写真1 大学一般競技者へコーチング
ロンドンオリンピックの息吹
〜地元オリンピックを控えた競技者強化の中に飛び込んで〜
スポーツ科学部准教授 山 崎 一 彦
2008年9月より2009年9月までの一年間、本学の 在外研究制度を利用し、イギリス・ラフバラ大学
(Loughborough University)スポーツ運動健康科学 部の客員研究員として滞在した。
研究先のラフバラ大学は、首都ロンドンから車で 約2時間の地方都市であり、古くから大学教育制度 を確立しているイギリスとしては、創立100年と歴 史が浅く新興大学に位置される。しかしながら、大 学評価もレベル5(最高レベル)、大学全体のリサー チレベルも全国で有数(10番程度)であり、スポー ツに関しては、競技レベル、リサーチレベルは最高 峰である。特に陸上競技においては、数々の世界記 録保持者やオリンピック金メダリストを輩出してき た名門校である。
イギリススポーツの没落と大学
実は上記の主な活躍は、1980年代から1990年前半 であった。それ以後はイギリススポーツ全体の成績 低迷が顕著であり、脱却できる政策を見いだせない でいた。
そんな中で、政府主導で動き出したUK Sportと いう強化に特化した機関が設立された。ロンドンオ リンピック開催決定も後押し、大学側のプロモー ションが巧みでもあったことから、オリンピック強 化拠点としての認定を受けた。2003年、UK Sport の 補 助 金 に よ り、大 学 内 に 競 技 者 サ ポ ー ト 施 設
(EIS)と、室内陸上競技場としてのHiPAC(High Performance Centre)を建設した。日本では特定の大 学に政府主導の団体が施設を建設することはまずな いだろう。
ソフト面では、イギリス陸連(UKA)の拠点オ フィスもこの施設内に設置され、大学コーチングス タッフとUKAのプロフェッショナルコーチおよび
マネージメントやディレクターなどが同部屋に混在 して常駐していた。
このようにハードとソフトを充実させることによ り、国家財産をより効率的に使用できていた。また、
大学としてもより優れた施設が増設されることで、
大学のステータスおよび学生入学者の質の向上につ ながった。さらに、在校生および卒業生の一流競技 者が使用するだけでなく、多くの優秀な競技者がラ フバラ大学を拠点としてトレーニングを行うことに なり、より高い宣伝効果を得られていた。
私はこの施設内に机を構えさせてもらうだけでな く、在外研究で創造ができる研究室での活動とは異 なり、学内外、国内外での陸上競技を中心とした実 践活動の場として時間を使った。
1)ヨーロッパ競技者へのコーチング
競技パフォーマンス系の研究には欠かせないもの がある。それは言わずと知れた実践である。
実践(コーチング)を実行するにあたり、10年来 交友関係のあるラフバラ大学陸上競技部コーチン グ・ディレクター(監督)であるN.Dakinと共にコー チングを展開した。彼は、オリンピックおよび世界 選手権において、400!、400!ハードルで複数の入 海外レポート
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写真2 代表クラス競技者にコーチングする 賞者を輩出している名コーチである。私自身も世界 選手権のファイナリストであり、現在は日本代表の コーチをしている関係もあり、選手や周りからス ムースに受け入れられたことは幸いであった。
私は、主にハードル技術および走技術の基礎的な コーチングを担当した。エリート選手が、スキッピ ングやバウンディングおよびリズムジャンプなど、
日本では基本動作としているものが全く出来なかっ たことに驚いた。しかし、よくよく考えてみると、
陸上競技の原理とは、「より速く、より高く、より 遠くへ」である。日本は、学校教育からスポーツが 発展しているため、「基本動作」なるものを持続的 および継続的に教える傾向にある。これらは一人歩 きすることもあり、基本は出来るが応用が利かない。
陸上競技の世界では、いわゆる基本は出来ているが 遅い、いい動きに見えるが進まない。などという現 象が起こる。これらに注意しながら、イギリス人や ヨーロッパ人には、基本的かつ実践に結びつきそう な動作をコーチングすることを心がけた。英語で感 覚を伝えることは非常に難しかったが、デモンスト レーションとだんだん慣れてくるコミュニケーショ ンで意思疎通を図った。全ての競技者に理解をさせ たとは言いがたかったが、何人かの競技者には伝 わったことで、かなり動きが滑らかになったことと、
ハードル技術では劣る競技者も上達した。その中に は、男子400mハードルにおいて昨年の記録(51秒 71)から49秒62まで記録を伸ばし、参加目標であっ ただけのU−23ヨーロッパ選手権で優勝した競技者
が出たという驚きもあった。これにより日本の指導 方法も世界に通用するということがわかった。
1年間を終えて
本在外研究では、ロンドンオリンピックへ向けて イギリスの陸上競技の強化拠点であるラフバラ大学 で、UKAプロフェッショナルコーチ、事務スタッ フや拠点マネージャーと大学でコーチを本業とする 指導者という現場の最前線で働く方たちと同じ空間 にいられたことで多くのことを学んだ。実際にコー チングを任されて積極的に行動できた。
また、シーズンオフの鍛錬期には、アメリカ・カ リフォルニア州に1ヶ月ほどトレーニングキャンプ に帯同した。シーズン中は、ヨーロッパ各地へ選手 と一緒に転戦し、更には、イギリス以外の選手のコー チングをする機会も持つことが出来た。これらは、
日本にいるとなかなか出来ないことであり、非常に 有意義な時間を過ごすことが出来た。現役時代は、
数ヶ月間の海外居住をした経験を持っていたものの、
一つの場所に定住しスポーツ文化と生活との関連か らの視点で物事を思考できたことは、私にとって考 え方を変えさせられる部分を得ることが出来た。
私自身は、いささか、いや、少しでも定かでない ことに対して「思う」、「考える」、「可能性がある」
という言葉を使ってしまうという典型的な日本人気 質だ。ある時、選手に「カズの言っていることは、
全て正しいんだから。私はやってみるよ」といって くれた。信頼関係とともに、私の背中を押してくれ た感慨深い一言となった。
ヨーロッパやアメリカの組織はかなり早いスピー ドで動いており、それに伴った組織の考え方が日本 と大きく異なっていること。更には日本の組織の盤 石が揺らいでいることで、今後の陸上界の危機感を 持ったこと。などの問題点も自身の中で浮上してき た。更には、日本にみる中央集権的な大学教育でも なく、地方大学が大学自らの特徴を活かしながら独 立していく姿勢がみられ、我が大学のあるべき姿を 見ることができた。
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