都市研究報告49,1974
都 市 住 民 権 の 研 究
一一行政法を素材として一一
仁子
兼
目 第1章都市住民権と都市法学への仮説…...・H・119
1 「都市住民権」への仮説…−・……−−−…… 119 2 「都市法学Jへの仮説....・H・−−…....・H・−−… 121 第2章都市住民の権利保障に役立つ
行政法上の諸権利....・H・−… 121 1 住民の「行政委員会」参加権・H・H・.....・H・.....121 2 国民の「行政手続」参加権・…・H・H・......・H・122 2‑1 審議会への住民代表参加権……...・H・123 2 2 聴聞・公聴会への住民参加権....・H・....124
次
3 国民の「行政争訟」提起権・・H・H・...・H・....・H・.126 3‑1 行政処分にたいする
「取消争訟」提起権・・H・H・−… 127 3‑2 行政処分を求める
「義務づけ訴訟」提起権・…..130 4 住民の「直接請求J権…....・H・......・H・....・H・−… 131
〔資料〕 川崎市・都市憲章(原案) ....・H・....・H・..132
〔注]………...・H ・.....・H・−−………...・H・・・・・・・H・−−…… 138
第1章都市住民権と都市法学への仮説 1 「都市住民権」への仮説
1‑1 都市住民権の成立根拠について
都市の居住者である都市住民は,その性質上,都市的 生活条件の整備にかんする要求・参加ないし自治の権利 を保障されてしかるべきであるように考えられる.これ を「都市住民権」と呼ぶとした場合,この都市住民権は,
現代における「都市Jの特質に根ざした都市住民に特有 な権利として法制上および法学上に問題になりうるであ ろう.このような都市住民権を生み出す現代の都市の特 質が何であるかは,まさに根本的な研究課題であるが,
これまでの都市研究により,少くともつぎの二点が顕著 であると言えよう.
第uこ,都市ががんらい人工的な生活環境であり,近 代いらいの産業都市にあっては,都市住民は社会資本・
社会保障などによって生活条件が公共的に整備されるこ とに死活の利害関係をもっている(たとえば,一般に都 市住民は整備された上水道を通じてしか水を入手できな い〉,という事実である日.
第2に,高度に都市化が進んだ現代の都市には新たに 全般的な人間疎外状況が生じているが,この現代的都市 問題を克服是正して「人間の都市」づくりをしていくた めには,都市の居住生活共同体員たる住民の直接民主制 約および新しい生存権的な参加の運動が不可欠になって
きていること,である幻.
なお,この場合における「都市Jは,事物の性質上,
都市住民権を現実的に根拠づけるような社会生活関係を 指すのであって,必ずしも現行法令(たとえば都市計画 法〕上の「都市」概念と一致するとはかぎらないが,そ れは,現代の都市を,住民の権利を生み出す現実的基盤 という見地から法学的に追求したものであると言えよ う
.
1‑2 都市住民権の法論理的内容について 法学的にげんみつな意味での「都市住民権Jとは,法 論理的に都市住民に特有な権利のことである.げんみつ な意味での都市住民権の法論理的内容は,都市住民独特 な生活関係に根ざす独特なものであって,他の権利には 見られないもののはずである.これが,法規範論理の究 明を事とする法解釈学上の「都市住民権」にほかならな い.これに対し,法や権利の現実態の研究を行なう法社 会学の観点に立っときには,より広く,現実に都市住民 の生活条件整備への要求・参加・自治に役立っている諸 権利が,すべて現実的機能としての都市住民権を成して いるものとして問題にされうる.しかしそこには,法論 理的には,都市住民に特有な権利ではないところの,国 民・住民一般や消費者や父母などの諸権利が多く含まれ てしまうであろう.近い将来において,都市法制jを専門 的に研究していく都市法学と称すべき新しい法学が形成 された暁には,当然,都市民住権の比類のない独特な法
120 都 市 研 究 報 告 第46〜49号 論理的内容の究明がなされなければならないであろう
し,その研究こそが,われわれの生活現実的にも非常に 重要であろうと思われるのである.
さて今の段階で予想される都市住民権の固有な法論理 的内容としては,少くとも,各種「都市施設」の配置・
運営にかんする要求・参加・自治権や,文化的価値をふ くむ都市的生活環境の保全整備にたいする要求・参加権 が挙げられる.しかし,のちに詳述するような今日の法 学研究の状況にあっては, 「都市法学」の存在自体が仮 説にとどまり,遺憾ながら,都市住民権の悶有な法論理 的内容をそのものとして研究していく段階には達してい ないと言わざるをえない.
そこでこの研究においては,将来の本格的な都市住民 権の研究を準備する意味で,既存の現行法である一般「
行政法」上の国民・住民の諸権利が,都市住民の権利保 障としていかに役立っているかを法学的に追求していく
ことにしたい.ただし,諸権利の現実的機能を法社会学 的に認識することを目的とするのではなく,なるべくそ れら諸権利が都市の住民生活にかかわる場面を具体的に 捉えることによって,固有な都市住民権の法論理的形成 の契機を探ろうとする,一種の法解釈学的研究を試みる ことになる.一般「行政法」を,なるべく都市行政にか かわる場面で県えながら素材にするのは,行政法学が筆 者の本業であることのほか,都市住民権の法論理的形成 の契機を,行政関係法および国民・住民の対行政的権利 のうちに一般的に探ることができそうなためで、ある.た だし,のちに見ていくとおり,行政一般に共通する行政 法の法論理は,主として行政の組織および手続の面にか かわるものなので,この研究において探求される都市住 民権の法論理的契機も多くは住民参加手続の面になるで あろうと予想される.
1‑3 都市住民権の法的特質
将来しだいにその具体的な法論理的形成・究明がなさ れていくべき都市住民権ではあるが,いわばその法原理 的特質を予想しておくことは,ある程度可能かっ必要で あると思われる.
第1に,都市住民権は,憲法25条における生存権の新 しい具体化形態にほかならないと解される.19世紀の近 代憲法における営業の自由,私有財産の自由,契約の自 由という自由権体制の下では, 「生活自己責任の原則」
が予定され,生活条件の確保は国民個々人の努めとされ ていたが, 19世紀末いらい,都市問題をふくむ社会問題 の深刻化が,労働者・借家人・失業者など都市に生活す る社会的弱者の人間的生存を守るために,国家が国民の
「生活条件整備」のために積極的役割を果すべきことを 必然的ならしめたので、あって,そのことを第l次大戦後 の西欧憲法は「生存権」 「社会権Jという現代的人権保 障としてうけとめるにいたっている.この現代憲法上の
生存権と都市住民権との関係については,最近つぎのよ うな立論が出されている.
それによると, 「生存権」は「労働対資本の対抗関係 における前者の分け前の増大を要求する」とL、う所得保 障方式で「労働力取引における労働力の売手の力を強化 する」とし寸法理であったが,現代都市住民の生活破壊 は複雑な都市生活システムにもとづいて「複合的ないし 迂図的」であるから,広汎な行政への参加l権を含めて「
侵害発生システムそのものを抑え込む新しい権利」とし て新たに「生活権」を観念しなければならない町 この 立論は,たしかに生存権の主たる歴史的実体を社会構造 的に押えているが, 「生存権」はすでに都市における借 家人・失業者などの社会政策的保護ともむすびつきを有 していたわけで・あり,少くとも憲法上の生存権の法規範 論理としては,都市住民の「生活権」へと展開かつ具体 化されうる余地ががんらい存したものと解釈すべきであ ろう.生存権の法論理的内容としては,現実に社会的弱 者たる国民の人間的生存を守るために国家・社会に生活 条件整備を要求できるということであって,それは国民 が生活条件を社会的規模で侵害されるすべての生活部面 に及ぶはずだからである.日本国憲法25条の文言もまさ にそのことを明示しているように読める. 「①すべて国 民は,健康で文化的な最低限度の生活を営 む権利を有す る.②困は,すべての生活部面について,社会福祉,社 会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければなら ない.」都市の住民生活は, 今日まさに国をはじめ行政 が生存権保障のために生活条件整備に積極的に努めなけ ればならない部面だと言えよう.
第2に,都市住民権は,具体的には,私権(一般私法 上の権利)と公権(公法上の権利)との区別を超えた,
現代の新しい各「特殊法」上の権利として「特殊権」と 称すべきものの一例と解される.在来の日本の法学にお いては,すべての法・権利は,私法・私権か,しからず んば公法・公権であるとし、う伝統的観念が存した これ は行政裁判制度を擁する欧州大陸法国の流れを汲む伝統 的観念であるが,司法国家制をとる日本の現行法制l下に おいてなお適切であるかには,根本的な疑問がある.日 本の現行法制においては,私法(民事法)と公法(行政 法〕という一般法的な区別を超えて,各種の特殊社会関 係ごとに独特な法論理の体系が,各「特殊法」としてし だいに生成し,それがそれぞれ具体的な法論理的内容を もった新しい権利をしだいに保障するようになってきて いるものと解されるのである.このような特殊法上の独 特な権利は,もはやたんなる私権(民法をはじめとする 一般私法上の権利〕でも,公権(行政法上の権利)でも なく,新しい各「特殊権」であると見たてるのがその内 実に即しているであろう
労働法上の労働者権や住宅法上の居住権ががんらいそ
うであったと見られるのをはじめ,社会保障受給権,経 済法上の消費者権, m税法上の納税者権,工業所有権な どのほか,近年には,環境法上の環境権,医事法上の「
健康権」,教育法上の「教育権J「学習権」, マスコミ法 上の「知る権利」などが,特殊権の実例としてクロ{ズ アップされており, 「都市法」上の「都市住民権」はま さにこの系列に連るであろう 4). このような特殊権を現 行法上の権利として認めることが,事物の性質と住民の 生活要求とに沿う現行法の正しい解釈であるとし、う場合 がしだいに多くなりつつあるのではなかろうか.もとよ り,これら特殊権の存在は,現行法の今目的動向下にお いて,しだいにその具体的な法論理的形成が確められて いくはずのものではあるが,その一般的な法原理的条件 として, 「特殊法Jの観念が前提とされていなければな らないであろう.ところが,都市住民権にとっては,い まだ特殊法としての「都市法」の観念が樹立されえてい ないのが現状である.
2 「都市法学」への仮説
都市住民の生活には,土地利用の相隣関係などを定め る民法(一般私法)や,都市の行政を一般的に規律する 行政法(公法)も,たしかに適用される.しかし,都市 住民に都市施設の配置・運営への要求・参加権を保障す るなどの,都市住民生活に独特な法論理を体系化してい ると解される法が存するならば,それは,都市住民生活 だけにかかわる特殊法として, 「都市法」と呼ぶのがふ さわしいはずであろう.
ところが,たしかに都市的生活条件の整備は多く行政 によってなされるため,都市行政にかんする法が都市法 制jの多くを占めている.そこで,行政にかかわる法を漠 然とすべて「行政法」であるように考えると,都市法制 は行政法のごく小さな一部分にすぎないことになってし まう.しかし, 「行政法」はけっして行政にかかわるす べての法なのではなく,各種の個別行政に一般的に共通 するところの「行政」一般に特有な法論理の体系にほか ならないことが,行政法学上明らかにされるうるのであ る.特定の個別行政だけに独特にかかわる法は,行政を 具体的に規律し根拠づける法でありながら,実は行政法 ではなく,当該行政を包含する特殊な社会関係に特有な
「特殊法」にほかならないと解しなければ,その法の具 体的内容に即しないことになろう日.かくして,都市行 政に特有な法は,行政法ではなく,まさに「都市法」に ほかならない.
きて,各「特殊法」は,それぞれを専門的に研究する
「特殊法学」の樹立を要請する.既存の法学はせいせe
い,特殊法学の確立を準備するための新しい法研究を行 ないうるのにすぎない. 「特殊法論理」は,まったく人 為的な政策立法に基づくほかは,各社会関係ごとに独特
な事物の性質(Naturder Sache, nature des choses) や生活要求に即して成立するものであって,それを的確 に究明するためには,関連する現実科学部門との共同研 究を伴う,専門的な特殊法学が存しなければならないで あろう.
都市法を専門的に研究する「都市法学」は,都市社会 学・都市行政学・都市財政学・都市工学などとの共同研 究を伴う新しい専門的な特殊法学として展望されてよい であろう.しかし,かような,現代の住民生活と具体的 現実的なかかわりをもっ特殊法学の研究を行なう条件 は,現下日本の大学法学部においては,きわめて不備で あると言わなければならない.
本学の法学部においては, 「行政法」および「都市行 政」の講座があり,また, 「民法」講座下に住宅法・土 地法が, 「社会法J講座下に労働法・社会保障法が, 「 企業法」講座下に経済法・工業所有権法・国際取引法が,
暫定的に敢えて包摂せしめられているほかは,環境法・
医事法・教育法などについて,講座とのつながりを欠く ままに特講ないし演習が行なわれはじめているのである が,相l税法・エネノレギー法・出入国法などは教育要求が 存するにもかかわらず講座のうらづけなく,講義もなさ れていない,という現状である 研究・教育要求の強い これらの各特殊法が早急に講座化される見通しに乏しい 今日, 「都市法」の講座化をのぞむことは 望萄 以前 の感を免れないが,いずれは「都市法」の講座設置によ って都市法学の専門的な研究・教育の条件が整えられて しかるべきではないかと思われる.
第2章都市住民の権利保障に役立つ行政法上の諸権 矛
日
1 住民の「行政委員会」参加権
戦後の行政改革において米国に範をとって導入された
「行政委員会J制度には,公安委員会・教育委員会のご とく主に「地方自治制度の一環」引として設けられたも のと,公正取引委員会・農業(農地〕委員会・漁業調整 委員会・労働委員会など産業活動の公正確保のためのも のとが存するが,いずれにせよ行政の民主化・非官僚化 をめざす点では共通していたはずである.この点で行政 委員会制度は,中央行政においては官僚行政勢力の強い 抵抗を受けて後退を余儀なくされてきたがへ都市行政 商においては今日なおそれなりの役割を演じているよう に見られる.
すなわち,都市行政に大いに現実的関連をもっている 公安委員会・教育委員会・収用委員会・閥定資産評価審 査委員会・建築審査会・都道府県公害審査会などは,地 方公共団体に置かれた行政委員会として,住民の行政決 定機構への参加を含む点で注目される.がんらい行政委
122 都 市 研 究 報 告 第46〜49号 員会は,法律が行政決定権を合議機関に認めた制度であ
り,そのメンパーたる委員が非常勤でよく,住民が民間 人のままで委員として行政を担当できるところに特色が 見出される.現に地方自治法180条の5第5項が, 「普 通地方公共団体の委員会の委員・・・は,法律に特別の定 があるものを除く外,非常勤とする.Jと規定している.
戦後の改革期にとりわけ行政の民衆統制(popular control)・素人J統制 (laymancontrol)が標携された公 安委員会や教育委員会にあっては,行政に素人の民間人 である地域住民の代表が行政をコントロールすることに よって,警察や教育行政を地域住民のものにし戦前の中 央集権的官僚行政を転換させることが期待されたのであ った.ところが1947(昭和22〕年の旧警察法に基づく「
市町村自治体警察」における各都市の公安委員会は,実 際には一部にしか設置されないまま減少の一途をたど り, 1954(昭和29〕年の現行警察法により廃11ーされてし−.
まった.わが国に民主的な都市警察(municipal police〕 が育たなかったのはきわめて遺憾であるが,現行の都道 府県警察における公安委員(5人ないし3人)の資格に ついては依然として,各都道府県の有権者であることの ほか最近「五年間に警察又は検察の職務を行う職業的公 務員の前歴のないものJが議会の同意を得て任命されう
るむね法定されている(現行干警察法39条1項〉 また,
教育委員会については,住民公選制が, 1948(昭和23〕 年の教育委員会法により採用され, 2年ごとに行なわれ る教育委員選挙は,都道府県と五大都市のそれが同年10 月から, 他の市町村のそれは1952(昭和27) 年10月か
ら, 1956(昭和31〕年の「地方教育行政の組織及び運営 に関する法律」が公選制を廃止するまで実在したのであ った.教育の住民自治にとって貴重なはずの教育委員公 選制をわずか8年足らずで・・11:めにしたことは大いに惜し まれるところで,今後その復活が考えられてよいであろ う.もっとも,現行の教育委員会においても,議会の同 意を得た地方公共同体の長による任命制ではあるが, 「 当該地方公共団体の長の被選挙権を有する者で,人格が 高潔で,教育,学術及び女化に関し識見を有するもの」
が委員資格者であると法定されており(地方教育行政法 4条1項〉, 地域住民の教育行政参加のルートであるこ とには変りがない.
都道府県および建築主事のいる市町村に置かれる建築 審査会は,建築確認等にかんする不服を審査する一種の 行政委員会でもあり,その委員(5人ないし7人〉は,
「法律,経済,建築,都市計画,公衆衛生文は行政に関 しすぐれた判断をすることができる者のうちから,市町 村長叉は都道府県知事が任命する.」と規定され(建築基 準法79条2項〉, 当該自治体の住民であることは要件と されていないが,都市問題にかんする経験と知識のある 民間人が建築行政に参加するという実質が重要であろ
う.ほぼ同様な法定資格と機能とは,都市計画法に基づ き開発許可をめぐる不服を審査する都道府県の開発審査 会の委員 (7人)(同法78条3項),および都市施設等の 用地の強制取得に任ずる土地収用について最終決定をな す都道府県の収用委員会の委員(7人〉についても(土 地収用法52条3項〉,言えよう.
1970年の公害紛争処理法により置くことができるよう になった都道府県公害審査会の委員(9人ないし15人)
についても, 「人格が高潔で識見の高い者のうちから」
知事が議会の同意を得て任命するものと法定されている (16条1項) これに比して, 回定資産課税台帳にかん する不服を審査する市町村の閤定資産評価審査委員会の 委員(3人〕は,まさに「当該市町村の住民で市町村税 の納税義務がある者のうちから,当該市町村の議会の同 意を得て,市町村長が選任する」こととされているので ある(地方税法423条3項〉.
このように,現行の行政組織法制における行政委員会 は,民間人たる住民を委員に擁して,地方自治および都 市行政に関してかなりの現実的機能を演じていると見ら れるが,都市行政独特な行政組織として都市の住民参加 がしくまれているというものではない.都市行政のため の行政委員会も立法論上考えられないわけではないが,
法律ではな〈各都市単位に条例で設置できるかどうかは ー筒の問題であろう.それは行政委員会が行政決定権を 援権された行政庁だからであるが,同じ住民参加の合議 制行政機関であっても「審議会Jであれば法的に問題は なく,各都市で条例ないし内部規程によっても設けるこ
とができょう.
2 国民の「行政手続」参加権
国民が行政決定の事前の過程に参加1し,行政当局にた いして要求を出したり,当局の計画や措置原案について 批判を行なったりすることは,行政による国民の権利保 障を十分ならしめ,とくに現代行政による裁量を国民の 意向に基づいて行なわしめるために,適切かつ重要な行 政法制度である.これが,行政法学上強調されている「
行政手続」 「事前手続Jにほかならない.この,行政に たいする事前参加手続は,地方自治・住民自治にとって 一般的により貫祝されることになるが,都市行政にあっ ては,またいっそう重要性を増すであろう.都市施設の 配置・運営は,住民生活を直接具体的に規定するととも に,それだけにその事前計画が決定的に重要だからであ る.
事前参加lの行政手続には,利害関係人が個人として行 政の前に立つ「聴聞」 「公聴会」の手続と,住民代表が 委員となっている審議会にたいする「諮問手続」とがあ
る.
わが国現行の行政法制においても,聴聞手続および審 議会制度は,戦後改革いらいかなり普及しているが,の
ちに見るとおり,その制度的不備も明らかに指摘されう る.行政聴聞(administrativehearing)の手続を先進 的に発達させたのは米国および英国であるが,両国はそ れぞれ1946年・1958年に,聴聞手続を一般法的に整備す る「行政手続法」(米国FederalAdministrative Proced‑
ure Act,英国Tribunalsand Inquiries Act)を制定し ている.日本では1964年の臨時行政調査会答申に添付さ れた「行政手続法草案」が在るだけで,行政法学におけ る行政手続法の立法論8)にもかかわらず,政府はそれを 全く放置している.また,審議会に国民各層の自主的選 出にかかる利益代表委員が多く入ることを法制的に保障 し, 「利益代表制的諮問手続J(Procedure consultative de representation des inter2ts〕を一般的に確立してい
るのはフランスである引.つぎに見るとおりわが国の審 議会制度は,その委員構成・選任方式においてきわめて 後進的であることが,比較行政法上,指摘されなければ ならない.しかしそれは,審議会制度も改革によって住 民参加手続の一種になりうることを示しでもいるであろ う.聴聞手続が法廷における訴訟手続をモデノレとし,利 害関係当事者の立証によって公正な事実認定をめざすの に向いている行政手続であるのに対し,審議会諮問手続 は,そこに十分な利益代表制が樹立されるようならば,
国民各層の代表による自主的・総合的な利害調整・計画 立案の機構として,準議会型の行政手続を成すものと言 えよう.そしてかような利益代表制的審議会行政は,フ ランスにおいて,議会制民主主義の限界を現代民主主義 的に補完するものだと考えられているのである10).
2‑1 審議会への住民代表参加権
都市行政に関係する審議会に都市住民代表が入るしく みになっているかどうかという観点に立って見ても,日 本の審議会法制の通例的状況として,行政当局が自由な 選任権をもっ「学識経験者」の参加が法定されているに すぎない場合が多い.
都市交通事業の路線免許や運賃改訂なと.について運輸 大臣の諮問をうける運輸審議会の委員(7人, うち1人 は法律上運輸事務次官)は, 「年齢満35年以上の者で広 い経験と高い識見を有する者のうちから内閣総理大臣が 両議院の同意を得て任命する」ものとされる(運輸省設 置法9条〉. そして被選任委員6人の実態が,元最高検 検事の会長以下,元運輸官僚3人,元農林官僚,元国鉄 労組役員で,利用者や消費者団体の代表が1人も入って いない事実が, 1972 3年に公けに問題視され,時の運 輸大臣の記者会見(72年7月14日毎日新聞)や国民生活 審議会消費者保護部会の答申(73年2月1日読売新聞)
において改善の必要が指摘されたほどであった.
都道府県知事または市町村が都市計画を決定しようと するときに必ず議を経なければならない都道府県の都市 計画地方審議会(都市計画法17‑19, 77条〉の委員は,
都道府県議会議員,関係する行政機関・市町村長・市町 村議会議長の各代表のほかは「学識経験者」として知事 の選任にかかるむね定められており (1969年政令11号), 住民の自主的な代表の参加が法制的に保障されるしくみ にはなっていない.
大蔵省にあって自動車責任保険の約款認可などを審議 する自動車損害賠償責任保険審議会の委員 (13人〉のう ち,関係行政職員をのぞく 8人の民間人委員(運輸大臣 の同意を得て大蔵大臣の任命〉についても, 「自動車運 送および保険事業に関し深い知識及び経験を有する者各 2人Jのほかは,やはり「学識経験者4人Jと法定され ているにすぎない (自動車損害賠償保障法35条2項). 1961年4月に設けられ都市の町名地番整理につい審議し た町名地番制度審議会の委員も, 「町名地番制度に関し 学識経験のある者及び関係行政機関の職員のうちから,
内閣総理大臣が任命する」こととされた(同審議会令・
1961年政令109号).
ところで,このような「学識経験者」という民間人委 員は, L、かなる国民的資格を有するのであろうか.自然 科学者・社会科学者などが専門技術者として都市問題の 審議に参加することはもとより重要であるが, 「学識経 験者」はそれだけではなく,利害調整・政策立案におい ていわゆる「公益判断Jを行なう人々でもある. しか も,なんらかの私的利益を代表する利益代表委員だけで は公正な公主主判断ができにくいという前提から,特定の 私益と直接むすびつかない中立的な学識経験者こそが「
公益委員」として位置づけられるということにもなる.
米価審議会や後述する中央社会保険医療協議会などにお ける「三者構成」に,それが見られる.東京都公衆浴場 入浴料金協議会においても,都の関係2局長のほか,住 民代表委員3人(主婦連・地婦連役員,都民生委員連合 会会長〉と業界代表委員3人とに対して, 6人の学識経 験委員(大学教授・研究所員・経済評論家など〉が重き をなしている.このような中立的公益委員としての学識 経験者の「公益判断」を日本の行政が活用していること は事実であり,いくつもの重要審議会をかけもって活躍 している 学識経験業者 が居ると言われるほどであ るll'.しかし, 「学識経験者」委員なるものは,専門技 術者として以外は,利害調整・政策立案者としてはその 国民的基礎がきわめてあいまいであると言わざるをえな い12'.真の公益は,対立諸私益が適切に総合調整された 状態であるとするならば,審議会には関係諸私益の自主 的な代表委員こそが多く登場してしかるべきであると考 えられる.都市行政にかんする審議会には,関係業界代 表のほか,それる上まわる都市住民の自主的代表が多数 入るべきであろう.
つぎに, 「学識経験者」という委員資格は,行政当局 に人選の自由裁量を認める点でも大いに問題がある.こ
124 都 市 研 究 報 告 第46〜49号 れでは,事実上利益代表委員を多く入れているとして
も,法制度的に審議会の自主性が保障されておらず, 御 用機関 性を払拭できない.この点フランスにおける主 要な審議会は,行政が依拠するに値する真の国民参加的 な答申をもたらしうるように,利能代表委員の自主的選 出が法制上保障されている.自主的選出iuには2つの方 式があり, 1つは第l次大戦後1920年代までに採用され
た「職能別選挙~ (election professionnelle)制であり,
他の1つが,その後に通則化した利訪問体指名制にほか ならない.この後者にも,委員指名椎を保障される団体 の岡有名調が法令に書カ通れる法定卜Jj体指名制と,法令が
「設も代表白守な職能l司体J(or宮ιanisationsprofess Iles !es plus representatives)によって利益代表委員 が指名されるべしと書いている代友的団体指名制との,
二段階が存する13).そしてこれらの利益団体のうちに は,消費者・公企業利用者・一般家族・地域住民などの 卜2体も有力なものとして含まれる.たとえば第2次大戦 後ひきつづき国民生活物資の統制価格の設定審議に任じ てきた中央および県の物価審議会については,法定団体 指名制が採られ,大蔵省付属の中央物価審議会(Comite national des prix)について政令が定める委員構成はつ ぎのとおりである14).全国消費協同組合連合2名,全国 家族団体連合(Union Nationale des A出oci川ions Familiales社会保険関係同体でもある) 1 :f,,生産協同 組合代表1名,労働者代表7名(CGT・FO• CFDT 作 2, CGC 1),商工業者代表7名(経団連4,中小企業 総連合l,手工業会議所など), 農業者代表6名(全国 農業耕作者組合連合3など〉という法定rn体指名の利作 代表委員24名のほかは,大蔵大!日選千Tーによる国有企業代 表1名と経済専門家2tiの み
これに比し日本の 得議会の委員選任にあっては,フラ ンスにおける第1次大戦前の古典的形態である行政当局 による白山選任制が今なお通例を成L,選挙制および団 体指名制が法的に保障される例はほとんど見られないー
ごく例外的に利的代表委員の選挙制を採っているの が,行政施行の土地七五両整理事業:における都道府県また は市町村の土地区画整理寄議会で,委員10〜15人中の5 分のl以内の学識経験委員のほかは, 「施行地区内の宅 地の所有者およひ:fit地権を有する者がそれぞれそのうち から各別に選挙する|ものと法定されている(土地区画i 整理法58条p;貫工 選挙母体に借家人が含められていな いなどの問題はあるが15),都市関係審議会における委員 選挙制の例として注目されてよいであろう.
同体指名制が法制l化されている例は日本にはないよう であるが,団体推せん制の法定例は若干イfす る 健康保 険医療費の基準額等を審議する中央社会保険医療協議会 の委員20名中, 4名の「公益委員J以外は,健康保険の 保険者・被保険者や事業主とし、う支払い側を代表する委
員8名と,医師・歯科医師・薬剤師を代表する委員8名 とで,これら利益代表委員の任命は「各関係団体の推薦 によるものとする」と法定されている(社会保険審議会 および社会保険医療協議会法15条4項). 団体推せん制j は,ほかに私立学校法により,私立大学審議会および都 道府県の私立学校審議会の私学代表委員について定めら れている(ll条1・2項, 20条〕.推せん制は指名制と 異なり,複数候補推せん制や行政当局による特別拒否権 の留保ともなりうるが,それでも,たんなる事実上の団 体推せんよりは,法定の団体推せん制が国民・住民の審 議会参加権を進めていることは明らかであろう
また, 「学識経験者Jとしてではなく法制上利益代表 者が委員資格を公認される場合には, 「利益代表分野」
をどのように法定するかが重要な問題になってくる.こ の意味で,たとえば,国民金融公庫の運営について諮ら れる国民金融審議会について,委員10人中に「商業,工 業,農業及び金融界を代表する者4人,国民大衆の利益 を代表する者で国家又は地方公共団体の公務員以外の者 4人」が含まれるべきことが法定されている(国民金融 公庫法10条 3項)のが目立つ.将来においては,都市行 政関係審議会の法制上で,都市の一般居住者たる「都市 川今民」が必ず中後的な利益代表母体と見たてられている べきであろう.
さらに,国民・住民代表の自主的参加が保障される利 必代表制審議会ともなれば,行政当局がそれに十分な付 議および情報提供をなすべきことが,法的義務の問題に なってくる.現にフランスの行政判例(1947‑58年〕は,
審議会にたいする行政当局の完全付議義務の原則を確立 し,部分諮問や情報の不完全提供に基づく行政決定を違 法として取り消すこととしている16) 将来のわが国都市 行政審議会についても,このような法的しくみがつくら れるならば,住民参加の審議会が都市住民にとって貴重 な情報入手の場になりうるであろう.
2 2 聴聞・公聴会への住民参加権
都市の{}民が行政聴聞に臨むのには,大別して2つの 立場があると見られる.第1は,{}:民がみす.からの個人 生活上の例別利益を都市行政にたいして主張する場合で あり,第2は,当該都市全体ないし一定地域全体にわた る住民生活上の共通利益を行政の前で主張する場合であ る 前者が個別的な「聴聞」手続になじむのに対し,後 占にあっては, 「公開の聴聞」ないし「公聴会」とし、ぅ 形になる.
こんにちの国民生活はきわめて多く行政許可制の下に 置かれているが,とりわけ自足的生活領域に乏しい都市 川民の生活においては,行政当局から必要な許可を得,
それを簡単に取り消されたりせず,または許可条件をき びしくされすぎないことに,切実な要求が生ずるのであ って,上記第1の聴聞手続はここにかかわるわけであ
る.
たとえば,建築基準法令違反と見たてられた建築の工 事停止や除却等の命令を受けるに先立って,建築主は「
公開の聴聞」を請求する権利を保障され, 「証人を出席 させ,かつ自己に有利な証拠を提出することができる」
(建築基準法9条3・6項). もっともこの場合の「公 開」制は,建築主のためだけでなく,むしろ近隣居住者 と関係するしくみであろう.なお,建築主事による建築 確認がなされるがどうかのところでは,事前聴聞の手続 なく,事後に建築審査会への審査請求において公開口頭 審理が行なわれることとなっている(同法94条).また,
道路管理者が道路占用許可を取り消したり,物件除却命 令を出したりする際には, 「あらかじめ当該処分又は措 置に係る者について聴聞を行わなければならなし、」 (道 路法71条3項〕. 都市下水路管理者が監督処分を行う際 も,同様である(下水道法38条3項) さらに, 自動車 運転免許を取り消され,または90日以上停止される先立 ち,公安委員会は必ず「公開による聴聞」をしなければ ならない.道路交通法におけるその聴聞手続規定は,現 行制度のパターンを示していると見られるので,関係規 定を引用しておこう.
「公安委員会は,当該処分に係る者に対し,処分をし ようとする理由並びに聴聞の期日及び場所を期日の一週 間前までに通知し,かつ,聴聞の期日及び場所を公示し なければならない.」 (104条1項後段〉 「聴聞に際して は,当該処分に係る者又はその代理人は,当該事業につ いて意見を述べ,かつ,有利な証拠を提出することがで きる.」(同条2項〉 「聴簡を行う場合において,必戸要が あると認めるときは,公安委員会は,道路交通に関する 事項に関し専門的知識を有する参考人又は当該事業の関 係人の出頭を求め,これらの者からその意見又は事情を
きくことができる.」(同条3項〉
以上のわが国現行の聴閣法制には,関係住民の権利保 障手続として,つぎのような不備が認められる.まず,
聴聞が法定されているのが,制裁的行政処分について で,当初の申請にたいする許否決定に際しては聴聞の保 障が稀である.つぎに,より基本的には,法定の聴聞に あっても,自己に有利な証拠提出権しかなく,行政当局 側が有しているはずの自己に不利な証拠(証言を含む〉
にたいする反駁の権利(証人にたいする反対尋問権を含 む)が保障されていない.つまり,法定におけるごとき 対審構造になっていない.これは,わが国現行の聴聞手 続が,米・英におけるごとき「完全な法廷型の聴聞」
(trial type of hearing〕ではなく,いまだ「不完全な 略式聴聞」にすぎないことを示している17). このために わが国の聴聞は, 言いっぱなし, 言わせっぱなし の 形だけに終りやすい制度的必然性を有しているのであ る.真の聴聞手続は,たんに関係国民の言い分をきくと
いうだけのものではなく,むしろ行政当局側の判断資料 を示してそれについて検討・反駁の機会を与えるという 場でなければならないのであって,そうであってはじめ て住民参加の権利保障手続として有意味な制度になると 考えられるのである.
第2の,都市住民代表が「公聴会」に出る場合は,意 味合いがまた異なってくる.住民生活上の共通利益を住 民代表が表明するということと共に,問題となる都市行 政が,都市住民ではなく住民と利害対立関係にある企業 を相手方とする取締り措置であるとし、う特色をも示して いるからである.このような行政措置は,近年の公害防 止・環境保全行政および消費者保護行政において顕著に なってきたもので,西ドイツの行政法学では「二重効果 的行政行為」(Verwaltungsakt mit Doppelwirkung)と 呼びはじめている加すなわち,企業にたいする行政的 取締り処分が,同時に反面において地域住民の生活条件 整備上の行政処分であるものがそれで,この場合には,
企業取締りが十分行なわれるように,処分の事前に住民 代表がその共通的生活利益を体して行政当局の前に出る ことが重要視されるのである.それには,前述の審議会 か,公聴会かが考えられるが, 「公開の」聴聞も住民監 視の場の一種に数えられるであろう.
都市行政が住民生活関連企業の取締り処分を行なう際 に「公開の聴聞」をなすべく法定されている例は多い.
宅地建物取引業者にたいする業務停止・免許取消し(宅 地建物取引業法的条〕, 百貨店の営業停止・許可取消し
(百貨店法18条〉,質屋・古物商・風俗営業にたし、する営 業停止・許可取消し(質屋営業法26条,古物営業法25条, 風俗営業等取締法5条〉,原子炉等の監督処分(核原料 物質・核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律的条)
などにおける聴聞がし、ずれも公開とされているのは,前 記建築取締りにおけると同様であろう.
「公聴会」は,一般消費者としての住民保護のために 法定されていることが少なくない.公正取引委員会は,
特定の事業分野における不公正取引方法の指定をすると きには, 「公聴会を開いて一般の意見を求め,これらの 意見を十分に考慮した上で,これをしなければならな い.」 〔私的独占禁止法71条〉 公取委が不当景品類や商 品・価格等の不当表示の規制を行なう場合も,ほぼ同様 である(不当景品類及び不当表示防止法5条). また,
通商産業大臣が,一般電気事業および一般ガス事業にお ける料金その他の供給条件にかんする供給規程の設定変 更の認可をしようするときには, 「公聴会を開き,広く 一般の意見をきかなければならない.」 (電気事業法108 条〉さらに,運輸大臣が,鉄道・パス運賃やタクシー料 金などの認可をするに先立つて運輸審議会に必要的諮問 をした場合に, 「運輸審議会が当該事業に関し特に重大 な利害関係を有すると認める者」の「申請があったとき