平成 二十八年度 学位請求論文
「江戸川乱歩研究―一九二〇年代作品の文学 的変遷と
乱歩の東京体験を視座として ― 」
日本大学大学院芸術学研究科
博士後期課程芸術専攻
髙野 和彰
目次
序章 ・・・・・・・・・・・・・・・
1
第一章本格探偵小説の創造―表層構造としての「二面性」―・・・・・・・・・・・・・・・
5
第一節『二銭銅貨』―日本式暗号の創造―・・・・・・・・・・・・・・・
5
第二節『D坂の殺人事件』―名探偵・明智小五郎の創造―・・・・・・・・・・・・・・・
17
第三節『心理試験』―日本探偵小説における倒叙形式の創造―・・・・・・・・・・・・・・・
25
第二章本格派から変格派へ―乱歩探偵小説における「文学性」の表出―・・・・・・・・・・・・・・・
35
第一節『屋根裏の散歩者』―肥大化する犯罪への欲求―・・・・・・・・・・・・・・・
35
第二節『人間椅子』―倒叙形式が生む解釈の両義性―・・・・・・・・・・・・・・・
46
第三節『パノラマ島奇談』―探偵小説的描写と文学的表現の統合―・・・・・・・・・・・・・・・
58
第四節『陰獣』―文学としての完成と作者の死―・・・・・・・・・・・・・・・
68
第三章「探偵小説芸術論争」から読み解く乱歩文学―沈黙する乱歩―・・・・・・・・・・・・・・・
83
第一節甲賀の主張と木々の反論―探偵的要素か芸術か―・・・・・・・・・・・・・・・
84
第二節論争の間に―有識者の見解―・・・・・・・・・・・・・・・
91
第三節木々の理想と甲賀の作家姿勢宣言―文学か娯楽か―・・・・・・・・・・・・・・・
96
第四節結びに代えて―「探偵小説芸術論争」から導く視座―・・・・・・・・・・・・・・・
99
第四章都市文学としての探偵小説・・・・・・・・・・・・・・・
102
第一節探偵とは―存在としての探偵・行為としての探偵―・・・・・・・・・・・・・・・
103
第二節都市生活者と探偵―見る者と見られる者―・・・・・・・・・・・・・・・
109
第三節異常心理と孤独―時代の象徴―・・・・・・・・・・・・・・・
114
第四節都市化が生む背景・・・・・・・・・・・・・・・
122
第五節乱歩のまなざしが映す様々な都市空間・・・・・・・・・・・・・・・
126
終章・・・・・・・・・・・・・・・
145
主要参考文献一覧・・・・・・・・・・・・・・・
147
凡例
一、本論文における引用文には、現在では使用されない字体や表現が存在するが、著者に敬意を表し原文の儘とした。
一、本論文では、引用文・図版共に各章ごとに註番号を割り当て、各章末に註一覧を記した。
一、本論文では、各作品や書籍・媒体は『』で、論文等は「」で括った。
一、本論文執筆のために参考とした主要文献は、別途一覧とした。
序章 これま
で の先行研究の多くは作品に付随
す る 解説や 解 題、批評等が多くを
占め て いる。先端研究と
し て も単一 の作品論
やトリッ
クの側面からの考察
と いった探偵小説
....
とし ての 研究
......
がその多く
を 占め ている
。 探 偵 小説 という 枠組 に囚われない
多角的な
アプロー
チが行われ
る よう に なったのは主に一九九〇年代から
で ある。そのよ
うな 現 状からも乱歩文学の研究にはアプロ
ーチの仕方によって は未だ 充 分な 余地がある
と 考えられ
る。
日本探偵小説の父
とし て
、 多くの業績を
残した江戸
川 乱歩(一八九四~一九六五)がこの世を
去っ てから五
十 年以上に
なる。今日に至るま
で
、多くの研究者や
識者が 乱歩について
の研究・考察を
進め て き た ことは周知の通 りで あ る
。 生 誕 百 二 十 年 に 当 た る 二
〇一 四年
、 及 び 没 後 五十年とな
る二〇一
五年と いう 節目を 迎 え
、 乱歩文学
を 再評 価 す る動き が 先端研究の分
野 で も活発となって
い る。
また、各種
媒 体で 特集が組まれる等、乱歩研究の熱が
再 び高まっ
ている
。 また
、一 例と して 日 本 国 内 の博 士 論 文 に 目を 向けて み ると
、 乱 歩を 研 究 題材と し た も の は 二 件
、 探 偵 小 説を 題 材に したもの
でも九件
と極 少数に 留ま っ ている
。 範 例 と して 挙げ るな らば
、没 後 百年を 迎え る 夏 目 漱 石(
一 八 六
七~一九一六)を
研究題材と
し たものは七二件、関
連 し たもの を 含めれば一一四件にもの
ぼる。こ
の事実から
も 先端研究の場において
、今日ま
で 如何に探偵小説、ひ
い て は大衆文学
の研究というものに目が向
けられてこな
か ったのかが分かる。
以上のよ
うな現状から、本研究はこれま
で の 江戸川 乱 歩論 を踏ま え
、乱歩の作品を探偵小説
と いうジャンルか ら分析
・考察す
る と 同 時に、
〈 文学
〉と し て 捉え考察す
る ことで
、 乱歩の探偵小説と
は如何な
る〈文学
〉 で あっ た のか 考察す る こと を 第 一 の 目 的 とす る。
しかし、
一口に江戸川乱歩の
文学を 論 じる と言っ て も、
それは極め
て 困 難 で あ る。
そもそも乱歩の文学と
いう も の は
、 「 本 格 的 探 偵 小 説
」 、 「
エ
ロ ・
グ
ロ ・
ナ ン セ ン ス 小 説
」 、
「児童文学
」 といった執筆時期や
作 品形態によって
ま っ たく 変わった
評価 を受 けている
という特
徴がある
。確か に、
処女作 で ある
『二銭銅貨』
(一九二三)
から
『パノ ラ マ島奇談』
( 一九二六~一九二七)
や『 陰獣』
( 一九二八)
といった初期作品
群に属す
るものは探偵小説と
し て の 要 素を 兼 ね 備え た 作 品で あ る と 言 え る
。 対 して
『蜘 蛛 男
』
(一九二九~一九三〇)
や『 黒蜥 蜴
』(
一九三四)
等に代 表 さ れる 中期の 通 俗 作 品群 は、直接的
な エロテ ィシズム 描写 や グ ロ テ ス ク 描写 が 目 立 ち 始 め
、 探 偵 小 説 的 な 描 写 に陰りが表れて
くる。現在で
は「少年探偵団シ
リーズ
」 と 呼ばれ る中 期から後
期にかけて
発 表され た 作品 群は
、 エロ・グロ
な 嗜好 や残虐 な 描 写 は極力 抑 えられ て いる。
また、少年と
その友人
を主人公とし、その成長を間接
的 なテ ーマ とし ており、
「 児 童 文 学」
或いは
「 冒 険 小説」
と も呼べ る 物語 となって
い る
。こ のよう に、乱歩の文学
は 時期によっ
て 作品の傾向が大き
く変化し
て お り、探偵小 説の 一言 で言い表
せないほ
ど多様性に満
ちている
。 また、乱歩文学を文字通り〈文学
〉 と し て 捉 え、一 九 一〇 年から二〇
年 代 当 時の 都市の 反 映 と
、乱歩の
私的都 市体験を
複合的に考察す
る ことで
、〈都市文学
〉と し て の 側面から乱歩文学及び探偵小説という
ジ ャン ルを考察す ると い う
、 論 者 の 視座 の確 立を 第二 の 目 的と す る
。
そのよ うな乱歩文学から、
〈文学〉
と し て の探偵小説を 考え るうえで
、その全
てを一度に考察す
ること は 困 難 を 極める。従っ
て、本研究
で は乱歩の探偵小説への興
味 と 創作熱意が最も表れ、かつ自己の内面と
の葛藤 を 作品 の 端々か ら 感じ させ る一 九二
〇年 代 の作品 群にまず
焦点を 絞った。
そのうえで
、処女作
で ある
『二銭銅貨』
(一九二 三)
を 始 めに、
初 期の代表作と
される
『 D坂の殺
人事件』
(一九二五)
、『
心理 試験』
( 一 九二五)
、『屋根裏の散歩者』
(一九二五)
、『
人間 椅子』
(一 九 二五)
、『パノラ
マ島奇談』
(一九二六)
、『
陰獣』
( 一九二八)
の 七作品を
取り上げた。
さらに、
日本探偵小説史にお
け る論争の一つ
で あ る「 探 偵小説芸術論争」に注目し、これ
ま で 触 れられ る こと が 少なかった「探偵小説
芸術論争」と
乱歩の姿勢を
改めて 対比し、こ
の 論争におけ
る 問題点と
乱歩の姿勢がもた
ら した探偵小説界
へ の影響を
考察したうえで
、 論者 の視 座
を今日のミステリ小説というジャン
ルの問題点へ繋げ
る ことを 第 三 の目的 とす る。
本論 を進める
前に
、 本 研究に お ける〈
文 学〉
とは如何 なるもの
を示す の か。この点
を明確に定める必要があ
る だろう。
〈文学〉
の定義 や 解釈は多
種多様の様相
を呈して おり、所謂純文学と呼ばれるものに限定
す る 場合もあれ ば、
大衆 文学ま で 視野 を広げ
〈文学〉
と す る 場 合もある
。 現在ま で の日本近代文学
の 研究は、概ね純文学と呼ば
れ る も の が 主流 であ っ た こ と は 周 知の 通り であ ろう。大衆 文学 ま で 含めた文
芸作品全般を積極的に研究対象とす
る よう にな っ た のは近 年 にな って か ら で あ り、
未だ 十分 に 研究の 余 地がある
と言える
。そのよ
うな背景
を踏ま え
、 本研究 で は乱歩の探偵小説が〈文学〉
で ある こと の考察 を 試 みる。
そ のためにも、
多種 多様な解釈が存在す
る〈文 学〉の定義について
、 まず行う必要がある。
④、芸術体系の
一様式 で
、言語 を 媒 材 にしたもの
。 詩歌・小説・戯曲・随筆・評論
など
、作者の、
そし て
、 これら三つの目的
を通し て
、論者の研究者と して の基本 的 な立場を確立す
る ことを本研究におけ
る 最 も重要な
目的 とす る。
文学 の定義に関し
て
、 日本国語大辞典(日本大辞典刊 行会 一九七五
小学館)
には次 の よう に記されて
い る。
ぶん
- がく【文学】
〔名〕
①、学 芸
。学 問。また、学
問をす る こと
。
主と して 想 像 力によって
構 築し た虚 構の世界を 通して 作 者自身の思想・感情などを
表 現し、人 間の感情や
情 緒 に訴え る 芸術作品。文
芸。
1
また、広辞苑第六版(岩波書店)によれば文学と
は次 のよ うに定義されている。
ぶん
- がく【文学】
①、学問・
学 芸
。 詩文に関
する 学術。
②、言 語 によって
人間 の外界 お よび 内界を 表現す る 芸術作品。詩歌・小説・物
語・戯曲・評
論・随 筆など か ら 成 る。文 芸
。
2
では
、探 偵 小 説 は 文 学 である と い う 根拠 を ど こに 求め るのか。文学は、古くは神話
や 伝説といったものま
で 遡 ることができ
る。これを
「 文学 の始原」
と 仮 に呼ぶこと に す る
。 神話 や伝説の
中には、謎解
きの 要素によ
っ て 人 間の知性
を刺激 す るもの や
、人間の
恐怖 を煽る と いった もの が数多く存在する。
それぞ れ こ の よう に 定 義されて
い る。
こ の定 義を 元 に
、 も う 少 し 踏み 込 ん だ 形 で論 者 に とっ ての
〈 文 学〉
と い う 概念 を考え て みたい。
「 言 語によっ
て 人 間の外界およ
び内 界を 表現す る芸術作品
」 と あ るが
、言 語によってと
い う こと は即ち
、 人間の持つ「言語表現技能」と
考え るこ と が出来る
。また、
「人間の外界およ
び内 界」
という点は、
生き る人間 の 内面と そ の人間を
取り巻 く 世界と 考えら れ る。こ の 内面は、人間
の心と いう 不 可解な も の で あり
、 外界 は宇 宙ま で を 含めた、や
は り不可解な
も の で あると 捉えられる。即ち
、古来 より人間が理性
で 解き明か
そう と 模 索を続けてき
た一種 の 人間の真実と
言えないだろ
う か。こ の よう に考え、本研究におけ
る〈文学
〉 を次 の よ
うに定 義 した い。
文学と は言 語 表現 の技能を
もって
、 人間の真実を深 この
よ う に
、 探 偵 小説 とい うジ ャ ン ル が成 立 する 以前 から、極
端に言えば、文学が誕生した時
か ら、後に探偵 小説的要素
と 考えられる要素が
文学作品には潜在し
て い たと 言 っ て 過言で はな いだろ う
。近 代文学 が 成熟 して ゆ く過程で
、こ れら探偵小説的要素もまた、
成 長し てき た。
こ の 点 を 最 も 如 実 に 示 し た 文 学 者 が
、 英 国 の チ ャ ー ル
ズ・ディケンズ(Charles John Huffam Dickens 1812~1870
)と 米国 のエド ガ ー
・ アラ ン
・ ポオ
(
EdgarAllan Poe 1809~1849
)の二 人 である。二人は、文学が 潜 在 的に持っ
ていた探
偵小説的
要素に 着目し、作品構造 に取り入れた
という点
で一致し
ている。即
ち
、ディケン ズ が 一 八 四 一 年 に 発 表 し た
『 バ ー ナ ビ ー
・ ラ ッ ジ
』 (Barnaby Rudge) 、及びポ
オが同年に発表した『モルグ 街の 殺人』
The Murders in the Rue Morgue (
)で あ る
。
く、美しく、面白く追
求した芸術作品で
ある
この事 実 からデ ィ ケ ンズ と ポ オ の そ れ ぞ れ を 探 偵 小説の 元祖 とする説がある。ここで
、 論者はポ
オを探偵小説
の 元祖とす
る立場 を 取り、本研究を行うことを
予め明言
し ておく
。 これらの
ことから、論者の
立場から言うと、探偵小説 的要 素の存在
しな い小説と
いう も のは有 り得な い
。ま た
、 外界
・内界を
問わ ず、人間
探求の要
素が存在しない
探 偵 小説 というものも有り得ないの
で あ る。このよ
う な立 場 に 立 ち、乱歩の
一 九二〇 年 代の代表作
を 分析・考察して ゆく。
しかし、海外探偵小説の翻訳
に 精力的に取り組んだ
小 酒 井 不木(一八九〇~一九二九)は「芸術
で ある以上、
取り扱わ
れる内容
は人生で
あるべき
」
3である と い う 条 件 を 述べている。文芸評論家
で ある平林初之輔(一八
九 二~一九三一)
は、
「 一般小説
と の 間に価値の差異や高下 があるもの
で はない」
4といった指摘
をし ている
。
ま た
、 こ れ ま で探 偵 小 説
( 及 び 大 衆 文 学
) と 呼 ば れる ジャン ルは、所謂純文学と
呼ばれ る ジャン ル に比べ ると 低俗 なもの で ある という認識
が 少なからず存在した。
また、日本近代文学史の中で
探 偵小説の位置を再確
認 する 意 味 で、
近代 日 本 文 学 との 対 比 を試 み る
。 本 論 文 で 対比対象と
し たのは、乱歩が多大な影響を受け
た と 指 摘 される谷崎潤一郎
とした。谷崎の作品を適宜取り上げ
乱 歩作品と
対比す る ことで
、 その探偵小説
的要 素及び文
学 性を 対比
・ 精 査 し たい
。 換 言す れ ば
、 若 き 乱 歩がな ぜ 谷
崎の小説に探偵小説のヒントを汲み取り、自らの文学
、 即ち 日 本 創 作 探偵小 説を 確 立 し て い っ た のかを 明 らか に する。この点が、本研究の眼目の
一 つ で もある。
さらに、乱歩の東京体験を
視座 とし て
、 都市文学と
し て の 側面から探偵小説を
捉 え る ことで
、 作品の内的要
因 か ら の考察 に 加え
、外 的要因か
らも考察す
る と いう 視 点 の確立を
目的とす
る。
また、探偵小説は芸術足り得る
という立場から、文
学 的な 探求・描
写 の 追求 を 行 うべきと
主張した木々高太
郎
(一八九七~一九六九)
と、探偵小説に文学性は必要な いという立場に立ち
、 推理やトリッ
クを重視した探偵小 説的 要素 を追求 すべきと主張した甲賀三郎(一八九三~
一九四五)の
両者の主張を主に、乱歩の位相
を交 えたう えで
、今 日 の ミス テリ 小説 へも通 ず る問題点を
考 察す る。
泉堂 書店)二二一頁
就て
―
」(『 平 林 初 之 輔 文 藝 評 論 全 集 下 巻
』 一九七
五年
文
国書刊行会)二四七頁 頁
4、平林初之輔「日本の近代的探偵小説―特に江戸川乱歩氏に 2、 『
広 辞 苑
』 第 六 版
( 一 九 五 五 年 岩波 書店)二五〇七頁
3、小酒井不
木「探偵
小 説管見」
(『 犯罪文学研究』一九九一年
1、『
日本 国語 大辞 典
』 第一七 巻
( 一 九七五年
小学館)
五五四
序章
《 註一覧》
第一 章 本格探 偵 小説の 創 造
―表層構造
と し て の「二面性」―
はじ めに 本章
で は
、乱歩文学の検証
と考察を、作品の内的
要 素 から進め
ていく
。乱 歩 の探 偵 小 説 を 文 学 とし て捉 え考察 す る ことを基本とし
て いるが、本章
で 取 り上げる『二
銭 銅 貨
』 、
『 D 坂 の 殺 人 事 件
』 、
『 心 理 試 験
』 の 三 作 品 は 日 本 探偵小説と
し て 様々な 面で 指標とな
る作品で
もある。
ま た、これら三作品は探偵小説的要素の描
写 に 比重が置か れ て いる と考 えら れる
。その た め
、 本章 では探 偵 小説と して の 側 面か ら の 検 証 と 考 察を 主 た る 目 的と し
、 同 時 に 文学 的 な 側面も存在し
て い ることを併せて
検 証し、次
章 へと 繋 げ るこ と を 第一と す る。
第一 節
『二銭銅貨』―日本式暗号の創造―
はじ めに
『二銭銅貨』
(一九二三)
は暗号 と その解読
を一つの焦 点と して 作 ら れ た 作品で あ る。
暗 号 と そ の解 読と い う プ ロセスを
取り入れ
た作品は乱歩以前
にも例があ
る
。と り わけ
、乱歩自身が陶酔し
て いたと 語 る米国の文学者にし
て詩人のエドガ
ー・ ア ラン
・ポオの遺した
『黄金虫』
(The Gold Bug 1843)
や英 国の 小 説 家 ア ー サ ー・
コナ ン・
ド イル
(Arthur Conan Doyle 1859~1930)
の『踊 る 人形』
(The Adventure of the Dancing Men 1903)
、日 本国 内 で は 谷崎潤一郎(一八八六~一九六五)の『白晝鬼語』
(一九一八)等
が影響 を与えた
という考察が多くの先行 研究において
成されている。
まず、
『 二銭銅貨』
が ど の ような作品な
のかを 改 め て 確 認したい。乱歩の処女作
で ある『二銭銅貨』は雑誌『新 青年』
の 大正十二年四月号に
て 発表された。
こ の 作品は
、 ある紳士泥棒が犯した給料泥棒の事件
か ら始まる。その
『二銭銅貨』論、及び先行作品と
の 影響関係を考察
し た研究と
し て は、
石割透の
「潤一郎
「白晝鬼語」
: 〈虚〉
と〈
実〉
の ア ラベ ス ク
」(
『 日 本 文 学』
四六号
六七~
七 八頁
一九九七)
、 宮永孝の「
エ ドガ ー・ア ラン・ポ
ー と 江戸川乱歩」
(『 社会労働研究』四一(四)四一~五〇頁 法政大 学 一 九 九 五
)、
山 口 政 幸
の「
江 戸 川 乱
歩『
二 銭 銅 貨』論―〈あいつ〉の〈なかま〉
を 必要と し て い たのは だれなの
か―」
(『専修国文』
(九二)一~二七頁
専修 大学日本
語日本文学文化学会
二〇一三)等があり、
最 新の もの とし ては 横井司の「
反 暗号 小説 とし ての
『二銭 銅貨』
」(『 新青 年』
趣味ⅩⅥ
八五~一〇二頁
『新青 年
』 研究会
二〇一五)が挙げられる。これらの先行研究を 踏ま えつつ
、『二銭
銅貨』
が乱歩 文 学の 中 で どのよ う な 意 味を 持って い たのかを
探る。
泥棒が残した
と思われる暗号の隠された二銭
銅貨 を「 私」
が手に入れ、その暗号を
友人の松村武が発見す
る
。松 村 は独自に暗号の解
読を 試み、つい
に紳士泥棒が
盗 みだ し た大金を
手に入れる
こ と に 成功 す る
。その過程を
興奮し なが ら も
「 私
」 に 対 し て打 ち明 ける 松村 である が
、 大金 は全 て玩具の
贋札 であり、松村
が解いた暗号にも、解
読 した文章
を八字飛ばしに読
むと
「御 冗 談
」 と いう文句が 現れるよう
に作られて
いた。その事実に気を
落とす松
村 であ っ た が、
実 は この 暗号 は 紳 士 泥 棒の 件 を 聞 い た「 私」
が用意 した松村への
悪 戯 で あった と いう種明かしが成さ れ幕 を閉 じる
。 乱歩は、
自身の作品の執筆ま
で の 経 緯 を「楽屋噺」
( 一 九二九)に
て 時 系 列に沿っ
て 語 っ て いるが、それによる と、
『 二 銭 銅 貨
』執筆 ま で の 経 緯 は 次の よ う なもの で あっ た。
年 代 順で 行 く と
、 第一 は
「 二 銭 銅 貨
」で 大 正 十一 年十月に書
き
、翌十二年初めの新青
年にのった所謂 処女作 で す。当時
私は、大阪の父親の家に、女房
と 赤ん 坊の 三人 で居 候 をし て いた
。( 中略)もっ
と も、
その後間もなく、
第二十何番目かの職業についたが、
少くも二三ヶ月は。本当に何もしないで
ブラブラし ていた。
その間に、
あ んまり所在がないもの
だから
、 十万円ほしいなあ、たった五万円
で もいい、そうす れば 先ず一万円
で 家を 建 て て 云 云という
ような、虫
この よ う に
、当時 経済的 に 切 迫 し て いた状 況 が、
『 二 銭 銅貨』の
背景にはある。このよ
うな乱歩の状況には、経 済的 困窮から脱したいという願望から生まれる現実逃
避 と妄想 が 顕著に表
れ て いる
。そ し て
、その 逃避 と 妄想は そのまま、
『 二銭銅貨』
の 主人公
「 私」
と そ の友人 で ある 松村武 と いう二人の登場人物へ
と反映されている。
『二銭銅貨』はこ
のよ うな場面から始まる。こ
の冒頭 部には、下
駄 屋の二階に間借りして
いる二人の貧しい
経 済状況が端的に集約されている。
そのうえで
、「私」
と 松 村と い う 二 人 の 人 物 に は
、 作 者 で あ る 乱 歩 の 先 述 し た よ うな願望が投影されている
と 読 み取る こ とが出来る。
ま
のいい 妄 想を 描く片手間
に、小さな
お 膳 だか 机だか の前に座って
(三 十男が 売 れもしない小説を
書いて る な ん か
、実以 て 恥ずかしいことですからね)小さ くな って 書上げ た のが
、「
二 銭 銅 貨
」と
「一 枚 の 切符
」 です。
1
「あの泥棒が
羨ましい」二人のあいだ
に こ ん な言 葉がかわ
され るほど
、 そのころ
は窮迫 し て い た。
場 末の貧弱な下駄屋の二階の、ただひと間しかない六 畳に、一閑張りの破れ机を二つ
ならべて
、松村武
と この私とが、変な空想ばかりたくましくし
て
、ゴロ ゴロし て いたころ
のお話 で ある。
2
た、こ
の 間借りし
ている二人の青年という造形には、次 のよ うな乱歩の体験が大
き く関わっ
ている。
又、同じ古本屋の二階
で
、同好の友達
と(こ の 男 は近頃 阿 武野丸と
いう変名で
、 髷物 探偵小説を
書 き 乱歩と
阿武野丸のこ
の ような体験は、
『 二銭銅貨』
を 執 筆す る三 年 程 前
、 乱歩 の母 方 の 祖母が亡くな
り、その形
見分けとし
て 乱歩の弟が受け
取 った千円を元手に乱歩と 二人の弟の三人
で 開業した古本屋「三人書房」を営んで いた時の
ことである
。しかし、
経営は上手く行かず、
「 近 所のた べ もの 屋に借 金 も き かなく な り、
三日ばかり炒豆 ばかり で 暮ら」
7さねばなら
ぬ ほ ど で あった。こ
のよう な背景からも、
『 二銭銅貨』
の人物に乱歩
と いう作家が重 ね合わされている
ことが読み取れる
と言える。
初め ている)探偵小説の筋
を考え て 話し合ったり、
ま だ 読 ま ない探 偵 小説 を、
一人 が朗読 し て、二人
で その結末を当て
っ こしたり、探偵小説
で 夜が明け
、 探偵小説で
日 が暮れて
い た ような 時代もある。
「二 銭 銅貨」の筋は、実はその当時私が考え出し
て
、その 友達に話し
て 聞かせた所のもの
です。
3
この よ う な背景 も ま た
、『
二銭 銅貨
』の
「 私
」と松村
の 関係性に反映されている。
「 私」
と松村は、
「 場末の下
駄 屋の 二階の 六 畳に
、も う ど うに も こ うに も 動 きが とれな くな って
、窮乏 の ドン 底 に 沈んで
」
4いた。また「二人
の多少知識的
な 青 年が、
ひ と 間 の う ち に 生活し て いれば、
そこ に、頭 の よさ に つ いて の競争が
行な わ れ る の は
、 至 極あたり前の
ことで
」
5あり、
「 夢中に な っ て し ゃ べって いる う ち に、
いつの 間に か 夜 が 明 け てしま う よ う なこと も珍 らしく な かった」
6とあるよ
うに、乱
歩 と 阿 武 野 丸 が日々営ん
で いた生活を
連 想させる。言わば鏡のよ
うな 作品になって
い る
。
次に『二銭
銅貨』
という作
品の 要 で ある 暗号につ
いて
こ のような傾向は一九二〇年代の作品に多く見られ
、 乱歩の探偵小説が完
全 なエン タ ー テ インメントを
意識し たフィク
ショ ンで はないと考える一つの根拠
で あ る と 言 える
。完全 なフ ィ クショ ン とし て、ヒ ー ロ ー である探偵 と悪人 で ある犯人
を造 形 す るの では なく
、あくま
で自身 の興 味 と 体験 を元に作品を構築し
て いる。逆説的に言え ば、現在ま
で 乱歩 を印象づ
けている、名探
偵 明智小五郎 や、
少年探 偵 団、怪人
二十 面相 といった必
要 以上の 造 形 がなされた人物という
のは一九二〇年代作品には殆んど 登場し て こない。純粋に、乱歩の興味や体験から造形
・ 構成されて
い る探偵小説ということが、そのまま一九
二
〇 年 代の特徴なの
である。簡潔に言えば、乱歩の初期探 偵小説 に おけ る文学 性 の一 つと して
、 乱 歩と いう 作家 の 内面が反映されて
い る と いうこと
が 言え るの で あ る。
一、
『二銭 銅 貨』
と先行作品―暗号
というモチ
ー フ―
見 て いきたい。
『 二銭銅貨』
は 暗号の解読
と いうテ ー マに、
探 偵 小説 とし ての 謎 と 論 理の興 味が集約さ
れ ている
。『二 銭銅貨』
の構想について
、乱歩は次
のよう に 残して い る。
「二銭銅貨」は最初点字
と 南 無阿弥陀仏の組合せ で暗号 を 考 え、そ れに 二銭 銅貨 とい う隠 し場 所 や
、 贋札の件
なんかを付加えたの
で
、暗号が全体の中心 になって
いて
、そ の 外 に大して
創意はないわけです。
8
ここからわかるよ
うに、
『 二銭銅貨』
に は探偵小説に
必 要な
〈謎〉
と して 暗号と 暗 号の解読
と い う テ ー マ が採 用 されて お り、探偵小説と
し て の 謎と 論理の興味がこ
の テ ーマ に 集 約さ れ て いる
。暗号 解読 とい う テ ー マ 自 体は、
ポオ の『黄金虫』がモチー
フと な っ て い ること は これ ま で 度 々指摘されて
おり、次の乱歩自身の弁からも明白で ある。
ポー の「黄金虫」
や
「 暗号論」などから、西洋
の 暗号に興
味を持 ち
、図書館
で暗号史の
本 を調べたり した。その
と き の 知識 がの ち の 処女作「二銭銅貨」
のバック
になって
い る。
9
暗号解読
というプロセスがポ
オからの着想
で ある こと はこれま
で に も多く指摘されて
いるが、具体的な考察
は
あまり行われていない。
こ の点について
は、
宮永孝が
「エ ド ガ ー・ア ラ ン・ポーと江戸川乱歩」に
て 次のよ う に言 及して い る。
はじめに『黄金虫』に登場
す る 暗号 で あ るが、これ
は 換字式暗号と
呼ばれ る 方式 で あ る。作中で
は記号と
数 字 によっ て 構成された暗号文がまず示されている。
(次頁図 1参 照)
乱歩がポーからいろ
い ろ 着 想(
アイディア)を
得 たこと は
、これ ま で に も評 家 に よってふ
れ ら れて い るが、ポーから
具 体 的に学 んだ もの、
借用の点にな ると あ ま り明 確 に 論じ ら れ るこ と は な か っ た
。
10
なお、
こ の 暗号 と 解読 法は、
後 に ド イルの
『 踊る人 形』
『黄金虫』作中に
て
、 主人公の友人
で あ るレグ ラ ント は こ の 暗 号 文 を換字式
暗号 と考 え、
次のよ う な解読 を 試 みる。暗号文で一番多く使われている数字の「8」を
、 英 文 に お い て 最 も 多 用 さ れ る
「 e」
と置 き換 える
。 次 に
「
; 4 8 」を 英文 にて 最も 多用され
る英 単 語
「 T h e 」と 置き 換え る。同じ
手順で 順 々 に 対応す る アルファベ
ッ トを 考 えて い く と い う 手法で あ る
。
宮永の こ の指摘を踏まえ、
『二銭銅貨』
にお け る 暗号解 読のプロセスに、
『黄金虫』
が ど のよ う に取り入
れられて い る のか。
ま たど のような
点で 差 別 化 が 図られて
い る の かを確認したい。
この よ う に
、 英 文 に お ける 規則性 を利用 し、論 理的に 解読 できるよ
うに作られ
て いる
。この こ とから、ポ
オ の 独自性 が「
暗 号」
と論 理的に 暗 号 を 解読 する というプロ
................
セス ..
を、小説の
主 要な構成
要素 とし て 取 り入 れた という 点にある
ことは確か
で ある。
にて 同 じ 解 読 方法と し て 踏 襲 さ れて い る
。
( 図 1
)
一方 で、乱歩の『二銭銅貨』
で は「南無阿
弥 陀仏」の 六文字が暗号文と
して 使用されて
い る。
「南無阿弥陀仏」
の六文 字 の配 列パ ターンを
それぞれ
点字に見立て
ると い う二段階式の
暗号 である
。 解読の手
法は 次のよ う な手順 を取 る
。 ま ず
「 南 無阿 弥陀仏
」 の 六 文字 を並 べる
。その 六文字 を
、点 という図形に置
き 換 え る
。 その うえ で、左 図のよ う に点字 と 対応させる
。
( 図 2
)
この よ う に
「 南 無 阿 弥 陀仏
」の 六 文字 を六つ の 点 とし て考 え、
さ ら に 暗 号 文 の 区切 り に 沿 っ て
、そ れ ぞ れ置 き
9
以上のよ
う に
、ポオ の
『黄金虫』からは探偵小説と
し て影響 が あ っ た こ とは事 実 とい える
。一 方 で
、ポ オの
『 黄 金虫』
で は暗号は、
隠 された財
宝の 在り処 を 示 す という
、 所謂冒険小説的
な モチーフ
とし て 取 り入れられている。
その暗号を
論 理的に解読し
ていく と いうプロセスを小
説 に取り入
れた という点
で は 革新的 で はあるが、後の探偵 小説 で 描 かれるよ
うな犯罪に関す
る 謎
.......
という観点
か ら見 れば、暗号
を 使った探偵小説
と 呼ぶには些
か 難色が示さ れる
。
換えて い くと いう 手法で あ る。暗号を
二 段階の換字にす る と いう点が、乱歩の
独自性 と いっ て 差 し支えないだろ う。ポ オ
(及びドイル)の暗号には英文の規則性
を利用 し て 解読 する という論
理的 なプロ セ スが取 ら れ て いる が、
乱歩の暗号は「南無阿弥陀仏」の六文字から言
葉 と し て の意味を脱色し、単純な図形に置
き 換える と いう一段階 目 の プロ セ ス と、
六つ の 図 形 を 点 字 とし て再構 築 する と いうニ段階目のプロセスが
挟まれて
いる。こ
の二重 の プ ロセスは論理よりも閃
き に 重 点が置かれ
て おり、その閃 きに し て も
、 真田 幸村 の
「 六連 銭
」 の イ メ ー ジ が きっか けとなるなど
、純日本風な趣
き に満たされている。こ
の 点 か らも、
『二銭銅貨』
の 暗号が単なるポ
オ の暗号の模倣 では なく
、 暗 号 と い う モ チ ーフ を日 本探 偵 小 説に 取 り 入 れた乱歩のオリ
ジ ナリ ティに満ち
たもの で あ ることがわ かる
。
何より
『 黄金虫』
と の 差別化が図られている点は、
『二 銭銅貨』の暗号は主
人 公で ある「私」が考案した、松
村 を騙 すための
もの であった
とい う点 が挙 げら れる
。松 村 は、暗号が盗ま
れ た工場社員の
給料の隠し場所
で は な い かと 考え る。しかし、実際にはその暗号は松
村の友人で ある「私」の用意した、文字通り「御
冗 談」の暗号
で あ った。
『 黄金虫』
で は 物語の導き
手 とし て の側面を持って いた暗号に対し、
『二銭銅貨』の暗号は、
「 私」が松村を
(ひ いて は 読 者を
)騙す た めのトリ
ックと し て の 側面 が 強 調 さ れ ている
。この 点 が
、『
二銭 銅貨
』を 探 偵 小説 とし て成 立 さ せ て い る 重 要 な点 であ る と 同 時 に
、 ポ オ と乱 歩 の暗号の最大の相違点と
言え る だろ う。
また、
『 黄金虫』
におけ る 暗号は、
海賊の残した財宝の 在り処を示す
もの と し て も扱われて
い る
。こ の暗号が
示 す財 宝 を 探 し 当 て る と い う行 動 目的 は
、 一 種の ロ マ ン を 表 し て い る と 言 え よ う
。対
し て 乱 歩
の『
二 銭 銅 貨
』で
は
、 暗号が示すものは紳士泥棒が盗み
だ した工場社員の給
料 の隠し場所と
されて い る(後 に これは誤
り で あること
は 劇中 にて 明か され るが
)。 こ こ で 暗 号が示す
社員 の給料を 探し当て
ると いう 行動 目的は、生活
に困 窮して い る松 村 の、もしかしたら大金を
手 に入る こ とが出来るかもしれ ない とい う期 待 か ら 生ま れ ている
。 この 一連の衝
動は、
財宝を 探 すと いう ロマン よ りも、楽を
し て 大 金を 得た い とい う俗 物的 な側 面 が 強 調 さ れ ているよ
うに 考 える こと が出来る。
二、日本文学
におけ る 先行作品と
の 関係 乱歩の谷崎文学と
の出会いは一九一七年、乱歩が大
阪 で の 貿易商に失敗し放浪し
ていた時期
で ある
。この時の 心情を乱歩は次のよ
う に語っ て いる。
で は
、犯 罪 に 関す る謎と し て の 暗 号 と い う モ チー フを
、 具体 的に取り扱った作品
は 乱歩以前
の日本文学
にはな い ので あろ う か
。こ の点で 影 響を 受け たと 考え られ る作 家 が谷 崎潤 一郎 である
。 乱歩はある時
を境に谷
崎の 文学 に 傾倒し て いる。また、谷崎の
文 学から、探偵小説的
才 能 を発見し、高く
評 価 し ていた。
11ここで 乱 歩が遺した谷 崎 に 関す る文 言を い く つか 見て みたい。
先にも書いたよ
う に、私は少年時代自然主義文学 が面白く
ないという印象
を 受 け てから日本の
文壇小 説と いう も の に殆んど
無関心と
な り
、 そ れが 大学 卒 業ま で つ づいていたの
だが、第一の職業、大阪
で の 貿易商をしくじっ
て
、数ヶ月の間、温泉から温泉へ と 放 浪を つづけて
いたころ
(中略)ふと
手にした小 説が谷崎潤一郎の『金色の死』
で あった。私はこ
の 小説がポーの『アル
ン ハイムの地所』
や
『 ラ ンドア の屋敷』
の着想 に 酷似して
い る ことをす
ぐに気づき
、 ああ日本にもこういう作家がいたのか、これなら日 本の 小説 だっ て好 きに なれる ぞ と、殆ん
ど狂喜 し た
ので あ っ た
。 それ 以 来 私 は 谷 崎 氏 の 小 説 を 一 つ も の がさず読
む よ うに なったが、読め
ば 読 む ほ ど 益ゞ好 きに なり
、 今 でもそ の 気 持 は 失 せ て い な い
。
12
この よ う に 谷 崎の 作 品に 傾 倒し ていた こ とは想像
す る に難しく
ない。乱歩は
とり わけ、谷崎の探偵小説家的才 能を 高 く評 価して い た
。完 全犯罪を
目 論 む 主 人公と 私 立 探偵 のや り取りが
描かれ た『途 上』
(一九二〇)
に関して は次 のような評
価 が残って
い る
。 日本で
は 谷崎潤一郎氏が、私のいわゆる「プロバ ビリ ティー の犯罪」
に先 鞭 を つ けて いる。
同氏の
「途 上」
という初期の短編がそれだ。
( 中略)
私 はこれを 読んだとき
、 何が 巧妙だといって
、 これ ほ ど 巧妙な 殺人 は な い だ ろう と感 じ入 り、
その 影響 で、
「 赤 い部 屋」
という短編
を 書いた。
13
潤一 郎が ポオ に興味を
持ち
、 ま たポオ に 影 響 され ている こ とは 明ら か で ある
(ある人
は潤 一郎 をワイ ル ド に比 べたが、僕はワイル
ドなど より、一層ポ
オ に似た と ころが多いと思う)
。(中略)そし
て 日 本に もポオ み たいな作家がいるんだなと
、大変嬉しく感 じた。以
来潤 一郎のもの
と いえば片
端から読ん
だ。
そして ま す ま す ポ オ に 似 て い る ことを 発 見した。
14
この よ う に
、 乱 歩 の 谷 崎に 対 す る 傾 倒に は強 烈 な 感情 が読み取
れる
。そ れほ どま でに
、乱 歩に とっ て谷 崎 と い う文学者の発見は財産
で あ ったの だ ろう。
そ んな谷崎も、
『白晝鬼語』という暗号解読
を 取り入れた小説を
残して いる
。 この 作 品 は 主人 公 の
「 私」の友
人 で 精 神 疾 患気 味 の園 村が
、あ る殺 人が 行われ る 場所を 示 した暗 号 を 手 に入れ ること か ら 幕 を 開 け る
。 園 村の解い
た暗 号 に 従い
、示 さ れた場所へ向
かうと正に
殺 人 が 行 われ て いた。後日園村 からの手紙
で
、今夜自分が纓子に
殺 される か ら、友人と して そ の 最 期 を 見 て 欲 しいと い う
。 再 び
「殺 人」
の行 わ れた現場へ赴く「
私」は、遂に纓子に
殺 される園村の姿 をそ の 目 に 焼 き付 けたの だった
。後 日、
「 私
」の 元に 一枚 の写 真 と 手 紙 が 届 け ら れ る
。写 真 は 園 村 の 死 に 顔 を 写 し たもの で あり、手紙は園村の屋敷にある金子
を「私」に 使っ て も らいたいという遺言を伝えるもの
で あった。
遺 言通りに屋敷へ向かうと
、死 ん だはずの園村が出迎える。
確か に園村は纓子に惚れて
いたが、それは園村の書生
だ ったSの計略
で あった。Sはこうすれば必ず園村は纓子 に心奪われ
る だろう し
、惚れ た 女には全財産だろうと
渡 し て しまう よ うな気質の持
ち 主 だと 纓子を 焚 き つ け た の である
。 そ う し て Sの 計画通り、暗号
を 解 き あの 日行わ れた「
殺 人」の真似事
を行 う纓子に園村は
心 を奪 われて しまったの
で ある
。しかし、程なくし
て 自分が担
がれ た ことを知った園村は、今度は「
私」
を担 ごうと画策し、
纓子に自分を殺す
真似を し て 欲 しいと 頼んだ の で ある。
それ もす べて は、愛す
る 女 性に殺 さ れ る 自分と い う も の への倒錯した憧れからくるもの
で あった。
こ の 作品は暗号解読
と 前半に行われた「殺
人
」が園 村 を騙 すための
もの であり、
後半の
「 殺人
」は 園村に
「 私」
と読 者 が 騙 さ れる とい う 形 式 に なっ ている
。 この 登 場 人 物と 読者を 騙 すと いう 図式は乱歩の『二
銭銅貨』で
も 利 用されて
い る形 式 で あ るが
、 谷崎と 乱歩 の最大 の相違 点 でも ある
。『
白晝 鬼 語
』で は 園 村 を騙 す 過 程 で暗号 が 用い ら れ ている が
、『
二銭 銅貨
』で は 暗 号 を 用 い て松村 と 読者 を騙し て いる。宮永は「乱歩は「二銭銅貨」の冒頭に登 場 す る松村 と「私」
を 設定 す るにあたり、
「 モルグ街」
の デュパンと
「 私」を 念 頭 に 置いて い たの で は ないだろ
う か。
」
18と指 摘 し ている が
、前 述 の 構 図 を踏ま える と ポ オ のデュパンと
「私」以上に、
『 白晝鬼語』の園村
と
「 私」
を意 識 し ていたの
では な い か と考 え ら れ る
。
『白晝鬼語』
に登場す
る「 暗号」
は
、ポ オ の『黄金虫』
同様アルファ
ベッ トの換字式暗号
で ある。
本 文中にも
「…
…
… 君 は
、 ポ オ の 書 い た 短 編 小 説 の 中 の 有 名 Gold-Bug" "The な
と云 ふ物 語 を 讀 ん だこ とが ないの か ね。あ れ を讀 ん だ こ とが あ る 人 なら
、 此 處に 記 し てある 符 號の意 味に氣が
付かない
筈はない
ん だ が。………」
15と明言さ れて い る
。
16また、乱歩も「日本の誇
り 得る探偵小説」
にて
『 白 晝 鬼 語
』に 触 れ
、「こ れ に は ポ オ の 暗 号 が そ の ま ま使って
ある」
17と評し て いる
。
谷崎の「白晝鬼語」は「犯罪に関わ
る暗号」こ
そ取り 扱われて
い る ものの、その犯罪
の解明が何よりの目的と して 描かれて
い る わけで は な い
。重き が 置かれて
い る の は、園村の「憧れの女の手による己の死」への耽美的・
倒錯的な一面で
あ る。しかし、乱歩の『二銭銅貨』は一 貫 し て
「暗 号 解 読
」と いう 謎と 論理 の一 面が 強調 され て いる
。 こ の点 では、ポ
オの
『黄金虫』及び谷
崎の
『白晝 鬼語』
で の冒 険 や 死 と いったある
種 のロマ ン や倒錯的な 欲望 の重 視に対して
、 はっき り と し た差 別化が 読 み取れ る
。乱歩の
『 二銭 銅貨』
は
、近代社
会の 一角 を舞台 と し、
労働活動の中
で生まれる被雇用者への対価(=給料)を 暗号解読の行
き着く先に設定し、それを示す
「暗号」
の 解読 という行動に何よりの
重点 が置 かれ ている
。 これら の要 素は 全 て
、幻 想や 耽美と はかけ 離れ た一種 の リ ア リ ズム的 な 描 写 が表 れ て いる。しかし、そのよ
うなリアリ ズム的描
写 を 中心としながらも、工場社員の給料を一
瞬 にし て 盗 ん だ 紳士泥棒
や、紳士泥棒の存在を匂
わせるよ うに描 か れた暗号の発見場所及び発見時期、そ
こ から導 かれる暗号は、紳士泥棒が仲間に残したもの
と松村(ひ いて は読者)に思い込ませ
る、完 成 されす ぎ た文学 的
..........
空 .
間 .が描
かれ ている
。 これは正
しく、乱歩が愛した「
架空 幻想の リ アル」
19と言える
だ ろう。
この点 が、
『 二銭 銅貨』
の最たる独自性
で あり、ポオ・谷崎の影響の
中 で 乱歩が 見出した、探偵小説と
して の暗号小説
の 独自 性 で あると
言え るの で あ る。
ここま で
『二銭 銅貨』
という作品
を 乱歩 という作家の 投影という文学
的 側面と
、暗号と
そ の解読に関わ
る探偵 小説的側面
と から考察し
て きた。この二つの側面
という ものは、
『二銭銅貨』
を含めた乱歩文学、
ひ い て は乱歩 と いう作家自身を考え
る上 で 重要な 視 座の一 つ で あ る。こ こでで は こ の
「二面 性
」と いう キー ワードから『二
銭 銅 貨』の諸要素を考察して
い くこと に す る
。
『二銭銅貨』において
、暗号が示す
ものは、物語の
冒 頭におい
て紳士泥棒によっ
て 工 場 か ら盗み 出 された五万 円(一九二三年当
時)と いう 大 金の隠し場所で
あ る。
無 論、こ の答えは、探偵役及び
読 者によって
解 かれ るべき 暗号 である
。 先 行 する 暗号 小 説 同 様
、 暗 号 とい う
〈 謎
〉 が登場人
物や読 者 を導く存在とし
て 扱われ て いる
。
三、
「二面性」から見る『二銭銅貨』の諸要素
①、
「暗号」の持つ「二面性」
しかし『二銭銅貨』で
の暗号は、登場人物や
読者を導 く存在で
あると 同 時に、登場人物や
読者を 騙 す た めのト リッ ク と し て の側 面も持 っ ている
。『
二銭 銅貨
』に お いて 松村 が解読した暗号は、実は語り部
で あ る「私」が松
村 の知 性を 試す た め に考 案 し た も ので あ り
、 大 金 の隠 し 場
なお、八文字飛
ば し で 読 む という点に関し
て は、幾瀬 勝彬が『乱歩
と少年の私』
(『 幻影城』七月増刊号
一九 七五)に
て
、「八文字ずつ飛ばして
読み『ゴジヤウ
ダ ン
』 を導 き出す、論
理 的 必 然 がない!」
20とし て「暗号
小説 とし ては 重大 な問 題 で は な か ろ うか と、
私は 新 元素 で も 発見した時のよ
う に亢奮したの
だった。
」
21と語 っ ている。
確か に幾瀬の指摘通り、八文字飛ばして
読 む ということ は主人 公 の「
私」が唐突に言い出した
こ とである。
所と いう 答えと は 別の、
も う 一 つの答えが
隠 されて い た。
それ は松 村の解 読 し た 大金 の隠し 場所を 示す 文 章 を
、 さ らに八文字飛
ばし で 読 むことでも
う一つの
単 語 が 浮かび 上がって
くると い う も の で ある。
そ の単 語は「ゴジヤウ ダン
」(
「御 冗 談
」)
、つまり大金の隠し場所と
いう 暗号 の 答 えは
、 た だ の
「 御 冗 談
」 である とい うもの である
。こ のよ うに、暗号の示す
答えは一つ
で ある という従来の認 識を 逆 手 に 取 り
、 一 つ の暗 号 に 二 つ の 意味を 持 た せ る と いう
「二面性」の暗号という
点 が、単な
る先行作品の踏 襲で はな い 乱 歩 の 独 創 的な 点で あ る
。 しかし、横井司が
「反暗号小説と
し て の
「二銭銅貨」
」
( 『
「 新 青 年
」 趣 味
』 第 一 六 号 二〇一五)に
て
「 暗号解 読 と いう作業は(中略)暗号文から推察される解読
法 を すべて 試 し て みる総当り法が妥当な
の で はな いか」
22と したうえで
「語り手の「私」が暗号の作成者で
あ り、
南 無阿 弥陀仏の暗号は
と もかく、
「 ご 冗 談」
の 暗号は解かれ てほ し く は な い と 意 図 し て い る の で あ れ ば
、 そ の よ う な
伏線など
張られ る はずもな
い
」
23と述 べ ている。
こ の 横 井の指摘もまた確かなもの
である こ とは言 う ま で も ない。
敢えて 付 け 加 える ならば、物語の最後に視点役
で あっ た
「私」が暗号の考案者
で あ る と いう〈秘密の暴露〉
が し っか り描かれて
い ることで
、読者に対して
の 説明を つけ ている と い う こ と は 言 える であ ろう。
『二銭銅貨』を発表したのが一九二三年、乱歩二九
歳
『二銭銅貨』
で 扱 われた暗号文は先に触れたよ
う に、
南無阿 弥 陀仏の六文字の羅列
で ある。この南無阿
弥陀仏 の 六 文字 をそ れぞれ点
という図形に置
き 換 え
、点字に読 み替え る という解読方法が取られて
いる。暗号という
も のに関し
て
、 乱歩は早稲田大学在学中に暗号の研究を
行 っ て おり、その成果
を一九一四年から一九一七
年 に か け て手 製 本 の
『 奇 譚
』 と し て 纏 め ている
。
24その一節
で あ る「
CLASSIFICATION OF CIPHERS.
」内に て
、様々 な暗号の
分類 とその解読方
法につ い ても詳しく述
べ て い る。
『二 銭銅貨』
の暗号について
も
、「
分 類(八)
代 用法
」 と題し触
れ て いる。注目
すべきは、その代用法の
項 目中 にて
、 点 字 に ついて も 触れて い るこ と で あ る
。
(八)代用法
古来 最モ多ク
用ヰラ レ
、又 最モ應用 ニ富ミ、
高等ナ ル 暗号デアル。
(中 略)
点 ノ 間隔ニ ヨッテ意味ヲ
定 メ ル法(…)及盲人用ノ点字法ノ如 キハ コノ内ニ含マル。
25