダー向けに 広範な項目を網羅している。しかし,その範囲や評価項目が膨大であることか ら,より多様なビジネスモデルを反映し,原則主義に対応可能なガイドライン に改定するために

G

4への検討作業が進められ,現在公開草案を公表している

GRI

,22)

日本では,20年はじめから政府主導の環境対応のガイドラインが多く公

(4) 日本公認会計士協会は「投資家向け情報としての環境情報開示の可能性」(26)「投 資家向け制度開示書類における気候変動情報の開示に関する提言」(29)「投資家向 け制度開示におけるサステナビリティ情報の位置づけ」(20)「投資家向け報告にお けるサステナビリティ課題の識別と重要性評価」(21)など,非財務情報の開示に関 する積極的な提言を行っている。

−36− 香川大学経済論叢

(5)

表されている。なかでも,経済産業省の「環境レポーティングガイドライン」 環境省の「環境会計ガイドライン」および「環境報告書ガイドライン」などは,

企業による環境対応を先導し,本格的な環境活動の情報開示を進めた先駆的存 在といえる。とくに,環境省の環境会計ガイドラインは企業の環境活動を記述 や物量情報はもちろん,コストおよびベネフィットに関する貨幣数値による情 報測定も試みることで,計算上の限界はあるにしても,企業の環境活動の評価 について,一定レベルで比較可能性や理解可能性を提供したものとして評価さ れている。これらは独立報告書のかたちで提供されており,初期の環境中心の 報告書から,現在は

GRI

ガイドラインや

CSR

の観点を取り入れた

CSR

報告 書,サステナビリティ報告書による開示が主流となっている。

このように,現在の情報開示は多様化し,企業の情報に関心をもつステーク ホルダーも多様化している。企業も多様なステークホルダーとの関係のなかで そのニーズを受けとめ,企業行動に反映していくことが要求されている。多様 なステークホルダーを意識した変化の中心に非財務情報開示のニーズがあり,

結果として,既存の財務報告情報に追加されるかたちもあれば(MD & A,マ ネジメント・コメンタリーなどリスク関連情報),環境報告書やサステナビリ ティ報告書のような独立報告書のかたちもある。いずれにせよ,ステークホル ダーによる情報開示のニーズはますます増し,企業もそれに積極的に対応せざ るを得ない状況にある。そして,これらの動きが,既存の投資家の意識にも変 化をもたらし,また企業の情報開示に影響するという循環を形成しつつある。

3.統合報告の必要性

現在活発に再編されている会計基準の国際的な統合は,21年に

IASB

よって本格的に始動した。グローバル社会に共通の土俵を提供するという観点 から,財務諸表の国際的な比較可能性の一層の向上をめざすため,日本,アメ リカを中心にコンバージェンスの作業が進められていた(橋本・山田,21,

3頁)。いまは,

IFRS

を質の高いグローバル・スタンダードとして支持する

EU

はじめ多くの国が

IFRS

の会計基準をそのまま採用しており,日本やアメリカ 財務情報と非財務情報の統合報告の動向 −37−

(6)

もコンバージェンス作業に続き,近い将来に導入に関する具体的な結論を出す とみられている。

加えて,すでに述べたとおり,企業情報の開示はより詳細な財務報告とマネ ジメント・コメンタリー,ガバナンスと報酬に関する追加的な報告,独立報告 書によるサステナビリティ報告などのかたちで,企業,その他の報告組織,投 資家や市民社会によって導かれるとともに,政策的にも後押しされスピードを 上げて進んでおり,変化する社会のニーズに積極的に対応していく仕組みが構 築されつつある。

その一方で,こうした状況は企業側に多くの情報開示をすることへの負担が 強いられるとともに,情報を受け取るステークホルダー側にも,氾濫する情報 のなかで,自身に必要な情報を確認する作業をきわめて困難にさせる副作用を もたらす。なぜなら,いまの多様な報告は,企業のさまざまな活動の横のつな がり,すなわち活動の相互関連性を示していないため,単なる情報量の増加に すぎないからである。その結果,せっかくの情報がステークホルダーに受け止 められず,たとえば,投資家は非財務情報の重要性を認識しているにもかかわ らず,入手可能となっている情報が投資意思決定に十分な状況にあるとは感じ ていないようである(IIRC,21,pp.8−9)

このようにステークホルダーからのニーズを追加し続けることへの懸念から 検討されるようになったのが,統合報告の概念である。つまり,単に情報を増 やすことはステークホルダーにとっても決して有用とはいえず,企業も十分な 対応をしたことにはならない。まずは開示する情報間の結合性を明らかにし,

ステークホルダーの理解を促す仕組みづくることで,情報の散乱を解消するこ とが先決である。

統合報告とは,組織が事業を行う経済,社会および環境上のコンテクストを 反映しつつ,組織の戦略,ガバナンス,業績および見通しに関する重要な情報 をまとめ上げるものであり,それにより,組織が受託責任をどのように果たし ているか,また組織がどのように価値を創造・維持するかに関して,明瞭かつ 簡潔に表される(

IIRC

,21,

p

4)

−38− 香川大学経済論叢

(7)

そこでは,ステークホルダーのニーズに応えるために増え続け,過剰に詳細 になった情報がむしろステークホルダーの理解の妨げとなり,重大な情報を曖 昧にしている現状が憂慮される。このため,情報の量より質をとり,重要な情 報を選んだうえで,従来の個別的な情報展開ではなく,相互要因間の結合を明 らかにすることに焦点をあてる。統合報告で想定される相互要因は,戦略とリ スク,財務と非財務の業績,ガバナンスと業績,組織とそのバリューチェーン に含まれる他組織の業績の部分で,それらの相互関係を明らかにすることが強 く求められている。

このように情報間の相互関係を明らかにすることは,企業の価値創造を促 し,最終的に持続可能な発展につながる。企業価値は「企業が生み出すキャッ シュ・フローの割引現在価値(の総額)」を想定するもので,その価値を最大 化するためには事業環境の変化と金融環境の変化に適時・適切に対応していく ことが必要不可欠である。さらに,いまの企業には,企業の社会的責任をも反 映した,より精緻な,広義の企業価値の測定や向上にかかわる取り組みが期待 される(経済産業省,22,3頁)

企業にとっては,いま持続的な企業価値創造が長期的な目標となっている。

この目標を達成するためには,まず情報の非対称性を解消する手段として用い られた従来の,単に「開示をする」という概念から脱皮しなければならない。

ステークホルダーで代表される社会とコミュニケーションをとることで,企業 の方針や戦略,価値観,ビジネスモデルを適切に開示し明瞭に伝え,ステーク ホルダーの理解を得ながら,そのフィードバックを経営に生かすサイクルをつ くる「対話をする」概念に転換することが必要である(経済産業省,22,3 頁)。この場合の対話は,投資家・債権者との対話はもちろん,取引先の選定 から顧客の商品選定,従業員の企業理念の共有などによるモチベーションの向 上をも含んでおり,企業価値向上のための役割が期待されている。

4.統合報告のフレームワーク

IIRC

は,現在の「報告」の発展を推進するものとして,国際統合報告フレ 財務情報と非財務情報の統合報告の動向 −39−

(8)

ームワークを開発している。このフレームワークの主たる目的は,明瞭,簡潔 かつ結合された比較可能な形で,組織の長期的見通しを評価するために,投資 家およびその他のステークホルダーが必要とする広範な情報を組織が伝達でき るようにすることである(IIRC,pp.8−15)

ここでは,既存の報告書を単に合体した報告書(Combined Report)ではなく,

統合報告の結果として発行される統合報告書が組織の報告媒体のなかで「プラ イマリー」なものとして位置づけられるこ と が 強 調 さ れ て い る(KPMG,

0)。この統合報告の内容を決定するにあたっては,次の表で提示された主 たる内容要素を基礎として基本原則を適用し,各要素の相互結びつきを明らか にすることで,それぞれの役割が理解される。

このなかで,重要な論点となっているものの一つに「重要性の原則」がある。

IIRC

は,現在のさまざまなかたちの開示情報がステークホルダーに混乱を与 えると判断し,統合報告において財務情報および非財務情報におけるもっとも 重要な情報だけを簡潔にまとめることで,主たる報告書から不要な情報を排除 しようとする。この動きは,イギリスの財務報告審議会(Financial Reporting

Council : FRC)でもみられる。FRC

は,20年に財務諸表の不要な情報を整 理し,財務諸表の開示をより体系的で実務的なものとすることを目指すプロ ジェクトの一環として,ディスカッション・ペーパーを発行している。ここで も,情報の散乱はアニュアルレポートの有用性を阻害し,重要な情報を不明瞭

・戦略的焦点

・情報の結合性

・将来志向

・反応性とステークホルダーの包含性

・簡潔性,信頼性および重要性

・組織概要およびビジネスモデル

・リスクと機会を含む,事業活動の状況

・戦略目標および当該目標を達成するため の戦略

・ガバナンスおよび報酬

・業績

・将来見通し 基本原則と内容要素

IIRC(21),p22.

−40− 香川大学経済論叢

(9)

にし,ビジネスとそれが直面する問題に対する理解を妨げるという問題意識が 表れている(

FRC

,20,

p

2)。適切な情報を確認し理解する能力を妨げる重 要でない情報と,変わらないままの記述情報とを混乱要素(

clutter

)と定義し,

企業とステークホルダーの合意のもと,これらの問題を顕在したうえで,報告 書全体を見直し,混乱要素を取り除くことを目指している(

FRC

,20,

p

5)

しかし,これらの作業には極めて困難が予想される。なぜなら,そもそも「重 要性」に関する考え方において,財務情報とサステナビリティや

CSR

におけ る情報とで求められるものが異なるからである(三代,22,42−43頁)。財 務情報においては,売上高や利益など金額ベースに重要性基準が設定されるこ とが多いが,サステナビリティ,

CSR

における「重要性」は,必ずしも金額 ベースではなく,その判断材料を経済的,環境的および社会的影響にまで広げ ている。そのため,どこまで折衷し,どこをそれぞれの情報固有のものとして 認めるかなど,本格的に議論を進める必要がある。

さらに,企業の情報開示における「比較可能性」も重要な議論の対象となる。

ここで比較可能性とは,企業間比較と期間比較の可能な状態を指す。この比較 可能性が担保されることで,ステークホルダーは企業が発信する情報を理解し 信頼して,次の行動を決める。しかし,財務情報に関しては,IFRSを中心と する統合主体があるため比較可能な情報が得られるが,非財務情報に関して は,この比較可能性を担保する装置がまだ整っていない。有力な方法として企 業が目標管理のために用いる

KPI

の利用が提案されるが(小西,22,22頁,

三代,22,42頁),そもそも

KPI

が企業固有の情報でつくられるものである ことを考えると,一定のレベルでの調整と合意が不可欠であろう。非財務情報 における比較可能性の問題が解消されない限り,統合報告の進展は難しい。

5.投資家の視点でのベネフィット

統合報告では,そのターゲットを,最終的にはすべてのステークホルダーと しながらも,初期段階では投資家に絞られている。そのために,統合報告が目 指す,不要な情報を取り除き重要な情報だけを選定する際にも,財務情報はも 財務情報と非財務情報の統合報告の動向 −41−

(10)

ちろん非財務情報において,一定の部分は投資家を意識した情報が対象とな る。このために,統合報告が実施されることで得られるステークホルダーに向 けたさまざまなベネフィットも,その多くは投資家の視点に立つものとなって いる。

投資家視点として挙げられている主なベネフィットは次のとおりである

IIRC

p

2)。まず,従来の報告がすでに行われた過去の企業活動の評価を中心 にしている反面,統合報告は,企業戦略や将来価値創造という将来に関する情 報により重点をおいている。これによって,投資家は組織の将来キャッシュ・

フローを生成する能力を評価できる。次に,統合報告では,経営者の視点から 重要なリスクと機会が開示されるために,投資家はその投資ポートフォリオ全 体においても,リスクと機会の長期的影響を評価できるようになる。一方で,

もっとも懸念される比較可能性については,統合報告が,各分野固有の報告モ デルを改善し,さまざまな報告からの情報をまとめ上げるためのプラットフォ ームを提供する。もちろん,このためにはとくに非財務情報の情報に一定レベ ルの評価ポイントに関する合意がなされなければならない。

何よりも,統合報告の大きなベネフィットは統合された情報を提供すること にある。統合報告が,組織の戦略,ガバナンスおよび財務業績と,組織が事業 を営む社会的,環境的および経済的なコンテクストとの間の関連性を明らかに することで,投資家は,組織の長期的価値に重要な影響を与える各種要因に関 するその総合的な影響を,より効果的に評価できるようになる。

こうしたベネフィットの一方で,課題も残されている。統合報告では財務情 報と非財務情報の要因が結びついたかたちでの情報を目指すとするが,この相 互結びつきをどのように行うのか,さらに投資サプライチェーンにおける両方 を組み込んだ分析ツールの開発が急がれる(

IIRC

p

2)。それに,前述の重 要性や比較可能性のような根本的な問題が解消されない限りでは,こうしたベ ネフィットは働かないはずである。

−42− 香川大学経済論叢

(11)

6.統合報告書の形態

ところで統合報告書は,まったく新しいものをつくるのではなく,すでにあ る情報から成り立つ。とすれば,既存の報告書に手を加えることで,統合報告 書を作成できることがもっとも合理的であろう。既存の報告書を利用した統合 報告書について,すでにいくつかの提案がなされている。

その一つに,財務情報から非財務情報への統合アプローチとされる有価証券 報告書中心の統合報告書が提案されている(小西,22,25頁)。周知のとお り,有価証券報告書には財務情報はもちろん,投資意思決定に重要とされるリ スクやガバナンスに関する非財務情報が含まれている。そこに,主要業績指標

KPI

)や主要リスク指標(

KRI

)などの企業固有の業績数値を加えることで,

財務的影響が評価できる。さらに,

ESG

情報を反映させて価値創造プロセス を明らかにすれば,統合報告としての役割が十分期待できる。

また,財務情報中心のアプローチという意味ではアニュアルレポートの活用 もその延長線上にある。有価証券報告書のような法定報告書は形式的説明が多 いが,法律で縛られていないアニュアルレポートは投資家のニーズに応じて 年々進化しており,企業が自由に創意工夫してさまざまな情報をわかりやすく 解説している。そこでは短期的な業績変化ではなく,長期的な構造変化にス ポットがあてられ,企業が発行する各種報告のダイジェストを含んでおり,何 よりも投資家向けの位置づけが明確なので,現時点での統合報告書としての完 成度が高い(窪田,22,77頁)

他方,非財務情報から財務情報への統合アプローチも提案されている。そも そも統合報告のためのディスカッション・ペーパーでは,最終的に多様なステ ークホルダーを想定しているため,従来の有価証券報告書にその役割はできな いとする。そのため,

CSR

やサステナビリティ報告書のような非財務情報の 報告を中心としたものも有力な媒体として提案されている。非財務情報に固有 の情報特性を生かしながら,総合報告の媒体として利用するには,ビジネスモ デルが類似する傾向にある業種ごとに重要な要素を結合した統合報告の作成が 財務情報と非財務情報の統合報告の動向 −43−

(12)

可能となる(小西,22,25頁)。しかし,そもそも統合報告の登場が,多く の情報開示や報告書を簡潔に,また重要なものに限定するという最大の目標を 掲げていることを考えると,このアプローチによって業種向けの報告書がつく られても,最終的には全体向けの別の報告書が求められることになり,本来の 趣旨とは矛盾する結果が予想される。あくまで,本格的な統合報告書を補うか たちでの役割にとどまると考えられる。

もちろん,どの提案や形態においても,とくに非財務情報に関しては一定レ ベルで内容の統一と比較可能性,さらには保証問題が解決されなければ,統合 報告は成立しないことは基本前提であろう。

7.お わ り に

−ステークホルダー・エンゲージメントの促進

本稿では,伝統的な報告とそれを超えるより広範な企業活動を開示する方法 として統合報告が提案された流れを考察した。現代の社会は従来の財務情報の みならず,リスク管理や環境,社会的な要素を含む非財務情報が要求され,さ まざまなかたちで報告がなされている。すると今度は,ステークホルダーのさ まざまなニーズに応えて開示された報告書が,ステークホルダーに氾濫する情 報のなかで自身に適切な情報を探すことを妨げる原因となってしまう。これら の問題を解消する方法として提案されるのが統合報告である。

IIRC

が統合報告をとおして意図するとおり,最終的にすべてのステークホ ルダーにとって重要な情報を選定し,相互関連性を示したうえで簡潔かつ明瞭 に開示するためには,単なる情報の「開示」ではなく,各種ステークホルダー との「対話」が不可欠である。絶えずさまざまなステークホルダーと対話をす ることで,どのような情報がステークホルダーにとって重要なのか,どの情報 間の相互関連性が求められるのか,どのように伝えれば理解されるのか,また そこから出された意見を経営に生かすという循環が生まれ,将来の持続可能な 発展につながる。そこで開示されるべきさまざまな情報はステークホルダーの ニーズや期待に応えるかたちで企業活動を反映したものなので,何よりも企業

−44− 香川大学経済論叢

(13)

とステークホルダーとのより緊密な関係が鍵となる。まさに企業と各種ステー クホルダーとのエンゲージメントを強化することにほかない。

ステークホルダー・エンゲージメントは,初期段階では局地的な環境・社会 的問題にかかわる批判への対応に追われていたが,より広い範囲での企業の社 会的責任を求める社会の要求性に

CSR

報告などのかたちで本格的に社会と向 き合い始めた。いまはグローバルな持続可能性の課題に対して,企業,政府,

NGO

などがともに立ち向かおうとするパートナーシップへの取り組みの時代 に入っている(野口,21,49頁)

統合報告は,このパートナーシップの時代に,企業とステークホルダーを真 のエンゲージメントに向かわせる積極的なきっかけとなりうる。統合報告が進 める企業の価値創造が,ステークホルダー・エンゲージメントのそれと合致し て生み出す相乗効果は,企業を持続可能な発展に導く一つの道を教えるものに なると期待したい。

Financial Reporting Council(FRC,

0)

, Cutting clutter : FRC discussion paper.

Global Reporting Initiative(GRI,

2)

, G 4 Development G 4 Exposure Draft.

International Integrated Reporting Committee(IIRC,

1)

, Discussion Paper-Towards Integrated Reporting-Communicating Value in the 2 1

st

Century.

(日本公認会計士協会訳(21)「統合報告に向けて 21世紀における価値の伝達 統合報告

IR」

International Integrated Reporting Committee

(22)

, Summary of Responses to the September 2 0 1 1 Discussion Paper and Next Steps .

(日本公認会計士協会訳(22)「統合報告に向けて 21世紀における価値の伝達 21年 9月に公表されたディスカッション・ペーパー及び今後の展開に対する回答の要旨」

KPMG(2

0)「国際統合報告委員会(IIRC)の創設と統合報告のメインストリーム化に向

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加賀谷哲之(22)「持続的な企業価値創造のための非財務情報開示」『企業会計』Vol.6

No.6,中央経済社。

財務情報と非財務情報の統合報告の動向 −45−

(14)

窪田真之(22)「投資家からみた統合報告書の利用価値」『企業会計』Vol.6 No.6,中央 経済社。

小西範幸(22)「統合報告の特徴と我が国への適用」『企業会計』Vol.6 No.6,中央経済 社。

日本公認会計士協会(20)「投資家向け制度開示におけるサステナビリティ情報の位置づ け−動向と課題」

野口豊嗣(21)「ステークホルダー・エンゲージメントとしてのパートナーシップの可能 性」『社会関連会計研究』(日本社会関連会計学会)第22号。

朴恩芝(29)「CSRとステークホルダー・エンゲージメント」『経済論叢』(香川大学)第 2巻第1・2号。

橋本尚・山田善隆(21)IFRS会計学(第2版),中央経済社。

林美由紀(22)「経済・規制環境のパラダイム変化と統合報告に期待される役割」『企業会 計』Vol. No.6,中央経済社。

三代まり子(22)「国際統合報告審議会(IIRC)による取組み−価値創造のための国際的 なレポーティング・フレームワーク」『企業会計』Vol. No.6,中央経済社。

−46− 香川大学経済論叢

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