奈良教育大学学術リポジトリNEAR
高等学校における自己指導能力を高める指導プログ ラムに関する研究
著者 香美 美穂
雑誌名 奈良教育大学教職大学院研究紀要「学校教育実践研
究」
巻 7
ページ 1‑9
発行年 2015‑03‑31
その他のタイトル A study on instructional lesson program for improving senior high school students'
self‑directed abilit
URL http://hdl.handle.net/10105/9963
指導プログラムに関する研究
香美美穂
奈良教育大学大学院教育学研究科教職開発専攻
A Study on Instructional Lesson Program
for Improving Senior High School Students’ Self-directed Ability Miho Kagami
School of Professional Development in Education, Nara University of Education
<あらまし> 高等学校において、生きることにつまずき、迷い、自信をなくす生徒が少な からず見られる。そのような生徒に対し、
SFA
(Solution Focused Approach
;解決志向アプ ローチ)を取り入れた、自己指導能力を高める指導プログラムを構築し、実践した。A
校で は問題行動に対する特別な指導の一部として実施した個別指導、B
校では学級全体に対する 特別活動を中心に指導プログラムを実践した。その結果、実践を通して、生徒に自分自身を 見つめ、自己理解しようとし、自分が抱える問題や悩みを解決し、自己実現を目指そうとす る意欲が見られるようになった。生徒指導の目標である「自己指導能力の育成」に必要なの は、生徒の考えや思いをゆっくり引き出し言葉にすることで可能になる、教師による生徒理 解であった。そしてその過程で得られたのは、生徒が前進しようとする意欲や態度のみなら ず、教師自身の生徒指導に対する態度と意識の変革であった。<キーワード> 自己指導能力
SFA
(解決志向アプローチ)PAC
(個人別態度構造)分析 特別指導1. 問題と目的
筆者がかつて勤務していた
A
高等学校では、自分 の複雑な気持ちをうまく整理できず、反社会的行為 や非社会的行為につながる生徒が見られた。いわゆ る生徒指導上の対応を迫られるケースが多く見られ た。毎日の生活の中で、生きることにつまずき、迷 い、立ち止まる生徒が少なくなく、「過去にとらわれ 自分に自信が持てない」、「将来の進路に意義を見出 せない」、「自己肯定感が低い」、「自己有用感が乏し い」などの傾向が見られる。これらの要因のひとつに、青年期によく見られ る発達の危機があるように思われる。生徒指導提要
(
2010
)によると、青年期には「自分がどのような 存在で、どのようなことができるのかという迷いの 中で、よりどころが見いだせず不安定な状態」にあることが多く、このような状態を「青年期危機」と 呼んでいる。このような「危機」状態から脱するに は、より一層、機能的かつ機動的な生徒指導が必要 であり、特にその状態から問題行動につながらない よう、未然に防止する取り組みが必要であるように 思われる。つまり、よりよい自分の将来に向かって 生きる力となる「自己指導能力」(坂本
1990
)の育 成を支援する具体的な取り組みをより強化すること が求められる。坂本(
1990
)は自己指導能力について、「自己指 導能力とは、その時、その場で、どのような行動が 適切であるか、自分で判断し、決定して実行する能 力」と定義づけている。さらに坂本(
1990
)は、「自己指導能力は、個人 が自分自身で、自分をある一定の目標とする方向に導いていくことであり、そのために、自分に対する 方向付け、統制、指導が必要である。そして、その 助成のため、自発性、自律性、自主性の促進が課題 となる。児童生徒自身が自主的に自己指導を進めて いくためには、追究しつつある目標を明確化できる ようになることが必要であり、その目標との関係で、
到達の方法を自主的に発見する能力を育てることも 自己指導能力の育成に欠くことができない。」と述 べている。
筆者が勤務していた
A
高校においては、生徒の問 題行動が多く、問題を起こした生徒に対する、いわ ゆる「特別指導」に、教員が多くの時間を割かれる という現実がある。奈良県高等学校生徒指導ガイドライン(
2011
)に は、問題行動を起こした生徒には「自らの行動を反 省し、よりよい充実した学校生活を送るためにはど うすればよいかを考え、それを実行するよう指導す ることが大切である。」と述べられ、さらに、「通常 の教育活動の中では、十分に指導の効果が期待でき ないと考えられる場合には、日々の教育活動とは異 なる特別指導を実施することがある。」と、特別指導 の必要性が述べられている。しかし実際には、これまで多くの生徒の特別指 導を実施してきて、やり切れない思いを感じてきた。
同じ生徒が再び特別指導を受けることになったり、
提出した決意文の内容を実現するよう努力せず、指 導の甲斐なく、再び問題行動を起こしたりする生徒 もいる。指導に対して一定の反省の様子、今後の学 校生活に対する前向きな意欲、確固たる意志が文面 に綴られていても、こういった問題行動の繰り返し が見られることもあり、度重なる特別指導を受けな がらも、結局高校生活の中に目的意識を見いだすこ とができないまま、学校を去る生徒も見られる。
このようなとき筆者は、生徒自身が自己指導能力 を高めていくには、どのような指導が必要であるか を模索していたところ、
SFA
(Solution Focused Approach
解決志向アプローチ)とPAC
分析(
Personal Attitude Construct Analysis
)に出会っ た。そこで本研究では、特別指導プログラムにそれ らの方法を導入し、その効果等について検討するこ とを目的として、本研究を展開していきたい。2. 方法
個別指導が必要な生徒に対して、高等学校現場で 実施されている、いわゆる「特別指導」に
SFA
及びPAC
分析を導入し、特別指導のあり方、及びその効 果等について検討する。3. 安全指導モデルとしての SFA の導入と代表 的な4つの技法
SFA
とはSolution Focused Approach
の略称で ある。BFTC
(Brief Family Therapy Center, M.
Erickson
により1978
年に設立)で研究され、ド・シェイザー、インスー・キム・バーグを中心に開発 された心理療法のひとつである。(森・黒沢
2002
) 後にSFA
は、ブリーフセラピーの基本原理に基づ き、原因ではなく解決に焦点を当てて、治療的にか かわるというよりも、支援者とともに解決策を構築 していくという点において「解決志向アプローチ」と呼ばれ、教育分野への導入が行われてきている。
(池島・藤田
2012
など)3. 1. ミラクルクエスチョン
黒沢(
2012
)は、ミラクルクエスチョンの具体的 方法として、次のような提示を紹介している。「今晩、いつものように眠りについて、そして夜、
眠っている間に奇跡が起きます。それは抱えている 問題や悩みが解決するという奇跡です。でも、あな たは眠っているので奇跡が起きたことに気付きませ ん。明日の朝、目が覚めたら最初にどんなことから 奇跡が起きたと気付きますか。今と違うどんな行動 をしているでしょう。他には誰が奇跡が起きたこと に気付きますか。他の人はどんなことに気付きます か。次に気付くのはどんなことですか。」
以上の内容を、各生徒の様子や状態から適宜言い 方をアレンジし、生徒に考えさせた。
「問題とその解決を探る」ことを目的とした質問 である。「奇跡」という言葉を使うことで、生徒は自 分が抱える問題が解決された状態の自分を想像しや すくなる。今までの自分と、解決像との差異を考え ることで、解決に向けて今から行えることや、取り 組むべきことを具体的に考えることができる。抽象 的で一般的な表現や話では理解が難しい生徒にとっ ても、取り組みやすい。
また、自分には問題がないと思っている生徒や、
何が問題なのかはっきりわかっていない生徒にとっ ては、ミラクルクエスチョンによって、逆に「問題」
を明らかにすることも可能である。自分の不安定で 混沌とした状態を整理し、改善すべきことが見えて くれば、解決法を探る方向へ導くことが可能になる。
生徒自身の「気付き」に導いていくことができる有 効な技法である。
3. 2. スケーリングクエスチョン
解決志向ブリーフセラピーの技法で、「『目標を明 確化』する最も使いやすく広範囲に利用できる質問 である。」(黒沢
2012
)黒沢(
2012
)によると、スケーリングクエスチョ香美 美穂
ンの具体的方法として、次の3点をあげている。
1、「1から
10
の間で、10
がもっとも望んでいる状 態、1が想定できる最悪の状態だとしたら、今 はいくつですか。」2、「どうやってその数にまでなったのですか。(そ の点数分は何ですか。)
いくつになったら、良いと思いますか。それ はどのような状態ですか。」
3、「今より1上がっているとき、どのような状態で 何が起きていますか。」
以上の内容を、各生徒の様子や状態から適宜言い 方をアレンジし、生徒に考えさるのである。
表現力が乏しく、自分の気持ちや抽象的なものや 状態を表すのが苦手な生徒にとって、数字は自分の 状態を表現する便利なツールである。また数字を使 うことで、継続して状態を観察し、変化を追跡する ことが可能になる。
一連の質問をする中で、自分がすでに持っている 強み、つまりリソースの発見や、目標の明確化が可 能になる。「1上がっている状態」をたずねるスモー ルステップにより、解決に向かうより具体的で実行 可能な取り組みを考えることができる。自信がない ゆえに向上心をなくしている生徒にも取り組ませや すい、解決法を探るのに有効な技法である。
3. 3. タイムマシンクエスチョン
タイムマシンクエスチョンの具体的な方法は次の ようなものである。(森・黒沢
2002
)「タイムマシンに乗って、○年後の未来の自分を 見に行ったとしたら、どんな格好をして、どこで誰 と何をしているでしょうか。『こうなっているべき』
(べき論)や『こうなっていたらいいのに』(希望・
願望)ではなくて、ありありと映像を見ているよう に話してください。」
以上の内容を、各生徒の様子や状態から適宜言い 方をアレンジし、生徒に考えさせるのである。
さらにアレンジして、テレビに○年後の自分が 映っているという設定で、未来像を描かせる方法も ある。この質問に続けて、「未来の自分が現在の自分 を見に来て、何か一言伝えてくれるとしたら、それ はどんな言葉でしょうか。」という「逆タイムマシン クエスチョン」(黒沢
2012
)も有効であろう。タイムマシンクエスチョンは、問題の有無に関わ らず使える方法であり、日本の学校場面での実践か ら開発された質問である。(黒沢
2012
)解決像や未 来像を描くのに、有効な質問であると言える。また、何年後かの未来の自分の姿をありありとイ メージさせることで、解決像や未来像から、今何を していけるか、何をすべきかに気付くことができる。
一見子供じみた質問のように思えるが、「タイムマ
シン」という表現が逆に生徒の意表を突き、興味を 持って考えさせることができる。漠然と将来につい て考えさせるのではなく、具体的なイメージを持た せるという点は大変意義深く、有効である。
3. 4. 問題の外在化
この技法では、自分の抱える問題にニックネー ムをつけ擬人化する。その問題、「そいつ」(黒沢
2012
)の生態観察や被害調査を調べ、対処法を一 緒に探っていく。外在化カード「SoItUCa
」(半田2012
)(Appendix 1
)が実践には非常に役立つ。問題を本人から切り離し、外に取り出し、一種擬 人化して取り扱うことにより、その問題を客観的に 見、問題への対処法を発見できる。問題への対処法 を具体的に考えるのに有効な方法である。教師が生 徒とともに解決法を探っていくことで、生徒の悩み や問題を考える時間を共有し、生徒自らの気付きを 援助できる方法である。
4. PAC(個人別態度構造)分析の導入とその意義 4. 1. PAC(個人別態度構造)分析とは
PAC
分析とはPersonal Attitude Construct Analysis
(個人別態度構造分析)の略称であり、内 藤(2002
)が個人ごとに態度構造を測定するために 創造・開発した研究法である。①当該テーマに関す る自由連想(アクセス)、②連想項目間の類似度評 定、③類似度距離行列によるクラスター分析、④被 験者によるクラスター構造の解釈やイメージの報告、⑤実験者による総合的解釈といった要領で実施する。
PAC
(個人別態度構造)分析は、1対1の面談の 中で、生徒個人の内面の態度構造を分析し、それを 明らかにしながら生徒自身の自己理解を促すのに有 効な方法として教育現場に取り入れられ始めている。(菱田
2013
)与えられた一つのテーマに対して自由 連想からイメージでまとめていく方法だが、その面 談の中では、生徒自身が自分の内面を深く知り、生 徒自身にとっても自己理解を促す貴重な機会となる。テーマ次第で生徒の心を傷つけたり、つらい過 去を思い起こさせる可能性も十分にあるため、内藤
(
2013
)がワークショップで指摘したように、本研 究ではプラスのイメージをもとにして、「気持ちが 満たされている時」をテーマにした。このテーマか ら、当該生徒が何を大切にしているか、どんな生活 をしているか、どんなことに満足を感じているかを 探ろうと考えた。SFA
を使った面談を挟んで、生徒 に変化が見られるか、またそれはどのような変化か を知るために、指導期間の最初と最後の2回、PAC
分析を実施した。4. 2. PAC(個人別態度構造)分析導入の意義 坂本(
1982
)が述べるように、自己指導能力の発 達には、「自己の現状についての自己理解を深める ことが大切」であり、また「自己理解を深めるため には自分の長所とともに、短所や弱点などをありの ままに受け入れるという『自己受容』の態度の育成 が必要である」と言われている。しかし、生徒の現実を見てみると、自己の受容以 前の問題として、自分の長所や短所、弱点などを理 解できていない生徒が少なくない。自分が一体何者 であるのか、アイデンティティーを探し求め続けて いる生徒も多い。
今回の
PAC
分析では、与えられたテーマに関連 する連想項目を、生徒自身がイメージでまとめ、教 師が生徒とともに総合的な解釈をするように試み る。特別指導にPAC
分析を導入することで、生徒が 今の自分を見つめる時間を持ち、その時間を教師が 共有し、教師は生徒の自己理解を支援することがで きる。1つのテーマから様々な連想が派生し、それ らから生徒の生活や考え方を知ることが可能である。PAC
分析は、ゆったりと面談をする中で、生徒自身 が自分を見つめ、新しい発見や、問題解決につなが る自分の長所や強み、また問題につながる自分の欠 点や弱みを知ることができる、有効な分析法である と思われる。5. 実践研究 5. 1. 対象生徒
生徒
D
(A
高等学校 ○年生)5. 2. プログラム導入の手続き
筆者が生徒
D
と一対一の個別面談を、生徒指導室 で行った。ただし、当該生徒とは面識がなく、初め てかかわる生徒であった。行うにあたり、当該生徒 に次の5点を伝え、了承を得た。①筆者が生徒本人を支援するために特別指導に加わ ること
②より効果的な特別指導の在り方を検討するために 協力を得たいこと
③本人の不利益になると思われることは公表しない こと
④面談の中で出て来た話や生徒本人の思い、分析の 結果などは、今後の指導のために担任の先生に報告 すること
⑤言いたくないことは無理に言わなくてもよいこと 5. 3. 生徒Dに対する特別指導プログラムの大まか な流れ
学級担任や学年主任と連携を図り、生徒の状態や 課題の状況などを考慮しながら、生徒の特別指導期
間中に筆者がプログラムを検討し、導入した。
A
高 校では、当該生徒の学級担任が中心となり、特別指 導を進める。その間、学年主任、生徒指導部長によ る面談も実施されることになっている。筆者はその特別指導と並行して、
PAC
分析とSFA
を導入した面談を実施した。PAC
分析は自己 理解を促し、自分がすでに持つリソースや強みを見 いだすことを目的に実施した。また、指導の最初と 最後に実施し、指導前後の分析結果を生徒とともに 見ることで、生徒自身の気持ちの変化を読み取り、特別指導の持つ意味と今後の生活に向かう姿勢を確 認するために使うことができた。
SFA
に関しては、主な技法の中で、目標の明確化 のために「スケーリングクエスチョン」、自分が抱え る問題や悩みを認識し、それに対する解決法を探る ために「ミラクルクエスチョン」、そして問題が解決 したときを想像し、解決像や自分の未来像を描くた めに「タイムマシンクエスチョン」を導入した。Table
1に、筆者がかかわった特別指導の主な流 れを示す。Table1 生徒Dへの特別指導プログラムの おおまかなながれ(特別指導期間10日間)
6. 結果と考察
6. 1. 生徒 D に対する PAC 分析1回目と2回目の 結果
本研究において4人の生徒に、
PAC
分析を実施で きた。結果の分析は、内藤(2002
)の方法にした がって検討した。PAC
分析の流れを次に述べる。刺激語、つまりテーマを生徒に与える。ネガティ ブなテーマを与えないよう配慮し、前向きな回答を 導くために「気持ちが満たされている時」を与えた。
そのテーマから自由連想をし、生徒は連想するも のを「連想項目記入カード」(
Appendix 2
)に記 入する。次にカードを重要である順番に、生徒が並香美 美穂
べ替える。次に1つ1つのカードの類似程度を数字 で表し、教師が「連想項目間の類似度距離行列記入 シート」(
Appendix 3
)に記入する。この重要度と項目間の距離をクラスター分析に かけると、生徒自身が表した項目がデンドログラム
(樹形図)上でまとまりを見せる。その1つ1つのま とまりをクラスターと呼び、どうしてそれらの項目 が1つのまとまりとなり表れているのかを生徒に聞 きながら、当該生徒が何を大切にしているか、どん な生活をしているか、どんなことに満足を感じてい るかを探る。
この展開の中で、生徒は自己理解を深めることが でき、教師は生徒の生活や考え、感情などを理解す ることができると考え、導入した。
実際に結果として出たデンドログラムを使って面 談をし、話の内容をどんどん書き込んでいった。生 徒の話をゆっくり引き出しながら、その言葉をなる べくそのまま、且つ、整理しながら書き込んだ。生 徒はこれを一緒に見ながら、いろんな話をしていっ た。
Fig.1 生徒DのPAC分析1回目デンドログラム
Fig.2 生徒DのPAC分析2回目デンドログラム
※ の部分には、生徒Dが好きなバンド名が書か れている。本人の特定を避けるため、この場では記載しな かった。
Fig.1
に生徒D
のPAC
分析1回目のデンドログラ ムを示す。各デンドログラム左側数字(例えば2),5)など)は、各項目の重要度を表す。項目中の表現 は、生徒が発したことばそのものを表記した。項目 右側の斜字体太字は、項目のまとまり(クラスター)
に対する命名(例えば「気持ちの行き来」)である。
生徒に質問しながら、生徒のことばを最大限生かし た命名である。
生徒
D
は、1回目のPAC
分析では10
項目、2回 目では8項目を得ることができた。1回目の
PAC
分析(Fig.1
)から、クラスター①で 3つの項目を「自分の言いたいことが相手に伝わっ たとき」、「音楽聴いてるとき」、「好きなスポーツを しているとき」という、一見共通点のないような項 目が、「気持ちの行き来」というイメージでくくら れることがわかった。生徒の内面を大きく占めるの が「気持ちを伝える」ということであることがわか り、同時に、現在そのスポーツに携われていないこ とで気持ちが満たされていないこともわかった。6. 2. 生徒Dに対するPAC分析の考察
PAC
分析のデンドログラムを見ながら、SFA
で 面談を展開し、生徒のリソースを引き出しながら解 決に焦点を当てていった。途中、家庭での問題や友 人関係における悩み、自分の思いがうまく伝わらな いといったコミュニケーションに関しての悩みなど、さまざまな話が出てきた。一つ一つを前向きに取り 組み、筆者はそれを支援した。
面談では今までのいろんな人とのかかわりや、今 自分の周りにいる人たちと自分のかかわりを中心に 話を展開した。中学時代の運動部での経験がこの生 徒にとっての礎となっていることがよくわかった。
高校に入って、安定した自分の居場所がなく、自分 の力を発揮できない状況で、迷いと悩みで飽和状態 であり、苦しさ、不安を抱える生徒の気持ちを理解 できた。いきいきしていた中学の頃の自分をもう一 度取り戻したいと願う生徒と、そのためにできるこ とを、時間をかけてゆっくり話した。
その後、2回目の
PAC
分析(Fig.2
)で、クラス ター①では「話を聞いてもらっているとき」「自分 の言いたいことが伝わった時」の項目が「話を聞い てもらってうれしかった」という命名が行われ、こ の上なくストレートな表現のまとまりとして表され た。またクラスター②では「ひとりでは生きていけ ないんだなあ」と命名し、人とのつながりを深く考 えたことがうかがえる。高校に入学してから、気持 ちを通わせることができる部活動もなく、居場所を 見つけられないまま孤独を感じ、この閉塞感から何 とか抜け出したいといった気持ちがうかがえた。PAC
分析の面談への導入は、筆者による分析だけ に意義があるのではなく、当該生徒自身による自己 理解に大きな意義があるように思われた。A
高校の生徒で、特に問題行動を起こす生徒は、自分のこと を自分の言葉で表現するのが得意ではない者が多い。
テーマを与え、
PAC
分析の上記の手順で話を聞き出 していくと、深く自分を見つめることになる。今ま での自分の生活や価値観を、振り返る機会を持てる ことになる。PAC
分析は生徒が自己理解を深めるの に大変役に立つと確信できた。また、教師として面談で話すべき内容を決めるの にも役立った。学校では見えない家での様子や、生 徒の価値観など深い側面についても探ることが可能 である。1つテーマを与えるが、それに付随してい ろんな事柄に話を展開させることも可能であったし、
すべてが生徒自身のことがらであるから、次の段階 の
SFA
を使っての面談で必要になって来るリソー ス探しや、生徒が抱える様々な問題やつまずきにつ いて知ることも可能であった。6. 3. 特別指導にSFAを導入した面談の結果と考察 特別指導の期間中に、
SFA
を1~2時間導入し、4人に対して実施できた。実施した面談について、
生徒
D
による感想をまとめ、Table
2に示す。Table2 面談に対する生徒Dの感想 質問項目 生徒Dの感想 ミラクルクエス
チョンについて
想像できた。悩みがなくなったらこ んなに楽なんだなと思った。
タイムマシンクエ スチョンについて
想像しにくかった。将来の自分が仕 事をしていて、ちゃんとした大人に なっているんだろうなと思った。
スケーリングクエ
スチョンについて 10のうち、今5なので、6に上げよ うと思った。
面談を通して印象 に残っていること
先生(筆者)がノートにメモして話 を聞いてくれるところ。
今後心がけていき たいこと
自分がやりたいことをみつける。
全力+考える 有言実行
その他、感じたこ と
話を聞いてもらえてすごくうれし かったし、楽になった。
一緒に考えてくださった答えをもと に、これから全力で頑張る。
1年後、また話がしたい。
以下4点について、考察を行う。
①「ミラクルクエスチョン」について
問いかける内容が子どもっぽく、しらけてしまう のではないかと思ったが、逆にその点が意外にも生 徒には興味深かったようで、ほとんどの生徒はしっ かりと想像できていた。質問に対してもしっかり考 えて答えていたし、その中から自ら問題と解決法を 見いだす生徒もいた。
生徒
C
に対して、「奇跡が起こり…」ではなく、「願 いが叶って…」と間違った表現をして想像させたこ とがあった。すると、その生徒が思い描いたのは、欲 しいもの、物欲がすべて叶った場面を想像していた ので、そのあと、話の展開をすることができなかっ た。これは筆者の意義のある失敗だった。「問題が解 決」を「願いが叶う」と表現を変えるだけで、子ど もの視点は「こころ」から「もの」へと変わること がわかった。この生徒には次の日、改めて「問題が解決されて
…」と質問をし直したが、すると回答の焦点は「こ ころ」へと移った。ただ、最後のアンケートの回答 から本人の理解、解決までは至らなかったことが読 み取れた。この生徒に関しては抱えている問題が深 く、はっきりと自分が苦しい状況、その原因をとら えきれていないのではないかと考えられる。
②「タイムマシンクエスチョン」について
問いかける内容が、これも子どもっぽいと思った が、具体的で想像しやすく、生徒はしっかり取り組 んだ。ポイントは「~だったらいいなあ」のような 願いではなく、あたかも将来の自分を画面で見るか のように述べさせるところが大事であった。そこに は願いやかくあるべきといった義務的な感情ではな く、「~している」という予想であることで具体的な 自分の将来像を浮かべることができる。その時点か らフィードバックして、「では、今から始められるこ とを考えよう」と、次への具体的な一歩をどう踏み 出すかを共に考えていくことができる、有効な方法 であったと考えられた。
③「スケーリングクエスチョン」について
今の数よりも1上がった状態を尋ねることによ り、スモールステップで良くなっている状態や、今 との差異を考えながら、目標を明確化することがで きた。
注意すべきことは、満点
10
に満たない部分が何 であるかに注目しないことである。不足分に注目し てしまうと、リソースを見いだすことが困難である し、話の展開がネガティブになってしまう。これで は逆に自己有用感や自尊感情を低めてしまうことに なる。黒沢(
2012
)は、「上がるためにはどうしたらい いかという方法論を、いきなり尋ねてはいけない」と述べている。1上がった状態と今の状態の差異を 考えさせることから、自らそうなる方法を考えてい きたいという気持ちを引き出すよう、じっくり時間 をかけていくことに意義があることがわかった。
今回の実践で、筆者は1度失敗した。まず1上 がった状態を考えさせ、次に今との差異を考えさせ
香美 美穂
ずに、いきなり「今より1上げるためには、今何がで きる?」と方法論をともに考えようとしてしまった。
すると、話の展開がすぐに終わってしまった。生徒 が、常識的なわかり切った答えを出して終わってし まった。そこには生徒自身による気付きが薄いと感 じられた。あくまでも生徒自身が考え、答えを求め ていく姿勢を引き出すことがこの技法の特徴であり、
意義なのであると、改めて理解できた失敗であった。
④「問題の外在化」について
問題にニックネームをつけるところから始まる が、イメージを持つのが困難な生徒が多く、イメー ジ化を簡単にさせるためにイラストを使った。生徒 がよく知るイラストだったのもあり、キャッチーな 方法で有効であった。
外在化カード「
SoItUCa
」(半田2012
)は20
枚 の質問で構成されたもので、ランダムに置いたカー ドを引いて、その質問に答えていくというものであ る。特別指導にカードを使う活動を取り入れること 自体、今までにないことだった。特別指導という厳 格な空気感を崩すのではないかと危惧しながら実施 したが、生徒の思考が活発になっていくという、む しろプラスの効果を筆者は感じた。生徒からの発言 を効果的に引き出すのに有効な技法であった。6. 4. 特別指導の在り方に関する若干の考察 -生 徒Dとの面談から得られたもの-
筆者自身がそれまでに行ってきた特別指導の内容 と、本研究で特別指導に導入した内容で、筆者自身 が持つ意識や態度の変化をまとめたものを、
Table
3に示す。Table3 特別指導における筆者の意識・態度の 変化
このような筆者自身が感じる変化のあった特別指 導により、生徒
D
について、どのような変化や反応 が見られたか、既出のPAC
分析とSFA
を使った面 談内容をもとに考察する。生徒
D
との面談で印象的なのは、アンケートの回 答にあったように、生徒の話を筆者がノートに書き ながら話を聞いていたことに興味を持っていたとい うことである。面談中、生徒が言った言葉を書き留 め、まとめたりつながりを見いだすために、そのメモをいっしょに見ながら話を進めた。ことばにした ことがすべてつながっていくこと、それらがすべて 自分のことばであり、自分自身のことであることを 理解できた。生徒の自己理解が進んだ瞬間を、筆者 と共有できたように思われる。
またアンケートの最後の自由感想文で書かれて あった「1年後、また話がしたい。」という言葉には、
この後の生徒の成長していく姿がうかがえた。筆者 が面談の最後に「来年度、学校に戻ってくるから ね。」と最後に言った言葉に対する返事だった。これ まで「生徒に思いを伝えられない」、「生徒と気持ち を通わせることができない」と悩んできた筆者だっ たが、希望の光が見えたように思えた。
6. 5. まとめと今後の課題
本研究を通して、筆者自身の生徒指導に対する意 識が大きく変わったのを強く感じる。生徒指導は子 どもの成長を促進することが目的であり、そのため には生徒理解が不可欠であるということを痛感した。
筆者自身の反省として、今まで問題事象を起こした 生徒に対し、事象に対する反省を求め、説教に終始 していた特別指導をしてきたように思う。自分から 出す一方的なベクトルばかりを考えてきたことに 気付いた。「どうすれば生徒に思いを伝えられるか」
「どうして生徒は理解してくれないのか」「生徒とコ ミュニケーションがうまくとれない」と悩んできた が、今回の特別指導の実践を通して、「生徒の話を しっかり聴く」ことからさらに「生徒から言葉や話 を引き出してあげる」ことの大切さを痛感した。
自分の思いや感情をことばにできない、またはそ こに困難を感じている生徒が非常に多い。今回の特 別指導の実践で、教師が生徒からうまくことばを引 き出して、自らの気付きに導いてあげることが可能 であり、生徒の自己指導能力を高めるために不可欠 であることを確認することができた。
また生徒を理解しようとする課程で、筆者は新し い人間観を持つに至った。生徒の誰もが「青年期危 機」に陥る可能性があり、多くの生徒が問題に戸惑 い、つまずき、立ち止まっている。そんな生徒に必 要な支援とは、問題の原因を追及し取り除くことよ り、今あるリソースに着目し、解決に向かって、生 徒自身が考え、気づき、一歩一歩踏み出せる力、つ まり自己指導能力を育む支援である。1対1で向き 合い、生徒自身による自己理解の中でリソースを探 し、人生に夢や希望を持って向かう支援ができる事 は、「特別指導」の持つ大切な意義の1つであると言 えるだろう。
坂本(
1982
)が述べるような自己指導能力を育 成するために、PAC
分析では、主に「自己理解を深 め」、SFA
では「現在及び将来の自己実現を目指す」スモールステップにより、「達成する目標を明確に」
することができるように思われる。自己指導能力育 成に必要な要素を多く含む今回の試みは、生徒自身 の自発性、自主性を大切にしながら、限られた時間 を1対1でじっくり指導できる、有効な方法ではな いかと考える。
本研究を行うに当たり、
SFA
やPAC
分析を知り、実際に指導に導入した。新しい知識やスキルを教育 に導入することで得られるのは、より良い教育だけ でなく、教師自身の今までの教師生活の振り返り、
そして生徒に対する態度と意識の変革であると、身 をもって理解できた。
自己指導能力は、どの生徒にとっても必要な力で ある。今後は個人に対してのみならず、学級全体で の取り組み、そして学校全体で生徒の自己指導能力 を高める支援に取り組む体制を築いていきたいと考 える。
謝辞本研究にあたり奈良教育大学教職大学院の池島徳 大先生をはじめ先生方には丁寧なご指導をいただい たことに心より感謝申し上げます。また、実践研究 に対し、ご理解ご協力を賜りました前勤務校、現勤 務校の校長先生始め諸先生方に、心より御礼申し上 げます。
引用・参考文献
半田一郎
2012
「カードを引いて答えて、ソリュー ション~ソリューション・カード」 ワークシ ートでブリーフセラピー 学校ですぐ使える解 決志向&外在化の発想と技法 ほんの森出版pp.68-73
菱田準子・八幡睦実
2013
サポートグループ・アプ ローチの事例研究 -いじめ発生後の回復過程 におけるPAC
分析を用いた中学生の態度構造-ピア・サポート研究
10, 1-10
池島徳大・藤田優里香
2012
ソリューション・フォーカスト・アプローチによる知的障害をと もなう自閉症生徒への心理教育的支援 奈良教 育大学教育実践開発研究センター研究紀要 第
21
号pp.221-226
KIDS
カウンセリング・システム研究会夏期研修(
2013
年8月3~4日 東京都中野サンプラ ザ)黒沢幸子編著
2012
ワークシートでブリーフセラ ピー 学校ですぐ使える解決志向&外在化の発 想と技法 ほんの森出版文部科学省
2010
生徒指導提要森俊夫、黒沢幸子
2002
解決思考ブリーフセラピー ほんの森出版森俊夫
2001 “
問題行動の意味”
にこだわるより“
解 決志向”
でいこう ほんの森出版森俊夫・黒沢幸子
2002
森・黒沢のワークショップ で学ぶ解決志向ブリーフセラピー ほんの森出 版内藤哲夫
2002 PAC
分析実施法入門〔改訂版〕「個」を科学する新技法への招待 ナカニシヤ出版 奈良県高等学校生徒指導ガイドライン
2011
~子供の規範意識の向上をめざして~奈良県教育委員 会
坂本昇一
1978
生徒指導の理論と方法 文教書院 坂本昇一1990
生徒指導の機能と方法 文教書院 坂本昇一1982
自己指導を育てる生徒理解 文教書院
香美 美穂
<Appendix 1> SoitUCaカード
<Appendix 2> PAC分析 連想項目記入カード
<Appendix 3> 連想項目間類似度距離行列 記入シート
半田一郎 2012「カードを引いて答えて、ソリューショ ン~ソリューション・カード」より一部を転載