日本語教師の専門性 とその形成
一 個別事例 (小西知代氏)の実践分析及びライフ ヒス トリー研究か ら ‑ 森脇 健夫*・康 鳳麗**・坂本 勝信***・小西 知代
****
日本語教師の専門性 は どのよ うに形成 され るか ? 本研究 は、 日本語教師の力量形成を授業 スタイルの形成 と とらえ、事例分析 を行 った。事例分析 においては授業の参加観察、記述、 そ して、 ライフヒス トリー的アプロー チを用 いて、教師の授業 スタイルを析 出 した。 また、 その授業 スタイルがいかなる実践的な経験 の中で培 われて きた ものなのか、 日本語教師の専門性及 びその形成 について検討 ・考察を行 った。 その結果、授業 スタイルの核 として 「二重の応答性」 の獲得が重要であることが明 らかにな った。
キー ワー ド ;日本語教師、専門性、授業 スタイル、力量形成、二重の応答性
は じめに
1
日本語教師 をめ ぐる制度的状況 と資格日本語教 師 をめ ぐる制度 的状況 と資格 につ いて まず素 描 してお こう。
近年 日本語教師 の数 は、 日本語学習者 の増加 に従 って 増 え続 けて お り、 平成
1 9
年度 には過去最大数 に達 して い る)0学校教育 に携 わ る教師一般 に比 して、 日本語教師 にな るために必要 な国家資格 はない。 国家資格 に準 じた基準 と して は次 の
3
種類 の ものが挙 げ られ る。①大学 で 日本 語教育 を主専攻 また は副専攻 して修了、② 日本語教育能 力検定試験 に合格、③ 日本語教師養成講座42 0
時間 の修 了。 この うちの ひ とつ を満 た していれば、 日本語教 師の 資格 を持 ってい る と見 な され る。 い ったん 日本語教 師の 仕事 に就 いて もキ ャ リア ラダー (経験 に準 じてキ ャ リア ア ップを して い く道) も十分 には整備 されていない。一 方、現場 では即戦力 が求 め られているとい う現状 があ る。2
日本語教師の専 門性日本語教師をめ ぐる制度、現実 は厳 しい ものがあるが、
その一つ の背景 には 日本語教師の専 門性 が十分 に理解 さ れ社会的 に認知 されていない状況があるもの と思 われ る。
日本語教 師 の専 門性 につ いての議論 を見 てお こう。 その 一つのスタ ンダー ドと して位置づ け られ るのは次 の議論 であ る。
日本語教育推進対策調査会報告書
(1 97 6)
は 「日本語 教員 に期待 され る能力 の具体 的内容」2
と して、語学 に関 す る専 門知識 を強調 して いた。す なわ ち① 日本語能力、*三重大学
**鈴鹿医療科学大学
***常葉学園大学
****国際教養大学
②言語 に関す る知識 ・能力、③ 日本語 の教授 に関す る知 識 ・能力、④ その他 日本語教育 の背景 をなす事項 につ い ての知識 ・理解、 の
4
点であ る。以上 を踏 まえなが ら教師の人 間 と しての成長 に も踏 み 込 んだ定義 と して伊東 ・松本 の ものが あ る
( 2 005) 3
。伊 東 ・松 本 は次 の
6の カテ ゴ リー を挙 げて い る。 ①
(日本語教育能力試験 の出題範 囲 に定 め られ た) 知識、② (異 な る文化、多様 な価値観 を持つ学習者 で構成 され る 日本語教室 で 日本語 を教 え る教 師 と して、 「学習 の異 な る経験 ・知識 や意見 に対 して柔軟 に対応 し、 それ らを 尊重す る ;学習 を支援 し促進 させ るためには、教師 と学 習者 との対話 を生 み出す努力 を惜 しまず、学習者 と共感 で きる意欲 や態度 を持つ)人間性、③ (日本語教育 を行 う上 で必要 とな る専 門知識 と実 際の教授能力 に加 えて、
授業 に必要 な資料、情報、教材 を収集す る能力、指導案 を作成す る能力、学習 と学習者 の関係 を把握 し指導方法 を創造す る能力、反省 ・評価す る能力 とい った)専門性、
④ (よ りよい授業 を創造す るために、授業 の計画、実行、
反省、 とい うサイ クルを上手 く機能 させ、 自己研修型教 師
( s el f ‑ di r e ct e dt e ac he r )
になれ るこ とを さす) 自己教 育能力、⑤ (教師が授業 や学習者 を深 く知 り、本質 を見 極 めてお く)説 明責任能力、⑥ (日本語 を教 え る上 での 日本語能力及 び教師 と学習者間の円滑な コ ミュニケー ショ ンを実現す るための 日本語能力、 いわ ゆ る)言語運用能 力。日本語教師の力量 に関す る議論 は、 日本語 の専 門知識、
日本語教授 の方法知 (授業運営能力) か ら、学習者把握 能力、学習環境 の整備能力、 そ して人 間的成長、 コ ミュ ニ ケー シ ョン能力 に広 が って きて い る。
一方、 日本語教師の力量 の形成 の方法論 につ いては従 来、授業 に関す る理論 的 ・技術 的知識 の獲得 とその適用 が主 な内容 で あ り、 「教 師 と して備 え るべ きだ と考 え る 諸技術 を、指導者 が訓練 によ って教 え込 みマ スター させ
森脇 健夫 ・ 康 鳳麗 ・ 坂本 勝信 ・ 小西 知代
よ う とす る」(岡崎
1 997:8) 4「教 師 トレー ニ ング」
( Teac he rTr ai ni ng)が主流であ った。
しか し、 「教 師 トレーニ ング
」 ( Te ac he rTr ai ni ng)
に よ って教 え込 まれた技術 を忠実 に実行す るだ けでは、実 際の教室運営 に対応で きない場合があ る。 そ こで 「教師 養成 や研修 にあた って、 これまで良 い とされて きた教 え 方 のモデルを出発点 と しが らもそれを素材 に くいつ、つ ま りどの よ うな学習者 のタイプや レベル、ニーズに対 し て、 また どんな問題がある場合 に)、 (なぜ、つ ま りどの よ うな原則や理念 に基づいて)教 え るか とい うことを、自分 な りに考 えてい く姿勢 を養 い、 それ らを実践 し、 そ の結果 を観察 し改善 してい くよ うな成長 を作 り出 してい く」(岡崎
1 997:9‑1 0 )といった 「
教師の成長」( Teac he r De ve l opme nt )
と しての考 え方 が登場 した。 「自己研修 型教 師( Se l トdi r ec t e dTe ac her ) 」
と呼ばれ るモデルであ る。 「自己研修型教師」 とは、「他 の人 が作成 した シラバ スや教授法 を うのみに し、 そのまま適用 してい くよ うな 受 け身的な存在ではな く、 自分 自身で 自分の学習者 にあっ た教材 や教室活動 を創造 してい く能動 的な存在 であ る」(岡崎
1 997:1 5)
。「自己研修型教師」 にな るためには、 「教 師 自身 が、
自らの これ までの生 い立 ちを 自分 の ことばで書 きとめた ものを、 自分 で分析す ることによ り、 〔自己理解〕〔自己 受容〕 を深 めてい く」 とい うライ フ ヒス トリーの面 にお いて明 らか に しようとす る横溝
( 2 006) 5
の研究があ る。日本語教師の専門性、力量形成 の とらえ方 は、技術的 熟達者 か ら反省的実践者像への変革 に ともな って大 き く 変化 して きている。 つ ま り、技術的要素 的な とらえ方か
ら実践知 も含 み こんだ総合的な とらえ方へ と変容 してき てい るのであ る。
3 問題 の所在 と本論文の課題
力量形成 一授業 スタイルの形成 と して とらえる 小 中高 の学校教師の力量形成 を研究課題 に してい る教 育方法学 においては、教師教育学 に影響 を受 けなが ら近 年、授業 の 「技術主義的な把握」 に対す る再検討 の機運 が高 ま り、教師論 としての教師の ライ フ ヒス トリー研究 と ミクロな授業研究 との間にクロスオーバー的な研究領 域、す なわ ち 「授業 スタイル構築」 を教師の ライフ ヒス トリーの文脈 の中で理解 しよ うとす る研究領域 が成立 し て きている (森脇
2 00 4) 6
。本研究 は、 日本語教師の力量形成 を授業 スタイルの形 成 ととらえ る。授業 スタイル とは 「その教師が授業 を構 想 し、教材づ くりや授業を行 う際 に見 られ る 『一貫性』
を もった特徴 のあ るや り方
」
(森脇2007)7
とす る。 授業 スタイルの形成 とは、単 に技術 の習得 や知識 の活用 だけ ではな く、経験、振 り返 りによって得 られ る暗黙知 的な 実践 的知識 を も含み こみ、 ある観 の もとに統一 されてい(授業スタイル)
図
1
観 と授業 スタイルの関係く過程 であ る (図
1 )
。 こ う した授業 スタイルの形成 の 過程を方法知に焦点をあてたライフヒス トリーインタビューによ って明 らか に してい こうとす る試 みである。
4
対象 と方法対象 :小西知代氏。 国際教養大学 の 日本語講師。 日本 語教 師歴
1 9
年。小西氏 は大学卒業後、福祉 関係 の仕事 を しなが ら日本語教師養成 コースに2
年間か けて通 い、修了後渡米 して
8
年 間滞在 して いた。滞在 中の最初 の4
年 間は 2つの大学 でそれぞれ英米文化修士 と日本語教育 修士 を取得 し、 そ して、2
つ の修士課程 に在学 なが ら日 本語教師のテ ィーチ ングア シスタ ン トとして 日本語教育 に携 わ っていた。 さ らに、修 了後、2
つの大学 にて 日本 語教師 を歴任 して1 998
年 帰 国 した。 帰 国後 も、 日本語 教師 と して 日本語教育 の現場 で実践 を して きている。方法 :実践研究及 びライ フ ヒス トリーイ ンタ ビュー 実施 に当た り、授業への参加観察 を行 い、授業 スタイ ルの抽 出を試 み ると同時 に、教師の ライフヒス トリーに つ いてのイ ンタ ビューを行 い、 その授業 スタイルがいか な る実践的な経験 の中で培 われて きた ものなのかを明 ら か にす る。具体 的 には、2
006
年7
月 か ら2008
年9
月 に か けて5 0
分授業 の授業参観 を計7
回、 イ ンタ ビューを 計3
回実施 した。授業 とイ ンタ ビューをすべて文字化 し、イ ンタ ビューのチ ェ ック後 のデータを もとにそれぞれの 授業 スタイルを析 出 し、 日本語教師の専門性及 びその形 成 につ いて検討 ・考察 を行 った。
Ⅰ
「
初級 日本語」の授業の分析Ⅰ‑1 小西氏の授業 の概要 (1時間の指導案、授業概要) 本稿 では、小西氏 の授業 スタイルの特徴が鮮明に表れ る初級 クラスの授業 を取 り上 げることにす る。
まず、 クラスの紹介 して お く。
目
名 の学生 が在籍 し てお り、 それぞれの出身地 はモ ンゴル、 アメ リカ、 スイ ス、 カナダ、 フラ ンス、香港、 ロシアである。来 日して2
週 間 目に入 った ところで、 日本語学習 は全員 ゼ ロか ら のスター トであ る。教科書 は英語母語話者 向けの 『げんき
』 8
を使 う。 クラスが始 まって6
時間 目の授業 である。この時 間で は、 教科書
pp. 6‑9
の内容 が予定 されてお り、具体的には、既習 あいさつ と数字 の小 テス ト、 ひ ら がな学習、助詞 「は」 について、TPR
9、「〜 さんは どこ か ら来 ま したか」 の導入 と会話練習、 「〜年生」 の練習 等がある。 資料1は当 日の教案である。資料
1
初級 クラス6
時間 目( 9
月8
日)の教案 1 あい さつ と数の小 テス ト⇒ 数は
2
回ずつ読み、最後にもう一度通 して読む2
ひ らがな(1 )
濁音、半濁音 について( 2)
小 さい 「つ」 について( 3)
「きゃ、 き ゅ、 き ょ」 な どにつ いて( 4)
助詞 の 「は」 について( 5)
読 む練習 (カー ドで) 3 あい さつ復習 (カー ドで)4 TPR
「食べて ください/飲んで くだ さい」 を追加5
「〜 さんはどこか ら釆 ま したか」 の導入A:
あの…。すみません、 お名前 は ? B :Bです。A :Bさんですか。
B :はい、 そ うです。
A :Bさんは どこか ら来 ま したか。
B :(国) の (町)か ら釆 ま した。
A :ああ、 そ うですか。
B :Aさんはどこか ら釆 ま したか。
A:
(国)の (町)か ら来 ま した。B:
ああ、 そ うですか。6
「〜年生」 の練習(1 )
数字 の復習( 1
か ら1 0
まで)( 2)
「〜年生」 の練習( 3)w hatyearar eyoui n?
=〉何年生 ですか。
⇒ 今、何年生ですか。
A:
すみません、B
さんは大学生 ですか。B :はい、 そ うです。
A :今何年生ですか。
B:
〜年生 です。A:
ああ、 そ うですか。B :Aさんは ?
A :私 は〜年生です/私 も〜年生 です。
Ⅰ ‑2
小西氏の授業 の特徴小西氏 の授業の概要 と特徴 をまず述べたい。小西氏 の 授業 にお け る最大 の特徴 は授業 の構成 であ る。
50
分授 業 は分節化 され、分節 ごとにさまざまな活動 が取 り入れ られてい る。一つの教室活動 は平均5
分 を超 えず、教室活動がス ピーデ ィに切 り替 え られ、 テ ンポよ く進 め られ てい く。資料
2
は資料1
で示 した教案 を実施 した際に行 われた教室活動 の順次性 と活動 内容 である。資料
2
‑時間の教室活動 o 授業開始前 の席順 の くじ引き1
天気 に関す るあいさつのペア練習2
英語 によるスケ ジュールの説明3
絵 カー ドであいさつ復習4
手振 りで数字 の復習5
小 テス ト(1
分)(1
分)( 4
分)( SO
紗)( 5
分)6
文のフラ ッシュカー ドでひ らがな復習(1
分)7
「あか さたな」 ソング(1 0
秒)8
仮名学習 (濁音 ・半濁音 ・促音 ・物音 ・扮長音)( 5
分)9 TPR
(既習 に新語 を追加)( 2
分)1 0
「〜 さんはどこか らきま したか」 の会話文①前半 の文。T英語意味 ・モデル提示、S復唱
(1
分)②後半 の聞 く文。
T
モデル提示、S
は5
回、3
回 と復唱、会話練習S‑Sl
(挙手)( 4
分)③後半 の答え る文。Tモデル提示、S復唱、
ペア練習
( 4
分)④前半 ・後半合 わせ練習。
S‑Sl
(挙手)( 2
分)⑤会話の補足
(1
分)⑥会話 の完成練習パ ター ンl S‑ Sl(挙手) パ ター ン2 Sl‑ S2(挙手)
( 3
分)ll
「〜年生」 の会話文①語嚢 の導入。T説明 ・モデル提示、S復唱
( 3
分)②文の導入 ・練習。
T
モデル提示、S
復唱( 5
分)③ペア練習 ・発表。Tモデル提示、S復唱
S
l‑S2
(挙手)( 5
分)1 2
平仮名付 きの絵 カー ドで単語学習。T
モデル提示、S
復唱( 4
分)1 0
番 目に行 われた 「会話文」 を例 にその内容 を詳 し く紹介 しよう。会話 の前半 は1
分、後半 の 「聞 く」文 は4
分、後半 の 「答え る」文 は4
分、前半 ・後半 の合わせ 練習は2
分、会話の補足 は1
分、会話の完成練習は3
分、と、 同 じ項 目で も違 うアクテ ィビテ ィを入れて
5
分以上 にな らないように している。練習パ ター ンは次か ら次へ と滑 らかに移行 してい く。例えば、会話の場合 は、文型 例示、モデル会話、会話練習 といった順番 に行われるが、形式 は、教師対学生全員、学生全員対学生一人、学生対 学生、学生全員対教師な どと様 々ある。授業 は学生の興 味や関心 を失 わないよ うに工夫 されてい る。
TPR
を含森脇 健夫 ・ 康 鳳麗 ・ 坂本 勝信 ・ 小西 知代
めた非言語 的なパ フォーマ ンスがふんだん に取 り入れ ら れてい る。例 えば、教師が 「聞いて くだ さい」 と言 った ら学生 は手 を耳 にあて る、教師が 「食べて くだ さい」 と 言 うと学生 は食べ る しぐさをす る、「見て くだ さい
」 ‑
見 るしぐさ、「飲んで ください」‑飲む しぐさ、な どである。もう一つの特徴 は、学生への丁寧な 「心遣 い」 である。
例 えば、長音 (せんせ い、 が くせい)、促音 (買 って、
入 って) のある語嚢 が出ると、 モーラ数 を確認 した りす る。 よ く間違 え る英語 圏学生の特有の発音 につ いてその 都度 日本語 の発音 と英語 の発音 の違 いを比較 して、 その 違 いをは っき りと英語 で説明 しなが ら進 め る。 例えば、
「かんにちは」ではな く 「こんにちは」、「いっただきま‑
す」 ではな く「いただきます」 な どが挙 げ られ る。
Ⅰ ‑3
特徴 の分析こうした授業の特徴を醸 し出す要因が どこにあるのか、
小西氏 の授業 で使 われている技術 (知)、実践 的知識 の なかで可視化 されているものについて抽 出 し、分析 して み よ う。 シュワブ10は 「教師
」
「子 ども」
「教材」
「学習 環境」 の4
つの要素 による課題 の研究領域 をマ トリック スで示 しているが、 とくに小西氏の授業の二つの特徴 は、1.授業構成一教材一活動 の系 (コロラ リー) と
2.
学 習者一活動一教材 の系 (コロラ リー) にある。Ⅰ ‑3‑
1.授業構成一教材一活動の系この系 (コロラ リー) は授業づ くり、構成 にかかわ る 授業 スタイルをつ くりだす。
教案 に も示 されているが、授業 は分節化 され、教室活 動 のパ ター ン変化 によって非常 にテ ンポよ く進 め られて い く。
一つの活動 は
5
分 を超 えず、 さまざまなパ ター ンの活 動 が取 り入れ られている。教科書以外 に絵 カー ド、平仮 名付 きの絵 カー ド、 フラ ッシュカー ド等の教具が準備 さ れてい る。 また活動 と してひ らがな ソング、TPR等 が 用意 されている。こうした授業づ くりについて小西氏 は次のように語 る。
① ス ピーデ ィな授業構成の起源
一つの活動 は
5
分以 内 とい うことについて、小西氏 は「 5
分以上 や ると、教室活動 がだれて しま う し、学習者授業風景
1
会話 のペ ア練習が母語 を使 いが ち にな って しま うか ら」 と述べ る。 こ のような授業 の時 間配分 に至 った過 去 の経験 につ いて
「(
アメ リカ留学時 代)主にTAをやっ ていた ときに、 アメ リカの大学 院の 日本語 の先生 が、
(1
つ のア クテ ィビ テ ィを長 くや ると飽 きて しま うか ら)5
分 くらいで、 と お っしゃっていた」 と語 っている。② パ フォーマ ンスの起源 授業 中歌わせた
「あか さた な ソ ン グ」 とい うのは教 科書 にない活動だ と言 う。 そのルー ツと意味を聞 くと、
「代 々歌 われ継 が れてきた。去年 も
歌 った。 アメ リカ 授業風景2 TPR
時代 に誰かか ら聞いて覚えている。辞書 をひ くときに順 番を知 っていると便利。電子辞書 は最近使 うが、教科書 の後 ろの リス トを調 べ る とき も、
5 0
音順 なので、順番 を覚え る必要がある」 と言 う。TPR
を取 り入れ る時期 につ いて は 「アメ リカの大学 院で 日本語教授法 コースを とったが、 その ときの先生が なさっていたのではないか と思 う。 それで、 たぶん、真 似 を してい るのだ と思 う」 と述 べ る。TPRにおいてよ く使 う動詞 を用 いて 「〜て くだ さい」 と身体 と一緒 に覚 えるようにす る。 それは最初 の頃は、教師の指示を聞き 取れ るのが 目的だ ったが、学習を進 めてい くうちに「 〜
ないで くだ さい」(否定) な ど文型練習 に も広 く応用で きると言 う。
Ⅰ ‑3‑2 .
学習者一活動一教材の系この系 (コロラ リー) は、授業構成、教師 と学生、学 生 と学生 の関係性 にかかわ る授業 スタイルを作 りだす。
小西氏 は授業 を行 うためにいろいろな学生 に対す る配 慮 を している。机 の並 び方、席決め くじか ら、授業の構 成、指示 ・練習のパ ター ンのバ リエー シ ョンのつ け方 ま で多種多様である。小西氏 は授業 の始 まる前 に教室 に来 て机の並 び替 え
(
「コ」型か2
列か等) を行 う。 クラス の レベルや雰囲気 によって、学習者が発言 しやす いよう にす るためだ と言 う。学生 が教室 に入 った ら行 うのはま ず席を決める くじをひ くことである。 それは学生 どうし の関係が固定 しないようにす るためだ と言 う。授業 の進行過程 において も、学生 への配慮をかか さ ない。例えばペア 練習を
2
組 したあ と、 もう1組 と挙 手 を促 して も手 を 挙 げる学生がいなか った。 その とき 授業風景
3
両手 でモデル会話 を示 すに小西氏 は強制的にあてずに、パター ンを変えて進 めた。
また、会話 は、T対
S
全員、S全員対S
一人、S対S
、S全員対 T等 とバ リエー シ ョンに富 んだ形式 が取 り入
れ られ る。授業 は学生 の興味や関心 を失わないよ うに工 夫 されている。発言 を促す際の工夫 につ いて小西氏 は次 のよ うに語 る。① 発言 を当て る際の工夫 と意図
授業 中、 できるだけた くさん発言 させ るよ うに してい る。 ペ ア ワー クの形式 は
T対 S
全員・S
対Sな ど飽 き
ないよ うに多種多様 なパ ター ンを取 り入れている。 どの パ ター ンも強制的に当た った感 を持たせないように気 を 遣 い、工夫 を凝 らしている。例えば、発言 させたい場合 は、 当て るのではな く 「ボラ ンテ ィア」 と言 って、や り たい人 には手 を挙 げて もらう。全員発言 させたい場合 は、当た った人 に会話相手 を選んで もらうシチュエー シ ョン を作 り出す。 また、難易度 を考えて、 いきな り、 「二人 でや って くだ さい」 と言 うのではな くて、段階を踏んで、
範読 につ いて一斉復唱‑教師対全員‑学生対学生‑ もう 一度一斉 で、 とい うような流れを とっている。
いろいろな会話 のパ ター ンの中に教師 と学生1対 1と い う形 がない ことについて理 由を聞 くと、せ っか く日本 人 の教師がい るのでや りたいが、 クラスの人数、時間配 分、学生 のその 日の様子 (や る気 な ど)や学生 の人間関 係完成度 な どをみて、教師対学生一人 のパ ター ンを慎重 に使 うよ うに していると言 う。
② 学習者把握 の工夫 と意図
学習者把握 につ いて も工夫が見 られ る。 例えば、 いつ もクラスの初 日に、 日本語学習 の 目的、興味関心 な どに つ いてア ンケー トを取 るように している。 ア ンケー トに 書かれた ことは、 クラス運営の参考 に もな る し、学生 と コ ミュニケー シ ョンを とるための話題材料 に もなると言 う。 そ うす るの は、 「蓋恥心 を取 り除 く」、 「クラスルー ムダイナ ミックス」 とい う意 図があると言 う。 このよう に、人間関係づ くりは 「初級 クラスでは、特 に
1
週 目の 大 きな仕事 だ と思 っている」 と語 る。小西氏 の話 によると、近年、学習者 の学習意欲 と学習 目的に変化が見 られ ると言 う。 以前、 日本経済が良か っ た頃は ビジネスを したいとい う目的で 日本語 を学ぶ学生 が多か ったが、最近 は趣味、 ポ ップカルチ ャーに興味が あ って来ている人が多い。一つの クラスに目標が全然違 う人 がた くさん いる状態 にな っている。 「ビジネスメー ジャーで、将来 日本で仕事 したい、 とい う人 は、動機 が 最後 まで変わ らず、高いままで保 って突 っ走 っていたが、
最近 は興味 ある、できれば 日本語 を知 りたい、 くらいで 始 めた人で、落 ちてい く人 はいる」 と語 った。
初級 クラスの特徴 につ いて、 「初級 に関 して は、特 に 初級 の
1
週間 目に関 しては、 モテ ィベー シ ョンは問題 な い。 ただ、2、3週 間 目にな って くると、 や る気 はあ るけれ ど少 しずつ疲れ気味が見 えて くる。特 に月曜 日は疲 れた顔 を して、集 中力が欠 けていることもある。 で も、
ゼ ロ初級 の クラスは雰囲気 はだいたい良 い。 みんなが一 生懸命知 りたい、『ゼ ロ』 だ ったので、伸 びが分 か る。
それが動機 につなが るよ うで、比較的や りやすい。楽 し い」 と述べた。
Ⅱ 授業 スタイルの核 となる 「二重の応答性」
小西氏 の授業 スタイルの特徴 を二つの コロラ リーで示 し、その授業スタイルの形成の過程をイ ンタビューによっ て明 らかに した。
小西氏 の場合、 アメ リカにおける留学経験 の中で現在 氏が教室で使 う活動 の原型 となる活動 を体験 し、 その理 念 と方法論 を得ている。 ただ、氏が もっとも大切 に して いるのは、学習者である日本語 を学ぶ留学生が、 どのよ うな目的を持 ち、 日本語学習 に対 して どんなニーズを持 っ ているかの把握である。 そ して学習者が 日本語 とい う対 象 に どのように向か っているか、 を どう支え るかに関心 の焦点がある。 それが氏の観 (図1参照) である。 その 観 の もとに授業構成や教材 ・活動 の工夫、学習者への配 慮が位置づいている。
小西氏 の授業 における主 な働 きかけは、①活動への誘 導 と運営、支援、②文法事項の説明、③学習環境の整備、
である。それぞれが学習者の 日本語 (対象)へのアプロー チを どう支え るか とい う問題意識 に貫かれてお り、状況 に応 じた的確な働 きか けを行 っている。 こうした状況を
「二重 の応答性」 11が発揮 されている状態 と言 って もいい だろう。
「二重の応答性」 とは もともと医療分野で、患者が生 活世界 に応答 しようとしていることに医療従事者が 「応 答」 してい く様 をあ らわ してい る。「二重 の応答性」 を 獲得す ることによって、初 めて患者 に医療従事者が受 け 入れ られてい くのである。
日本語教育 における授業場面で言 うな らば、学習者 が 本来持 っているニーズが発露 された瞬間 に、 その ことに 適切 に対応 できる力 とい うことができるだろう。
森脇 健夫 ・ 康 鳳麗 ・ 坂本 勝信 ・ 小西 知代
この 「二 重 の応 答性」 は 日本語教 師が身 につ けるべ き 基本 的な力量 だ と考 え られ る。 その力量 の上 に得意技 を 身 につ けた時、 よ り高 い レベルで授業 スタイル を形成 し た と言 え るだ ろ う。
注
1
文化庁HP
(平成1 9
年度 国 内の 日本語教育 の概要)ht t p: / / www・ bunka. g o・ j p/ ko kug o ̲ ni ho ng o / j i t t a i c ho us a / h1 9 / g a l yO u・ ht m1
2
『日本語 教 員 に必要 な資質 ・能力 とその向上 策 につ いて』 日本語 教育推進対策調査会報告書,文化庁委 嘱,1 97 6
3 伊東祐郎 ・松本茂 「日本語教師の実践 的知識 ・能力」
『講座 ・日本語 教 育学 第
4
巻 言語 学習 の支援』 ス リーエ ーネ ッ トワー ク,2 0 05
,pp. 2‑8
4
岡崎敏雄 ・岡崎陣 『日本語教育 の実習 :理論 と実践』アル ク,
1 9 97
,pp. 8‑1 5
5
横溝紳一郎 「日本語教 師養成 ・研修 にお ける (教 師 の ライ フ ヒス トリー研 究) の可能性 の探 求」『日本語教 師 の成長 と自己研修』凡人社,
2 0 0 6
,p1 67 6
森 脇 健夫 「授業 をつ くる教 師 の知 をめ ぐって」
『確か な学力 と指導法 の探求』 日本教育 方法 学会編 ,図書 文化,
2 0 0 4
,pp.1 21 ‑1 31
7 森 脇 健 夫 ,「教 師 の力量 と して の授 業 ス タイル とそ の形 成
」
『学 びの た めの教 師論 』 勤 草 書 房,2 0 07
,p 1 7 0
8
坂 野 永 理 ほか 『初 級 日本 語 げん き』 TheJa pa n Ti me s ,1 9 9 9
9 TPR
、To t a lPhy s i c a lRe s po ns e
(トー タル ・フ ィジ カル ・リス ポ ンス), 全身反応 法。 ア メ リカの心理 学 者 ア ッシ ャー (∫.As he r )
が開発 した聴 解 を優先す る 教授法 である。幼児 の第一言語習得過程 を参考 に して、学習者 の聴解活動 をその身体 の動作 と結 びつ けて記憶 を強化す る。