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2018 年度春季人権週間プログラム講演会
『原発避難者に避難元・避難先との 二重のつながりの保障を
-日本学術会議の提言をめぐって-』
講師 小森田 秋夫 氏 神奈川大学教授
日本学術会議「原子力発電所事故被災住民の
『二重の地位』を考える小委員会」委員長 日 時 : 2018年7月5日(木) 18:30~20:30
会 場 : 立教大学 新座キャンパス 4号館N431教室
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○小森田:今、ご紹介いただきましたよう に、日本学術会議が「東日本大震災に伴う 原発避難者の住民としての地位に関する提 言」を2017年の9月に出しました。その前置 きとして周辺の事情をお話しし、次いで提 言がどういう考えに基づいて出されたかを ご紹介したいと思います。
【原発の立地と避難区域の現状について】
福島県の避難区域の2017年4月1日時点の地図をご覧ください。海岸のところに黄色の丸 印が2つあり、上が福島第一原子力発電所で、双葉町と大熊町のちょうど境目に立地して います。その南の方にもう1つ、福島第二原子力発電所があり、これは富岡町と楢葉町の 境目に立地しています。その北西の方に浪江町があり、さらにその北の方に飯舘村があり ます。
この左の地図は3つの区域に分け たもので、ピンクの部分が帰還困難 区域、黄色が居住制限区域、緑色が 避難指示解除準備区域でしたが、
2017年4月1日の時点でピンクの帰還 困難区域を除いて避難指示が解除さ れ、現在に至っている状況です。双 葉・大熊という、原発の立地自治体 もそうですが、浪江町も相当の部分 がこの帰還困難区域になっています。
この浪江町については、放射性プ ルームという、放射能を浴びた雲が 北西に流れていったことを示してい る地図になりますが、そのことが明らかになったのはしばらくたってからということもあ り、北西に逃げて行った方もおられるのですが、実は逃げてはいけない方向に逃げてしま ったということが後からわかったということで、このような位置関係になっています。
今の政策が向かっている大まかな方向としては、まず避難指示が帰宅困難地域を除いて
解除されました。帰宅困難地域がどうなるかということについては、明確な展望はまだ出
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ていないと思いますが、その他のところは避難指示が解除され、避難元に帰還することが できる状態になった、少なくとも強制的に避難させるという状況はなくなった地域が出て きたので、避難元に帰還する、そうすると復興が一部を除き終了する、こういう方向に物 事が動いているように思われます。
特に、2020年開催の東京オリンピックの招致のときに、復興した姿を世界の人に見ても らうといったスローガンや招致文句が出されたりして、2020年というのを政府はかなり意 識して、そこに向かってこれまで急いできたように思います。あと2年間さらに急いでく るかと思いますが、そのようなとらえ方だけでよいかというのが、今日ご紹介する提言に 至る問題意識になるわけです。
端的に言うと、避難指示が解除されたということイコール帰還と考えてよいのか。帰還 しない人はどうなるのか。帰還しないで、避難先あるいは避難先以外のところへ住もうと している人、あるいは既に住んでいる人々は、この復興という問題の埒外
らちがいになってしまう のかということが、問題の所在ということになります。
【双葉郡住民実態調査からみる問題】
そこで、最初に避難者の方々の考えを 示すものとして2つほど、意向調査・実 態調査についてご紹介します。まず、福 島大学に置かれている、うつくしまふく しま未来支援センターが、避難指示が部 分的に解除される直前の2017年2~3月に、
東日本大震災発生当時居住していた、飯 館村を除く双葉地方の7町村全世帯を対 象として行った調査の結果の一部です。
<資料1>
〔1 . 震災 時 の 場所 に 居住 し て いる か〕という設問に対しては、77%が震災 時の場所には住んでいません。それから、
この左の写真がいわゆる仮設住宅で、事故 が起こって2年半経った2013年7月、 学術会 議で調査に伺ったときの1コマです。
避難先の仮設住宅
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.
<資料1>
1.
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今、避難元に住んでいない方 の〔2.避難先県内外〕について は、県内が4分の3、県外が4 分の1という状況です。 また〔3.
震災時の住居の状況〕について は、問題なく居住することがで きるは12.6%、修理あるいは建 て替えないと住めない状態にあ るという回答が半数以上を占め ています。これは地震や津波の 被害を受けていない建物もあり ますが、外見だけ見ると問題な いように見えるところでも、実 際には人が住まないということだけでも住宅は痛みますし、それ以外にもネズミをはじめ とする動物が入り込んできていて、とても住める状態ではないということで、修理あるい は建て替えをしないともう一度住める状態にはならない、というケースが非常に多いので はないかと思います。
このように元の居住地以 外の場所に住んでいる方が 多いわけですが、そこから 元の居住地に〔4.通ってい る頻度〕について伺ったと ころ、毎日~月2-3回程度 の方が1割、1~3か月に 1回の方が3割でした。た だ 〔5.元の居住地に戻りた いか〕という設問について は、58.8%の人はもう戻る気 がない、または戻れないと いうことで、もう戻る見通 しが持てないというふうに 答えておられるのが現状です。
3.
4.
5.
2.
3.
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下の〔6.現在の考え〕についても、いろいろな問題点や悩みが挙げられています。特 に、放射能の状況が不安の要因の1つになっております。
左下の写真は2013年11月に撮影されたもので、汚染された土を5センチほどはぎ取って 中に詰め込んだフレキシブル・コンテナバッグの写真です。これが今でも多く残っていま す。本来は、ちゃんとした置き場に運ば ないといけないものですが、そういった 場所もめどが立っていないので、恐らく 今でもところどころこういう状態になっ ているのではと思います。原発そのもの も含めこういったものが目に見えるとこ ろにありますので、放射能の問題がまだ 残っているということになるわけです。
農地などに置かれたフレキシブル・コンテナバッグ 6.
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【浪江町の住民意向調査からみる問題】
次に浪江町です。町長が先日亡くなられ たというニュースがありましたが、先ほど お伝えした放射性プルームなどの影響で非 常に困難な状況に置かれていた町ですので、
こういった調査が定期的に行われており、
これは2017年12月時点の調査結果です。
<資料2>
〔3.現在の居住自治体〕では、今 でも浪江町に住んでいる方はわずか 3%となり、県内が4分の3、県外に 4分の1の方が住んでおられます。
〔5.帰還の意向〕ですが、既に帰還 している人はこのオレンジ色の矢印 の左側で、右側の青いところが、す ぐに・いずれ帰還したいと考えてい る人です。これを見ると、比較的若 い世代の人は、帰りたいと考えてい る人の割合が非常に少ないというこ とがわかります。一方帰還しないと 決めている人は全体の約50%にのぼ り、その他30%程度の人はまだ判断 がつかないという状態です。事故か ら7年たっていても、このような状 況です。すぐに・いずれ帰りたいと いう人の中で、〔7.帰還する場合の 家族〕はどうするかですが、家族全 員が帰るわけではなく、 家族の一部、
特に高齢の家族は帰るというケース が多く、 〔9.帰還の時期〕について も、すぐにでも帰還したいという人 は2割で、いつになるかわからない、
<資料2>
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いずれは帰還したいという 人がほとんどです。
そして〔11.帰還する場 合の条件〕については、い ずれ帰還したいと回答した 方のうち、一番突出して多 いのが、 「医療・介護が整う こと」 「商業やサービス業な どの施設が整うこと」で、
そのほかさまざまな事情が 挙げられていますが、まだ判断がつかないという方も、大体、論点としては同じようなこ とが指摘されています。
〔13.帰還しないと決めている理由〕こちらは少し分類してありますが、「帰還の前 提・健康に関わるもの」ということで、「原子力発電所の安全性に不安がある」 「放射線量 が低下せず不安だから」
という、原発あるいは 放射線関係のものが1 つ。それから、 「町内の 復旧状況に関わるもの」
ということで、先ほど 言いましたインフラ関 係の整備に問題がある ということですね。
また、「今後の生活 に関わるもの」では、
避難先の方が利便性が 高い、あるいは家族が もう帰らないことにし ているといったような ことを挙げておられる 方々がいます。
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【帰還を阻む大きな問題と避難元とのつながり】
今の分類を私なりに整理すると、問題点は3~4つあります。
まず、1つ目はインフラの整備です。医療施設やコンビニその他の買い物施設が整うか どうかという問題。そして2つ目は、自分自身の家、住宅の確保のあてがあるかというこ と。さらに戻って生活をするということは、単に自分だけ帰って住む家がある、コンビニ があるだけでなく、そこにコミュニティがないといけないので、イタチごっこのようなと ころがありますが、一定程度の人が戻るという状態にならないと帰っても意味がない、帰 る気持ちがしないなど、人々のまとまりができるかどうかということが3つ目です。そし て最後に、原子力発電所の事故の終息の見通しが立っていないということです。先ほど言 ったように放射性物質が残っている、あるいは除染が完全かどうか、放射能に関わる不安 があるということです。
さらに避難生活が長引くと、もう新しい生活、特に子どもは学校に通っているわけです から、新しいところでできたつながりが重要になってくることもあり、帰還避難指示が解 除されたからといって、すぐに戻るということにはならないと、全体としてはまとめるこ とができます。先ほどの資料にもあったように、帰還しないと決めている、あるいはまだ 判断がつかないという方が相当多いわけですが、一方で〔16.帰還しない場合または帰還 するまでの間の浪江町との関係〕については「移転した場所に住みながら、定期的に浪江 町に行き来したい」という意見が 半数以上となっています。このよ うに避難先と浪江町、2つの地域 との結びつきを維持したいと希望 をもっておられる方が非常に多い ということがわかっています。こ れが学術会議の提言の問題意識の 背景になっている事実です。
〔17.必要な支援〕としては 1番目に情報提供、2番目に賠償 請求に関する支援が上がっていま す。つまり、戻らないとしても、
損害賠償という問題はどこに住ん
でいても残るわけです。
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下は2016年8月に、自民党が名宛人だったと思いますが、町として提出した要望書です。
2017年3月に部分的に避難指示解除される方針がすでに明らかになっている時期ですが、全 員が帰れる状態になるわけではないので、全員が帰れる状態になるまでは真の帰町とは言 えない、帰町宣言することはできないということを述べていて、これまで行われてきたさ まざまな支援措置の継続を希望することを町として表明されたものです。
【提言の紹介と原発事故被災者の3つの側面】
これからお話しすることは、提言の紹介と同時に、私の個人的な理解も多少つけ加わっ ています。まず、提言の中でも整理されていますが、原発事故被災者の3つの側面です。
①事故の結果、あれこれの程度で追加的な放射線被ばくを受けた可能性がある
初期の頃には、非常に無責任に、放射線は多少浴びても大丈夫、多少浴びたほうがよい ということまで言った人がいましたが、問題は医療のような有用な目的とは無関係に、自 らの意思に反して被ばくさせられたわけなので、有用性を云々するということは非常に次 元の違うことだろうと思います。自らの被ばくの状況について、それから自分が現在居住 している地域、あるいはこれから居住しようとしている地域、もし帰還ということが問題 になるのだとすれば、戻ろうとしている地域の放射線汚染の状況がどうなっているかとい うことについて、被ばくを受けた者としては知る権利があると思います。知るというとき に、これはある程度専門的な要素を持っていますから、この程度の被ばく、放射線汚染の 状況はどういう意味があるかということについて、信頼できる専門的な説明を受ける権利 も含んでいると思います。そのことが今後どの地域で、そしてどのように生活すべきかを 判断する際の一材料になると思います。そして、その一環として、被ばくを避けること、
「復興の加速化に向けた要望書」(2016年8月9日)
平成29年3月に避難指示解除を目指すとしても、帰還困難区域を含む全ての地域で、帰 還の道筋がつかなければ、一部町民に対して避難を強いる状況が継続することになるた め、真の帰町とはいえず「帰町宣言」をすることはできない。
また、避難指示解除準備区域及び居住制限区域に居住していた町民でも、各人の事情
(高齢や健康上の理由等)により、やむを得ず帰還できない方が大勢いる。それらの方々 の生活安定を確保することなしに、帰町の宣言はできない。
したがって、29年3月に、避難指示解除準備区域と居住制限区域の避難指示解除を実施 したとしても、医療費免除、税の減免措置、借り上げ住宅制度、高速道路通行無料化、
原発避難者特例法に基づく特例事務…等、被災者に対する現状の支援措置は、浪江町と
して「帰町宣言」を出し、真の帰町を達成する段階まで継続することを要望する。
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強制的に避難させる場合は、問答無用で避難ということになるわけですが、そうでない場 合も、自らの判断で被ばくを避けよう、避けたいと考えた場合には、 「被ばくを避ける権利」
ということも問題にしていかなければならないと思います。そのためには、長期にわたる 継続的な健康管理や、もし必要が生じた場合には、医療上の措置を安心して受けられる体 制をつくっておくことが必要ということになると思います。
この点について、現時点では国の負担によって制度化されている「福島県民健康調査」
(図下)があります。福島県立医大の先生方により福島県が行っているもので、しばしば 話題になる甲状腺検査(震災時18歳以下が対象)などです。福島県外にも汚染度の高いと
ころがあると考えられますが、この種の網羅的・医療的な検査の対象にはなっていません。
また、この点と関連して困難なのが、低線量被ばくの健康への影響について、専門家の 間で意見が分かれていて、福島県民健康調査についても、対象者をどうするか、調査項目 をどうするか、続けるかどうかということについての議論がずっと続けられて、今日に至 っています。
②放射線被ばくと関連して、元の居住地から離れて暮らしている避難者 これが今日の話の中心的な対象ということになります。
避難者にはまず、いわゆる「強制避難者」 、これは避難指示の結果として避難すること を余儀なくされた人々で、そのほかにいわゆる「自主避難者」と言われる人々がいます。
こちらは、避難指示は出されていないが、自らの判断に基づいて避難した人々ということ
です。「いわゆる」とつけたり、かっこをつけたりしているのは、 「自主避難者」という言
葉が往々にして、自分で勝手に避難したのでそのことについては自己責任でやりなさいと
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見られる、あるいは扱われかねないことがあるので、 「自主避難者」という言葉はあまり使 わないほうがいいのではないかという指摘があります。例えば「区域外避難者」、避難指示 区域の外から避難した人という言い方のほうがいいという意見もあります。が、 「自主避難 者」という言葉はかなり定着していますので、ここでも使います。学術会議の提言の中で もこの言葉を使っています。
何が問題になるかといいますと、強制避難者の場合には、元の居住地に帰還する権利と いうことが問題になります。ただ先ほど言いましたように、もう避難指示を解除しました から、いつでも帰還できますよというだけでは問題が済まないので、安心して帰還できる 条件が整うことが前提ですし、本当に帰還するか否か、あるいはいつ帰還するかについて の判断を当事者に任せる、委ねるというものが伴わなければなりません。
一方自主避難者のほうは、まずは避難する権利、つまり被ばくを避ける権利ということ が問題にならなければいけません。この場合も、心配であれば逃げてくださいというだけ であれば、わざわざ権利という必要はないわけで、権利ということは、つまり避難すると いうことは正当であり、そのように判断することを認めると明確にすると同時に、避難先 における負担を最小限にする措置を伴うものでなければ意味がないと思います。自主避難 者の人々はとりあえず避難しているわけですが、いずれ帰還という選択が問題になること ももちろんあり得るのです。
さらに補足しますと、避難しなかった人々についても、 「避難するかしないかという選 択の前に、意に反して立たされた」という意味では、同じ問題に直面したわけです。結論 が違うかもしれませんが、問題としては同じです。したがって、避難する権利の強調が、
特に子どものことを考えて避難する方が多い中で、避難しないという選択を行った住民に 対して、批判するような意味を持つことのないようにすることが必要であると思います。
社会学者の山下祐介さんは避難しなかった方々に対し「生活内避難」という言葉を使われ ています。つまり、地理的に居住地を移るという意味での避難はしていなくても、暮らし の中で放射線量に気をつけながら暮らしている状況、いわば生活内で避難していると言っ ていいのではないか、このように避難しなかった人々の問題にも目を配る必要があるとい うことです。
③被害者
被ばくを受けた人や避難した人など、被災者の受けた被害をどう考えるのか。放射線被
ばくを受けたことも被害ですし、避難を余儀なくされたことも被害です。それらを含んだ
広範囲にわたる物的・精神的損害の全体が被害になると思います。特にこの中には、金銭
に換算できない「ふるさと喪失」が含まれていて、このこと自体が被害だととらえ、訴訟
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などでも主張されています。ただ、裁判の場合には損害賠償というお金に換算するほかは ありませんので、結局お金の問題になってしまうわけですが、実際にはお金に換算できな いものがあるということです。
最後に「被害者」という言葉で結んだのは、被害者であるということは、つまり「加害 者」というものが他方にいて、 「加害者の責任を問う」ということと結びついていることに なります。当然、まずは東京電力に対してですが、民事上の責任追及、刑事上の責任追及 が行われています。民事上の責任追及では裁判がたくさん起こされていて、既に第一審レ ベルではさまざまな判決が出されています。刑事責任の追及については、2017年から裁判 が始まった段階で、まだ結論は出ていません。
国について、1つは原発を国策として推進してきた責任が考えられます。これについて 訴訟の一部の判決では、国の責任を認めている例が出てきています。今後、議論がさらに 続くと思いますが、仮に国が国策として推進してきた、つまり一種の「加害者」であった ことを認めないとしても、これだけ大量に深刻な被害を負った国民がいることに対して、
国として何らかの保護・支援をするという責任は、より一般的な形であり得るかと思いま す。このことも含め、国も責任を持っていると考えることができると思います。
【避難者の直面する問題】
このように、避難者の直面する問題は非常に多岐にわたっており、全ての被災者は多か れ少なかれその3つの側面を持っていて、何らかの形で絡み合っています。
今回提言が取り扱っているのは、避難者の抱える問題の全てではなく、このうちの「避 難者」としての側面で、その中の「住民としての地位」のところに着目をしています。恐 らくより直接的に重要なのは、 「住宅の確保」という問題だと思いますが、それについては 提言では直接扱っていないこ とについて、あらかじめお断 りしておきます。
「住民としての地位」につ いては、住民登録が結局問題 になってきます。この点につ いて左の『福島県避難者意向 調査 調査結果』の平成26・
27年度のデータを「避難指示 区域」と「避難指示区域外」
福島県避難者意向調査 調査結果
(福島県避難者支援課2016年6月)
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に分けて見ると、全体として住民票を家族の誰も移していない人が70%います。移してい る人の中でも、家族全員が移しているという人と、一部だけ移している人に分かれていま す。避難指示区域内と外とで分けてみると、避難指示区域外では住民票を移したという人 が非常に目立って多いことがわかります。つまり、避難指示を受けてやむなく避難した人 は、住民票を移さずに避難先にとどまっている場合が多く、自らの判断で避難した人は、
もう住民票も移してしまったという人が相当程度の割合に上っているということを意味し ているわけです。
下は〔(東京)都内避難者アンケート調査結果〕で、左の円グラフが避難指示区域から 避難したか、区域外から避難したかということを示しています。つまりさきほどの自主避 難か強制避難かという言葉を使うと、38%の方がいわゆる自主避難者にあたります。右の 円グラフが住民票についてですが、半分くらいの方は住民票を移動していない状態で、東 京に避難しているというのが現状です。
【文献から読み取れる避難者の状況】
避難者に関するいろいろな文献がありま す。私自身や私たちの委員会も、直接にはそ れほど避難者の方々にに伺ったわけではなく、
こうした新聞記者の方などが書かれた本を参 考にして勉強しているところです。右下の 『被 災と避難の社会学』は、つい最近出版された 立教大学社会学の関礼子先生が編集されたも ので、先ほど言及した飯舘村という特定の村 に焦点を当てて、どういった経緯になってい るかということや、新潟県に避難された方々
都内避難者アンケート調査結果
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がどのような状況になっているかということに関する論文などが載っておりますので、大 変有益な本ではないかと思います。
実は、今回この提言をまとめた委員会は、健康管理というテーマについての委員会でし たので、 “ストレス”という表現を多用しています。まず、被ばくが心身の健康への負荷を 与えている。それに加えて、避難に伴って生活条件や生活環境そのものを構築し直さなけ ればならないという、重層的な負荷がストレスを生む。また、避難先の変更を余儀なくさ れ、帰還するか移住するかの見通しが不明確なままに避難生活が続くことでストレスが重 なる。さらに避難先の多くは家族分離を経験していて、
特に自主避難者の場合、避難を続けるか否かについて、
家族内での判断の相違が追加的なストレスの原因となっ ている場合があります。右の本『母子避難』 (岩波新書 吉 田千亜著)は、子どものことを心配する母親が父親であ る夫を避難元に残して、母子だけで避難しているという ケースを中心に紹介されたものですが、最初は夫、父親 の方も理解していたとしても、 徐々に二重生活の困難や、
避難指定解除後に避難を続けるか否かについて、家庭内 で父親である夫と意見の違いが生じて、最悪の場合は離 婚に至るといったような事例が報告されているのです。
「被ばくや賠償などにかかわる避難者に対する誤解・無理解にもとづく否定的なレッテ ル、自主避難者については『自己責任』で避難しているという社会の眼差しが心理的苦痛 を与え、しばしば避難者であることを周囲に隠し、自ら孤立化を招くという行動を余儀な くさせているということである。そこから生まれる心身の負担は、子どもを含め、避難者 を追いつめている」 (提言)。この問題を何とかするための一助になる提案はできないだろ うか、というのが私たちの提言の大きな関心事でした。
いじめの問題がしばしば報道されていますが、先ほどの本の中でもある特定の例につい
て非常に詳細な取材記録が出ています。いじめをする子どもは、まず「放射能がうつるか
ら近寄るな」という言い方をしたり、 「お金を持っているだろう」と言ってたかる。恐らく
その2つとも、親の考えから影響を受けていると思われるので親も問題なのですが、学校
や教育委員会も避難をしている子どもたちが、そのような状況に置かれているということ
についての理解や感受性が、非常に弱かったというようなことも指摘されております。
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【原発避難者特例法と子ども・被災者支援法】
だんだん提言に近づいていきますが、これに関連する現行法が2つあります。1つは事 故後の比較的早い段階で制定された〈原発避難者特例法〉、もう1つは〈子ども・被災者支 援法〉という翌年にできたものです。
まず、〈原発避難者特例法〉は、原発周辺の13の市町村を「指定市町村」と定めまして、
この地域からの避難住民について、本来は避難元自治体が提供するはずの事務を、住民票 を移すことなく避難先で受けられるようにする仕組みを設けたものです。このような事務 のことを「特例事務」といい、ここに挙げたような医療・福祉関係、教育関係のものが含 まれています。ですから基礎的なものは、この手続を通じて避難先で受けることができる という制度的な仕組みになっています。
これについての評価ですが、一定の行政サービスの受給を確保する上で重要な役割を果 たしています。時限立法ではないので、必要性が残る限りは避難指示が解除されたからと いって安易に打ち切ってはならないと私たちは考えています。提言をまとめる過程で、総 務省の地方自治関係者にヒアリングを行った際、担当の課長の方は、 「避難指定が解除され ても必要がある限りはすぐに打ち切るということはない」 、また、「いろいろな行政サービ スがあるので、もしうまく行き届かないのであればどうしたらいいかについてはその都度 考えていく」と話されていました。これに対しては、このように避難住民を〈行政サービ スの束の受け手〉ととらえるだけでは不十分ではないか、避難先で不安定な立場に置かれ ている避難者を支えるためには、避難先において自分は一体何者なのか、この地域でどの
原発避難者特例法
*原発周辺の13の「指定市町村」からの避難住民が対象。
いわき市 田村市 南相馬市 川俣町 広野町 楢葉町 富岡町 大熊町 双葉町 浪江町 川内村 葛尾村 飯舘村
*避難元自治体が自ら提供することの困難なものとして届け出た事務を、総務大臣の 定める「特例事務」として住民票を移すことなく避難先自治体が処理することが できる。
【医療・福祉関係】8法律166事務
要介護認定等、介護予防等のための地域支援事業、養護老人ホーム等への 入所措置、保育所入所、予防接種、児童扶養手当、特別児童扶養手当等、
乳幼児・妊産婦等への健康診査、保健指導、障害者・障害児への介護給付費 等の支給決定
【教育関係】2法律53事務
児童生徒の就学等、義務教育段階の就学援助
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ような者として住んでいるのかということについて、避難者の方々が積極的に自らを肯定 できるような仕組み、 〈住民としてのアイデンティティ〉支える仕組みを作ることが必要で はないか。私はそういった問題意識を持っています。
また住民票を移した「指定市町村」の住民のうち、希望者を「特定住所移転者」と定義 して、避難元自治体についての情報提供、そこへの訪問、住民との交流を促進するための 事業など、一定の施策を行うということを定めています。しかし、具体的な内容は指定市 町村等の努力に委ねるということなので、法律そのものはあまりこれについて具体的な保 障を与えているわけではありません。避難元自治体に意見を表明するための「住所移転者 協議会」制度を作ることにもなっているのですが、避難者の避難元が多様であり、また時 とともに移動することもあって、これはうまく機能していません。
もう1つが〈子ども・被災者支援法〉で、まず重要なポイントは「放射線が人の健康に 及ぼす危険について科学的に十分解明されていない」という前提に立っています。したが って、自らの判断で非常に危険性があるのではないかと考えて、自主的避難することにつ いて、十分納得できるという前提に立っていると思います。その上で、一定の基準以上の 放射線量が計測されている地域等々に住んでいる人を対象とすることを述べており、大事 なのは、①支援対象地域における居住、②他の地域への移動、③移動前の地域への帰還で す。つまり、支援対象地域における居住、支援対象地域に住むという選択、他の地域へ移 動するという選択、それから移動前の地域に戻るという選択、このいずれを選択した場合 であっても適切に支援するということで、当事者の判断や選択を尊重し、支援するという 考え方に立った法律です。
子ども・被災者支援法
*福島第一原発事故により「放出された放射性物質が広く拡散していること、
当該放射性物質による放射線が人の健康に及ぼす危険について科学的に十分に 解明されていないこと等のため、一定の基準以上の放射線量が計測される地域に 居住し、又は居住していた者及び政府による避難に係る指示により避難を余儀なく されている者並びにこれらの者に準ずる者」の「不安の解消及び安定した生活の 実現に寄与すること」。
①支援対象地域における居住 ②他の地域への移動 ③移動前の地域への帰還
についての選択を自らの意思によって行うことができるよう、被災者がそのいずれ
を選択した場合であっても適切に支援するものでなければならない」。
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*「一定の基準以上の放射線量が計測される地域」
福 島 県 中 通 り 及 び 浜 通 り の 市 町 村 ( 避 難 指 示 区 域 等 を 除 く )
避難指示区域の周辺の 福島県の浜通りと、中通 りが「支援対象地域」に 指定されています。福島 県内の東部、原発に近い ところが基本的には「支 援対象地域」になってい ます。
【〈子ども・被災者支援法〉と〈チェルノブイリ法〉 】
〈子ども・被災者支援法〉を作る過程では、チェ ルノブイリ原発事故を受けてつくられた〈チェルノ ブイリ法〉が参考にされています。尾松亮さんは、
チェルノブイリ法を日本では最も詳しく研究されて いる方で、本も既に3冊書かれていて、右の『チェ ルノブイリという経験』 (岩波書店)が一番新しい本 です。
〈子ども・被災者支援法〉と〈チェルノブイリ法〉
との比較ですが、まず、 〈子ども・被災者支援法〉で
は、支援対象の基準となる線量が、法律には書いてありません。一方〈チェルノブイリ法〉
では、5ミリシーベルトと1ミリシーベルトという2つの基準が設けられていて、5ミリ
シーベルトを超えるところは避難の対象になっています。日本の場合には、1ミリシーベ
ルトというのは除染の目標でありますが、もう1つの線量は20ミリシーベルトということ
になっていて、2017年の避難指示解除の根拠も、持続的に20ミリシーベルト以下の数字に
とどまることが予想される区域であれば解除するということになっていますから、20ミリ
シーベルトが基準になっているのです。しかし法律には明確に書いていなくて、何ミリシ
ーベルトが基準であるのか明確でないことが問題視されているところです。
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また〈チェルノブイリ法〉の場合、原発周辺地域は当面はもう人が住めないところであ ることが前提になっていますが、 〈子ども・被災者支援法〉は戻る、帰還することが想定さ れているのです。このように評価すべき理念を掲げている〈子ども・被災者支援法〉です が、先ほどの線量の問題を含めて、これを具体化する政府の施策において、理念が十分に 尊重されていると言えるかどうかについては、当事者や支援者の方からの批判が多く向け られている状況だと思います。
チェルノブィリ原発における大災害の結果として放射線の影響を被った 市民の社会的保護についての法律(ロシア、1991.5.15)
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【学術会議の提言が目指すもの】
学術会議の提言は、〈子ども・被災者支援法〉の理念
..
をもとに、その理念を生かしなが ら、 〈原発避難者特例法〉の枠組み ...
をいっそう発展させるという趣旨にたつものです。した がって、何か全く新しいことを思いついて言っているのではなく、現にある法律をさらに 進めましょうという考え方でやってきたということなのです。
ここからが本論です。学術会議では、さまざまな委員会がさまざまな提言を、原発事故 直後から出しています。約50以上の提言はしていると思いますが、本日の話に直接かかわ るものだけをここに挙げました。
2013~2014年にかけて、幾つかの分科会で避難者の問題について意見を述べています。そ れを要約すると「避難元への帰還か移住かの二者択一を迫るのではなく、被災住民の意向 を尊重しつつ、より柔軟な政策をとるべき」だと。そして、 「その一環として、避難した 被災住民が避難元自治体と避難先自治体の双方との結びつきを維持する(その意味で『二
・「原発災害からの回復と復興のために必要な課題と取り組み態勢についての提言」
(社会学委員会「東日本大震災の被害構造と日本社会の再建の道を探る分科会」 、 2013年6月)
・「東日本大震災からの復興政策の改善についての提言」(同分科会、 2014年9月)
・ 「東京電力福島第一原子力発電所事故による長期避難者の暮らしと住まいの再建に関 する提言」(東日本大震災復興支援委員会福島復興支援分科会、 2014年9月)
東日本大震災復興支援委員会 社会学、法学など
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<聴き取り>
2015. 8.12 浪江町役場(二本松市),今井照氏(福島大学)
2015. 9. 1 国家公務員宿舎・東雲住宅の避難者(東京都江東区)
2015.12. 7 福島県総務部市町村行政課ほか 2016. 1.18 総務省自治行政局市町村課
重の地位』をもつ)」。これがタイトルになっている、「二重の地位」という言葉の意味で すが、「双方との結びつきを維持することを可能にする制度を設けるべきだ」ということ を、以上の提言の一部として述べていました。
ただ、この提言をまとめたのは主として社会学専門の方々なので、どうするかというこ とについて具体的なことはその後何も言っておりません。私たちは、これまで言ってきた ことを一歩進めて、より具体的な制度の案を出すべきであるという考え方で、小委員会を つくりました。小委員会は地方自治に関する行政法の専門家と、福島大学の元教員やOB など福島関係者の方々で構成され、私は委員長として両方の取りまとめ役で、今日ここに 立っている次第です。聴き取りも、十分ではありませんが、次の方々から行いました。
【日本学術会議の提言】
提言は2つの柱からなっています。
まず提言の1つ目は現状にかかわるものです。支援避難指示を解除しても問題は残って いて、すぐに帰還できるようになるわけではないので、原発避難者特例法に基づく措置と いうものは今後維持すべきだということを言っています。
提言(1)
帰還か移住かについての被災者の選択の尊重
東電福島第一原発事故の結果、元の居住地から避難することを余儀なくされた住民 について、 「支援対象地域における居住、他の地域への移動及び移動前の地域への帰還 についての選択を自らの意思によって行うことができるよう、被災者がそのいずれを 選択した場合であっても適切に支援するものでなければならない」という子ども・被 災者支援法の理念を再確認すべきである。
とりわけ、避難指示の解除にともない、期限を区切ることによって帰還するか移住 するかの判断を強いることのないようにすべきである。
また、少なくとも当面のあいだ、原発避難者特例法にもとづく「指定市町村」の指
定を維持すべきである。
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「特例住民」(仮称)制度
避難元自治体への帰還を待ち、あるいは帰還する か、それとも避難先またはその他の土地に移住す るかについての判断をさまざまな理由でなお留保 している意味で、暫定的な状態にある場合
住民基本台帳法の改正 避難元
住民登録
避難先
「特例住民」
しかし、これだけでは十分ではないというのがこの提言の中心部分になります。
提言の2つ目は制度の新設についてです。「避難元自治体への帰還を待ち、あるいは帰 還するか、それとも避難先またはその他の土地に移住するかについての判断をさまざまな 理由でなお留保している」という「暫定的な状態にある」方々を対象に、避難元に住民登 録を残しているということを前提に、住民登録について定めた住民基本台帳法を改正する という形で、避難先で「特例住民」という地位をつくって提供したらどうかというのが1 つ。もう1つは、 「移住するという選択をしたうえで、将来における帰還の可能性を含め、
避難元とのつながりを維持することを希望する」という場合です。避難元について今後も つながりを維持したいと希望する方々について、学術会議のほかの提言の中では「長期待 避」という言葉を使っています。避難というにしては、すでに新しいところに定着してし まっているが、将来もしかしたら帰るかもしれないということを考えると、長い間待って いる状態と見ることもできる。つまり、住民登録を移住先・避難先に移している方々を、
避難元で「特定住所移転者」という位置づけにして、何らかのつながりをつくっていく仕 組みをつくったらどうかということです。
「特定住所移転者」(仮称)制度 移住するという選択をしたうえで、将来における 帰還の可能性を含め、避難元のつながりを維持す ることを希望するという場合(長期待避)
避難元
「特定住所移転者」
移住(避難)先
住民登録
提言(2)
避難先(移住先)と避難元の双方の自治体との結びつきを 維持することを可能にする制度の新設
東電福島第一原発事故の結果、元の居住地から避難することを余儀なくされた住民が、
避難先(移住先)と避難元の双方の自治体との結びつきを安定的に維持することを可 能にするために、国は、誰もが直面する可能性のある、今後生じうる類似の事態をも 念頭に置きつつ、避難元に住民登録を維持している者を対象とする「特例住民」 (仮称)
制度、および避難先に住民登録を移した者を対象とする「特定住所移転者」 (仮称)制
度を立法措置により設けることを検討すべきである。
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避難元自治体 避難先自治体
避難住民
「特例住民」として登録 氏名、生年月日、住所などの 基本的事項、国民健康保険、
後期高齢者医療、介護保険、
国民年金、児童手当の受給資 格等に関する事項等 避難元自治体の住民であ る旨の記載
避難先自治体の「特例 住民」である旨の記載
住民票の写しの交付(居住関係の公証)
原発避難者特例法にもとづく特例事務 自治体独自の施策にもとづく住民サービス 避難元における選挙権行使の援助 相談窓口、避難者の意見を行政に反映
特例住民(仮称)制度案
そこで以下、少し具体的に見ていきますが、浪江町は自民 党に宛てた要望書の中で、「『二重住民票』制度をはじめとし た長期避難に対する既存の枠組みにとらわれない支援策の早 期実現を強く要望する」と、 「二重の住民登録」について、自 治体の中で唯一、住民票について明確にふれていました。ま たこの問題について、 『自治体再建』(ちくま新書)の著者で ある福島大学の今井照先生は、以前から「二重の住民登録」
という考え方を主張しておられます。
「二重の住民登録」にしろ、 「二重の地位」にしろ、 「二重」
ということの意味ですが、1つは行政サービスについて住民として二重に受けるわけでは なく、いずれかのところで受けるということです。どこにいても、確実に受けるべきもの は受けることができるようにするということになります。
もう1つ、税負担についても二重に払うわけではなく、いずれか一方で払うという仕組 みです。市町村税については、今の地方自治法でも、今住んでいるところに住民登録がな く住民登録地は別にあっても、そこに住んでいるという状況が確認された場合は、その居 住地で地方税を払うことができることになっています。
問題は参政権です。今井照先生の場合は、 “シチズンシップ”という考え方で、場合によ っては両方の自治体に参政権を行使しうることがあってもいいとおっしゃっていますが、
それは今の制度上難しいことなので、将来の検討課題として残しておき、私たちの提言で はなるべく早く制度を実現するため、 「二重の住民票」ではなく、住民登録はどちらかにあ るということを前提として、他方の自治体との関係もつくるという考え方にしています。
まず、 「特例住民制度」ですが、図解すると右下のようになります。避難住民が避難先の 自治体で届け出ると、この届け
出が避難元自治体に通知され、
避難先自治体の「特例住民」で
ある旨の記載が、住民登録のあ
る避難元でされます。こういっ
た避難元と避難先のつながりを
きちんとつくることで、住民登
録があるところでないと行使で
きないこと、例えば選挙権の行
使などについての通知が確実に
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「特例住民」制度のポイントは、避難先自治体での位置づけであり、避難先自治体の住 民基本台帳に「特例住民」として登録して、ここにあるような基本的なデータが記載され ることになります。図の左下の5つは避難先自治体が行うことの例示です。
避難先自治体の住民票に載っているので、例えば不動産関係の契約などで住民票の提示 を求められた際に、これを交付することができることになります。
また、先ほど出てきた〈原発避難者特例法〉に基づく特例事務も、引き続きこの仕組み を通じて行うことができます。そのほかに、自治体独自の施策に基づく住民サービス。こ れは〈原発避難者特例法〉でも認められていますが、各自治体に判断を任せていたことな ので、実際はあまり実効性がないと思われます。各自治体側もどれだけ避難者に対して理 解して手厚くするかによって違ってくるので、 「特例住民」と明確に位置づけることが、本 来の住民ではなくても住民の一部分、地域共同体のメンバーとしてサービスをするという ことにつながり、従来の住民登録のない人々に対するサービスではない、しっかりしたも のになり得るのではと期待しているところです。
それから、避難元における選挙権行使についての援助。これは具体的には不在者投票の 便宜、あるいは選挙に関する情報を入手する便宜です。
また、相談窓口や意見を行政に反映することが、今のような位置づけよりも、よりはっ きりとできるようになるということも期待しています。
実は、この制度を考えたとき に参考にしたのが、 「外国人住民」
制度(右:参考)です。しばら く前に住民基本台帳法が改正さ れまして、それまでは外国人と いうのは日本人とは全く別扱い のシステムになっていたのです が、住民基本台帳の中に「外国 人住民」として登録するという 仕組みになりました。 これも 「特 別永住者」などいろいろなカテ
ゴリーはありますが、比較的一般的なIC在留カードを交付される人が登録をすると、在留 条件・住居・雇用・就学などに関する各種の情報が、自治体レベルで一元的に管理される ということになります。もともと法務省が管轄している入国管理と在留管理の仕組みと、
参考:「外国人住民」制度
法務省による 入国管理・在 留管理 国籍のある国
住民基本台帳法 市町村に「外国人住民」として登録
(IC在留カード」「特別永住者証明書)
在留条件、住居・雇用・就学など に関する各種の情報の一元的管理
日本国籍者に 限定されたも のを除く行政 サービス 在留管理
避難元自治体
避難先自治体
外国人住民が日本 国籍を有する者と 同一世帯を構成す る場合には 、世帯 ごとに編成される 同一の住民票に記 載される
行政への意見の反映 外 国人 市民会 議(川 崎 市・神戸市など)
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行政サービスを行っている自治体の仕組み、この2つを結合するというところにこの制度 の狙いがあり、法務省の観点から言うと、外国人がきっちり在留条件を守っているか管理 しやすくなるということなのですが、一方で外国人にとっても、自分の住んでいるところ で受けるべき行政サービスをきちんと受けることができ、情報がはっきりと自治体に伝わ る仕組みになり、お互いにメリットがある制度になっているのです。したがって、日本国 籍者に限定されたものは別ですが、外国人にも自治体を構成する住民の一部として行政サ ービスを提供することになっています。
例として、これは2018年1月のニュースですが、成人式の“はれのひ事件”が起こりまし たね。あのときに、成人式当日に成人式ができなかったので、別の日に改めて成人式を開 いたというのがニュースになっていて、そのときに留学生の女性が自治体からきちんと通 知が来て出席できました、と話していました。成人式がどのくらい重要かというのは人に よって異なりますが、国籍に関係なく、住民であれば出てよいですよと招待してくれるも のがあれば、確実にサービスの対象としてカバーされていくことになるわけです。
そのほかに、前ページ「外国人住民」制度の図にある右枠2つが特に避難者にとって意 味のある参考材料かと思います。 「外国人住民が日本国籍を有する者と同一世帯を構成する 場合には、世帯ごとに編成される同一の住民票に記載される」、つまり、国際結婚をして国 籍は違っても一緒に住んでいる場合は、同じ住民票の中に同じ世帯の構成員として書き込 むことができる仕組みになっています。また、 「行政への意見の反映」については、特定の 自治体に限られていますが、特に外国人がたくさん住んでいる川崎市や神戸市などでは外 国人市民会議があり、 代表を選んで行政に意見を反映させる仕組みもつくられているので、
今回参考にできるところがあるのではと考えたわけです。
もちろん外国人と避難者は全く問題の性格が違いますし、経緯も課題も違います。特に 外国人の場合、コミュニケーションの問題が最も重要ですから、日本語が不自由な方に対 して多言語対応することが自治体にとって重要になりますが、実は避難者の方にとっても コミュニケーションの問題というのが、違った意味で存在するのではと思います。 つまり、
避難者であるということはどういうことなのか、どういう状況に置かれているかについて、
避難先の方々、場合によっては自治体の職員との間で、コミュニケーション・共通理解が 成り立っていないのではと考えると、 そこから差別の問題が生じたりすることもあり得る。
そういった点で共通する面があるかもしれないと感じます。
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【新しい2つの制度のねらい】
そこで、このような制度をつくる狙いを上に4項目ほど挙げました。
③は先ほどのいじめなどの背景にある問題に関連しています。つまり制度を作ったので 登録してくださいというだけであれば、①に書いたような問題点の解消にはつながらない ため、より積極的な役割が期待されるのです。要するに、よそから一時的に避難してきて いるだけという場合と、自らの自治体住民の一部だという場合とでは、やはり自治体の側 の構えも違ってくるのではないか、違ってほしいと考えられていることになります。
④は健康問題ですが、福島県民健康調査は事故時に福島県民であった人を対象としてい るため、福島県外に移動、あるいは住民票を移した人でも、その時点で福島県民であれば 対象です。この人々に対する連絡は、 基本的には避難元自治体を通じて行われているので、
避難元自治体と避難先との間の関係が密になっていないと、通知が漏れる可能性が生まれ てくることを念頭に置いています。
追加的なことですが、「特例住民」を受け入れる自治体には、多かれ少なかれ追加的な 財政的・事務的負担が生じます。その点について国は“自治体まかせ”にせず、しかるべ き支援措置を講ずることが不可欠です。お金の問題とそれから人ですね。自治体職員、特 に被災自治体は自治体職員自身も被災した。それと同時に、避難者を受け入れなければい
「特例住民」制度のねらい
①避難住民は、避難先自治体において、住民に準ずる地位をもって地域共同体を構 成する者としての自己認識を明確にもつことができる。このことが、避難者に対す る否定的なレッテルや孤立化を解消し、避難にともなう心身への追加的な負荷を軽 減する方向に向かわせる一要因となることが期待される。
②避難先自治体は、原発避難者特例法上の特例事務に該当するもののほか、本来の 住民と同一ではないにせよ、それに準ずる行政サービスの対象として「特例住民」
を明確に位置づけることができることになる。
③避難先自治体には、教員を含む自治体の職員、さらには住民に対して、自らの自 治体住民の一部としての「特例住民」の地位、避難者が抱える問題などについて持 続的に説明し、理解を得る役割が求められる。
④避難元自治体は、自らの住民の避難先およびその移動について正確に把握するこ
とができる。これによって避難元自治体と避難先自治体との関係が密になり、健康
管理・健康保護の対象となるべき避難者に必要な情報が確実に届き、その情報にも
とづいて必要なサービスを受ける機会が保障されるようになることが期待される。
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特定住所移転者(仮称)制度案
けないというところがあります。いわき市などがその例ですが、二重に困難を抱えている ので、自治体まかせではうまく機能しないだろうということを念のために強調してありま す。避難者を自治体とその住民が支え、自治体を国が支える。この関係なしに、否定的な レッテルの克服をはじめ、避難住民の状況の改善という「特例住民」制度のねらいを充分 に実質化することは困難なのです。
もう1つの「特定住所移転者」制度についてですが、避難元自治体から移ってきた避難 住民が移住先自治体ですでに住民登録をしている前提で、避難元自治体とのつながりを維 持しておきたいということを希望する方については、「特定住所移転者」であることを届 け出て、避難元で登録するという 仕組みを想定しています。まず何 ができるかということで図の左下 にありますが、ふるさとである避 難元自治体についての情報を得る 権利、 まちづくりに参加する権利、
将来希望する場合に帰還する権利、
大きく言うとこの3つぐらいが考 えられます。
まず、ふるさとである避難元自治体についての情報を得る権利は、自治体がきちんとや れば、特別な制度をつくらなくても可能であると思います。また将来希望する場合に帰還 する権利について、帰還すること自体は自由なのですから、移ることを支援するというこ と、例えば住宅や仕事を確保するためのサポートなどが伴って、初めて権利といえると思 います。その意味で、この点については支援の体制をつくる必要があると思います。
一番難しいのはまちづくりに参加する権利で、これについては制度設計の工夫が必要だ ろうと私たちも考えました。これは特に、浪江町などが非常に強く意識しているところな のですが、今後は避難元、つまり被災した自治体がいろいろな人によって構成されること になるだろうと考えられるのです。
まず、避難指示外の地域が含まれている町の場合には、避難しなかった住民が一定の割 合でいる可能性があります。そして、避難先から帰ってきた住民、住民登録を残しながら まだ避難先にとどまっている住民、それから新たに転入してくる住民もいると考えられま す。例えば原発の除染作業や、新しい施設を作るために移ってきた人々もいるので、3.11 時点を基準にしてみると、いろいろな状況にある人々がそれぞれ住民として、住民登録を している状態になるだろうと考えられます。
避難元自治体 移住
(避難)先自治体
避難住民
避難先自治体への「特定住 所移転者」である旨の記載
ふるさとである避難元自治体についての情 報を得る権利
まちづくりに参加する権利 将来、希望する場合には帰還する権利
制度設計の工夫が必要 いますぐ可能
支援が必要
27 / 38 それぞれの自治体によって、これ
らの人々がどういう割合で地域を構 成することになるかは多様でしょう。
そこに、既にほかの地域に住民登録 を移した人が、「特定住所移転者」
という形でいるわけなので、何か物 事を決めようとするときに、この 人々の意思をどのように反映させる のか、ここで複雑な問題が生じるこ
とが考えられます。例えば住民投票を行う場合、住んでいる人も「特定住所移転者」の人 も同じ1票かということが問題になるかもしれないと思います。新たな制度を作ることで、
新たな軋轢
あつれきが生まれることになっては本末転倒なので、これら多様な住民の方々の納得の 得られるような方法を、それぞれの自治体ごとに判断をしていくほかはないのではないか と私たちは考えました。その意味で、各自治体の条例によって具体化することがよいだろ うということが提言の提案になっています。ただ、自治体任せではなく、ここでも自治体 の復興支援の一環として国が何らかの財政的支援をしてほしいと考えています。
実はこれに類似したものを、
2015年8月に「構想日本」というグ ループが、「ふるさと住民票」と して提言をしています。これは、
自治体の首長を中心とするグルー プの連名で提案されているもので、
趣旨としては、「災害のために元 の居住地を長期間離れなければな らない人」ということも入ってい ますが、それだけではなく、いろ いろな理由で元の居住地を離れた 人々がたくさんいて、こういう 人々がいることを想定すると、左 の赤文字部分ですが、「一つの自 治体に住民登録し、一つの自治体 に税金を払い、一つの自治体から
「まちづくりに参加する権利」の制度設計
避難元自治体は多様な住民によって構成されると考えられる
→「特定住所移転者」の街づくりへの参加については、でき るだけこれらの住民の納得の得られる方法を選ぶことが 必要であり、それが新たな軋轢の原因となることは避け なければならない
→ 各自治体の条例によって具体化する
→ 国は、自治体の復興支援の一環として財政的支援を行なう 避難しなかった住民(避難指示外の地域)
避難先から帰還した住民 住民登録を残しつつ避難先に留まっている住民
新たに転入した住民
特定住所移転者
参考「ふるさと住民票」構想日本(2015/8)の提案より 趣旨
住民と自治体とのかかわりは多様化しています。仕事など で居住地を時々変える必要がある人、ふるさとに強い愛着 を持ちながらも離れた都市で暮らす人、災害のために元の 居住地を長期間離れなければならない人、親の介護のため に複数の地を行き来する人など様々です。(相続などで)
親の居住地やかつての住民登録地において行政手続きを行 う人も少なくありません。
こうした社会の変化の中で、一つの自治体に住民登録し、
一つの自治体に税金を払い、一つの自治体から行政サービ スを受けるという単線的な関係では、流動化した生活、さ らには地域への愛着度とのかい離がしばしば起こるように なってきました。
目的
①自治体に対し自分の「ふるさと」だという気持ちを持っ て貢献したいと考える人と具体的なつながりを築き、そ の知恵や力をまちづくりに生かします。
②ふるさと納税を行った人に向けて、単なるもののやりと りにとどまらず、まちづくりへの参加の機会を保障した り、必要とされるサービスを提供したりして、本来のふ るさと納税の意義を高めます。
③近年増加傾向にある複数地域居住者(都市と田舎を行き 来して生活している人など)や別荘を持つ人が、地域に 溶け込みやすくする環境作りを行います。