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『宗教研究』新第3巻第3号(*29号)

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(1)

――目次―― 1,口絵,ヅスン人の武装 2,ヘブライ預言者の信仰,帆足理一郎,Riichirō HOASHI,pp.1-31. 3,龍樹の法身説,宇井伯寿,Hakuzyu UI,pp.32-54. 4,救済教と解脱教,手島文倉,Humikura TEJIMA,pp.55-69. 5,ヅスン部落に雨乞の儀を見る,南洋民俗巡礼の一日,宇野円空,Enkū UNO,pp.70-87. 6,マックス・シェラーの宗教現象学,栗林茂,Shigeru KURIBAYASHI,pp.88-111. 7,仏教における輪廻説の起源,甲斐実行,Jikkō KAI,pp.112-123. 8,近東における回教民族の動乱について(下),赤松智城,Chizyō AKAMATSU,pp.124-133. 9,過去25年間における宗教史の研究(上),A.E.ヘイドン,pp.134-152. 10,新刊紹介並批評

D.C.Macintosh, The Reasonableness of Christianity,菅円吉,Enkichi KAN,pp.153-157.

R.H.Thouless, An Introduction to the Psychology of Religion,岸本英夫,Hideo KISHIMOTO,pp.157-161.

姉崎正治氏著『切支丹禁制の終末』,原田敏明,Toshiaki HARADA,pp.162-167.

加藤玄智氏・星野日子四郎氏共著『増訂古語拾遺の研究(英文)』,長井真琴,Makoto NAGAI,pp.167-169.

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ヅスン人の武装 英領北ボルネオ西海岸州のブスン人の男が首狩や戦に出かける時の武装な示了 兜の土室は毛皮織布先ビ直々でぁろが、麿、角噴鳥、山鳥なでの羽飾りでその武 功ね表はす。帝の前部は縫ひミりの飾兄ビつけて長く垂らすが、そ¢上から後lこ さげ㌣引数は︰の地方でほ厚手の粗布が多い。膝下のくゝりは切れなまき、腕輪 ほ南京玉細工、頸飾は多く締玉なつないでぁろ。左の磨り刀はいつも外皮りで太 く、鞘は引水の三枚合ぜな藤で巻いて飾り、頬かい柄の先lこは人の毛髪を長く下 げる。右の腰につけ㍗ゅが吹矢の失筒で、竹に黒地6唐草模様な彫刻L上のが普 通でぁろ。手にもつた長い棒はジャガンの幹をくりわい圭吹矢得で、長さ七八 尺、一端に穂先なつけて槍ざ兼用すろ。=れらの持物や服装り意匠には多少ブス ン猫侍りものがあろミ同時lこ、サラックや東南ボルネオの語族ミ共通のものも多 く、=れがまた何ほざかかれらの人種上文化上の系統な物語つて居る。而,して= ん先服装が種々の祭儀¢場今トも用ひられろ=ミは云ふまでも克い。︵宇野園空︶

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帆 足 理 一 郎

﹃信仰に生命¢カモして知識に先立つ。そLて知識が可能ミ光るのほ唯それ信仰1こよつてでぁろ︵オイケン﹁宗教の嵐許﹂︶b 言 ︼ 鮨 ビワイフ フェース l、信仰の本質とその職分。倍仰は翠なる所信ではない、そは又瞬間的な戚情の爆螢ではない。そ れは内的生活の奥底から込み上げてくる深い永繚的な確信であつて、暗憤たる疑雲の中に立てる人 生を指導してくれる活きたカと打てり発となるものである。それは宗教的に云へば見えざる賓在に封 ブラスト する小鬼のやうな信頼であつて、この信頼は質生活においてそれ自身を澄明するものである。愛と 正義の事業に対する熱誠、人造の善美に対する渇仰的奉仕.そは常に倍仰の深暁に基礎付けられてゐ る。人は真善美の極敦をば彼の理想だと喋々しうる。けれど彼の理想に射する深い信仰がなかった ならば、そを賓現する虞の原動力は働かない。信仰は誠に宗教をして生命のカたらしめる魔の板本 皮理である。そしてそれは特にユデヤの宗教においては、その床始時代においてさへもさうであつ 卿 た。樽へ開く庭によれば、アブラ♪ムは、彼が藤生獲得することのできなかった領土の捜索に出怒 ヘブ’イ預百舌の信仰 ヘ ブ ラ イ

預 言 者 の 信 仰

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三 ヘブライ預富者の信仰 けセ、それは只見えざる賓在に対する信仰に導かれてであつた。アブラ♪ムの苗は変質か侍説か分 らないけれど、少くともそれはヤアヴュ藤に射する純奥率直な渇仰を持てゐた古代イでフエル民族 の典型的人格を象欲するものでぁる。立法家電オゼの眞の要は吾等の描き出しうる限りでないが、 恰もアブラ♪ムが﹃紳の友﹄であつたやうに、彼はヤアグエ醐と面接して封話した人だと云ひ侍へ られてゐる。これは後鹿の預言者達が自分の想像を古い歴史に讃込んだものであるかも知れない が、ヘブライの琴富者達自身がヤアデュ醐のロづから直接に授かったものとして彼等の数訓を宣べ 侍へたのである。彼等は﹃かくヤアデュは日ひ給ふ﹂といふ国頭を何時も彼等の言瀞に添付したほ どの確信を以て、彼等自身が癖の口先であると信じてゐた。それは単に彼等の訓戒を民衆の上に印 象深からしめようとする修節約方便だと見ることはできない。彼等は自分の耳に、少くとも心の耳 に.問えた紳の富貴だと戚じた彪を率直に揚言したに外ならぬ。 されば科学的に反覆が奉らない限り、人間はその深い敬虔渇仰において紳と監査を結ぶことので きる精神力をもつてゐると、推定し得ないであらうか。もしさうでないとすれば、彼等預言者達は 主観の幻魔によつて瞞されてゐたのだ。だが彼等自身はそれを夢とも幻璧とも恩はなかった。自分 はヤアグエの使者だと確信させる虞の永繚的な直覚がめつたからだ。例へぼ、アモスの如きは自分 は本職の預言者ではない、テコアの農夫であるが、イそフエルの人民に紳の教示を侍へるため出掛

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けてきたのだと云ってゐる。ミカも同じく農夫であつて、預言を本職とするものではなく、ヱレミ ヤは彼自身が云ってゐるやうに、琴富者たることを好まないのであるが、不思議のカに動かされて ヤアデュの紳命を宣べ侍ふペく除儀なくされたのであると。かうした前のお召しに應じて立つこト や、ヌ見えざる者と親しく定交を結ぶことは即ち宗教の本質であつて、それが如何に偉大なるカを 生み出すかは、典型的な信仰の人であるバク乎やルタクアの如き後世の預言者的人物の二三を名ざ せば、別に澄明の必要はない。 二、預言者の幻想と敦言の性質、それらと信仰との蹄係。ヘブライの預言者逮は彼等以前にあらし 占師や琴富者と直別されねばなら沿。後者は痙攣情患や恍惚情藩において、色々な難問題や不確賓 な事柄に関する神託を占ひ侍へたものであるが、それはサムエルからエリシヤの時代の問に段々少 くなつて、紀元前人世紀頃の預言者達は魔法約手段によらないで、ヤアデュの意志や行動を民衆に輝 明してくれる老として薪然頭角を現はしたのである。彼等は紳の散埋を述べ、その原理や目的を説 明し、癖の本質や属性や品性を解辞することを役目としたが、しかしそれは哲撃的抽象によるにあ らす、昔時の人の注意を惹き渾明を要するやうな自然事象や歴史的革質の上に彼等の直魔的判断を 加へたのである。預言書には確に幻想的な経験に閲する記事が幾らもある。けれどそれは戚傭の昂 奮と共に賢明な智慮の働きと俊敏な精銅的直壁とをまじえたものである。彼等の幻想には常にその ヘブライ預言者の信仰 二 ▲

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ヘブライ頓首者の信仰

背後に彼等自身の又は民族の憶瞼があつて、それは一般に天才者においてさうで⑯る如く、極めて威

受任の強い彼等の心境には昔時の政治情感政令情憩の眞意娩が容易に理解されたと向時に、凍らん

とする事件の影を先見的に掴むことが容易であつたのでぁる。彼等は政令的に侍承され、育て肥や

されつゝあつた庭の理想や憧憬や希望で彼等自身の内的確信となつたものを.無意議的に客粗化し

て、それを紳の富美として宣言したのかも知れない。けれどそれらの内的幻想をそれほど明瞭に、

それほど活きくしたものたらしめた魔のものほ、帥ち彼等のヤアヴュに射する信仰のカであつた。

彼等は一切の事件が紳の手によつて構成され牒事と信じ、それらの新思想や眞理を贋く世に宣侍す

ペく紳によつて強要されたと信じてゐたからだ。常時の賢明なる人達は預言者と同棲な見解を懐い

でゐたかも知れない。而も彼等が迫撃嘲笑、−馬倒を恐れて歌て公然と言明することのできなかっ

たのは、彼等に紳的強要がなかったからである、又ヤアデュ紳の信仰と不可分の関係にあつた愛国

的熱情に刺戟されることが少なかったからである。然るに預言者蓮が自分の幻想の眞理性に就いて

何の疑なく、渇仰的熱誠を以てそれを披挺しセのほ、よしそれが客観的には彼等を詐ってゐたにも

せよ、彼等自身はその紳輿天凍を確信してゐたからだ。

落ちかゝる危険や、凍らんとする前の恩恵などに関する彼等の幻想や濠言はさうした性賓のもの

であつたが、彼等の宣べ侍へる虔が賓現されるのは、普通の場合、民衆の感度によつて改定される

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といふ傑作付であつた。即ち民衆が紳の命に徒へば救はれ、徒ほなければ滅びると云ったやうな云

ひ方であつた。又頭首者が速い兼務の事件を換言した場合は極めて莫然たるものであつて、アモス

やホゼアやイザヤ書の最初の方にある、アシリヤ人はイスラエルの罪を責ひべく預足された慾戎の

告放であるといつたやうな適確な強書的記事は後世の人が書き入れたものだと、一般の単著は黎め

てゐる。もしさうだとすれば、彼等の改善なるものは天文畢的な鶏確性をもつたものではなく、事

件の費生に関する莫然たる汲想を以て倫理的な訓戒を輿へたものであるか、或は必ず到凍するに達

ひないと彼等が確信した魔の紳の審判に関して莫然たる前兆を直慶したものに外ならぬ。

近代の畢者は彼等の高僻な預言約数訓が道徳理想としての絶対的眞理性を持ってゐたことを稀揚

するの除り、彼等の漁言なるものも所詮癌封道徳の無謬性の上に基礎付けられたもので、個人であ

らうと国家であらうと、もし之に背反する者があれば、破滅は必ずその頭上に擬せられるものと見

る傾向もある。けれど、蓼富者蓮は現代人のやうに自然や世界歴史の邁行に就いて該博な知識はも

たなかったが故に、彼等は近代の遺徳的偉人の如く、科挙的に充分な奥村を以て絶封的な道徳原理

を編み出すやうなものではなかった。彼等は眞理を直魔的に摘んで、それに至上の権威を認めた、

それはそれ自憶の倫理的重曹性の故ではなく、彼等の見解によればそれは紳の心意から直接に典へ

られたものであつたからだ。彼等の撃一再の鼻理も教訓の異理と向様に.括局はヤアヴュの幻想に枚 ヘブライ預言者¢信仰 五

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六 ヘブライ預首巻¢信仰 披を置いたもので、ヤアヴュが正喜であるから、彼は善を意志するといふのではなく、彼の意志す る慶は何事に限らす正幸であるといふ、これが彼等の信仰の根樵をなすものであつた。なせなれば、 彼等は人間歴史の事件は紳の鏡理によつて秩序立てられたものであるといふ確信によつて貫かれて ゐたが故に、人間意志によつてこの不可舜の秩序を撹乱すると見えた虞のものは、何事も罪であ♭、 自ら破滅に陥るものだと思はれだからだ。されば、彼等の撃一一日なるものは結局政治的先見に基づく ものでもなければ、又宇宙の法則に対する倫理的洞察によるのでもなく、それはヤアグエ紳の意志 の絶封無謬性を基礎としたものであつた。彼等の神意や抵理と耕する虞のものは今日の吾々から見 れば道徳的眞理の洞察に外ならぬかも知れないけれど、兎に角に、彼等は紳の梓の紹封性を信じ切 ってゐた。従って彼等をして琴盲的な言鮮をなさしめたのは知識のカにエるのではなく、所詮信仰 のカに侯つのである。 三、信仰と﹁償♭の預言者L。更に進んで書々は﹁偽りの預言者﹂と奥の預言者とを区別する棟準も 信仰であつたといひうる。洞察の浅薄な、見解の卑近な似是非預言者達は、ヤアブエ紳が他の諸国 の鯛々よりは劣弱でぁると思はれるやうな事件が屡々起り、紳は自分の選民を内憂外患から救出せ ないほど無力虚弱にな♭つゝあらと思はれるやうな、鉄骨事情の舜遷の下には、ヤアヴュに射する 永庶的な信仰を把蒋することはできなかった。彼等は血迷った王者や俗衆建と共に働き、君まが薪

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宗旨を他国から輸入しても、彼等はそれを稀美し、推薦し.或は少くとも黙過してゐた。然るに眞

の預言者はヤアヴュの力量に対する本務の信仰から決して踏み迷ふことなく、諸外国との同盟、そ

れは何時も異邦人の宗教がヤアデュ油の領域に侵入すること窒息奴した虞の同盟に対して、死寸と

も退かない勇気を以て反抗を試みた。﹁人間や同盟や武器に信頼する勿れ。只汝等の紳ヤアデュこそ

イそフエルの唯一の城砦だ!﹂といふのがヘブライ預言の基調であつた。民族的宗教の原則に忠賓

なること、それが奥の預言者の第一要素であつた。そして此革質が彼等をしてイでフエルの不幸不

運はヤアデュ紳の賓カを傷けるものではなく、寧ろ彼の正義を蹄澄するものだと解辞させたので

ある。

〓 預言者的信仰の基礎

一、信仰の二面。以上頗る概略ではあつたが、信仰と人生の諸事賓との関係を一瞥した上で、更に

吾等は預言者的信仰の内容を伺ふことにする。如何なる宗教の信仰にも大凡そ二つのま要鮎があ

る。一は藤の本質と品性に関する所信であ♭、他は紳と信者との個人的関係における信戯である。

一は寧ろ密約で、他は寧ろ情的であり、前者は信仰の範囲を掠め、後者はその深暁を添へる。そし

て双方英霊要で、互に他の馨展を補助する。理論的に云へば、後者は前者の上に依頼してゐる、即

ち紳の性質が、紳と人間との関係の性質を決定する。なせなら、正義の紳は彼の人民と正義の関係に

ヘブライ預言者の信仰 七

(11)

Å ヘア’イ預言者¢信仰 立ち、愛の紳ほ彼の愛や親切の行男を以て人間と臨係を保つからだ。虞が、賓際上はその反射であ って、歴史的宗教.殊に、ヘブライの宗教においては.醐が最初に見出されて.後にイモフ霹ル人 の紳となつたのではない。ヤアヴュとイスラエルとの密接な関係、彼等の保全や草庵に醐が大事で あつたこと、それは軸の本質や品性の如何に拘らす、ヘブライ宗教の歴史的放填であり、又彼等の 信仰のあらゆる賓際的費展王おいて、中心要素であつた。紳が彼等のために何をなすかは、原始人 民にとbて、紳が何であるかよ♭は、造に重要なことであつた。だが、賓際関係の方面から紳の観 念が決定されたと同時に、紳の観念が明瞭となるに従って軸と人との関係もー屠適確に怒諭された ことは云ふまでもない。故に書等は便宜上屡々紳の観念を先きに説き、そして紳と人との関係に説 き及ばすけれど、何時も紳と人との関係に脚する信仰がその基礎であることを忘れてほならぬ。さ ればヘブライ預言者の信仰を説く場合にも、書々は彼等の信仰の基礎、即ち彼等の敷設の起床や其 内容の進展を民族の歴史に照らして考察せねばならぬ。又かくすることによつて、同時に彼等の信 仰の深妹を伺ふことができるであらう。 二、彼等の信仰の起原。預言者連の宗教は、マアチ︵寓邑i︶の云ふやうに、ヘブライ国有の宗教が カナアンに入ってから土着の宗教と妥協し又はアシリヤ・バヒⅤンのそれのやうに外務の宗教と混 給して出水上ったものではなく、イでフエル固有の宗教の内的進化によるのである。だが、その進

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化は云ふまでもなく、周囲の諸観から外的刺戟ぉ受けて、始終それに備伸された。先づ書等は預言

者の敷設の基礎とな♭、又そこに史的啓示の意味を持つ虜の彼等の民族的に侍承した宗教観念を一

瞥せねばならぬ。

モオゼの時代から師士の時代︵紀元前十四世紀から十世紀︶までに、ヤアデュ崇拝はカナアンのノ

アル崇秤に打勝って民族的宗教としての確乎たる地位を占めた。そしてヤアデュへの忠節は常に国

運の隆盛を伴ひ、彼に対する背反は常に非運を伴ふといふ原理を、侍兢的に後世に邁侍した。国家

的繁発はダブヒデの時代その絶頂に達し、それ以後は樺カにおいても品性においても劣弱な王者が

位に郎いて、赦免の発光を汚辱した。民族生活の経駿を積むに徒ひ、行焉の梗準が明確になると同

時に、理想と現賓とは益々懸隔を生じ、過去は黄金時代として、又生活の目棟として未発に投影し

た。南北二固に分裂して以準一国の紳であつたヤアデュはエフライムとユダの二国の審判官とな

った。そしてそれによつて彼はイでフエル以外の民族をも支配する廃の醐たら待る可能性を暗示し

た。紀元前九世紀頃のシリア哉寧は、ヤアブエ醐が外囲の事件にも興味をもち、自分の民族の道徳

的破戒ぉ膳慾するためにシリア人を用ひるかも知れないといふ預言者的先見の種を蒔いた。他面に

おいて、最初モオゼによつて認められたヤアデュの道徳に対する興味は、民族の倫理意識の蓉展と

共に、彼の選民に対する社食的要求として益々餞敏に滞威された。昔時の道徳榛準に應じた生活が

ヘア’イ預嘗者¢信仰

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︼〇

ヘブライ預言者の信仰

一骨困難となればなるだけ、彼等の理想は一層宏大喪遽のものと映じた。そして此革質は益々ヤア

ヴュ紳に人生の理想的方面を蹄曝する動機を輿へ、癖は今や彼等と同段に立って意志し行動する囲

憶癖よ♭はより以上のものと見えた。ヤアグエは彼の人民とは違った考へを持ち、違った目的を持

つ。エリヤは、嘗てナナンがダブヒデと衝突したやうに、ア♪ブの朝廷に岨を軍盲し、ユタシヤは

その師エリヤによつて撃一一冒れたやうにア♪ブの家に天静を加ふペくエフクを使映する。Lかし、

かうした怖ろしい洗血の惨事をヤアデュの最討と見倣した♭、又ヤアデュ紳が四百人の預言者に偽

りの精赫を吹込まれたと云ふ預言者ミメィヤの考などぉ金照すれば、紀元前九世紀頃の預言約数訣

は高岡な道徳理想の紳覿を待たなかったことを示す。いな、それは高い道徳がまだ現はれてゐなか

ったことを示す。

初期の預言者達は主として過去から侍承した倍仰の擁護者であつて、宗教改革者でも新思想家も

なかった。殊にエリヤは保守派の中の保守派で、文化に反抗し、新奇なものは何でも堕落だと見倣

した。彼は土着のノアル崇拝から取入れた蟹習をヤアグエ費穿から駆逐しょうとはしなかったが、

アハブの結婚同盟の結果として輸入された頗る経卑なフェニキアの邪教には極力反抗した。エリシ

ヤはその師匠とは違ったタイプの人で、新事情の下にある国民を同情的饅度で指導してゆくことを

以て満足し、只新奇な宗旨の侵入を防ぐだけて、既に内部にあつた攣習に対しては少しも手を観れ

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なかつね。ヤアヴュはイスラエルの紳であつて、他の国々は各その紳を待ち得るが、イスラムル人

はヤアグエ以外の紳を信することはできない、ヤアヴュは彼に忠賓なる者を助けるに充分のカを持

ってゐる、又彼は地図人を取扱ふ場合には必ずしもさうでないけれど、彼の人民蓮相互の間には必

ず道徳を要求されるといふのが、此時代における預言者の基礎的信健であつた。紀元前九世紀の預

言者達はしかし、ヘブライ人の信仰が集囲的崇拝から奥の宗教への過渡時代を劃するもので、彼等

がヤアデュ紳に如何に誠忠誠質であつたかは、後世彼等に関する無数の侍説が螢生し、彼等の奇蹟

的業績なるものが碑揚されたことを以て見ても分る。ユダヤの濁り傑出した姿はF癖の人﹄として

著しく目立つ。

三 彼等の信仰の内容 − 預言者約数諒とその発展

一、倫理的一神教の塵長。 だが、此時代における民衆一般の宗教は極めて低級なもので、で、、ス

︵中A・SmitF︶の云ふ庭によれば↓一般の民衆、彼等の支配考 祭司及び預言者の多くの者にとらて、

ヤアデュはセム茨の特殊な醐で、彼れの人民の守護者であ♭、彼等のみを庇護し、過去において彼

等を擁護したやうに、常に彼等を擁護するものと思はれ、彼は儀式の型や牲の供物を小むづかしく

要求するが、奥の道徳に就いては除卜鼓しくない紳であつた。﹄これは紀元前八世紀頃の信仰僑媛で

あつて、その後までも絡ば斯の如くであつた。預言者アモスによつて後に意味を鍵へたFヤアブエ ヘアヲイ預言者の信仰

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〓一 ヘア’イ預富者の信仰 組 の旦︵酎恒㌫篭︶なるものは、紳がイスラエルの敵観を敗北さすペく奇蹟的な好意を示されるに 蓮ひないといふ民衆の叫びに過ぎなかつた。ソロモン及び彼の後粒者達の由際的傍横の結果として 又シリア我等の結果として、内外の通商は盛大になゎ、地図の文筆文物は自由に凍れ込み、宮める 者は家老を極めて、殻含階級の懸隔は甚しくなつた。土地は少数者の事に覇占され、貧者の鹿追は 轟々憂ふべきものとなつた。国交の撲或は新宗教の輸入を招蒸し、異邦の宗旨に開聯した新奇な又 淫卑な風習の洗入を堰き止める由もなかった。 かうした事情の下に新しい預言者薙が社食正義のチャムビオンとして︵ア竜ス︶、停凍宗教の改革 者として︵ホセア︶起った。エデブトの奴隷生活から民衆を救出し、約束されたカナアンの国土を 彼等に輿へた紳は、その報酬として温徳的徒臓を要求し給ふ、それは牲ではなく慈悲を、儀式では なく正義を、紳に就いての奥の知識を要求し給ふと彼等は叫んだ。彼等は屡々起る地震や干魅や職 肇などの調琶の内に、敢曾的不正、宗教的不信の罪に封する紳の審剣が働いてゐるのだと見た。こ の事においてはしかし彼等は先代の頚言者達以上には出でなかったが、諸外国との交通から彼等の 限界が廉くな♭、政治的事情の一般傾向を一骨詳細に穿ちえたことは、軸の活勒の舞蔓とその目的 に関する彼等の見解を按失せざるをえなかったと、クエード︵竜邑e︶ほ云ってゐる。殊に、アシリ ア帝観の版尚の宏大なることが、自観の世界における地位や重要性に就いての彼等の許偏に影響し、

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彼等のヤアダ虚に射るす熱情は横合ある毎に彼の偉大なる性格をば一骨偉大なるものと思はせ佗。 モノラツリイ モノセイズム かくて民族的丼〓脚数︵それは対内的には、よし如何に物質的であつたにせよ、賓際上燭一顧敦で あったが、対外的には別に重大な問題ともならなかったもの︶が、何時とはなしに世界的柵二神教と なつた。しかし誰の手によつて最初世界癖の観念が生れたかほ、確めることはできない。アモスや ホゼアやイザヤやミカによれば、ヤアデュは単にイそフエルとその軍勢の上に支配力を持ってゐる ばか♭でなく、アシリア人やエデブ一人をも支配する紳でめる。国内開係において、ヤアデュは徒 衆正義の醐であつた。けれどイスラエルの思想家達はこれまで、自国の利害関係に連なる場合の外、 紳が臼図人以外の道徳的罪慈の審判をされるなど云ふ考は少しも持たなかった。虜が今やアモスの 如きは、ギレアデ人の上に加へられたアシリヤ人の暴虐を紳の名において批難し︵〃宗帽望︶、フ ェニキア人の常習であつた奴隷頁買を馬倒し三相博㌍悍J。かくてヤアデュの倫理的領域は囲療以 外にその範囲を漬めた。 此時代における紳軌ほそれよら二世紀彼の第二のイザヤなどに現はれてゐる超然的燭一紳として のヤアデュではなかったけれど、一紳的信仰は内から徐々として生長しっ∼ろつた。そしてイモフ ムル以外には何れの固にも猶一神教はなかった。紀元前千四有年頃のエデブトにおける一神教は寧 ろ汎紳的思索による一時的のものであつて、ヘブライの賞際的な人格的な覇一柳の顔ではなかった。 ヘブライ預言者の信仰

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一日 ヘブライ預言者の信仰 又常時の一紳数は後世第︼石イザヤにあるやうな、自然や自然力の観察から発たものでないことも 明かである。尤も時折初期の預言者もヤアデュが雨を降らせ、稔の季節を輿へ又干魅や飢饉も紳か ら凍る︵〃酎詣相即ヂ望︶と云ったけれども、それはノアル︵恩顧︶安井の時代から泣く離れたもの ではなかったと或る畢者は云ってゐる。ヤアデュ紳を造物主と見たのは恐らくアシリヤ・バビロン の天地開聞讃に影響されたもので、マアチの云ふ虞によれば、﹃政界の創造や自然の偉大に関する記 事が、預言者時代の初期においては殆んど皆無であら、それが後には時折現はれ、第二のイザヤの 時代には多量に現はれたといふ事賞から見れば、自然事象の観察がイぞフエル人を一紳観に導ひた のではないことを示す。﹄琴富者達の一痢観は赫が外界の世界に大難を揮ふといふ賓際経験から凍た のではなく、内なる精細の世界において彼が無限のカであら唯一の権威であることの慣駿から生成 したのである。﹃紳は彼等の心情の奥底に於て彼自身を啓示したのだ﹄とマアチはいふ﹃そして紳の 威力の行はれる範囲は限ら知らず、殊にイでフエルの国境によつて限られてゐないといふ意識に彼 等は到達した。故に、預言者達の一紳致は思索の結果ではなく、心情の憶駿による。をは臆訣では なく、経駿の結果であγり、暫畢的でなく、倫理的一癖観である。ヒ言にて壷せば、それは己が愛の ヽヽ 対象に集中すると同時に、歴史的啓示に注目してゐた彼等の信仰の所産だ。 二、イそフエルとヤアデュとの新関係。国人の信仰上の欠陥に封する預言者達の深い反戚と、ヤア

(18)

デュ紳の世界一般に対する関係に就いてのより贋い見解とが結合して、徒凍、イスラエルに封する

紳の興味や行動に関して把拝された信仰を預言者蓮は修正した。イそフエルは紳の選民として特別

の地位を保ってゐるが故に、彼等に封する紳の要求も之に溝はしいものであらねばならぬ。即ちそ

れは前のカに心から信超し、正義を以て国民同胞を取扱へといふ紳の致へに従順なることであつた。

虞が民衆は之に徒はなかったが故に、今やア芸は辛辣なる叱咤を以てヤアデュの言葉を呼改し

た、Fおうイサニフエルの子等よ、汝等は地上において我が知れる竺の民族であるが故に、汝等のあ

らゆる罪慈の上に我は應酬するであらう。旨くてア芸は、宏大なる特標は宏大なる責任を包含し、

ヤアデュ鋼の意志を二屏息賓に服臍すること窒息奴すると主張して、イそフエル人の宗教的錯螢を

打破しょうと試みた。Fヤアデュぉ求めて生きよ︵㍍バ㍍第︶﹄と彼はいふ、そして頑を求めるとは、公衆 の正義を行ふことだ。ホゼアはまた愛の指導原理を提げて立ち−国民の表はな行動の内面に衝き入

り、その動機や傾向を挟♭出す。アモスにおいて、穿とは普遍的な法則を破ることであ♭、ホゼア

こ・ろ において、それは不忠賓な情である。故にホゼアの所謂F紳の知識﹄なるものは心情の新しい愚度

を意醸する。これはヘブライの宗教における新妻素であつて、後年ヱレミヤによつて極度に高調さ

れたものでろる。アモスにと♭てヤアヴュは正義を要求する国王であり、ホゼアにとりて徽は限り

なき愛をもつて佗家長︵父又は良人︶である。この琴Jそ宗教の基礎であ∵り根本要素であると♪ァ ︵プライ預言者甲信仰

(19)

ヘブライ預言者甲信仰

〓ハ

湖 バア︵ⅠⅠ弓per︶はいふ。醐をふァル︵ま人又は良人︶と見ることは一般にあ♭ふれたことで、ヤアデュ を良人と見るホゼアの見解は何も新しくはなかった。だが、役職時の憶廠を通ほしてホゼアは、ヤ アデュとイスラエルとの道徳的結線の敷設をば最も深甚なる同情を以て布街することができたので ある︵華R・醇已臣︶。何れの撃一日者も前の責静を宣べると同時に悔改を期待してゐて、アモスも之に 洩れないのであるが、彼は政令正義を極端に高調するの鎗ら、国民の悔悟を期待してゐないのでは ないかと思ほれるほど、最正な道徳観に立ってイそフエルの﹃童貞﹄が汚されたことを痛嘆してゐる。 虔が、ホゼアは熱情な良人の量う知られぬ愛を以てイモフエルの悔改と、その軸との和解に対する 希望をいたく力説する。イスラエルは幾度も紳を棄て去った姦軒ではあるが、ヤアグエは彼女の不 貞腐れに拘らす、イモフエルを愛し給ふと見る。アモスとホゼアとにかうした蓮ひのあつたことは 主として彼等の性格によることで、一は智的な冷たい村夫子で、他は情的に熱誠なる説教着であつ た。アモスが﹃預言者の父祖﹄として彼の教訓において世界的に不偏不薫でぁつたとすれば、ホゼア は寧ろ狭く国家的で、藷外囲のことには除り闘捗しなかつた。が、アモスがよら倫理的であつただけ、 ホゼアはより宗教的であつた。そして此二人の預言者は、そ、、ス︵声R・Smit︼︼︶のいふやうに一昔凍 溝敦思想や生活の歴史を通ほして今日までも僻流れてゐる庭の二つの加勢立する類型空不す。即ち 一は普遍落穂の見地から出費し、他は醐の恩寵の深い橙験から凍る。一は合理的、他は細線的で、

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二者共に人類進歩に映くべからざる要因をなす。

ヤアデュ赫が正義人造を要求する道徳別の創造者であり擁護者であるといふ信仰は既に先代に現

はれた庭であつたが、此時代においてそれが著しい進歩を遂げたことは、ヤアデュを正義の紳︵ア ヰチ︶又愛の紳︵ホゼア︶として高調した預言者達の敷設によつて疑ひない庭である。是より少し

後におけるイザヤではホゼアと同様に、ヤアグエの愛情親切が非常に桑しく措かれてゐる。けれど

イザヤの五大な戚敦の深味には、ホゼアにおけるが如き心の奥底からいたはしげにすゝり泣きする

種類のものがない。ヤアデュは彼の罪深い人民に完き眉恕を輿へ︵詣冊−︶、見かぎつた紳に還綜せ よと彼等を誘ふ︵冊い〓、そして辛抱強く、彼等に慈悲を示さんと待ち給ふ︵用忙牢それは恰もホゼア

がイスラエルを不貞の妻として措き、もし彼女が只悔ひ改めて良人に繰るならば必ず宥恕を得ると

見たのと同棲である︵イチヤは恐らくホゼアに負ふ庭が多いであらう︶。だが、ポゼアのやうな愛情の

こ王ヤ

艶かな良人であるよりは寧ろ政治家であつたイザヤにおいて、第一の重要鮎はヤアデュ紳の愛情で

はなく、細垂であつた。即ちダブヒデのやうな帝王的威放であつた。イザヤは紳の稜威に就いて古

い粗発な考から出費したけれど、彼の預言の進路においてその癖豊艶念を改造したやうに忠心れる。

前に射する恐憾は最早紳をまともに見ると云ふ軽的行為から凍る︵空欄雲︶のではなく、思想言行 の不潔に起因する︵詣研︶と見る塵,物的儀式的なものから、倫理的な恐愕に襲形し氾ことを示す。 ヘブライ預言者の信仰

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ヘブライ預冨者の信仰

︼八

イザヤでは、ヤアヴュ前の選民の靡障は単に彼等自身の汚鮎であるばか♭でなく、紳自身の発光を

傷けるものである︵Gr鼠s9mment巴q︶。イザヤと同時代に百姓預言者のミカが現はれた。彼はアモ スの再凍であるが、僻アモス以上だとコオーール︵9rnil−︶はいふ。ミカは彼の倫理的教訓をば、人々 を惰伏さすやうな威厳を以て叫び出す、F軸は汝に、おう人よ、何が薯でぁるかを示し給ふた。まの 汝に求め給ふ虞は、ひたすら正しきを行ひ∵慈悲を愛し、謙遜に汝の紳と共に歩むことだ!﹂そは

誠にアモスとホゼアとイザヤの敷設を、この簡潔な訓言に線括したものとも見えるし、またそれは

彼の先輩の何れよりもー盾普遍的だと思はれる。倫理的であることが宗教の根本要素であるとすれ

ば、何れの宗教もその倫理的性質において、これ以上に出でることはできない。

次に、ヤアグエが精神的な紳であるといふことは、特にホゼアに於て始まり、常に偶像安井に反

玩し又霊㌫りほり聖﹂二㌔、︶。辞表敦でなかつた他の譜観の宗教においては、思索的に八百萬づ

の神々をば猶一なる宇宙の臭った表現と見ることによつて一神教に撃っきつゝあつた。彼等の種々

シムポルス な偶像は即ち是等の異った諸表現の象徴であつた。虞が、賓際的なヘブライ人はてれと異ら、細垂

七崇高で純粋な精細であると思はれた紳は最早偶像と何等の関係あらとも考へられなくなった。そ

れ、はヘブライ人にと、りて偶像は象徴ではなく、何時も一個の和英老と思はれたからだ。ヤアデュが

盛衰な醐であるといふ意識は既に引苦した託遜︵バ鋤六︶の要求にも現はれてゐるが、それは益々、人

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間の誇らや倣慢を戒め望卑句に現はれてゐる︵蒜竺羊茹−七、︶。文芸ゼの枠では道徳的要求と

儀式的要求とに著しい囁別はないが、此時代の預言者は儀式の償億と道徳的奉仕とを鼓正に囁別し

又”可〃ゴ佃㌫︰露贅器ザ︶。尤も、彼等の惑拝観は純精細的なものではなかった。それはエル

サレムの紳殿とその行事を離れることはできなかつたからである。

ヤアダニとイそフエルとの親密な関係は到底不可分であるといふ信仰は、何よらも根強い信傭で

あつた。だがこの親密な園係は道徳的な契約の一種であると預言者蓮は見た。例へばホゼアは、親子

の関係の如き自然的因縁よ♭は、寄ろ結婚による道義的結線と見た。自然の周縁ではないから、審

判の日凍る時、醐はこの契約を解除L給ふかも知れぬと戒めた。イザヤもミカも、アモスのやうに 国民の頭上に落ちか1らんとしてゐる軸の審列を叫んだ。だが、ヤアヴュの正義は徹頭徹尾擁護さ

れるであらうといふ彼等の確信は、ヤアデュは国民に飽くまでも恩賞であるといふ侍凍の信仰を除

外することはできなかった。ヤアヴュは彼の契約の人民を他国への追放から結局回復するであらう 巨

いふ確信を失はなかつ芸㌍⊥崇︼、︶。追放は亡国のためでは守、采姦遜苦しめるた

めの訓凍であつて、それは正義の執行よらは寧ろ煉獄的徳治であつた。アシプア人やエデブト人は

ヤアデュの手において怒治の方便に使はれるのだと思つ共益聖撃これに開聯して預言者達はダ

ブヒデのやうな王者︵ダブヒデは何時も彼等の理想的国王であつたが故に︶を紳が遮り給ふて、民衆 ヘア’イ頓首者の信仰

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二〇

ヘブライ預言者の信仰

を苦難から救出すであらうといふ喧燥を措き初めた︵露光羊班芋、︶。これがメジャ待望の起虎 である。尤もイザヤやミカにおけるそれらの章句︵完完㌣いい佃︶は後世の書入れでぁるといふ読 もあるが、もLこの待望が異質に常時のものであつたならば、それはイそフエルがその罪のために

苦難を受けた後奇蹟釣に救はれたことが贋く世界に侍へられて、萬邦の人は来ってヤアデュと共に

歩むべく紳の濫を求めるであらうといふ速い′∼蒋凍を想像し氾ものである︵り押警宗〓㌔︶。だが

それは全く信仰が生み出した待望であつた。

預言者達の信仰を明にせんとする者は下の如き革質も見遣してはならぬ。即ちホゼアも又後にイ

ザヤもアシリア人やエデブト人と同盟を結ぶことは、ヤアデュに射する不忠だとして極力之に反射

した。エフライム固にもユダ圃にも何時も二つの業況があつて、これら小い王国の強敵を防ぐため

にアシリヤかエデブトかに援助を求めて近づかうとする一派があつた。然るに預言者達はヤアデュ

こそ唯一の援助であるとま張して外囲との連累を全然拒絶した。彼等は自分濁りの外誰も賛同者

がなかったにしても、始終ヤアヴュ真の一人として立った。

紀元前七二一年に、北部イスラエル︵エフライム︶の人民が、︵莫然漁想されてゐたやうに︶アシ ,ア人の捨となつて奪ひ去られた。これはヤアグエ崇拝が比較的純眞であつたユダ観にとりで良い

普或であつたに相違ない。だが、ヤアヴュ紳の虚弱が彼の人民をアシリヤへの追放に晴らしめたの

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だいふ感じは、ヤアデュの沖徳に謝する民衆の信仰を冷却させると共に、アシリア人の天髄崇拝が

国内に鷹がり、地方の祭壇は盛んに異国の宗旨を誘引した。イザヤやミカは極力之に反抗したが、

無益であつた。ヘゼキヤの改革も間もなく無意奴となつた。不倫や厘制や偶像崇拝は益々験屈して、

ユダの国情は極度の非患に陥つた。小さい一つかみの観で、周囲の大帝国の領土欲をそ∼るほどの ものではなかったけれど、それは七世紀の絡頃には最早滅亡の淵に臨んでゐた。この時︵紀元前六 二一年︶に﹁申命記﹂が現はれた。それは預言者的精細に満たされたものであつた。そして異国の宗

旨を取入れることは単に愚劣であるばかりでなく、それは紳の特別の人民として彼等を選んだヤア

デュに射する忘恩だと罵倒した軍謂︶。ヤアデュの人民に対する善良なる人道的精細は、貧者や異 国人に対する仁慈寛厚を国民に要求すると敦へた︵諸摘﹂譜代㌶﹂一司政審は律法重義への傾向

も少くないが、ヤアヴュの法則に全く従順であるといふ澄墟は、ひたすら後に奉仕せんとする心か

らの腰ひに見出されるといふ心情の純潔を高調し、この書の著者︵諾︶は常に軸に封する愛の必要 を説いて措かない︵完璧±一︰一一一守這㌃︶。かの有名な﹃密命の革新﹂なるものは此書の影響であ

って、それによつて少くとも形式上国民の成井をエルサレムに集中させて、役務鯛の元であつた地

方の祭壇を破壊してしまつた。イザヤがヤアデュの醐殿としてFシオン︵咤ルサ︶の前垂不可侵﹄を 叫んだことば、ミカには反射されたけれど.この改革に貢献したことは疑ひなく、それによつてヤ ヘブライ預言者の信仰

(25)

二エ

ヘブライ彗星の信仰

アブエとの侍統的親鹿銅係に射する国民の信仰を強めた。書々を勇気付けるものは絶望の威嚇では

ない。希望や信仰が魂の中に新生命を喚び起すのである。

上述の革新運動以外に、紀元前七世紀の預言は単に国民の信仰が形式主義に陥ることを難じたば

かりでなく、彼等の背信皇見めて国数を益々純異ならしめようと努めた。ヤアデュ紳の要求する奉

仕の一徹なることはその道義的要求よりも放正だと預言者達はカ祝した。他の如何なる罪よりも偶

像崇拝の罪、それがヤアグエと彼の人民との問に存する親密な関係を案すものと見えたとクエード

ブライ預言者の中最も偉大な、琴曲な、そして最も精神的なヱレミヤは全国民に反抗して極度の苦

高閲の道徳的審判官と見たが、此時代の預言者連、殊にヱレミヤは個人責任の観念をカ改した。ヘ

者の前著に対する不忠不信と相封照してゐる︵バ凱㌍一︶また前の時代の預言者達はヤアグ芸世界

は云ってゐる。従ってヱレミヤはホゼアと同様に、ヤアデュのイそフエルに射する愛情をば常に後

難を昔させられたが、彼はイっ二フ;と紳との民族的及び家族的関係の観念に最後の止めを差して、

観民の宗教をば、紳と個々人との直接の室変であるといふ見地にまで引上げようと試みた。そして

彼の力説した個々自分の行翁に対する個人的責任の観念は、個々人間の人格的訓練を通ほして自己

こ−ろ

決定的に救ひが得られるといふ一種の自力的救捧観に導いた。而も何、赫は彼を知るべき情ぉ人問

お争て ・.ト輿へ、新しい恩寵の約束を内的に樽へ、﹁彼の辞を彼等の内的精神に吹込み給ふ﹄と切言したのは、

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さすがにヱレミヤの偉大を語るものである。ヤアデュは古い選民の約束に忠賓であるから、今苦難

に隋つてゐaイそフエルに慈悲を垂れ給ふであらうといふ素朴な信仰は、既にホゼアによつて一骨

精細化されてゐたやうに、エソミヤに至っては全く純粋に精神的なものとなつた。紳は彼の人民に

ハアト 外から外的に志みを垂れるのではなく、内面的に個々人の心情を改造し、濁す′1の衷心に紳への 憧れと醐を正常に理解せんとする欲望を喚起し給ふと敦へた︵宗バ舶︶。人間は悔恨と傷心を以て紳

に近づく、醐は恩寵と愛を以て彼を被ひ給ふ。紳の恩寵の結果として、或は個々人に内在する内的

衝動の結果として、心情の革命を起すこと、それが今や宗致生活の入門的要求となつた。それは著

書を一般温徳の領域から、信仰の境地にまで異質に引上げる。だが、かやうにして道徳と宗教との

一骨完全な融合が成し遂げられるのだ。以前では、倫理は宗教の一要求でぁつた。後にミカにおい

で、宗教と道徳とは同−物となつた、即ち前に対する信仰と人に射する愛とは同二親された。廃が、

今やヱレミヤにおいては、ホゼアよらも造に精神的な意昧を以て、倫理道徳の源泉は即ち宗致にあ

車軸と人との審査にあらと見るに至った。宗教は誠に道徳の封フナ撃あつ丁 これ以上に二者の

完全なる融合は不可能である。だが、かうした宗教の深奥なる心理的及び倫理的見解の極頂におい

て昔々は屡々危険区域に近づき、もし一歩を誤れば、道徳からも宗教からもその源泉を滑濁させ

てしきフ。道徳が宗教気分以上に重んせられると、律法重義や濁書的な功徳主義に隋り、叉欝なる

へ一プライ預言者の信仰

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二四 ヘブライ預言者の信仰 宗教気分の高調は倫理的要素を除外した儀式的紳秘の校正誤りに没入してしまう。些︼つの傾向が 極端に走りかけたことは、次の時代における預言者エゼキュルにおいて明かである。だから、青々 はヱレミヤを以てヘブライ預言の絶頂に達したものと見ることができよう。 アシ,ヤ人に襲撃された嘩冒オンの紳聖不可侵﹂に対するイザヤの勇敢なる信仰は、今やヱレ ミヤによつても反対され、ユダ固の滅亡は多くの人によつて汲言された。だが、此時期に起った個 人責任の観念は、国民がその罪のために苦難を受けた後国民全能としてヤアデュの救ひに預かるの ではなく、只F正喜なる残存者﹄のみが個人的に救はれるといふ確信に預言者達を導いた。同様な 没落の蓮命が罪深いニネデュの都を待受けてゐるといふことはヱファニヤによつて預言された。だ がヤアグエはイそフエルのみならず、世界萬観の審判者なるが故に、託遜な、潔められたエ、オブエ 人の残存宕は靡墟の中から蘇るであらうと宣べた。坊大された人道の見解は最早預言者達をして、 −しもヾ︼ アシプア人やその他諸外国の民がイモフエルを懲戒するためにヤアデュの笛となるとのみ思はしめ す、諸国人も彼等自身の行動に射してヤアグエの審判に預からねばならぬといふ世界的思想に到達 させた。正直な懐疑家♪バクツクは、何故により毒しい自国人が、より兇志な外観人の手に苦しめ られるかをヤアヴュ癖に問はんとする︵坤〃㌶ク︶。ヤアヴュの彼の選民1こ射する慈悲は異邦人の罪に 対しても同様に蔑まれる。エレミヤはヱデブトやフヒ,スチナや、モアブやエドムや、其他近隣諸

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臨亦罪に対してそれぐ前の神託︵ヱレミヤ第四十六章i四十九章︶を宣告しながら.僻政界高氏 が紳の名においてエルサレムに集められるで雪う ︵宍、嘉、﹃彼等は地の蹴から彼︵ヤアグエ︶の下 に馳せ参するであらうと叫んでゐる。国家重義を打破して生れ出た個人主我は、更に世界ま我と結 合した。常時、悪習怠業が世界的に蔓延してゐたことは預言者達をして或る天地の大牽動が政教し て、あらゆる地上の住人を鯛ひするであらうと濠想させた。尤も、天地敦壁に掬する思想は後世人 の挿入したものだと見る畢薯︵㌫拍︶もあるから、確言はできないが、ヱレミヤに此思想があつたこ とを異質と見て、彼の待望せしダブヒデのやうな王者は、単にイでフエルのそれのみでなく、諸邦 の﹁義しい残存老﹄をもその時救出すであらうと彼は揚言した。今や民族的宗教は純化されて世界 的宗教となつた。 四 結 論 一、琴盲の進化に貢献せし諸要素の評慣1進歩思想と保守的信仰の相互影響。琴富者的信仰の内 容の欒化はまとして、絶間なく注入された外務の剣戟によつて彼等の思想が段々その見地を廣めた ことによると思はれる。信仰は云ふまでもなく極めて保守的なもので、そのカはそれが保守的なる ことのために却て屡々金剛力を現はす。けれどもし預言者達の心胸が、戦寄や通商と共に侵入した 新思想に向つて打開かれてゐなかったならば、彼等は日進月歩の生活事情に追って彼等の信仰を偏 ヘブライ預言者の信仰

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ヘブライ預富者¢信仰 二大 狭ならしめ、多くの他の史的宗教がそこに止って費達しなかったやうに、彼等の信仰も民族的宗敦 の形において固定休止してゐたであらう。固定偏狭の傾向はヘブライ歴史の初期から明かであつ た。けれども預言者連は進歩思想に対して決して百目ではなかった。彼等は古雅な匂ひのものゝみ を保存して、革新に反対する因襲家ではなかった。寧ろ彼等は、何れの愛国者、何れの人道主義者 にもあるべきやうに、時勢の進運に対して極めて敏戚であつた。パレスチナは恰旦二大陸の公道に 昏わ、世界思潮の市場であつたといはれてゐるやうな環境にあつて、新事情によつて暗示され又は 国外から輸入された新思想に対して、彼等は鈍感なるを得なかつたのだ。預言者達はその時代の政 治、社食.道徳、宗教事情に封する批評家であつた、普時の高等批評家であつた。彼等は批評家で あると同時に屡々改革者であつた。そして彼等の批判や革新運動は屡々彼等を死地に陥れた。それ は内面的に腐敗し壷してゐても、飼彼等の勇敢な音鉾筆叡を物ともしないほど頑強な形式にかぢら 甘いてゐた侍統的信仰に逆って、彼等は屡々哉はなければならなかつたからだ。彼等の零闘ほ現代 あちふれた言葉の上の紳畢的諭寧のやうなものでは決してなく、生命対生命の必死の格闘であつた。 彼等は屡々彼等の思想を繹明するために歴史の同顧を促す。けれどそれは必しも古い信仰を擁護せ んがためではなかった。彼等の目的とする虔は古い事賓の新解揮を出水るだけ明瞭に表現せんとす るに外ならなかった。彼等の思想はかくて昔時の国際関係から凍る経験や、国民の史的健駿によつ

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て絶間なく豊富にされ、彼等は遽徳的眞理の賓在位、即ち正義や愛や宥恕ヤ謙遜の美徳が人生に至

上の重要性をもつてゐることを二屏痛切に威せざるをえなかった。彼等の信仰は従ってその内容を

一新し、生長しゆく魂の新要求を充たすべくその古臭い観念を改造した。

然しながら如何なる進歩思想が彼等の信仰に入り凍ったとしても、もしこれらの新思想は醐のイ

ンスビレエジョンによるものだといふ彼等の本務的信仰がなかったならば、彼等の宗教は少しも進

歩し得なかったであらう。預言者達の思想は一般に彼等の心に固くくつゝいてゐる平静な確信のや

うに思はれる、それは彼等の性格とは異った瞬間的な霊威から凍るものではなく、彼等の全人格に

邁はしい生活経験の結果であるからだ。彼等自身の生活経験はそれらの新思想をば、醐が外部から

啓示されたかの如く、彼等の心に強く印象するほど力強い衝動であつた。革質、紳の啓示は吾々が

受容し能ふだけしか書々に凍るものでない。何れの要一白老も彼等の異質な性格に臭った教訓を侍へ

たことはない。アモスとミカは共に端厳な道徳的品性をもつた梓養老であつて、ホゼアやヱr、、ヤ

のやうに天地を震厳するやうな宗数的熱情のどよめきと、愛情に溢れた熱誠とを以て、どこまでも

人間的な、忠賓なる愛の神秘を披越することはできない。イザヤは政治家として天資豊富、数養卓

絶、普時の王侯賢徳の上進に高く、国民の発条として嚇灼と輝き渡ってゐる大人物であつた。従っ

て彼は崇高なる紳の名において、人間の問に自ら高しとする一切のものを恨んだ︵句。已er︶。彼の牲 ヘブライ預言者¢信仰

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ヘブライ預言者の信仰 二入 格は、醐と人との間に無量の懸隔があると見る彼れの紳観によく反映されてゐる。典型的な預言者 であるヱレミヤは彼に使命を輿へた醐と一なることを戚じ、紳の内に自分の人格は没入してゐると 考へながら、弧狗無援、悼まれ嘲られ罷られても、淘♭紳と自分の天職とに忠賓であつた。彼は国 民間胞が罪に汚れ果てた無償偲なやくざ者だと戚じながらも、僻極めて柔さしい愛情を以て.彼等 をいた/1しくも自分の胸にひつしと抱きよせ、致命的な最後の打撃を輿へんと振ら上げた紳の腕 ハート を抑へようと試みるり︵C弓・−i−−︶。かういつた性格の人でなければ、紳が人間に新しい心情を輿へ、紳 への憧れを彼の内に填び超すであらうなどいふ思想には考へ及ばなかったであらう。既成宗教の定 型や儀頑によるのではなく、心情の割盛によつてのみ、書々は紳と奥の宴交を結ぶ。ヱレミヤによ って高調された心情の純潔こそは、六百年後における﹁山上の垂訓﹂において﹃心の掃きものは幸 ひだ、紳を見ることを得るからだ﹄と叫んだ偉人の敦へに彷彿たるものがある。 上述の如く、彼等常時の環境の事情に加へて、預言者建白身の個人経験や性格がそれに導いたば からでなく、新事情における新思想を紳の啓示として鞭く彼等に受容れしめ、彼等の宗教の螢展を 蓬げしめた第三の要素は特に著しく彼等自身の信仰であつた。即ち唯一の信仰の対象に対する純真 な生一本の渇仰であつた。一切の書きものはヤアデュから凍るのだといふ本家の信仰が彼等になか ったならば、あれほど彼等の心情に大事がられたそれらの新思想をば、ヤアデュのインスビレエシヨ

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ソに蹄することはできなかったであらう。加之、彼等が紳の本性に説いての考へ方も彼等の信仰に 通はしいものでぁつた。例へば、自然の又は人馬の碗が屡々起つで悪人と共に無事の民を苦しめた 時、それは普通の道徳梓によつては全く不可解で、それがセめに彼等はヤアグエの正義に失望して、 無紳諭に陥るか、或はヤアデュは他国の紳よ多はカ弱いものだと信じて彼を棄て、異教の前に走る といふ多締約線度によつて此問題を解決したかも知れない。ところが、彼等は、さういつた疑念を ほんの瞬間的に起すことでさへも、それは如何なる罪よトソヰ8ヤアデュ紳を胃増するものだと考へた ほど、この紳の信仰に没頭してゐた。そこで、彼等はヤアヴュの彼の人民に対する取扱方の正しき を群護せんとする場合に、あ♭ふれた勧善慾窓の解滞とは違った、紳の力量の問題とは違った解繹 を熱求した。かういつた心的饅度は恐らく多神教の観では見ることのできないものであつたに相違 ない。多軸敢の固では、八百萬づの癖々に吾々の信心を分つがために、倫理的一神教を生み出すこ とは困難である。一締約に紳の神格に統一があることは人間の人格の統一に直接の関係をもち、彼 の行動に統一あ♭、彼の道徳性に一致調和があることになる。人はその友人︵同性異性に拘らず︶ に渇仰的な変の誠を捧げるほど、彼自身の情熱や戚情は純化され、彼自身の人格を高僻にする、そ して同時にその友人の人格を一屠高く見上げる。かくて一層尊敬を据せば、僻一骨彼を渇仰し、僻 一暦その友情を味ひ、又一骨友の人格を理想化することになる。心理的にかうした螺旋的遅行によ ︷プライ預言者の信仰

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︿プライ預言者¢信仰

三〇

って、ヘブライの預言者達は、物質的な祥一神教の廃墟の上に、彼等の信仰のカによつて徐々とし

て、倫理的な精神的な一癖致の思想を建設した。一切の他の宗教的観念の費展は凡て此猫一の醐を

rィぞフエルの砦﹄として死守する彼等の基本的な信仰の上に動いてゐた。ヤアヴュは生きたカとし

て常に彼等の心を充たし、彼等は異国の紳に惹付けられることは少しもなかった。彼等は異国の紳

紳をば理論的には否定しなかったが、賓際上彼等にとちてそれらは重く虚無であつた、そトて地図

の赫々に見出される二切の善美は彼等の愛慕するこのヤアグエ紳に蹄せられた。故に、ヘブライ宗

ヽヽ 数の螢展に貫献した最も重大なる要素は、最格生息味においての預言者達の信仰、即ちヤアヴュに

射する無限の愛情と彼の抵理的保護に射する確乎不抜の信戯であつたといひうる。

二、預言者的信仰覿。此論文の結語として、書々は預言者蓮自身の信仰覿即ち彼等が信仰を何と見

たか、又どれだけの重要性をそれに奥へたかを一瞥するのも無益ではない。なせなれば、信仰に関

する彼等の見解を知るは、同時に彼等自身の信仰を知ることでぁるからだ。ホゼアが﹃紳における

希望﹄と挿するものはイザヤにおいては信仰であるとマアチはいつてゐる。アモスがヤアグエを生

命と同一親したやうに、イザヤは冒し葺に信仰守ば、葺は支柱をもたない︵箪㌘といつ

て信仰と生活の根按とを同二親してゐる。ホゼアにおいて﹃軸における希望﹂が救ひの傭件である

やうに、イずヤにおいても確乎たる信腰が即ちそれである︵%還︶。されば信仰は決して智的なも

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のではない。ホゼアの﹃前の知識﹂といふのも、それは膏等の内観によつて紳のカを戚符すること でぁる。 徳行が信仰の人から現はれ出づる時、そこに吾々は紳と彼との融合を見、この融合は儀式的神秘数 におけるが如き幻魔ではなく、異質であることを示す。されば信仰は正しい思念、正しい行焉の先 行備伸であつて、その眞理は屡々その結果によつてのみ吟赦される。だが、凡ての預言者蓬の中で、 紳と最も親密な関係に立ったニレミヤは、その内容の如何に拘らす、只単なる信仰を極端に讃美し たことさへある。彼は凡ての他の細々を虚偽非賓在として排斥した な渇仰を以てその無意味な應すの宗教に熱中してゐる異邦人を指摘し、信仰の模範適例として自国 人を恥ぢしめようとした︵COr註−︶。この憩度は預言者中の預言者なる彼が、単なる信仰をどれだけ 僧侶高いものと見てゐたかを示すと同時に、如何なる素質の信仰を彼自身が持ってゐたかを語る。 吾等を醐に導くもの、.そは誠に信仰であつて、知識ではない。人格的な癖と個々人が人格的に室交 を結ぶ、それがヱレミヤの力説したやうに、宗教の本質でぁる。 ︵お餅り︶ 以上私にヘブライ預言者の信仰な紀元前七世紀頃まで辿つ㍗のでちつて、その後エゼキュル以下の預言者ド及ば光 かつ圭¢li、紙面の都合もあるが、︼にはヱレミヤみ以て純粋先預言者の橡源だこ蓮・し、其後は僧侶的要尭み加へ圭 ものであるから、﹁預言者の信仰﹂ミいふ短日の下には之ね以て限りミするみ便宜ミ考へ圭からである。 ︷プライ頓首者¢信仰

(35)

ii

彿陀諭の思想螢展は或粘からは傭致費達の中枢をなすと見ねばならぬと考へらるゝから、傭政教

途上極めて重要な地位を占むる龍樹の彿陀論は、其前と彼との史的関係から見て、非常に贋汎な影

響範囲を有することになる。従って軽々に研究し逢さる∼ものでないが、然し此方面の研究はつま

、り龍樹の彿陀諭の彿敦史上の意義を開明せむとするものであるから、此論文の関する目的ではない。

また之を狭く考へて単に寵樹一人の上で見るも、其彿陀諭は賓際上龍樹教導の仝鮭の礎石をなすと

同時に或意酸からいへば英数撃公債をなすものである。此方南もまた寵樹の偽陀諭の英数尊重懐に

於ける意義であつて、到底一小論文の研究し得るものでない。故にこの論文の目的とする併はかゝ

る方面でなくして、寧ろか1る方面の研究理解に資し得る焉の準備として、併陀諭の概念内容を尋

ねて明にせむとするのみにある。特に、寵樹の偽陀諭は彿身を法身と生身との二となす二身訣であ

るといはるゝから、今はまとしてその中の法身の意味を蒋へることとし、必要に應じて生身の方面

罷樹の法易説

龍樹の法身説

苧 井

自 /1

(36)

の内容をも明にせむとするのでぁる。飯に二身諒として彿身を底別して見るとすれば、それについ

て細かに知る必凛のある焉に.後世螢達した詭の大要を見て置かねばならぬと思ふ。

予の所謂根本傍敦と原始倣敦との両時代に於ける傲陀扱が如何なるものであつたかについでは一

に之を推論する外には方法がないが、大健は凡て一般化せられた彿陀を考へて屠って、決して歴史

的彿陀を見て居る如きことはなかったといひ得る。次で大衆部上座部の分裂した以後となると、大

衆部の方はその一般化せられた傭陀をどこまでも理想的に見る方向に進み、上座部の方では之を事

賓的に見る方向を取って、従って其解繹理解を異にして居る。この大衆部の詭に於て、異部宗翰論

述記の言を備ゎていへば、報身と化身との二身が明に言語命名の上で現はれたことになる。然七上

座部の方にあつても考としては決して一身説たることは出水ないから二身設とならねばならぬもの

であるが、然しその二身の内容意嫁が大衆部の方と同一であることの出恋ぬことはいふまでもない。

更に原始倍数から版本沸教に遡って考へても、囁別的の限で調べて行けば少くと旦一身諒となる基

を含むで居ることは明であると思ふが∵決して意識的に分化せられて考へられて居らぬから、凡て

一般化せられた悌陀で掩はれて居る一身説jいふべきであらう。か1る歴史的背景があつて後更に

諸種の青い大乗経典が種々に彿陀観を披泥し、それ等の中の重要なものを受け、造に大衆部系統の

≠揮¢注貞観

(37)

龍樗の津貞訊

三四

考一ぎ攫いで爾樹の二身詭が出でたのである。龍樹以鐘については今一々考へて見る要がないから凡 て省いて一足飛びに最後の諒ともいひ得る三身詭一般について考へて見たい。 彿身に射す旦二身訣には一般にいふて二種の考方が区別せられ得るであらう。三身の名解でいへ ば、法身報身鷹身となすのが第一のもので、法身應身化身となすのが第二のものと見るのが便宜で ある。第一のものを天台宗で詭く三身差別門の一應の説で見ると、法身は理傭で、本有の三千であ る。報身は因行の功徳によつて現はれた悌の智慧で、之を自内藤の法楽生ゃける自受用報身と初地 以上の菩薩に應現する他受用報身との二に分ける。更に應身は理智不二の妙懐から衆生済度の焉に 示現する偽身の謂ひで、之をまた初地以上の菩薩に示現する膠應身と地前の凡夫及び二乗に示現す る劣應身との二に区別する。この膠應身は前の他受用報身に外ならないものであるから、備の利他 金物の徳をまとする應身に重を置いて見れば、報身は其粘からは暫らく自受用報身だけと見撤すを 得るであらう。既に傭の自受用身であらば、之を法身と合せて、これ偽の眞身の1理智不二の自徳を 示すものとして一に見倣すことも不可能ではあるまい。故に之を逆に見て行けば、つまら彿の眞身 を開いて法身と報身との二となして明示したものとなし、同時に應身には囁別せられ得る二身を含 むで居るから、勝劣の二を合せて居る。故にか∼る鮎でこの三身詮が開具合應の説と辞せらるゝ。 第二のものを通常いはる∼金光明経でいへば、法身は具さには理法身と智法身とを食むで居るも

(38)

のであるから、前説の法身と自受用報身とを合せたものに普る理である。應身は凡て他に應じて現 はるゝ傭身であつて▼必ずしも凡夫二乗菩薩に應現する鮎を区別せす又三十二初等の無量の相好の 多少を論じないから、前詭の勝應身劣應身を合せたものに嘗ら、化身は特に、彿身を現するもので なくして、五趣の身を現するものを指していふのである。一般に應身化身の立て方は諸説によつて 複凍であつて必ずしも一敦して居ない。川前詭の膠應身を應身とし劣應身は之を化身と呼ぶ説、何 勝應身は之を報身となして劣應身のみを應身となす詭があら、此二説では前者は應身の外に化身を 認めるものであるが、後者は應身の外に化身を立てない。文化身をまとしていへば、刃二乗凡夫に

示現する彿身も玉造異類の身をも凡て化身となす訣、呵凡て傭形を現するは之を應身とし、他の異 l 形を現するを化身となす記がぁることになり、此二説中の刃は前の應身の二詭中の閏の化身に玉造 ′llヽ 異類の身を合せ加へたものであら、喝は何の應身の外に化身を別に立てたものである。今金光明経 の詭は㈲の説に立って刃の詭を区別し、川角を凡て應身の中に合せた設である。應身が應化身とも ′■l− いはるゝ粘からいへば、五趣異類と現する身も此中に食まれ得ることも考へらるゝから、金光明経 の説は應身を開いて應化二身となしたことになる。故にか∼る粘からこの種のlニ身詭が開應合真の 諒といはる∼のである。 m 三身詭は複雑なものであるから種々に解辞せらる∼が・考としては大憶以上の二種を範としで見 温樹¢法貞紋

(39)

三大 磯村¢法身漁 ることが出水るであらケ。但し超倍論の如きに於ては健相用の三大で三身説畝なす場合、右の第一 のものの法報應の名辞を用ひ、而も憶大和大を法身として眞如の四徳と智粕の大穂とで説くから、 右の第二のものの法身に普−り、また用大の下で報應二身を説いて報身は菩薩の所見であTり應身は二 乗凡夫の所見及び六濫の衆生の所見の異報身となすから、第二のものの應身と化身とに曹り、従っ て此諭からいふと法報應と法應化との名辞のみで区別するのはよくないことになるが、然し考とし では起信諭のものは第二のものに入るから、考として二種を囁別することに撞着することはない。 名辞からの区別はか∼る例外があるに拘らす賓際上には便宜であらう。更に法相宗所立の三身説ほ 自性身受用身軽化身の名辞を用ひ、右の第一のものに入るのであるが、麹化身を地前の菩薩及び二乗 凡夫拝に諸趣の衆生に対して種々の身を舜化し戚見せしむるものをいふとなすから、第二のものの 應化を食むで居ることがよく到る。そして又自性身即ち法身についても相宗たる性質上理智を囁別 せねばならぬ鮎で三身説となる所謂別粕の泣身を説いて居るのであるが、若し総和の法身をいふこ とになれば理智二法を束ねたものを指すから﹂ 自性身と受用身中の自受用身とを合せたことに打アワ 此方而に於て第二のものを必ずしも排外しないことを示Lて居る。従って右の第一のもの第二のも のは開合の差であつて、若し開の一方に立亡ば法報應化の四身となすを得るであらうし、之に反し て合の一方に立てば法化又は法應の二身となすことも可能である。即ち彿身訣としては三種に分つ

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