大学生における自我構造, 自尊感情及び随伴経験の 関係
著者 豊田 弘司
雑誌名 教育実践総合センター研究紀要
巻 19
ページ 1‑5
発行年 2010‑03‑31
その他のタイトル The Relationship among Structure of Ego,
Self‑esteem and Experience of Contingency in Undergraduates
URL http://hdl.handle.net/10105/2994
1.はじめに
教育において、児童・生徒の個人差を知ることは、
重要である。それは、個人の特徴を知ってはじめてそ の個人に応じた教育が展開できるからである。心理学 では、個人差の理解のために、質問紙法による性格検 査を用いる場合が多い。質問紙法は、意識している性 格しか測定できないという批判はあるが、個人差を測 定できる客観的な方法として用いられている。その中 で、エゴグラムは、自我の構造を調べるテストとして 有名であり、広く知られている。このエゴグラムの構 成は、以下に示す5つの自我状態に対応する尺度から 構成される(豊田, 2009)。
批判的な親(CP(critical parent))尺度 「厳しい 父親」尺度とされ、この尺度得点が高い者は、他人に 対して批判的であり、厳しいが、責任感も強いという 特徴がある。
養育的な親(NP(nurturing parent))尺度 「や さしい母親」尺度といえる。この尺度得点が高い者は、
共感性が高く、母親のように、他人を温かく受容し、
世話好きな存在である。
大人的な自我(A(adults))尺度 「大人としての 成熟度」尺度といえる。この尺度得点が高い者は、理 性的、合理的であり、現実的に対応できる人である。
したがって、現実への適応という意味では重要である。
自由な子ども(FC(free child))尺度「子どものよ うな自由奔放さ」の尺度であり、得点の高い者は、子 どものように明るく、自由奔放であり、感性や表現力 が豊かであるが、感情的、衝動的という面もある。
順応した子ども(AC(adapted child))尺度「いい 子ちゃん」の尺度であり、得点の高い者は、素直であ り、周囲との協調性も高い。周りの期待に応えようと する面が強い故に、自主性が乏しい面もある。
これらの自我状態は、個人の特徴を端的に反映し、
興味深いが、エゴグラムに反映される参加者の現在の 自我構造はどうような要因によって規定されているの であろうか。上述したように、NPは、養育的自我を 反映し、他者に対する関わりの親密さを示す指標であ る。他者との関わりには、他者に関わるという行動の 結果、相手の他者から良い結果が返される経験が重要 である。このような経験を随伴経験と呼ぶ。反対に、
良い結果が返されない経験を非随伴経験と呼ぶ。牧・
豊田弘司
(奈良教育大学心理学教室)
The Relationship among Structure of Ego,Self-esteem and Experience of Contingency in Undergraduates
Hiroshi TOYOTA
(Department of Psychology, Nara University of Education)
Abstract:The present study was carried out to examine the relationship among the structure of ego, self-esteem and the experience of contingency. Undergraduate students(49 males and 72 females)were asked to rate items from Egogram scales developed by Sugita(1990), SE(Self-esteem)scale by Yamamoto et al.(1982)and EC
(Experience of contingency)and EN(Experience of noncontingency) scales by Maki et al(2003). Higher posi- tive correlation were observed between EC score and Nurturing Parent score in Egogram,between EC score and Free Child score in Egogram and between EN and Adapted Child in Egorgam, whereas negative correlation was observed between EC score and Adapted Child in Egorgam. Positive correlation was also observed between SE score and FC. These results were interpreted as showing that EC was one of the determinants for NP and FC ten- dencies,and that NC was one of those for AC tendency. Gender differences in correlations between SE and some scores were discussed in terms of educational treatment.
Key Words:エゴグラム Egogram、随伴経験 Experience of contingency、自尊感情 Self-esteem
上記の随伴経験と非随伴経験を測定する尺度を開発 し、これらの経験が自己効力感(坂野・東條, 1993)
と関連していることを明らかにした。また、豊田
(2006)は大学生において自己効力感だけでなく、自 尊感情にも関連することを示している。これらの結果 が、随伴経験が多いと、他者に関わる自分の力に自信 をもつことになると解釈できる。もし、この解釈が適 切であるならば、他者との関わりを積極的に遂行しよ うとするNPという自我は、随伴経験の量に規定され ると予想できる。この予想を検討するのが、本研究の 第1の目的である。
また、FC尺度は、自分の意志に基づいて自由奔放 に振る舞う傾向を反映している。反対に、AC尺度は、
周りの期待に応えようとする自我状態である。他者に 関わる折に、他者から良い反応が返されると他者はこ ちらの期待通りに応じてくれるという期待が発生し、
自由に積極的に他者に関わるようになる。それ故、F Cの傾向が生じやすいことが予想される。一方、他者 との関わりにおいて非随伴経験を多く経験すると、相 手が期待通りに反応しないことを予期して、周りの思 惑を配慮するようになる。それ故、AC傾向が増すと 考えられる。すなわち、随伴経験の量はFC傾向、非 随伴経験はAC傾向と正の相関があるであろう。これ らの予想を検討するのが、本研究の第2の目的である。
さらに、豊田(2006)では、随伴経験の量が自尊感情 の高さに関連していることを明らかにしたが、上記の 予想のように、随伴経験がFC傾向を促進し,AC傾向 を抑制するとすれば、自尊感情はFC傾向と正の相関、
AC傾向と負の相関があると予想できる。この予想を 検討するのが、本研究の第3の目的である。
2.方 法
2.1.調査参加者
関西のN大学とT大学の学生121 名(男子49名、女子72名)であり、平均年齢は、18歳 9か月であった。2.2.調査内容
2.2.1.エゴグラムチェックリスト
杉田(1990)から選択された項目からなる尺度を用 いた。この尺度は、大学生が回答しにくい項目の表現 を修正した簡易版である。上述したCP(項目例「後 輩がミスをすると、すぐにとがめますか。」)、NP
(「人から道を聞かれたとき、親切に教えてあげます か。」、A(「感情的というよりも、理性的なほうです か。」)、FC(「うれしいときや悲しいときに、顔や動 作にすぐ表しますか。」)及びAC(「あなたは遠慮がち で、消極的なほうですか。」)の各尺度に対応する項目 が10項目ずつ、合計50項目から成っており、「はい」
「いいえ」の2件法で回答するものであった。なお、
件法であるが、本研究では回答のしやすさとエゴグラ ムの特徴が見えやすいようにという配慮から2件法を 採用した。それ故、採点は「はい」を2点、「いいえ」
を0点としてカウントする。このエゴグラムチェック リストは、A4判用紙に印刷された。
2.2.2.主観的随伴経験尺度
豊田(2006)と同じく、牧ら(2003)において開発 された尺度を用いた。この尺度は、随伴経験を調べる 15項目と非随伴経験を調べる15項目からなっている。
各項目に対しては、「よく経験したことがある」「少し は経験したことがある」「あまり経験したことがない」
「全く経験したことがない」の4段階評定尺度が用い られた。随伴経験の項目例は、「困っているとき友人 に助けを求めたら力になってくれた」「友人の悩みを 聞いてあげたら感謝された」「思いやりを持って他人 に接していたら友人が増えた」「友人とじっくりつき 合ったら,お互いにわかりあえた」等であり、非随伴 経験の項目例は、「友達のためを思ってしたことが逆 に誤解された」「親切に接していたのに,いじわるな ことをされた」「自分は信用していたのに,友人は自 分を信用してくれなかった」「先生を信用していたの に,期待を裏切られた」等である。
2.2.3.自尊感情尺度
山本・松井・山成(1982)による尺度を用いた。こ の尺度は10項目からなり、評定は「あてはまる(5)」 から「あてはまらない(1)」までの5段階であった。
この尺度の項目例は「少なくとも人並みには、価値の ある人間である」「色々な良い素質をもっている」「敗 北者だと思うことがよくある(逆転項目)」「物事を人 並みには、うまくやれる」「自分には自慢できるとこ ろがあまりない(逆転項目)」等である。
上記の主観的随伴経験尺度と自尊感情尺度は、いず れの尺度もB5判の用紙に印刷され、それぞれの尺度 の各項目とともに、評定段階に該当する数字を記入す る( )が印刷されていた。
2.3.調査手続き
調査は著者の授業時間に集団で実施された。調査参 加者はまずエゴグラムチェックリストが印刷された用 紙を配布され、調査者によって読み上げられる各項目 に対して、「はい」が2、「いいえ」が0を記入する方 法で回答していった。1週間後、主観的随伴経験尺度 が印刷された用紙が配布され、エゴグラムチェックリ ストと同じく、回答に対応する数字を( )内に記入 していった。さらに、30分程度の間隔をおき、自尊感 情尺度が配布され、参加者は上述と同じように回答し ていった。
3.結 果
Table1には、男女別の各尺度得点間の相関係数(r)
が示されている。男女ともに、随伴経験得点はNP得 点との間(.45、.47)、FC得点との間(.24、.37)及び 自尊感情得点との間(.46、.34)に正の相関がみとめ ら れ た 。 ま た 、 非 随 伴 経 験 得 点 と A C 得 点 と の 間
(.37、.29)に正の相関が得られた。さらに、AC得点 は自尊感情得点と負の相関があった(-.26, -.57)。しか し,FC得点は自尊感情と正の相関が見いだせるもの の(.18, .14),低い値であった。
興味深いことに,性差がいくつか認められた。男子 においては、非随伴経験得点と自尊感情得点が無相関
(.06)であるのに対して、女子においては-.43という 高い負の相関が得られた。また、上述したようにAC 得点と自尊感情得点間の相関においても、男子が-.26 であるのに対して、女子は-.57であり、有意な違いが 見いだせた。さらに、A得点と自尊感情との相関は、
男子が-.06、女子が.31であり、有意差が認められた。
4.考 察
4.1.随伴経験とNPの関係
随伴経験得点とNP得点の間に正の相関が認められ た。この結果は、予想通り、NPという自我状態を規 定する要因の一つとして、随伴経験が考えられること を示唆している。NPに反映される他者への積極的な 関わりは、他者との交流において何らかの正の報酬が 返ってくることが必要である。それ故、随伴経験が NPという自我状態を規定することになる。反対に、
非随伴経験に関しては、NP得点との間は無相関に近 い。非随伴経験とNP得点との間に負の相関が見られ なかったのは、非随伴経験の多さというのが他者への 関わりを抑制するほど強く機能しないことをうかがわ せる。
学校教育において、児童・生徒のクラスメートとの 交流を促進する試みが数多くなされている。中学生を 対象にした、牧ら(2003)が指摘した随伴経験は、対
人関係場面を想定していた。つまり、対人関係場面に おける随伴経験量が自己効力感と関連していたのであ る。また、豊田(2006)において見いだされた随伴経 験と自己効力感及び自尊感情との関連性も、対人関係 場面を想定している。言い換えれば、対人関係場面に おいて随伴経験を多く経験すると、他者に対して自分 が影響を及ぼす可能性が高いという自覚が生じやすく なる。そして、その結果、NPという自我に典型的に 反映されるような他者への積極的な関わりが生じるこ とになるのである。
4.2.随伴・非随伴経験とFC・ACの関係
予想通り、随伴経験得点とFC得点間の正の相関を 見いだした。FCは、自分の意志に基づいて自由奔放 に振る舞う傾向を反映している。他者に関わる折に、
他者から良い反応が返されると他者は期待通りに応じ てくれるという期待が発生し、自由に積極的に他者に 関わるようになる。それ故、FC傾向が生じやすくな るのである。同じように、非随伴経験得点については、
FC得点と負の相関が予想されるが、男女ともに大き な相関値は得られていない。したがって、FC傾向の 規定因は随伴経験量であり、非随伴経験量は寄与して いないことが示されたのである。
一方、他者との関わりにおいて非随伴経験を多く経 験すると、相手が期待通りに反応しないことを予期し て、周りの思惑を配慮するようになり、AC傾向が増 すと予想された。すなわち、非随伴経験得点とAC得 点との間に正の相関を予想し、男女ともにこの予想通 りになった。これとは逆に、随伴経験得点とAC得点 とは負の相関が予想できるが、大きな値ではなかった。
上述したFC傾向と対照的に、AC傾向の規定因として は、随伴経験量よりも非随伴経験量なのである。具体 的にいえば、随伴経験の多い者であっても、他者の期 待に添うように行動する傾向の強い者もあるというこ とである。すなわち、そこには、随伴経験とAC傾向 の間に介在する要因が想定できるのである。
では、どのような介在要因の可能性が考えられるの であろうか。随伴経験と自尊感情もしくは自己効力感 との関係を検討した先行研究(牧ら, 2003; 豊田, 2006)
は、自分の行動がよい結果につながったという随伴経 r
がり、それが自尊感情につながっていく可能性を示唆 した。ただし、牧ら(2003)は、改訂学習性無力感モ デ ル ( Abramson, Seligman, & Teasdale,1978;
Seligman, Abramson, Semmel, & von Baeyer,1979)を 引用し、非随伴経験の原因を内的かつ安定的な、全般 的要因への帰属によって、無気力感が増すという報告
(Gong-Guy & Hammen,1980; Klein, Fencil-Morse,&
Seligman, 1976; Seligman, Abramson, Semme1, & von Baeyer, 1979)の重要性を指摘している(豊田,2006)。 この指摘からすれば、随伴経験があっても、その原因 を自分の努力や能力に帰属しないと、自尊感情はあが らないし、随伴経験によって生じた喜びをうまく今後 の活動に生かしていかなければ、自尊感情が高まるこ とはないということになる。同じように、随伴経験と AC傾向の間にも原因帰属要因が介在している可能性 が考えられる。すなわち、随伴経験があっても、その 原因を自分の努力や能力に帰属しないと、自尊感情は あがらないので、そのために自由奔放に振る舞うより も相手の期待に添うような行動をとることは考えられ る。
4.3.自尊感情とFC・ACの関係
自尊感情とFC得点の間に正の相関、AC傾向との間 に負の相関を予想したが、後者の予想のみが実証され た。つまり、自尊感情が高いと、AC傾向は低くなり、
自尊感情が低いと、AC傾向が高くなるというもので ある。豊田(2006)では、随伴経験の量が自尊感情の 高さに関連していることを明らかにしたが、自尊感情 とAC傾向と関連性を新たに示したのである。しかし、
自尊感情とFC得点との間には正の相関は見いだせな かった。この結果は、FC傾向の高い者が必ずしも自 尊感情が高い傾向にあることを示していない。例えば、
自尊感情が低くても、他者に自由奔放に振る舞う者が あり、そこには自尊感情の低さを補償する行動の反映 であるのかもしれない。したがって、先に述べた随伴 経験とACの間に介在する要因と同じく、自尊感情と FC傾向の間に介在する要因を検討することも今後の 課題である。自尊感情とFC傾向の間に相関が大きく ないことは、自尊感情の高低、FC傾向の高低によっ て4つの群が区分でき、それぞれの特徴を明らかにで きる。この特徴を分析することによって上記課題であ る介在要因が明らかになるかもしれない。
4.4.性差
本研究の目的ではないが、自尊感情得点に関わって 性差が認められた。自尊感情と非随伴経験との間では、
男子が無相関であるのに、女子では高い負の相関が得 られ、自尊感情とAC間においても、男子よりも女子 において強い負の相関が見られる。また、自尊感情と A得点の間においても男子よりも女子において強い正 の相関が認められる。すべて自尊感情との関わりにお
る処理過程が男子と女子において異なる可能性を示唆 している。性差についてはその規定要因を特定するこ とが難しいが、性差を見いだす場合は少なくない
(Toyota, Morita, & Taks∨ic´, 2007)。学校教育におい て男児と女児への対応の仕方の違いは議論されるが、
本研究のデータは自尊感情という視点で男児と女児へ の対応を配慮する必要性を示唆しているといえよう。
(付記)本研究のデータ入力に関しては、奈良教育大 学学校教育教員養成課程心理学専攻3回生の原佳菜子 さん、牧田理紗さん、吉川真依さん、吉田真由美さん に協力を得た。記して、感謝の意を表します。なお、
本論文の主要な結果を著者の指導の下に、上記学生が 2009年度奈良教育大学大学祭(輝甍祭)において発表 した。
引用文献
Abramson, L.Y., Seligman, M.E.P., & Teasdale, J.D.
1978 Learned helplessness in humans : critique and reformulation. Journal of Abnormal Psychology, 87, 49-74.
Gong-Guy, E., & Hammen, C. 1980 Causal perception of stressful events in depressed and non- depressed outpatients. Journal of Abnormal Psychology,
89, 662-669.
Klein, D.C., Fencil-Morse, E., & Seligman, M.E.P. 1976 Learned helplessness, depression, and
the attribution of failure. Journal of Personality and Social Psychology, 33, 508-516.
牧 郁子・関口由香・山田幸恵・根建金男 2003 主 観的随伴経験が中学生の無気力感に及ぼす影響, 教育心理学研究, 51, 298-307.
坂野雄二・東條光彦 1993 セルフ・エフィカシー尺 度 上里一郎監修 心理アセスメントハンドブッ ク 西村書店 pp. 478-489.
杉田峰康 1990 医師・ナースのための臨床交流分 析入門 医歯薬出版
豊田弘司 2006 大学生の自尊感情と自己効力感に及 ぼす随伴・非随伴経験の効果 奈良教育大学教育 実践総合センター研究紀要, 15, 7-10.
豊田弘司(編著)2009 改訂版 教育心理学入門−心 理学による教育方法の充実− 小林出版
Toyota, H., Morita, T., & Taks∨ic´, V. 2007 Development of a Japanese version of the Emotional Skills and Competence Questionnaire Perceptual and Motor Skills, 105, 469-476.
Seligman, M. E. P., Abramson, L.Y., Semme1, A., & von Baeyer, C. 1979 Depressive attributional
style. Journal of Abnormal Psychology,
88, 242-
247.
山本真理子・松井 豊・山成由起子 1982 認知され た自己の諸側面の構造 教育心理学研究,