星野 聴
は じめ に
東京 国立博物館 に納 め られている法隆寺献納宝物 の中に、刻銘 と焼 印のあ る二本 の香木があ ( 1 ,
る
。東野治之氏 は、墨書銘 よ り天平宝字5 年
(761年) 以前 に舶載 された もので、刻銘 と焼 印 の書 体か ら 7‑ 8世紀 の ものであ る こと、熱帯 アジアか らペ ル シャ人 ・ソグ ド人 による中継貿 易活動 によ り、中国 をへ て伝 った もの とされた。 また、刻銘がパ フラヴ イー文字であることに 気づ き、刻銘 は、熊本裕氏 に よ り
bwhtwdyと読 む人名であ り、焼 印は吉 田豊氏 によ りソグ ド 語 で、単位重量 あた りの値段 ( 又 は、単位値段 あた りの重量)及 び ソグ ド商人の トレー ドマー
・ ウ.
クか と思 われ る十字形 か ら成 る と解 釈 された。刻銘 については、 さらに井本英一氏 、伊藤義 ( 3 ′ L
教氏 の解読があ る
。r 4 )
また、香木 の産地 と 7 ・8世紀 の イ ン ド洋貿易 につ き、家 島彦‑氏 の研究 があ り、 イス ラ ム史料その他 に、積荷が流失 した とき、荷 主 を確定す るため、荷主名 を木 口に刻印す る習慣が あ った とい う。 しか し、我 国 に伝 来 した他の香木 に、同種 の刻銘が されていた と聞か ないのは 不審 であ る
。以下 に於
いては、上記 の香木の刻銘 と焼 印 に就 いて、全 く別の解釈 を試みている
。【1
】焼 印 につ い て
二つの香木 にある焼 印は明 らかに同一で、その外形 は少々縦長 の矩形である
。印の図形は外枠 を有 し、 ともに第
1図に示す形で
t l ノ
あるとされている
。これに関 しては疑 問が な
い 。上記 の よ うに吉 田豊氏 は、 この焼 印の図形 を ソグ ド語 の文 字 とされている
。しか し、筆者 は これは、「墜」 とい う漢字 を
し 5 , i
図案化 した もの と考 えている。 堕 と焼 印の字形が よ く似 てい るか らであ る。焼 印 の外形 が矩形 で あ るの も、 そ こに彫 られ し
6 )た シンボルが漢字 であ るこ とを暗示 している ように思 われ る
節
第
1図 焼印
また、下端 の枠 を漢字 の一画 と して利用 す る と、下部 に土 の字形 が あ り、右上部 も動物 の家 ( ぶ た)の形 を図案化 した ものの ように見 える
。諸橋轍次著 の大漢和辞典 に よれば、 この 堕の字の読みはチであ り、
地 に同 じ 〔 字菓補〕 堕、同地。
とあ り、「 地」 の異体字である。 この堕 の左 上の βは、文字 「 早 」 ( おか)が漢字の偏 となる時
の形で、 白の省略形である
。早 (P) は部首 (こざと‑ ん) を表す のに も用い られている。 白 は段 になっている高地の さまに形 ど り、高地 ・高台 ・階段 の意 を表 している
。さて、堕 の文字 の左 上 の Pを 白で置 き換 えた 「 墜 」 は、「 地」 の籍文であ る
。これ は明 らか に象形文字である
。この ように、堕は地の籍文 「 壁 」 に基づ く字型である
。但 し、第
1図で は 左上部 にある 「 早」の左右が逆 になっている
。即 ち、墜 ( 壁) を象形 的に図案 に した もので、
■
丘 が右 方 に高 くなっているの を逆 に左 が高 く表現 したのであ る
。なお、早 の下部 にある十字 形 と思 われる部分が、第
1図 にも含 まれていることに注意 してお く
。なお、 白が左右逆 になっ ている漢字の例 として、自 白があ り、「 丘 と丘 の間」 とい う意味であ る
。明 らか に、 これ も象形 文字である
。この場 合、左右が逆で も、丘 と
いう象形 的な意味 を保 つ ことがわか る
。さて、香木 は香 を焚 くの に用い られるのは当然であるが、仏像や塔 を彫 るための木材 として、
宗教 的な 目的で用い られたのである
。現在 で も香木で造 られた仏像 な どを多 く見 ることがで き る
。ところが、香木か ら仏像や塔 な どを彫 ろ うとす る と、木 の上下 を逆 に使 うのは避 けた ら し
い 。
そ こで、 この 「 地」 を表す文字 は、香木 の根 に近 い方 を示 し、そち らを仏像 の足 の方 にす るための 目印 となるのであろ う
。高い香木 の幹 の一部のみ を切 り出 した時、上下が不 明確 なこ ともあろ うか ら、木の地面 に近 い方の端面 を指示 した もの と見 られる
。実際、焼印は一方の木 口に近 く押 されているか ら、 この推論 に矛盾 していな
い 。また、 この焼 印は、二つの香木 とも に、次 に述べ る刻銘がある木 口の方 に押 されている
。文献 (
8) は木像 の造法 について次 の よ うに記 している
。‑、悌 木 を調へ る こと。前以て 日時 を揮 んで価 を造 る御衣木 を取 り香湯 を以 って能 く洗浄 し、
皮一重 を去 り、木の本末 を調べ壇前 に置か しめる
。諌 め価 の長 さを定めて木 を切 り、光 背や座 の材料 も同 じく切 って、手斧 で削 り浄薦 の上 に置 くのであ り木の本末 は戎記 には 木の末 を上 と し本 を下 にす とあ る
。ただ し、上 に云 う戎記が何か筆者 には分か らないが、 この ように、木の上下 を彫刻 の際 に注 意す る ようである
。なお、二つの香木の焼 印は木 口に近 い処 にあ るが、印の図形 の なかで 「 土」のある向 きは、
木 口に対 して互 い に正反対 になってい る
。即 ち、
一方の香木で は 「 土」 は木 口に近 い側 にあ り、
こ1
・
他方の香 木で は木 口か ら遠 い側 にあ る
。しか し、 この焼 印が刻 された木 口が木の本 の方 を示 すのであろ う
。焼 印の方向 と木の本末 の関係 に就 いての この仮説 は、展示 されている香木 を外 部か ら見 ただけでは、残念 なが ら確 かめることがで きなか った。
この ように焼 印は漢字 を表 している もの と解釈 したが、中国が沈香 ・檀香 の最大の集積 ・消 L 4 〕
費地であ った か ら、消費者 に有益 な情報 を表す焼 印が漢字であ って も不 自然ではなかろ う
。( 19 )
香木の銘印 については、 シナ ・イ ン ド物語 に次 の記述がある。即 ち、
ムルター ンとい う偶像 について。 この偶像 はマ ンスー ラの近 くに安置 されてい る
。イン ドの人々は何 ヶ月 もの行程 をか けて、 カーマ ルー ン産 の イ ン ド沈香 木 をそ こへ 運ぶ
。カーマ ルー ンはこの沈香木が豊か にあ る地である
。それは最 も良質の沈香木で、 この偶
像の ところにその木 を持 って行 き、管理人 に渡 して、偶像 に香 を焚 いて もらう。 この沈
香木の うちには
、1マナーの値段 が
200デ ィーナ‑ルもす る ものである。 しば しばこの 沈香木 に押印 されているが、その材質が柔 らかいために刻印がめ りこんでつ くのである。
商人たちはこの管理 人たちか らこの沈香木 を買いつけるのである
Cとある。 この記述 は、91
6年頃に書かれた もの と考 えられている。
これによれば、沈香木に押印 されていたこと、 これを商人がムルター ンの偶像の管理人か ら 購入 したことである。イ ン ド人々が何ヶ月 もかけて長距離 を運ぶ とい うのは、営利の為 とは考 えられない。何故ならば、交易するならば、最寄 りの地で よい筈である。八世紀の状況は、想 像する他 はないが、マ ンスー ラは、何ヶ月 もかけてたどり着 くに値する聖地であったに違いな い。上記の焼印が寺院に奉納する際には刻印 されていた ものか どうかは分か らない。なお、マ ンスーラは、現在のハ イデラバー ドと推定 されている。 また、カーマルー ンは、イン ド東北の
、
l
ア ッサム地方の ことであ り、家島彦‑氏 によれば、
13世紀の史料では、最高級の沈香産地で あ り、そ この沈香木 には押印が打 たれていた とい うことである。
【2
】刻銘 について
次 ぎに刻銘であるが、二つの香木 とも、焼印があるの と同 じ木口に近い所 に刻 まれている。
. i ,
これ らを、法
112号 ( 第2 図)及 び法
113号 ( 第3 図) と呼ぶC その文字は互 いに類似 している
(I)
第 2図 法1 1 2の刻
銘忘 = 妄 ‡ 二
笥 F。 . 蛋. . . ≡ . 攣 ̲ . ̲ .二 転
( 1 )
第 3 図 法 1 1 3 の刻銘
ので、これ らは同一の文字であると思われている
。これに関 して筆者は異論がな い 。 また、これ ら 1・
の文字 は中世ペ ルシャで使用 されたパ フラヴイー文字である
。パ フラ ヴ イー語 は、二十世紀 に なって大 い に研究 された。
1 0
黒柳恒男著 「 ペ ル シャ語 の話」 に よる と、パ フラヴ イー文字で記 され た もの を解読す るの は容易で はない。 これ には四つの理 由がある。即 ち、
[1
]一つの文字が本 来異 なる複数の字 の表記 に共用 され、各 ケース に よって音 も異 なること
。どの字 に対応 させ るべ きかは前後関係で判 断す る必要がある
。[2
]文字 を結合 させ る と特 別の表記 ( 合字、l
igature)になることがある
。[3
] 史的記法、即 ちアルサ ケス朝 ( パ ルテ ィア王囲) の公用語 であるパ ルテ ィア語 な どを史 的 にその まま残 して書 き、発音 はササ ー ン朝時代 の中世 ペ ルシャ語 の発音 で読 む記法が あること。
[4
] ウズ ワ‑ リシュ ン
.。訓読語詞で、中世 イラン語 のなか に混ぜ て書 かれ、中世 イラ ン語音 で訓読 され るアラム語詞があること
。に よるのである
。上述 の ように、パ フラヴイー語 は大 い に研 究 されたか ら、 この分野 の研究者 に とって、 この 刻銘 の意味 は容易 に理解 され ることであろ う
。筆者 は、 まった く素人であ り、参照 した文献 も 限 られているので、専 門家 か ら見 れば、見当違 いの解釈 であるか も知 れないが、私案 を以下 に 示 してお く
。参照 したのは、H.
S.Nybergの労作
(11、12)である。さて、香木の刻銘の最初 と最後 の文字 は、下が線で繋が ってい る
。これは、装飾の為 に、最
・ 2 ; 初 の文字 の下線 を左 に延長 し、かつ最後 の文字 に接続 したのであろ う
。井本英一氏 は、 銘 の最後 の文字 タ をアラム語 の L 即 ち、) に読 まれてい る
。筆者 もこの読 み に従 う
。その理 由は、文献
(ll)の p.131に、
⊃ isboth1andr,butmostlyr,replacingtheoldletterrwhichhadbecometooambiguous.
I
fitdenotesIitmayreceive,asadiacriticalsign,astroke:3 (inIranianmanuscripts),ora loop二3 (inIndianmanuscripts),orbewrittentwice:良
,5.
と記 されてい る
。j 5 を、実際 に見 た ことが ないが、その二重 のス トロー クは、互 い に間隔が 離 れて い ないの か も知 れ な
い 。で は、 この ス トロー クが離 れ てい るが、筆 者 は、 これ も
、即 ち、 ) の文字である と判 断す るのである
。し 3、
伊藤義教氏 に よれば、
二つ の香 木の うち 「
法113号」 は筆跡 も流麗で書 き慣 れ た書 き手 を思 わせ るが、「法11
2号」 のほ うの書 き手 は文字 を解せず 、ただ何 かの手本通 りに、 コツコツと刻字 した ら し
く、稚拙 な線刻文字 となっている
。とされている
。しか し残念 なが ら、筆者 には この種 の評価 をす る能力が ない。 さらに、
「法112
号」 の方 に文字の誤 りが見 られ る
。ともされ、
また 「 法
112号」 の方 に文字の誤 りが見 られる ことか ら、二つの香木 はペ ルシャで刻銘 された とい うよ りも、 ソグ ド商人の手 を経 た香木が、中央 アジアか ら揚子江下流流域 か 韓半島へ届 き、そ こか らわが国に舶載 され、 日本で刻銘 された と考 えて もよい。
と述べ られている。
この ように、法
112号 の刻銘 には文字の誤 りがある とい う判断 をされているが、その文字 に 果た して間違 いがあるのだろ うか。確 か に、 この二つの香木の刻銘 は詳 しくみると、全 く同一 である とは云 えない。 しか し、筆者 はこの両者 には同一の文字が記 されている もの と考 えたい。
つ ま り、法
112号の刻銘 も文字 に誤 りがない とす るのである
。しか らば、法
113号の刻銘の方が 簡明であ り、正 しい文字 を知 るの に役立つであろ う
。なお、次節で述べ るように、法
112号 の 刻銘 は、彫 った後で、 さらに修正 された もの と考 えている
。伊藤義教氏が、法
112号 の方 に文 字の誤 りが見 られる とされているのは、 これが原 因であるか も知 れない。
さて、 これ らの銘 は、最後の文字 には異論 がある ものの、上述の ように、 これ を ) の文字 とみ る と、文字列
⊃lPJJl」か ら成 る もの と思 われて きた。 しか し、筆者 は これ に疑 い を 持 ってい る
。法
113号 の刻銘 をこの ようには読 み難 いか らであ る
。その理 由は、 この刻 銘 の
Pに当たる文字では、 アークの左側 には、 このアー クに付 いた何者 も刻 まれていないか らである
。もし、 これが
Pであれば、縦棒 が なけれ ばな らない。文献
(ll)の
p.129に よれば、
Pは
psalterでは、 O または D と書 かれ る とい う。しか し、いず れ に して も、左端 は単 なるアー
クではな く、曲線 の短い延長部分 または縦棒が付 いているべ きである
。筆者 は、 この銘の文字 は、
)iQJユリ(bwdpwl ) に違 いない と考 えている
。もし、 これであ れば、 の左端 の アークには、その左 に何者 も付 いていない ことに注意す る。 ここで、 J ^の 文字であ るが、 これは、文字
」が複数の文字 に対 して使用 され るので、それ らを区別す るた めに用 い られる一つの記号である
。文献
(ll)の
p.130による と、
InthemanuscrlptS isoccasionallydifferentiatedbydiacritical
′ヽ
signs‥」 =g;」 =d;j =y;
コ= ●
(secondary)initialj
一・ⅠnthisManualextensiヽreusehasbeenofthesesigns.
と記 されてい る
。但 し、 ここで
thisManualとは、文献 (ll)の こ とであ り、各等号 の右辺 は
transliterateされた子音である
。この ように、 」 を書 き分 けて翻字 しているのである
。そ こで、語
3i) はユリと表現 して もよい ことが わかる
。さて、 Q 」はその直 前 に置か れた文字 と合 字
(ligature)を造 るケースがあ る こ とが、文献
(ll)の
p.132に記 されてい る
。それ に よる と、 0 」 は
」と合字 される と、
Q.Uまたは
QJの よ うになるのであ る
。ここでは、 この前者即 ち、 Q 山 と記 された もの としよう
。さらに、刻銘で は細部 を表現す るのが難 しいので、左上 にあるべ き黒 く塗 りつぶ した小部分が略 されて、一定 の太 さで刻 まれ た とす る
。しか らば、 この文 字 は Q Jとな ろ う。 そ こで、法
113号 の銘 で は
)t Q 」 j i ) であ り、下端 のス トロークを左 に延長 して、第
4国の ように刻 まれた もの と解釈す る
のである
。法
112号の刻字 を見直 してみるに、 これ も図
4の ように見 えない ことはない。即 ち、
二 つ の香 木 の刻 字 は、共 に この文字 だ と思 われ るのであ る。
なお、文献
(ll)の
p.132に よる と、 Q 」は、 その直 後の文字 とは合字 を造 らない。 この点で も、図
4の よ第 4図 筆者の選択 うに読 む上記の解釈 は矛盾 していない。
さて、上述 の ように、刻 銘 の文字 を ⊃1 0
」き り(bwd,wl ) であ る と解釈 したが、 丑
」(bwd)の 意味 は、f
ragrance即 ち、芳香 であ り、 )lG」 (pwl ) の意味 は、
full即ち、一杯 である
。そ こで、
全体 として意味 は、「 芳香一杯
」(fragrancefull)とい うことになる. 。 これは、香木 にふ さわ しい意 味内容 と言 えよう
。これは商 人が、 トレー ドマー クの ような 目的で、刻 んだ もの と考え得 る。
ここで、文献
(12)によって、bwd と
pwlの意味 をチ ェック してお く
。まず、bwdと
pwlの 子 音 の
Iranianequivalentは、文献
(ll)による と
、bedと
purrであることをコメ ン トしてお く
。文献
(ll)の
p.48に、
bwdの意味 を次 の ように述べ てい る。 (括 弧 ( ) 内は筆者 の注記 であ る。)
bOd 〔bwd〕
1. conciousness
( 用例 は省略)
2. scent(
臭気、かお り)
,fragrance(よい香気、芳香) ( 用例 は省略)、
incense
( 香 、 〔 特 に宗教的儀式 に用 い られる〕香料、芳香) とあ り、同様 に
pwlに就 いて、文献
(12)の
p.162に、p。rr 〔pwl;M二LH
〕 ( これは、二通 りの表現 があったことを示す。)
full例
purr ap (fullofwater)、purrtigr (fullofarrows)( 以下略)
oftenunitedwiththefollowingsubstantive( 実名詞),s
oastoform compound,from whichanabstractsubstantivemaybederived.( 以下略)
と記 されてい る。 この ように、「 水が一杯」 とい う場合 には、pur
rの後 に水 を意味す る apが来 る
。この点、香木の刻字では順序が反対 である
。しか し、文献
(12)の
p.284に語順 に就 いて、
NormalMiddleIranianhastheordersubjec卜object(S)‑adjunct(S)
( 修飾語)
‑verb,orthepreterite
( 過去形):
agen卜subject‑adjunct(Sトverb.と記 している
。そ こで、形容詞 を対象物 を示す語の後 に置 くのが普通であったこ とがわかる
。以上の ように、香木の刻銘の意味 は、f
ragrancefullである と考 えている
。【3】
「法
112号 」 の 刻 銘 が修 正 され た疑 い に就 い て
前 節 で述 べ た よ うに、二 つ の香 木 の銘 を共 に図
4に示 した もの と したが、法112号 の刻 銘 で は、a刈 ま、 そ の前 後 に比 して乱雑 に彫 られ て い る よ うに見 え る
。そ の理 由 を考 えてみ る と、
法
112号 の刻 銘 が最 初 に刻 まれ た後 で 、何 らか の修 正 が施 され た疑 いが あ る
。そ こで、最 初 に
どの ように彫 られ たか を推 測 しよ う
。はな く、 さらに d の下線 もな くて 、 d は P と Jであっ た。 ここで
、rO は文字
Pである と認めて、 もと
うPl 山と
5 日 坦」 」 l J
f e
d
cb
a第 5図 法11 2 の刻銘の文字列 彫 られてい た とす るのであ る。 ところで、文献 ( ll) の
p
. 1 32によ り
、pと、その直前の lとは合字 を造 らない ことに注意す る と、
ラPi i )と綴 ってよい のである。
第 2 図に示 した法 11 2 号の刻銘 に対 して
Cと eを除去 し 、 d の下部の横線 をも除いて、最初 に彫 られていた と推 測 され る銘 を合成 してみた。 これ を第 6 図 に示 す。 この ように
、 Cと
eを除 く
第 6図 法1 1 2 の最初の刻銘 ( 合成)
と縦方向のス トロー クの傾斜方向や文字間隔が揃 って、 自然 に見 えることがわかる。 これに対 して、
ス トローク
Cは少 し立 ってお り、 また
dの右端の縦方向のス トロークに著 しく接近 し、そのためか 両ス トローク間が潰れているように見 える。 またその下部 にあるべ きリンクが よく確認で きないの は、 もともとこの リンクが無かったのではないか、 また
、Cが後で追加 されたのでないか との疑い を持たせ るのである。
ここで上述の ように、ラ は つ である とす る と、最初 に彫 られたのは
⊃PJDである と推定 される のである。 ここで、文献
(12)によれば、J J 」は
bun 〔bwn〕で 意味は
root( 級)
、⊃Pは
tarr〔tl 〕
り3 )
で、意味は
moISt( 湿 った)であるC 従 って
、)P旦J の意味 は、「 湿 った根
」 (rootmoISt)で あ るO これ は、焼 E r lと同様 に、刻銘が あ る方が木の根 に近 い方 の木 口で ある こ とを示すマ ー クで あ ろ う。 この刻銘 が後で 「 芳香一杯」 を意味す る文字 に修正 され た もの と考 えている。
あ とが き
以上 の よ うに、焼 印の 内容 は、「地」 を意味す る漢字 を図案化 した ものであ り、焼 印が あ る 木 口が立木 の状 態 で根元側 であ った こ とを示す こ と、刻銘 は、両香 木 に共通 で 、「 芳香 一杯」
とい う意味のパ フラヴ イー文字であ る と解釈 し、商 人の トレー ドマ ー クの ような ものであ る と
考 えたO但 し、法 112 号 の香木 は、彫 られ た後 で刻銘 が修 正 され た もので、 もともとは 「 湿 っ
た根」 と刻 まれ、 これ も刻銘 があ る木 口が根側 であ る ことを示 したマー クであ る と推測 した
。しか し、残 念 なが ら、実物 につ いて これ を確 かめ る こ とが 出来 なか った。
参考文献
( 1) 東野 治之 :法 隆寺献納宝物 香 木の銘文 と古代の香 料貿易 ‑ と くにパ フラヴ イー文字 の刻銘 とソグ ド文字の焼 印 をめ ぐって‑ 、 ( 補説 、熊本裕 ・吉 田豊)、
MUSEUM,No.433,
p.4‑18
, 4月
(1987)、 同氏 :正倉 院、岩 波新書
(1992)、 同氏 :法 隆寺伝 来の香 木 と古 代 の生 薬輸 入 、和 漢薬 、
No.413、p.
1‑3、1 0月
(1987)、 同氏 :遣唐 使 と正 倉 院、岩 波 書 店
(1992)(2)
井 本英一 :法隆寺伝 来の 白檀 と栴檀 、毎 日新 聞
、6月
3日
(1987)( 3) 伊 藤義教 :渡 来ペ ル シャ人の "にお い" 法隆寺 の香 木 を推理 す る 銘解読で広が る ロ マ ン、朝 日新 聞
、7月
22日
(1987)( 4) 家 島彦‑ :法隆寺伝 来の刻銘入 り香 木 をめ ぐる問題一 沈香 ・白檀 の産地 と 7 ・8 世紀 の イ ン ド洋貿易‑
、JournalofAsianandAfricanStudies,No.37,p.123‑141 (1989)( 5) 堕 は、 また 堕 に も造 る。准南子 には 堕 形訓 があ る。小 口雅 史氏の御教示 に よる。
(6)
タジ ク共和 国のペ ンジケ ン トで出土 した印の印面が、
(i)KPaTKlイe Coo6u eHH51 0 A oⅠ
{ r ,
laコaX Hr
l0LleBbIXH
ccLleユOBaHH只X HH
CTHTyTaH
cT0PH rl 八′laTePHaLl b
H0t'1 KyJ Ib
TyPb1 73 (1959) (ii)B.H.PacIl0Il0Ba:111eTaLlAHtleCItITe H3netlliflPaHtleCPe′1HeBel{OB0 CorAa
,
HHCTIiTyTA P
xeOJ 10
rrli'1( 1 9 80)
に記載 されている
。この印 を捺 した ときの図形 は、
その鏡像 になる
。これを第
7図に示す。少々縦長の 矩形 で、外枠が付 いていることは、 ここで論 じてい る香木の焼印 と同 じである
。文献 ( i)では、 この 図形 を ソグ ド文字 とし、所有者一家の領地や称号で ないか とす る
。筆者 は、 これ も漢字で、枠 内は龍の 字 を図案化 した もの とみている。曲線 を多用 してお り、図案化の手法は香木の焼 印に類似 している。 こ
れは、十二支の龍 を意味す るのか も知 れない。上記 第
7図 ペンジケン ト出土の印 文献 については、吉田豊氏の御教示 を得た。
( 7) ここには、直接 関係はない と思われるが、甲骨文字で も、左右が逆の文字 も許容 されている。
これは象形文字 としての漢字の性格であろう。
(8)
逸見梅栄 :造像法概論 ( ≡)
、儒教考古学講座 第十巻、雄L L I 閣
(9)
シナ ・イ ン ド物語 第
2巻、藤木勝次訳注 、関西大学 出版広報部
(1976)( 1 0 ) 黒柳恒男 :ペ ルシャ語 の話 、大学書林
(1984)(ll)Nyberg,H.S:A ManualofPahlavi,PartI:Texts,OttoHarrassowitz,W iesbaden (1964)
(12)Nyberg,H.S:A ManualofPahlavi,PartII:Ideograms,Glossary.Abbr
e
viations.Index,Gramma‑ticalSurvey,CorrigendatoPartI,OttoHarrassowitz.Wiesbaden (1974)
(13)bunの意味 は、文献 (12)
の
p.50に、bun 〔bwn〕 button
,foundations,root,beginning, . . . とす る
。また、同
p.192にtarrの意味 を、tarr 〔tl〕 humid,moist,…
とす る。但 し、文字 上i JL 二村 しては、その他 に a f r as
. 〔BこW〕 (意味 は、l
earning,teaching)が あ るが、香 木銘 には意味が通 らない。 また、
⊃Pに対 しては
、tarrの他 に、①tar〔 t l 〕 前 置詞
:beyond,through,bywayof,副 詞
:aside,secretly,②
tar 〔tり名詞
:arrogance,con‑tempt