EUにおける議会制民主主義へ向けた発展 : 児玉昌 己著『欧州議会と欧州統合』成文堂、二〇〇四年
著者 力久 昌幸
雑誌名 同志社法學
巻 58
号 3
ページ 223‑241
発行年 2006‑06‑30
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000010957
同志社法学 五八巻三号 二二四EUにおける議会制民主主義へ向けた発展
設けていてもあまり重要な取り扱いがなされていないとされているのである ︵
︒さらには︑君主制と議会を同じ章で取り 3︶
上げ︑両者共に今やイギリス憲法の﹁生ける屍﹂と称する教科書まで見られるようになっている ︵
︒ 4︶
さて︑欧州石炭鉄鋼共同体において﹁総会﹂という名称で発足し︑一九六二年に自ら欧州議会と名乗るようになった
EUの議会については︑イギリス議会とは対照的に権限をほとんど持たない影響力の弱い組織である︑という印象が一般に持たれてきたように思われる︒発足当初には諮問機関としての位置づけがなされ︑そのメンバーについては各国議
会議員の代表が兼務するという形で構成されていたことから︑たしかに強力な機関とは言い難かった︒
しかしながら︑EUの﹁無力な機関﹂という印象は︑現在ではもはや正当化することはできない︒たしかに︑多くの
民主主義諸国の国内議会の権限と比べれば︑欧州議会の持つ権限は見劣りがするかもしれない︒それでも︑一九七九年の直接選挙の実施を契機とする権限拡大の進展により︑EUの政治システムにおける欧州議会の重要性は︑もはや軽視
することが許されないほどになっていると言っても過言ではないのである︒
こうしたEU政治システムにおける欧州議会の比重の増大に伴い︑欧州議会研究は近年めざましく進展しているよう
に見受けられる︒そして︑イギリス政治の教科書が議会にあまり力点を置かないのとは対照的に︑EU政治の教科書では︑欧州議会をEUの主要機関の一つとして位置づけて詳しく解説し︑さらにEUの政策過程における役割や個々の政
策分野における貢献などについて触れるのが通常となっている︒また︑欧州議会そのものを対象とする研究書もかなり充実しつつあるようである︒
残念ながら以上のような欧州議会研究の進展はわが国のEU政治研究に当てはまるものではない︑という基本認識を持って︑EU研究の主要分野の一つである欧州議会についてのわが国の研究におけるギャップを埋めるべく書かれたの が本書である ︵
州ほ会に対する一五年ど︒にわたる著者の注目議欧︑関本書は︑EUの主要機とるして日々発展していを 5︶ ︵一二四二︶
同志社法学 五八巻三号 二二五EUにおける議会制民主主義へ向けた発展 ﹁EUにおける議会制民主主義の進展﹂という明確な問題意識を基にして書かれた本格的な研究書である︒欧州議会に関して本書で取り扱われている問題は多岐にわたっており︑それらすべてについて適切なコメントをすることは︑EU
政治を専門とするわけではない評者の手に負えるものではないが︑とりあえず本書の概要を紹介した上で︑評者が興味を持ったいくつかの問題について検討をしてみよう︒
二 本書の概要
まず序章において︑本書の目的が以下のように示されている︒本書は︑﹁欧州統合と欧州議会を対象とし︑EUを通
して行われる連邦主義的方向での組織の形成と︑そしてその中で強力に展開されつつある議会制民主主義︵parliamentary
democracy ︶の考察を目的とする﹂︵七頁︶︒
この一文の中に︑EUを生み出した欧州統合とEUの主要機関である欧州議会に対する著者の認識が︑非常に明確に示されている︒特に注目すべきは︑﹁連邦主義﹂と﹁議会制民主主義﹂という概念である︒
著者によれば︑国際経済と社会の相互依存を進めているグローバル化の延長線上にEUを位置づける視座では︑欧州
統合とEUの本質は捉えられないとされる︒なぜなら︑グローバル化に伴う相互依存の積み重ねに基づく一般的な国際組織とは異なり︑EUは国家主権の移譲を前提として﹁固有の統合思想と政治的決断に基づく統治機構﹂を持つ組織だ
からである︒そして︑欧州統合の進展と共にEUに対する加盟国の主権的権限の移譲が進み︑﹁欧州連邦﹂という単一の政治体の構築まで視野に入ることになる︒いや︑むしろ欧州統合とEUの発展は︑﹁近代における連邦国家の形成を
アナロジーとしながら進んでいる﹂︵一〇頁︶とされている︒このようにEUの連邦主義的発展という視点を持つ著者は︑
︵一二四三︶
同志社法学 五八巻三号 二二六EUにおける議会制民主主義へ向けた発展
国連など他の数百ある国際組織とEUとの間には厳然とした相違が存在することに注意を喚起する一方︑EUの形成と
連邦国家の形成との間に見られる類似について︑むしろ注目すべきという立場をとるのである︒
欧州統合の進展によりEUに対する国家主権の移譲が拡大すれば︑個別加盟国に代わって意思決定を行う統合組織で
あるEUに対して︑その政治的︑法的行為を誰が監視し︑統制するのかという問題が重要性を増すことになる︒すなわち︑EUにおける連邦主義の発展は︑﹁同時にEUにおける政治的決定や行政についての民主的統制を必然的に要請﹂︵一
三頁︶することになる︒そして︑国家主権の移譲に伴い︑加盟国議会がEUの行為を効果的にコントロールすることができない中で︑EUにおけるいわゆる﹁民主主義の赤字﹂問題を解決するために︑EU市民による直接選挙という民主
主義的正当性を有する欧州議会の役割が重要にならざるを得ないとされる︒そして︑欧州委員会に対する監督権︑理事会との間での共同立法権︑予算採択権という三つの主要な権限を獲得︑強化してきた欧州議会は︑連邦的政治体として
発展しつつあるEUの中で︑議会制民主主義を形成し︑展開する上で主要な役割を果たしてきたという認識が示されている︒こうして︑著者によれば︑国内政治の文脈で語られることの多い議会制民主主義という概念を︑今やEUという
新たな連邦的政治体の分析に適用すべき時機が到来したのである︒
序章以下︑本書は大きく分けて次の四つの部分により構成されている︒ 第一部では︑わが国におけるEU政治研究および欧州議会研究の動向と特色について論じられている︒ここでは︑欧州統合の進展に伴い発展してきたEUの連邦主義的性格とそれを押し進める上で大きな貢献をしてきた欧州議会につい
て︑わが国で十分な研究がなされておらず︐その役割について明確な認識が形成されていないことが︑わが国におけるEU政治研究の大きな問題点であると指摘されている︒
さらに︑﹁EUの統治について︑それまでにない新たな統治の形態であると見て︑EUの統治を業界関係者︑圧力団体︑ ︵一二四四︶
同志社法学 五八巻三号 二二七EUにおける議会制民主主義へ向けた発展 加盟国行政と欧州委員会のネットワークの中に見出そうとする﹂︵四九頁︶いわゆる﹁ネットワーク・ガバナンス﹂論に対して︑著者は痛烈な批判を行っている︒著者によれば︑ネットワーク・ガバナンス論者は︑国家主権の移譲を通じ
てEUと加盟国の間には垂直的な支配
いているこ︑を看過しているところに問題があるとされる︒またEているというUのガバメントに対する視点を欠側面 −被支配しの関係︵ガバメント︶が存在︑規律EU法を通じて加盟国政治がされ
とから︑ネットワーク・ガバナンス論はEU統治に対する民主主義的統制の重要性を軽視させるおそれがある︑という指摘もなされている︒ちなみに︑上記のような問題点にもかかわらず︑ネットワーク・ガバナンス論がもてはやされる
背景には︑日本のEU政治研究の問題点として︑﹁EUにおける﹃法﹄の重要性︑そしてEUの統治についての認識が低いまま︑欧州で出される新たな﹃学説﹄もしくは﹃理論﹄に傾聴する浮薄ともいうべき性向の存在﹂︵四七頁︶がある︑
というのが著者の見方である︒
﹁欧州統合の制度形成と欧州議会の権限拡大﹂と題された第二部では︑欧州石炭鉄鋼共同体発足時には︑諮問機関と
して位置づけられていた総会︵欧州議会︶が︑いかにして立法に関わる権限を拡大させてきたかが検討されている︒まず︑単一欧州議定書によって導入された協力手続きが欧州議会の権限拡大に果たした役割を見るためのケース・スタデ
ィとして︑電力と天然ガスというエネルギー政策分野が取り上げられて検討されている︒次に︑EU条約改正のための
政府間会議とそのアウトプットとしてのアムステルダム条約の検討が行われ︑EUの条約制定過程について当初は除外されていた欧州議会が︑次第に関与を深めていく様相が描かれている︒
第三部は﹁EU政治における議会制民主主義の展開﹂というテーマを掲げて︑まず欧州統合の進展と共に顕在化してきたEUにおける民主主義の赤字問題を考察した上で︑その解消に向けた欧州議会の努力を検討している︒次に︑欧州
議会選挙法改正草案をめぐる欧州議会の対応を検討し︑加盟国の欧州議会選挙制度の共通化とEU全域を対象とする単
︵一二四五︶
同志社法学 五八巻三号 二二八EUにおける議会制民主主義へ向けた発展
一選挙区の創設を求める動きにより︑欧州議会選挙が﹁加盟国国民を代表する議員の選挙﹂から︑﹁EU市民を代表す
る議員の選挙﹂︵二六一頁︶に発展する可能性を展望している︒さらに︑欧州委員会が関わる史上空前の事件となったサンテール欧州委員会の総辞職問題とその問題に対する欧州議会の対応が︑EUにおける議会制民主主義形成へ向けた
一つの画期点として検討されている︒サンテール欧州委員会の総辞職は︑欧州議会が有する人事任免権限︑とりわけ欧州委員会の総辞職を求める﹁非難決議﹂を最大限活用して︑EU機関間でのバランス・オブ・パワーにおける欧州議会
の実質的な権限強化に作用した事件であったことが示されている︒まさに欧州議会は︑行政部の統制という議会の本来的な機能を︑この事件を通じて遺憾なく発揮したとされるのである︒
第四部では︑﹁EUの統治構造と国民投票制度の問題﹂というテーマで︑EUの行政機関である欧州委員会と代議機関である欧州議会との関係︑および︑ニース条約批准をめぐるアイルランドの国民投票をケースとして取り上げて︑E
Uにおける加盟国の民意とEUレベルでの公益との関係が考察されている︒EUの統治構造については︑欧州石炭鉄鋼共同体時代には高等執行機関を中心とするエリート主義的統合の構造が明確に見られたが︑欧州統合の深化に伴って民
主主義の赤字問題が深刻になる中で︑欧州議会の権限強化という形でEUの議会制民主主義が次第に形を成していく状況が描かれている︒また︑加盟国の民意とEUの公益については︑EUレベルで欧州議会が代表する間接民主主義と加
盟国レベルでの国民投票という直接民主主義の関係が検討されている︒著者によれば︑EUが連邦主義的方向に発展することを是とする立場からすれば︑個別加盟国の国民投票は︑EUレベルでの民主主義にとっては政府間主義に基づく
国家優先の論理であり︑少なからぬ問題を含んでいるとされる︒EUレベルでの直接民主主義の拡大を目ざすのであれば︑﹁国境をすべて超えたEU全域を単一の投票区とする﹃欧州市民の投票﹄という方向﹂︵四一七頁︶が要請されると
いうことを明らかにし︑﹁連邦国家化﹂するEUにおける直接民主主義のあり方について注目すべき問題提起をしてい ︵一二四六︶
同志社法学 五八巻三号 二二九EUにおける議会制民主主義へ向けた発展 る︒
終章において本書の議論が要約され︑欧州では近代における連邦国家の形成と類似した形で︑欧州統合とそれを体現
するEUを通じた﹁ガバメント﹂の形成が見られることが示されている︒そして︑欧州統合の発展過程で︑加盟国の国家利益を代表する国家的原理とEU全体の利益を代表する連邦主義的原理との衝突が見られ︑欧州議会の権限拡大に示
されたEUの議会制民主主義の形成と展開に見られるように︑国家的原理がEU全体の利益の促進という要請の前で後退し︑徐々に連邦主義的原理に取って代わられつつあるという認識が示されている︒なお︑本書にはEUの日本語表記
をめぐる問題について補論が付加されており︑その中でEUについて一般に使用されている﹁欧州連合﹂という訳語が︑連邦的政治体に向かいつつある欧州統合の方向性について︑いかに誤った認識に基づいているか︑という著者の主張が︑
欧州連合という用語の採用過程の検証をふまえて展開されている︒
三 ガバナンスではなくガバメント
これまで本書の概要をかいつまんで紹介してきた︒これから評者が興味を持ったいくつかの問題を取り上げて︑著者
の議論をより詳しく紹介した上で︑評者なりのコメントを加えていきたい︒
まず評者が注目する点として挙げたいのは︑本書の基本的な主張からはやや離れているかもしれないが︑ガバナンス
論︑もしくは︑ネットワーク・ガバナンス論を使ったEU政治分析に対する著者の徹底的な批判である︒
政治学や国際政治学において︑ガバナンスという概念が使用されるようになって一〇数年が経過し︑今では単なる学
問的な流行を超えて︑国内︑国際を問わず現代政治分析のための重要なツールになったと言っても過言ではないだろう︒
︵一二四七︶
同志社法学 五八巻三号 二三〇EUにおける議会制民主主義へ向けた発展
国内政治の文脈では︑﹁ガバメントからガバナンスへ﹂というテーマで︑政府の統治活動の変容について焦点があてら
れている︒一方︑国際政治の文脈では︑﹁政府なき統治︵governance without government︶﹂︑あるいは︑﹁グローバル・ガバナンス﹂という概念を使って︑世界政府︵ガバメント︶が存在しない状況で︑国民国家のみならず︑国連をはじめ とする国際機関や多国間協力枠組︑さらには多国籍企業や非政府組織などの多様なアクターが参加する国際制度形成および政策協調︵ガバナンス︶について︑関心が高まっているのである ︵
︒ 6︶
しかしながら︑先に見たように︑著者はガバナンス概念を使ってEU政治を分析することには︑懐疑的︑いやむしろ否定的な立場をとっている︒以下では︑著者のネットワーク・ガバナンス論批判について︑少し詳しく見てみよう︒ まず︑ガバナンスの定義として︑著者は室伏謙一の定義を引いている︒﹁governanceとは︑より良い国家・社会に向けて︑公的・私的アクターが多元的に参加する意思決定・政策決定過程であり︑これまでのように政府が中心となるモ
デルではなく︑それぞれのイシューによって中心となるアクターが異なる︑全く新しい行政の在り方である︒したがって︑公的部門に求められる役割は︑管理や統制ではなく各アクター間の調整である ︵
﹂︒﹁統治﹂あるいは﹁共治﹂とも訳 7︶
される﹁ガバナンス﹂とは︑著者の見るところ︑﹁多元的アクターが関与する意思決定のプロセス﹃過程﹄の概念であり︑関係する機関︵主体︶の調整機能をいう概念ということになる︒言い換えると︑トップダウンの集権的︑統制的な支配
形態である﹃ガバメント﹄に対置する概念であることになる﹂︵三三〇頁︶︒
ガバナンスに関する以上のような認識を確認した上で︑著者はネットワーク・ガバナンスを次のように理解する︒す
でに紹介した部分をあらためて繰り返せば︑ネットワーク・ガバナンス論の﹁特色はEUの統治について︑それまでにない新たな統治の形態であると見て︑EUの統治を業界関係者︑圧力団体︑加盟国行政と欧州委員会のネットワークの
中に見出そうとするものである︒つまり︑EUの統治とその特色を政策形成に関わるネットワークの中に見ようとする ︵一二四八︶
同志社法学 五八巻三号 二三一EUにおける議会制民主主義へ向けた発展 ものである﹂とされている︵四九頁︶︒
ガバナンス論︑ネットワーク・ガバナンス論によるEU政治分析に対する著者の批判の第一点は︑EU政治における
垂直的な支配
とてるいてし消解べめすを素要的力たにる分配支︑るあで部︑﹁的質本の治統権わ︑定に治統に中のスセロプ関程過の −のが関係︵ガバメント︶の視点被支配欠落しているところにある︒ガバナンス概念は︑水平的意思決な
被支配︑強制力と権力行使︑そしてその責任の所在︑いいかえれば︑権力行使をする側︑される側︑すなわち治者対被治者の関係﹂︵三三〇頁︶という視座を失わせてしまう︒しかし︑﹁EUと加盟国との権限関係でいえば︑EU条約とE
U法を介在にし︑垂直的verticalな関係が存在する︒つまり︑加盟国の主権的権限が制限されて︑しかも加盟国については︑EUの中では︑EU法の国内法への優位性︑直接適用性が規定されて︑その機関と下部機関︵sub entity︶との
間では︑垂直的な権力と支配の関係を貫徹させている﹂︵三三三頁︶とされる︒
一言で言うならば︑EUはその権限の及ぶ領域に限定されているとはいえ︑確実にガバメント︵垂直的な支配
−被支
配の関係︶を形成しており︑それを看過させるようなガバナンス概念による分析はEUの本質を誤解させかねない︑というところに著者は激しい怒りを感じているように見受けられる︒
第二に︑ネットワーク・ガバナンス論は︑EU統治に対する民主主義的統制の重要性を軽視させるおそれを有してい
るという点が批判される︒ネットワーク・ガバナンス論の議論は︑多様な利害関係者が参加する政策ネットワークの中で進行するEUの意思決定過程に注目するあまり︑垂直的な支配
−被支配の関係を有する﹁EU統治から生じる民主主
義の確保の問題にたいし︑最終的な政治的行為の結果責任の所在を見失わせかねない危険を孕んでいる﹂︵五〇頁︶︒なぜなら︑EUの意思決定過程に多様な集団が参加し︑結果としてのEUの政策に多くの利害関係者の意見が反映される
という認識では︑EUによる権力行使︑特に欧州委員会などによるEUの行政行為に対する民主主義的統制についての
︵一二四九︶
同志社法学 五八巻三号 二三二EUにおける議会制民主主義へ向けた発展
軽視につながり︑EUの誤った行政行為︵サンテール欧州委員会の腐敗など︶を︑結果として追認︑擁護する事態にさ
えなりかねないからである︒著者のうがった見方によれば︑ネットワーク・ガバナンス論には︑﹁全般的な国家への不信感か︑議会への不信︑あるいは行政への過信がその思想的背景にあるか︑行政の効率性こそが確保されるべきである
とする行政優位の本性的な思想が隠されているようにさえ思える﹂︵五四頁︶とされている︒
これに対して著者の立場は明確である︒統治︵ガバメント︶の本質的部分は支配と被支配の関係であり︑それは必然
的に独裁と民主主義の問題を生むことになる︒EUの統治機構についても︑独裁の回避と民主主義の確保という問題は重要な課題となる︒それは︑﹁すなわち︑一方で統治組織における権限分割をいかに制度化するかというEUの機構の
問題と︑もう一つEU加盟国の市民の意思をその機構の中にいかに取り込み︑これを反映させることができるかという問題である︒言い換えれば︑権力の独走を避けるための権力分立の機構の確立と︑治者と被治者の︑EUを動かす機関
と市民の意思をいかに確保するかという︑民主主義の装置の確立の問題である﹂︵三三五頁︶︒このようにEUにおける民主主義の問題を真摯に追究する筆者の問題意識が︑EUの中で紛れもない民主主義的正当性を有する欧州議会の研究
に向かうのは容易に理解できるところだろう︒
さて︑ネットワーク・ガバナンス論に対する著者の基本的な批判点については︑評者もかなりの部分について同意す
るものである︒たしかに︑EUと加盟国との間には︑後者の前者に対する国家主権の移譲を通じて︑ガバメント︵垂直的な支配
−ネットワークを視座についての点この︑が論ガバナンス・︒被支配する存在なからず少が要素の︶関係の曖
昧にした上で︑EUを他の数多くの国際機関と同列に並べてそのガバナンスの有り様について検討するというのであれば︑それはEUの本質を見失わせることにつながると批判されても仕方ないだろう︒また︑多様な利害が関わる政策ネ
ットワークにおける意思決定過程を重視するあまり︑ネットワーク・ガバナンス論は︑EUにおける政治的行為の最終 ︵一二五〇︶
同志社法学 五八巻三号 二三三EUにおける議会制民主主義へ向けた発展 的な責任の所在の明確化︑言い換えれば︑EUにおける民主主義的統制の問題を軽視しているという著者の指摘も︑傾聴すべきところが多いように思われる︒
しかしながら︑ネットワーク・ガバナンス論に対する著者の激烈な批判は︑ネットワーク・ガバナンス論とは逆の極端な立場に接近しつつあるのではないか︑という一抹の不安を評者は感じざるを得なかった︒すなわち︑EUにおける
﹁ガバメント﹂の存在を強調するあまり︑逆にEUの﹁ガバナンス﹂を軽視してしまわないか︑という不安である︒
グローバル・ガバナンス論のような︑多様なアクターによる国際制度および政策協調の実施といった﹁政府なき統治﹂
の枠組を︑そのままEUにあてはめるのは適切ではないが︑EUの統治がすべて垂直的な支配
レヴ︑地方︑地域や政府レベルの国家している有れもないガバメントを紛また︒い難い言っているとは立り成トだけで −被支配というガバメン
ェルの政府の統治についても︑近年﹁ガバメントからガバナンスへ﹂というテーマで︑それまでのようなトップダウン型の政策形成とは異なり︑多様な主体の参加する政策コミュニティ︑もしくは︑争点ネットワークを通じた政策形成に
注目が集まっているのである︒典型的なガバメントを有する国民国家のガバナンスについて関心が高まる中で︑国民国家ほど確立したガバメントを持たないEUの統治について︑ガバナンスを抜きに語ることはできないのではないか︑と
いうのが評者の率直な印象である︒
特にEUでは︑EUレベル︑国家レベル︑地域︑地方レベルの政府間での権限や権威に関する多様な配置︑そして︑各レベルや多様な主体の間での政策協力や競争により︑﹁多層ガバナンス︵multi-level governance︶﹂について語られる
ようになっている︒もちろん︑EUのガバメントを看過する視点は望ましいものではないが︑ガバメントとガバナンスの両方の視点を持って多層ガバナンス化しているEUの統治を分析すべきではないか︑というのがEU研究については
素人同然ではあるが︑評者が抱いた感想である ︵
︒ 8︶
︵一二五一︶
同志社法学 五八巻三号 二三四EUにおける議会制民主主義へ向けた発展
なお︑著者の名誉のために付け加えておくが︑著者はガバナンスの視点を全面的に否定しているわけではない︒たと
えば︑﹁加盟国の官僚機構や業界団体など様々なアクターが関与する多層構造があり︑EUの政策決定は複雑なプロセスを経るものであること︑そしてそのようなEUの社会学的な考察の価値を否定するものではない﹂︵四九頁︶という
記述や︑EUが多数の加盟国により構成されていることから︑﹁必然的に多様な政治主体が関与する水平的なネットワーク・ガバナンスを発展させつつある﹂︵六一頁︶という記述も見られるのである︒しかし︑ネットワーク・ガバナン
ス論に対するあまりに厳しい批判とEUの﹁ガバメント﹂を強調する著者の熱のこもった主張が︑ややもするとEU統治の現実に関する冷静な観察を困難にするおそれはないか︑という若干の危惧を抱いた次第である︒
四 比較研究とEU︑欧州議会
ネットワーク・ガバナンス論によれば︑EUは単なる国際機関でもなく︑それまでの国民国家とも異なるまったく新 しい﹁特異な︵sui generis︶﹂政治体とされている︒そして︑国家と非国家主体が相互作用する多層かつ多様な組織の集合体である極めて﹁特異な﹂EUという政治体を分析するためには︑それまでの国際関係論や比較政治学で使われて
きた概念をそのまま適用すべきではなく︑新たな概念を開発する必要があるということになる︒要するに︑国際関係論のアプローチは国家間の関係を分析する上で有用であり︑比較政治学のアプローチは国家の内部を分析するのに有効で
あるが︑国家を超えたまったく新しい政治体であるEUの分析には両者ともに不適切というわけである︒
著者は︑﹁EUが今までにはない特別な︵sui generis︶組織﹂︵六六頁︶という点について︑ネットワーク・ガバナン
ス論と共通の認識を有している︒しかしながら︑EUと既存の統治形態との比較を排する立場をとらない点で︑著者は ︵一二五二︶
同志社法学 五八巻三号 二三五EUにおける議会制民主主義へ向けた発展 ネットワーク・ガバナンス論と袂を分かっている︒著者によれば︑人類の長い歴史上の経験を通じてEUと比較しうる統治形態としては︑アメリカに見られるような連邦制が挙げられるとされている︒そして︑﹁統治の形態に注目して言 えば︑EUは明らかに人類が統治の一形式として実践してきた連邦を原型にしているということであり︑その点でいえば︑sui generisではない﹂︵六六
−質究会で受けた問がである﹁EUが研者六べ七頁︶とまで述て著いる︒さらに︑新
しい統治の形態であり︑国家を援用しては語れないのではないか﹂について︑﹁人類の統治についての知的経験を離れては︑この﹃新たな﹄組織の統治も語りえない﹂︵五四頁︶として︑国民国家の統治との比較を重視する姿勢を明確に
しているのである︒
EUと他の統治形態との比較分析の重要性については︑評者も著者と考えを同じくするものである︒たとえEUがま ったく新しい﹁特異な︵sui generis︶﹂政治体であるとしても︑他の統治形態との比較は可能であり︑また望ましいと考えるからである︒かつてトクヴィルがアメリカの民主主義を検討することによりヨーロッパにおける民主主義の理解
を深めたように︑そして︑アリストテレスの時代から現在に至るまで比較分析は政治学に豊かな知見をもたらしてきたように︑EUを検討する上で比較研究は大きな貢献をもたらすのではないだろうか︒
著者のようにEUと既存の連邦国家を比較するアプローチ︑あるいは︑ヨーロッパ諸国に見られる多極共存型民主主 義︵consociational democracy︶やコーポラティズムの枠組でEUを分析するアプローチは︑欧州統合研究に大きな成果をもたらしてきたし︑今後も研究の発展可能性は大きいものと思われる︒さらに言えば︑ネットワーク・ガバナンス
論が使用するガバナンス概念についても︑国内政治における政策コミュニティや争点ネットワークの議論が︑概念形成とその精緻化にかなり貢献しているので︑EUのガバナンスは他と異なる特異なものであるとしてガバナンスに関する
比較研究の可能性を自ら閉ざすことは︑あまり生産的な態度とは言えないだろう︒
︵一二五三︶
同志社法学 五八巻三号 二三六EUにおける議会制民主主義へ向けた発展
さて︑EUと他の統治形態との間の比較分析の意義を認めるとすれば︑最も有望な比較研究分野の一つが欧州議会研
究であることに疑いはないであろう︒議論の余地はあるかもしれないが︑EUの主要機関の中で︑国民国家の主要統治機関との間の比較分析を行う対象として︑最も適していると思われるのは欧州議会ではないだろうか︒まさに比較政治
学によって開発され構築されてきた議会研究に関するさまざまなアプローチは︑欧州議会における政党間連合︑立法過程における議員行動︑欧州議会選挙における投票行動などに適用可能であり︑また実際に適用されているのである︒
このように欧州議会を比較の枠組の中で検討することは︑単に欧州議会に関する実証分析の進展にとって意味があるだけでなく︑欧州統合とEUにとって規範的な意義がある︒なぜなら︑著者も繰り返し強調しているように︑EUにお
いて﹁民主主義の赤字﹂問題が深刻化しているという認識が広がっているからである︒加盟国からEUに移譲される主権の範囲が拡大しているにもかかわらず︑それに対応する民主主義的制度の構築が十分に進んでいないことが︑民主主
義の赤字問題の根源にある︒言い換えれば︑理事会での採決に特定多数決制が適用される分野が拡大するとともに︑EU立法に対する加盟国議会の影響力は低下せざるを得ないが︑EUの中で民主主義的正当性を有する機関である欧州議
会が︑権限を拡大させているとは言え︑共同立法機関という地位を超えてEUの主要な立法機関となり得ていない状況が︑民主主義の赤字問題をもたらしていると言えるのである︒欧州議会の比較分析は︑EUが直面するこうした民主主
義の赤字の現状を把握し︑その上でEUの民主主義を発展させる方向での解決策を模索するのに大きな役割を果たすことが期待される ︵
︒ 9︶
EUの比較研究に関して著者に一つだけ苦言を呈するとすれば︑EUと他の統治形態との比較研究の重要性を認めているにもかかわらず︑本書においてEUと他の連邦制国家との間での比較分析が展開されていないことが残念であっ
た︒もちろん︑本書のような浩瀚な研究書でも紙数の限りはあるので︑比較分析にまで手が回らなかったのはよく理解 ︵一二五四︶
同志社法学 五八巻三号 二三七EUにおける議会制民主主義へ向けた発展 できる︒﹁欧州では近代の連邦国家の形成と類似した形で統合組織を通じた﹃統治﹄︵government︶の形成が行われている﹂︵四三三頁︶という認識を持つ著者が︑今後EUの発展過程と近代連邦国家の形成過程との本格的な比較研究を
実施することを期待したい︒
五 おわりに
―
﹁欧州連合﹂を超えて―
最後に︑EUの日本語表記問題を取り上げた補論について若干コメントしたい︒現在︑マス・メディアを中心として︑EUの日本語表記として﹁欧州連合﹂が幅広く使用されている︒著者は︑以前 に発表した論稿の中で︑マルクスの﹃共産党宣言﹄をもじった刺激的な文章を使って︑﹁EUEuropean Union=欧州連合﹂という訳語の問題性を明確に示していた︒
﹁日本には妖怪が徘徊している︒﹃欧州連合﹄という名の妖怪が︒この現代的妖怪はやっかいである︒膨大な数の新聞を生み出す︑マスメディアという魔法の帽子をかぶっているが故にである︒そしてそれは日本の大衆をEUというもの
の性格と欧州統合の発展についての認識について︑迷宮に誘い込んでいる﹂︵四七四頁︶
補論では︑一般にEUの日本語表記とされる﹁欧州連合﹂について︑その採用過程上の問題︑採用に伴う関連用語上の混乱︑EUの政治的性格とその発展方向性に関する認識を誤らせる危険性という三つの点について議論がなされてい
る︒
著者によれば︑﹁欧州連合﹂という日本語表記は駐日欧州委員会代表部によって採用された︑いわば公式の自己表記
であるが︑その採用過程は極めて不透明なものであった︒多くの実証的EU研究者は﹁欧州同盟﹂という表記を使用し
︵一二五五︶
同志社法学 五八巻三号 二三八EUにおける議会制民主主義へ向けた発展
ていたにもかかわらず︑﹁EC設立条約についての翻訳とEUの形成過程についての第一次資料に基づく実証的な業績
がないわずか二名の政治学者﹂︵四八一頁︶の助言により︑﹁欧州連合﹂の表記が採用されることになったのである︒学界ではマイナーな使用法であった﹁欧州連合﹂であるが︑駐日欧州委員会代表部による採用決定とともに︑日本新聞協
会を通じて﹁統一的に﹂流布されることとなった︒なお︑欧州統合の研究を目的とする日本EU学会では︑多くの学会構成員の強い反対を反映して︑﹁欧州連合﹂という表記は学会規約に採用されていない︒
幅広い学問的検討を経ずして採用された﹁欧州連合﹂という表記は︑教育現場を中心として学問上深刻な混乱をもたらしていることを著者は指摘する︒すなわち︑国家主権を前提とする国際連合や自由貿易圏にすぎない欧州自由貿易連
合︑そして︑域内関税の撤廃にさえ至っていない東南アジア諸国連合などの国際協力組織と︑﹁主権移譲の同盟関係﹂を形成したEUが︑同じ﹁連合﹂という表記で同列に扱われているために︑両者の間の性格の相違がまるで識別できな
いという問題である︒
さらに︑EUではunionは重要な用語であり︑European Unionのみならず︑ever closer union, Political Union, Monetary Unionと多数使用されているが︑それらが恣意的かつ無原則に訳されているために︑同じunionという用語が使われているにもかかわらず︑組織の総体には﹁欧州連合﹂という表記がなされ︑その構成要素に﹁通貨同盟﹂などという表記
がなされるなどの混乱がもたらされることになる︒
駐日欧州委員会代表部が採用した﹁欧州連合﹂という日本語表記の致命的欠点は︑EUの連邦的政治体へ向けての発
展について正確な認識を阻む危険をもたらすというところにあると著者は指摘している︒そして︑﹁欧州連合﹂という表記を採用することで︑﹁連邦組織をめざすべきか︑国家連合組織であるべきか﹂という欧州統合とEUの将来をめぐ
る路線闘争において︑無意識のうちに後者に荷担しているということを︑著者は厳しく批判する︒欧州統合の到達点に ︵一二五六︶
同志社法学 五八巻三号 二三九EUにおける議会制民主主義へ向けた発展 ついて︑単なる﹁国家の連合﹂ではなく︑それを超えた欧州連邦あるいは欧州合衆国が展望されるとするならば︑﹁欧州統合の到達点を﹃連合﹄に限定したというその一点において︑﹃連合﹄という表記はEUの方向性をまるで表現でき
ない表記であり︑誤訳︑いな悪訳である﹂と著者は断じ︑﹁欧州連合﹂ではなく﹁欧州同盟﹂こそがEUの日本語表記として相応しいことを力説するのである︒
評者も﹁欧州連合﹂という日本語表記についての問題意識を著者と共有している︒いや正直に言うならば︑この問題に関する著者の議論に説得された結果︑最近では﹁欧州連合﹂という表記を全く使用していないのである︒しかし︑こ れまた正直に言うならば︑﹁欧州同盟﹂という表記を使用することについても若干の違和感があるために︑今のところEUの日本語表記は使用せず︑EUまたはEuropean Unionとだけ記述している︒その理由は︑著者のお叱りを受ける
かもしれないが︑わが国の文脈で言うならば︑﹁同盟﹂という用語にはやはり軍事的色彩が色濃く反映していると考えるからである︒もちろん︑ヨーロッパの文脈で言うならば︑ever closer union, Political Union, Monetary Union があり︑
それぞれ﹁いっそう緊密な同盟﹂︑﹁政治同盟﹂︑﹁通貨同盟﹂という訳語が定着している︒また︑EUにおいて外交安全保障の分野でも共通政策の形成と実践に向けた動きが進んでいるために︑軍事的要素を含む﹁同盟﹂をEUの表記とし
て使用することに問題はないと見ることもできる︒
しかしながら︑わが国で﹁同盟﹂と言えば︑まずは軍事同盟であり︑最も身近な同盟として日米同盟があることを考えれば︑個人的な感覚ではあるが︑やはり﹁欧州同盟﹂という表記の使用には二の足を踏まざるを得ない ︵
︒やや詭弁的 10︶
ではあるが︑著者の議論を逆手にとれば︑連合という表記の使用により国際連合とEUの相違の識別が困難になっているとすれば︑同盟という表記の使用は日米同盟やNATOを通じた米欧同盟とEUの相違に対する認識を困難にするこ
とはないのだろうか ︵
︒ 11︶
︵一二五七︶
同志社法学 五八巻三号 二四〇EUにおける議会制民主主義へ向けた発展
以上︑EU政治についてはほとんど素人に近い評者が︑わが国における欧州議会研究の到達点を示す本書について︑
率直に感じたままをコメントしてきた︒門外漢の立場からのコメントなので︑EU研究の専門家には冗長あるいは的はずれという論点も多かったのではないかと危惧している︒しかし︑欧州統合の進展により加盟国の国内政治とEUレヴ
ェルの政治の結びつきがいっそう緊密になるに従って︑評者のようにイギリス現代政治を専門とする者にとっても︑EUの動向を視野に入れずしてイギリスの政治を語ることができない状況に至っているのである︒その意味で︑今後とも
本書のような第一級のEU政治研究に対するアンテナを敏感に張って︑その成果をどん欲に取り込んでいきたいと考えている︒
本書を︑EUを専門に研究する研究者︑学生のみならず︑ヨーロッパ政治あるいは現代政治一般に関心があるすべての人々にお薦めして︑筆を置くこととしたい︒
︵
︵ 1︶中村英勝﹃新版イギリス議会史﹄有斐閣︑一九七七年︑八三頁︒
―一三四﹄そして改革へ展開勁草書房︑二〇〇二年︑ ―さない︑としてのという三つの原則により︑イギリス統治機構最高機関の地位概説を・由来イギリス憲法﹃加藤紘捷︒しているのである有 な法前はを法後︵いよれさ束拘りに会議す廃服︶︑に去に査審法司るよ所③判裁は法定制会議の過に法項②ついても立する権限を持ち︑事 2的法るす対に議限権法立の会と︑ばえ言で言一︑は約権主会議制︶が︑るなかい①は会議のスリギイち存わなす︒るす味をとこいなし在意
︵ −一三九頁︒ estminster W3自身およびイギリスジャッジ︵モデル・ウエストミンスター﹁である型議会制民主主義議会は︑︶﹄政治制度の連合王国﹃著書︑を
Model︶﹂の検討から始めている︒その理由として︑イギリス政治制度の中核に議会が位置していること︑そして︑ウエストミンスター・モデルがイギリス政治の実態から乖離しているという批判にもかかわらず︑それに取って代わるモデルがいまだ存在しないことの二点が挙げられている︒イギリスの政治家や官僚がイギリス政治を見る認識枠組として︑ウエストミンスター・モデルは根強い影響力を保っているというわけである︒David Judge, Political Institutions in the United Kingdom︵Oxford: Oxford University Press, 2005︶, pp. 2324. ︵一二五八︶
同志社法学 五八巻三号 二四一EUにおける議会制民主主義へ向けた発展 ︵
︵ Cambridge: John Kingdom, .12ch. , 2003Press, Polity ed.d 3rBritain, in Politics and Government 4︵︶︶
︵ ―︒があるのみであった一冊のただ一九八二年︑成文堂﹄選挙制度と限 ―5日本語関著者によれば︑本書の刊行まで︑欧州議会に超国家的権でして議会ヨーロッパ﹃金丸輝男︑としては︶な本格的かれた書研究書 七同志社政策科学研究戸政佳昭﹁ガバナンス概念についてのと検討﹂﹃整理﹄︑二〇〇〇年︑三〇第二巻 ず意識せい︑あいま十分︑をい違のとトンメバガ形はな使でも︒るあでらかるあものるガいてっ中を念概スンナバにの研たし用使をスン究 6に用する際メは︑ガバをン使ナ念概スンとバガに析分治政内国ト︶のばナバガ︑らなぜな︒いならなれ違けなし用使らがなし識意十をい分
︵ −三二六頁︒
︵ ――﹂﹃﹂︶〇〇〇二︑第九一号民主国家とガヴァナンス﹁展望︑その成果と今後の年季刊行政管理研究﹄七︒頁〇 and State Democratic ’ ”Forum Global II “Governance in the XXI Century‘7︶二一世紀﹁フォーラム第二回世界︵︺報告︹室伏謙一における Union Study Simon The Hix, of the European “するなガバメントを統的分析と新しいガバナンスを重視する分析の総合︒えている訴を重視 in EU HixSimon Duality New a Towards Research” “8伝著名なお︑EU政治システム研究でなサイモン︑・ヒックス︵︶も︑︶名目でという
II: The ‘New Governance’ Agenda and Its Rival”, Journal of European Public Policy, Vol. 5, No. 1, 1998, pp. 3865.︵
︒のし察考を大拡限権会最議州欧りよに組枠た近分のるあがのもなうよ次の︑はてしと書究研析の判自論を批的に検討して構築した独択 Politics: Basingstoke: Palgrave IntroductionEuropean Macmillan, 2005Comparative , p. 99.Bale, im TA 9︶︵︶︑新制度論と合理的選なお Berthold Rittberger, Building Europe’s Parliament: Democratic Representation beyond the Nation-State︵Oxford: Oxford University Press, 2005︶.︵
︵ とする︒ないだろう少は異論︑にあることには基礎がその軍事的関係 10 つ安ると言えるだろうが︑日米を保で中心に盟同米日︑んろちもあ係いくても︑単なる軍事同盟ではな︑関政治経済を含む総︶的な同盟合
︒にいうに恥じない政治体日本語表記発展日を待つことにしたいする するにより進展の連邦主義的統合︑展望が著者としては評者E︑︑Uが﹁欧州同盟﹂ではなくていることにある名実共に﹁欧州連邦﹂と︒ 11 unionallianceじは因原のみ悩の者評るすに関用使の記表ういと盟同州欧︑と﹁当同盟﹂という︶語が割りてとられ同︑に語用のつ二うい訳
︵一二五九︶