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中世ファルスの「性欲への笑い」とキリスト教社会

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(1)

著者 小澤 祥子

雑誌名 仏語仏文学

巻 34

ページ 223‑244

発行年 2008‑03‑15

URL http://hdl.handle.net/10112/12854

(2)

キリスト教社会

小  澤  祥  子

Ⅰ.はじめに 1 .本論の目的

 15~16世紀の中世末期からルネッサンス期における世俗劇上演の最盛 期にあって,中でも民衆に最も愛好されたのはファルスfarceであった.

現存する作品から見てその主要なテーマの 1 つが性欲であり,妻の姦 通,すなわちコキュものが多いということはよく指摘されるところであ る.16世紀半ばになると,それを低俗なものとする批判が相次ぐ.ファ ルス研究者ベルナデット・レイ= フロー B. Rey-Flaudは『ファルス 笑 いの仕掛け』

1)

の序で,16世紀以降の多くの文学者・批評家・研究者た ちのファルスに対する批難の言葉を紹介している.それらの中からファ ルスを形容するフランス語を拾うと,

obscène, lascive, licencieuse, grossière, impudente, infâme, luxurieuse, voluptueuse, déshonnête等々,「淫らなこと」

を意味する言葉が並ぶ.このようなファルスのとらえ方は20世紀の研究 者も同様であって,ランソンGustave Lansonは次のように言う.

ファルスは

“文学”

ではない.完全に民衆的なジャンルで,民衆の 精神が自分に似せて作り出したものである.作品の大部分は耐え難 いほど下品で,考えられないほど陽気さに溢れている.

2)

そのまったくの卑俗さに於いて,フランス的精神の低劣さの典型で ある.

3)

 ファルスが,このように下品で淫らなものと後世の文学者たちに酷評

(3)

されているにもかかわらず,中世の社会に生まれ,おそらく100年以上 興隆を保ち,また16世紀以降も民衆の劇として生きのびたのはなぜか.

ファルスは「笑劇」と訳されるように「笑わせること」を目的とする劇 だが,その笑いの中心の 1 つが「性欲」だったのは,ランソンの言うよ うに「フランス的精神の低劣さの典型」を示し,当時の人々が特に「低 俗」だったからだろうか.いや,そうではなく,後世の人々が猥らだと 斥けるほどにその時代の人々が喜んだのは,それを必要とする内的必然 性があったからではないだろうか.演劇は,演ずる者と見るものとが集 い寄って,「その時間」を共有することによって成り立つものである.

人々は共に「性欲」を笑うことが必要だったのではなかろうか.つまり,

中世という社会が,民衆に演劇として「性欲」を笑うことを必要とさせ たのではなかろうか.では「中世」とはどんな社会だったのか.中世史 研究者のジャック・ル・ゴフ

Jacques Le Goffは「骨の髄まで宗教に浸透

されていたこの社会

4)

」と述べている.ファルスの笑いが中世という社 会から生み出されたとしたら,それはその社会を支配していたと思われ る宗教,すなわちキリスト教の教えと,それを具現して民衆を導こうと した教会の姿勢とに,密接に関わっているはずである.

 本論の目的は,この,ファルスの「性欲への笑い」と中世キリスト教 社会の関係を,具体的なファルスの作品を通して考察することである.

2 .ティシエの『ファルス作品集』について

 現存する中世世俗劇は400篇ほどで,ファルスは分類のしかたによっ

て135~200篇と異なる

5)

.その中の65の作品を,ソルボンヌ大学教授ア

ンドレ・ティシエ

André Tissier

が『ファルス作品集(1450-1550)』

6)

いう13巻(最終巻は補遺)の本にまとめて1986年から2000年にかけて出

版し,同時にその65篇の現代語訳を『現代フランス語訳中世末期のファ

ルス』

7)

4 巻として出版した.本論ではこのティシエの選集の作品を考

察の対象とする.現存作品の40%ほどではあるが,彼が作品集の序で「多

様性は私の選択のルールだ」と言っているように,出典もテーマも表現

(4)

法もバラエティに富んでおり,現存作品全体の傾向をカバーしているも のと思われる.

 65篇のうち,広い意味で性欲に関わる作品は半数以上の35篇である.

その中で姦通を扱うものは24篇であるが,夫の浮気は 1 篇だけで他は全 て妻の裏切りあるいはその可能性をめぐって展開する.妻をめぐるこれ らの23篇を「コキュ物」として分類する.作品集の 3 分の 1 以上を占め るこのコキュ物から,

  1 .妻の不満をめぐるもの   2 .淫らさで笑いを誘うもの   3 .姦通による子どもをめぐるもの

という観点で 3 篇を選び,作品の笑いが,キリスト教の教えと当時の社 会とどのようにつながっているのかを見ていきたい.

Ⅱ.作品の考察

1 .妻の不満をめぐるもの:『ラウレ・プロワヤール』Raoullet Ployart

8)

 この作品の登場人物の名前は全て寓意的である.ラウレ・プロワヤー ルとは「(ブドウ畑を耕す)鋤が折れ曲がったラウレ」という意味で,

それはそのまま年老いて性的不能になり妻を満足させられない夫の状態

を表す.妻はドゥブレットDoubletteと名づけられ,夫から得られない

満足を求めて若い農夫と関係を持つが,夫にはあくまでしらを切る「二

重性」を持つ.下男のモースクレMausecretは「信用ならぬ腹心」とい

う意味の名前で,既に主人を裏切ってドゥブレットと通じたことがあ

る.今回もドゥブレットに若い農夫たちを勧め,その上いつでも自分が

代わりになろうと待ち構えている.しかもラウレに見つかってごまかそ

うとするドゥブレットを裏切り,その情事の様をラウレに報告するので

ある.農夫のディールDireは名の如く「自分ほどうまく仕事をするもの

はない」

9)

と「言う」ばかりで何もせず,すぐドゥブレットに追い払わ

れるが,フェール

Faire

の方は口数少なく「行動」に励みドゥブレット

を非常に喜ばせる.妻の裏切りを目にしたラウレは怒って〈阿呆の君主〉

(5)

の法廷に訴える.君主の代わりに裁判するのはバルトルー公Balletreuで ある.「穴に玉をつめる」というような意味だろうか,それは「男根」

を連想させる言葉だとティシエは言う.バルトルー公は「妻というもの は,異議異論なく,〈言う〉より〈する〉ほうをはるかに好むものだと 結論されるであろう」

10)

と法廷を閉じる.

 ブドウ畑を耕すことに喩えられて,セリフはことごとく性につながる 二重の意味を持つ.

ドゥブレット:私のブドウ畑は耕されないため荒れてしまった.

11)

ドゥブレット:ラウレ・プロワヤール,私は朝晩私の畑を鋤いて欲 しいのよ.

12)

モースクレ:もし奥さんのブドウ畑におれの苗木をつき立てさせて くれたら,鋤が地面の底まで届かないように十分深くなくちゃな りませんよ.

13)

ラウレ:一生懸命やってるんだが,わしの鋤が折れ曲がるんだ.

14)

ドゥブレット:(フェールに)しっかり鋤いて.わかった? 地面 を上から下から掘り起こしてね.

15)

( )内は小澤による注  

 このようなセリフに満ち溢れ,ドゥブレットとフェールの性行為も繰 り広げられる寓意的比喩的作品で,実際どのように上演されたのか興味 深く思われる.欲求不満から夫を騙す若い妻を中心に, 〈言う〉と〈する〉,

老いて嫉妬深いラウレと精力を象徴するような裁判官を対比させ,さら に狂言回しの下男を配したコキュ物の作品ではあるが,性欲を卑猥なも のとして描いているというより,むしろ,性生活の充足を求めるドゥブ レットやそれを満たすフェールが肯定され,最後には男性の精力(男根)

が讃えられているように感じられる.人間の性の営みがブドウ畑の耕作

に喩えられていることから,性が,豊かな実り,自然の豊饒へとつなが

っていくからである.そしてティシエは言う.「性行為と言ってもドゥ

ブレットの長いたっぷりした衣裳では漠然としたものだ.パントマイム

(6)

で暗示し想像力で補っただろう.しかも役者が男だけだったことはみん なが知っていた.今日大衆文化の名のもとに,男女が裸になって演じる セックスシーンを目の当たりにする我々は,淫らだ卑猥だと,かくも評 判の高いファルスの性行為の慎み深さに敬意を表するところである」

16)

.  この作品はファルスには珍しく作者の名も上演の記録も残されてい る.1512年

17)

の謝肉祭最終日(マルディ・グラ)の祭りに,パリの世 俗劇上演団体<呑気な子ども達>Enfants-sans-souci によって,パリのレ・

アールの中央市場で演じられた.当時この劇団の〈阿呆の母〉を務めて いたピエール・グランゴールPierre Gringore が,世俗劇上演を擁護した ルイ12世の命によって,王が敵対していたローマ法王ユリウス 2 世を揶 揄・攻撃する意図で書いた『阿呆たちの君主と阿呆の母の劇』Le Jeu du

Prince des Sots et de Mère Sotteの,上演の最後をしめくくったファルス

である.従って非常に政治的風刺に満ちた阿呆劇と教訓劇の後に,ティ シエの言葉を借りれば「カーニバル気分」に戻すものであった.

 カーニバルの語源を遡ると,「肉を遠ざける」ことを意味する中世ラ

テン語の

carnelevare

に行きつく.キリスト教の教会行事による数多くの

祭り(復活祭・聖霊降臨祭・マリア昇天祭・降誕祭・守護聖人の祭り等々)

はほとんどが,古代ゲルマン,古代ローマ,さらにはケルトのアニミズ

ム的習俗が習合しており,カーニバルも,古代ギリシャのディオニュソ

ス祭の狂宴をルーツとする古代ローマのサトゥルナリア祭(春の再来を

祝う祭り)の流れを汲むものと言われるが,12世紀ごろ誕生した都市の

祝祭であった.飲食と性の節制を教会から強要される四旬節の開始を目

前にして,肉体的欲望を解放する祭りであったため,生命と豊饒を祝う

古代の祭りと結び付けられたのであろう.カーニバルには,「まもなく

否定されることになるあらゆるかたちの快楽にふけることを勧め許す祝

祭が行われた」

18)

のであった.グランゴールの劇の観衆は笑いを待ち構

えていた.淫靡な比喩は知的な観衆も満足させたことだろうし,男だけ

の舞台の演技はどれほどの笑いをさそっただろうか.それは,いわば教

会が教える道徳的な掟から一切解き放たれたカーニバルの笑いだったの

(7)

である.

 <呑気な子ども達>のように,カーニバルを中心に都市の祭事を組織 し世俗劇も上演した

“陽気な連中” sociétés joyeusesと呼ばれる仲間は,

15~16世紀にかけてフランスの都市に何百となくあった.各地の裁判所 下級職員組合<バゾッシュ>

Basoche

やリヨンの印刷屋の<誤植の殿 様の家来達>Suppôts du seigneur de la Coquilleのようにギルド的な団体 もあったが,多くの場合12世紀以前の農村における若者組織(<チョン ガー連>Bachelleries ,<若者の僧院>abbayes de la jeunesse 等と呼ばれ た)が発展的に再編成されたもので,元来,祝祭の責任と共に共同体に おける結婚や性生活の統制権限を担っていた.教会によって劣った性と 見なされ,フランス語のfemme が「女」と「妻」を同時に意味すること からもわかるように,女はまず男の「性」の対象として否応なく結婚に 縛られなければならない存在だったが,現実には女の扱いに手を焼く夫 は多かったのであろう.このラウレ・プロワヤールとドゥブレットのよ うに,年取った夫と若い妻のカップルはファルスによく登場する.実際 15世紀の都市では,適齢期に達した女性の 3 分の 1 は,功成り名を遂げ た中年男性の妻になっていたという

19)

.結婚は10世紀まではかなり自由 な慣習で男女とも結婚せずに同棲することもできたが,12世紀末に教会 が秘蹟として位置付けることによって必要不可欠な宗教上の手続きとな り,離婚もきわめて困難になった.しかも教会は,性生活は子作りのた め結婚の義務ではあるが,それに伴う快楽は罪であるとして断罪した.

現実の結婚は複雑な家族関係のしがらみの中で取り結ばれることが多

く,若い男性,特に徒弟や職人は経済的な理由から30歳を大幅に越える

まで結婚できないこともまれではなかった

20)

.それに対して大半の女性

は婚資が整うのを待って20代始めに結婚した

21)

.性的に不能な夫を笑う

ファルスの背景にはこのような社会的な状況があり,それは教会が生み

出したものでもあった.

(8)

2 .淫らさで笑いを誘うもの:『マルゴの告解』La confession Margot

22)

 コキュ物とは言っても,この作品では夫は登場せず話題の中にもほと んど出てこない.告解をする人妻マルゴとそれを聴解する司祭 2 人だけ の舞台である.ティシエは,古いテキスト(BMa)とそれを手直しし たと思われる少し長いテキスト(BMb)の 2 種類を掲げているので,

ここではその 2 つを合わせながら見ていきたい.

 マルゴが,当時義務付けられていた罪の懺悔を始める.恐らく場所は 教会で,マルゴはひざまずいて祈りながら慎ましやかに口を切る.

神父様,懺悔いたします.今日私は,とても必要に迫られている修 道士を救いました.私,喜んで致しました,その方は苦しんでいま したので.ですから,もし罪を犯したのなら,お赦しをいただきた いのです.

23)

司祭が詳しく述べるように促すと,マルゴは,彼がどんなに熱心だった か説明する.司祭は即座に赦しを与える.

何も罪を犯してなんかいませんよ.あなたは立派な赦しを得ていま す.聖職者によいことをする者は天国の栄光を得るのです.

24)

マルゴの告白はなお続く.修道士,隣の家の男,巡礼,隠者,それは全て 男性との性関係である.司祭はその 1 つ 1 つに「立派な施しです」

25)

「よ いことをしたのですから後悔する必要はありません」

26)

「女性として大 変立派な心がけでしたよ」

27)

と安心させる.BMa版には教区の司祭との 子どもを夫の子にしたという告白もあるが,

BMb

版ではそれが省かれ,

代わりに自慰行為をしていた隠者とのエピソードが事細かに述べられ

る.マルゴが,道端の茂みの中で彼が手いっぱいに「立派なもの」une

gente choseを握っていたと言うと,司祭はすかさずはっきり詳しく語る

ように促す.

(9)

司祭:言い換えた言葉を使ってはなりません.それは何だったので すか.

マルゴ:私はウナギだと思いました,生きている.

司祭:男根ですか.何だったのかよく考えなさい.

28)

マルゴは「そのもの」の様子を色かたち詳細に説明し,それがとても寒 そうに見えたので暖めようとして事が始まった経過と,事後のそれの哀 れな様子を述べる.

それが私のせいでそんなに弱々しくなってしまったので,私,すっ かり度を失ってしまいました.(中略)このことで神様と司祭様に 告解のお赦しをお願いいたします.

29)

全てを聞き終わった司祭は,マルゴが信心深く聖女のように暮らしてい ると誉め,贖罪の代わりに,毎晩でも毎朝でもフランシスコ会であれカ ルメル会であれ修道士たちに会いに行きその体で救ってやること,教区 の司祭の必要にも応えてやること,隣人でも巡礼でも隠者でも喜ばせて やることを命じ,そうすれば罪は消えて天国へ行けるだろうと保証す る.

 マルゴの節度のなさと特にBMb 版の描写のあからさまなことは驚く ほどだが,神の前での告白を利用して性の場面を具体的に詳しく聞き出 し,神の名で赦しを与えるのは,神ならぬ好色な司祭なのであった.こ の司祭はおそらくはBMa版でマルゴが産んだという子どもの父親であ ろう.そのことは次の言葉ではっきり示唆されている.

司祭:あなたに命じ告解を聞く教区の司祭へも恵みを垂れてやりな

さい.彼があなたの体を必要としたときには退けてはなりません

よ.

30)

(10)

司祭が,マルゴの「罪」の原因を作っている「犯人」の 1 人だったとい うことは,裁く者が実は犯人だったという逆転である.これは彼が「神 の僕」などではなく,神の仮面をかぶった「人間の男」だったという逆 転と重なっている.彼は神の名のもとにマルゴの男性関係を聞いて楽し み,男性の性欲を満たす行為は「罪」ではなく「神の恵み」であると肯 定し,さらに自分とも性行為をするようにとぬけぬけと命じるのであ る.マルゴの方はというと,司祭が肉体関係の相手だということはもち ろん承知しているはずである.しかし告解の場では日常生活とは違い神 の前にいるものとして,あくまでも無心に罪を懺悔している.少なくと もBMb 版では最初「泣きながら告白を始める」とあるので,自分がし たことがどれほど恐ろしい罪になるのか慄いていると見ることができ る.だが罪の意識に悩んでいるというよりも,ただ,相手にとってよか れと思い自分も楽しんだことが罪になるのかどうか懼れているのだろ う.

 教会は大衆をキリスト教化するために,徹底的に罪の意識を植え付け た.その罪の筆頭は性的な関係で,汚れ・穢れをもたらすものとされた.

1215年の第 4 回ラテラノ公会議で,14歳以上のすべての男女に告解が義

務付けられると,人々は最低年 1 回,教会でひざまずき,司祭に向かっ

てただ 1 人,自分の犯した過ちのことごとくを告白しなければならなく

なった.そして, 6 世紀に作られ始めた聴解する聖職者のためのマニュ

アルである贖罪規定書には,膨大な数の多様な罪のカタログと,それに

対応する罰の記載が加えられていった.たとえば「女性の自慰について

は七年間の節食,教会の権威によって保証されていない体位を行えば十

五年間のパンと水だけでの悔悛」

31)

といったように.しかし,直接一般

民衆に接する小教区の司祭たちは,「神学的基礎知識といったら,罪と

立派な行為とを見分けられる程度のもので,大多数はラテン語も知ら

ず,俗人とほとんど変わりなかった」

32)

という.「司祭たちの不品行も

はびこっている.結婚し,家庭をもっている司祭もいれば,内縁の妻と

(11)

暮らしている司祭(14世紀,いくつかの地域では,その数は全体の 3 分 の 1 をこえていた),酒や狩りや賭けごと遊びにうつつを抜かしている 司祭もいる.要するに,彼らは俗人たちとほとんど変わらなかったので ある」

33)

.告白の場を利用して女性信者と性的関係を持つ司祭や修道士 の話も説話文学になじみのものである

34)

.マルゴの例のように,性関係 のあからさまな部分を好奇心で問いただす可能性はおおいにあったと考 えられる.

 マルゴも司祭ももちろん笑いを誘うために誇張されて描かれているだ ろう.「あの,まだあって」

35)

と続くマルゴの話は,度を越した男性遍 歴である.巡礼とのときには,あまり熱を入れすぎて家がひどく揺れベ ッドが倒れてしまったと真面目に懺悔する.自分の話が女好きの司祭に 刺激を与えていることを知ってか知らずか,その「しおらしさ」と話す 内容の露骨さのアンバランスは笑いを生む.司祭が神の仮面をかぶって 演じているとしたら,マルゴもまた,司祭の正体を知りながら従順な信 者を演じているのではないかとさえ思えてくる.それは,民衆が告解の とき司祭を相手に演じていたことと同じではなかっただろうか.教会が 強制した告解の義務によって,司祭も民衆も演じなければならなかった こと,多くの司祭が「神」どころではないことを両者共に知りすぎるほ ど知っていても,なお双方が演じなければならなかったことである.物 語文学ではすでに笑いの種にしていたが,舞台上の役者がそれを演じる のを見る面白さはまた別であっただろう.観客ははっきりと「芝居」と して,誰はばかることなく笑えたからである.

3 . 姦通による子どもをめぐるもの:『神を讃え,たちまち呪うコラン』

Colin qui loue et dépite Dieu en un moment36)

 貧乏なコランは口うるさい妻とけんかをして家を出て行く.妻は心や

さしい男性に救われる.しばらくして帰宅したコランは,家が豊かにな

っているのと子どもがいるのに驚くが,妻は「神のおかげで」と言うば

かり.コランは,神は子どもまで作るとはやりすぎだと怒る.以上がこ

(12)

の作品の粗筋である.多くのファルスと同様に,この話も元になった説 話があり,イタリアのポッジョの『滑稽譚』Facetiaeの中の 1 篇がそれ だと考えられている.舞台化されたコランのファルスとこの原作との間 には大きな違いが 3 点ある.順を追って見ていこう

37)

 ⑴ 原作では貧しい船乗りが幸運を求めて若い妻をおいて海へ出て行 くことになっている.ファルスでは,農夫のコランと妻のけんかという ファルス的なシーンが加わり,コランは貧乏とうるさい妻から逃れるた めに妻を捨てて家を出て行く.

 ⑵ 原作の方は,夫が帰らないのに絶望した若い妻が別の男と暮らし たとあるだけで,愛人がどのような人なのかは全く分からない.『コラ ン』では,捨てられて嘆いている妻を救うのは礼儀正しい立派な男性で,

ティシエによれば,裁判官Officier de justice に違いないという

38)

.彼は 最初金銭的な援助を断る妻に,愛を受け入れてくれることが条件だと説 く.妻は夫を裏切ることはできないとその求愛を拒むのだが,相手の優 しさに打たれて受け入れる.これは,多くのファルスの妻が,好色な情 人に大喜びで抱きつく,モラルも何もない性欲の塊のような女性として 描かれているのとは非常に異なっている.

 ⑶ 原作でもファルスでも,戻ってきた夫は家の中が立派になり家 具・調度品が増えたことに驚き,「どうしたんだ」と繰り返し妻に尋ね,

その度に妻は「神のおかげで」と繰り返す.それに合わせて,神を褒め 称えていた夫だが,最後に子ども(原作では 3 歳を過ぎた男の子,ファ ルスでは恐らく赤ん坊)を見つけて「神のおかげ」を繰り返されたとき には,子どもまでくれるとは神はやり過ぎだと腹を立てる.原作がここ で終わっているのに対して,ファルスでは,コランと妻の応酬が続く.

コラン:おれは面白くないしありがたくもないぞ,こんなことまで やられちまって.

妻:神様に脅し文句かい? 善いことをしたのに責められるわけ?

コラン:そうよ.あんまりおれのことに首をつっこみ過ぎるから腹

(13)

が立つ.こっちはそんなに神様のことを考えてもないってのに.

39)

コラン:子どもまで作るなんて,やり過ぎだ!

40)

コラン:これじゃ負け勝負で,神様につきが行きすぎてる.

41)

妻:ひどい状態のあんたに跡継ぎまで作ってくれんだから,神様を 讃えなさい.ちっとも珍しいことじゃないよ,どこでだって言う じゃないか,牝牛に子牛はつきものだって.

42)

妻:雄牛は誰でもいいじゃない.

43)

妻に言い負かされてコランは不承不承受け入れざるを得ず,最後に観客 に「女はごまかすのがうまい」

44)

とメッセージを送る.

 「コラン,神様のおかげだよ」

45)

というセリフは 4 回繰り返される.

演技を伴った舞台では大きな笑いを呼んだことだろう.子どもを見て

「神はやり過ぎだ」と文句を言うコランは,「神」が誰か「男」であるこ とをはっきり知っているのである.「いいことばかりじゃないか」

46)

と 言う妻に「説教も講釈も聞くか.顔がカッカする」

47)

というセリフがあ るが,「顔」frontは「額」でもあり,「額に角を生やさせられて腹を立て る」すなわち「コキュ」にされた怒りを暗に示していると思われる.神 に不平不満を言うという形でしか妻の仕業を怒れず,最後はしぶしぶな がら受け入れるしかないコランの姿は更に滑稽だったであろう.

 この,夫が不在の時に生まれた子どもの話は,ファブリオの第14話『太 陽に溶けた子ども』De l’enfant qui fu remis au soleil

48)

と『新百物語』

Les Cent Nouvelles nouvelles49)

の第19話にもあり,太陽に溶けた子ども の話として中世に非常に有名だったという

50)

.どちらも,夫が数年商売 で留守をしている間に妻が愛人の子どもを生み,帰宅して驚く夫に,雪 を食べたら子どもができたのだと説明する.夫は納得したふりをするが,

数年たつと,商売を教えるからと子どもを旅に連れ出して奴隷に売って

しまい,妻には,「暑い日に太陽に溶けてしまった,雪でできたのだか

(14)

ら仕方がない」と告げる.妻は仕返しされたと分かるのだが黙っている,

というものである.雪を食べたら身ごもってしまった,という妻の話は,

言い訳にしても不思議である.夫が不在の間に不思議な計らいで子ども を授かったと妻が主張すること,これはイエス・キリストの出生を思い 起こさせる.マリアもまた,婚約者のヨセフが仕事で留守をしている間 に妊娠し,帰ってきたヨセフに,精霊によって身ごもったと伝えるので ある.マリアに妊娠を告げた天使は天から降りてきただろうと考えると,

同じく天から降ってくる雪によって身ごもったという妻の言葉は,マリ アの言う精霊と重なる.しかし,笑話の夫はヨセフとは違って妻の言い 訳を信じず,自分がコキュにされたことを知っていた.『新百物語』の 作者は「夫は妻がしたことのお返しをした.だまされた者であることに 変わりなかったが」

51)

と結んでいる.

 ベディエJoseph Bédier は「雪の子」の話について,処女が不思議なき っかけで子どもができるという話には多くのバリエーションがあり,修 道院では非常に好まれてさまざまな形式で作品が残されていると述べて いる.そしてこれほど聖職者が気に入ったのはなぜなのか理解し難いこ とだと書いている

52)

が,彼らがそれを,キリストの聖性の要とも言う べきマリアの処女懐胎に結び付けていたことは容易に推測できる.普通 の人間にとって信ずるにはあまりにも不可思議なこの問題に,聖職者で あればこそこだわり,信仰と肉欲のはざまで揺れる思いが「雪の子」の ような話を広めることになったのではなかろうか.教会は 5 世紀前半に,

マリアを「神の母」と認めるなど処女受胎を絶対化しマリア信仰も盛ん

になっていくのだが,竹下節子氏によると,「中世後期からルネサンス

にかけて,民間のレベルでは必ずしも,マリアの処女性が信じられてい

たわけではない.13~14世紀の異端審問は,マリアの処女性を疑う言葉

や行為をしばしば弾劾して」おり,15世紀半ばに「ノートルダムは我々

と同じように結婚していたんだ,処女だったなんてとんでもない」と言

って 3 年間も牢獄に入れられた人もいるという

53)

.マリアの処女性が否

定された場合,ヨセフはコキュの立場になる.ホイジンガーは『中世の

(15)

秋』で,詩人デシャンEustache Deschampsの描くヨセフが「戯画化され」

「実に平々凡々たる姿で」あって,「民衆の心には,聖ヨゼフは半ば喜劇 的な姿として映ったのだ」と書いている

54)

.中世におけるこのヨセフの 姿を,石井美樹子氏が福音書・教父達の著作集・絵画・イギリス中世劇 等数多くの文献から丹念にたどり,ヨーロッパの中世人が創りだしたヨ セフ像が「マリアの貞節を疑い,マリアを罵倒し,怒りに身を任せ」て いるのは,「かれらにとっても,処女懐妊という奇跡が信仰の大きなつ まずきであったことを物語ってい」ると述べている

55)

.少し長くなるが,

石井氏の文をいくつか引用しよう.

(以下の( )内の注釈は小澤による)

( 8 世紀のコンスタンティノープルのゲルマヌスによる「受胎告知 にかんする説教」では)若く見目麗しい天使から受胎を告知されま すと,はじめマリアは天使だとわからず,(中略)乙女がみごもる ことなど,この世にありえないことなのですから,人間の力で夫を 納得させることなどできませんと抗議しますと,天使は何も心配し ないようにとマリアを慰め,立ち去ります.マリアの懐妊を知った ヨセフは案の定,われを忘れ,マリアを罵倒します.「すぐにこの 家を出てゆけ.そして,新しい愛人のところへゆけ.今後は,あま えの世話は一切せぬ.わしの食卓から物を食わせはせぬ.おまえは 快楽を求めて,白髪頭のわしを辱め,嘲ったのだから」.(中略)ゲ ルマヌスのヨセフには, 「年老いた夫と若い妻」「妻を寝取られる夫」

といった,中世後期のヨセフ劇の喜劇的なモチーフがはやくもあら われています.

56)

(中世から伝わるイギリスのクリスマス・キャロル「さくらんぼの

キャロル」の歌詞の中で)あるうららかな初夏の日,身重のマリア

とヨセフが庭を散歩していました.マリアは真っ赤な実をたくさん

つけたさくらんぼの木を見つけ,実を取ってくれるようヨセフに頼

(16)

みます.しかし,ヨセフはマリアの頼みをこういって断ります.「お まえをはらませた男に取ってもらうがいい」.ヨセフはこの時にい たってもマリアの懐妊にこだわっていたのです.このキャロルが流 行したという事実は,マリアの貞節を疑うヨセフ像が一般に広まっ ていたことを証明しています.

57)

(中世イギリスの聖史劇の 1 つ,コヴェントリー市の『ルーダス・

コヴェントリー・サイクル』(15世紀中葉)のヨセフ劇『ヨセフの 帰国』で)ヨセフがマリアにお腹の子の父親は誰だと問うと,マリ アは「あなたと神さまの子です」と答えます.身におぼえのないヨ セフは仰天し,「神さまは娘っ子とふざけたりなどなさらない」と いってさらに問いつめます.マリアは「あなたと神さまの子です」

と繰りかえしいい,天使が訪れてお腹の子は三位一体の神の子であ ると告げたと説明します.それを聞いたヨセフは激昂します.「天 使だと!(以下略)」.

58)

(『ルーダス・コヴェントリー・サイクル』の)作者がフランスの物 語に通じていたことは,ヨセフに「妻を寝取られた年寄り男,貴様 の大切な弓はフランス式にへし折れている」といわせているところ からもわかります. 『ヨセフの帰国』に続く『ヨセフとマリアの裁判』

でも(中略)「妻を寝取られた年寄り男」という表現が, 6 回も使 われています.また, 『ヨセフとマリアの裁判』では, 「雪の赤ん坊」

としてイギリスでもよく知られたフランスの笑話のモチーフが用い られています.

 告発者一 わたしが思うに,この女性は,ほんとうのところ,

雪が降っているときに,毛布をかけないで寝ていたのではな いかな.

雪の一片が口に入り,

それが胎のなかで育って子になったのにちがいない.

(17)

 告発者二 なら,奥さん,気をつけるがいい.

子どもが産まれて,太陽が照っていたら,

水になっちまうからね.

雪はもともと水だったのだから.

59)

 

 ゲルマヌスに見るように,キリスト教の教父によってマリアの受胎が 早い時期からコキュのテーマと結びついていたこと,『ヨセフとマリア の裁判』の中の「雪の赤ん坊」のモチーフが『太陽に溶けた子ども』の ファブリオから取られていること(ベディエも「雪の子」のファルスが 影響を与えた例の 1 つとして,この劇の告発者達のセリフを挙げてい る

60)

),これらを結べば,ファブリオの妻の不思議な妊娠が,マリアの 処女懐胎のいわばパロディとして人々の中に広まっていたことはほぼ疑 いないと言えるのではなかろうか.したがって『コラン』の作者はそれ を踏まえてファルスを作ったことになる.『ルーダス・コヴェントリー・

サイクル』でも,笑いの中心は,マリアがヨセフを説得するために繰り 返す「あなたと神さまの子です」という言葉である.別の中世劇のマリ アは 6 回も使っているという

61)

.無論,宗教劇であるヨセフ劇のヨセフ は,最終的にはマリアへの疑いを解いてキリストの誕生を祝福する.「あ なたと神さまの子」という言葉に偽りはなく,神の恵みは褒め称えられ た.しかしファルスでは,妻もコランも,そして観客も,コランの妻の 繰り返す「神のおかげで」という言葉には裏があることを知っていた.

妻は裏切っており,コランはコキュであり,観客はその一部始終に立ち 会っていた.理解できないような神秘は何もない人間の世界なのであっ た.雄牛がいなければ子牛はできない.それを「神のおかげ」と丸め込 む妻と,腹を立てるコランを,人々は存分に笑い合ったであろう.

 教会がキリスト教一色に染めようとした中世に,人々の心の底にある

本音,すなわち男女の性行為なしに子どもが生まれるなど信じられない

という思いが,中世末期にはすでにさまざまなところで現れていたこと

は,ホイジンガーの言葉からも分かる.14世紀から15世紀にかけての神

(18)

学者ジャン・ジェルソンJean Gersonは聖ヨセフを崇拝するあまり,ヨ セフの結婚生活,ヨセフの禁欲等々を事細かに調べ,ヨセフはまだ50歳 にもなっていない,と断言した.また彼は洗礼者ヨハネの精液について の観察までしている

62)

.ドミニコ派はマリアの無原罪の御孕

やど

りについて の論争で,聖処女が初めから原罪をまぬかれていることを否定する立場 を取った

63)

.さらに「(中略)だいぶ前から私は信仰に疑いをいだいて きた(中略).三位一体のことなどちっとも信じられなかったし,神の 子が人間の女の体に宿りにくるほど,身を落とすとは思えないし,(以 下略)」と語る人までいたことが紹介されている

64)

.『コラン』に対する 笑いは,そのような社会状況と軌を一にしているように思われる.

Ⅲ.結び

 ファルスの主要なテーマである「性欲への笑い」は中世キリスト教社 会と深く結びついている.コキュ物の背景には,老人と結婚した若い妻 が多く,若い男性がなかなか結婚できないというゆがんだ状況と,夫婦 の性生活で快楽は許されないという教会の教えがあった.「性欲」はキ リスト教の根本に関わる重大な罪として否定され,人々は告解の場で性 関係の些細な罪をも懺悔しなければならなかった.しかも「神」の名の もとに告解を聞く司祭や修道士は俗人とほとんど変わりなく,告解の場 を利用して懺悔する女性と肉体関係を結ぶ者までいた.人々は常に自分 の中の性衝動と向き合い,それをコントロールしなければならなかった だろう.そしてそれが難しかったことは,おそらく若者たちの半分が,

少なくとも人生に一度,強姦や輪姦の事件に巻きこまれていたことを推

定させるという,ディジョンの裁判記録が物語っている

65)

.若者が組織

する祭りの場で,ファルスはだからこそ好んで「性欲」を笑いの対象と

したのではなかろうか.ファルスの中では性欲は否定されなかった.性

生活に不満な妻は情人を持って楽しんだ.舞台上の俗っぽい聖職者は存

分に笑いの対象になった.キリスト出生の不思議すらも笑いの種にでき

たのである.観客は笑い合った.それは自分達の本当の姿を,善悪では

(19)

なく事実として認め合ったということではないだろうか.嘘を嘘として,

芝居を芝居として一緒に笑うこと,何よりも「性欲を備えた存在として の人間」を笑うこと,それこそがファルスの大きな目的であり,人々が 必要としていたことに違いない.バフチーンは「民衆の祝祭の笑いは,

笑っている者自身も笑いの対象となる」

66)

,「笑いの原理は,カーニバル の儀式を組織しつつ,一切の宗教的教会的独断主義,神秘主義,敬虔主 義から解き放つ」

67)

と言ったが,ファルスの「性欲への笑い」は,まさ しく祝祭の笑いであり解放の笑いであったと言えよう.

(博士課程後期課程)

 1)

Ley-Flaud, B., La Farce ou la machine à rire, Genève, 1984.

 2)

Lanson, G., Histoire de la Lettérature française, Paris, 1916, p. 217.

 3)

Ibid., p. 218.

4) ジャック・ル・ゴフ編/鎌田博夫訳,『中世の人間』,法政大学出版局,1991年.

 5)

Gauvard, C., Livera, A. de et Zink, M. (dir.), Dictionnaire du Moyen Age, Paris, 2004, p. 517.

 6)

Tissier, A. (éd.), Recueil de farces (1450-1550), 13 vol, Genève, 1986-2000.(RFと

略す)

 7)

Tissier, A. (éd.), Farces françaises de la Fin du Moyen Age, transcription en français moderne, 4 vol, Genève, 1999.

 8)

RF, t. 2, Tis. XI.

 9)

«Oncques ne veistes tel ouvrage / Que je y feray, je vous prometz.» (vv. 148-149),

«Jamais, jamais / Ung tel ouvrier ne fut congneu.»

(vv. 150-151), «Je cuyde qu’il n’y

a, ma dame, / Tel ouvrier au monde que moy.» (vv. 160-161).

10)

«[…] on conclura / Que les femmes, sans contredire, / Ayment trop mieulx Faire que Dire.» (vv. 298-300).

11)

«[...] ma vigne se gaste / Par deffault[e] de labourage.” (vv. 14-15).

12)

«Raoullet Ployart, / Je prens plaisir que tost et tart / Labourer ma vigne on se joue.»

(vv. 21-23).

13)

«Qui me laisseroit prouvigner / En la figne de ma maistresse, / La terre seroit bien espesse / Se ma besche ne alloit au fons.» (vv. 38-41).

(20)

14)

«Je m’y employe / De bon cueur, mais ma besche ploye.» (vv. 99-100).

15)

«Mais houez ferme, entendez-vous? / Renversez c’en dessus dessoubz / La terre.» (vv.

199-201).

16)

RF, t. 2, p. 250-251.

17) 当時のユリウス暦では 1 年の始まりが 3 月25日の復活祭前と定められていたた め1511年であるが,その後グレゴリオ暦が作られ 1 月 1 日を年の始まりと変更 した.現在では新暦に従って1512年と認められている.(RF, t. 2, p. 236, note 8)

18) グリン・ウィッカム/山本 浩訳,『中世演劇の社会史』,筑摩書房,1990年,

p.

186.

19) 阿部謹也,『西洋中世の男と女』,筑摩書房,1991年,p. 192.

20) ジャン=ピエール・ルゲ/井上泰男訳,『中世の道』,白水社,1991年,p. 288.

21) ナタリー・ゼーモン・デーヴィス/成瀬駒男・他訳,『愚者の王国・異端の都市 近世初期フランスの民衆文化』,平凡社,1987年,

p.

100.

22)

RF, t. 6, Tis. XXXVII.

23)

«Je me confesse à vous, beau pere. /J’ay anuyt secouru ung frere / En sa grande necessité. / Je l’ay faict par joyeuseté, / Car il en estoit empesché. / Par quoy, sire, se j’ay peché, J’en requiers absolution.» (BMb, vv. 1-7).

24)

«Vous n’y avez point offensé; / Noble pardon avez gaigné:/ Il gaygne la gloire des cieulx, / Qui faict bien aux religieux.» (BMa, vv. 21-24).

25)

«Mais avez faict belle aulmosne.» (BMa, vv. 41-42).

26)

«Dame, se ne seroit pas sens, / De vous repentir de bien faire.» (BMa, vv. 49-50)

27)

«M’amye, vous avez esté / Femme d’une très grand constance,» (BMb, vv. 68-69)

28)

LE CURE: «Il ne fault point parler par glose. / Qu’estoit-ce?», MARGOT: «Je croy

qu’une endoille / Toute vive», LE CURE: «Ou une couille./ Avisez bien lequel c’estoit.» (BMb, vv. 84-87).

29)

«[...] je fus esperdue / Quant je la vis ainsi fondue / Et gastée par mon meschief; / [...]

/ Se en requier pardon à Dieu / Et à vous absolution.» (BMb, vv. 121-123, vv. 128-

129).

30)

«Aussi, soyez misericors / Au curé de vostre parroisse, / Qui vous ordonne et confesse;

/ S’il a de vostre corps mestier, / Ne luy faictes point l’estrangier.» (BMb, vv. 107-

110).

31) アニェス・ジラール/池田健二訳,『ヨーロッパ中世社会史事典』,藤原書店,

1991年,p. 44.

32) 同上,

p.

204.

(21)

33) 同上,p. 204.

34)

RF, t. 6, p. 388, note 44.

ポッジョPoggio (Le Pogge)のラテン語の『滑稽譚』

Facetiae(1470年ごろイタリアで出版.16世紀初頭Guillaume Tardif

による仏訳

Facéties)から,告解の場で聖職者が女性と関係を持つ話がいくつか挙げられて

いる.

35)

«Ha! sire, de ce suis honnye,» (v. 25), «Ha! sire, encore suys-je certaine» (v. 32),

«Oultre, entendez ma rayson;» (v.43), «Entendez cy [...]» (v. 55). (BMa)

36)

RF, t. 1, Tis. II.

37) ポッジョの原作のラテン語文をティシエがフランス語に逐語訳したもの(

ibid., pp. 113-114)を参考にした.

38)

RF, t. 1, p. 120.

39)

COLIN: «Je ne luy en sçay gré ne graces,/ De s’estre de tant avancé.» FEMME:

«Usez-vous à Dieu de menasses? / Fault-il du bien estre tancé?», COLIN: «Ouy, car il m’a offencé / De soy mesler de tant de choses. / A luy je n’ay pas tant pensé.» (vv.

476-482).

40)

«Le cas trop me griefve et escorche./ Fere enfans, c’est trop procedé!» (vv. 492-493).

41)

«Car cela me rend lorche; / C’est à Dieu trop tiré le dé.» (vv. 494-495).

42)

«Il vous a faict ung heritier, / Louez Dieu en vostre mestier. / Car cecy n’est pas de nouveau; / C’est le dit de chascun quartier: / A la vache est tousjours le veau.» (vv.

503-507).

43)

«Ne vous chault qui soit le toreau.» (v. 511).

44)

«Comment femme du tout renverse / Nostre intendit; et pour relicques,» (vv. 519-

520).

45)

«Colin, de la grace de Dieu.» (vv. 440, 444, 448 et 475).

46)

«[...] se ne sont que roses.» (v. 483).

47)

«Je n’y entens texte ne gloses, / Et [j’] ay bien eschauffé le front.» (vv. 484-485).

48)

Montaiglon A. de et Raynaud G., Recueil Général et complet des fabliaux des XIIIe et XIVe siècles, 6 vol, Paris, 1872-1890.『フランス中世処世譚』(森本英夫訳編,社

会思想社,1985年)に「お天道様に溶かされた子供の話」として所収されている.

49) 1462年成立,1486年印刷の,作者不明の物語集.

50)

Bédier, J., Les Fabliaux: Etudes de littérature populaire et d’histoire littéraire de Moyen Age, Paris, 1925, pp. 460-461.

51)

Sweetser, Franklin P., (éd.), Les Cent Nouvelles nouvelles, Genève, 1966, p. 130.

52)

Bédier, J., op. cit., p. 461.

(22)

53) 竹下節子,『聖母マリア〈異端〉から〈女王〉へ』,講談社,1998年,p. 124.

54) ホイジンガー/兼岩正夫・里見元一郎訳,『中世の秋』,角川書店,1984(1976),

pp.

334-337.

55) 石井美樹子,『神の道化師 聖ヨセフの肖像』,白水社,1991年,p. 7.

56) 同上,pp. 74-75.

57) 同上,p. 117.

58) 同上,p. 143.

59) 同上,

p.

145.

60)

Bédier, J., op. cit., p. 461.

61) 石井美樹子,前出,

p. 156.ここではヨーク市のヨセフ劇(1415年頃)

(p. 140).

62) ホイジンガー,前出,pp. 309-310.

63) 同上,p. 310 64) 同上,

p.

326.

65) ジャン=ピエール・ルゲ,前出,p. 286.

66) ミハイール・バフチーン/川端香男里訳,『フランソワ・ラブレーの作品と中世 ルネッサンスの民衆文化』,せりか書房,1973年,p. 18.

67) 同上,p. 13

参考文献

Tissier, A. (éd.), Recueil de farces (1450-1550), 13 vol, Genève, 1986-2000.

Tissier, A. (éd.), Farces françaises de la Fin du Moyen Age, transcription en français moderne, 4 vol, Genève, 1999.

Bédier, J., Les Fabliaux: Etudes de littérature populaire et d’histoire littéraire de Moyen Age, Paris, 1925.

Cohen, G., Etudes d’histoire du Théâtre en France au Moyen Age et à la Renaissance, Gallimard, 1956.

Gauvard, C., Livera, A. de et Zink, M.(dir.), Dictionnaire du Moyen Age, Paris, 2004.

Lanson, G., Histoire de la Lettérature française, Paris, 1916.

Lewicka H., Etudes sur l’ancienne farce française, Paris, 1974.

Montaiglon A. de et Raynaud G., Recueil Général et complet des fabliaux des XIIIe et XIVe siècles, 6 vol, Paris, 1872-1890.

Petit de Julleville, L., Répertoire du Théâtre comique en France au Moyen Age, 1886.

Rey-Flaud, B., La Farce ou la Machine à rire, théorie d’un genre dramatique 1450-1550, Genève, 1984.

(23)

Sweetser, Franklin P., (éd.), Les Cent Nouvelles nouvelles, Genève, 1966.

Zink, M., Littérature française du Moyen Age, Paris, 2004.

アニェス・ジラール/池田健二訳,『ヨーロッパ中世社会史事典』,藤原書店,1991年.

イヴ=マリ・ベルセ/井上幸治監訳,『祭りと叛乱 16~18世紀の民衆の意識』,新評 論,1980年.

ヴォルフガング・ハルトゥング/井本晌二・他訳,『中世の旅芸人』,法政大学出版局,

2006年.

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ジャック・ル・ゴフ編/鎌田博夫訳

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ミハイール・バフチーン/川端香男里訳,『フランソワ・ラブレーの作品と中世ルネ ッサンスの民衆文化』,せりか書房,1973年.

阿部謹也,『西洋中世の男と女』,筑摩書房,1991年.

石井美樹子,『神の道化師 聖ヨセフの肖像』,白水社,1991年.

竹下節子,『聖母マリア〈異端〉から〈女王〉へ』,講談社,1998年.

森本英夫訳編,『フランス中世処世譚』,社会思想社,1985年.

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