学位論文
「Vascular Endothelial Growth Factor Regulates Growth of Endometrial Tissues and Angiogenesis in a Mouse Transplantation Model」
(血管内皮細胞増殖因子がマウス内膜症モデルにおいて 内膜組織増殖と血管新生を制御する)
論文要旨 [背景]
子宮内膜症は生殖年齢女性が罹患する一般的な婦人科疾患である。子宮内膜症は月経困難症・不妊・卵 巣癌の原因となり、妊娠時には早産・帝王切開のリスクとなり、女性のトータルライフを著しく阻害す る。発症機序は現在、子宮内膜細胞を含んだ月経血が腹腔内に至り、骨盤内臓器や腹膜に生着する説が 有力である。既知の研究から、子宮内膜症の成立に血管新生が関わる可能性が示唆されているが、その 詳細は不明である。また、これまで血管内皮細胞増殖因子1型受容体(VEGFR1)シグナリングが、病態時 の血管新生に役割を持つ事が明らかとなってきた。本研究では子宮内膜症モデルマウスを用いて、
VEGFR1シグナリングにおける子宮内膜症への役割を検討した。
[方法]
1)動物
実験には 8 週齢の野生型マウス(C57BL6/N; WT)、VEGFR1 チロシンキナーゼノックアウトマウス (VEGFR1TK-/-; TKKO)、GFPトランスジェニックマウス(GFP+/+; GFP+TG)、GFPトランスジェニッ ク チロシンキナーゼノックアウトマウス (GFP+/+ VEGFR1TK-/-; GFP+TGTKKO)を用いた。 また、
WT マウスに GFP+TG の骨髄を移植した骨髄キメラマウス(GFP+WT BMC)および WT マウスに GFP+TG TKKOの骨髄を移植した骨髄キメラマウス(GFP+TKKO BMC)を作製した。
2)子宮内膜症モデルマウスの作製
ドナーとなるマウスから子宮全層を含む3mm大の子宮内膜移植片を摘出し、ホストとなるマウスの腹膜 に、移植片の子宮内膜と腹膜が接するように移植した。移植後規定の日数で検体を採取し、内膜症組織 を観察した。摘出時に移植片の面積を計測し、発育を評価した。
3)VEGF中和抗体の投与
血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の阻害による内膜症への影響を精査するために、マウスに抗 VEGF 抗体 を10 μg/日を2週間腹腔内投与した。対照群にはコントロールIgGを同様に投与した。
4)免疫組織化学的検索
血管新生の評価に微小血管密度を用いた。CD31抗体を用いた免疫組織化学染色を行い、陽性となった微 小血管数を計測して評価した。また、組織に局在する細胞の種類とその分布を評価するために、CD31 抗体・CD11b抗体・S100A4抗体・VEGFR1抗体・bFGF抗体を用いて蛍光免疫染色を行った。陽性細
胞の数もしくは面積を計算して評価した。
5)real time RT-PCR
移植片からreal time RT-PCRを用いてCD31発現量を計測し、血管新生の評価をした。また、他の血管 新生因子を精査するために、VEGFA・bFGF・cTGF・EGF・TGF-β・Ang-1・Ang-2 の発現量を計測 した。
[結果]
1)時系列における変化
WTの内膜移植片をWTの腹膜に移植したモデル(WT・Implant → WT・Host)において、移植直後(D0)・
移植後D7・14・21・28 の日数で検体を摘出し、移植片の発育と血管新生の変化を評価したところ、両
者ともD14まで増大し、その後有意に退縮した。以降の実験ではD14に検体を摘出して検討した。
2)VEGF中和抗体の投与による変化
WT・Implant → WT・Hostにおいて、VEGF中和抗体を投与して、移植片と血管新生の変化を検討し たところ、中和抗体の投与によって、有意に移植片の発育が抑制された。微小血管密度および CD31 発 現量でみた血管新生についても同様に抑制が認められた。内膜移植片の発育にはVEGFおよびその受容 体シグナリングが関与している事が示唆された。
3)内膜移植片の発育におけるVEGFR1シグナリングの役割
WT・Implant → WT・Hostおよび、TKKO・Implant → WT・Host、WT・Implant → TKKO・Host、
TKKO・Implant → TKKO・Host の4群のモデルを作製し、移植後D14における移植片の発育と移植 片内の微小血管密度を計測したところ、HostがWTの2群に比べ、HostがTKKOの2群について、有 意に移植片の発育および移植片内の微小血管密度が抑制された。これらより、内膜移植片の発育及び血 管新生はホスト由来のVEGFR1シグナリングによって増大することが示唆された。
4)子宮内膜移植片内においける血管の由来の評価
子宮内膜症の壁側腹膜における血管新生を評価するために、3)で述べた4群のモデルを用いて、移植片 に直接面している腹膜内での新生血管を、移植後14日時点の微小血管密度を用いて評価したところ、
4群間で有意差を認めず、腹膜の血管新生はVEGFR1に独立していることが示唆された。また、WTの 移植片を GFP+TG の腹膜に移植したモデル(WT·Implant→GFP+TG·Host)において、移植片内、移植 片直下の腹膜~腹部筋層、および両者の中間に存在する肉芽組織の3箇所についての GFP 陽性および GFP陰性の微小血管密度を計測して新生血管の由来を精査したところ、内膜移植片内には移植片由来で あるGFP陰性血管しか観察できなかった。一方、肉芽組織および腹膜~腹部筋層にはホスト由来である GFP陽性の血管が存在した。内膜移植片内には血管内皮前駆細胞またはホストから発芽した血管ではな く、移植片内に既存する血管が増殖している事が判明した。
また、WT・Implant → WT・Host において、移植片内でVEGFR1が発現している細胞を、蛍光免疫 染色を用いて精査したところ、CD31陽性細胞、CD11b陽性細胞およびS100A4陽性細胞大部分の細胞
が VEGFR1 陽性であった。これらの結果から、内膜移植片内に存在する単球系細胞や線維芽細胞が
VEGFR1シグナリングを介して、内膜移植片内の血管新生の発育を促進させている事が示唆された。
6)骨髄由来のR1陽性細胞の、移植片・血管新生に及ぼす影響の評価
子宮内膜症における、内膜移植片とホスト間での細胞の動員を精査するために、GFP+TG の移植片を WT の腹膜に移植したモデル(GFP+TG·Implant→WT·Host)、WTの移植片を GFP+TG に移植したモ デル(WT·Implant→GFP+TG·Host)を用いて、GFP陰性背景におけるGFP陽性細胞の分布を観察した ところ、移植片からホスト側に移動するGFP細胞は存在しなかった。一方、ホストから移植片側に、ホ スト由来の細胞が多く動員しているのが観察できた。WTの移植片をGFP+TG骨髄キメラマウスの腹膜 に移植したモデル(WT・Implant→GFP+WT BMC・Host)も同様に、GFP陽性の骨髄由来の細胞が動員 されていた。
WT・Implant→GFP+WT BMC・Host について、骨髄から移植片内へと動員されるGFP陽性細胞の種 類を蛍光免疫染色で評価したところ、CD11b 陽性細胞は有意に GFP 陽性の集積が多く骨髄由来が主で あった。一方、S100A4陽性細胞は有意にGFP陰性の集積が多く、移植片由来が主であった。クロドロ ン酸リボゾームを用いてマクロファージ枯渇させたところ、子宮内膜組織の増殖および血管形成が有意 に抑制された。これらの結果により、骨髄からのVEGFR1を発現するマクロファージが、子宮内膜移植 片及び血管新生の発育を促進するために重要であることが示唆された。
7)骨髄由来細胞におけるVEGFR1シグナリングが、内膜移植片に与える影響
WTの移植片をGFP+TG骨髄キメラマウスの腹膜に移植したモデル(WT・Implant→GFP+WT BMC・
Host)および、WTの移植片をGFP+TG TKKO骨髄キメラマウスの腹膜に移植したモデル(WT・Implant
→GFP+TKKO BMC)を用いて、移植片の発育と血管新生の変化を計測したところ、WT・Implant→
GFP+TKKO BMCにおいて、移植片の発育および微小血管密度が有意に抑制された。骨髄由来細胞が主
にVEGFR1シグナルを介して内膜移植片の発育と血管新生を制御していることが示唆された。
8)VEGFR1シグナリング阻害による他の血管新生因子への影響
Real time RT-PCRを用いてWT・Implant → WT・HostとTKKO・Implant → TKKO・Hostの2 群について他の血管新生因子を比較したところ、VEGFR1のリガンドであるVEGFAはVEGFR1シグ ナリングの阻害による有意な差は認めなかった。一方、bFGF はVEGFR1シグナリングの阻害により、
発現量が有意に低下した。移植片内における bFGF の分布とその細胞の種類を、蛍光免疫染色を用いて 精査したところ、CD31陽性細胞、CD11b陽性細胞、S100A4陽性細胞がbFGF陽性となった。また、
WT・Implant → WT・HostとTKKO・Implant → TKKO・Host 2群についてbFGF陽性細胞の面積 を比較すると、TKKO・Implant → TKKO・Host において有意に面積が減少した。これらの結果によ り、VEGFR1シグナリングはbFGFの発現を増強させ、子宮内膜組織の増殖と血管新生を調節すること が示唆された。
[結論]
本研究により、子宮内膜移植片の発育および血管新生の増加は、主に移植片の中が活動の場であること が判明した。移植片内へ骨髄由来細胞(特にマクロファージ)が動員され、VEGFR1 シグナリングを介し て移植片内の組織からbFGF 分泌を促進させることによって、病変部の発育・血管新生を増加させるこ とが判明した。VEGFR1阻害薬が、子宮内膜症の新たな治療戦略の一つとなる可能性が本研究で示唆さ れた。