「 馬 産 地 帯 の 変 貌 」
青 森 県 南 部 地 方 の 場 合
〔序〕
佐 々 木 誠
( 中 沢 中 学 校 )
日本は古くから馬の生産飼育がさかんであ!Jtその用途は運輸,交通,軍事,農耕など広く 活用され
τ
きた。とこるが近年これらの馬。利用。重要性の低下によ!J,馬の需要が少なくな!
J ,全国的に馬。飼育農家主
T
よび飼育頭数は著し〈減少しτ
きτ
いるQとこるで日本の畜産は農業の一部門とし
τ
営まれτ
いるものであ!Jtそれは農家の経営の中で 耕種生産との相互関係にまr
いτ
営まれτ
いるもの℃あるQ そしτ
その形態にはいるいるのケー スが見られるがtr
日本畜産の経済構造」一東洋経済ーの中の菱沼達也氏。分類をかb
ると,日本の畜産形態を次の四つに大別し
τ
いるQ才 l形態二低い耕種生産に代位する祖放な畜産 才
2
形態=耕種生産確保のための畜産才
3
形態=耕種生産の所得との比較にまT
いτ
営まれる浮動的な畜産 才4
形態=耕種生産以上の所得を追求する集約的な畜産以ょの分類を日本の馬飼育にゐてはめ
τ
考えて見ると,才l
敬意と才2
形態。場合が大部分で あると思われるQ とこうが前述。とと〈才l
形態V C
l:.'いては馬の需要。激減,才2
形態にまTいτ
は農業の機械化等によ!Jt従来。馬飼育農家が馬を手放しτ
きτ
いるQ しかし馬を手放した 後の営農形態は才1
形態。場合と才2
形態。場合には大きく違うものであるうし,また馬飼育 形態が同じではあっτ
も,その後の営農形態に違いがみられるだるうということも予想される のであるQとこるで江戸時代から南部の馬産地帯とし
τ
知られτ
いる,青森県の三本木原野を中心とす る地方にも,やはb
全国的な馬飼育の減少傾向は見られるQ このようなかっτ
の馬産地帯南部 地方の馬飼育が,どのような背景のもとにまr
乙なわれたものであるか,さらに現在どのような 姿に変わ!J ,また変わb
つつあるのかを追求しτ
見たいQここでいう南部地方とは青森県の三戸部(1
0
ク町村)八戸市,上北郡(11
ク町村〉十和田市,三沢市‑C
h
!J ,文中の三八地区とは三戸郡と八戸市を一緒にしたものであ!Jt上十三地区とは、上北郡,十和田市三沢市を一緒K したものであるQ これは資料。集計上の便宜的なもの℃ある が,地域的に見ると自然、条件,経済圏など類似したものが多〈見られるため,この区分を用い ることにしたもの℃ある。な台資料は昭和
4
0年度農業センサスと農林省統計事務所謁査のも のを使用した。‑59 ー
主主ー
も ¥
た ð6I1C~式,
抜きにし
τ
考えゐζ
と亡きな川山 らのこり地方は広大なりに自
〈な<
,
東
i
武〈やま あったQ 乙む乙よもわし
t
lfC践女 もっ τ これ民充当さぜ τいたという事からうかがわれるQ に <D~露合馬飼育~:ì ,馬は長良むもの℃衣〈藩のもりでゐき,農民~:t.;とれをと爵言し工議民針さめる場認をとっ τ いた。乙 0 ため車場 とし
τ
の代表的立産業℃はあったが詞主とし‑t:k:t‑i義か主収入i
臨先代金ο 品 4
% ) 尋 ふ副来的なもむ‑c.さらには;議耕とは臣蔵組合をえるもの℃はなく,もつばら大豆など 考
。逗搬や鉱山亡の鋸
0
達識などによ 五年諒べUζよゐと Y之
3頭、となっ‑C¥nふ。ょ。てレ>1ヒ。な:;6~
明治
V C (
まし、長 折りかあっ ら;hる.t.うにな
v
, とと
た品。改良もさかん氏なされ,
などもお%かれたQ
明治
3 1
年には軍ο
散発しよ乙馬は8.4 1 4
頭をかぞえmした。
など,罵窟(北本絡イヒ
とし℃知られゐょう Kまった。
しか ,才 l ,才
2
次世界大戦らの軍属。戦略上。主主誌の低下にともまい,鳴り需要が少なくな.!J , 議をきたすこと民主る。乙
0
ように江戸待/氏。藩政下。規制された馬鹿に始ま主,君。強力な
℃支え
られ τいた調官~ø馬産は,乙り後一途に表えをさむめ, ょっ
こ ̲o
後 新 こと1fCi1ゐ。場
前述。とと〈邑然条件。枇約によ 発した義政時代
o
,馬産から,G •
を求めることまζ 出
と進展はしたも
< D ( [ ) .
にの J, . よ
ょう
と乙るが才
2
次世界大戦後。軍馬としもむザなあ.!J .;とり域を説すゐもの℃はまかった
Q ζ
の と相:iillすゐもo
‑cるふうQよる,属。価格。低下民.t.
V •
多 <
0
,鳴鏑育成家は馬主0
もの民えよる良薬から説皮せざゐ合簿Z
よいこと民なゐ。しかし南部。馬鍬?寄託明治末期悦から
0
説田と畑地造成,さら民耐寒品極0
場入,耕種法。改‑60‑
ぺ‑人々♂Jd
ネ パ ー ベ ル
' e :乃 い パ︑ ︑ ・
也 ︐U
J
夜明
︹' ご ち
ρ J ・
︐
♂e
.
︑ .
‑
y ‑
︐白
•
' a r i
・
善 な ど に よ わ 単 な る 馬 飼 育 ℃ な く 副 産 物 と し て の 闘
E
生産や農耕作業などに,他。地域に〈らべ遅ればせながら活用されてき
τ
いたQ このため,馬産の不振によ!J,馬飼育農家が完全に このことは陥和40
年産の農業センサスKよる馬飼育農 見られな〈なるということはなかった。家率が南部地方
VC
:J:....ぃτa 2 4.5
'/Jとなっτ
:J:....!J ,さらに上十三地区にかぎつτ
みゐと飼育農家率
3 4.5 φ
,飼育頭数10.084
頭という数字からもうかがわれる。しかし現在な:J:....,馬飼育農家が多いということは,南部の馬飼育が低い耕種生産K代位する粗放 的な畜産形態から,耕種生産確保のための畜産形態に移行したものだとはい凶きれないものが
‑あるQ つま
b
馬飼育が耕種生産確保のための絶対的なもの℃なく,馬を飼育し厩肥をとり,労 働に使役するものの,その耕種生産だけにたよD
きれず,中間種,軽種などの馬を飼育し?っ4
馬にかわる乳牛,肉牛,豚などの新しい畜産への移行がしだいに公乙なわれ
τ
来τ
いるの℃ある。
以上のように馬にかわっ
τ
,他の家畜が導入されτ
いるという事実は,南部地方にとって畜 産が重要な農業部円であるうという予想がたフQ表 1 O部門別構成比を見ると,南部地方に公い
τ
も稲作の普及によU
米の生産は他部門を押 く 表1>
年 度 米
雑 穀
野菜 果 樹 工芸i花 種 耕 種畜 産 才
l
次 才2
肉j
日 いも類 作 物 苗 木 計 祖盆産 万匹溺翠助 計 上 北 昭和"
,f '/J< / J 各 毎
,fφ % 番 ' 1 ;
下 北
35
年548 139 60 1 8 127 O~ 896 103 999 0. 1 1000
地区40
年535 59 103 28 106 03 8 3 1 167 998 02 1000
三八35
年443 1 2 s 49 2
1.2 68 00 90D 97 998 02 1000
地区40
年3 1 . ] 86
i00 2 3 A 85 02 82~ 1 7
.4988 02 1000
35
年547 62 4 1 235 4 J 02 928 60 988 1 2
県計40
年500 34 74 237 39 02 886 l C 万 995 05 1000
〈農林省青森統計事務所調査〉
農業生産部門別構成比の変化
し
τ
はいるものの,これは自然的条件から馬淵川,奥入瀬川,五戸川などの河川流域が大部分t
あり,広大な台地上の他の町村VC
j:,'"いτ
は米の収入;6;低〈なっτ
いる。/、
また米のほかに耕種作物の中で高率を占めるものに三八地区の果樹があるが,これも三戸町,
南部町を中心とする地域
κ
多いだけτ
,三八全地j
或というわけではない。これらの果樹,米の 割合に比較すると畜産部門の構成比は両手日40
年度にbいτ
,下北,上北地区で1 6 . 7 1 ;
(上十三八地区で
1
7.4 '/J と低いよ ~VC感ぜられるが,畜産部門の構 三地区だけでみると1 6 . 6 1 J )
,,東北町
(2 2.3
必)横浜町 成 比 が20
場以上を占める市町村を見ると,三沢市(2
1.6
必〉,階上村
(3 3 . 1
")新郷村(3 0.1
必〉などがあ!J , 決 しτ
耕種作物だけにたよっτ
いる地方℃はないとω
うことがうかがわれるQ 短的に言えばこ‑61‑
,六ケ所村
(3
1.3φ
〉(3 2.5
f,).
" 3 ιず 一 ︑bE
E︑
。地方の畑作地帯 VC i>~いτ は,耕信生産だけにたよ D きれず,畜産部門 K たよる農家が多凶と
いう乙とでるる。
さらに乙れらの'畑作地帯にお・凶
τ
は,タバコやテンサイなどの工芸作物の収入割合が比較的多 いが,三戸郡南郷村を中心とするタバコ生産は労働力との闘連から伸び悩みがみられ,さらに 南部地方一帯に普及したテンサイ栽培は43
年から製糖工場。買入が中止することによ!:I ,栽 培中止がよさなくされ,南部地方の畑作地帯。農業は,さらに畜産部門への依存度が高まるも のと思われる。、
r
a
く新し凶畜産への動き〉
現在の南部地方の畜産を見ると上十三地区,三八地区共
κ
同じような傾向が見られるo 4 0
年度。農 業粗収入に占める畜 産 部門の構 成比は,‑rれぞれ1 6.6 q
,とl
ス4
各℃あD
大差はな〈表
2VC
見られるように,畜産組入L ' C
占める各家畜Q主める割合も傾向治市l τ
いる。つまD
南 部地万℃は,従来生産の多かった馬が現在では,その割合が非常にほくな!:IJそれに変わるもく 表
2>
畜産組収入と各家畜ζ
との収益書
続; 計 馬, i乳 牛 肉 牛 豚 にわと
D
そ の 他収入 千円 千円 千円 千円 千円
上 十 三 金額
2 五 3 0 6 1 1 1 1 1
.390 986944 79.606
1.0 2 1
.644 30
1.282 29.745
地区' * '
割 合
100.0 4
.439.0 3 . 1 40 . 4 1
1.9
1.2
収入三 八 金編
2J84l27 1 7 3
11‑62 660379 83078 745266
五00500 2 1
.4 42
地区
i 勢
割 合
100.0
ス9 302 3 . 8 3 4 . 1 2 2 . 9 1 . 1
合(南地計部方 収金入額
4714738 284852 1
.64
,323ス162684 1766910 801782 5
1.187
割 合 │6 . 0 i 34.9 3 . 5 ! 3
スδ 1 7 . 0 ! 1 . 1
(4 0
年 度農林省青森統計事務所持9
のとし
τ
乳牛〈構成比3 4 . 9必〉豚〈構 成比ミス δ
各) ,にわと!:I (構成比1
7.0
る〉などの 新しい家畜の割合が高(,ここに馬から他家畜へと変わっτ
きた南部地方ο
畜産り姿を見ることができょう。
しかし前述したように馬の飼育農家はいぜんとし
τ
多く〈表3)
,ここにか9 τ
の馬産地帯 のお・もかげをも見ることが℃きる。例え民上十三地区 VCi>~ぃ τ は,馬。飼育率が3
4 . 5 ' 1 J
と 高 < ,南部地方全体。頭数は表4VC
み るように40
年度現在10 . 0 8 4
頭で,県全体O76'*'をしめτ
いる。事
i
{~>
‑62‑
z ,
.. ~・ ' ・ ー
町 〆
( .
ノ
‑
L
\~与
‑ピー
: 1
I・ "
く表、
3>
大家畜飼育率台よび凋育農家数・頭数。変化,
馬 乳 牛
t
生 肉 牛飼 育 率 最寄銭安化 頭数変化 飼 育 率 農家紋蔚ヒ 頭数変化 飼育。率年 農家談珂ヒ 裁 関 ヒ
B t # 日 40 年 40/35 40/35 日 係 日 4
咋40/35 40/35 日 併 日 4 40/35 40/35
上
~
十 地
各 各 ~ , f
唱6
事6
必%
三l三 34.5 67 66 16 . 4 1 04 17 0 ス
l1 1 3
三地八 区
1 2 . 5 4 l 44 1 2 . 2 1 02 137 1
1.9 1 1 0 1 25
部南方地2 4 . 1 58 58 14 . 4 1 03 1 58 9 . 4 1 1 1 13 1
│全県
1 0 . 5 45 45 5 . 5 98 5 . 8 97 4 0
年唐(昭和
3 5
一年度民業センサスよb
作成).く表
4>
大家畜の南部の占める割合 特に主司育率。高い市町村は,三沢市
(43.6 %)
,十和田町県 南 部│
d需 飼 育 飼 育 長 家 数 頭 数 戸 頭
1 2
:478
I1 3 2 ω
必 100D
' 1 J
9
:43 1 1 0 0 8 4 763
乳 牛 飼 育 飼 育 農 家 数 頭 数 戸 頭
6 5 5 1
I1 3 0 2 6 1000 1000 5634
役 肉 牛 飼 育 飼 育 長 家 数 頭 数 戸 頭
6 8 1 1
I8192
1000 3668 5580
(4 1
.0
僑)六戸町(4 2.0 %)
東 北 町(42 . 8僑)天間林村〈
4 9 . 0
1J )など℃あ!J ,乙れ,ら の馬飼育農家は,馬を長作業に または厩肥生産のためにさらに は山から木材搬出のために使用 し℃いる場合が多いが,最近の〈昭和
40
年度農業センサスよb作成) 耕紹稜,トラクターの普及〈上※乳牛の全県頭数だけ
35
年度のもの,したがっτ
南部の割合を出せなかった。 十三地区だけで
3 5
年から40
年までのs
年同v c 6 . 8
倍と増加しτ
いる) ,化学肥料。導入,さらには厩肥生産θ
場合には,馬よbも牛・豚の方がすぐれ
τ
いる等の点から,その数は序々に減少しτ
きτ
公!J ,最近の傾 向としτ
軽種馬育成。傾向が見られるようになっτ
きτ
いゐQ 軽種馬飼育のさかんな市町村と しτ
,七戸町や南郷村などがあげられよう。以上のように馬の飼育は以前とし
τ
台こなわれτ
いるものの,その畜産としτ
の価値は低い。この馬にかわっ
τ
農 家K取b入れられτ
きτ
いゐ他。家畜を見ゐと,乙の地方に一番早〈普及 したものとしτ
乳牛があげられゐ。歴史的には附和のはじめに三戸都新郷村に導入されたのが はじめであるがjこれらの乳牛飼育農家は乳牛を飼育すゐ乙とにより,従来の馬飼育の副産物 としτ
の1
醗把生産を,馬氏かわっτ
乳牛に求め,あわせτ
乳代による現金収入を得るという一 石二烏の方法としτ
導入した傾向が見られゐ。さらにこの地方の各員家の大部分が草地を有し‑63 ー
ー.
、 . ・ ・
4.
.
, 宇.
L巳,
,,戸'、..
;''''4"".
℃いえた ~VC , 乳牛へり転換に比較的スムーズにかこなわれたも 0 と忠弘また政場。描農縄 励もあ
b
乳牛鯛青は急速氏時及しτ
いった。しかし地域によ長普及状態。卒v .
遅いは見られた が,これは鎖措工場。集乳範躍と θ 関係がるるものと忠、われる。当初は少頭飼脊℃るったが最近は多頭化傾向が見られるようになっ℃きたG 蔀掲の表
3
‑Cもわ かるよう託,両常農家数。増加はあまb
見られ主いが,頭数に公凶℃はS
年間氏棋当。{曜とがが 見られゐ。さら記各市町村むとに克ゐした吉宮工村はな凶。
った市町村はえら乱るが,頭数。誠少
こ
o
ようにー伊あたTV
頭数v
:i議おt t
年々見られ,六ケ所村℃は一戸平均七瀬,横供隠r
‑eはま正 頭と多頭化の傾向が著しく,集約的酪農経営が見られゐ。じむよう民寓部地方は大きく見ると,馬飼育から語長へと変わったと ことが℃きるが,特 にそ
ο i
頭向の強い布町村とし℃横浜邸r
, ,六ケ所村,I
若よ村,新郷村がるげられる。これらの市町村の選定
K
際し,用いた指標とし℃は表5
にみられるように,まず農薬組収入詑 占める省産部門。構成化が20 4以上をしゐナ市町村を抽出した。さ b V C
畜主主部門。組収入氏 自める乳牛0説合がる0'11以上,
j訟よび乳牛飼育率15
争以上のものとし,これらむ三つの 指諜を満足ミさせる草野村を酪燥のさかんな市町村とみ立したQく 表
5 >
菩言語設むさかんな吉町村の各家藤への叡帯割合〈昭和40
どとり様成比掛)(稽
三、沢市
21.6 2
剛8 27.4 0 . 8
るス?1 0 . 6 0 . 5 43.6 1 2 . 4 2.6
議浜町32.
る0 . 2 59.6 0 . 0 35.4 4 .
る0 . 2 36.8 2 3.8 1 .る
東北野22.3 0 . 3 7 2 . 5 0 . 2 20.7 6 . } 0 . 2 42.8 2 3 . 9
1.3
プミケ耕す31.3 0 . 6 75.3 0 . 3 1 9 . 2 4 . 5 0 . 1 32.9 1 8 . 9 3.6
3 3 . 1 8 . 7 53.0 2 . 3 23.4 1
1..4. 1.2 24.9 2 6 . 9 1 3.9
事行郷村3 0 . 1
五. 2 7 5 . 1
1.五6 . 2 1
1.2 0 . 7 2
7.1 6 3.2
売謝ヰヰオ
9 . 0 8 . 4 5
1.5
1.7 27.5 8 . 7 0 . 2 49.0 2 0.8 2 6
倉五村I 1 7 . 4 8 . 0
る2. 6 5 . 1 9 . 5 0 . 7 9 . 5 3スる 4.2
括和
40
.lび紹和
40
これらの五ケ町村の也氏乳牛部門 C講成比と, ,市町村とし℃夫前林村があげら れるが,これは高産部門。構成比が
9.0婚と低< ,蔀濫がさかんな村よはいえ立りであるう。
間
i
じような例とし‑c (表5)倉石村があげられるが苔車部門。構成比も比較的高<
J能。支えケ 町村に準ずゐ酪農村と考え‑c‑aしっかえないと忠弘‑64‑
/
. f . ;
弘 寺
6 j
̲ r i >
4・ r '
f
乙れらの酪農村
L
地域〉む特徴とし℃頭鉱点がいく られるQ 六ク所村,横岳町,東北 し,音から東成〈やませ〉の影響が特κ
強いため,域耕は公もわ しくなく長い詞原野のまま いたとにうが多いQ 乙οL 股 宇
れた。そし℃乙れ ら酪農経営託と
D
くん℃いた地i
誠域℃あゐQまた三戸都<V
I
椅上村,事i
一努村はともκ
山岳地帯℃あt
,7
..K田率。泣い村‑‑C,他。可討にさきが け℃乳牛の導入が之された村℃るる。以ーにのよう民高部地方氏は馬民かわッ 最近特托多く主ったものま
ζ
義豚があゐ{表2
と長入れられ℃きた<V‑tるゐが乳牛のほかに
。養豚は出和
30
年頃から農家κ
普及しは じめた。3 1
年にはじめ℃豚<7.Ym
を開設し℃いゐQo
入場頭数は)蕊豚2 ふ 01
頭℃あったが4 1
年記は成版8
.480
頭,子抵45.754
頭,合計五4234 しτ
ぃゐQ と̲(2)ょう氏養r啄がさかんになった選出よし℃は,比較的労織力をかけず民,J
とれも短期誌をこ現金収入があることがあげられよう。このため,採む飼育率は各刊すとも多く,畜童部門誌示めゐ割合も高く,
市氏擁議した地域に多い乙とも特徴的である。最近ではデラックス本紙舎を建
τ 50
頭も するという企識的立義琢もみられゐょう誌なっ℃きた。ζ
りほかに肉牛の掛脊が眠られた地域℃あるが,最近さかんになっτ
き乞いゐQ 乙れは乳牛 に〈らべ山岳地苦℃の淵育が多い, (特κ
十和田lilT(詰育率3 ス 3 帰
)i,昌子可(39.0
前 三 戸 可 (19 . 2
的 誌 上 村( 13 . 9
的 立 ど が そ り 中 心 ℃ お る 九 こ れ ら0
市 り は かU ζ
銅育率。高い町 村が水器率。高い地域主ζ
見られゐがにれは,I
説把生産党主邑的ょしたもり℃あるうQ青むさかんな地域には氏。ように吃り形態、
G
違いが見b
れゐ。十和田町,出子函r
, 牛主主設の場合が多いが,r
者よ村は成や育成がまr
乙なわれ℃ぬゐ。くむナび〉
「やまぜ
J
と洪積台地の分考告がJ1;.範な乙とにJ;;.る穀物産来不振民結盟する もり℃ゐt
,それは藩致持伐の規制された馬設か。需要の減少κつれ,場詩吉~'i減少したが,自然的条件。紙約託よ D だけたよゐ乙とが器難であったQ をのため,渇
κ
かむる位。家苔主導入 生じ℃きた。しかしその的議は一様℃はなく,地域によっと豚の導入が多く見ら才
L
るが,乳牛の場合は,よ続いた。しか した耕種生噛民 しい畜産形掻が 全般的立
ζ
は乳牛,また醒肥生産よ現金 収入という紐慌的条件から比格的スムーズ
V C
,かつ急速に普及した。しかし自然的条件V C j : ; " ¥ n
℃耕語生産
0
比較的楽主土留或氏公い℃誌,るまD
進展がみられず,六ケ所村,東北可,立どの耕種生産<v
i
丞い地域におい℃は,議約的な酪農が見b
れゐょう氏去っfとき,労働面
V C
eI!j:t負担が山かわらず短期詞G
詞義氏よる現金紋入 入が可能なため民普及率が長く,特氏都市f r r c
よる幌地む編少い者~rP近郊に多く見られる。
支え山岳地帯
V C
.t'い℃は,十和同町民見られるよう立肉令。生童も最近さかん民主U
つつある。このよう民耕謹生意民代泣する極放的な叢躍に出発した海部<v,喝並はある地域
κ
お悔い℃は耕誕 生歳以上。所得を追求オゐ集約的主畜設とし℃り書通産へと漉肢がみられる一方,イ慢の多くむ地るるー
域主ζ公い℃は耕謡生産よかみ合 Ülょた議合農業自~i:ïi岳荏む線了まみは乙いる。
〈 著 書 考 文 献 〉
吉村光重編
<1
r
。
@東洋経済
(837)
ナコ7
章(8 2 7)
(l
965)
:和牛流通り実藤〈背森県) (1966)
… 66 ー
a
dE4b
事