労 働 力 の 価 値 と 「
貧 困 」
―
発
達
し
た
資
本
主
義
社
会
に
お
け
る
「
貧
困
理
」
解
の
方
法
に
つ
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―
上
(
)
The Value of Labour Power and Poverty
―On the Method of Understanding Poverty in Developed
Capitalist Society―
は じめに 上下2回 に分 け て発表 す る この論稿 は、近年 の わが 国 qこおい て 広 くみ られ る 「貧 困」否定論、 また は 「貧 困」 が 極 め て例 外的 な特殊 現 象 rこな った とす る見解 につ いて、 検 討 を加 え るためV=、 そ の理 論 的枠 組 を提 供 しよ うとす る ものであ る。 そ の意 図 は何 よ りも、 福 祉 とい う政 策 の対象設 定 を今 日的 な レベル で 、 ど う把 握す べ きか とい う問題 関心 Vこ導 びかれ て い る。
「日本型福祉社 会 論」 の い うよ うq=、 「貧 困」 は もはや マイナ-な存在 で あ り、福 祉 はそ の少数者 V= 「慈 恵」 を 施せ ば それ で足 る もの であ るのか。 それ とも、 別 の意味で福祉は今や 「貧 困」 とは関係 ない もの であ り、バ ラバ ラの 「ニー ド」 に対 してバ ラバ ラ の分野別福祉 が、ある場合には 「老人福祉」 とし て、 またあ る場合には 「障害者福祉」や 「児童福 祉」 としてそれぞれ対応 されれば済むのであろ う か。
「福祉」に共通 のベ ースは もはやない とい う べ きなのであろ うか。 わが国の こうした現状 に対 して、イギ リスでは 「貧困」(poverty)研究が さかんである。B ・エー ベル ・ス ミス とP
・タウンゼ ソ トに よる 「貧困の 再 発 見」(rBdiscoveryofpoverty,1965* (1)) を戦後 の噂矢 として、 タ ウンゼ ソ トの 「相対的剥奪」 (,elativedep,ivati
。
n,1974423の掛 昌まで、簡田
」 とい う概念は今 日的 に豊富化 され具体化 され て きている。 「容 認 され ざる不利益」(unacceptable disadvantages)や 「不平等」(in。qualit
ijなど
の概念 も同類の ものであ る。- -ゲルの言 った如 く 「概念は運動す る」 ものであ るな らは、 まさV= イ ギ リスでは 「貧困」概念が固定化せず、今なお唐
鎌
直
義
Naoyoshi Karakama
発展 的運動 をとげてい るといえ る。そ して、その 概念 を共通のベ ースと して、今 日の福祉政策が考 え られてい る。私は、 「貧困」の概念 を、 こ うし た 自 ら運動す る概念 として今 日的な意味 に ま・で発 展 させ るべ く、 この論稿 を展開 しよ うと思 う。 こ れが 本稿 の課題 であ るO 本稿 はその方法的特散 として 「労働力 の再生産」 を論確展開 の軸 に据 えてし、る。賃金 (V)範噂 の 今 日的 な曙解 を追求 している。広 い意味 での 「福 祉」は、剰 余価値 (m)の再分配形態 ではな くて、 V範晴- 「労働力の再生産費」 として把捉 され るべ きだ、 とい うことが本稿 の主張 のひ とつ であ る。 この点 については読者 の批判 を待 ちたい。確かに、 現在 の福 祉 の後退 をみ るにつ け、福祉 は所詮 、 m-利潤の再分配形態 であ り、労資の対抗 を背景 としてい るものか も知れ ない。 しか し、削れない 最低 阪 - ミニマムとい うものが存在す る ことも確 かであろ う。福祉の 「権利」性 の最 も深 い根拠 を 「労働力の再生産費」 に求めたい と思 うのであ る。 二号にわた るので、全体の構成 を掲 げ てお く。1
労働 と貧困 1.私的労働 と社会的労働 - その矛盾 と 「 均衡」-2.労働 と貧困 (1)恐慌時 の労働 と貧 困 一大量失業 -(2)不況期 の労働 と貧 困 一労働の 「分 割 」-(3)好況期の労働 と貧 困一熟練 の陳腐 化 -(4)小括 一貧困 と労働力価値 - (以上、本号) 3.経済 循環 と貧困 (以下、 四号) (1)労働力再生産論 の貧 困把握におけ る特徴 (2)補論 一貧 困の経 済的 ・社会的意味-仁
貧 困 と福祉 1.労働力商品 と労働力一般 一福祉の対象者 -2.貧 困 と福祉 一福祉 の対象 -(1)労働力再生産 の不安定 と福祉 (2)貧困 と福祉 3.労働 と福祉温 1)ち.AbelSmi th .P.Townsend,'ThePoor andthePoorest'1965.
封 2)peter Townsend,`Poverty as relative deprivation:resourcesand style orliving'
(Dorothy Wedderbum (ed.) `Poverty, inequalityand classstructure'1974.)P.16 封 3)
J
.
C.
Kincaid,`Poverty and EqualityinBritain'1973.
7
労働 と貧困
1. 私的労働 と社会的労働 - その矛盾 と 「均衡」 -資本主義社会において、労働は私的 な労働 とし て営 まれ る。単純 商品生産社会 と異な り、今 日で は労働過程が集積 ・統合 された結果、かな りの程 度、集団的な労働 、す なわち"社会化 ' された労 働 を呈 してい るが、基 本的には私的労働であ岩11 この 「私的」 とい う意 味は、労働が 「労働力」 と して商品流通の環 の一 部を構成す るよ うにな った 資本主義社会 において、各個別 の 「労働力」の提 供が私的I・=行われて い る、 とい うことであ る。 つ ま り 「労働力」の再生産が私的な 「生活」 にゆだ ね られてい ることを意 味す る。一 般に抽象化 され て用 い られてい る比愉 を採 りあげ るな らば、 「人 は食べ るために働 き、働 くために食べ る」 とい う 事柄が これ に該 当す るであろ う。 この 「食べ るた め」 と 「働 くため」 とは、あ くまで も個人 とその 家族 の再生産 の私的 なあ り方 を示 している。 ところで、人間は労働によって一定 の生産関係 に、 したが って社会 的 な関係に入 る。 これ はK
・ マル クスが-(商品) 価 値の本質が 「社会的」 な も のであ ることを明 らか に した有名 な定義であるが、 この定義は労働 と生活 の対応 を考 える うえで、多 くの示唆 を与 えてい る。 今 も述べた よ うに、資本主義社会において労働 は私的労働 と して遂行 され るのだが、 この私的な 労働は、実は社会的 労働の一環 を構成す る もので あ り、 同時 にその ことを通 じて、私的 な労働の社 会的 な存在性が与 え られてい るのであ る。 それは、 あ る人 の私的 な労働に もとづ くその結果 としての 商品が市場 において販売 され 、他 の人 の これ また 私的な労働 に もとづ くその結果 と して の別種の商 品 と交換 され ることに よって示 され る。商品は交 換 に よ って、その社会的な価値の形態 を付与 され る。 この よ うに、私的に営 まれ る労働 は、その成 果た る商品の交換 を媒介 として、社会 的労働の一 部 に組み込 まれてい るのであ る。 しか しなが ら、 この私的労働が社会的労働 を構 成す るとい って も、それは商品交換 (価 値実現) の結果か らのみいえ ることであ って、初めか ら予 定 されてい るものではない。 その理 由は、私的労 働の まさに 「私的な」性格に由来 してい る。商品 生産者 としての個 々の労働者 は商 品を生産す るこ とはで きて も、その商品が販売 され価 値 を実現す るか否か、その結果 まで 見通す こ とはで きない。 この意味 において、私的労働 と社会的労働は矛盾 す る関係におかれてい る。 この ことがマル クスに とっての資本主義的生産 の全機構的矛盾 (生産 と消費の矛盾) の露呈 -忠 慌 の可能性 を理論的に与え る最 も抽象的 な矛盾 の 萌芽 であ る。 しか し、 ここでは、私的労働 と社会 的労働 とが資本主義社会において矛盾す る関係に おかれ なが らも、前者 は後者 の構成要素 であ るこ レーゾソデー t・ル と、その限 りで 「社会的 な存在理 由」 を与え られ ていることを確認す ることに とどめてお きたい。 恐慌 (生産 と消費の矛盾 の 「爆発」) は、1929年 の世界恐慌 が ニ ュー ・デ ィール政策 において アメ リカ社会保障制度の成立 を もた らした よ うに(Sol
cialSecurityAct1935年 )、福祉welfare一般 の成立理 由を考 え るに当た って極 めて重要な理論 課題 を与 え る もの と思われ るが、 これ は後 に考察 す ることに したい。ただ、 ここで一点指摘 してお きたい ことは、恐慌は生産の破壊 を通 じて私的労 働 を部分的 ・/こもせ よ 「否定」す る とい うことであ る。大量 の失業が一挙的に発生す る。
「労働力」
の再生産 の不可能が、 したが って労働主体の 「貧 困」が最 も顕在的に生 まれ る。 これは私的労働 と 社会的労働の矛盾があ る極点 を超 えた ときの資本 主義的解消形態であ り、新 しい均 衡状態への復帰 手法であ る。 しか し、 この よ うに私的労働が社会的労働 の各部分 を構成す るものであ るに も拘 らず、 部分的 に 「否定」 され ることは、資 本主義 の 「常 態」ではないであろ う。 もし常態 であ るな らば、 私的労働の存在その ものが社会的労 働の側か ら全 体 として否定 されねはな らな くな るであろ う。 し たが って、資本主義の常態 としての、私的労働 と 社会的 労働の矛盾 (対立 ではない) を内部 に廃 し た,;ランス
-
「均衡」状態 を、以下考察 の中心 に 据 えたい と思 う。 さて、い うまで もな く、資本主義 の もとでは労 働 は 「労働力」 とい う-箇 の、ただ し特殊 な商品 の形態 を とる。労働者は 自らの人間 としての属性 と切 り離 しえない この 「労働力」 を、 日々資本家 に販売 し、労働す ることに よって、その対価 とし ての賃金 を得 る。そ して賃金 に よ って労働者本人 とその家族 の 「自己回復」 を図 る。 これは冒頭に 述べた よ うに、私的な もの として営 まれてい る。 この総体が労働者 に と っての 「生活」である。い ま、 「労働力」商品について着 日してみ ると、「労 働力」 は 「商品」であ る以上、購 買の対象になる のであ るか ら、商品 としての一定 の 「品質」 を備 えていなければな らない。 これは、資本主義社会 において、 と りわけわが国の よ うな社会 において、 身心 に- ソデ ィキ ャップを持 つ人 々の雇用が現 に なかなか進展 しない ことをみれば、歴然 としてい る事実 であ る。労働力は一定 の社会的 ・平均的な 「労働遂行能力」 を前提 に した ものである。仮 に、 この労働能力が単一の水準 であるとしたな らば、 この水準 は何 に よ って条件づけ られ、規定 されて い るものなのであろ うか。根本的には社会的 ・平 均 的な生産力の発展水準であろ う。生産力の発展 に ともな って、教育の社会的供与 -義務教育制度 が採用 され るのは、 この ことを裏付けてい ると思 われ る。生産力の発展水準 に相応 した (例 えは、 新型 の機械 を運転できるだけの能 力を もった)労 働力の創 出 ・提供が社会的 に要請 されているので あ る(.2) しか しなが ら、この労働力の創 出 と提供は基本 的 には私的な生活にまか されてい る。 イギ リスの 本源的蓄積期におけ るプア ウスや ワーク -ウスの果 た した役害rlミ)またわが国の明治初期 にお け る殖産興業政策下の官営 モデル工場への旧士族 の子女 の就労な ど、生産力の発展水準が労働力に 要求す る一定 の能力水準 の付与 -獲得 を公的に行 わ しめ ることは、 しば しはみ られ た ことである。 が、それ は特殊 な歴史的事情 に もとづ くものであ ろ う。 労働能力の向上 を含めた 広い意味 での労働 力の維持 ・保全 は、そ の 殆 どが 基 本的 に私的 な 「生活」 に よって今 日行われ てい る。 したが って、 この労働力の社会的平均的水準の維持 とい う社会 的要請 と、私的な労働力の水準維持 ・保全-
「生 活」 とは、それが分断 された関係にある限 りにお いて、矛盾す る契機 を内包 してい る。 以 上の考察 を図式的 に記述す るならば、 ①私的労働 一商品生産 一社会的労働、 とい う関連 ②労働力の創 出 ・再生産 (私的生活) 一 労働 力 「商品化」 -私的労働、 とい う関連 この二者が示 され る。(Dは② の上位 にあ って、② を規定 してい る。 この二者 を接 合す るな らは、 ③労働力の創 出 ・再生産 (私的生活) -労働力 「商品化」 一私的労働 一商品生産 一社会的労働 とい う一連の過程が現われ る。 資本主義社会 におけ る労働 と生活の関連 は以 上 の よ うに把捉 され る。個 々パ ラパ ラに私的 な 目的 に よ って営 まれ る私的労働が、実 は社会を維持 す る うえで必要 な労働の総体 を構成 してい ること。 逆 にいえば、その社会的労働が、全 くの私的な労 働 にゆだね られていること。 そ して、その労働 を 遂行す る労働力は、私的 な 「生活」によ って 日々 創造 され再生産 されてい ること。 これ らの点 を確 認 してお きたい。 ここでは、私的労働 (したが っ て私的 「生活」) と社会的労働の矛盾 の存在 を認 め るとともに、社会の維持 ・再生産は、 この矛盾 を含み なが ら成立す る一種の 「均衡」の うえで営 まれ てい るとい うことを、 ここまでの考察 の結論 に したい。 注(1)この社会化された労働、 したがって生産の社会的 性格の強まりに着目し、そこから資本主義的生産関係 の変容を唱えたのが、ツイーシャンク以来の 「生産関 係社会化説」の系譜であるOこの説は、労働の私的性 格が生産手段の所欄 係 (私的所有-排他的所有)に よって根本的に規定されていることを無視 し、社会的 労働の組織を直接に生産関係と等置する誤りを犯して いるOここ_からiL のちに考察するところの 「私的労 働と社会的労働の矛盾」は捉えられないことになるo, 「生産関係社会化説」については、一坂野光俊 「国家 独占資本主義論争史
」(
F新マルクス経済学講座 ・ 3』有斐閣、1972年所収)を参照 していただきたいo 注(2)もとより、この社会的要請が資本主義的に進むこ とを忘れてはならない。生産力の発展は不均等に進 むものであり、常に遅れた分野を温存 しながら進む. 注(3)イギ リスでは産業革命前の1722年に 「労役場法」(workhouseAct)が制定されたが、それ以前から貧 民(pauper)を仕事場Fこ収容して職を与えることが教 区に義務づけられていた。1597年の救貧税はこの費 用を捻出するために制定されたといわれるo岸本英 太郎編F社会政策入門』(有斐閣、1973年) 103-し ジ参照。
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労働 と貧困 1でみた よ うに、私的な労働力の再生産は、労 働力の 「商品化」を媒介 として、社会的な労働力 の水準 の維持 とい う要請 に応 えねばな らないので あ るが、生活は私的に営 まれ るがゆえに、 この要 請 と矛盾す る契機 を秘めてい る。 ここに労働者 の 貧困 を把捉す る場合の足がか りがあ ると思われ る。 そ して また、貧 困の社会的な意味 (私的 ・個人的 な意味 ではない) を考え る場合 の ヒン トも与え ら れてい ると思われ る。 (1)恐慌時 の労働 と貧困一大量失業 一 私的労働 と社会的労働の矛盾は、それが極大値 に達す るまで隠蔽 されてい る。極大値 に適 した と ころで、その矛盾 を一挙的に解消す るための反動 -恐慌crisisが お こる。恐慌 は社会的労働の必要 な量 と構成か らみて、私的労働の一定部分 を切 り捨 て ることに よ り、両者 の均衡 を回復す る作用 であ るが、それ は資本 と商品の価値破壊お よび労働者 の失業 を具体的 な手段 ・方法 としてい る。 ここに おいて、私的労働 と社会的労働の矛盾 の存在は、 一挙的 に誰 の眼 に も明 らかな形 で露呈 され ること にな る。街 には、負債 を抱えた企業 の倒産 と失業 者 の群れ、預金 と りつけが殺到す る銀行、価格の 暴落に苦 しむ農民、 とい った光景がみ られ ること にな る。資太主義 の先鋭 な矛盾が社会 のあ り方 を 問 う運動 を導 き出す。 ところで、い まこの恐慌時 におけ る 「労働」の 状態 を 「貧 困」 とのつなが りにおいて捉 えた場合、 ど う考 え られ るであろ うか。個 々の労働者、農民、 小企業家は、失業や生産の中止 ・倒産 に遭遇す る ことに よ って、街 に過剰 な商品が販売 されず に豊 富 に存在す るに もかかわ らず 、 これ を購入で きず、 まさに 「食べ るに もこと欠 く」状態 に落 とし入れ られ る。個 々の労働主体が 自らの 「労働力」 を再 生産 しえない状態が発生す る。 したが って、 この 意味か らすれば、最 も先鋭 な矛盾か ら惹 き起 こさ れた最 も先鋭 な貧 困が、恐慌時 に発現す るといえ るであろ う。 しか しなが ら、 この 「貧 困」は、各 労働主体 の私的労働の遂行、す なわ ち商品 として の 「労働力」 の実現が不可能 に された ことに よ り 発生 してい るとい う点 を忘れ てはな らないだろ う。 有限の一時期 であ るとはいえ、労働 との関連 を切 断せ しめ られた範 囲において 「貧 困」 に陥 ってい るのである。 また恐慌 は、価値 を創造す ること-
「生産」や 価値 を創造す るもの-
「労働力」 を否定す るのみ な らず 、価値 その もの を否定 -破壌す る。沢山の 生産手段、た とえは機械 な どが、その未来の価値 を実現 し切れず に廃棄 され る。減価償却 を終 え る 以前 に。 さらに生産物 も販売 -価値実現 され るこ とな く、廃棄 された り野積み に され た りす る。時 間の影響 に よ って価値損耗 しない生産物以外は、 どれ もタダ (無料) を下限 として不当に安い値段 で投げ売 りされ る。 さらに、資金 の回収に苦 しむ 資本家 は、少 しで も市場か ら資金 を回収 しよ うと して、た とえ時間に よる損耗 た耐 え うる商品で も 廉売す る。 この ことは、労働力の再生産 とい う観 点か ら見た場合、た とえ各人 の私的労働が否定 さ れてい るとして も、その人に何が しかのそれ以前 の労働に もとづ く貯 えがあれば、当面それに よ っ てそ うした価格の下落 した商 品 を購 入 して露命 を つな く、 とい うことを可能 にす る。 も っとも、そ れ を出来 る人間 と出来 ない人間がい るのであ り、 その可能性 は失業す る以前の就 労条件 に左右 され るであろ う。 この点 に も大 きな問題 の存在 を認め ねば な らないが、い まこの問題 を捨象 して考 え る と、恐慌 に伴 う商品価格の大幅 な下落は、恐慌 に よる失業時 の 「貧 困」 を緩和 す る方 向 に作用す るであろ う。か くして資本主義 の生産活動は、第 打部門 (消費財生産部門)か ら回復 の途 を再 び歩 み始め るのである。恐 慌 は一般 に10年 をひ とつの周期 として発生す る と言われてい る。 その根拠 としては、不変資 本 部分中の固定資 本の耐用年数 (更新か ら更新 に至 る期間) があげ られてい る。 この10年周期 におい て、恐慌は相対的に短 い限 られ た一時点 を構成す るにす ぎない。他方、労働力の再生産は、長期 の 視点 か ら考 え られ なければな らないだろ う。恐 慌 に よる倒産や解雇 とい う 「貧困」-の き っかけは、 その後 の 「失業」状態 を通 して 「貧 困」 を実際 の もの とす るだ ろ う。 したが って、恐慌後 の不況期 か ら景気の上向 き ・好況期に至 る相対的 に長期 の 過程 を、次に考察の対象 としなければな らない。 (2)不況期 の労働 と貧困一労働の 「分割 」一 恐慌 にひ き続 く不況期は、私的労働 と社会的労 働 の新 しい均衡水準 の うえに成立す る社会的再 生 産 の開始期 であ る。 しか しこの時期は、同時 に新 しい矛盾の開始期で もあ る。 なぜ な らは、社会的 な再生産は、一定の社会的労働 の量 と構成 を前提 す るのであ るが、それ はただちに私的労働の必要 と編 入を意味 しないか らであ る。恐慌以前 に創造 された、いわば 「過去 の労働」が大量 に在庫 とし て存在 し、 これ を払底 させ ない限 り、新 しい私的 労働の社会的生産-の参加は実現 され ない。 この 「在庫」の量 は、恐慌時 の価値破壊の強 さに反比 例す るだろ う。価値破壊が何 らかの経済的措置 に よ って阻止 されれば され るほ ど、 「在庫」は温存 され、 したが って不況の期間はそれだけ長引 くの である。 この場合、 「過去の労働」に よ って、現 在 の私的労働の一部分が代替 されて しま う。ゆえ に、その代替 された部分が過剰 な労働力 として、 社会的労働 の枠 の外へ追い出 され るのであ る。 しか しなが ら、私的労働の否定状態
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「失業」 は、一時的 な ものであれは、あたか も嵐 を避け る シ ェル ターのなかで嵐 のお さまるのを待つが如 く、 現役復 帰 を 目指 して耐 えることがで きるであろ う。 だが、恐慌 の後 に続 く相対的に長期の不況期にお いて、私的労働が否定 され続け ることは、労働者 に とって労働力再生産 の不 可 能 を 、 した が って 「死」 の危険 を意味す る。 ここにおいては、労働 力の再 生産 を社会的に維持す るための政策が一方 において必要 になるであろ う。 この 自らの労働力 を価値実現 で きな くされてい る労働者は、資本主 義 の景気循環の波動に翻弄 された存在であ り、経 済的必然 の存在である。 自らの意思や怠惰 ・過失 に よ って 「失業者」 とい う境涯 に陥 ったのではな い。 そ こで、 これ ら失業者 を社会的 に救済す る方 途 が登場 しなければな らない。 この要請は 「私的 労働 と社会的労働の矛盾」 に よるものではないで あろ う。恐慌 は、 この矛盾 の資本主義的解消方法 であ り、新 しい均衡- の回復方法であ るか ら、恐 慌 か ら不況期に至 る過程では、 この両者の矛盾は 相対 的に沈静 してい る。ゆえ に社会的な労働力の 水準保持 とい う要請は、私的労働 との矛盾 を一定 程度 もちなが らも、 この段階 では相対的に小 さく 作用す るにす ぎないであろ う。 ここにおけ る貧困 の社会的救済 の必然性 は、 ま さに死 に直面 した労 働者 が運動 を起 こ し、恐慌 に よって示 され た資本 主義 の矛盾 それ 自体 の止場- と歩み始め るか らで あ る。 また この運動が、労働者の現役部分 に まで 影響 を及ぼ しかね ないか らであ る。 しか し、 こ うした意味での失業者 の社会的救済 は、歴史的 には資本主義 の独 占段階以降 に現われ た ものであ る。労働者 の一定 の組織化 と成長 、 し たが って これ を物的 に促す ところの一定 の生産過 程 の拡大、す なわ ち資本の集積 ・集 中の進 展 を背 景 とし、要件 としてい る。歴 史的にそれ以前 の段 階 について、不況期 において私的労働を否定 され た際 の労働力の再生産 のあ り方が、基礎的 な問題 として考察 されなければな らない。 また、 この社会的救済は無制限に行われ るもの ではないだろ う。 その水準 も問題 であろ う。 労働 者 本人に とって も、就 労の機会 を奪われた まま、 社 会 の救 済 に頼 り続 け るの は苦 痛 で あろ う。資 本 -賃労働 とい う関係におかれてい ることを対 日 的 に把握 した存在 であろ うとも、労働者 はそ うし た生産関係にある社会 の-構成員 にはか な らない か らであ る。 このよ うに社会的な失業救済には、今述べ た よ うな歴史的限界 と経済的制約が認め られ る。私的 労働 の否定 を停止 させ る何 らかの方途 が、「救 済」 以前 の対応 として存在 していた、 とい うこ とに私 達 は気づかなければ ならないであろ う。 ところで、私的労働 との関係において、 こ うし た失業救済の果たす役割は一点考 え られ る。 それ は、失業者 に対す る救済が消費財貨への需 要 を生み、緩慢なが らも商品生産-の刺激 を もた らす と い うこ とであ る。 したが って、社会的労働の枠 を 拡大す る。 これは個 々の私的な労働力の実現機会 を増加 させ る。 この方法は、経済 の循環 に即応 し てい るとい う点 で、次に述べ る 「無駄 な投資」 よ り 「健全 な」対策 といえ よう。 今 日では、いわゆ るケイ ンズ政策 (有効需要創 出政策) に もとづ く公的な雇用の創出が、 この不 況期に対応すべ きもの として考察 され てい る。 こ れ は理論的には、社会的にみた労働の総量 を別途 拡大 し、 「過去 の労働」によ って排除 されてい る 私的労働部分 を吸収す ることを意図 してい る。 し か し、 この労働の人為的拡大は、本来的に一国の 経済が必要 とす る社会的労働の量 と構成 に大 きな 影響 を与 えない ことが望 ましい。 そ うでない と、 新 しい商品 の過剰 を早期に もた ら して しま うか ら であ る。ゆえに経済の循環に 入 り難い領域 ・分野 への 「公共投資」が必要 となる。 その典型的な例 は、 ア メ リカのTVAであ り、わが国の新産業部 (1) 市指定 であ り、更 に軍需品生産 である。 この手法 は好況 の維持 ・繰 り延べ策 として も登場す る。 しか しなが ら、 こ うした方途が用い られ始めた のは、資 本主義 の独占段階において危機 の一層 の 深 ま りがみ られた1930年代、比較的近時 である。 それ以前は ど うだ ったのであろ うか。社会的にみ た労働の枠 を人為的に拡大す るとい う術 を もたな か った社会 においては、必要 とされ る社会的労働 を、その構成員で分割す る、 とい う方法が とられ る。 これ は実際 には、労働力の窮迫販売 として行わ れ る。ただ し、 この社会的労働の 「分割 」は どの 分野 ・領域 で も均一 に進むのではない。 あ る特定 の領域 に集中 して行われ るのであ る。 この集中す る領域 は、所与 の生産力の水準の下では、社会的 平均的生産力水準以下の産業分野であろ う。 あ る 特定の産業 の生産力水準が、社会的平均的 な生産 力水準以下であ るとい うことは、労働力 -人力へ の依存がそれだけ相対的に大 きい とい うこ.とであ る。働 く者 の側か らみれば、それだけ労働雇用の 間 口が広い とい うことであ る。 労働集約的な産業 に対 して集 中的に、社会的労働の一定部分の 「分
割
」が進行す ることになる。か くて 「遅れた産業」 分野 の温存 と再生が、 この不況期において展開 さ れ ることにな る。わが国で よ く見 られた失業 -帰 農 とい うの も、 このパ ターンに位置づけて把握す ることがで きる。 ところで、不況期の よ うに経済 が全体的 に沈滞 してい る場合には、社会 を総体 と して維持す るた め に必要 な労働 -社会的労働の量 と構成 は、私的 労働の総計 と配置 を規定す る面が強い。 この限 り で両者 の矛盾 は相対的に小 さい。 しか し、今みた よ うに、社会的労働が必要以 上にその構成員に よ って 「分割」 された場合には、私的労働の各 々が、 その労働力の販売 -実現に よ って得 る賃金は分割 された分だけ小 さくな る。私的労働の否定 -失業 と労働力供給圧のたか ま りを背景 として窮迫的に 販 売 され た労働力であ るか ら、当該労働者 に と っ ては一方 では就業で きた ことだけ で も不幸中の幸 いであ るか もしれ ない。 しか し他方 では、その低 賃金 に よ って、労働者 本人お よびその家族の再生 産 は絶対的 に も不可能 に され る。 この条件は労働 者 に対 し、 あ らゆ る機会 を とらえて よ り一層 の労 働力の追加的供給 -窮迫販売す ることを強制す る であろ う。 社会的労働が必要以上に分割 された こ とに よって、個 々の労働者の受け取 る賃金は低 く な る。 しか しなが ら、支 出す る労 働量はそれ に応 じて減少 しないのであ る。む しろ増加す るよ うに な る。 これ もまた、私的労働 と社会的労働の矛盾 の不況期におけ るあ らわれ に他な らない。 こ うして不況期においては、社会的労働 と私的 労働 の矛盾 は、新 しい地平での均衡状態 を出発点 としなが らも、私的労働の過剰提供に よってす く・ に リセ ッシ ョンを生 じる。再 び均 衡 を と り戻 さな ければな らない。大 きな景気循環 の不況局面 に組 み込 まれた、小 さな循環 - リセ ッシ ョンの発生 を くり返 しなが ら、不況は相対的 に長期にわた って 続 き、第 1部門 -生産財生産部門 の立 ち直 りとと もに、好況期へ と推移 し始め るの であ る。 以 上で考察 した ところの不況期 においては、私 的労働の担 い手がその労働力 を販売 ミ実現 して も なお、 自己 と自己の家族の再生産 を確保 で きない とい うこと。 したが って、 「労働 に ともな う貧 困」 が発現す るとい うこと。 この点を確認 してお きた い。 これ は、 「労働力 と切 り離 された貧困」であ るところの恐慌時の貧 困 との確論 上重要な相違点 であ る (現実 には、 この2種類の 「貧 困」は混然一体の ものであろ うが)0 なお、 ここで労働力の実現がな されて も労働力 の再生産が不可能 にな るとい うことは、労働力の 価値以下での支払 いを必ず しも意味 しない と考え る。 その理 由は、(4)小括 一貧 困 と労働力価値 一に おいて考察 されてい るので.そち らを参照 して頂 きたい。 (3)好況期 の労働 と貧困 一熟練の陳腐化 一 消費財生産部門に始 まる景気 の立 ち直 り-社会 的労働の枠 の拡大は、消費財 を生産す る生産手段 に対す る需要 をもた らす。か くて生産財生産部門 (第 1部門) の景気が よ うや く立 ち直 りをみせ る に至 る。 この回復は、生産財 を生産す る生産手段 に対す る需要 を生む。 ここに至 って、第 1部門は 自律的 に (不均等 に)発展す る基盤 を有す ること にな る。 消費 (最終消費) のための生産でな く、 生産 のための生産が発展 の基礎 を与 え られ る。 この好況期 においては、私的労働 と社会的労働 は、あ る点 で均衡 を保つに至 るまで拡大す る。 あ る点 とは、通常、労働市場に存在す る私的な労働 力の需 要 と供給が一致す る点 であ る。 この点 にお いては、私的な労働力商品の供給が全て 「実現」 され ることを通 じて、労働力の社会的な再生産は 確保 され る。 また逆 に、社会 を維持す る うえで必 要 な労働力の需要量が充た され る。社会的労働 と 私的労働は均衡す る。 しか しなが ら、資 本主義的生産 は、社会的労働 の量 と構成の最適値の確保 を、生産の第一 目的に お くものではない。私的 な利潤 の極大値 の生得が 目的であ る。資 本 とは絶 えず増殖 し続け る価値 な のであ る。 この増殖欲求 に規定 された私的労働の 拡大は、容易に社会的労働の枠 を越 える。新 しい 矛盾 の発生が始 まる。 ところで、社会的労働 を越 え る私的労働の需要 は、労働市場におけ る需給 の逼迫 を通 じて、労働 力 「商品」の価格 を上昇 させ る。好況期では、労 働力の需給が一致す る以前の段階 において も、労 働力の価格 -賃金は次第 に回復 し上昇傾 向をみせ る。 この ことは、 「限界的な労働力」の労働市場 - の参 入を誘導 し、需給 の一致 を次か ら次- と繰 り延べ る。 しか し資 本が 「限界的 な労働力」 まで 労働市場 に駆 り出 して しま うと、労働力の需給 の 不一致 は もはやおおい難 くな り、急激に賃金が上 昇す ることにな る。 ここにおいて資 本は、労働生 産性 の向上に よって、労働力一単位 あた りの労働 支 出量 を高め る方途 を選択 し、労働力需要圧 力の 減少 を図ろ うとす る。新 しい生産方法、新 しい琉 桟、新 しい労働条件が採用 され る。 資 本主義社会は、 マル クスが述べた よ うに、特 別剰余価値の獲得 を 目的 として生産合確化が不断 に続 け られ る社会であ る。 これ は、私的 な事業主 体 -資 本が絶 えず競争す ることで平均的 な利潤 が 得 られ る社会 (自由競争社会) であ ることに よ っ てい る。競争 を経済活動の支柱 としてい るとい う ことは、今 まで述べて きた私的労働 と社会的労働 の矛盾 -生産 の無政府性 とともに、資 本主義的生 産 を特徴づけ るもうひ とつの 「顔」であ る。 こ う した野 本主義 の特徴か らすれば、生産過程 の合理 化 は、労働力の需給状況に条件づけ られ な くて も 必然 的に進行す るものであ るか もしれ ない。 しか し、 この特質 を景気循環 の諸局面 に別 して捉 えて み ると、生産合理化は と りわけ好況期 において進 行す る経済的根拠 を有 してい る。歴史的 に も、第 一次大戦後 の相対的安定期 にみ られた ドイ ツの産 業合理化運動、戦後 ではわが国の高度経 済成長期 の特徴 をな した 「ス クラ ップ ・アン ド ・ビル ド」 政策 な ど、顕著な生産合理化は好況期 においてみ られ る。 これ らの歴史的事実は、生産過程 の合確 化が何 らかの好況期 の経済的条件に よ って促 され てい ることを示 してい る。生産合理化は、それが 資 本主義的合確化であ ることに よって、次 に述べ るよ うな新 しい労働者問題 -貧困問題 を生み 出す のであるが、その問題 の深刻 さが一般 に比較的色 越せた もの として受け とめ られ る傾向にあ るのは、 ひ とえに好況に よる労働力需給 の逼迫 に負 ってい るのであろ う。現代 の よ うに、不況で も物価がな かなか下落 しない構造がつ くられてい る状況 では、 不況 といえ ども合理化 は進む。 ホ ワイ ト ・カ ラー、 ブル ー ・カ ラーに次 ぐ第三 の カラー 「ステ ン レス ・ カ ラー」 (ME,ロボ ッ トの こと)が登 場 し、労 働者 を駆逐 してい る。 こ うした事態がた とえ量的 に少 なかろ うとも、労働力供給圧 の高 ま り、労働 力過剰 とい う状況のゆえに、その問題 の深刻 さは 色濃 い もの とな るであろ う。 労働力の需給状況 を背景 として展開 され る生産
過程 の合兜化 は、マル クスに よれは資 本の有機的 構成の高度化 (不変資 本部分 の相対的拡大、可変 資 本部分の相対的縮小) であ るが、 これ を労働力 の個 々の所有者 か らみ るとき、それは合理化に よ る新 しい生産方法に対す る不適応 として、 まず現 われ る。具体的には、以前の生産方法 (したが っ て以前 の生産力水準) の もとで通用 していた労働 者個 々人の 「熟練」の部分的 または全体的 「否定」 とな って現われ る。 労働力の価値は、他の商品 と同様 に、社会的 に 決定 され るが、全 く同一 の内容か ら構成 され る労 働力が時間 と空間を超 えて同一 の社会的価値 を与 えられ るのは、生産力の水準が不変 の場合 におい てであ る。 もちろん、労働力の価値は生産力の水 準を前提 とす るだけでな く、社会的慣習や当該労 働力の労働市場の範囲 ・規模 を も前提す ることに よって決定 され る。 しか し、生産力の水準お よび これに対応す る労働力の熟練度は、価値 の社会的 決定 に最 も強 く影響 を与 えるであろ う。生産の合 曙化は、賃金費用の削減 とい う資 本家的 目的だけ でな く、特別利潤 の獲得 とい うもうひ とつの資 本 家的 目的を も随伴 してい ることに よって、客観的 には生産力の発展を促す場合が普通であ a(三'ここ において、合確化は労働者 の熟練 を否定す ること を通 じて、その価値 を新 しい低い社会的評価にお いて決定す る。 同 じ労働が以前 と今 とで異 な った 評価 を受け る。労働力の再生産 と全 く無関係に、 その評価が低下せ しめ られ 岩So'好況期の 「貧困」 は、 「労働力不足」 と賃金上昇 とい う基調のなか で、 こ うして発生の メカニズムを持つ よ うにな る。 ところで、生産力の上昇に よ って、特定 の労働 力の価値が低 く評価 され るよ うになるとい うこと は、 「貧困」-の径路
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「貧困化」ではあ って も、 「貧 困」その ものではない。 したが って、次に好 況期におけ る 「貧 困」その ものが考察 され なけれ ばな らない。 ここで 「貧 困」について、筆者 の概念規定 を予 め示 してお きたい と思 う。
「貧困」 とは、労働力 の再生産が不 可能に されてい る状態 を意味す る。 この労働力再生産の不可能 -否定 には、全面的否 定 と部分的否定 とが含 まれ ると思 う。全面的否定 とは 「死」 に直面せ しめ られた状態 あ るいはそれ に近 い状態 に陥 ってい ることを意味す るが、部分 的否定 は必ず しもそ うではない。 いわば長期にわ た って、時 には世代間に及びなが ら、 日々の生活 を送 るなかで最終的な 「死」 (もちろん純然た る 自然死 とい うものがあ るな らは、それは含めない) あ るいはそれ に近い状態 に結びついてい ることを 意味す る。一般にアフ リカの飢餓 の よ うな、人間 再生産の全面的否定状態 のみ を 「貧 困」だ と捉 え がちであ るが、それだけでは狭す ぎるであろ う。 なぜな らは人間は、与 え られた環境 のなかでは、 自らの生死 をただ運命 に委 ねた ままでい る、 とい う存在 ではないか らであ る。 つ ま り、 自己の労働 力 としての再生産 の可能性 をあ る範 囲内で予見す ることが で き、それへ の対応 を図 りうる存在だか らであ る。 この主体性を含めて考 えなければな ら ないだろ う。 アフ リカでは、そ こに生活す る人 々 の一定部分 は、 この主体性す らも喪失せ ざるを余 儀 な くされ る環境のなかにおかれ てい る。
「貧 困」 は、 この主体的働 きかけ を考慮 に 入れ ると同時 に、 その判定は客観的にな され なければ な らない。主 体性 のみ に依存 して 「貧困」が考 え られ るな らは、 「貧 困」 の原田は全て 「努力不足」 に歪曲 されて しま うだろ う。 この努力 -日々の生活のためのス トラグル (窓戟苦悶) を通 して、 なおかつそ こか ら港 出 して くる 「貧困」を客観的 に検証 し、考察 す ることが重要であ る。 この よ うに考え ると、極論か も知れないが、労 働が まさに 「食べ るため」 の ものであ り、生 きる ための必要悪で しか な い存在 に対 して、す べ て 「貧 困」が妥当す ると言え るか もしれない。 しか し必要悪であ るか ど うかは主観的 な ものを含み う るし、特定 の労働 との非適応か らも生 じるか ら、 ここか ら全 てを規定す ることはで きないだろ う。 いずれにせ よ、 「貧困」はただ 「死」に直面せ し め られてい る状態だけを指す のではない、 とい う ことを明記 してお きたい。 ここで再 び、私的労働 と社会的労働の関係に考 察 を戻す ことにす る。好況期の貧 困は、 と りわけ この二者 の対応 を考 えないでは語れ ない と思 うか らであ る。 1でみ た よ うに、私的労働 (「労働力」商品化 を媒介 として、私的生活 -労働力再生産 と結合 し てい る) は、その社会の維持 に と って必要 な諸商品 を生産す ることに よ り、社会的労働の-構成員 を成す。-構成員であ るがゆえに、社会か らみ て 私的 労働は維持 され なければ な らない。 そ うでな い と商品生産 それ 自体が立 ちゆかな くな るか らで あ る。だか ら社会的労働 と私的労働の関係は初 め か ら 「対立」 してい るものではないのである。 こ の場合、商品生産は一定 の社会的な生産 力水準 の 下 で営 まれ るのであ るか ら、私的労働は この水準 に照応 した 「労働能力」 をそなえなが ら維持 され るこ とが必要 である。 この維持 は個 々の私的 な生 活 に委ね られ てい るのが基本であ り、 ここに社会 的要請 との矛盾 が発生す る根拠がある。 しか し、 矛盾 をもちなが らも、両者の均衡は社会 の存続 に と って必要である。労働力の再生産は、その殆 ど の部分が私的 に行われ るのだが、それが社会 に対 して もつ意義 は必ず しも純然た る私的な ものでは ない。社会 と全 く切 り離 され た領域 で純粋に私的 な もの として労働力の再生産が営 まれ ることは、 可能 であ りえて も意味がない と思われ る。その よ うに して再生産 され た労働力が社会的適用性 を も ち うるか香か を考慮 してみれば、明白であろ う。 先 に 「人 は食べ るために働 く」 とい うことわ ざを 示 したが、 これは半分真理であ り、半分誤 りを含 んでい るといえる。真理であ るのは、疾病や事故 に よ って人が働けな くな った ときには、即食べ る こ との心配が出番を待 ち構 えてい る、 とい う意味 で正 しい事実だか らであ る。人はそのゆえに働 く のであ る。他方、誤 りであるのは、今 日の社会 の なか で働いてい る以上、純然た る 「食べ る」 こと だけが生活 の 目的ではあ りえないか らであ
忌
3'肉 体 を単 に物質的に再生産す るためにだけ働 くのな らは、人はそれほ どまでに働かな くな るだろ う。 む しろ所与 の社会のなかで 「人並に生 きてい くこ と」が働 くことの第一 の 目的であろ う。社会 のな か で人並 に生 きてい くとい うことは、個 々人が私 的 に孤立的 に、 自立的に考えた消費 を行 うとい う こ とではない。 したが って、 このことわ ざは、「人 は食べ るために働 く」 と同時 に 「働 くために食べ る」 とい うもうひ とつの内容 とペ アにな って、初 めて真理 を表現す ることにな ると思 う。 働 くため には、労働力 としての一定 の知識や人間的つなが り等 々を含めた生活 の社会的標準が必要なのであ る。 この よ うに考え ると、 この 「食べ る」 は広い 生活 の諸内容 を代表す ることば と解せ る。 そ もそ も、労働力の価値が社会的に決定 され るとい うこ と自体、 このことを示 してい る。 アフ リカの社会 の発展度 とは異な る 「高度に」発展 した資 本主義 社会 日本に生活 し労働 してい るに もかかわ らず、 「貧 困」 の基準だけが ア フ リカの尺度で以 って測 定 され、その結果、 「貧困は 日本にはない (アフ リカに しかない)」 とい うのでは、わが国で働 く 者 の生活 上の苦悩は少 しも理解 されないだろ う。 単な る賛沢 とかわが ままとい う理解 に終わ って し ま うであろ う。わが国の労働者は、その労働 力の 「商品化」の側面 において、 アフ リカとは相異す る格段 に高度の 「労働遂行能力」 を要請 され てい るのである`
三
' この よ うに、 「貧 困」 の意味 を労働 とのつ なが りにおいて考 え るな らば、 「貧困」は社会 のその 時 々の発展段階 に即 して、その時 々の客観的水準 において捉え られ うるとい うことにな る。 この考 え方は、 「貧困」 を全 く相対的 な もの -格差 ・不 平等問題 とみ なす見解 (「貧困」の相対論) とは 相違す る。 また超歴史的 な絶対的水準 (た とえは 「肉体的能率の維持」水準 とか 「生存水準」) で 「貧困」 を測定す る見解 (「貧困」の絶対論) と も相違す る。 さて ここで、好況期の 「貧困化」問題に考 察 を 戻す ことに しよ う。好況期 においては、新 しい生 産方法 の採用 -合理化が推 し進め られ、それ 以前 の生産力水準の下で社会的に通用 していた労働力 の 「熟練」が否定 され ることに よ り、その労働力 の価値は新 しい低い水準 で社会的 に再決定 され る、 とい うことを述べた。 同 じ労働 を続けてい て も、 かつて と同 じ賃金は与え らえないのである。 これ を 「貧困化」 と呼 んだのであ る。 ここにおいて、 もしこの 「陳腐化」 され た労働力の所 有者 が、 そ の労働力に与 え られた社会的評価 をそのま ま受け 容れ、 日々 「陳腐化」 された労働力を再生 産すれ ば良い、 とい うのであれば問題は起 こらないか も 知れ ない。 しか し、 これ を社会的 にみ ると、一万 で新 しい生産方法 に対応 した新 しい熟練を も った 労働力が必要化せ られてい る。合理化は労 働力q) 使用 を全面的に否定す るものではな く、古 い タイ プの労働力の切 り捨て或 いは削減 に よ り、常 に新しいタイプの労働力の充用に向 うものだか らであ る。事務労働にオフィス ・オー トメーシ ョン
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A)が導 入されれば、事務労働者は不要になるが、 コンピューターを操作す る労働者が必要になる。 作業工程に ロボ ットが導入されれば、作業労働者 はい らな くなるが、 ロボ ットを管理 ・補修す る労 働者が必要になる。 こ うい う具合である。 このよ うに新 しい熟練をもつ労働力 と旧い今や 「陳腐イb された熟練をもつにす ぎない労働力が同時に存在 す るとき、一方は価値が低いのだか ら、それに相 応 した生活を送れば良いといえるであろ うか。そ して、その低い価値に規定 されて、次代を担 う労 働力 も低い価値の労働力として再生産 されれば良 い といえるであろ うか。 もしそ うであるならば、 それはカース ト制度の経済版であろ う。近代社会、 したが って資本主義社会の原則のひとつは、ブル ジ ョア革命以来、 「平等」におかれている。 これ は、個 々の労勘考の生活全体が平等になるとい う 原始的平等を決 して意味 しは しないが、少な くと も自由競争に入る上での 「枚会の平等」は保証 さ れ るべきことを意味 している。 この点は社会全体 の進歩に果たす 「社会移動」の役割 りとい うこと か らして も重要であろ う。 また所与の社会において、生活す る (労働力を 再生産す る) には一定 の最低 限度の物的財貨 と サ ービスが必要である。 これは社会的 ・歴史的に 決 っている。常にイン ド水準で決 るわけではない。 もし 「陳腐化」 された労働力の受け とる賃金が、 この最低限以下であ ったならは、その労働力は次 第に縮少再生産す ることを余儀な くされ るであろ う。 これはまさに、先に述べた労働力再生産の部 分的否定にあてはまる。 ところで、生産方法の合理化による熟練の否定 は、具体的には二つの帰結に至 るであろ う。ひと つは、それが労働力の価値実現の否定 -失業に至 る場合であ り、 もうひ とつは、不熟練労働力 とし ての就業に向 う場合である。好況期には旺盛な労 働力需要を背景に、後者が中心 となるであろ う。 これは、その否定 された熟練をもつ労働力に対 し て新 しく社会的に低 く評価された価値が決定 され るとい うより、む しろ正確には、熟練労働か ら不 熟練労働-移動することによって、すでに決定 さ れている異なるもうひ とつの価値を、労働力が受 け とるとい うことである。 この両者の相異は念頭 に置かなければならない。ひ とつの熟練をもつ労 働力に対 して、新 しい別の価値が与えられ るとい うのは、現実には少ない事例であろ う。熟練を否 定 された労働力は不熟練労働力化す るよ りほか途 がない、 とい うのが通例であろ う。 このことは、 先の考察の妥当性を低めるものではない。なぜな らば、熟練労働力 と不熟練労働力 とは、熟練に関 して明確な一線が画 されることが今 日い よいよ稀 薄化 しつつあ り、それ らは色の濃淡で表わされ る ような、相対的な区別にす ぎな くな っていると思 われ るか らである。む しろ注意 しなければならな い ことは、不熟練労働力が相対的過剰人 口とい う 存在規定を社会的に受けとる、 とい うことであろ う。 以上を以 って好況期におけ る労働 と貧困の関係 をまとめるならば、 ①好況期には生産合理化が進展 し、熟練の否定 を 通 じて労働者の 「貧困化」が進む。 ②その 「貧困化」は、社会的平均的生産力水準に 相応す る労働能力をもった労働力の再生産が社会 的に要請 されていることを通 じて、また同 じこと だが、私的生活は労働力の 「商品化」を媒介とし て、一定の社会的慣習的水準に規定 されているこ とを通 じて、 「貧困」になる。 とい うことである。好況期においては、恐慌時 と 違い、 「労働力」が実現されて も、社会的な意味 での 「労働力再生産」が不可能になるとい う事態 が訪れ る。 この好況期の 「社会的貧困」は、労働 力価値の実現に随伴 して現われ るとい う意味で、 不況期の貧困と同様である。労働力の 「商品化」 の否定 =失業にもとづ く貧困とは区別され る。 (4)小指 一貧困 と労働力価値 一 以上、恐慌時 ・不況期 ・好況期の考察を通 じて 論証に努めてきたことは、 「貧困は労働力とい う 定在を否定 されたところにのみ存在す る」 とい う こと-の反論である。 したが って、いわゆる低所 得階層(working poor)- の着眼の必要性を理論 的に裏付け ようとした。 しか し、貧困が労働に随 伴 して発生す るとい うことは、経済理論的にみて 何を意味 しているであろ うか。労働力の 「価値以 下」での実現 とい うことであろ うか。それ とも、労働力の価 値は正 当に実現 されてい るに もかかわ らず、貧困な状態が発生す るとい うことであろ う か。 この点 の考察 を以下、行 うことに したい。 労働力価 値が実現 されていて も 「貧 困」だ とい うことは、それが 「価 値以下」 での実現であ るこ とを想起 させ る。筆者は、 この見解が現実 に照 し て正 しい と思 うのであ るが、 しか しこの ことは経 済 において、 と くに労働力 「商品」に関 して、価 値法則 (一物一価 の法則) が貫徹 していない こと を意味す るのではない。一見矛盾す るよ うにみえ るこの価値の貫徹と価値以下 とは、資 本主義社会 Vこおいて次のようVこ「接木」されていると考えられる。 いま労働力の価値の大 きさに還元できる
A・B
・ C ・D ・Eとい う5種類の労働が社会に存在 した と仮定す る。各 々の価値は、A
-100,B
- 125, C- 150 ,D- 175 ,E-200とい うふ うに順 に 高い と仮定す る。 い ま社会全体 の労働量 を100と し、 これがA-,B ,C ,D ,Eの各 々に20%ずつ 均 等 に分かれてい るとす る と、社会的平均的な労 働力はCであ り、その価 値は150とい うことにな る (図 一1参照)。 Aか らEに至 る労働力価値の 差が、労働 の熟練度にのみ依拠 して決定 されてい るとす ると、 Aは最 も熟練度の低 い労働力 とい う ことにな り、E
は最 も熟練度の高 い労勘力 とい う ことにな る。 社会的労働量 したが ってCは社会的平均的熟練度 をも った労 働 力 とな る。 この社会的平均的熟練度以下の労働 力 を 「不熟練 労働力」 と呼ぶ とす ると、A・B
が これ に概 当す る。 この価 値に応 じて労働力の価格 -賃金が決め ら れ てい る場合、 「貧困」は どの よ うに検証 され る であろ うか。 とりうる2つの検証方法があ るだろ う。 くその 1〉 Cの レベル (価 値- 150)にそり社会の労働力 再生産 の最低限水準があ る、 とす る考 え方であ る。 したが ってA・B
は 「価 値以下」の支払いを受け てい る ことにな る。 しか し、 この考 え方は、A ・
Bがその労働力価値 どお りに支払われてい る とい う前提 と矛盾 す る。 ゆえに採用 され ない。労働 力 再生産 の最低限水準 はAの レベル (価 値- 100) にあ る とみ るべ きである。 くその 2) Aの レベル (価 値- 100)にこの社会 の労働力 再生産 の ミニマ ム水準があ る とした場合、 「貧 困」 はない といえ るであろ うか。 そ うではない。 その 理 由は次の よ うに示 され る。 労働力の価 値を考 え た場合 、それはひ とつの尺度 として社会的に設定 され ているのだが、つ ま り常 に価 値 どお りの支払 いが行 われ てい るのだが、 この尺度は分割で きる 尺度だtとい うことである。具体的V=考えてみ ようO ここではAが最低限の労働力再生産の水準 であ る。それは100とい う価 値量 として示 されてい る。 ところでこの価値量 を通 じて再生産 され る労働 力 は、その労働者 の生 まれてか ら死ぬ までの労働力 を一定 の時 間の単位で除 した ものでなければ な ら ない。 これ は、た とえ支払い -賃金が一生涯 のあ る特定 の時 期に集中 してい よ うと、その時期 に支 払 われ た賃金 で労働者 の生涯が保全 され なければ な らない、 とい うことであ る。老齢期 (労働か ら の引退 または労働力の減退期) については、直接 に自らの稼働期間中の労働 に よ り、幼少年期 (労 働力 と して登場す る以前の時期) については、 そ の親 の労鋤 (自らもまた親 にな り、子供 を次代 の 労働力 として養育す るとい うことで、 イ コール の 関係になる) Fこよ り、再生産が行われ なけれ ば な らない。Aの100とい う価値量 は、その労働者 の 全 生涯の再生産費 をある一定 の時間の単位 で除 し た もの を示 してい る。 ところで、 この時間 の単位 はいろいろな長 さで あ りうる。年 であ った り、月であ った り、週 であ った り、 日であ った り、1
時 間であ った りす る。 価 値- 100は、理論上は この無限に分割 しうる時 間で さらに除 された うえで、その単位時間 の就 労 者 に支払われ る。時給 ・日給 ・週給 ・月給 ・年俸 が これ であ る。雇用 の継続期間が この支払 い と無 関係 であるな らば、問題は別に考 え られ なければ な らないが、往 々に して雇用期間 と賃金の支払いとは一致 してい る。 パ ー トタイマ ーに対 して支払 われ る時給 、 日雇 い労働者 に対 して支払 われ る 日 給、臨時短 期雇い労働者 vL対 して支払 われ る 日給 月給 な どが この例 であ る。 この価 値量 - 100の、 単位時間毎 の分割 には価 値法則 が貫徹 してい る。 い ま、 このAとい う労働力の価 値 - 100が、生 淀にわた るAの再生 産費 を順 に時間 の単位 で除 し てい った結果、 1ヵ月 とい う単位 に相 当す る価 値 であ るとす る と、 1日あた りの価 値は約 3.3とな る。就労 日数が 1ヵ月に25日であ るな らば、 4と な る。25日間1日あた り4以 上の労働支 出を行 い、 その対価 -賃金 4を得、 それ に よ って 1ヵ月30日 間 の生活 を営む わけ であ る。 ここで Aの 労 働 が 「日雇 い労 働」 (日々 .雇 用契 約 を更 新 す る労 働) q=よ って遂 行 され た とす る場 合 . これ Vこ対 して 日々4の賃 金 が 価 値 どお りV=支 払 わ れ るo Lか し、 日々雇用契約 を更新す る労働 にあ っては、 労働力の実現が1ヵ月保障 され るとは限 らない。 何 らかの理 由で (雨が降 ったために屋 外労働が で きなくなったとい う不可抗 力の理 由であろ うと、不 注意に もとづ く傷病 とい う個人的理 由であろ うと、 不 況 に よる 自宅待機 ・レイオ フとい う社会的理 由 であろ うと) 、 1ヵ月に15日しか働け なか った場 合 、 この労働者が得 る 1ヵ月の賃金は4×15-60 とい うことにな る。 この60で1ヵ月間生活 しなけ れ ば な らない。 これ は まさに価 値法則 が貫徹 した 結果 であ る。 100を15日で除 した約 6.7とい う日 賃金は、 4の労働力価 値の支 出 しか行 わ ない者 に 対 して与 え られ ることはない。不等価 だか らであ る。 この関係 は、 よ り短 い時 間の単位 について も 当ては まる し、 よ り長い時間 の単位 を基準 と して も当ては まる。 か くて、労働力構成 は、 図 -1か ら図2の構成 -移行す る。 社会的労働量 図 -2 …一・一・一一 労働力再生産の最低限ライン C この よ うにみ ると、肇働力の再 生産 は、単位 と して よ り長 期 な視点 で把捉 されねば な らない こと がわか る。 生活 とは相 当程度、長期 な ものであ る。 労働者 の生涯 とい う単位 を述 べた のは、 このゆえ であ 農 労働力の再生産 を保障す る制度 、た とえばわが 国の最低賃金制 においては、最低 賃金 額 は時 間給 と日給 の形 で地域毎 に決め られ てい る。 しか し他 方で、 「雇用 の保障」が ない な らば、 この決 め方 は 1ヵ月間 1日の賃金 で、いや 1ヵ月間 1時 間の 賃金 で生活す るこ とさえ、法 の下 に許容す るこ と にな る。 本来の最低賃金制 お よび完全 雇用政策 は、 図 - 1の よ うな形 で、A- 100において決め られ るべ きで
あa
E
9.'しか し、労働力 を実現す る条件 は 人それ ぞれ に違 うとい う反論 に遇 うか も知れ ない。 パ ー ト労働や臨時雇 い を積極 的 に選 択す る労働者 が増 えてい るとい う意見 であ る。 この意 見は 「労 働者派遣 法」成立 のバ ック ・ボ ー ンをな した。 し か し、実際 に問題 なのは、雇用 の 「安 定」がか な え られず 、常 用になれず、やむ な くパ ー トや臨時 とい う境遇 に甘 ん じざるをえない人 々の存在 にあ るのではないだ ろ うか。江 口英一 氏 の 「不安定就 業階層 」概念が貧 困論 に対 して有す る意義が ここ にあ ると思われ る。 以 上の よ うに、価 値 どお りの支払 い を受けてい て も、労働力再生産 の最低限が確保 されず、 「貧 困」 に陥 る事態 が発生す る。価 値 どお りに支払わ れ たか らとい って、 1時 間だけ或 い は 1日だけで は 「生活」 -労働力の再生産 は保 障 され ない。 ま た1ヵ月だけ、 1年 だけで も不 可能 であ る。だか ら 「生涯」 とい う単位 を問題 にす る しか ない と思 うのであ る。 (1990.6.26受王朝 注(1)1962年の 「全国総合開発計画」のもとで新産業都 市建設促進法が制定され、全国15カ所が指定された が、その殆どは道路 ・港湾などの産業基盤-の先行 投資が行われただけで、工場は誘致 されなかった。 財政資金が浪費されたのである。 (宮本憲一F地域 開発はこれでよいか 』岩波新書.1973年、P 3Oq 5) 荏(2)1973年のオイルショックの少 し前に出された田中 角栄 F日本列島改造論 』は、ブームの維持に一定の 「貢献」をしたが、その意に反 して生産過程\の投 資を伴 う工場の他方分散は殆ど進 まなかった。寄生生的な土地投機 を煽 っただけであった。このよう に過剰生産恐慌 の繰 り延べ策は経済の循環に入 り 難 い領域での不陸全な資本蓄債 を促す結果 となる. 荏(3) ここで注意すべ き点 を指摘 してお きたい
o
「社 会的労働」 の二重の意味である。ひ とつは、一定 の生産力水準 と人 口量の もとで、社会 を維持す る ために必要な労働 (量 と構成) とい う意味であるO もうひ とつは、 こh と関係な く、所与の社会に現 存す る労働 (量 と構成) とい う意味である。ここ での意味は前者である。後者 の意味で 「社会的労 働」概念 を用 いるな らば、それは私的労働と絶え ず一致す ることにな り、矛盾は生 じないことにな るO 荏(4) 生産力の発展 を伴わない 「人減 らし合理化」 と い う単なる労働密度の高度化が、資本に よって採 用 され ることがあることを忘れてはならない。こ れは王に不況期に展開され る 「合理化」の形態で あ るが、労働組合が弱体化 しているときには好況 期に も推進 され る。 注(5) 生産力の発展が労働者の熟練や賃金に与える影 響 につ いて調査 された ものに、 日本人文科学会 F佐久間 ダム 』東大出版会.1958年 がある。 注(6) 発達 した 日本社会において、社会保障の網の目 か ら漏れて、 まさに 「食べ るため」 -肉体的能率 の維持のためだけに働かなけ九はならない人々が 「日雇労働者」 とい う形で今 日なお存在 している、 とい うことを一方において忘れてはならないだろ う。 江 口 ・西岡 ・加藤 F山谷一失業の現代的意味 』 (未来社、1979年) 注(7) 最近、 日本企業の海外進出は進んでいるが、約 10年 前には消極的な企業が多か った。その理 由は、 「賃金が安いとして も、香港や台湾の労働者は 日 本の労働者に比べて能率が劣 り、製品の pスが多 いか ら」であった。やは り労働力の価値は、その 国の生産力水準、社会的慣習、文化、教育 と切 り 鮭 しては考えられないことと 思われ る 症(8) 英語で 「生涯」はIifeまたはlifetimeであ り、 「生活」 もlifeで ある。 日々の生 活 とい うには dailyを冠 きなければな らない。このように 「生 活」 とは もともと長期の ものとして措定 されてい る。 注(9) ところで、図- 2のように平均 (C- 150) 以 下 の労 働力A ・Bが 、 労 働 力 再生産 の最低限 (- 100)を割 る労働力に よって担われ るように な るとい うことは、いわゆ る 「不完全就労」 とか 「部分就労」の登場 を意味する。社会的労働の総 量が よ り多 くの労働力人 口によって担われ ること になるOそれは いわゆ る 「限界 労働力」 ない し 「縁辺労働力」 と呼ばれ るところの高齢者 ・障害 者 ・主婦など-の不完全就労の拡大をもた らす. しか し.本来 これ らの人々は、資表主義社会 を前 提 とす ると、社会保障 (年金 ・公的扶助 ・児童手 当な ど)の充実によってその生活が保障 されること が本筋であると思われるD拡大 した労働力人口の全 てに価値- 100の雇用を保障することは.ある意味 で不可能であ り、これらの人々は雇用か福祉かの選 択 を迫 られ ることになる。つまり、一方において社会 保障の発展がないと、常用雇用化(decasualization) はむずか しいことになる。これも後に考察す る労働 と福祉のつなが T)に他な らない なお、 フランスのL.
ス トレリュ氏 (ジスカール ・ デスクソ大統領時代の雇用長官)紘.低成長 と完 全雇用 を統一 させ るために、雇用のカジ 1アライ ズC
lF常用化) を早 くか ら提唱 していた。筆者 と は反対の意見であるが、現実は労基法改悪 朗 台め と して次々に不安定雇用の創出がわが国において 進行 した。Lionelstole-ru,'VaincrelaPauvret6 dans 】espaysRiches'Flammarion,1974.