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雑誌名 関西大学社会学部紀要

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(1)

機能的統合としての組合の経営参加 : チェンバレ ンの所論を中心として

その他のタイトル The Union Participation in Management as Functional Integration : In Relation to the Thought of Neil W. Chamberlain

著者 奥田 幸助

雑誌名 関西大学社会学部紀要

巻 3

号 1

ページ 13‑39

発行年 1971‑10‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/00023228

(2)

—チェソバレンの所論を中心として—

奥 田 幸 助

アメリカではワグナー法通過後の労働組合運動の発展には著しいものがあり,これにしたがっ て組合勢力も拡大された。もはや組合の存在は無視しえなくなった。組合勢力の拡大は,チェソ バレソによれば主に全国的組織への組合権力の集中とより広範な産業領域への組合管轄権の拡大 という二様の方法によっておこなわれた。労働者組織の産業別組織への移行は組合に会社全体や 産業一般に関する運営事項についての交渉力をもたせ, これによって組合が一層広範な経営領域 により大きな影響力を行使しうることとなった。経営権が問題になってきたのは,大規模産業に CIOが進出してきてからのことであった1)。 これは,経営組織上の安定性の問題を提起した。

経営権への浸透をすすめるこの組合を無視して経営の存在がなりたたないことはもちろん,経営 は前向きにこれとなんらかの妥協を意図せざるをえない。

西ドイツでは, 「共同決定法」や「経営組織法」等によって法的に労働の経営参加制度が広く 確立された。ここでは,労働と経営の代表は対等の権利と意思決定力,ならびに会社の各種会議

に同数の議席を与えられた。これにたいして,自由企業体制を保持しようとするアメリカでは,

労使間の問題はもっぱら当事者たちの責任において処理されるべきであるとし,これへの国家干 渉は極力排除されている。けれども,アメリカの労働は, ドイツの場合のように会社経営の厄介 な責任を背負いこまなくてもすでにそれと同様の成果を得てきたといわれる。労働と経営にたい する二重責任からくる組合の緊張と抑圧は存在しない。二重責任が労働組合員によって支持され るとは考えられないし, 「とりわけ共同決定は自由な団体交渉下で得られる以上のものを成し遂 げないがために,それを制度化しようとするような刺激はない。炉労働の経営参加への道が法制 度J::開かれていなくとも,労使の自発的な既存の労使関係制度を通じて経営権への浸透がすすめ

られ,そこでの共同決定によってドイツ以上の効果をあげているとみなされるのである。

アメリカでのこのような事情を背景にして,集団行動間の相互協調を主題にしたのがチェンバ レンである。その日本版への序においても示されているように,その研究は,他の集団の福祉を 妨げることなしにその構成員の福祉の向上ができるような組織集団間の関係の確立を労働組合と 経営者団体との関係をめぐって意図するものである3)。上にみたように,資本主義の形成期にお 1)  Neil W. Chamberlain, The Union Challenge to Management Control, 1948, pp.  162164.; 邦訳,浜野末

這 訳 , 『経営に対する組合の挑戦』 (上・下巻), 1950,参照。

2)  W. Michael Blumenthal, Codetermination in the German Steel Industry, 1956, p.  114.  3)  N. W. チェンバレソ著,浜野末太郎訳, 『経営に対する組合の挑戦』 (上巻), p.9. 

‑13‑

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ける個人間取引の尊重,集団行動の忌避の時代はすでに過ぎ去り,新時代の到来が是認される。

コモンズは, これを指して集団行動 (collectiveaction)とか集団民主主義(collectivedemocracy)の 時代という。チェンバレンは, この時代に即応した労使間の協力と調整を,既存の経営組織の安 定性に問題をなげかけた「労働組合の経営管理への挑戦」という特殊問題に焦点をあわせて解答 をみいだそうと試みた。それが「機能的統合 (functionalintegration)」の方法として生まれてくる。

機能的統合という言葉そのものは,かなり以前からみられたところである。フォレットがそれ である。 1920年代,いまだ経営によって労働組合が広く承認されず,したがって団体交渉制が十 分に社会のなかに根をおろしていない時代を背景とした一つの理論である。かの女は現時点での 団体交渉を必要と考えるが,究極的にはこれを容認しえない。これにかわって,参加制度として 従業員代表制が主張される4)。 しかるに,チェンバレンは上述のような迫りくる問題の解答とし て機能的統合を指向したのであり,これはフォレットのそれとは基本的に異なったものである。

本稿では,チェンバレンの主張する機能的統合が経営権をめぐる現在の労使紛争解決の,ひい ては経営組織安定のきめ手となりうるかどうかを問題にし,これをかれの方法論から見直し,そ の理論の限界を指摘せんとするものである。そこで, まず, 1)かれによる経営の概念規定を探 り,これによってその方法的見地がおおよそ浮き彫りにされるであろう。ここで,かれによる経 営機能,経営構造,決定の行為様式の理解,これに対応して示唆される経営への組合の衝撃,さ らには経営担当者の究明を通して経営の制度的,担当者の社会・心理的接近方法,およびこの両 者の関係をよみとろう。この経営の考察に対応して, 2)労働側の分析をすすめていきたい。浸透 目的,経営権に挑戦せしめる組織上の強制力,浸透技術,ならびに能力の考察を通して,かれの 理解する両者の相違が明確ならしめられるのみならず,経営参加による労使関係のあり方やその 展望が示唆される。つづいて, 3)組合による経営への浸透の展望,すなわち経営における組合の 役割の制限とその可能性,さらには歴史的,法律的,制度的観点からそれぞれ組合の経営権への 浸透の見通しが検討され,それから機能的統合への道が展望されるであろう。これまでに考察し てきたところから, 4)機能的統合の要件が集約化される。そして,最後に, 5)結びにいたる。

(1) 

経営権の源泉について,法的にも諸種の議論のあるところであるが,チェンバレンは,経営の 権能を株主との法的関係の結果付与せられたものであるとみなす。 「……会社経営の権限の法的 根拠は,終極的には会社設立者の利益に奉仕する義務に依存している。」5)経営権には法人として の株主の責務が付随しており,株主集団の利益のためにのみ行使する義務がある。経営は,株主 の利益擁護のために十分な自由裁量権を保持しなければならないと主張する。この意味で,重役

4)  H. C. Metcalf and L. Urwick, ed., I)amicAdministration, 1940, p.  226.  5)  Chamberlain, The Union Challenge to Management Control, p.  15. 

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会で与えられる経営権の行使には重要な制約がある。

株主とのこのような法的関係にもとづいて,経営はその権能によって第三者との法的関係にお いて所有にともなう一切の権利,特権,権能ならびに特典を行使することができる。たとえば,

第三者による会社財産への干渉の禁止権,会社資本の使用権,会社製品の販売ないしは労働者の 雇用に関する契約権などがそれである。かかる権限の所有が法的に経営に認められるのは,経営 が株主にたいする義務を果している限りにおいてである6)。 経営へのかかる法的権能の授与は経 営機能に固有のものではない。そこで,この責任のために, 「経営は所有者の利害と合致しない 第三者に経営上の決定に参与する権利を与えることに反対する。経営の見解からすれば,組合に よるそのような要求に同意することは所有者との法的関係に固有な義務の違反となる。」7)利害衝 突を仲裁に付託する経営も同様の見地にたつ。この観点から,経営が労働争議解決のための合理 的努力をしなければならないのはむろんのことであるが,それは事業全体の最善の利益を促進す る調和の上にたって労働関係を維持するものでなければならないと考えられる。妥協によって制 度の真に長期的利益と制度創設の目的に重大な損害が与えられる可能性のある事態を避けようと する。たとえ経営がみずからの権限の弱体化に同意することがあったとしても,それは,労働者 の志気改善,組合によるより一層の協働の促進,ストライキの予防ないしは解決によって所有者 の最大の利益につながると思えるからこそ多分そうしてきたのだと考えるのである8)

しかし,株主との関係から生ずる経営権にたいする制約が経営の行為形式ではなく,むしろそ の行為の目的と意図に関するものであることは注意しておく必要がある。このことは労働組合と の関係で経営権の性格を問題にする上で重要な事実となる。すなわち,経営上の決定への発言を 組合に与える法的権能は存在するのである。経営者が株主の利益になると考えるならば,会社政 策の決定の際に組合に重要な役割をもたせてはいけないという法的根拠はない。しかし,事業方 針の結果は経営だけが責任を負うものであって,それを分かちあうことはできない。経営は責任 を委任することができるが,分担しえないという陳述は組合との経営権分担の障害とはならな

9)。法的にも,組合の経営権への浸透の道がとざされていないことが示される。さらに,この 経営の目的と意図からも利潤が後退せしめられることを後に考察するであろう。

チェンバレンは,このように経営の地位や権限を会社所有者との法的関係にもとづいて考察し,

これが経営の地位の重要な一要素であり,経営定義の意義ある一方法であるとしながらも,しか しこれよりほかの源泉に由来しているとして経営の機能的役割を重視する。かれは,会社内での 事業運営の様相として指揮(direction),管理 (administration)ならびに執行 (execution)と, これ ほど明確ではないが重要な第4の様相として服従(compliance)を抽出する。指揮機能は, 「目的 の定義すなわちなにがなされるべきであるかを決定」する。 「これだけが会社権限の最高にし て究極の水準にのみ関連している。」 「その決定要素は, 経営組織内に設定された目的をとり消

6)  Chamberlain, op. cit.,  pp. 1516.  8)  Chamberlain, op. cit.,  pp. 1618.  7)  Chamberlain, op. cit.,  p.  16.  9)  Chamberlain, op. cit., p.  12, p.  18. 

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しうるような高度の権限があるかどうかということである。」 恐れるところなく決定がおこなわ れるところに,指揮が存在する。 「かくのごとく指揮の本質的特徴はその最終的権限,すなわち その決定の究極性である。」10)管理は,指揮によって定められた目的の達成方法を決定する。 「管 理はなされるべき方法を決定する。」11) この管理の重要な特徴として, 1)許された自由裁量の枠 内での機能, 2)方針作成への関与の可能性, 3)暗黙の命令を遂行する権限, 4)指揮によると り消しの可能性があげられる12)。つぎに,「執行はその実行に責任を負う。」 「執行の本質的な特 徴は目的の表明とその達成方法に効果的に合致させることにある。すなわち会社にあっては執行 部門は拒否権をもたない。」13)執行は,目的や方法が前もって決定されているがために自由選択の 余地をもちえず.ほとんど完全なまでに裁量権を残していない。最後に,執行経営が管理上の決 定を,管理経営が指揮上の命令を遵守しているかどうかを確かめる手段が必要となる。この役割 を果すのが服従の機能である。この審査には決定や方針の作成当事者があたるのが至当とされる。

このほか,調整を経営機能に付加する論者もいるが,これは,指揮,管理,執行の諸機能のなか で作用し,これから離れて別個に存在するものではないがためにチェソバレソの反対するところ

となる。かれは,このように経営を機能的に把握するのが至当であると考える。

つぎに,これら諸機能の実践の場である経営構造と指揮・管理上の決定をなす行為様式をかれ にしたがって考察しよう。この検討を通して経営の概念がより深化され,さらには組合の経営参 加のあり方が規定される。会社全体から経営の構造をみてみると,この指揮の源泉はただ一つし か存在しない。これにたいして,管理と執行は会社内の種々の水準に分散されている。しかし,

組織のさまざまの水準を機構としてとらえると,ある機構内での役員の機能はその上部機構に比 して管理的,執行的であるが,その下部機構にたいしては指揮的である。チェソバレンは,パー ソンにしたがってこの運営方法を「機構の中の機構 (framewithinframe)」と呼ぶ14)。実際には,

多くの決定や方針は指揮水準より数段階離れた機構で作成され,その承認のために組織の上層へ と提出される。重要な決定や広範な方針は会社内のいかなる水準でも作成されうるけれども,そ れを有効なものとするためにそれ相当の権限を委任された水準にまで順次機構ごとに組織構造を さかのぼらねばならない15)。かれは,このように経営機能に対応して経営構造を理解せんとし,

権限と責任でもって各機構を関連づけ,会社の全体構図をつくりあげる。これら指揮上,管理上 の決定は,大会社にあっては集団行動によってなされるのが通常であって,一人でおこなわれる ことはほとんどない。 「大会社における意思決定は通常集団機能 (groupfunction)である。」16)「こ れら経営機能は集団行動(collectiveaction)によって特徴づけられる。」17)機構内の多数の経営者か

10)  Chamberlain, op. cit., p. 22.  11)  Chamberlain, op. cit., p. 23.  12)  Chamberlain, op. cit., pp. 2324.  13)  Chamberlain, op. cit., p. 24.  14)  Chamberlain, op. cit., p. 29.  15)  Chamberlain, op. cit., p. 32.  16)  Chamberlain, op. cit., p. 35. 

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(6)

らなる委員会によって,ときには下部機構の経営者をも交えてなされる。かれによって,機能行 使の集団化が認められるのである。

これまでの考察によって,経営の機能的把握,これに対応する経営構造の理解と権限・責任に よる会社組織の構成,機能の集団的行使というチェンバレソの見解をよみとった。経営への組合 の衝撃もこの観点から考察される。すなわち,その衝撃はこれら経営機能にどの程度,いかなる 方法によって加えられるのであるか,労使紛争解決の糸口をどこに求めるべきであるのか,会社 内での集団行動と同じ合議的手続である団体交渉との相違はどこにあるのか,これらがつぎに考 察されるところである。これが,後説する機能的統合の足がかりとなる。

(2) 

まず,組合が経営最高水準における方針ないしは決定の過程を分担するとなれば,指揮機能に 参加しているとみなされる。この結果は団体交渉過程で達せられるのが普通であり,ここで組合 と会社最高幹部が意見の一致をみる。しかし,指揮機能よりも下部機構で会議がもたれ,協約が 達せられれば,問題になる方針の選定はより高い権限の支配をうけるが故に,組合は管理機能を 分担していることになる18)。このことから,チェンバレンは,労使が産業組織内の紛争や磨擦を 局限し,解決への方向に向かわせようとするについて,つぎのような推論をする。 1)会社の組織 計画と機構の一層の明確化, 2)責任の分離と明確化のため,各機構内部の役員に許与される裁 量権の範囲の注意深い規定, 3)会社の決定ないしは運営に不服の場合,組合はそれを変更する 権限のある交渉相手を確認するとともに,それと交渉しうる関係にある組合機構内の組合役員へ の責任の割当て, 4)会社役員のために組合内の方針にたいする責任の明確化と権限の規定, 5) 団体交渉による決定は組織原則として労使双方の完全な服従を要し,合同会議と協約は企業内の 権限の一元的責任ある源泉であり,そして交渉過程は指揮機能と管理機能に参加する組合の唯一

の組織方法であることの承認がそれである19)

指揮と管理は裁量の行使を必要とするが故に,理論上機能の分割が可能であり,また実際にも しばしば分割されている。その決定に際して協議と妥協が可能である。これにたいして,執行機 能にあっては裁量権の行使される余地はほとんどない。この段階では討議と妥協は不適当であり,

不一致の唯一の基礎は,執行活動が実際に指揮上,管理上の決定に合致するかどうかということ にある。裁量は最小限に制約され,服従は全面的に要求されるので,共同執行は問題にならない とされる。最近,職長の組合結成が有効な執行活動に潜在的な脅威をおよぼしているといわれる。

これにたいして,チェンバレンは,職長組合の結成や監督者の命令の正否は別にして,指揮上,

管理上の決定に執行が服さねばならないという組織上の必要は認められねばならないという。決 定に不服がある場合は決定そのものが攻撃の目標とされるべきなのである20)

17)  Chamberlain, op. cit., p. 32.  18)  Chamberlain, op. cit., p. 36.  19)  Chamberlain, op. cit., pp. 3738.  20)  Chamberlain, op. cit., p. 41. 

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(7)

このほか,服従について,労使が合致した方針や決定への服従を確保するために苦情処理手続 (grievance procedure)がとり入れられる。この第一段階では協定に合致しない決定や行為の修正,

撒回もしくは救済の必要を実証する。ここで解決が得られない場合,事件は,その方針や決定の 作成者に達するまで連続的な合同会議によって段階を順次上方へとすすめていく。この段階でな お意見の一致のない場合には, 「公平な審判者 (impartialumpire)」に事件を委託する例が多い。

かれは事実を考慮し,公正な判断をおこなって,経営が指揮上,管理上の命令に服従したかどう かを結論する。司法的機能の行使である。それは服従の問題を合同決定事項に限定されている。

公平な審判者にまでいたるこの苦情処理手続は,服従制度として組合の指揮,管理,執行への参 加を認める機構ではない。それは,労使双方の役員によって合致をみた決定や方針にたいする服 従を審査する手段である。しかし,多くの会社にあってそれが交渉のための,すなわち指揮上,

管理上の命令を変更するための手段として利用されることが多い。これにたいして,チェンバレ ンは,管理上の決定を修正する権限をもった代表者と,修正された決定が将来管理上の命令とな るという二つの条件をみたすならば,たいした弊害は起らないと推定する。しかし,基本的には 服従機構が交渉のために用いられると,管理上の決定がつぎつぎと修正され,将来の服従の判断 基準を確立する見込みが全然なくなってしまうとしてこれに躊躇する21¥

最後に,会社の集団意思決定過程と,同様に集団過程である団体交渉との相違はつぎのように 理解される。 1)会社の集団過程は,その中心に機能を遂行するに十分な権限がある,したがっ て決定を保証しうるところの調整をめぐって展開している。交渉関係では,このような組織上の 保証はない。 2)組合と会社の役員の間には,その目的,忠誠,法的責任,規範,哲学の点で相 違があり,これがために組合の代表を経営共同体に参加させることは集団の連帯性を破壊するこ とになる。 3)協定のための共同の権限と共同の基礎が欠如しているがために,大会社の運営に 必要な既在の機構の中の機構組織の型は破壊されないまでも弱められてしまう22)。機能的統合の ためには,これら問題にたいする解答が組合に要請せられるし,他方会社経営にたいしても現行 の会社制度を組合の存在と調和するような変化が求められる。機能的統合としての組合の経営参 加を主張するチェソバレソの問題提起である。

チェンバレンは,経営の法的概念をそれなりに評価しながらも,第一義的にはそれを機能的に 把握する。機能は, 「実際法的な枠の性質にかかわりなく,所有関係や支配機構から独立して存 在するものである。」 「……経営の基本機能は, だれによって行使されようといかなる社会にあ っても存続する。」 所有関係や支配機構は経営権行使の目的と方法を決定する。経営は, 「その もとの社会の法的枠内で方針を決定し,意思決定をなし,それを執行する組織上の権限」によっ て特徴づけられる。そこで,アメリカの産業面への組合の介入は経営の手続と目的に影響をおよ ぼすが,しかし経営の機能は依然として不変であるとみなされる23)

21)  Chamberlain, op. cit.,  pp. 4143.  22)  Chamberlain, op. cit., pp. 4344. 

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労働組合の経営権への浸透のあり方も,主に経営のこの機能的把握の線にそって規定されてい くことになる。これが,後に機能的統合の要件として主張されるところのものとなる。機能的統 合を引きだす論理的道程は経営の機能的把握であり,経営機能の十分な発揮を可能ならしめるた めの経営組織の確認,整備,ないしは再編である。これに組合を対応させ,統合せしめんとする のである。ここに,かれの労使協同論の限界もあるのである。

(3) 

経営担当者の究明を通してチェンバレソによる経営の機能的接近の意図をより明確にくみとる ことができるのみならず,経営から所有が分離され,経営の運動が人間動機によって規定される というかれの経営本質観をよみとることができる。 「経営の排他権」の提案には,経営は特定の 集団によってのみ行使される機能であるという明確な意図がある24)。チェンバレンは,経営を株 主にたいする受託者ないしは代理人としての義務と権限をともなうという法的見地からながめれ ば, 「会社の経営者とは,権限の基盤を所有者にたいする明確な法的関係におく人たちの集団で ある」という25)。この基盤を備えない人たちは経営の地位を得られない。この見地は組合を経営 から排除する。しかし,かれは,これを現状と合致しないものとして経営の機能的見地にたつ。

いまや経営の広範な領域は経営者と組合役員による共同政策決定(jointpolicy determination)を条 件としている。組合は,団体交渉によって指揮経営と管理経営に参加している。組合指導者は所 有権の機構から独立して経営機能を行使している。かれにとって,経営はすでに特定の所有権や 支配機構から独立して存在する機能なのである26)。「経営を単に法によってその地位が確立されて いる階層として定義することは,現在では部分的にのみ正しいと思えるにすぎない。」町)

このほか,経営の能率もしくは技術思考 (efficiencyor engineering concept)から,経営を特定集 団に限定しようとする立場がある。それは,経営はその事業運営上の責任を果すために自由と権 限を保護されねばならないと主張する。これにたいして,チェンバレンは,技術的な意味での能 率が事業の必要な要素であることを認めながらも,これだけが唯一支配的な要素ではないと考え る。事業を運営するうえでの経営の自由と権限は社会,事業競争,経営協会,組合によって制約 が課せられ,将来さらに厳しい制約が課せられるであろうが, これによって経営機能が破綻をき たしたり,経営者がなくなってしまうとは考えられない。それはこれらの制約の枠の中で作用し うるし, またある面では分割されうる。それは一集団によって守られねばならない属性ではな

1,28)。かくて,かれはつぎのように結論をくだす。 「いまや経営を法的地位か能率概念のいずれ かによって特定の階層もしくは集団としては定義することができないという結論は不可避的なよ

23)  Chamberlain, op. cit., p.  45.  24)  Chamberlain, op. cit.,  p.  49.  25)  Chamberlain, op. cit.,  p.  50.  26)  Chamberlain, op. cit.,  p.  53.  27)  Chamberlain, op. cit., p.  51.  28)  Chamberlain, op. cit.,  p.  52. 

‑19‑

(9)

うに思える。実際,経営は目的とその方法の決定の作成に直接参加する人たち,およびその決定 の執行に責任ある人たちすべてからなっている。経営を構成する人物はその機能にもとづいてこ そその意味を最もよく説明されうる。」29)

そこで,つぎの推論を得る。 1)経営を組合役員とは別の階層として考えることはできない。

2)経営は機能的階層としてのみ考えられることができる。 3)法的な意味での経営権は経営の 職にある特定集団に与えられ,かれらは経営の任務に加えて株主にたいする受託者義務を負って いる。 4)経営機能を行使する組織役員は選出母体たる従業員に責任を負っている。 5)組合と 会社経営者のこの相違する忠誠は共同の事業領域にあって紛争の基盤となる。この紛争は,組合 の経営領域への浸透の拡大につれ一層増加する。 6)「経営者」間の紛争は指揮と管理の諸事項に 限定されることができる。 7) 紛争の一部は,共同事業運営領域にあって,組合役員を共同経営 者として容認せず,みずからもそのことを自覚しないことに起因する。かれらは権限を与えられ ず,その義務を認めようとしない。 8)経営を同一機能の行使集団としてよりもむしろ特定階層 として組合とは別個の存在とみなすことが利害衝突の解決を一層困難にする印)。チェンバレンは このように考察の中心に経営機能をすえ,機能担当者を通して組合役員をも経営者とみなし,組 合の経営参加を展開し,これを通して労使紛争の妥協点を求めようとする。この際,かれの考慮 にのぼる紛争は,主として法的経営者の株主にたいする忠誠と組合経営者の従業員にたいするそ れとの間の相違に起因する。この責任のよってくる具体的な内容の相違とこの相違の融和につい てのかれの見解は後に考察されるところである。

法的経営者を自己意識のある集団たらしめている生活構造上の要素として,チェンバレンによ ってその目的と哲学があげられる。会社経営の地位を得ようとする主な動機として,承認(recog nition),  自己表現 (selfexpression), および個人的安全 (personalsecurity)が細目化される。 これ

らが経営者を動機づける強制力である。これにたいして,伝統的な目標ないしは動機としての利 潤 (profit)について,かれは否定的である。かれは,ゴードンの言葉を引用して所有と経営の分 離が完全でないにしても,投資がそれほどの額に達しない場合には分離されているのが通例であ るとみなし,結局において所有と経営の分離を容認する。つまり,承認,自己表現ならびに大方 の個人的安全は所有機能よりもむしろ経営機能に由来するものであるという。所有者はいざしら ず,「利潤は経営者によって考慮される一要素にすぎない。」 「有給経営者は利潤からは直接には わずかの利益しかうけないし,それを第一義的にしようとはしない。経営者は収穫よりもそのた めの行為により多くの満足をみいだす。」 チェンバレンは,利潤を別の角度から,すなわち経営 者の成功度を測定する尺度として現体制でのその意味を評価する。 「利潤はそれ自体目的として ではなく,業績達成の尺度として求められる。」 かくて,かれは, 「適法な会社の経営者によっ て追求される個人的目標は承認,自己表現,ならびに安全であって, これらは会社を媒介として

29)  Chamberlain, op. cit.,  p.  52.  30)  Chamberlain, op. cit., pp. 5354. 

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(10)

達せられ,かれらの指導のもとに利潤観点から測定される」という31)。このようにして,利潤は 経営者の主要動機から排除され,測定の尺度としての意味しか付与されなくなる。

経営の指導哲学は,「理想主義 (idealism)と実用主義 (pragmatism)の色合いをもったすぐれて 現実主義 (realism)である。」32)現実主義は現実の事物に関心をもつ合理主義である。事業にあっ ては,それは事実への関心,体系化と標準化への努力によって現われる。事実にもとづく決定と いう考え方の基礎をなしている。理想主義は精神的思索,夢想家の幻影を示す。それは事業家に よる会社の未来像に関係する。それは経営者をして刺激を起させ,将来への発展をさそうもので ある。実用主義は成長,変化,選択ならびに結果を強調するものである33)。この三つの中でも,

現実主義に最も力点がおかれるのである。経営機能への組合の浸透は正当な経営者の目標を脅か し,かれらの哲学に挑戦するものであるとして,これは組合の経営権分担にたいして経営の反対 するところとなる一つの理由である。

かれは,この経営者の個人的目標と哲学を会社のそれと結びつける。 「経営の目標と哲学は会 社に結からふそふる。その目的は命社ら中iとみいだされ,その哲学は命在ら中セ表現される。か なりの程度まで,経営者にとって個人的業績は会社の業績であり,個人的哲学は会社の哲学であ る。」34)このように会社から所有が分離されているとみなされ,法的経営者の目的の由来を経営機 能に求められ,個人としての経営者の利潤動機が軽視され,さらに会社は個人経営者の表現形態 として思考される。ここにまた,機能的統合としての組合の経営参加による労使協調の可能性を 主張するチェンバレンの理論的より所がある。

これまでの経営の究明に対応して,この項では労働組合側の分析をすすめていきたい。これに よって,チェソバレンの理解する両者の相違が明確ならしめることができるのみならず,経営参 加による労使協同の可能性が示唆される。労働組合の浸透目的として,チェンバレンは,経営の 場合と同様安全,承認,ならびに自己表現を挙示する。まず,そのいう安全とは,組合員の賃金 以上のものを含む物質的福祉に影響するすべてのものとして広義に解釈されている35)。賃金問題,

人事方針の合理化,労働者自身の問題がこれに含まれ,これらにたいする組合による支配領域の 拡大が意図される。賃金について,安全とは労働の経済状態の漸進的改善を意味する。この要求 実現のために,組合は経営の賃金支払能力 (wage‑payingability)を問題にし, これに関連する経 営権に挑戦する。一時解雇,再雇用,昇進,職務割当,移動,懲罰のような会社の人事活動もま た従業員の安全に影響をおよぼす。これら決定が主観的評価や気まぐれによってではなく,明文

31)  Chamberlain, op. cit., p.  59.  32)  Chamberlain, op. cit.,  pp. 6465.  33)  Chamberlain, op. cit.,  pp. 6263.  34)  Chamberlain, op. cit.,  p. 65.  35)  Chamberlain, op. cit.,  p. 89. 

‑ 2 1 ‑

(11)

規定によるならば比較的大きな安全性がある。この領域における古参制 (seniority)や懲罰に関す る原則の制定や適用は組合によるこの成果である。さらには,労働者は生産の規模と計画,労働 節約装置の導入,工場閉鎖ないしは移転に関与しないならば,かれらには真の安全は存在しない。

労働者自身の問題にたいする支配領域の拡大が意図されるところである。このような会社内の安 全に加えて,大不況や戦後の転換期の衝撃をうけて,組合は会社内の経済的安全には完全雇用経 済の維持が必須的であると感じ,これがために一般的経済条件の統制の必要性を自覚するにいた った。 「組合は,すくなくとも大規模な指導的会社においてその交渉を国民経済上の安全計画に 適合させつつある。」36)組合が経営領域へのより多くの発言権を求める一層の理由は,安全確保の ために会社の決定と社会経済的目標との連槃が必要であるという考えにあるWT)

安全とともに,組合は承認と自己表現を得ようと努力していた。労働者は個人として自己の権 利を承認され,建設的に貢献する機会を願っており,経営への参加を通じてこれを達成しようと する。事業指揮への発言によって組合の履行しうる持続的,肯定的,指定的,公認的機能が与え

られ, 「それが承認の基礎と自己表現の機会を提供する。」38)

組合はこれら安全,承認ならびに自己表現を会社のなかで実現しようとし,他方経営も会社を 通してその目的を達しようとする。このように経営も組合もともに各自の目的を単一の媒介物と しての会社を通じて実現しようと努力し, ここに「紛争の機会が生じる」39)とみなされる。会社 の場で労使双方の目的を共に実現する了解をとりつけてこそ,はじめてこの紛争は治まると考え られる。チェンバレソにとってはこれをみいだすことが主眼であって,これがかれのいう機能的 統合である。

ところで,組合の求めるこれら目的とは別に,組合をして経営権に挑戦せしめる組織上の強制

(organizationalcompulsion)がある。 チェンバレンは, これを組合の浸透の決定要素 (determi nant)としてふれる。 この強制力は,対外政略としての組織権力の衝動と対内政略たる組織内部 の力の抗争の二つに分けて考察される。前者について,「く一般的かつ客観的にいって,労働組合

.  .  .  .  .  .  .  . 

主義は権力蓄積の持続的,系統的努力であり,組合主義のこの機能はまたその推進力である〉」

というハードマンの言葉を引用して,かれは,組合権力の保持,すなわちその存立そのものが対 外的に権力の一層の拡大を要求していくものだと考える。力の不行使は組合を崩壊に導き,力の 行使はみずからを確立させるのである。 「そのおかれている対外政略が,会社と経済内での権限 の拡大強化を組合に強いる」40)こととなるのである。より以上の権力のための組合の権力にたい する執拗さにたいして,かれは, 「……組合のこの要求的性格は,組合だけの力をもってしては 樹立しえない協同関係をもってして恐らくおきかえられることができるにすぎない」41)と考える。

36)  Chamberlain, op. cit.,  p. 96.  41)  Chamberlain, op., cit., p.  102 footnot.  37) Chamberlain, op. cit.,  p.  97. 

38)  Chamberlain, op. cit.,  p. 99.  39)  Chamberlain, op. cit.,  p.  100.  40) Chamberlain, op. cit.,  p.  103. 

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(12)

このような組織権力の衝動とならんで,組織内部の権力抗争がある。組合役員は,選挙の際の公 約,当選後の公約実行,さらには将来の選挙にそなえての会社方針の制定と修正の運動を心がけ ねばならない。このような組合の政治構造の結果として,経営権への侵害がおこなわれる42)。か れは,組合のこの外的,内的な政治情勢の根底にある現実主義とあわせて,上述の目的のなかに ある理想主義を考慮に入れることによって組合運動の力を評価しうると考える。

労働組合浸透の動力 (mechanics)として, チェンバレンは,組合による経営権への浸透の過程 や技術に言及する。まず,通常経営権への侵害とみなされるものの多くは,交渉によって達せら れた団体協約かその解釈の結果によるものである。組合による経営権参与の主要な機構として,

「ストライキの力によって支持された契約交渉と苦情処理手続を含む団体交渉」があげられる。

かれは,団体交渉を,「組織労働者が支配権を獲得し,これを経営と共同で行使するための機構そ のものである」43)とみなす。組合は, トップ・マネジメント層にいたるまで会社のすべての組織 機構において交渉関係を求めており,あらゆる水準で団体交渉関係による共同管理(jointcontrol)  の状態を実現しようとしている44)。つぎに,自発的仲裁が会社内での組合権限拡大の方策として 独自に考える価値があるといわれる。これは,契約条項そのものの仲裁とその条項の解釈および 適用に関する仲裁に区別される。前者の場合,利害紛争の行き詰りによって「仲裁者は経営の判 断にかえて自己の判断をもってし,係争問題に関し会社の最終指揮権をとることとなる。」組合に 有利な仲裁は組合権力拡大の手段となる。いずれにしろ,この仲裁は, 「組合が経営権にとって かわるところの,それ相応の責任をともなう権限の確立に関与する方策である。」45)また後者の場 合にも,事実それが経営権の阻止となった。このような方策による組合の参加する経営機能につ いて,団体交渉の協約は指揮機能に,仲裁を含む苦情の解決はときには管理機能に,多くは服従 審査に参加する過程であると評価される46)。このほか,経営の決定に影響をおよぼす直接的方法 として,ストライキやストライキの脅威のような直接的行動,時間研究調査者や職長の組合結成 という従業員の組合への組織化,政府機関の援助があり,間接的方法として宜伝とか労働者に友 好的な候補者の選出がある。

さて,組合が経営権に浸透していくとなると,組合の経営機能分担の能力が問題となる。巨大 化した複雑な企業運営には専門的にして広範にわたる能力が必要とされる。組合指導者は自分た ちの企業運営能力の欠陥を認めるが,それは経験と訓練の不足に起因するものであり,その無能 のせいではないという。チェソバレンは,この対策に最も効果があがったのは組合自身の訓練と 教育機関による教育との結合したときであるとして,この成果をそれ相当に評価する。さらに,

42) Chamberlain, op. cit., p. 103.  43) Chamberlain, op. cit., p. 10/i.  44)  Chamberlain, op. cit., p. 107.  45)  Chamberlain, op. cit., p. 107.  46)  Chamberlain, op. cit., p. 109. 

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参照

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