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サステナブルファイナンスの現状と課題

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サステナブルファイナンスの現状と課題

朴 恩 芝

Ⅰ.は じ め に

株式会社制度のもとで,企業は利益の最大化を長年追求してきた。その一方 で,新自由主義の弊害ともいわれる環境問題や格差問題などさまざまな社会問 題の深化が各国・地域において表面化し,主な当事者として企業もその責任を 追及されるようになった。それに応じる形で,企業は環境活動をはじめ社会的 責任(CSR)活動,サステナビリティ活動を展開している。

国際的には,国連や国際機構を中心に持続可能な開発や成長を目指す仕組み づくりと,GRIスタンダードなど国際NGO組織からの具体的な指針が次々と 企業や組織に提供された。こうした環境やCSR関連ガイドラインは,日本で も環境省や経済産業省を中心に対策が講じられ企業を動かしている。

このように,国際的な取り組みが各国の政府機関をとおして最終的に各企業 行動に影響を与える一連の仕組みは, 環境・CSR分野でも有効に働いている。

こうしたプロセスが繰り返されることで企業の意識と行動が変わり,企業の CSR遂行による正のインパクトが社会にもたらされるといえよう。いまはCSR が企業の重要な経営戦略として位置付けられつつある。

むろん,企業のCSR行動の動機が必ずしも社会的課題の解決という大義に 基づくものとは限らない。長年行われているCSR関連研究をみても,企業の イメージアップやリスク管理の次元から,社会貢献を意識した本格的な経営戦 略としての取り組みまでその動機は明確でない。たとえその動機に社会性が欠 如していても,結果的に社会を改善の方向に向かわせる働きとして,一定の価 値が認められるはずである。

巻 第 号 年 月

(2)

問題は,こうした企業の

CSR

行動が投資家にどう理解されているのかであ り,企業が

CSR

活動を経営戦略とする場合,その強度を決める重要なカギと なる。単なる追加的コストとして認識されれば,CSR行動は制約を受けかね ない。

初期の

CSR

活動は多様化したステークホルダーのニーズを組み入れ,一定 の社会的合意 (たとえば,環境会計ガイドラインや

GRI

ガイドラインの順守)

の範疇に入るための選択だった。日本の場合,短期間で企業の

CSR

活動と報 告が一定レベルに達したが,その一方で,時間の経過とともに,高い意識をもっ て能動的に取り組む企業と既存のレベルを保持する企業,マンネリ化し退化し てしまった企業のように,CSR活動の強度と拡張可能性に差がみられるよう になっている。

企業の

CSR

行動に,より具体的な変化をもたらすきっかけを提供したのは,

年国連が公表した責任投資原則(PRI)である。PRIでは,機関投資家を 特定し,受益者のために最大限の利益を追求することを義務としながらも,受 託者として,長期的視点で環境,社会,ガバナンス(ESG)の課題が投資ポー トフォリオのパフォーマンスに影響を与える可能性を意識するよう求めている

(UNPRI,

b, 頁)。同原則に賛同し署名した累計機関数は

末現在

Assets Owners

( %),Investment Managers , ( %),Service

Providers

( %)となっている(UNPRI, Signatory directory)。

国際標準化機構も

ISO

(社会的責任)規格を公表し,企業(を 含むあらゆる組織)に対し社会的責任として取り組むべき中核主題と課題をあ げ,そのなかに

ESG

要素を織り込んだ(ISO, )。 年には国際統合報 告委員会が国際統合フレームワークを公表し,通常開示の財務情報と

ESG

素を含む重要な非財務情報を,統合報告書をとおして開示することを提案して いる(IIRC, )。これらの取り組みを集大成したかのように,国連は

SDGs

COP

パリ協定をそれぞれ採択し,社会的な優先課題の解決に企 業の積極的な関与を盛り込んだ(UNDP,

; UNFCCC,

)。

SDGs

は世界の持続可能な開発のためのアジェンダで,各国が 年まで

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領域の課題解決を目標とする。政府主導としながらも民間企業の役割を 重視するところに特徴がある。現在,企業行動に対しさまざまな領域から変化 を求める背景でもあり,社会的課題解決の当事者としての意識を企業内外で高 める要因にもなっている。

SDGコンパスは,企業の戦略遂行フレームワークにSDGsが有用である理 由を次のように説明している(SDG Compass , 頁)。第 に,地球規 模での公的または民間投資の流れを解決すべき課題の方向に転換させ,将来の 新たなビジネスチャンスを生み出すことができる。第 に,資源の効率利用に より持続可能性にかかわる価値が向上する。第 に,SDGsの優先課題を解決 するためには,企業とステークホルダーとの協働が不可欠である。第 に,

SDGs関連投資のための市場と透明な金融システムが形成され,社会と市場を 安定させる。第 に,SDGsの優先課題解決という共通の目的を共有し相互協 力できる。

こうしたSDGsの達成には長期的に巨額な資金が必要なため,多様な投資家 の存在が不可欠とされる。そこで注目するのが,債券市場におけるESG投資 である。いままでESG投資は株式市場の関心領域だったが,最近はサステナ ブルファイナンス(以下,SDGs債)市場が,特にグリーンボンドを中心に拡 大しつつある。SDGs債は,株式投資を中心に徐々に広がっていた社会的投資 領域に債券投資も加わり,金融の側面で強力に社会的課題解決をバックアップ するものとして期待される。

本稿では,SDGs債に関する国際的な取り組みと課題について検討する。必

( ) SDGコンパスは,各企業事業にSDGsがもたらす影響の解説と,持続可能性を企業戦 略の中心に据えるためのツールと知識を提供するものである(SDG Compass, 頁)。

( ) サステナブルファイナンスは,サステナブルボンド,ESG債,SDGs債などと呼ばれ るが,日本証券業協会はSDGs債と総称することを決めている(日本証券業協会,

頁)。

( ) グリーンボンドとは,環境改善効果をもたらすことを目的としたプロジェクト(Green

Project)に要する資金を調達するために発行される債券であり, 年グリーンボンド

原則の公表を機にその定義が確立した(水口編, 頁)。

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要に応じて,SDGs債のなかで最も市場規模を拡大しているグリーンボンドの 状況も取り上げる。まだ初期段階で多くの課題が予想されるが,ここでは債券 の価格形成に重要な影響を及ぼす債券選定の動機付けや,経済的リターンと社 会的リターンを考えることで,ひとまずSDGs債による資金調達の重要な軸と しての可能性を探る。

Ⅱ.

SDGs

債をめぐる動向

年国連の責任投資原則(PRI)が機関投資家を対象にESG要素を考慮 に入れた投資を推奨したことは,大規模資金の提供者が財務活動以外の領域で 企業行動に直接意思表示をするという意味で,企業にも投資家にも大きな転換 点となったに違いない。その後株式市場に続き,債券市場においてもESG 素を入れた原則やガイドラインが次々と発表されている。

国連や国際機関が関連活動を活発に行っているなか,地域としてはヨーロッ パの欧州委員会がいち早く,SDGs債に関連する具体的な指針やアクションプ ランを稼働し,法整備の作業にまで取り組んでいる。またPRIも,信用格付 ESGリスクに関する つの報告書を続けて公表している(図表 )。

.欧州委員会の EU レベルでの SDGs 債

欧州委員会は, 年「サステナブルファイナンス・ハイレベル専門家会合

HLEG)最終報告書」を公表した(EC, a)。注目すべきは,欧州委員会 が高いレベルのシステム整備をEUレベルとして明示したところである。これ は,気候変動や社会問題などの社会的課題解決に地域全体として取り組み,

SDGs達成に通じるシステムを確立したい強い意志の表れともいえる。

最終報告書では, 年までにSDGs債の定義づくりのほか,EUレベルの グリーンボンド基準の設定,気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)

報告をEUの非財務情報報告基準に取り入れるよう求めている。EUは域内の 年の目標として温室効果ガスの排出量 %削減を公約としており,その 実現に毎年 , 億ユーロの追加投資が必要とさ れ る(EC, a ; RIEF,

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)。欧州委員会が,SDGs債に注目する理由である。

さらに,持続可能なサステナブルファイナンス・システムを構築するための 作業部会も設置する。SDGs債の軸となるESG要素の評価においても,従来の 格付け機関に対し,ESG要素の統合化に消極的ならEU独自の格付け機関を設 立する,と宣言するほど強く推し進めている(RIEF, )。

これらをまとめたのが,次の つの重要事項である(EC, a, pp. − )。

①EUレベルでのサステナビリティ分類(タクソノミー)

国連 責任投資原則(PRI)

ISO ISO 組織の社会的責任 規格発行

ICMA グリーンボンド原則(GBP)

国連 SDGs採択 国際社会全体の の持続可能な開発目標 COP パリ協定 長期の国際的法的枠組み

ICMA ソーシャルボンド原則(SBP)

サステナビリティボンドガイドライン(SBG)

FSB 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)最終報告書

ISO ISO グリーンボンド・ISO 気候ファイナンスに関する国際

規格の策定作業

PRI 第 報告書 変化する展望 ESG,信用リスク,格付け 第 部:現状 発表

欧州委員会 サステナブルファイナンス・ハイレベル専門家会合(HLEG)

最終報告書

欧州委員会 サステナブルファイナンスに関するアクションプラン 世界銀行・日本GPIF 債券投資へのESG要素の統合(共同研究報告書)

欧州委員会 SDGs債に関する法整備提案

PRI 第 報告書 変化する展望 第 部:ギャップの調査 発表 PRI 第 報告書 変化する展望 第 部:ギャップを埋めるための行動

発表

TEG EUタクソノミー,EU-GBS,ベンチマークに関するレポート 欧州委員会 気候関連財務情報開示に関するガイドライン ISO SDGs債の国際規格策定作業

図表 SDGs 債に関連する主な国際的動き

出所 水口編( ), − 頁図表及び,Quick・ESG研究所の関連記事から筆者作成

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②長期視点及びサステナビリティの選好に関する投資家義務の明確化

③気候変動などのサステナビリティ関連リスクの透明性向上のための開示 ルール拡充

④エコラベルなどの個人投資家向け戦略

⑤欧州公式のサステナビリティ基準導入

⑥サステナブル・インフラストラクチャー・ヨーロッパの設立

⑦ガバナンス及びリーダーシップ

⑧欧州監督機関(ESA)の監督機能の強化

最終報告書での重要事項を受けて,欧州委員会は同年 月『アクションプラ ン:持続可能な成長に向けた金融』を公表した(EC, b ; RIEF, )。

そこでは,EUタクソノミーを最重要課題と位置付け,外部評価を義務付ける グリーンボンド関連基準の改訂,金融関連法令等の改正関連スケジュール,EU で導入済みの非財務情報開示指令の改正と,サステナビリティに関する開示及 び会計基準の強化など, 項目の具体的な行動計画を強調している。

プランからは,SDGs債にサステナビリティ事業への資金を向けさせ,金融・

資本市場全体をサステナビリティ化しようとする意図がみられ,ESG投資の 延長線としての位置付けを超えるSDGs債の役割が期待される(水口, )。

.責任投資原則の「信用格付と ESG リスク」

責任投資原則(PRI)は, 年から 年にかけて「信用格付けとESG リスク」に関する つの報告書を続けて公表した。

まず,第 報告書では,ESG要素が信用リスクにどのような影響を与える かを,機関投資家と格付け機関の両方から分析している(UNPRI, , 頁)。

報告書では,近年の気候変動影響の顕在化,企業の不祥事による金銭的損失,

世界的な金融危機がいずれも,情報の透明性や説明責任が欠如し,債券市場の 価格形成やボラティリティ,最終的には金融の安定に悪影響を及ぼしたことに 起因すると指摘する。

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こうしたESGリスクはすでに信用リスク評価に織り込まれていることもあ るが,現状としては株式投資に比べ大きく遅れており,たとえ債券投資の際に ESGを考慮する機関投資家が増えても,信用リスクを評価するにあたりESG リスクが一貫して考慮されていないことを指摘し,格付け機関の行動を促して いる。

第 報告書では,信用リスクにとってのESG要因の重要性と,投資家と格付 け機関とのギャップの問題を取り上げている(UNPRI, , − 頁)。

信用リスクの分析に際して,従来のガバナンス要因中心から,環境及び社会 要因をも考慮することになると各要因の関連性や財務情報にも影響が与えられ る。信用リスクの観点から,ESG問題は財務的要素や債券の特性など多くの 要因に依存するため,リスクの性質を見極めることも重要である。特に,ESG に関するコミュニケーションや透明性,投資家と格付け機関とのギャップ問題 は,エンゲージメントをとおして改善することを求めている。

そこでは,株式投資家が投資リターンに対するリスクの特定,モニタリング や管理のために,企業や発行体と密なエンゲージメントを行うのに対し,債券 投資家の場合エンゲージメントに対する意識がまだ不十分であると指摘,債券 投資プロセスにエンゲージメントを組み入れることを勧めている。

第 報告書では,信用格付け機関がESG評価を考慮する現状を取り上げて いる(UNPRI, a, 頁)。そこでは,信用格付けにESG要素を本格的に 組み入れることで,債券投資家と信用格付け機関とのギャップが埋められると する。

実際, 年世界 大信用格付け機関であるフィッチ社, ムーディーズ社,

S&P社が各々格付けの判断にESG評価を入れると公表し,債券市場における SDGs債の拡大可能性に拍車をかけている。

( ) たとえば格付け機関と投資家の間には,信用リスクを見立てる期間のギャップが存在 する。格付け機関は比較的短期での信用リスクを検討するのに対し,投資家はより長期 での検討を行う(Sustainable Japan, )。

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Ⅲ.SDGs債投資の拡大

SDGs債の投資では,サステナビリティ向けという特定の目的に興味をもつ 特定の投資家,いわゆる社会的投資家の参加が一定の割合で予想される。その ため,SDGs債券による資金調達の場合,企業も投資家の投資意図を意識しな がら事業を遂行することになる。目的どおり事業が遂行されれば,社会にイン パクトがもたらされ,改善されるという一連の好循環を期待できる。とりわけ,

株式投資に比べSDGs債の場合は,特定目的のプログラムを実行することにな るので,その影響はより確実に把握できるというメリットがある。

SDGs債の市場規模は,グリーンボンドを中心に拡大しているものの,債券 市場全体に占める割合はわずかである。 年グローバル債券市場の規模 兆ドル(環境省, , 頁)に対し,グリーンボンドの規模は 年 , 億ドルで . %に過ぎないが,一方で 年は , 億ドルに達しており,

拡大のスピードは速い(CBI, a ; b ; )。

年の債券市場が,米中貿易摩擦の激化に伴う世界的な景気減速懸念を 背景に大きく低下し,後半少しもち直した状況(三井住友DSアセットマネジ メント調査部, )だったことを考慮すると,相対的に 年グリーンボ ンドの規模が前年を大きく上回っている現状は今後市場規模がより拡大する可 能性を示唆する(図表 )。

もとより債券は株式投資とは別の性質をもつ。債券を評価する際の重要な尺 度には償還期間,リスクと利回り,価格,信用格付けがある。株式投資家が企 業の成長性を見て投資する反面,債券投資家はキャッシュ・フローの見とおし と,ボラティリティの小さいリスク安定的な条件を好む。

この領域で注目されるグリーンボンドは,資本市場から温暖化対策や環境プ ロジェクトの資金調達の目的で発行される債券で,どのような環境効果を意図 するプロジェクトに利用されるかも債券選定の検討材料となるところに,一般 債券との相違がある(世界銀行, 頁)。

世界初のグリーンボンドは 年世界銀行(IBRD)がスカンジナビアのSEB

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社の協力のもとで発行したもので, . 億スウェーデンクローネ( . 億ドル)

規模であった。世界銀行が取り上げた発行理由は,①SRIに関心をもつスカ ンジナビアの年金基金からの要請,②温暖化対策の資金調達に革新を起こそう とした世界銀行の戦略,③温暖化問題の緩和と適応プロジェクトに焦点を当て,

途上国が温暖化対策を取れるよう投資家や金融業界で意識を高めることへの貢 献であり,発行体の立場で,自らの環境問題への取り組み姿勢を戦略としてよ り鮮明に打ち出すことができたと自評している(世界銀行, , − 頁)。

SDGs債に関連した原則は,グリーンボンド原則をはじめ,ソーシャルボン ド原則及びサステナビリティガイドラインが自主的なものとしてICMAから 公表されている。たとえば,グリーンボンド原則は調達資金の使途,プロジェ クトの評価と選定のプロセス,調達資金の管理,レポーティングの つの構成

( ) ソーシャルボンドとは,貧困や環境破壊などの社会問題の解決や地域活性化など,社 会的・公共的な利益を生み出すことを目的とするもので,サステナビリティボンドとは,

グリーンボンドとソーシャルボンドの両方にかかるものを指す。ソーシャルボンドとサ ステナビリティボンド市場はグリーンボンド市場規模に比べ小さい。グリーンボンドの 場合,発行体としては資金使途が比較的明確であるが,ソーシャルボンドの場合,その 対象が貧困,衛生,教育,雇用など広範囲にわたるうえ,かけるコスト対好パフォーマ ンスが期待しにくいことから取り組みにくい側面がある。さらに,一般的に環境プロジェ クトは不特定多数の地域社会が恩恵を受けるが,ソーシャルプロジェクトは一部特定の 受益者に限られることが多く,社会的な合意が先決問題になる。

図表 四半期別グリーンボンドの発行規模

出所 CBI( , Green Bond Market Summary, p .

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要素を基準として提示し,グリーンウォッシュ(環境によいインパクトを与え ると謳っているが実際効果はないこと)の防止と,グリーンボンド市場の秩序 や透明性及び誠実性を促す(ICMA, )。 年策定以来数回の改訂を経 て,現在は外部評価の活用を追加した 年度版が公表されている。

Ⅳ.

SDGs

債の価格形成における課題

〈図表 〉のとおり,国際的な原則や指針づくりは着実に進行している。こ のように,SDGs達成に必要な巨額の資金調達に有効な手段として期待される SDGs債であるが,解決すべき課題も多い。なかでも,SDGs債を選ぶ動機付 けには議論の余地が多く,不十分な場合債券の価格形成にも影響を及ぼす懸念 もある。

SDGs債のメリットとデメリットとしては,次のようなものがあげられる。

発行体にとっては,まず投資家層が多様化し,投資家層との関係強化が期待で きる。それに,発行体が行う環境や社会活動に伴う認知度の向上は,投資家だ けでなく広範なステークホルダーに対してもレピュテーションの向上という効 果をもたらす(世界銀行, 頁)。これは民間資金で環境や社会問題に 対応する環境づくりを意味する。

しかし,投資家に対して一般債券と同じ条件を提示するのであれば,SDGs 債だからこそ資金調達ができる,というインセンティブが働きにくい。社会的 インパクトというものが一般の投資家の動機づけになるとは考えにくいからで ある(水口編, 頁)。むしろ関連レポーティングや外部機関による評 価に,追加的な手間とコストがかかることを考慮すると,それに見合うほどの メリットを提示しない限り説得は困難である。

環境や社会に関心をもつ投資家であれば,特定目的を支援する自分の信念を 貫き通すという意味で追加コスト分は相殺できるかもしれない。しかし,一般 的に投資家には審査やモニタリングのための追加コストや手間,さらに評判が 落ちた場合のレピュテーションリスクが現実問題として存在する(水口編,

頁)。

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他方で,SDGs債特有の,金銭的に測れない価値への理解が進むと,発行体 にとっても投資家にとっても特定目的の資金調達は好都合のものにもなりう る。特定のところに使われることが明確で,結果としてもたらされる社会的イ ンパクトから環境や社会の改善も期待できるからである。

機関投資家に限ればSDGsの達成において,投資活動をとおして気候変動の 緩和や社会問題の解決という社会貢献が明確に遂行され,企業として求められ る社会的責任プロセスも一定レベルで作動する。また,発行体にとっても実績 を示しやすく,資金調達の際に投資家の説得が容易になる。関連して社会的イ ンパクトを正確に測定する客観的方法が開発されれば,このメリットはより確 実なものになる。

SDGs債のメリットとデメリットは,発行体と投資家の意識によってもその 強度が変わる。債券の価格形成の際に,一般的な債券市場ではリスクを下げる ために発行体の信用度に依存する。注意すべきは,SDGs債におけるリスク低 減が環境プロジェクトそのものではなく,発行体の信用リスクにかかっている ことである。すなわち,発行体の全体的な信用力によってSDGs債が選ばれる ため,一般債券と差別化できないという問題が生じる。もしそうであれば,投 資家が経済的リターンを犠牲にしてまで社会的リターンを求める価格差別化要 因にならない(水口編, 頁)。

グリーンボンドを例にみよう。グリーンボンドを購入する投資家には,環境 に関心をもつ社会的投資家と,もし一般債券と条件が変わらなければ購入して もよいとする投資家の存在が想定できる。

前者の場合は,選定の判断材料として発行体の信用力とともに,調達資金の 使途が目的適合的なのか,また一定のインパクトをもたらす可能性が十分ある か,といったプロジェクトの質が重要なカギとなる。プロジェクトの質と,発 行体の実施した過去の事業遂行の内容をもとに,結果として発行体とプロジェ クトそのものに対する信用力の問題が一定レベルで解消され,それが価格設定 の際のグリーニアム発生の根拠となる。

問題は後者の場合で,債券の提示条件が一般債券と同じであると,発行体の

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信用力からどうやって環境目的達成の効率性を見出し,また価格に反映させる かである。そのとき,判定基準になるのは経済的リターンと社会的リターン

(社会的インパクト)である(水口編, , 頁)。

ESGを考慮しない債券の場合は従来資本市場での債券の価格上昇や利回り を経済的リターンとして期待する。しかし,グリーンボンドではこうした経済 的リターンだけでなく,環境の改善という社会が受ける恩恵,すなわちインパ クトを社会的リターンとして想定する。たとえ経済的リターンが期待より低く てもエンゲージメントをとおしてそのプロセスと結果を正確に伝えることで,

社会的リターンを理解させる余地がある。

問題は,この部分をどうやって価格に織り込むかである。ひとまず,社会的 リターンに対する市場の選好を把握する必要がある。非金銭的価値である社会 的リターンについて,市場がどう機能してその価値を適切に測り,市場の選好 をとおして経済全体の資金配分に反映できるかである。まさしく社会的リター ンが経済的リターンに連動する形である(水口編, 頁)。

しかし,環境や社会にインパクトをもたらすことで投資家が得られる経済的 リターンの変化を測るのは容易ではない。一定の成果としてレピュテーション の向上は想定できるが,価格形成に影響するほど確実なものの提示は困難なは ずである。これには,長時にかけて成果と改善の結果を積み上げ,説得できる 土壌の形成が必要となる。

成果の配分問題も容易ではない。たとえばプロジェクトの対象として,フリ ーライダー問題など受益者の特定に困難が生じることもあり,実際類似のソー シャルインパクトボンド(SIB)プロジェクトで同様の問題が指摘された(松 本・朴, 頁)。また,債券は期限付きであるため,期限内に社会的リ

( ) グリーンボンド投資は低い経済的リスク,高い経済的リターン,高い社会的リターン とインパクトを期待する一方で,インパクトの度合いによってグリーニアム(greenium)

が発生する。グリーニアムとは,既存債券に比べてより高い価格と低い利回りで発行さ れるグリーンプレミアムのことである。グリーンボンド国債ではフランス 年グリ ーン国債,オランダ 年グリーン国債,チリ 年グリーン国債でグリーニアムが 見られた(CBI, b, p )。

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ターンが経済的リターンに顕在化できるか,たとえ経済的リターンが実現でき たとしてもそれが投資家にどう配分されるか難しい問題がある。この点につい ても,ソーシャルインパクトボンド(SIB)の取り組みが参考になりうる。予 想される成果をいくつかの段階にわけ,達成度合いに応じて配分に変化をもた らす方法も有効であろう。

現在SDGs債は発展途上にあり,市場の拡大につれ,実施そのものからもた らされるインパクトの評価に至るまで,さまざまな問題提起が予想される。先 決すべきは,環境や社会のサステナビリティの側面を発行体が債券投資家にど う理解させるか,債券の発行条件や価格形成にどう組み入れ,活性化させるか であろう。そのためには,社会的リターンをより正確に測定する方法も同時に 開発する必要がある。 この問題はESG投資全体にかかる重要な課題でもある。

いずれにしても,SDGs達成に金融の両柱である株式市場と債券市場がかかわ る状況は,今後CSR関連分野においてさまざまな可能性をもたらすものとい える。

・COP (United Nations Framework Convention on Climate Change, Conference of the Parties

:第 回気候変動枠組条約締約国会議)

・GBP(Green Bond Principles:グリーンボンド原則)

・GPIF(Government Pension Investment Fund:年金積立金管理運用独立行政法人)

・HLEG(High-Level Expert Group:ハイレベル専門家グループ)

・ICMA(International Capital Market Association:国際資本市場協会)

・PRI(Principles for Responsible Investment:責任投資原則)

・SBG(Sustainable Bond Guidelines:サステナビリティボンドガイドライン)

・SBP(Social Bond Principles:ソーシャルボンド原則)

・TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスク フォース)

・TEG(Technical Expert Group:テクニカル・エキスパート・グループ)

(14)

参 考 文 献

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課題を整理し進捗報告」https://sustainablejapan.jp/ / / /pri-credit-risk- /

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家と格付機関にアクション提示」https://sustainablejapan.jp/ / / /pri-credit-risk- /

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(URL閲覧 年 月 日最終確認)

参照

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