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一 二つの物語に見られる対比と連続 一

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5 1  

小叙事詩としての「アリスタエウス物語 J

一 二つの物語に見られる対比と連続 一

上 野 由 貴

1 . 序

(  1 )小叙事詩の伝統

ウェルギリウスの叙事詩 『 ゲオルギカ 』に収められた「アリスタエウス 物語 J ( 4 . 3 1 5

558 )が,小叙事詩(e p y l l i o n )の形式に則って書かれてい ることに疑問の余地はないと思われる

l

M.  M a r j o r i e  Crumpによる古代 ギリシャ ・ ローマの小叙事詩に関する研究書によれば,彼女が考えるその 定義は以下のようなものである:

叙事詩の韻律で書かれ,恐らく他の長大な叙事詩作品一巻分の長さは超 えることのない短い物語詩(平均の長さは恐らく 400

500 行程度)

完全な形で現存する作例を見る限り ,彼女の推測は概ね妥当なものと言 えるだろう.また,このような短い叙事詩がテオク リ トス或いは少なくと もその時代に始まり,アレクサンドリアの詩人達によって好んで作られ,

一つの詩のジャンルとして確立していったという歴史的な流れも,ほほ確 実なものと判断出来る

更に Crumpは,多くの小叙事詩作品に見られる特徴として d i g r e s s i o n の存在を挙げる d i g r e s s i o nとは,彼女の説明によれば以下のようなもの

1  C f .  T h omas vo l .   2  p .  202  e t c .  

2  Crump p .  22 

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である:

最初に語り始められた物語の中に語り込まれた第二の物語で, しばしば 作品全体のかなりの部分を占める.第一の物語とはほとんど関係のない 神話物語が選ばれ,第一の物語の登場人物の台詞か,工芸品の描写(エ

クブラシス)として導入される場合が多い 3

しかし Crump自身も認める通り,小叙事詩のジャンルに属する作品 でもテオクリトスの 『 牧歌 J 第 13 歌「ヒユラース」には d i g r e s s i o nと認 めうるような逸話は含まれず,こうした第二の物語の存在は,作品の韻律 や長さのような根本的な枠組みとは別に,より後になって技巧的な要素 としてこのジャンルの中に取り入れられた可能性が高い.また,実際に d i g r e s s i o n   (以下挿話と呼ぶ)を含んでいるとされる作品でも, 一つの作 品として仕上げられている以上,最初に語り始められた物語(以下枠の物 語と呼ぶ)と挿話の間には必ず何らかの結び付きが認められる 4 しかし 挿話の長さや枠の物語との関連の強さ,またその結び付き方は,作品によっ て様々である.完全な形で現存する数少ない作品の内で,ウェルギリウス 以前に書かれたことが確実なものだけを取り上げると ,以下のように概観 することが出来る

まず\テオクリ ト スの『牧歌』の中に収められ,偽作とされる第 25歌

「へーラクレースの獅子退治」では,作品の最後で語られるネメア ーの獅 子退治の様子(195‑281 )が挿話にあたるとされる.この作品の枠の物語 では,へーラクレースの十二の難行の一つであるアウゲイアース王の牛小 屋掃除から取ったと思われる三つの場面(農夫に道を尋ねるヘーラクレ ー ス,王父子の領地検分に同行するヘーラクレ ース,王子ピューレウスと共 に町へ向かうへーラクレース)が描かれる.挿話とされるネメアーの獅子 退治は,最後の場面で王子の質問に答える形でヘーラクレース自身の口か

3  Crump p .  23 

4  C f .  Crump  ( p .  23 )  i t  seems t o  have been t h e  p r a c t i c e  t o  s e c u r e  an a r t i s t i c  c o n n e c t i o n  

between t h e  two p a r t s  o f  t h e  poem  by  using  p a r a l l e l  s u b j e c t s  and c o n t r a s t i n g  t h e  

d e t a i l s ;  e t c .  

(3)

小叙事詩としての「アリスタエウス物語 J 5 3  

ら語られている この作品の挿話は,枠の物語の登場人物の台詞として導 入されている点や,枠の物語の主題であるアウゲイアース王の牛小屋掃除 との聞に直接的な繋がりがない点など, Crumpが言う挿話(d i g r e s s i o n )   の特徴はある程度認められる.またその一方で 直接の関係がないとは言 え同じ英雄の一連の難行から題材を取っている点や,どちらの物語でも言 及される獅子の毛皮,ヘーラクレースの怪力,彼と神的な獣との格闘といっ た要素は,二つの物語を一つの作品として結び付けるに充分である.この 作品には,後代の作品に認められる入れ子式の構造がない点や,枠の物語 が既に場面分けされている点などやや特殊なところはあるが, しかし挿話 を含む典型的な小叙事詩形式の萌芽を認めることは出来ると考えられる

次に,モスコスの『エウローペー』では,エウローベーの黄金の龍の描 写(37 ‑ 62 )が挿話にあたるとされる.この作品の枠の物語で語られるの は,ゼウスが牛に変身して人間の娘エウローペーを誘拐するエピソ ー ドで ある 挿話で描かれる黄金の龍の絵柄は,それに対して同じくゼウスに愛 された人間の娘イーオーが牛に姿を変えられて放浪した物語を描いてい る この作品における挿話は,他の作品に比べてそれほど長くなく,第二 の物語を語り込むというよりは,純粋に龍の外見を描写したものという印 象を受ける(同じエクブラシスでも,次に取り上げるカ ト ウツルスの作品 とはかなり趣が異なる) しかしその元となっているイーオ ーの物語は 明らかにエウロ ーペーの物語と直接関係がなく 二つの物語を結び付けて いるのは,いずれもゼウスと人間の娘の恋物語であるという共通点や,枠 の物語で牛に変身するのがゼウスであるのに対して,挿話で牛に変身する のが人間の娘であるという対照点である .

Crump が考える小叙事詩の典型と思われるのは,カ トゥッルスの『カ

ルミナ』第 64 歌である.この作品の枠の物語で語られるのは,英雄ペー

レウスと女神テテイスの結婚式の様子である.挿話は寝台に掛けられた

ベッドカバ ーの絵柄の描写で,内容は英雄テーセウスによってデイア島

に置き去りにされたア リアドネ ーの物語である(50 ‑ 264 ) .この挿話は全

408 行の作品の半分以上を占め,主題となっている神話は枠の物語で語ら

れる神話とは全く関係がない しかしその一方で,二つの物語を結び付け

る要素もまたふんだんに語り込まれている.枠の物語で語られるのは,人

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聞の男と女神の幸せな結婚であるが,物語が進むにつれて不穏な将来が示 されていくという流れを読み取ることが出来る 一方挿話で語られている のは,アリアドネーの恋の悲劇的な顛末と,来るべき男の神(パックス)

と人間の娘(アリアドネー)の幸せな結婚の暗示である.その他にも様々 な要素やモチーフ,細かい言葉遣いに至るまで配慮された対応・対比関係 が作品全体にわたって認められ,全く無関係なはずの二つの神話物語は,

詩人の技巧によって一つの作品にまとめ上げられている.

( 2 )「アリスタ工ウス物語 J における伝統の継承と新たな側面

ウェルギリウスの「アリスタエウス物語」は,上で挙げた作品にとどま らず,現在では失われてしまった数多くの作品や,その作者達によって歳 月をかけて確立されて来た伝統ある文学形式に則って作られているまた,

上の作品の中でも特にカトゥッルスの詩については,ウェルギリウスがそ の内容や言葉遣いの面でも直接参考にしていた可能性が指摘されている 5 但し本稿の目的から逸れるので\ここではウェルギリウスとカトゥッル スの作品の関係について詳述することはしない.

これまで述べて来たことを踏まえて「アリスタエウス物語」を概観す ると,次のようにまとめることが出来る まずこの小叙事詩の枠の物語 ( 3 1 5 ・ 4 5 2 , 5 2 8 ‑ 58 )では,飼っていた蜜蜂を失った農業の英雄アリスタエ ウスが,母親をはじめとする神々の協力によって新たな蜜蜂の群れを手に 入れるまでが描かれている(以下の議論では,この枠の物語をアリスタエ ウスの物語と呼ぶ) 一方挿話(453‑527 )で語られているのは,妻エウリユ デイケーを亡くしたオルフェウスが,冥界でも彼女の奪還に失敗し,最終 的に自身も他の女性達の手で殺害されてし まうという物語である(以下オ ルフェウスの物語と呼ぶ).この顛末は,予言の神プローテウスがアリス タエウスの要求に屈して明かす蜜蜂全滅の原因で,アリスタエウスは事の 発端であるエウリユディケーの死を引き起こしたことになっている.

現在確認出来る神話伝承を追う限りでは, 「 アリスタエウス物語」で取 り上げられる 二人の英雄の神話の聞にも,ウェルギリウス以前の繋がりは

5  C f .  Crabbe ( 1 9 7 7 )  

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小叙事詩としての「アリスタエウス物語」 5 5  

認められない アリスタエウスは農業の英雄として,またオルフェウスは 詩歌の偉人として,それぞれ様々なエピソードを含む神話群を持っている が,その内のどの神話も「アリスタエウス物語」のような形で結び付いて いたという証拠は見つからない.ウェルギリウスもまた,全く無関係な二 つの神話物語を一つ の作品にまとめ上げたのである そしてその際には,

先人達の知恵と技巧に学び,二つの物語の中に様々な要素やモチーフにお ける対応−対比関係を語り込んだ

しかしその一方で,「アリスタエウス物語」におけるこつの物語の結び 付きには,作者による新たな試みも認めることが出来る それは,因果関 係による結び付きである 既に述べたように,「アリスタエウス物語」の 挿話は,枠の物語で起きた出来事の原因の物語である 前節で取り上げて 来た小叙事詩作品の中に,枠の物語と挿話がそのような関係で結び付けら れているものはなかった テオクリトスの『牧歌』第 25 歌では,挿話で 語られるネメアーの獅子退治が,枠の物語でヘーラクレ ースが身に着けて いる獅子の毛皮の起源語になっている しかし挿話の出来事(ネメアー の獅子退治)が枠の物語(アウゲイアース王の牛小屋掃除)の直接的な原 因になっているわけではない また それより後のモスコスやカトゥッル スの作品においては,挿話は最早要素やモチーフの対応・対比によっての み枠の物語と繋がっており,それがいかに入念で鮮やかなものであっても,

物語同士は互いに独立していると言わざるをえない. しかしウェルギリウ スは,題材としてはやはり互いに無関係な神話物語を選んで、いながら,そ の二つを結び付ける段階で因果関係という新たな要素を付け加えた.アリ スタエウスがエウリュデイケーの死を引き起こしたというこの結び目は,

ほぼ間違いなくウェルギリウスの創作であり 6 ,従来の研究においては強 引で深みに欠ける結ぴ付きとして評価されない傾向にあった

7.

しかし

この改変によ ってウェ ルギリウスは, 二つの無関係な神話物語を同じ時系 列の中に整えうるー続きの物語に作り変えることに成功した.「アリスタ エウス物語jに収められた二つの物語は互いに独立したものではなく,原 因と結果の物語として互いに不可欠な要素となっているのである

6  Cf .  Norde n  p .   499 e t c .  

7  C f .  Crump  p .  1 8 7 ,  O t i s  p .   2 1 4 ,   S l a v i t t   p 8 0 ・ 1  e t c  

(6)

続く本論では,ウェルギリウスによる伝統の継承と,新たに付加された 結び付きの両方を取り上げる.従来の多くの研究において , 「 ア リスタエウ ス物語」を構成する二つの物語は カトゥッルス等の作品を見る場合と同 じように互いに切り離して分析・考察の対象とされる傾向にあり,その結 果様々な対応−対比関係の指摘を通じて物語の統一性が主張されて来た 8

本稿でもまずこうした従来の解釈の流れに基づき,二つの物語に見られる 重要な対比が 死による取り返しのつかない喪失 (オルフェウスの物語)

と 死による喪失からの回復 (アリスタエウスの物語)との対比である ことを示す.それに続いて これまであまり評価されて来なかった因果関 係による結び付きを取り上げる そして,それによって 「 アリ スタエウス 物語」がー続きの死と再生の物語にまとめられていることを改めて確認し この小叙事詩全体が統一性だけでなく強い連続性もまた備えていることを 示 す

2 . 二つの物語に見られる対比

アリ スタエウスの物語は,一言で言うならば,蜜蜂の喪失に始まり再獲 得に終わる物語である.一方のオルフェウスの物語は,エウリュデイケー

8  先行研究が指摘する対応対比関係は.概ね次のようにまとめることが出来る(A . . . ア リ スタエウスの物語, o.   . ,オルフェウスの物語) 両物語の文体の対比について, Crump は A がアレクサンドリア的文体の特徴を随所に備えている(p .188 )のに対して, 0 は登場 人物の内面や物語のプロットにより重点を置いた文体になっている( p . 189 )と評している 一方 O t i sは , Aにホメーロス的叙事詩の特徴を強く認め, Oのための 舞台装置 として 機能する,登場人物の行動の客観的叙述になっていると主張している(p .194  5 ) .   それに 対して O には,(当時にとっての)現代的(n e o t e r i c )或いはエレゲイア的な文体の特徴を 認め(p .1 99 ・ 200 , ) 「 ア リスタエウス物語」の中心をなす部分として ( p . 192 ),人間の感 情が引き起こす悲劇がドラマティックに描かれているとする(p .2 0 1 ) .   両物語の内容につ いて,最も明白に認められる対比は成功(A )と失敗(0 )だろう(Thomasv o l .   1  p .   23  e t c . ) . 同様のことは Cramer によって,忠実な指示の実行による蜜蜂の再獲得(A )と愛 の狂気による違反(0 )とまとめられている(p .253 e t c . ) .   S e g a l はより広い視点から,

作品全体に認められる人間による自然のコントロール(→ A)と自然の独立性(→ 0)の

対立及び相互関係が

1

それぞれの物語の中に集約されていると捉えている( p . 3 1 3 ) .   また

G r i f f i n は , Aで全滅した蜜蜂と Oで命を落とすオルフェウスを,それぞれ古のローマの道

徳と個 ・ 愛芸術を象徴するものと解釈している 一方 S l a v i t t は,二つの物語をむしろい

ずれも再生を主題とする物語と捉え,その共通性(死に対する技芸の勝利 p . 7 9 ・ 8 0 や秘儀

的な冥界への下降・試練 p . 8 1 など)に注目している

(7)

小叙事詩としての「アリスタエウス物語 J 5 7  

の死に始まり,冥界での彼女の再喪失を経て,オルフェウス自身の死まで を描いている このように,「アリスタエウス物語」を構成する二つの物 語の聞に 死による取り返しのつかない喪失 (オルフェウスの物語)と 死による喪失からの回復 (アリスタエウスの物語)の対比があることは,

その概要を見ただけでもある程度読み取れる. しかし「アリスタエウス物 語 j においては,更に副次的な要素や言葉遣い等にも,蜜蜂の再獲得に繋 がるイメージと死に終始するイメージの対比を見ることが出来る

(  1 )主人公の水辺の嘆き

「アリスタエウス物語」の二つの物語の主人公は,それぞれ自身の大切 なものを失って嘆く アリスタエウスの場合それは飼っていた蜜蜂の群れ であり,オルフェウスの場合は妻のエウリュデイケーである.そしてアリ スタエウスの物語には一回,オルフェウスの物語には二回,それぞれの主 人公の嘆きの場面が描かれている この計三回の嘆きの場面には,主人公 が失われたものを嘆いているといつこと以外に,その場所が水辺であると いう共通点が認められる.具体的にテキストを見てみると,まずアリスタ エウスの嘆きの場面は,次のような文言で始まっている.

317 p a s t o r  A r i s t a e u s  f u g i e n s  Peneia Tempe,  318 a m i s s i s ,  u t  fama, a p i b u s  morboque fameque,  319 t r i s t i s  a d  e x t r e m i  sacrum c a p u t  a s t i t i t  a m n i s   320  multa  q u e r e n s ,  atque  hac  a d f a t u s   uoce  parentem: 

317 牧人アリスタエウスは ペーネーウス川の流れるテンベー渓谷を逃 れて

318 伝えによれば,病気と飢餓によって蜜蜂を失ってしまったので,

319 悲嘆に暮れて川の聖なる水源の畔に立ち,

320 大いに嘆きながら,次のような言葉で母親に語りかけた:

アリスタエウスがいるペーネーウス川の水源は,ニンフである彼の母

キューレーネーの住処であり この引用の後には彼が母親に向かつて自身

(8)

の窮状を訴えかける台調が続く.

一方オルフェウスの最初の嘆きは,妻エウリユディケーの地上における 死の後で次のように表現されている

464  i p s e   caua s o l a n s  aegrum t e s t u d i n e  amorem  465  t e ,  d u l c i s  c o n i u n x ,  t e  s o l o  i n  l i t o r e  secum,  466  t e  u e n i e n t e   d i e ,  t e  d e c e d e n t e  c a n e b a t .  

464 彼自身は,空ろな竪琴で病んだ愛を慰めながら,

465 お前のことを,愛しい妻よ,寂しい岸辺で一人 466 お前のことを,日が昇る時も沈む時も歌っていた

この文言からは,他の引用箇所のようにその場所を川の畔と特定するこ とは出来ないが,少なくともそこが水辺であることは間違いない.

オルフェウスの二度目の嘆きは,彼の冥界における失敗の後に置かれて いる

507 septem i l l u m  t o t o s  p e r h i b e n t   ex o r d i n e   mensis  508 rupe sub a e r i a   d e s e r t i  ad S t r y m o n i s   undam  509 f l e s s e  s i b i ,  e t   g e l i d i s  haec  e u o l u i s s e   sub  an t r i s   510 mulcentem t i g r i s  e t  agentem carmine q u e r c u s :  

507 人々が語るところでは,彼は順に巡る丸七ヶ月の間,

508 人里離れたストリューモー川の流れの畔の釜え立つ崖の下で,

509 一人涙を流し,そして寒い洞窟の下でこの出来事を

510 語っていた,歌によって虎を馴らし柏の木を動かしながら:

しかしこうした共通点が認められる一方で,二人の主人公の嘆きには

次のような重要な差異も認めることが出来る アリスタエウスの場合,彼

が上述の場所で嘆くことは,母親に訴えかけるというその目的の故に必然

である .キュ ーレー ネーとアリスタエウスの母子関係については既にピン

(9)

小叙事詩としての「アリスタエウス物語」 5 9  

ダロスに言及があり 9 ,ウェルギリウスはそうした古くからの神話伝承に 基づいて,主人公を母親の住処の近くへ導いたと考えられる 。そしてアリ スタエウスは,この後実際に母親から有益な助けを得ることが出来る 一 方,オルフェウスの嘆きの場所が水辺で、なければならない理由は,少なく

ともその部分の叙述から明確に読み取ることは出来ない オルフェウスの 両親については,ア リス タエウスの場合よりも多くのパージョンが伝わる が,父親としてはアポッローまたはオエアグルスが,母親としてはカッリ オペーか他のムーサエの一人が挙げられることが多い.この内オエアグル スについては, トラキアの王であるという伝承と並んで 、,そこを流れる川 の名前であるとする伝えもある 1 0 しかし オルフェウスがその川の畔で 嘆いているというような記述は作品中にはなく,彼の水辺での嘆きが,ア リスタエウスの場合のように親に訴えかける目的によるものとは考えにく い ウェルギリウスが描くオルフェウスは 一貫して親との結び付きを欠 いた孤独な人物であり,彼がその嘆きによって何らかの助けを得ることは ない

このように,主人公が失われたものを水辺で嘆くという状況設定は共通 でありながら,その時点で既に二つの物語の対照的な結末の一因となる要 素が,それぞれの場面で暗示されているのを読み取ることが出来る.

( 2 )川のイメージ

アリスタエウスの物語では,続いて主人公が川の水源に受け入れられ,

母親から最初の助言を与えられる.この場面の川には,一貫して主人公を 受け入れ,援助してくれるものとして描かれているという特徴を見ること が出来る.

まず,息子の訴えを耳にしたキューレーネーは,神の領域である水源の 中へ息子を受け入れる.

359 . . .  simul a l t a   i u b e t   d i s c e d e r e  l a t e  

360  flumina ,  qua  i u u e n i s   g r e s s u s  i n f e r r e t .  a t   i l l u m  

9  ピンダロス 『 ピュティア祝勝歌j第 9 歌 5 9 ・ 6 5

1 0   C f .   RE  on O i a g r o s  

(10)

361 curuat a  i n  montis f a c i e m  c i r c u m s t e t i t  und a  362  a c c e p i t qu e  s i n u  u a s t o  m i s i t q u e   s ub  a m n em . 

359 . . .同時に深い川|に広く道を開くように命じた,

360 若者が歩みを進めて入って来るように. 一方 ,

361弓なりになった流れは彼の周りでアーチの形を作り , 362 広大な懐へ彼を受け入れて,川の下へ送り届けた.

次に,水底に着いたアリスタエウスは,そこで憂いを知らないニンフ達 に歓待される.

376 … manibus l i q u i d o s  dant o r d i n e  f o n t i s   377 germanae, t o n s i s q u e  f e r u n t  mantelia u i l l i s ;   378 p a r s  e p u l i s  onerant mensas e t  plena reponunt  379 p o c u l a ,  Panchaeis a d o l e s c u n t  i g n i b u s  a r a e .  

376・・・ニンフ達は,順番に彼の両手に澄んだ、泉の水を注ぎ,

377けばを刈ったタオルを持って来た.

378 ある者はテーブルにご馳走を並べ, j 酉で満たした 379 杯を置いた.祭壇はパンカーイアの炎で、燃え立つた.

ここで言及されるニンフ達は, 336‑47 のいわゆるニンフのカタログで,

一人一人名前を挙げながら紹介されていたニンフ達だろう .その場面の彼 女達は, 川底のキュ ーレ ーネーの館の中で共に機織りに勤しんでおり,そ の中の一人クリュメネーが歌うカオス以来の神々の恋物語を楽しんでい る.オルフェウスの物語で救いのない悲劇に終わる愛の物語は,神々の世 界では手仕事の聞に気軽に耳を傾けることの出来る娯楽である.絶望した アリスタエウスの嘆きが水底にも届き 悲しみに暮れた彼が館に招き入れ られた後も,ニンフ達は親切に彼を迎え入れ,心楽しい宴の準備をする.

そこに,絶望や悲哀は見られない

更に,その場にいない神々も ,アリスタエウスの今後に対して好意的な

(11)

小叙事詩としての「アリスタエウス物語」

予兆を与えてくれる.

381 … simul i p s a  p r e c a t u r  

382 Oceanumque patrem rerum  Nymphasque  s o r o r e s ,   383 centum quae s i l u a s ,  centum quae f l u m i n a   s e r u a n t .   384 t e r  l i q u i d o   ardentem  p e r f u n d i t  n e c t a r e  Vestam,  385 t e r  flamma ad summum t e c t i  s u b i e c t a  r e l u x i t .  

381一同時に,彼女自らが

382万物の父オーケアヌスと姉妹のニンフ達に,

383森を司る百人と川を司る百人に,祈りを捧げた 384 三度澄んだ葡萄酒を燃え盛る炉に注ぎかけると,

385 三度炎は天井まで燃え上がって輝いた

6 1  

この出来事も,先の引用の場面と同じく 川底の館の中で起きた出来事で ある.ここで吉兆を送ってくれる神々の中に 川のニンフ達が含まれている ことも,親切な受容という 川のイメ ージに寄与する要素と考えられる.彼 女達と並んで祈願の対象となっているオーケアヌスも,ここでは万物の父 と称されているが,伝統的にはあらゆる川や泉の父として神話に登場する 神格である n _森のニンフ達については なぜ川のニンフ達と並んで、ここ で祈願の対象になっているのか,必ずしも判然としない しかし,物語の 後半(5 3 2 ,535 )で明らかになる蜜蜂の死の原因ナパエアエ(谷間のニン フ達)は,別の箇所(460 )ではドリュアデス(木のニンフ達)とも呼ば れており,ここで言及される森を守るニンフ達とも無関係で、はないと推測 出来る そのように考えるならば,この場面で語られる幸先の良い印は,

川のイメージを超えてアリスタエウスの物語の最終的な結末を既に暗示し ていると捉えることも出来る

そして,こうした他の神々からの後押しは,キューレ ーネーが息子に最 初の助言を与えるための重要な条件となっている

1 1 へーシオドス 『 神統記 J 3 3 7 f f .  e t c  

(12)

386 amine quo  firmans  animum s i c  i n c i p i t  i p s a : 

386この予兆によって心を勇気づけられ,彼女は次のように語り始めた:

アリスタエウスの母親であると同時に川の水源を司る女神でもある キューレーネーは,物語の舞台が実際の川の底を離れた後も息子に付き添 い,有益な助言を与えてくれる存在として物語に登場し続けている.そこ では,最早川という要素が強調されることはないが,この前半の場面で川 に付されていた包容力と援助のイメ ージは,母親としての彼女の働きゃ態 度の中に引き継がれていくことになる.

一方オルフェウスの物語における川は,ア リ スタエウスの物語とは対照 的に,常に死や死による別離と結び付くものとして語られている まず,

物語の冒頭ではエウリュデイケーが川辺で命を落とす

457 i l l a  quidem, dum t e  f u g e r e t  p e r  f l u m i n a  p r a e c e p s ,   458 immanem a n t e  pedes hydrum moritura p u e l l a   459 seruantem r i p a s  a l t a  non u i d i t  i n  h e r b a .  

457 実際彼女は, J I I に沿って一目散にお前から逃げている聞に 458 足の前に恐ろしい水蛇が深い草むらの中,

459 岸辺に潜んでいるのに気づかず,その若い女は死んで、しまうことに なる.

この後には,前節で引用したオルフェウスの水辺の嘆きの場面が続いて いる(但しそこでも述べた通り,オルフェウスの嘆きの場所を川辺である

と断定することは出来ない).

続いて,妻を取り戻すためにオルフェウスが冥界に下りると,そこでは 冥界の川が生者と死者の聞を隔てている

4  78 quos circum limus n i g e r  e t  d e f o r m i s  harundo 

4  79 C o c y t i  tardaque pa l  us i n a m a b i l i s  unda 

(13)

小叙事詩としての 「 アリ ス タエウス物語」 6 3  

480 a l l i g a t  e t  n o u i e s  S t y x  i n t e r f u s a  c o e r c e t .  

478 彼らのことを,周りでコーキュートゥスの黒い沼と見苦しい葦が,

479 そして忌むべき沼が澱んだ水によ ってそこへ

480 縛りつけ,九重に聞を流れるステュクスが閉じ込めている

この冥界の) | | は,オルフェウスが冥界の神の言いつけを破って再度妻を 失った後も,二人の聞を厳然と分かつものとして言及される .

502 … nee p o r t i t o r   O r c i  

503 a m p l i u s 1 2   o b i e c t a m   passus t r a n s i r e   p a l u d e m .  

(中略)

506 i l l a  quidem S t y g i a  n a b a t   iam  f r i g i d a  cumba. 

502  ...またオルクスの渡し守は,

503 再度間に立ちはだかる招を渡ることは許さなかった.

(中略)

506 実際,冷たくなった彼女は,既にステュクスの小舟で(ステュクス を)渡りつつあった

この後,再び一人で地上に戻って来たオルフェウスは,ス ト リ ューモ一 川の畔で妻の死を嘆いていた(引用は前節参照)

物語が進み,最後にオルフェウスはキコネ ース人の女達に殺害され,彼 の頭が ト ラキアのへブ l レ ス川を流れ下る

523 tum quoque marmorea caput  a  c e r u i c e  reuulsum  524 g u r g i t e  cum medio p o r t a n s   Oeagrius Hebrus  525 u o l u e r e t , 

1 2 この言葉か ら は,オルフ ェウスが生者でありながら少なくとも 一度はステュク スの渡航に

成功したことが推測される しかし物語中にそのような場面が描かれることはなく,冥

界の川は常に隔てるものとして言及される

(14)

523その時,大理石のような首からもぎ取られた頭を 524トラキアのへプルス川が渦の真ん中で運びつつ 525 転がして行~ •••

このように,オルフェウスの物語における川への言及は,アリスタエウ スの物語よりも顕著で、あり 重要な 出 来事のほとんどは川辺で起きている と言っても過言ではない. しかしアリスタエウスの物語において主人公 を受け入れ,援助してくれる存在だ、った川は,オルフェウスの物語の地上 場面では常に死や嘆きと隣り合わせにあり,冥界場面では常に生者と死者 を分かつものとして言及されている 川は いずれの物語においてもその 結末を決定的に左右するものではないかも知れない. しかし各物語の結 末の対照性をそのイメージの中に明確に反映させている存在であると言え る

( 3 )温度の対照性 1 3

アリスタエウスの物語は,最終的に新たな蜜蜂の発生で終わる.そして その場面には,そもそもこの「アリスタエウス物語」がその起源語として 導入された ところの ブーゴニアの叙述(4 . 2 8 1 ‑ 3 1 4 )との結び付きが認め られる ブーゴニアは,エジプトで行われているとされる蜜蜂の発生術で,

春先に若い牛を殺して専用の建物の中に放置すると,その死体が醗酵して 蜜蜂を生み 出すという 摩詞不思議な技術である 無論,科学的根拠のない 荒唐無稽な話だが,古代においては概ね信じられていたらしく,ウェルギ リウ スの農耕詩の技術的 ・教訓的叙述の最後を飾る項目になっている.「ア リ スタ エウス物語」は,その起源を語る 物語として,農業の英雄ア リ スタ エウスが言わば史上初のブーゴニアを成功させるまでを描いた物語になっ ているのである

本節で特に注目するのは 牛の死体から新たな蜜蜂が発生して来る過程 の描写に認められる,熱で沸き立つ水分のイメ ージである このイメージ

1 3 本節に関して,査読者のお一人からプローテウスの洞窟の描写における暑さの強調(425 ・

3 1 )にも何らかの関連を見出せるのではないかとのご指摘をいただいたが,洞窟の描写も含

め,物語の重要な登場人物の一人であるプローテウスに関する考察は,今後の課題としたい

(15)

小叙事詩としての「アリスタエウス物語 J 6 5  

は,技術的なブーゴニアの叙述とアリスタエウスの物語に共通して認めら れるもので,そこから読み取れる生命の発生と熱との結び付きは,死に終 始するオルフェウスの物語との対比を生み出している まず,「アリスタ エウス物語」の直前に置かれたブーゴニアの叙述では,牛の死体から蜜蜂 が発生して来る過程は次のように描写されている

308 i n t e r e a  t e n e r i s  t e p e f a c t u s  i n  o s s i b u s  umor  309 a e s t u a t , …  

(中略)

312 donec  u t   a e s t i u i s  e f f u s u s  n u b i b u s  imber  313 e r u p e r e ,  aut  u t  neruo  p u l s a n t e  s a g i t t a e ,  

308 その聞に,柔らかくなった骨の中で温められた 309 水分が煮え立ち,

(中略)

312 遂に,夏の雲から注ぎ出される雨か,

313 或いは弓の弦から弾き出される矢のように飛び出す.

引用の前半部分には,水分が温められて沸き立つ様子が端的に表れてい る また後半部分では,最初の比験 ( 3 1 2 )に表れる夏の雨に,やはり暑 さと水分の結び、付きを見ることが出来るー

アリスタエウスが物語の最後で成功させる史上初のブーゴニアでは,同 じ過程は次のように表現されている

555  . . .  l i q u e f a c t a  boum per  u i s c e r a  t o t o  

556  s t r i d e r e   apes  u t e r o   e t  r u p t i s  e f f e r u e r e  c o s t i s ,   557  immensasque t r 叶 1 i n u b e s ,   iamque a r b o r e   summa  558 c o n f l u e r e  e t   l e n t i s   uuam  d e m i t t e r e  r a m i s .  

555  . .牛達の溶けた内臓中,腹全体で

556 蜜蜂が羽音を立て,脇腹を突き破って沸き出し

(16)

557巨大な雲のように群れをなし,今や木の先に 558 集まって, しなやかな枝に房のようにぶら下がった.

アリスタエウスの物語で蜜蜂が発生するのは,森の茂みに放置された犠 牲獣の死体である.引用では, l i q u e f a c t u s ( 5 5 5 )が水分のイメージを,

e f f e r u e s c o  ( 5 5 6 )が沸き立つイメージを伝えている.これらのイメージは,

先のブーゴニアの叙述程顕著ではないが ここで使われている e f f e r u e s c o とブーゴニアの叙述の a e s t u o ( 3 0 9 )はいずれも水が煮立つ様子を表す言 葉で,同じ過程を表現していることは明らかである.

これに対してオルフェウスの物語では 一転して死と結び付く寒さや冷 たさが強調して語られている.オルフェウスの物語の地上場面の舞台は,

ほぼ一貫してトラキア以北の寒冷な地域であり,物語の中で時折言及され る具体的な土地や河川,山などの名前は ,古代人の感覚の中で常に寒さと 結び付くものであったと考えられる.そうした実際の地理への言及を除い ても,地上場面の気侯の寒さは,時として次のように強調されているー

517 s o l u s  Hyperboreas g l a d e s  Tanaimque n i u a l e m   518 aruaque Riphaeis  numquam uiduata  p r u i n i s   519  l u s t r a b a t ,  

517 彼は一人で,極北の氷と雪降るタナイス川,

518 そして極北の決して霜を失うことのない 519 平原をさまよっていた,

冥界にお けるエウリュデイケーの二度目の喪失の後,一人地上に戻って 来たオルフェウスがさまよっているこの凍て付く大地は,生命を育むこと のない不毛さを強く感じさせる

更に,冥界でオルフェウスの魅力的な歌に反応して群がって来る死者達 の霊には,次のような比喰が付されている

4  73 quam multa i n  f o l i i s  auium s e   m i l i a  c o n d u n t ,  

(17)

小叙事詩としての「アリスタエウス物語」 6 7  

474  Vesper  u b i   aut h i b e r n u s  a g i t   de montibus  i m b e r ,  

473まるで,何千羽もの鳥達が葉の中に身を隠すように,

474 夕暮れか,或いは冬の雨が,彼らを山から追い立てる時にー

この叙述は無論比聡であるので,冥界が実際に寒い場所であったという 証拠にはならないし,冥界の気温への言及は作品中にはない し か し こ の比聡は上で引用した夏の雨の比聡(312 )と対照をなしており,同じ雨 ながら夏の暑さと結び付けば生命の誕生に通じ,冬の寒さと結び付けば死 に通じるという対照性を読み取ることが出来る.夏の雨の比喰は,「アリ スタエウス物語jの中に含まれる叙述でこそないが,物語と密接に関わり を持った部分に置かれており,この二つの比聡の対照性は,生命の発生と 熱,死と冷たさというイメ ージの結び付きをより明確にするものと考えら れる.

更に,冥界において再度そして完全に死んで、しまったエウリュデイケ ー は,冷たいと言われている

506 i l l a  quidem S t y g i a  nabat iam f r i g i d a  cumba. 

506 実際,冷たくなった彼女は,既にステュクスの小舟で(ステュクス を)渡りつつあった.

そして,全く同じ形容調は,物語の最後で死んだオルフェウスの舌にも 付されている.

525 ・ ・ ・ Eurydicen uox i p s a  e t  f r i g i d a  l i n g u a ,   526 a  miseram E u r y d i c e n !  anima f u g i e n t e  u o c a b a t :  

525 . ー . エウ リュデイケ ーを,声そのものと冷たい舌が,

526 命を失っていながら ああ 哀れなエウ リュディケー ! と呼び続

けていた ・

(18)

死んだ夫婦のそれぞれに,変化形や詩行の中の韻律上の位置まで全く同 じ形容詞が付されていることは,意図的な対応と言ってよいだろう.冷た さは,死と直接結び付く要素でもあるのである

( 4 )まとめ

以上見て来たように,「アリスタエウス物語」を構成する二つの物語には,

その概要や結末にとどまらず細かい言葉遣い等に至るまで配慮された 死 による取り返しのつかない喪失 (オルフェウスの物語)と 死による喪 失からの回復 (アリスタエウスの物語)との対比が認められた.こうし た様々な要素やモチーフにおける対応・対比関係は,それまでの伝統的な 小叙事詩作品にも認められた文学的技巧の応用の成果であり,ウェルギリ ウスがその伝統に基づいて自身の作品を作り上げていったことがうかがわ れる.

3 . 二つの物語の連続性

(  1 )因果関係による結び付きの確認

既に序でも述べた通り,「アリスタエウス物語 J は単なる伝統の踏襲で は終わっていない.この作品において 枠の物語と挿話は単に対応・対比 関係の内に並置されているのではなく,更に因果関係によって一つに結び 付けられているからである.本章では,この物語の連続性に注目し,作者 が創り出した物語のもう一つの結び付きを確認する

まず最初に,「アリスタエウス物語jで語られている出来事を物語の叙 述の流れではなく時間の流れに沿って並べ直してみると,次のように整理 することが出来る

(  i  )ア リス タエウスのエウ リュデイケー追跡→エウリユデイ ケーの死 ( 0 1 4 ;   4 5 7 ‑ 6 6 )  

(  i i   )オルフェウスの冥界下り→オルフェウスによる取り戻しの失敗

14 0 ・ ・ オルフェウスの物語の中で語られる出来事

(19)

小叙事詩としての「アリスタエウス物語」

=エウリュデイケーの二度目の死(O ;4 6 7 ‑ 5 0 6 )   ( i i i )オルフェウス殺害(O ; 5 0 7 ‑ 2 7 )  

6 9  

( i v )オルフェウスとナパエアエの怒り(O ;4 5 3 ‑ 6 )→アリスタエウス の蜜蜂の死(A 1 5 ; 3 1 7 ‑ 2 0 )  

(  V )アリスタエウスによる母親への助力要請(A ;321 ‑ 4 1 8 )  

( v i )母親の指示に基づくプローテウスの捕獲(A ;4 1 8 ‑ 5 2 )→原因の開 示(O ;4 5 3 ‑ 5 2 7 )  

( v i i )母親の指示に基づく膿罪の犠牲→蜜蜂の発生(A ;5 2 8 ‑ 5 8 )  

こうして時系列の順に並べてみると 「アリスタエウス物語」を構成す る二つの物語が原因(オルフェウスの物語)と結果(アリスタエウスの物 語)の関係にあることや,その中で語られる出来事の一つ一つが全て一続 きの流れの中に不可欠な要素として位置付けられることが分かる 「アリ スタエウス物語」の挿話は,決して d i g r e s s i o n(逸脱,逸話)ではないの である 二つの物語で語られる出来事がこのように直接結び付いていると いう特徴は,少なくとも現存するウェルギリウス以前の小叙事詩には見ら れないものであった そして,「アリスタエウス物語」の中には,この因 果関係による結び付きを有機的に表現するための工夫もまた見ることが出 来 る

( 2 )神々との関わりに見られる対比と連続

「アリスタエウス物語 J の二人の主人公は 自身が失ったものを取り戻 すために,それぞれ神に対して働きかけを行う すなわち,オルフェウス は冥界の神々に対して妻の返還を求め,アリスタエウスは蜜蜂喪失の問題 を解決するためオルフェウスとニンフ達に許しを請う この二組の働きか けには, 神々の主人公に対する態度の変還や,反対に二人の主人公の神々 に対する態度の中に,まず対照性を認めることが出来る しかし同時に , オルフェウスという人物に注目すると,前半では一人の人間として神と対 峠し後半では逆に神の側の一員としてアリスタエウスを糾弾していると

1 5   ・   A アリスタエウスの物語の中で語られる出来事

(20)

いう構図が認められる.そして,この神への働きかけに見られる対照性と,

オルフェウスという人物の存在の一貫性は,二つの物語を結び付け,「ア リスタエウス物語」全体の連続性に寄与する要素として理解することが出 来る

( i i )  1 6 0 ;   467‑506 一人間オルフェウスと冥界の神々との関係

最初に神への働きかけのモチーフが明確に表れるのは,オルフェウスの 物語における冥界場面である ここでオルフェウスが妻の返還を求める相 手は冥界の神々であるが彼らが人間の嘆願に動かされない者達であるこ

とが,冥界場面の最初からはっきりと述べられている.

469 . . .   Manisque a d i i t  regemque tremendum  4  70  n e s c i a q u e  humanis p r e c i b u s  m a n s u e s c e r e  c o r d a .  

469  . . .マーネース(死者の霊)と恐るべき王に,

470 人間の嘆願に和らげられることを知らない心の持ち主達に近づいて いった

この部分だけを見ると,まるでオルフェウスの願いはそれが伝えられる 前から既に拒絶されているかのようである.しかし実際には勿論オルフェ ウスの歌の力が神々を動かし,彼等から例外的にエウリュデイケーの返還 を許可されることになる このことは 以下の箇所から充分に読み取るこ とが出来る.まず上の引用の直後に,歌に動かされる死者の霊の描写があ る .

4  7 1  a t   c a n t u  commotae  Ere  b i  de s e d i b u s  i m i s  

4  72  umbrae  i b a n t  t e n u e s  simulacraque l u c e  carentum , 

1 6 これ以降の各項目のローマ数字の番号は,前節でそれぞれの出来事に付した番号をそのま

ま踏襲し,特に注目に値すると思われる場面のみを時系列の順に取り上げる

(21)

小叙事詩としての「アリスタエウス物語」

471しかし歌に動かされて,エレブスの最も深い場所から,

472幽かな死者の霊と命の光を失った幻影がやって来た,

7 1  

この叙述の umbrae( 4 72 )は,上の Manes ( 4 6 9 )と 同じく死者の霊 を表す言葉であり,二つの言葉は概ね交換可能なものとしてウェルギリウ スにおいても使われている例が認められる 1 7 従ってこの箇所でも,この 二語は実質的に同じものを指していると 考えられる.一方, オルフェウス が願いを聞き入れて欲しいもう一人の神である冥界の王については,オル フェウスの歌によって動かされたことを明確に表す言葉はない. しかし オルフェウスの歌の影響力は,その後のタルタラの描写(4 8 1 ‑ 4 )などを 見ても明らかである また 冥界場面の後半では, 地上に出るまで妻の方 を見てはいけない という条件が,最初は王の妻プローセルピナが与えた ものとして言及さ れるが,その数行後では王自身との約束として言い換え られている.

486 r e d d i t a q u e  Eurydice superas u e n i e b a t  ad auras  487 pone sequens (namque bane d e d e r a t  P r o s e r p i n a  l e g e m ) ,  

( 中略)

492  . . .   atque  i m m i t i s   rupta  t y r a n n i   493  f o e d e r a ,  . . . 

486 取り戻されたエウリュデイケーは,地上の大気へと近づいていた,

487 背後に付き従って(というのもブローセルピナがその条件を与えて いたので)

(中略)

492 ...そして,無慈悲な王との約束は 493 破られて,

こうした叙述からは,やはり冥界の王も恐らくはオルフェウスの歌の力

1 7   C f .   A e n .   6 . 5 0 6 ,  510 

(22)

に動かされて, 一度はエウリュデイケーの返還を例外的に認めたものと理 解することが出来る .

しかしオルフェウスは与えられた条件を最後まで守り通さなかった 愛に起因するとされる狂気は彼に約束違反を犯させ,取り戻しかけた妻は 再度そして今度こそ永遠に失われてしまう.冥界場面の冒頭で提示された そこの神々の無慈悲な性質が,この場面では再度強調して語られている.

488 cum s u b i t a  incautum dementia c e p i t  amantem,  489 i g n o s c e n d a   q u i d e m ,  s c i r e n t  s i  i g n o s c e r e  Manes: 

(中略)

n  n  a 

V且

w  a 

ふL

n y  

u  r 

e s  

E  m  m 

E  m − 

q m  

M 吋

お 前 2 3

Q d Q U

︐ 口 ︐

AせA

505 quo  f l e t u  M a n i s ,   q u a e   numina  u o c e   m o u e r e t ?  

488 その時,突然妻を愛する無防備な彼を狂気が捕えた,

489もしマーネースが許すことを知っていたら,許きれるべき狂気では あったけれども:

(中略)

492 ・ーそして,無慈悲な王との約束は 493 破られて,

(中略)

505どんな涙でマーネースを,言葉によってどんな神意を動かすことが 出来ただろうか?

c  i i i )  o ;   501 ‑ 21 〜(i v )   O ;  453 ‑ 6 , A ;  317 ‑ 20 − ーオルフェウスの役割の転換

自身の過失と神々の性質に阻まれて オルフェウスは結局また一人で地

上に戻って来る.その後,七ヶ月にわたったとされる彼の嘆きと亡き妻へ

の献身的な態度は,やがてキ コネース人の女達の怒りを買い,オルフェウ

スはパックスの儀式の最中に殺害される

(23)

小叙事詩としての「アリスタエウス物語」

520 … s p r e t a e  Ciconum quo munere  matres  521 i n t e r   s a c r a   deum n o c t u r n i q u e  o r g i a  Bacchi  522 discreptum  l a t o s  iuuenem s p a r s e r e   p e r  a g r o s .   523  tum  quoque  marmorea  caput a  c e r u i c e   reuulsum  524  g u r g i t e  cum  media  p o r t a n s  Oeagrius Hebrus  525  u o l u e r e t ,   E u r y d i c e n  uox i p s a  e t  f r i g i d a  l i n g u a ,   526  a  miseram E u r y d i c e n !  anima f u g i e n t e  u o c a b a t :  527 Eurydicen t o t o  r e f e r e b a n t  flumine  r i p a e . 

520・・・キコネース人の女達はその献身に軽蔑されて,

7 3  

521 神々の儀式と夜に崇拝されるパックスの秘儀の聞に 522若者を引き裂いて,広い平野一面に撒いた 523その時,大理石のような首からもぎ取られた頭を 524 ト ラキアのへプルス川が渦の真ん中で運びつつ

525 転がして行き,エウリユデイケーを,声そのものと冷たい舌が,

526 命を失っていながら ああ,哀れなエウリユディケー! と呼び続 けていた.

527 川岸は,流れ全体にわたってエウ リ ュデイケ ーの名を繰り返した.

ここでオルフェウスが命を落としたことは 彼自身が今度は死者の霊 (Manes, umbrae )になったことを表していると考えられる.そして,上 の引用で強調される死後も消えることのない妻への思慕は,オルフェウス の物語( =プローテウスの台詞)の冒頭部分へと繋がっていく

453 non t e  n u l l i u s  e x e r c e n t  n u m i n i s 1 8  i r a e ;  

454 magna l u i s   commissa:  t i b i  h a s  m i s e r a b i l i s  Orpheus  455  haudquaquam ob  meritum p o e n a s ,  n i   f a t a  r e s i s t a n t ,   456  s u s c i t a t ,  . . . 

1 8 ナパエアエを指すと解釈される C f .  Conington ‑ Nett l e s h i p ,  Thomas e t c .  

(24)

453 お前のことを,他ならぬ神の怒りが責め立てている.

454 お前は重大な罪を償っているのだ:お前に対して哀れなオルフェウ スが,

455 運命が妨げなければ度を越していたであろうこの罰 1 9 を 456 駆り立てており,

オルフェウスの物語の冒頭と末尾において重ねて強調されるオルフェウ スの悲憤は,エウリユデイケーの仲間のニンフ達の怒りと共に喪失の悲劇 の矛先をアリスタエウスに向け変え,彼の蜜蜂に死をもたらしたのである.

( v i i )   A ;  528 ‑ 58 ー アリスタエウスと神々との関係

今度は,アリスタエウスが自身の失ったものの回復を求めて動き出す番 である.物語の後半で,ょうやく蜜蜂の死の原因を知ったアリスタエウス に,母親が再び具体的な指示を与える その中で彼女は,息子が最初に許 しを請うべき相手としてナパエアエを挙げ,彼女達が許すことを知ってい る神々であると言う

535 … e t  f a c i l i s  uenerare  N a p a e a s ;  

536 namque dabunt  ueniam u o t i s ,  i r a s q u e  r e m i t t e n t .  

535…そしてお前は,寛容なナパエアエを敬いなさい

536というのも彼女達は,誓いに対しては許しを与え,怒りを捨てるで しょうから.

これは,人間オルフェウスが対峠した冥界の神々とは対極にある性質で あり,オルフェウスの場合とア リ スタエウスの場合の対比をよ り鋭いもの にしている 一方,今や死者の霊としてア リ スタエウスを糾弾する側に 回ったオルフェウスについては,その激しい怒りが一度言及されただけで

1 9 この 455 の解釈は,従来のどの研究者の解釈とも異なっているが,論者はこれがこの箇所

の最も適切な理解であると考えている

(25)

小叙事 詩としての「アリスタエウス物語 J 7 5  

( 4 5 4 ‑ 6 ) ,彼の性質についてはキューレーネーも何も 言わない.オルフェ ウスが死者として Manesの一員になったと考えるなら,彼もまた人の嘆 願に動かされず,許すことを知らない性質を持っていそうなものだが,ア リスタエウスの物語における死者オルフェウスは 決して宥和不可能な存 在ではない.不動とされる神々をオルフェウスがその歌で動かしたように,

アリスタエウスもまた適切な供犠を行うことによって,怒りを抱く神々を 宥めることになる.

アリスタエウスの物語の最後の部分では オルフェウスへの供犠が新生 蜜蜂の発見の条件とされている.キューレーネーの指示によれば,アリス タエウスはまずニンフ達に八頭の牛を捧げた後,九日後にオルフェウスへ の供犠を執り行い,その後で犠牲獣の死体を放置した森に戻らなければな らない(538‑46 ).これが,自身もまた女神である母親が,この場合に適 切と認める腹罪の供犠である 息子は,その指示を遅滞なく実行する そ の部分の叙述(5 4 9 ‑ 5 3 )に見られる母親の指示の文言の繰り返しは,ア リスタエウスが最後まで忠実にその指示に従い抜いたことを表している 九日目のオルフェウスへの供犠までを果たし終え,森を再訪したアリスタ エウスは,そこで初めて犠牲獣の死体から発生した蜜蜂を認める

554 h i e  u e r o  subitum a c  d i c t u  m i r a b i l e  monstrum  555 a s p i c i u n t , … 

554まさにその時,彼らは語るに驚くべき突然の奇跡を 555目にした

この奇跡的な回復の発見が,ニンフ達への犠牲だけでなくオルフェウス への供犠も果たし終えて初めて可能なこととして描かれていることから は,死者オルフェウスもまた適切な供犠によって宥められうる存在であり,

新たな蜜蜂の発生は彼による供犠の受容と許しの証であったと理解するこ

とが出来るー

(26)

( 3 )まとめ

以上見て来たことをまとめると 二人の主人公と神々 との関わりの中に は,まず次のような対比を認めることが出来るーオルフェウスの場合,彼 は本来無慈悲な冥界の神々を自身の歌の力によって和らげ,妻を取り戻す という目標を達成しかける しかし自身の違反行為の故に冥界の神々の 無慈悲な性質は再度呼び起こされ神々の宥和は二度と起こらない 一方 アリスタエウスの場合,本来は寛容な性質であったと思われる神々(ナパ エアエ)から ,自身の過ちによる激しい怒りを招くことになる (怒りを抱 く神々の側には,今度はオルフェウスも含まれている) しかしアリスタ エウスは,蹟罪の供犠を正しくやり遂げることよ って神々の許しを得るこ

とに成功し,それは蜜蜂の再獲得として彼の前に表れる

一方,「ア リスタエウス物語」全体の時系列の流れに沿って確認してい くと,主人公と神々との関わりに見られる連続は以下のようにまとめるこ とが出来る:

始まり.アリスタエウスの過失(=エウリユデイケーの死→オルフェウ スの冥界下り)

→冥界の無慈悲な神々の宥和→違反行為→冥界の神々の無慈悲さ 物語の転換点・オルフェウスの死=役割の変化

→神々(ニンフ達とオルフェウス)の激しい怒り( = 蜜蜂の死)→蹟 罪の完遂→神々の宥和

前半(オルフェウスの物語)のオルフェウスは,一人の人間として死者 の霊を含む冥界の神々に嘆願する立場にある. しかし彼は,結果的には自 身の死も含めて死による喪失のみを経験して終わる.前半におけるアリス タエウスは,この死の連鎖の最初のきっかけを作ったことになっている.

一方後半(アリスタエウスの物語)のオルフェウスは,反対に死者の霊の

一員として人間であるアリスタエウスの嘆願を受ける立場にある.今度は

オルフェウスの方が(ニンフ達と共に)死による喪失の原因となるが,最

終的には臆罪を受け入れて,喪失からの回復を許す.このように,「アリ

スタエウス物語」の二つの物語を結び付ける因果関係は,主人公と神々と

(27)

小叙事詩としての「アリスタエウス物語」 7 7  

の関わりに見られる対比を内包しながら,同じオルフェウスという登場人 物の役割の変化を通じて連続的なものとして表現されていたと言うことが 出来る

4 . 結論

「アリスタエウス物語 J においてはまず,小叙事詩という文学形態の持 つ伝統的特徴を生かして, 死による取り返しのつかない喪失 と 死に よる喪失からの回復 という相反する二つの事柄が対比されていたこの 対比は,副次的な要素や細かい言葉遣いにまで入念に配慮して表現されて いた

一方で、,作品を構成する二つの対照的な物語は,因果関係にある一続き の死と再生の物語としてまとめられていた.その結び付きは,二人の主人 公と神々との関わりや,同じオルフェウスという人物の役割の変化を通じ て有機的に表現されていた.

小叙事詩「アリスタエウス物語」においては,枠の物語と挿話が従来の 伝統に則って鋭く対比されているだけでなく,スト ーリー 上もー続きの物 語となるよう因果関係によって結び付けられ有機的に描き出されてい たこの作品は,詩人の高度な技巧と入念な詩作によって作られ,統一性 と同時に連続性をも備えた類まれな小叙事詩作品であったと言うことが出 来る.

参考文献

『 ゲオルギカ』テキス ト

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I ゲオルギカ j 注釈

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Thomas, Richard F . ,   V i ・ r g i lG e o r g i c s  3 ‑ 4 ,  Cambridge,  1988 

『 ゲオルギカ』翻訳

ウェルギリウス 『 牧歌/農耕詩 J 小川正康訳,京都大学学術出版会, 2004

研究書等

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S l a v i t t ,  David  R . ,  V i r g i l ,  Y a l e ,  1991 

その他テキスト

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その他注釈

C a m p b e l l ,   Malcolm, Moschus Europa ,  H i l d e s h e i m ,  1991 

(29)

小叙事詩としての「アリスタエウス物語」

F o r d y c e ,  C h r i s t i a n  J . ,  C a t u l l u s ,  O x f o r d ,  1961 

Godwin, J o h n ,  C a t u l l u s :  Poems 6 1 ‑ 6 8 ,  Warminster, 1995  Gow, Andrew S .  F . ,   T h e o c r i t u s  2  (Commenta η 1 ) ,   Cambridge, 1952  H u n t e r ,   R i c h a r d ,   T h e o c r i t u s :  A S e l e c t i o n ,  Cambridge, 1999  Quinn, Keneth, C a t u l l u s  The P o e m s ,   New  Y o r k ,  1973 

その他翻訳

テオクリトス『牧歌』古浮ゅう子訳京都大学学術出版会, 2004

事典など

7 9  

Roscher, Wilhelm H . ,  A u s f i i h r l i c h e s  Lexikon der g r i e c h i s c h e n  und r i i m i s c h e n   M y t h o l o g i e ,  H i l d e s h e i m ,  1993 

Wetmore, Monroe N . ,  I n d e x  Verborum V e r g i l i a 仰 s , H i l d e s h e i m ,  1979 

Wissowa, Georg 0 .  A .   &  K r o l l ,  Wilhelm, P a u l y s  R e a l ‑ E n c y c l o p a d i e  d e r  C l a s s i s c h e n  

A l t e r t u m s w i s s e n s c h a f t ,  S t u t t g a r t ,  1937 

参照

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