クロロニトロベンゼン類のDMF中における電極反 応
著者 新居 敏男
雑誌名 奈良教育大学教育工学センター研究報告
巻 1
ページ 27‑36
発行年 1978‑03‑25
その他のタイトル Electrochemical Studies of Chloronitrobenzenes in Dimethylformamide.
URL http://hdl.handle.net/10105/4696
新居敏男(化学教室)
Electrochemical Studies of Chloronitrobenzenes in Dimethylformamide.
Toshio Arai (Department of Chemistry)
Abstract
In order to elucidate the mechanism of the electrode reaction, the electrolytic behavior of chloronitrobenzenes has been studied in dimethyltormamide by po】aro‑
graphy and cyclic voltammetry. The nature and generated under controlled potential electrolysis spectroscopy.
The initial reduction of chloronitrobenzenes is a which gives the corresponding anion radical. The however, decreases in the order : dichloro, 2,3,5‑
stability of the free radicals has been investigated by ESR
reversible one‑electron process stability of the anion radicals,
and 2,4,5‑ trichloro‑) 2,4,6‑
trichloro‑) 2,3,4,5‑tetrachloro‑)) pentachloro‑nitrobenzene. The first reduction wave of pentachloronitrobenzene shows the overall two electron process with an ECE process.
Key words : electrochemistry cholonitrobenzenes.
I.研究の目的
ニトロベンゼンおよびモノクロロニトロベンゼンのジメチルホルムアミド(DMF)中にお けるポーラログラフ的挙動や,定電位電解により生成するア二オンラジカルの電子スピン共鳴 吸収 ESR)スペクトルによる観測については,多くの報告がみられ(1ト(7)これら化合物は 次式のように,還元により,まずア二オンラジカルを生成し,さらに負電位で3電子還元によ
十e + 3t+4r
りクロロフエ二ルヒドロキシルアミンを生成することが知られている0
このようなアニオンラジカルへの1電子還元は DMF中では可逆であり,その系の半波電 位 eh)は,その分子の最低空分子軌道(LUMO)の準位と何らかの相関があると考えられ る。この関係については,クロロベンゼン類のポーラログラフ的還元電位とLUMOとの関係 が検討され(8)また,ニトロベンゼンなどのモノ置換ベンゼン誘導体について,非経験的(ab initio)分子軌道計算を行ない,これら化合物の立体配座,安定性,また,電荷分布なども報告
されている(9)。
本研究では,ジ,トリ,テトラおよびペンタ‑クロロニトロベンゼンのDMF中における挙 動を,ポーラログラフィー,サイクリックボルタムメトリー(CV)および定電位電解により 生成するアニオンラジカルのESRによる観測などから,ベンゼン環の置換塩素数や置換位置 のこれら化合物のE射こおよぼす効果や,そのEI4で生成するアニオンラジカルの安定性に対 する影響を検討し,電極反応機構を明らかにしようと試みた。
さらに,クロロニトロベンゼン類について,非経験的分子軌道計算を行ない,これら化合物 のE%や,置換塩素位置との関係についても検言寸中であるO
Ⅱ.実 験 法
ポーラログラフは柳本製105型を用いた。 CVは,作用電極としてグラッシーカーボン(G C)電極と,水銀吊り下げ電極(HMDE)を用い,対極は白金線,参照電極は飽和カロメル電 極(SCE)を用いた。電位走査は日厚計測製Function Generator NFG‑IUとPotentio Galvanostat DPSG‑1を用い,電流電位曲線はⅩ‑Yレコーダー,またはシンクロスコープ で記録した ESRは日本電子製JES‑PE‑3X の空洞共振器内へ細い電解槽を挿入し,定電 位電解により生成するフリーラジカルを直接観測した。
試薬は,クロロニトロベンゼン類は市販品をアルコールで再結晶して用い,支持塩は, 0.1M 過塩素酸テトラエチルアンモニウム,溶媒はスペクトロゾルのDMFを用いた。測定は,室温
で行なった。
Ⅲ.結果と考察
測定したクロロニトロベンゼン類のポーラログラフイ‑によるDMF中でのE%と,そのE ガよりやや負電位における定電位電解により生成するアニオンラジカルの窒素の結合定数An)
を Table I に示した。
この表から,ベンゼン環への塩素の置換数が増加するとともに, E宛は正方向に移行し,ま た, aNは小さく在ることがわかるO
モノクロロ置換体(Nos. 2,3,4)のEIiの比較から, Eケ自主m‑<p‑<0‑の順に負に 移行し,還元されにくくなる。これはオルト位に塩素が置換されると,立体障害により,ニト
ロ基とベンゼン環が同一平面上に存在できなくなるため, 7T電子の共役が減少する結果,ベン ゼン環のプロトンの電子密度が減少し,ニトロ基の窒素の電子密度が増大するので, Eガは,
より負の値となり,またaNは増大する。
このオルト効果の例として,ペンタクロロニトロベンゼン(No.16)は,結晶解析の結果,
Table 1. The first half‑wave reduction potential (Ei/i) of chloronitrobenzenes
and the coupling constant (aサ) of their anion radicals
No. Substituents
1 H
o‑Chloro
3 m̲ ..
p‑
2, 3‑Dichloro 2,4‑
2,5‑
2,6‑ 〃 3,4‑ 〃 10 3,5‑ 〃 11 2, 3, 5‑Trichloro 12 2,4,5‑
13 2,4,6‑ 〃
E,,
V vs. SCE
aN
‑1.09 9.79C
‑1.06" 9.40
‑0.93‑ 8.75C<
‑0.99‑ 9.22
‑ 0.98 8.33
‑ 0.99 8.40
‑0.94 8.ll
‑1.15" 14.50"
‑0.89 8.31
‑0.86 7.85
‑0.87* 7.25
‑0.87 7.42
‑1.05 9.85 142,3,4,5‑Tetrachloro‑0.83*6.74*
152,3,5,6‑‑1.01 16Pentachloro‑0.89
a)TheKi/zva】uesweretakenfromref.1).
b)TheEi/jvaluesweretakenfromref.2).
c)TheEi/2valuesweretakenfromref.3).
TheEi/2'sofNo.llandNo.14werecalculatedfromcyclic voltammogramsofNo.14andNo.15,respectively.
ニトロ基はベンゼンの平面に対して620の角度をなしていることが報告されいるいる(1α。
モノクロロ置換体におけるこの順位は,そのまま,ジ,トリ,およびテトラクロロ置換体の それぞれのグループ内のE労とaNの順位を予想することができる。つまり,m一位の塩素が 多く,0‑位の塩素の少ない分子が還元されやすく,また,aNも少さくなるというルールに より合理的にE%とaNの順位を説明できる。
次に,それぞれの化合物の還元機構についてのべる。
ニトロベンゼン(No.1)
GC電極を用いたニトロベンゼン(No.1)のCVによるボルタモグラムをFig.1に示す。還 元による第1波は,1電子還元で,アニオンラジカ)i,の生成に対応し,その還元波高Upc)と, 再酸化波iipa)の波高はほぼ等しく,また,還元のピーク電位(Epと再酸化波のそれ(V^
V*‑*pa)
との差は,約70mVで可逆波と考えられる。第2波は,3電子還元で,プロトン付加によりフ ェニルヒドロキシルアミンを生成する‑2Vから正方向に走査させると,‑0.88Vに,新し
い再酸化波を与え,この波は折り返して負方向に走査させると,対応する再還元波がみられる。
この一組の再酸化還元波は,ニトロソベンゼンのそれとよく一致するので,還元されて生成し たフェ二ルヒドロキシルアミンは,正方向への走査によりニトロソベンゼンを経て酸化される ことが明らかとなった。
モノクロロニトロベンゼン(Nos,2,3,4)や,ジクロロニトロベンゼンのうち,ニトロ基
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Fig.l ‑,一一一一Cyclic voltammogram of 1.0 mM nitrobenzene in DMF
containing 0.1 M TEAP.
Electrode : Glassy carbon
に対して0‑位に塩素をもたない3,4‑ (No.9)および3,5‑ (No.10)ジクロロ置換体は, CVに よりニトロベンゼンと同様な挙動を示し,塩素の置換位置によりEl/2が異なるのみである。
しかし,ジクロロニトロベンゼンのうち,ニトロ基に対して0‑位に塩素をもつ2,3‑ (No.5), 2,4‑ (No.6)および2,5‑ (No.7)ジクロロ置換体は,まず第1波で安定なアニオニンラジカル
を生成するが,より負の波は, 2段に分かれ,全体で3段波となる。また, ‑2Vまで走査し て還元を停止させた後,逆に正方向へ+1.08Vまで走査させると,塩素イオンの酸化に対応す る再酸化波が現われる。したがって,還元の第2波か第3波の電位で,塩素の脱離が起ると考 えられるが,この点についての詳細は今後検討したい。
2,4,6‑トリクロロニトロベンゼン(No.13)
2,4,6‑トリグロロ置換体はDMF中でFig.2のような4段波を示す。
第1波は図に示したように) Ipc≒ipaおよび」jpc ljpa≒70mVで,まず還元によりアニオ ンラジカルを生成する。つづいて,図の点線に示したように, ‑1.57Vで還元を停止させ,正 方向に走査させると, ‑0.99Vに再酸化波を示す。この第2波は,非可逆で,図に示した2,
4‑ジクロロニトロベンゼン(No.6)の還元の第1波と一致する。したがって,次式のように,
Fig.2 ‑‑‑I‑ Cyclic voltammogram of 1.0 mM 2,4,6‑trichloronitrobenzene in DMF containing 0.1 M TEAP.
Cyclic voltammogram of 2, 4‑dichloronitrobenzene.
Electrode : Glassy carbon
No.13の第2波での還元生成物は速かに塩素が脱離し,溶媒から水素をひきぬいて, N0.6のアこ オンラジカルとなることがわかる。
せ‑骨‑醐二骨, a‑
また, Fig.2のトリク甘口置換体の第3波および第4波は, 2, 4‑ジクロロ置換体の第2 波および第3波に,ほぼ一致することからも,上記の機構が推定できる。
さらに, No.13の第1波の電位における定電位電解により生成するアニオンラジカルのESR スペクトルを Fig.3 に示した。
31
5 gauss
t一一1→
Fig.3 ESR spectrum of 2,4,6‑trichloronitrobenzene anion radical in DMF.
9本の吸収スペクトルが観測されるので,アニオンラジカルの不対電子とニトロ基の窒素お よびm一位の2個の水素との相互作用によることが明らかで,第1波は,アニオンラジカルの 生成であることが確認される。
しかし,このラジカルは,あまり安定では射)ため, 9本の吸収の間に,多数の吸収がみら れ,生成したラジカルが徐々に分解するのではないかと思われる。
そこで,水20%を含むDMF中で,同様な方法でNoユ3のアニオンラジカルを観測し, Fig.4 に示した。含水DMF中では,塩素の脱離は困難なため,アニオンラジカルが安定となり,ま た,溶媒効果でaNの値は9.85から18.01へ増大し, Fig,3と比べて明瞭なスペクトルが得られ
る。
5gauss くI‑→
Fig.4 ESR spectrum of 2,4,6‑trichloronitrobenzene anion radical in 20 volume % water ‑DMF mixture.
2,3,5,6‑テトラクロロニトロベンゼン(No.15
テトラクロロ置換体は, Fig.5に示したように, Noユ3と同様な還元挙動を示し,第1波でア 二オンラジカルを生成し,第2波で生成するジアニオンの0‑位の塩素が脱離して, 2,3,5‑
トリクロロニトロベンゼン(No.ll)のアニオンラジカルとなる。
しかし,第1波と第2波のEpc の差はあまり大きくなく,第1波で生成するアニオンラジカ
ルは不安定なため,第1波の電位で,定電位電解を行なっても,生成するアニオンラジカルは,
Fig.6に示すように, No.15のアニオンラジカルではなく, 0‑位の塩素が脱離したNo.llのそれ
と考えられる12本の吸収を示す。
Fig.5 ‑‑‑ Cyclic voltammogram of 1.0 mM 2,3,5,6‑tetrachloronitrobenzene in DMF containing 0.1 M TEAP.
Electrode : Glassy carbon
このように, Noユ5のアニオンラジカルは, No.13のトリクロロ置換体のそれよりも,さらに不 安定となり,定電位電解により,塩素の脱離が起ると考えられる。
そこで,水20%を含むDMF中で同様に定電位電解を行なうと, Fig.7に示すような, 6本 の吸収スペクトルが得られ,このアニオンラジカルは,不対電子とニトロ基の窒素およびp一 位の水素との相互作用のみによるものと考えられ,塩素の脱雛はみられない。このように, 20
5gauss
く 〉
Fig.6 ESR spectrum of 2,3,5,6‑tetrachloronitrobenzene anion radical in DMF.
33
5 gaUSS
く‑ 〉
Fig.7 ESR spectrum of 2,3,5,6‑tetrachloronitrobenzen anion radical in 20 volume % water‑DMF mixture.
%含水DMF中では, No.15のアニオンラジカルも安定に存在することがわかる。
ペンタクロロニトロベンゼン(NoJ6)
ペンタクロロ置換体の還元波は, Fig.8のように,第1波の波高は高くなり,そのIpcは,ジ クロロ置換体などの第1波のそれとの比較から, 2電子還元に対応することがわかる ‑1.2 Vで折り返して正方向に走査すると, ‑0.8Vに再酸化波を与え,また図にみられるように, この酸化波に対応する再還元波も現われる, ‑0.16Vの再酸化波は,水銀電極による塩素イオ ンの酸化波で,還元により,塩素が脱離したことも明らかである。
Fig.8 ‑, ‥‥‥ Cyclic voltammogram of 1.0 mM pentachloronitrobenzene
in DMF containing 0.1 M TEAP.
Electrode : HMDE
さらに, ‑1.2Vでの定電位電解により生成するアニオンラジカルのESRスペクトルは, 6本の吸収を示し, 0‑位の塩素が脱離したNoユ4のアニオンラジカルと推定される。また, 20
%含水DMF中においても, No.16のアニオンラジカルに対応するスペクトルは得られず,した がって,ペンタクロロ置換体は,還元によりアニオンラジカルを生成するが,そのラジカルは 極めて不安定なため,直ちに分解して次式のように還元されると考えられる。
‑ ‑‑x0‑‑‑
すなわち,アニオンラジカルは分解して塩素イオンを脱離して2,3,4,5‑テトラクロ ロニトロベンゼン(No.14)の中性ラジカルとなり,このラジカルは溶媒から水素をひきぬいて No.14となるD このNo.14は,もとのNo.16よりも還元されやすいため,この電位でさらに1電子還
元をうけて, Noユ4のアニオンラジカルを生成する。
したがって,全体として2電子1段波のECE機構で還元されることが明らかとなった。
Ⅳ.総 括
クロロニトロベンゼン矧まDMF中で還元されて,それぞれのアニオンラジカルを生成する ことが, CVおよびESRスペクトルにより明らかにされた。
しかし,塩素がニトロ基に対して,両オルト位に置換されると,トリ,テトラおよびペンタ と,置換塩素数が増加するとともに,それらのア二オンラジカルの安定性が減少し,ペンタグ ロロニトロベンゼンは,還元により生成するアニオンラジカルは速かに塩素イオンが脱離し, さらにその電位で還元されて, 2電子1段波のECE機構で還元されることを示している。
Ⅴ.今後の課題
この報告では,クロロニトロベンゼン類の電極反応の初期過程を明らかにしたが,これら化 合物の還元波は2‑4段波を与えるので,後続反応についても検討する必要がある。
また,還元により生成するアニオンラジカルを安定化させる試みとして, 20%含水DMFを 用いたが,さらに,電極反応に使用可能が容媒を選択することが重要であろう。
Ⅵ.文 献
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