働く母親の貧困と ワーク・ライフ・バランス
(WLB)
首都大学東京 人文科学研究科 社会行動学専攻 社会福祉学分野
瀧澤宏直
『働く母親の貧困とワーク・ライフ・バランス(WLB)』
首都大学東京 人文科学研究科 社会行動学専攻 社会福祉学分野 瀧澤宏直
目次
第1章.はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
第2章.働く母親の現状 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
2-1.働く女性の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
2-2.非正規雇用の実態 非正規雇用の問題点 ・・・・・・・・・・・・・・・・8
2-3.非正規労働がなぜ低賃金なのか ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
2-4.男女差について 雇用形態内での男女差 ・・・・・・・・・・・・・・・・12
2-5.男女差が生まれる要因 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13
2-6.働く母親について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
2-7.なぜ母親の貧困とWLBをみる必要があるのか ・・・・・・・・・・・・・20
第3章.ワーク・ライフ・バランスについて ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
3-1.ワーク・ファミリー・バランスからワーク・ライフ・バランスへ ・・・・・23
3-2.仕事と(家庭)生活とのネガティブな関係(コンフリクト)について ・・・・・24
3-3.仕事と(家庭)生活のポジティブな関係(ファシリテーション)について ・・・26
3-4.仕事と生活の関連に関する先行研究 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・28
第4章.調査データ、分析方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32
4-1.調査データ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32
4-2.調査概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32
4-3.分析サンプル ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32
4-4.分析方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33
第5章.推定式、仮説 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
5-1.分析の枠組み ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
5-2.仮説 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35
5-3.推定式 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37
5-4. 変数項目 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37
第6章.ワーク・ライフ・バランス指標(WLB指標)の作成 ・・・・・・・・・・・・41
6-1.用いる変数 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41
6-2.WLB指標の作成 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43
第7章.分析結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・46
7-1.独立変数とWLB指標との関連 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・46
7-1-1.世帯所得とWLB指標との関連 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・46
7-1-2.仕事領域の変数とWLB指標の関連 ・・・・・・・・・・・・・・・・46
7-1-3.生活領域の変数とWLB指標の関連 ・・・・・・・・・・・・・・・・49
7-1-4.母親の属性(年代、学歴)とWLB指標との関連 ・・・・・・・・・・50
7-2.多変量解析による検討 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52
7-2-1.全世帯を対象とする分析 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52
7-2-2.低年収世帯のみを対象とする分析 ・・・・・・・・・・・・・・・・・58
第8章.考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63
第9章.おわりに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・65
9-1.本論文の限界 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・65
9-2.謝辞 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・65
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66
第1章 はじめに
本論文は、子育てをしながら働く母親のワーク・ライフ・バランス(WLB)が貧困とどの ように関係しているのかを明らかにすることを試みる。この目的に基づき、内閣府男女共同 参画局の行った調査の個票データを用いた計量分析を行い、世帯の経済状況が直接または ほかの要因を媒介してワーク・ライフ・バランスに影響を与えているのかを検討する。女性 のワーク・ライフ・バランスや世帯の経済状況には配偶者の影響が大きいと考えられる上に、
日本の貧困世帯に暮らす子どもたちの多くはふたり親世帯にいるため、本論文では有配偶 女性のワーク・ライフ・バランスを扱う。
近年日本でワーク・ライフ・バランスが声高に叫ばれている背景には、出生率の低下や、
過労死や脳や心臓の障害、精神疾患につながる過重労働の問題がある。共働き世帯が増加し、
子育てなどの労働以外の活動のために労働時間の制約を受ける従業員が増加している。仕 事と私生活の両立ができないと、ワーク・ライフ・コンフリクトやネガティブ・スピルオー バーを引き起こしてしまう。反対に仕事と生活の一方がもう一方の質を高める(ファシリテ ーション)という考え方もある。
貧困とWLBの関係については、これまで注目されてこなかった。貧困であるがゆえに女 性が働きに出ることになり、働くことでワーク・ライフ・バランスの問題が発生する。また 貧困であると家事の外部化が難しくワーク・ライフ・バランスが悪化することが考えられる。
一方でワーク・ライフ・バランスを重視するゆえに時間の融通がしやすい職に就き、低所得 になり貧困になる場合もあろう。
上記の問題意識に基づき、本論文では、貧困がワーク・ライフ・バランスと、どのように
影響しているのかについて分析を行う。
第2章.働く女性の現状
これまで働く女性への支援は、政府は無策だったわけではない。現在から 30 年以上前の 昭和 60 年 5 月に男女雇用機会均等法が成立し、同年 6 月に女性差別撤廃条約を 72 番目の 条約締結国として批准した。平成 11 年 6 月に男女共同参画社会基本法が国会で可決され、
公布された。平成 24 年 12 月末に発足した第 2 次安倍内閣では深刻な人手不足を緩和する ために「女性活躍」をスローガンに掲げ、ポジティブアクションを推進したり、保育所を整 備したりすることで女性の労働市場への参入を後押ししてきた。しかし、その後も引き続き 少子化は続いており、女性の労働力率の年齢階層別変化を示す「Ⅿ字型カーブ」はまだ存在 している。
具体的な制度として平成 4 年 4 月から育児休業制度が実施され、平成 7 年 4 月からは育 児休業給付が行われるようになり、給付額も休業前賃金の 25%から 67%まで増加した。平成 22 年 6 月からパパママ育休プラスが創設された。しかし、育児休業を取得するのは多くが 女性で、男性は 6.16%と 1 割に満たない(厚生労働省,2019)。また育児休業給付は雇用保 険から支払われており、雇用保険に入ることのできていないパート・アルバイトの労働者は 受給できていない。
このようなことから、現在では働きながら子育てをする女性を支援する制度が整いつつ あるように見えながらも、実際には仕事と生活(子育て)の両立に大きな問題が隠れている と考えられる。本章では、就業している女性の状況と、女性たちの子育ての状況について詳 しく見ていく。
2-1.働く女性の概要
総務省「労働力調査」によると女性の労働力人口は年々増加しており、平成 30 年の女性 の労働力人口は 3,014 万人となっている。男性の労働力人口も増加しているが、女性の増加 の割合の方が高く、労働力人口総数に占める女性の割合は 44.1%と過去最高を更新した(図 表 1)。生産年齢(15~64 歳)についてみると、女性の労働力人口は 2,660 万人、労働力率は 71.3%となった。
昭和 60 年には労働生産人口に占める女性の割合は 40%に満たなかったが、平成 30 年に
は 45%近くまで上昇しており、労働者のほぼ半数が女性である状態になっている。近年の好
景気や深刻化する人手不足により、これまで労働市場に参加していなかった女性たちが、働
きに出るようになったと考えられる。
図表 1 労働力人口及び労働力人口総数に占める女性割合の推移
出所:総務省「労働力調査」 、厚生労働省雇用環境・均等局「労働力人口の男女別構成比」より作成
Ⅿ字型カーブと呼ばれる女性の労働力率の年齢階級別のグラフを見ると、平成 20 年と比 較してすべての年齢階級で労働力率が増加しており、 「20~24 歳」を除くすべての階級の労 働力率について、比較可能な昭和 43 年以降、過去最高の水準となっている。Ⅿ字型の底も 徐々に底上げがなされ台形に近づきつつある。(図表 2)
このことは、多くの女性が結婚や出産によって退職することが少なくなったとみること もできるが、多くの文献(西村,2014、白波瀬,2009)では、女性が結婚を遅らせるようになっ た(晩婚化)や、結婚しなくなった(未婚化)の影響のため、女性が単身のまま、労働市場にと どまるようになってきたとしている。多くの女性が働いているという状況は、多くの女性の ワーク・ライフ・バランスが重要になってくると考えられる。
5963 6384 6666 6766 6651 6632 6625 6830
2367 2593 2701 2753 2750 2783 2852 3014
39.7 40.6 40.5 40.7 41.3 42.0 43.0 44.1
0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 30.0 35.0 40.0 45.0 50.0
0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 7,000 8,000 9,000
昭和60年 平成2年
7年 12年 17年 22年 27年 30年労働力人口総数 女性労働力人口 労働力人口総数に占める女性割合
(万人) (%)
図表 2 女性の年齢階級別労働力率(%)
出所:総務省「労働力調査」より作成
このように、女性は以前よりも労働市場に参加するようになっているが、それでは、女性 はどんな働き方をしているのだろうか。まず、女性の雇用形態からみてみよう。
女性の労働市場への参加は「正規の職員・従業員」 「非正規の職員・従業員」ともに前年 より増加しているが、前年比の増加している割合は「非正規の職員・従業員」の方が多い(厚 生労働省,2019,16)。図表 3 は正規の職員・従業員と非正規の職員・従業員の雇用者数を表 したものである。長期的にみると、非正規雇で働く女性の数は一貫して増加しており、2000 年代になると正規雇用で働く女性の数を追い抜いている。
20.4
74.8
83.9
76.9 74.8 79.6 79.6 79.2
73.3
58.1
17.6
16.2
69.7 76.1
65.1 64.9
71.1 75.5
71.6
61.6
43.6
13.1 0.0
10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0
平成30年 平成20年
図表 3 雇用形態別 女性の雇用者数の時系列変化(千人)
出所:就業構造基本調査(2018)より作成
女性の労働者の増加とともに、正規雇用以上に非正規雇用で働く女性が増加している。ゆ えに、女性労働者に占める非正規職員・従業員の割合は、一貫して増加傾向にある(図表 4)。
ここでは男女の割合をみてみる。10 年以上前の平成 18 年では女性の非正規雇用者は 52.8%
だったが、現在ではその割合が増加して 56.0%になっており、女性は以前からその多くが非 正規雇用として労働市場に参入していたといえる。図表 4 をみると男女計では 4 割を占め る「非正規職員・従業員」だが、女性の状況を見ると半数以上が非正規雇用についている傾 向が続いている。労働力でなかった既婚女性が、非正規雇用に吸収され続けていたことを示 している。なぜ非正規労働で働く女性が増加したのか、前述の大沢(2010)は労働需要の変化 から述べている。高度経済成長と高学歴化により国内の労働力不足が深刻化した。初期には 農村の過剰人口を吸収することで補っていたが、それが難しくなると企業は既婚女性を非 正規労働者として活用するようになったと指摘している(大沢,2010,67)。労働需要だけで なく、女性は家事や育児などの生活領域での役割を果たすことを求められ続けるがゆえに、
労働市場では時間の融通がしやすい非正規雇用を選んでいるのではないかとも考えられる。
また非正規雇用で働く男性の割合も増加しており、2 割の男性が非正規雇用で働いている。
女性だけでなく男性も非正規雇用で働くことが増え、世帯収入が減少し、貧困リスクが高ま ると考えられる。
9,908 10,309
11,962 11,755
10,145
10,526 10,301 11,211
4,610
6,071 6,871
8,254
11,426
12,988 13,944 14,648
0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000 14,000 16,000
1982 1987 1992 1997 2002 2007 2012 2017
正規の職員・従業員 非正規の職員・従業員
(千人)図表 4 非正規の職員・従業員の割合の推移
出所:総務省「労働力調査」平成 24 年以前は詳細集計の値を記載
2-2.非正規雇用の実態 非正規雇用の問題点
それでは、女性が非正規雇用で働くこととはどのようなことを意味するのであろうか。こ こからは、多くの女性が働く非正規雇用の実態について詳しくみていく。
まず、非正規雇用は正規雇用よりも賃金が低いことが、問題点として挙げられる。
パートタイム労働者(短時間勤務労働者)の時給は最低賃金の上昇とともに増加しつつあ り、平成 12 年度では 914 円であったが、30 年度には 1,128 円にまで上昇した(厚生労働 省,2018) 。しかし厚生労働省の賃金構造基本調査では「正規の職員従業員以外」の所定内給 与額は 209 万円で、 「正規の職員・従業員」の所定内給与額の 324 万円の 7 割に満たない。
正規の職員・従業員の方が、労働時間が長くなるため、実労働時間当たりの給与を計算して みると正規以外は約 1,300 円であり、正規の場合の約 2,000 円の 7 割以下になる
1。正規で は、より大きな責任を持つようになることや、仕事も増加するために賃金が高くなることが 想像できるが、非正規とは大きな差がついていることが分かる。
次に、非正規雇用は賃金が低いだけではなく、福利厚生や雇用保険などにもカバーされず、
不安定となっていることが挙げられる。大沢(2010)は、ほとんどの労働者保護法は、正社員・
パートといった雇用形態により区別して取り扱う規定はわずかしかないのにかかわらず、
多くの企業で退職金、ベースアップ、福利厚生などで差を設ける雇用慣行が存在しているこ
1
正社員・正職員:男女計(所定内給与額)/(所定内実労働時間数)
=323.9
(千円)/165(時間)=1.963…
(千円)≒2000
(円)、
正社員・正職員以外:男女計(所定内給与額)/ (所定内実労働時間数)
=209.4
(千円)/161(時間)=1.300…
(千円)≒1300
(円)1300/2000×100=65(%)
52.8 53.6 53.8 54.5 56.6 55.9 56
17.9 19.2 18.9 19.7 21.7 22.1 22.2
33 34.1 34.4 35.2 37.4 37.5 37.8
0 10 20 30 40 50 60
平成18年 平成20年 平成22年 平成24年 平成26年 平成28年 平成30年
女性 男性 男女計
とを指摘している(大沢,2010,84)。
図表 5 に福利厚生についての実態を示す。正社員とパートといった雇用形態の違いによ り、手当などの各種制度を実施している企業の割合が異なることを示している。ここで正社 員とパートとの差が 2 倍未満になっているのは「人事評価・考課」 「通勤手当」のみであり、
正社員とパートとの待遇の差がはっきりと表れている。
また社会保険については、大沢(2010)が、非正規労働者の 6 割しか雇用保険に加入してお らず、4 割しか健康保険に加入していないと指摘している。非正規では失職した際に基本手 当をもらうことができず、失業すると即座に困窮に陥る不安定な状況であると考えられる。
女性にとっては、共働きの場合でも配偶者である夫の扶養に入ることなどで生活が安定す るかもしれないが、単身女性の場合やひとり親になった場合に、即座に貧困に陥る危険があ る。
図表 5 手当など、各種制度の実施(%)
注 正社員とパートの両方を雇用している事業所全体=100 出所:日本労働生産性本部『2019 年版 活用労働統計』より作成
2-3.非正規労働がなぜ低賃金なのか
このように、多くの女性が働く非正規雇用が低賃金で不安定であることが分かったが、な ぜこのような待遇の悪化が生じているのだろうか。
このことは、非正規雇用が「学生アルバイト」 「主婦パート」といった層を対象に拡大し てきたことと関係がある。大沢(2010)は、欧米諸国に見られるパート職は「女性の独身時代 のキャリアと子どもが大きくなってからのキャリアをつなぐブリッジ(橋渡し)」の就業形
100 2030 4050 6070 8090 100
正社員 パート
態と考えられているのに対して、日本のパートタイム就労は子育てを終えた主婦パートが 原型となっており、臨時職のような性格を持った労働者であると指摘している。そのため正 社員への移動は 25%と低く抑えられていると指摘している(大沢,2010,68)。
さらに大沢(2010)では、雇用の柔軟性についても指摘している(大沢,2010,75)。経済の中 心が第三次産業となると一日の中でのピークとオフピークでの仕事の繁閑の差が生じる。
時間による仕事の量に応じた労働者数を調整する都合のよい労働力として非正規雇用者が 大量に求められるようになった。
齋藤(2010)では日経連が 1995 年に発表した報告書に注目している。 『新時代の「日本的経 営」――挑戦すべき方向とその具体策』と題した報告書では、新時代の「日本的経営」の中 心課題を雇用形態と賃金体系の変革とし、労働者を「長期蓄積能力活用型」 「高度専門能力 活用型」 「雇用柔軟型」の 3 つに分け、雇用の多様化と流動化を提起した(斎藤,2010,51)。
「長期貯蓄能力活用型」は中核的労働者として、正社員が担い、 「高度専門能力活用型」は 契約社員として臨時的に雇い、 「雇用柔軟型」はパートタイム労働者を需要に応じて雇用す るという方法である。正社員は賃金や待遇で優遇し、キャリアを社内で形成できるように仕 事を割り振る代わりに、長時間労働や転勤を強いる。パートタイム労働者は、労働時間が短 くなる代わりに、社会保険や手当などを受け取れず不安定な雇用の上、将来のキャリアの展 望を描けなくなる。
このような雇用形態が現在まで放置されてきたのは、女性の就業が家計の中で補助的な 役割として考えられてきたからである。そこで、ここからは、結婚して世帯をなした女性の 労働を見ていく。女性の個人世帯ではなく、夫婦の世帯を考えると、両者の間で仕事量や家 事を分担することで時間を節約することが可能になると考えられる。
この役割分担において、夫である男性が稼ぎ、妻である女性が専業主婦である世帯は、以 前は主流であったが、1990 年代後半に夫婦二人が共に就業する共働き世帯の方が多くなり、
現在では約 7 割が共働き世帯となっている。図表 6 は女性の配偶関係によって年齢階級別 労働力率が変化するかどうかを表したグラフである。有配偶女性の労働力率はすべての年 齢階級で上昇しており、平成 20 年には 20~24 歳の有配偶女性の労働力率は 43.8%と 5 割に 満たなかったが、平成 30 年には 66.7%と 20 ポイント以上上昇している。M字型カーブの底 の上昇の要因として、有配偶女性の労働市場への参入が考えられる。しかし、未婚の女性と 比較して有配偶女性の労働力率は、まだ低く特に若年層ではその差は顕著である。未婚の女 性の労働力率のピークは 25~29 歳で 92.4%となっているが、 有配偶女性の 25~29 歳は 68.5%
でその差は 20 ポイント以上ある。有配偶女性の労働力率は「45~49 歳」(77.1%)が最も高
くなっており、子どもが中学校や高校への進学を契機に働きに出ることが多いと考えられ る。一方で、10 年前よりも有配偶でも働きに出る女性が増加しているということは、より 多くの女性が仕事の役割と家庭の役割との葛藤に直面すると考えられる。
図表 6 女性の配偶関係、年齢階級別労働力率
出所:厚生労働省(2019)「平成 30 年働く女性の実情」より作成
政府の税制や社会保険制度においても、専業主婦世帯を優遇する政策をとってきた。所得 税の非課税限度額や社会保険扶養限度額を意識して就業調整をする、いわゆる「103 万円の 壁」 「130 万円の壁」がある。大沢(2010)はこれらの妻の家庭での無償労働を評価する所得 税制や年金制度の存在によって、事業主はパートタイマーの自給を上げるインセンティブ を持たず、働く側も限度額以上働くインセンティブをもたなくなり、非正規労働者の賃金を 低レベルにて留めている要因であると指摘している。
有配偶の女性は労働市場に参加するようになると、家計の状況はどのようになるのか。総 務省「家計調査」によると、二人以上の世帯のうち勤労者世帯の中で、核家族世帯について、
1 か月の平均実収入を共働き世帯と、世帯主のみ働いている世帯とで比較してみると、共働 き世帯の実収入は1世帯当たり1か月 63 万 636 円、世帯主のみ働いている世帯は 51 万 9,431 円となっている。
なお、核家族共働き世帯の世帯主の勤め先収入は 45 万 2,182 円だが、世帯主のみ働いて いる世帯は 46 万 8,014 円で、共働き世帯を上回っている。
20.5 75.7
92.4 90 88.5 87.5 83.3 82.4 78.1
56.5
18.3 66.7
68.5 67.6 69 76.4
77.1 76.9
70.8
55.6
21.7 16.3
72.3
91.5 89.4
87.1 85.5 79.4
73.1
68
47.4
12.5 43.8 51.1 51.1 56.5
66.9 73.2 70.1
59.5
41.3 0.0 16.8
10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0 100.0
未婚平成30年 有配偶平成30年 未婚平成20年 有配偶平成20年
一方、核家族共働き世帯の妻の勤め先収入は 14 万 6,833 円で、実収入に占める割合は 23.3%となった。
妻も働きに出て共働きになることで、世帯主のみが働く片稼ぎ世帯より世帯主の収入が 低くても、世帯収入が大きくなる。そうすることで、貧困になることを防いだり、子育てに かかるコストを支払うことができるようになると考えられる。
2-4.男女差について 雇用形態内での男女差
ここまで、労働市場における男女格差の実態として、正規雇用と非正規雇用の賃金や待遇 の差、世帯内での夫婦間の差をみてきた。しかし、同じ正規雇用内、非正規雇用内でも男女 格差がある。
まず正社員・正職員内での賃金の男女差についてみていく。厚生労働省の「賃金構造基本 統計調査」(企業規模 10 人以上)によると、一般労働者の正社員・正職員の男女間の賃金格 差は男性を 100 とすると女性は、 きまって支給する現金給与額で 73.1、 所定内給与額で 75.6 となった(図表 7)。正社員・正職員以外については、きまって支給する現金給与額で 77.5、
所定内給与額で 80.8 となった(図表 8)。女性は同じ雇用形態であっても男性に比べて 7 割 から 8 割の賃金に抑えられていることが分かる。労働法では男女雇用機会均等法成立前か ら男女間の賃金格差を設けることが禁止されてきたにも関わらず、大きな差がついている。
図表 7 一般労働者の正社員・正職員の賃金実態 きまって支給する現金給与額 年間賞与その他
特別給与額
所定内 実労働時間数
超過
実労働時間数 所定内給与額
(千円) (千円) (千円) (時間) (時間) 男 女
計
356.6 323.9 1062.5 165 14
女性 285.1 265.3 781.8 162 8 男性 389.9 351.1 1193.1 166 16 差 73.1 75.6
出所:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(平成 30 年)より作成
図表 8 一般労働者の正社員・正職員以外の賃金実態 きまって支給する現金給与額 年間賞与その他
特別給与額
所定内 実労働時間数
超過
実労働時間数 所定内給与額
(千円) (千円) (千円) (時間) (時間) 男 女
計
227.7 209.4 215.9 161 11
女性 199.8 187.9 159.7 160 8 男性 257.7 232.5 276.1 163 14 差 77.5 80.8
出所: 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(平成 30 年)より作成
2-5.男女差が生まれる要因
4 節では正社員という同じ雇用形態でも男女間で賃金格差が生じていることが分かった。
なぜ男女で賃金格差が起こるのであろうか。
まず、その要因の一つとして考えらえる男女間の職種の違いについて見てみる。
白波瀬(2009)は、日本の職種分布の男女差は欧米よりも低いが、同じ事務職、同じ工場の 工程作業員でも、パート比率や将来的な昇進チャンス異なっており、そのことが、結果的に 女性内の賃金を低く抑えることにつながるとしている(白波瀬,2009,80)。
白波瀬(2009)によると、大学卒業後の就職率をみると男女間でそれほどの違いは認めら れず、高等教育を経て男女ともに同質の人的資本量をもつ者が労働市場に参入している(白 波瀬,2009,72)すなわち、男女間で働く職種で違いは大きくなく、同じような学歴を持って いることがわかる。では、なぜ男女間で賃金格差が生じているのだろうか。
天野(2010)が指摘するように、この男女間の賃金差は年齢が若いほど小さく、加齢ととも
に格差が拡大していく(天野,2010,71)。このことは、正規雇用についていても、女性はキャ
リアアップが難しい現状があると考えられる。大槻(2015)は、女性は男性に比べ、多様な仕
事を割り振られることが少ないため、キャリアを積み、昇格・昇給することが難しいと指摘
している。また、永瀬(2007)では労働組合員への調査を行い、男女での将来の昇進期待につ
いて調べている。将来今よりも昇進する見込みがあるかという質問に対して、均等法施行後
に仕事に就いたと考えられる 30 歳代に限った場合も女性は「ない、あまりない」と答えた
割合が 45%という高さであり、男性での 20%と大きな差が開いている (永瀬,2007,161) 。
男性とは異なり女性は職場で様々な仕事を割り振られることは少なく、キャリアを形成し
ていくことが難しいと考えられる。
この格差について、厚生労働省(2019)では学歴や年齢、勤続年数、役職(部長級、課長級、
係長級の役職)の違いによって生じる賃金格差生成効果を算出している。その結果、男女間 の賃金格差の全体のうち、役職の違いによる影響が 9.0 ポイントと最も大きく、そのほか勤 続年数の違いによる影響も 4.4 ポイントと大きくなっている。その他の項目による影響は、
年齢が 0.7 ポイント、学歴が 0.4 ポイント、労働時間が 1.4 ポイント、企業規模が 0.3 ポイ ント、産業が-2.2 ポイントとなっている(図表 9)。すなわち、男女格差は、男女の企業内で の役職の違いによるところが大きい。このことについて、永瀬(2007)では平成 13 年度女性 雇用管理基本調査を引用して、学卒後同じ企業に勤務した場合を想定すると、大卒男性の方 が大卒女性よりも早く昇給・昇格すると回答した企業の割合は 3 割と占めると指摘してい る(永瀬,2007,151)。女性が昇進・昇級しより企業内でのより高い地位になれるような環境 になっていないことが、男女格差の大きな要因であると言える。これは企業が女性は結婚や 出産をすると退職すると考え、配置や仕事の割り当てにおいて、キャリアアップや実績につ ながらない仕事を女性に振っているためと考えられる。
図表 9 男女間の賃金格差の要因(単純分析) (単位:%)
要因
男女間賃金格差 男女間 格差 縮小の
程度
②-① 調整前
(原数値)
①
調整後
②
勤続年数 73.3 77.7 4.4 役職 74.8 83.8 9.0 年齢
73.3
74 0.7 学歴 73.7 0.4 労働時間 74.7 1.4 企業規模 73.6 0.3 産業 71.1 -2.2
出所:厚生労働省「平成 30 年働く女性の実態」p29 より 調整前(原数値)は男性 100 に対する、実際の女性の賃金水準
調整後は女性の各要因の労働者構成が男性と同じと仮定した場合の賃金水準
役職については、調査対象が「常用労働者 100 人以上を雇用する企業における、雇用機関の定めのない者」であるため、
他の要因による調査結果と比較する際には注意が必要
平成 30 年調査より、次の通り常陽労働者の定義が変更されている。常用労働者…1 か月以上の期間を定めて雇われてい る者
2-6.働く母親について
次に、仕事と家庭役割のバランスを考えるために、子どものある女性の労働状況について みていく。厚生労働省の平成 26 年「国民生活基礎調査」では、児童(17 歳以下)のいる世 帯で母親が就労している割合は 65.7%となっている。末子の年齢別にみると「仕事あり」と 答える割合は末子年齢が高くなるほど高くなっている(図表 10)。また末子の年齢が高くな るほど、 「非正規の職員・従業員」の割合が高くなっている。一方、 「正規の職員・従業員」
は、どの末子年齢でも、2 割程度で一定している。すなわち、子どもが大きくなるにつれて、
母親が働きに出るが、正規雇用ではなく、非正規雇用として働いていると考えられる。前述
した女性の非正規雇用の就労率の増加は、このような母親たちの労働市場への参入である
と考えられる。
図表 10 末子年齢段階別女性の雇用形態
出所:JIL-PT Business Labor Trend(2015)
前述した女性の労働力率のグラフ(図表 2)では、25~29 歳で 86%の女性が働いているとい うことだった。M字の底でも 74%ほどの労働力率を示していた。しかし、図表 10 から、0 歳 の子どもをもつ女性は 4 割ほどしか働いていないことが分かる。
厚生労働省「第 1 回 21 世紀出生児縦断調査」によれば、2010 年に第一子を出産した女性 のうち、出産前は 78.8%を占めていた有職者
2のうち、出産半年後までに 54.1%が前職を退職 し無職になっている。さらに、出産半年後に常勤雇用を継続している女性の割合はわずか 19.7%にすぎない (厚生労働省,2012) 。多くの女性が出産を機に退職しており、女性が長 く就労を継続するためには出産の時期における就労環境に注目する必要があると考えられ る。さらに厚生労働省の「コース別雇用管理制度の実施・指導状況」(2015)によると、2005 年に総合職として企業に採用された女性のうち、10 年後には約 6 割が離職しており、また、
1995 年に総合職として採用された女性は 20 年後には 85.8%が離職している(厚生労働 省,2015)。企業の中核を担うことを期待された総合職であっても、就労を継続している女性
2
「有職」には、育児休業中等の休業を含む。
22.7 21.1 18.9
20.1 17.2
21.6 19.5 18.0
21.9 22.6 23.1 20.9
43.7 43.8 43.6 40.8 35.7
33.9 32.3 30.8 22.0 17.4 10.3
34.9
11.5 11.0 10.7 9.9 9.3
8.9 10.3 7.9 11.1 8.1 6.3
9.9
0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0
15~17 12~14 9~11 7~8 6 5 4 3 2 1 0歳