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アメリカ教育における自我,伝統,社会秩序

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アメリカ教育における自我,伝統,社会秩序

ジェイムズ・シールズJr.

The Self, Tradition, and Social Order in American Education

James J. Shields, Jr.

1970年の2月4日の授業の最初に,私は,お互に向い合ってディスカッショ

ンするために,席を動かして大きな円を描くよう学生達に求めた。その反応と して,数人の学生が椅子をもちあげ,円を作れるように移動した。しかし,ほ とんどの学生達は,ほんのすこし腰をうかせ,頭を前に倒し,そして椅子を傾 けながら数インチ前にひきつっただけであった。この行為は,私の要求に応え るようにみせかけるものであったが,実際には彼等は全く私の要求に応えるこ とはしていなかったのである。明らかに学生達はお互に近づきたいと望んでは

いなかった。

 授業は第ニセッションに入ってほんの数分というところだったが,すでに私 は新しい,人間的な学習の方法(human way for learning)に対する圧倒的な 学生の受動性と抵抗とに直面したのであった。この抵抗に立ち向かうのに一番 良い方法は,ここで起こっていることに対する私自身の反応をクラスの学生と 共に分ちあうことであるように思われた。私は,彼等にその行動がいかにこれ までの学問的な経験を象徴しているかということについて語った。私は,彼等 がどのようなイメージを他人に与えていると思っているのかを尋ねてみた。彼 等が描き出したのは,学問的な装備の重みの下でその場所から動けずにバタバ バタしている,身を屈め,自らを卑下するグループの姿であった。彼等の動作 は彼等を遠くへ行かせるものではなく,特定の方向へ行かせるためのものとい

うのでもなく,ただ動作ための動作にすぎなかったのである。

(2)

 この私の教育日誌からとった例は,学校の中では,全く正常な人々に屡々恐

ろしい出来事がひきおこされるといった,おかしな現象を反映している。そし て,こうしたことは都会でも田舎でも,アメリカ人でも外国人でも,多数派で も少数派でも,現在でも過去においてもみられ,そして,このことについては 将来に対する見通しも決して良いものではないのである。私達は学校では何を 教えられたかより,何を学んだかが大切なのだといわれてきた。しかし,多く の学生達には,基本的なコミュニケーションや文化的な歴史よりも,服従,屈 伏,拘束感といったものの方が,はるかに深くきざみこまれる。学校は,ごま かしをしたり,権威に対して盲目的に従ったり,他人を犠牲にしてうまく競争 する方法等を教えるために作られたのではないのに,現実には,そうなってい

る。

 俗物根性や特権の要塞として,学校は社会の特定の部分あるいは特定の支配

的な人々の行動様式や価値観を支持し,そしてそれ以外の人々に劣等性の感覚

を注入していると批判される。学校は,学生に幻想を押し付けながら,同時に それを打ち砕いている。こうした方法によって,失敗の痛手は,学生にとって ますますひどいものとなっている。

 自  我

 このような批判に対して,1960年から1970年にかけて,個別性,選択,充足

感を奨励するような学校改革を求める強いリベラル派の運動がアメリカ合衆国 で現われた。探求,多様性,変化を奨励する学校環境の促進ということが,あ

らゆるレベルの学校で提唱された。

 ボー・一…ル・グッドマンはリベラル派の考えを,次のように述べている。

  「最近の革新主義的教育(progressive education)は,1984年の傾向とジョー  ジ・オーエルが呼ぶにいたった社会工学(social engineering),すなわち権  威主義的な規則に対する服従,(組織への帰属ではなく)役割の演技,競争  によるコミュニティの破壊,個人的には意味のない,段階づけられた客観的  知識といったものに対する反作用である」。

 リベラル派は,学校での個人の扱われ方に反発している。我々の社会では,

個人は過小評価され,物や組織が過大評価されていると,彼等は主張する。彼

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等のいうところによれば,学校は,このような傾向を反映しており,生徒に自 分達は役立たずだと思わせ,個性を軽視し,生徒達の重要性は学校,国,経済 といったものの目的にかなう能力を発揮するところにあるのだと吹き込んでい

るのである。

 学校は個人に対して,その主権を制度の側に明け渡し,単に命令に従うこと を要求していると,これらの批評家は主張している。学校は,社会的,政治的 そして経済的矛盾に対して盲目で,自分自身の生活の中で,あるいはより広い 社会に出ても,活動的な役割をはたすことができないような人間を作り出すた めに働いている。学位は無抵抗と追従の精神を象徴しており,そしてこのこと が大企業において学位が雇用の条件となっている理由の多くを説明している。

 我々の社会機構は,個人が工場における原材料であるかのように扱われる,

非情で機械的な権威主義のシステムへと発展してきた。自我は常に押し殺され ている。チャールズ・ライクは,次のように述べている。

  「学校は自我を破壊する荒々しい機械であり,それは自我を管理し,自我  に不当に干渉し,自我を磨り減らすものであり,自我の認識を高めるために

 は寸暇も与えない」。

 有機体としての自我の全体性を分割するあらゆる努力がなされている。思想

と行動,創造と労働,感覚と知性,そして価値と事実とが分離されている。さ らに悲劇的なのは,自己認識と自我の全体性の否定に対して抗議するという自 然な反応が侵され,現われてこないことである。

 リベラル派のいっていることの多くは道理に適っており,敏感な教育者に

とっては,日常的に明らかなことである。しかしながら,彼等の提案には,はっ きりとした限界がある。こうした考えを教室で実践しようとする教師達の多く は,うまくいかなかったり,失望したり,打ち負かされたりさえしている。問 題は,自由論者が個人主義と人格主義を方法とし,あるいは前提としていると いうところにある。彼等は私的(内面的)なリアリティに専ら焦点をあて,社 会的なリアリティを見失っているのである。

 社会秩序

 公立学校にしろ私立学校にしろ,専門的な教育者は重大な教育政策決定にあ

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たっては指導性を発揮しないというのが,現実である。彼等は,産業システム が要求し,国家的な視野にたつ様々なグループによって調停された社会的な要 請に対応している。

 我々は,いま,教育委員会が政策を立て,教師を審査し,教科書を検査して いた初期の公立学校の時代とは,時代も権力も異にするところにいる。教育の 管理は,素人の委員会の手から官僚の手へと移っている。現在では,学校は我々 の社会の支配的な官僚機構のサービス・エージェンシーとして機能している。

多くの他の制度についてと同様に,別の時代の理念が,現実にはそうした神話 とは矛盾する諸関係を正当化するために用いられる。「標準」という概念は,

学校関係者が定義するように,19世紀の野蛮な,高度に競争的な,そして個人 主義的な自由放任の強盗神士達の価値観と学問的に同義語であるということが 明らかになっている。この結果,生徒達はバラバラに投げ出され,お互に敵対 的な位置に置かれることになる。

 消えるべき神話の中で,最初の,そして最も明白な神話は,アメリカはきわ めて多様な独立した個人と,相対的に平等なグループから成り立つ,自ずから バランスのとれた社会だというものである。我々はみな個人的にも,ある特別 なグループのメンバーとしても,平等な力を所有してはいない。大多数の人々 の生活を決定しているのは,まず大企業である。現代の人々の運命は,ますま すこれらの企業に依存している。いわれたとおりに組織に仕えるという巨大企 業の世界に,我々は生きている。これらの企業は,たんなる経済力を超越して,

すでに社会的,政治的にも大きな力をもっている。

 ガルブレイスのいう新しい産業国家は,このような企業がただ単に市場の行 動を運営するためにだけでなく,外見上は企業が奉仕していることになってい るはずの人々の社会的態度を,逆に形成・教育するために,その資源をいかに 動員しているかを考察している。これらの大企業の多大な力の前では,宗教,

教育,家庭といった他のどんな組織も,真の自律性を維持しえない。このよう な大企業は我々の社会の基本的機関として,侵すべからざるものとして聲立し

ている。

 ダニエル・ベルは,かつて,企業は染型のようなものであると評したことが

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ある。なぜなら,企業のリズムは,微妙な方法で染料が布を染めていくように,

人々に影響を与えているからである,と。我々の生活のどんな部分にも,技術

と管理の支配のいきわたっていないところはない。我々の社会は,調整,予定,

計画の世界であり,最大化と最適化が標語となり,効率によって徳が定義され

る世界である。組織は機械のように動き,人間は機械のように機能する。我々 のリズムは機械的に歩調をあわされ,順番に規律正しく,一様に調整される。

 消費社会

 我々の社会において最も広く受け入れられている原理の一つは,物をすこし でも多く生産し,販売するほどよいということである。国民総生産(GNP)の

年間増加額が社会的成功の基準としてつかわれている。しかし,成長理論を,

現代の世界的に広がる宗教の一つだとするホルトは,成長とともに全ての問題

が解決すると期待することはできないと指摘している。

 我々は急速に進行する消費の世界に囚われている。人間性の要求より物の生 産,販売そして消費の方が重要となっている。理性は,感情の犠牲の上に,虚

偽であるほどに持ち上げられているし,仕事と遊びは分離されている。個性,

人々の自然な反応そして人間関係の喜びが抑制されている。ポール・グッドマ ンは,我々はこのような社会の中で「愚にもつかない」成長をしていると,何 年も前に書いている。人より物あるいは「事柄」の方が大切な世界,公的にも 私的にも企業的な上部構造が全ての社会関係に影響するような世界を非難する のに,「愚にもつかない」とは娩曲すぎるくらいである。これは,非難であるが,

また畏れでもある。

 これらの価値観は教育政策に反映されて,消費することが社会生活に参加す

ることだという幻想をもつ人間を作り出すことに奉仕することになっている。

エマーソンは,同じことを少し違った表現で表わしている。すなわち「物が鞍 に跨がって人間に乗っている」と。一番大切な価値は,消費だと教えられてい る。学校の中でも,外でも,コミュニケーションのすべての手段は,働いて得 た収入を使い,またその人間はもっと消費したいがために更に働くといった種 類の人間を発達させている。自分自身の消費の水準に限界をもうけようという 性向を圧倒するような戦略が次々と導入されている。

(6)

 自己表現を許さない学習と労働は,自己の甘えを増大させることを強制し,

私的な意識を喚起し,実行させるという内在的論理をもっているようにみえる。

健全なコミュニティの中でますますお金,物,サービスが求められている。必 然的に心情的な疎外が結果し,人々は信じていたとおりの自分ではなく,それ 以下のものになっていることに気づく。

 現代人は空虚な気持ちを,高い,そして向上していく生活水準のヴィジョン によって充たしてきた。実際に,人並みならほしがるはずだと教えられている いくつかの物を所有するために,自分自身というものを放棄している。業績,

競争,利益,可動性,高い生活水準への志向を要求する仕事を探すのは何の問 題もないだろう。しかし,愛,やさしさ,安らぎ,満足そして率直さといった 能力を要求する仕事を探すのは難しい。

 科学的方法論,消費主義,競争,自尊心の抑圧などを一つの文化として集め るならば,まさに今日の教育の根源的な危機を生み出している爆薬を手にする

ことになる。

 二つの革命:人格的なものと社会的なもの

 巨大で非人間的な企業や,大きくて中央集権化された大学では,小さくて人 間的な学習と労働のグループが強く求められている。大家族や昔からの地域集 団というものがなくなってしまった現代では,小さな学習と労働のグループと いうものが社会の分裂を防ぐ大切な手段となってくる。このような理由から,

教師と生徒が,小さなグループをつくって,自分自身と世界とについて熟考し,

世界を変えるために共同して働くことを促すという観点からの教育は,社会の 健全性を保ち,生きのびるために必要不可欠であり,時代の要請に適ったもの

である。

 個人学習と社会的創造性を高めるためには,グループ・ワークを通すのが最 も良い方法であろう。しかし,このグループを育てるためには,各メンバーが グループの活動に参加するとともに,グループの全活動を観察しあう必要があ る。このことは,良い協力関係を作りあげるために,権威と力の問題,そして そのプロセスが考慮されなければならないという意味である。人は考え,行動 するだけではなく,感ずるものでもある。この感じるという部分は人間にとっ

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て重要な部分である。基本的には人間がグループとして働くことの難しさは,

他の人々と,その人々の感覚,希望,疑いといった事柄については係わること ができないというところにある。しかしながら,自己の内側だけを見詰めるこ とによっては,人間の問題の一部分を理解しうるにすぎない。我々をあらしめ ているのに,内面の力よりも大きいということはないとしても,それと同じく

らい外からの力が働いているのである。

 過去におけるのと同様に,現在の基本的な問題は,個人の自由と社会の調和

という要請の間に必然的に生じてくる緊張関係の中に存在する。個人の自由は,

不可避的に社会的な文脈をもたざるを得ない。個人の自由は他の人々の自由と 調和されなければならない。お互にどこまで自由を主張できるかという一線を

引くために,上手な交渉が必要とされる。真の自由とは他人の自己決断の感覚

と調和した自己の決断のことである。この種の問題の解決には個人の権利につ ながるだけでなく,社会全体の健全性へともつながる道徳的で,かつ実践的な 一連の選択が必要とされる。教育改革は,社会改革と結合されないかぎり,そ の成功は望めない。我々の都市がうまく治められない一つの理由は,そこに充 分な市民が存在しないからだと,グッドマンは指摘する。市民に自分達の都市 であると感じるように教育できない都市が,よく治められるわけがない。良い 都市づくりは,自分達の住む都市を創っていこう,あるいは創りなおしていこ うという人々を育てる教育によって始まるのだ。我々は解決されるべき問題と

して都市を,そして世界を表象するような教育経験を提供していかなければな

らない。それが「良き市民」のための教育(education for citizenship)なのである。

 問題解決教育(problem−solving education)では個人の行為の社会的ルーッは,

行為の個人的ルーッが精神分析法で伝統的に研究されているのと同じような方 法で分析されている。問題解決教育の支持者であるライト・ミルズは,文化,

政治,技術を敏感に感じとり,それによって個人的問題を社会の問題に,また 社会の問題を個人の行動に移すことができるように援助する教育と,そのよう

な技術を与える学校を求めていた。

 根本的な改革をなしとげるためには,人々が人格的成長や社会的自覚といっ

たレベルのものを超越する必要があるということを,ここで言っておくことは

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重要である。1970年代に学ぶものがあったとすれば,それは,たとえば,法律,

医学,住宅等といった特別な技術をもたずに,情熱と理論だけで社会問題にと りくむことには限界があったということである。しかし,同様に,情熱と理論

的理解なしで,技術を習得するのにも限界がある。1904年のCOLORED AMERICAN MA GA ZINEの中で,デュボイスはこの点について力強い意見を

表明している。

  「教育は人間を大工にするためにあるのではなく,大工を人間にするため

 にある」。

 解放のための教育にとって有効な要素をそれぞれ内包する,二つの重要な革 命がある。一つは人格的,文化的なもので,もう一つは社会的なものである。

どちらの革命も正しいものであるが,どちらもそれだけで完全に正しいとはい えないものでもある。そこで必要なのは,社会を改革するために働きかける,

自発的な個人の主導性とますます集団的かつ理論的になっていく行動との間の バランスである。

 社会の,そして教育の革命は人格の革命なしには起きない。改造された社会 が発展するには,内的および外的な世界がそれと共に変化しなければならない。

自己の分析は社会の分析を伴わなければならず,自己改造もまた社会改造を伴 わなければならない。最終的に,より人間らしい世界を作る素材は,この二つ の努力の統一の中に見出すことができるであろう。

 公教育の現行のパタンが累積する結果は,0.W.マークリーがいうところ

の,やさしいファシズムというものへ不可避的に我々を到達させる。闘争,福 祉,産業,コミュニケーションそして警察の官僚制度からなる,顔のないそし

て広く分散された複合体によって支配された管理社会である。

 しかしながら,これらの機構は人間が作ったものだから,変えることもでき るはずである。ここに新しい課題を導きいれることができる。マークリーがい うように,我々が官僚的効率,消費そして搾取に関係づけられた価値を個人お

よび集団の智慧の成長という目標に置き換えることをすすんで行うのであれ

ば,我々は民主主義を守ることができる。これを実現するには,我々は,新し い制度と生活様式の多様性を真に育てる実験社会とならなければならない。

(9)

学校改革の障害としてのテスト運動

 教育史学者フリーマン・バッツは,次のようにいっている。公立学校が設け られた第一の理由は,民主主義的政治コミュニティを創造し,維持することを

助けるところにあった,と。彼によれば,普通就学制度は,熟慮した選択を行

うために必要な理解と態度と技術とを人々に与えることによって,諸個人に政 治的社会における彼等の役割を果たすうえでの準備をさせるために設けられた のであった。この理由から,学校を批判する者はまずアメリカ教育の政治的目 的にまず注意をはらわなければならない。どこまで学校が成功してきていたの

か,どこで学校が民主主義的な政治社会を発展させることに失敗したのかを

はっきりさせるために,批判者は,我々の歴史を探求しなければならない。批 判者が公教育の再建のために一貫した計画を打ち立てる最善の機会は,こうし た努力の中にあるように,私には思われる。教育目的の探求は,高踏的なもの と世俗的なもの,緊急なものと長期的なもの,夢と現実といったものの問の葛 藤のドロ沼にはまりこみやすい。そうならないためには,公教育の動向を,イ デオロギーとしてのものと社会的な制度としてのものという二重の概念でしっ かりと把握しておくことが最も重要である。

 アメリカ教育学会でのチャールズ・テスコニとドナルド・ウォレンによる報

告は,適切にもこうした区別を明確にしている。

   「我々が学校は重要であるというとき,我々は現在あるがままの学校につ  いていっているのではない。現にある学校それ自体がそうではないとしても,

 そうした(学校という)考えは偉大である」。

 イデオロギーとしての公教育運動と,制度としてのそれとの差異は,今世紀 初頭,アメリカの学校に対して与えたジョン・デューイとL.ソーンダイクの

全体的な影響の中に端的な形で現われている。教育家達はデューイの思想を賞 賛したが,いざそれを実践する段になると,彼等はソーンダイクに従い,まさ にデューイの哲学のアンチテーゼであるような教育制度を発達させた。ソーン ダイクをはじめとする人々の努力から,教師達は,生徒を型にはめ,学校の活 動を標準化することを学んだ。ミドルクラスの保守主義者として,ソーンダイ

クは今日のアメリカ教育の姿を象徴している。

(10)

 学校は,民主主義的な政治社会を創造し,維持していくことを助けるのでは

なく,それを侵害する主要な手段になっている。今日,学校制度は民主主義社 会の実行と適合する共同,自律,判断というものを諸個人の中に発達させては

いない。むしろ,学校は青年を,成人の世界に参加することから甚だしく,効 果的に疎外するものとなっている。ある人は,次のような議論をしている。民 主主義的な政治社会をつくるという目標は,リベラル・レトリック以上ではな かったのであって,社会的な制度としての公教育は学校が奉仕することをのぞ まれた現実的な目標を完全に実現している,と。他方デモクラティック・コミュ ニティのイデオロギーは誠実ではあったが,それを遂行するためにつくられた 集合的な官僚的構造によって覆えされてしまっている,という議論も存在する。

実際にどちらが真実であるかということは,それほど問題ではない。なぜなら,

官僚的機関の性格とエトスの中には,それが発展するにしたがって,すべての イデオロギーを揺り潰して同じ結果をつくりだすという要素が先天的にあるか

らである。

 いわゆる最良の学校というものは,生徒を客観的で全国共通に標準化された 試験に合格させることに,ますますその力を集中していっている。これらの試 験は,その性格から,非常に狭い範囲の人間性しか強調しない。その結果は,

学校の多様性に対して非常に深刻な制限を強要するということである。正確に 測定できないものは,相対的に重要性の低いものとして,斥けられてしまう。

そして,厳密に量化され得るものが支配的になる。

 ウォルター・ファインバーグは,20世紀のリベラルな教育政策に関する論争 的な研究の中で,科学,技術,合理性の優位に対する確信によって,ジョン・

デューイとかH.キルパトリックといった人々が,自ら教育の民主主義のため

に行なったことを覆すことに,いかに革新的であったかということを論じてい

る。たとえば,IQテストの公正さについて彼等が与えた信頼は,正義につい

ての技術の制度化に貢献したのである。

 ファインバーグは,なぜこれらの革新主義派の改革者達が,彼等の学説の中 に潜んでいたこの巨大なパラドックスに気づかなかったのか不思議であるとし ている。ある意味では,革新主義者たちは初期の社会的理想,すなわち小さな

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町の,農業を基礎とする民主主義に憧れていたといえる。しかし,実際には,

彼等は未来派的,合理主義的方向に従う改革を支持したのであった。

 ファインバーグは,手段としての試験が次第に目的にまで成長する過程で,

いかに,それまで称賛されてきた自由な民主主義的原理が捨て去られてきたか ということを,見事に示してみせる。しかしながら,こうした分析から,彼が いう程に厳しく革新主義を有罪であるとすることについては,相当に疑問であ ると言うことができる。

 革新主義教育連盟(The Progressive Education Association)は1930年代に,

テスト運動の「親教会the mother church」,つまり大学入学試験委員会(The College Entrance Board)の支配の手をゆるめることを試みている。この委員 会は,こうした攻撃にも拘らず生きのびたが,革新主義教育連盟のほうは,生

き延びることができなかった。この連盟は1955年に,学力向上が教育の第一の 目的として再び強調されるようになると,解散を余儀なくされたのであった。

 大学入試委員会は,こうした批判を乗り越えただけではなく,さらに勢力を

拡大した。この委員会の優位性の証明は,1960年代後半から70年代の前半にか

けて,ラルフ・ネーダーおよび彼を支持する消費者たちによってこの委員会に 対してむけられた激しい攻撃の中に見出すことができる。こうした攻撃に直面 して,この委員会は,先の批判のときと同じように,逆にアメリカ教育をいっ そう強固に支配することになり,手段の目的に対する勝利は,今まで以上に完 全になったのである。

 オプションの拡張:コミュニティ・スクールの概念

 伝統的で同質な社会では,教えられる思惟と行為について,学校でのそれと

家庭でのそれとの間に葛藤はない。学校では形式を整えてそれが教えられると

いう点が違うだけである。他方,今日我々は非常に多様な国家にあり,非常に 多くの子供達にとっては,家庭で学ぶことと学校で学ぶことの間に大きな隔り が存在している。

 初期の公教育の主唱者達は,真のアメリカ人をアングロ=サクソンの価値を

体現するものと見文化的多様性を共和国の危機と見倣そうとした。アメリカ

教育制度の重要な歴史家であるE.P.カバレーは,移民がどのように見られ

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ていたかについて,次のように書いている。

   「彼等は文盲であり,従順で,自助と独創性に欠け,法と秩序と統治につ  いてのアングロ=チュートニックな観念をもっていない。彼等の存在は,我々

 の国民的ストックを非常に稀薄にし,我々の市民生活を腐敗させるものと考

 えられるべきだ」。

 コモン・スクールの概念は民族性,宗教,人種といったことが偶然的な特質

にすぎないという社会観の上に成り立っている。しかし,現実には,諸個人は 異なる歴史と文化とをもち,様々な段階の組織と自己意識とからなる多様なコ ミュニティによって,実質的に形づくられている。コミュニティ・コントロー ルの要求,統合教育の失敗,郊外の学校の理想化といった動向は,いずれも初 期の学校関係者達がいかに誤っていたかについての,最近の,そして強力な証 明である。今日,アメリカ人は二つの対立するイデオロギーに係わっている。

一つは,偉大なメルティング・ポットの言説であり,それは,すべての人が同 じ徳を保持するまで,常に社会は個人に譲歩を求めていくというものである。

他のものは,文化的多元主義である。それは,全ての人に対してそれぞれの完 全性について譲歩を求めず,お互に共存していくことを許すやり方で価値と志 向の差異を最大化することによって,社会は最もよく機能するというものであ

る。

 文化的多元主義はメルティング・ポットやアングロ=チュートニック(イギ リス・ドイッ文化中心主義)の教義を超えてアメリカ社会を説明するところま できている。しかし,我々の政治的社会的制度は,文化的多元主義を全面的に 適用するということに対しては,信じられないような限界をおいている。アメ リカ社会においては,偏向した文脈のもとで,我々は利害集団間の競争をおこ なっている。そこでは特権的な少数派が,既存の制度と通念的な規範とによっ て,自らの利益を守り,維持し続けている。アメリカ民主主義が力のあるもの の民主主義であり,今後もそうであり続けるかぎり,文化的多元主義は,教育 ないし社会的な概念に止どまるという,はっきりとした限界を与えられること

になる。

早くも1915年に,ホーレス・カレンはアングロ・コンフォミティを無価値な

(13)

アメリカであるとして拒否している。カレンは,敷街して,個人の民主主義は グループの民主主義をも意味すべきだと主張した。公教育の中で,多様な人種 的,文化的,地域的,民族的,宗教的,言語的グループに対して行われてきた

不正を糾すためには,コミュニティ・スクールの概念がコモン・スクールの概

念に付け加えられなければならない。

 コミュニティ・スクールは,選択を基盤とし,献身を共有するものである。

そのようなものとして,これは「それぞれの地域に一つの学校を」という概念 にとってかわることを意味している。それは,コミュニティの生活から出発す る教育活動がおこなわれる施設である。コミュニティを作りあげることに価値 を見出し,また実際にそうしようとする要求をもったグループ,たとえば,黒 人,中国系の人々,プエルト・リコやメキシコ系の人々は,その努力を奨励さ れ,擁護されるであろう。

  「コミュニティ」という言葉は,ほとんどの場合,地理的および民族的な意 味において使われている。しかしながら,これとは別の,もっと広い定義があ る。ワン・セットの問題に対する共通した関心を促進し,その効果的な追及の ために組織をつくろうと結集する,利害をともにする人々というものである。

この種のコミュニティは,厳密な地理的および民族的コミュニティに対する一 つの対案である。これらのコミュニティは,もっともうまくいく場合には,個 人の力を最大限汲みあげるであろう。このようにして,それらは,学校の活動

を発展させる強力な基礎を提供するであろう。

 コミュニティ・スクールのもう一つのヴァリエーションは,生徒と親の関心

に応えるために教授のスタイルと内容との範囲を拡げようとする努力の中にあ る。可能な選択肢はいろいろある。すなわち,自由で生徒中心の学校とか,訓

練・秩序・厳しい規律といった学校,大学と同じような学術的クラスをもつ学

校,男女別学の学校,体育を中心とする学校,などなどである。

 コミュニティ・スクールの概念を実施に移す最初の,価値ある試みは,生徒

と親の関心を反映する,十分な範囲のオプションを現行学校制度の中に導入す ることである。まず,ここで問題となるのは,オプションが現実に用意でき,

真の選択が可能であるかということであって,学校を小さく分けるということ

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が問題なのではない。

 コミュニァィ・スクールは,われわれの社会の中で,一人一人の個人に複数

のオプションを保障する重要な手段である。それは,コモン・スクールの経験 が政治社会のための唯一の価値ある訓練の場であるという命題を拒否する。コ ミュニティ・スクールは,その存在において,民主主義社会における市民の責 務を実行するために求められる個人の知性と共通の諸価値とを獲得するには,

様々な道があるという原理を提供するものである。

 コミュニティ・スクールは私的な関心(private interests)によって組織さ れる。しかし,その目的においてそれは公的なもの(public in purpose)であ る。この理由で,それは既存のエリートを保護する単なる口実にするといった,

特権的な少数派の期待に応えるわけにはいかない。コミュニティ・スクールの 概念は,全体的な国家のなかの個々のサブ・コミュニティを強化することで,

公的なものと私的なものとのバランスを再建しようという努力を表わしてい

る。

 学校外の教育の拡大

 新しい世代の教育家たちは,専ら教育だけを実施する制度という概念を疑い

始めている。彼等にとっては,改革は単に既存の学校の中で利用可能なオプショ

ンを広げるといった以上のものである。彼等はこうした根深い二分法の廃止が 必須であり,確立している公立学校を対象とするだけではなく,他の,私立学 校あるいは非組織的なものをも含むような,相互に排他的ではない様々な対案

を考えることが必須であると信じている。

 19世紀の保守派の教育者と革新主義の主流派は,次の点で共通していた。す なわち,最終的には,彼等は共に,教育についての非常に狭い定義に拠る改革 の手段を擁護するという点で。教育は学校の活動と同義語として扱われ,学校 の活動と他の教育の資源との関係は著しく無視された。マンからデューイを経 てチャールズ・シルバーマンにいたるまで,学校の改革は殆どすべて,教育問 題とともに社会的な悪を解決するためのものとみなされてきた。

 最近,「文化が世代を超えて伝えられる」過程全体を含む,もっと広い視野 をもつ議論の必要性について,いろいろといわれている。これは,多くの制度

(15)

が教育を行っており,いくつかのものは,学校よりも力をもっているというこ とを認識するよう要請したものである。しかし,こうした議論に対する反応は,

控え目な言葉を使えば,まだ失望させられるものにとどまっている。

 ローレンス・クレミンは,こうした学校を超えた場所での,つまり家庭,教 会,労働現場,テレビ,ロック・コンサートといった場所での教育的経験を包

含するために「エコロジカルな教育(ecological education)」という言葉を使っ

ている。これらの一つ一つのものは,それぞれ,継続的で,注意深く,かつ系 統的に教えられるそれぞれのカリキュラムをもっている。

 これらの学習諸力のインパクトは絶大なものである。たとえば,ロック・フェ ステヴァルは,ヌード,セックス・プレー,ゲイおよび女性解放といったもの を呼物にして,要するに既存の道徳性との鋭い対照を提示する。それは,現行

の政治的経済的社会的価値観に対する若者達の疑いにとっての強力な学校と

なっている。

 判っているだけでも,すくなくとも,平均的なアメリカの主婦は,1日24時

間のうち,6時間以上テレビをみている。そして,平均的な高校卒業生達は,

12,000時間を教室で過ごすのに対して,15,000から18,000時間をテレビを見る ことに費やしていると考えられる。

 クレミンのエコロジカルな接近は,教育がおこなわれている様々な範囲と視

野とを強調するだけでなく,それらの相互の関係,さらには全体として社会と

の関係を強調するものである。教育的な努力がなされるときは,いつでも,そ れは他の教育的な出来事からきりはなされて行われるのではなく,そうしたも のとの関係において行われるのである。

 我々は一人一人,それぞれの教育的場面に独自の歴史と目的とをもちこむ。

クレミンが我々に述べるように,学校は,他の全ての制度がそうであるのと同 様に,諸個人がほかの場所で得ている経験によって達成できるものの限界のな かにあるというのが,ここでの教訓である。この理由から,公立学校は,そし てまた他のいかなる制度も,教育的達成を完全に自分ひとりで為し遂げたなど というべきではないし,逆に,失敗の責任を一手に負わされるべきでもない。

 合衆国において公教育が前提としてきた形態(form)について,必然的で不

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可逆的なことは何もない。おそらく,それは他の形態をとり得たであろう。公 立学校は,図書館のような補足的な機関となることもできたであろうし,また,

我々の社会の広範な経済的文化的政治的諸制度において,すでに存在する教育 的経験に生徒を導き,また,まだ存在していない教育的経験を生み出すために 働くという調整的な機関となることもできたであろう。

 トマス・ジェファーソンが三年間の公立学校制度を構想したときは,単一の,

新しい教育制度を創造しなければならないという状態であった。というのも,

民主主義社会におけるすべての若者たちを教育することができる,あるいはそ うしようとする制度がなかったからである。しかしながら,今日では,我々は 学校以外に,共通の観念,世論そして政治的,実践的その他の技術を伝える,

広く公共的に利用できる多くの制度をもっている。

 我々の現在の教育制度は,学ぶ者のすべてに対して,規定されたカリキュラ ム,画一的評価,標準化されたテストを強要する。しかし,個々人の必要は異 なっており,生涯を通して変化し,これらの必要は学校の中で実現しうるもの 以上の様々な経験を包含している。必要なことは,生涯を通して自由に出入で きるような,正規の学校制度の内外の学習のオプションを,公費をもって保障 することである。

 伝統的な学校と専門的な教育者たちは,自らを生徒が利用しうる資源の全体

であると主張することは控えるべきである。学習者は,教室で学ぶのと同様に,

小規模の地域の新聞社のオフィス,工場,消費調査グループ,行政機関,都市 再開発計画,ミュージアム,テレビスタジオで学ぶ機会を持つべきである。そ して,彼等は,教師達からと同様に,科学者,農夫,ソーシャルワーカー,退 職した職人,ミュージシャン,作家といった人々からも学ぶ機会を持つべきで

ある。

 一人一人の生徒は彼の固有な必要と欲求とに適うように特別に調製された学 習プログラムをもつべきである。地方教育委員会は生徒たちのための「ブロー カー」になるべきである。これらの教育委員会は生徒の必要を調べ,地域的,

全国的,そして世界的な資源を,生徒の必要を満足させるために求めることに なるだろう。公的および私的な制度と機関との契約を通じて,教育委員会は生

(17)

徒が彼等の必要が要請する場所で,彼等の求める人間から学べるようにアレン ジすることができなければならない。

 あきらかに,我々は万人に対する共通の教育経験という概念,基礎的な教育

的必要を達成する唯一の制度的ルートとしての公立学校という,余分で古めか

しい概念を放棄しなければならない。我々は,公教育の活動と構造を定義し直 して,20世紀の人間の必要に近づけなくてはならない。

 参加民主主義

 民主主義社会の教育の目標は,コモン・スク・一一・・ルの理想を超えて,コミュニ

ティ・スクールに到達するということや公的教育のオプションの範囲を学校外 にまで広げるといったこと以上のものを要請している。それは,自治的コミュ ニティにおいて自治的な市民となることを一人一人に実際に経験させるという 教育的経験の発達を要請する。我々の政治的信条は,生徒,教師,行政担当者 が自らに関係する政策の決定に参加する機会を与えられるべきであるというこ とを求めている。ここでは,学習は民主主義的理想を,実践を通して吸収する 手段となり,学校は全体として社会における自治への水路となる。

 民主主義のための改革の先駆けは,われわれの社会の中の諸力のパタンを均

衡化する努力の中にある。学校においては,このことは社会的関係の再編成を 意味しており,したがって,そこには,生徒,教師,行政担当者の間の意識の 葛藤,協力,統制といった問題が生じる。こうした努力ぬきには,社会秩序の 閉塞を強化している疎外は持続し,我々の社会を破壊しているものを改革する

ことはほとんどできないであろう。

 全体主義を招来することなしに,どのような政治的制度も自らを無限定に適

用するということはできない。参加民主主義は政治的な専制に対する有効な解 毒剤を約束するけれども,その適用については,自覚され,守られるべき限界 がある。一般的に文化,特に教育においては全体的,集合的な決定を必要とし ない事柄が多くある。それらの事柄については,もし,最少限,人間としての 価値が守られるのであれば,それぞれの人が欲するものをそれぞれに決定する

ことが保証されなければならない。要するに,どちらか一方を,というのでは なく,両者のバランスの中に答えが存在している。個人の発達と社会の秩序の

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二つは二重のゴールなのであり,一方は人格的なものであり,他方は政治的な ものであるが,その両者ともが重要なのである。

 いずれにせよ,参加民主主義の観念は怠惰な,ユートピア的な夢想なのでは ない。多くのコミュニティが,たとえばニューイングランドの町,オランダの 村,マリの普通の規模の都市,チュニジアの砂漠のコミュニティで,現に実現 しているものである。新しい世代の教育改革者の課題は,教育と改革というこ の壊れやすい品物を,20世紀の人々にとって,破滅ではなく,豊さの源泉とす ることができるよう,アメリカの大規模な諸都市,村落,郊外のベッド・タウ ンといった個々の地域から国全体にいたるまで,この参加民主主義のリストに 加える道を発見することである。

*シールズ教授の講義は,1986年6月26日の大学院総合ゼミナールで行われたもので  ある。

 シールズ教授は,日米友好基金によるニューヨーク市立大学シティ・カレッジと東  京都立大学人文学部との交流計画の責任者であり,この計画にしたがって1986年5

 月から1986年7月まで,客員教授として人文学部に滞在し,3度にわたり講義をお

 こなった。同教授の略歴を以下に掲げる。(黒崎勲記)

James J. Shields, Jr.

Educational background

1963,Ed. D., Teachers College, Columbia University, Department of Philosophy and   Social Sciences

1959,Ed, M., Temple University

1956,B.S., Saint Joseph s College

Professional Background

1964−     Professor, School of Education, City College of The City University of

  New York

1983−1985 Head, School Administration Program, City College of CUNY 1962−1964 Assistant Professor, State University of New York at New Paltz

1961−1962 Researcher, Teachers for Africa Program, Makerere University, College,

  Kampala, Uganda

Membership in Professional Societies

1973−1974 President, American Educational Studies Association

1984     Conference Coordinator, Northeastern Regional Meeting, Comparative

  and International Education Society

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Publications

Education in Community Development:Its Function in Technical Assistance. New York    ;Fredrick A. Praeger,1967。(Spanish Translation:La Education enel Desarrollo    de la Communidad. Buenos Aires:Editorial Paidos,1971).

Foundations of Education:Dissenting Views. New York:John Wiley,1974,(Co−

    edited with Colin Greer).

Problems and Prospects in International Education. New York:Teachers College Press,

    1968.(Co−edited with David G. Scanlon).

Social Foundations of Urban Education. New York;Selected Academic Readings,1967.

The Triumph of One−Dimensional Thinking:ADecade of Essays on Education. New     York:Harbinger Press,1981,

The Crisis in Education Is Outside the Classroom. Bloomington, Indiana:Phi Delta     Kappa Foundation,1973.

Summer Program for Junjor High School and Intermediate School Pupils. New York:

    The Center for Urban Education,1968.(Co・authored with David J. Fox).

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