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古代韓国青銅竿頭鈴の鋳造技法に関する 調査報告と考察

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(1)

*産業造形学科

要 旨

古代韓国の青銅鋳造技術を研究するため、青銅八珠鈴につづき、慶州博物館が所蔵する伝慶州 竹東里出土の青銅竿頭鈴を調査した。八珠鈴も竿頭鈴も共に同形の一対製品である。八珠鈴は一 対製品でありながら単独1個だけの調査であったため、一対製品鋳造技法の充分な調査ができな かった。竿頭鈴は一対2個を比較調査し、古代韓国における同形一対青銅製品の鋳造技法の解明 を試みた。2個の竿頭鈴の共通点、相違点から以下のような製作方法が推測できた。

1.この2個の竿頭鈴は、文様が同形であることから、原型(母型)から外笵を写し取り鋳造し   た兄弟関系にある。

2.この2個の竿頭鈴は、縦方向の分割線と横方向の分割線で、合計4個の外笵に分割した可能性   が高い。

3.中子は、外笵(外鋳型)に土を詰めて青銅の丸を仕込んだ上部と下部に分離し、その後、肉   厚分を削って作った。

4.三角形の4つの透かしは中子を削り残して作った。

5.この2個の竿頭鈴の鈕孔は、それぞれ何らかの回転工具を用いて開けた。

キーワード : 古代韓国   竿頭鈴   同形一対青銅器   古代鋳造技法   同形文様   分割鋳型

1.調査報告と考察

 竿頭鈴は朝鮮半島青銅器文化を特徴づける異形有文青銅器のひとつで、その編年的位置づけと 考古学的な製作技法検討の概要は八珠鈴鋳造方法の検討論文に記した(*1)。

 本報告書では、この一対の竿頭鈴のうち、全体が濃い緑色に錆びたものを1号、淡い緑色に錆 びたものを2号と便宜的に呼ぶ。2号の鈕下部には湯が凝固する時に発生するガスによる窪みが多 数ある。また、1号の最下段の文様帯の下部には、凝固時に発生した同様の複数の窪みがある。

さらに、透かしの長さは2号よりも1号の方が短い。

 なお、竿頭鈴を上下に分け、上に向かって径が3段に広がる花びらを支えるガクのような部分 を、本稿では便宜的に「ガク」と呼ぶ。

(1)寸法と形状比較ならびに2つの竿頭鈴の関係について

 一対の青銅器の鋳造技法を解明するには、寸法や角度などを正確に計測することが重要である。

短時間ではあったが、可能な限り考察に必要な寸法を多くの箇所で計測した。しかし、ノギスや 定規を用いて計測したため、誤差は否めない。本来ならレーザー測定などの科学的な計測を用い た寸法比較の必要がある。

三 船 温 尚

古代韓国青銅竿頭鈴の鋳造技法に関する

調査報告と考察

(2)

 1号、2号の寸法は、図1と表1で示した。この表を見ると、2つの竿頭鈴の寸法数値がほぼ同じ 部分と、大きく異なる部分がある。おおむね全体の寸法は同じで、ガクの下部の横帯文からガク までの寸法が際立って異なる。2つの竿頭鈴の鋳造に大きなトラブルがなければ、仕上げの研磨 による削り分はほぼ同じと考えて良い。しかし、笵がズレて製品に段差ができ、それを目立たな いように研磨したとすれば、1㎜ほども余計に削ることがあったと考えなければならない。した がって笵のズレなどの鋳造トラブルが発生しやすい部分の寸法は、より慎重に扱う必要がある。

特にガクには文様が無く激しい研磨がなされた可能性もあり、この計測寸法をそのまま信じるこ とはできない。また、2個の竿頭鈴が親子関係であっても、子のほうが青銅の凝固収縮率の1000 分の13〜20の寸法(これらの竿頭鈴の高さ155㎜では、およそ2㎜に相当する寸法)が親よりも 縮まると単純に考えることはできない。なぜなら、粘土分の少ない土製笵を素焼きすれば、一般 的に熱膨張で笵が大きくなり、凝固収縮率の小さい錫を多く含む高錫青銅をこの膨張した笵に鋳 造すれば、親子であってもほぼ同じ寸法になるということが起こりうる(*2)。すなわち、同形 の高錫青銅製品がほぼ同寸法の場合は兄弟だけではなく親子関係の可能性もある。このように寸 法だけで安易に2者の関係を結論付けることはできない。計測数値だけではなく、多くの痕跡比 較を含め総合的に考察しなければならない。

 両者の概形は同形といえる寸法ではあるが、ガクの径やガクと下部の文様帯との距離などが異 なる。文様はそれぞれを鋳造したときに独自に発生したトラブルの箇所を除けば両者同形である。

 では、2個の竿頭鈴のどちらかが親だと想定すると、親の傷を笵に写し取り、子に鋳造するこ とになる。ただし、笵に写し取った親の傷を削ることや土を盛り付けて笵を修理することが可能 な場合や、親の傷を土や蝋などで応急に補修することが可能でこれを笵に写し取る場合は、親子 であっても親の傷が子に鋳造されないことになる。これらの場合は、いずれも文様のない部分に 限られ、文様のある部分ではこういった修理や補修ができない。したがって、文様部分のそれぞ れの傷や文様の乱れをどのように拾って鋳造しているのかに注目した。そうすると、1号に発生 した文様の乱れを2号が写し取って鋳造していない部分や、逆に2号の乱れを1号が写し取ってい ない部分があり(写真3〜8)、これらのことからそれぞれが、親である可能性は無い。別にあっ た親から2組の笵を作り鋳造した、兄弟の関係にあることが分かる。1号、2号ともに親の傷を同 じように写し取り、それぞれが鋳造時の独自の傷を持ち、それらの傷はお互いに写し取っていな いという関係にある。

 しかし、この一対の竿頭鈴は、文様を同形に写し取った兄弟であるにも関わらず、両者のガク 周辺の形状が異なることや1号だけ文様が上下にズレるという特徴を持っている(写真9〜12)。こ れらのことがこの兄弟関係にある竿頭鈴の笵製作法を考えるうえで重要な手がかりになる。

(2)外笵の分割線と分割方法について

 これらの竿頭鈴の表面に分割線を見つけることは容易である。特にガクより下の文様帯部分は その分割線で文様が分断されているため分かりやすい(写真9〜12)。また、ガクより上の部分 も曲面を指で撫でると不自然な角があり分かりやすい。このように観察すると、分割線は下から 鈕を通りガクを越えさらに上って透かしの下で途切れる。そして透かしの上の三角形の先端から 再び発生して頂上を越えて向こう側に下る。向こう側では同様に透かし部分で途切れガクを超え て下る。製品の透かしには分割痕跡は残らないが、実際の外笵は透かし部分に分割線があった。

この縦の分割線で外笵が分割されたことは間違いないが、しかし、この分割線だけで外笵を二分 割したかというとそうではないようだ。注目しなければならないのは、ガクの上面に分割線の痕 跡がないことである。下面は砥石で激しく研磨すれば大きな分割線の段差も鋳バリも無くすこと はできる。ところがガクの上面と本体の付け根、すなわちガク上面と本体側面で作られる角度は 鋭角な凹角になっており、この角に発生した分割線上の鋳バリを完全に研磨で無くすことはで きないはずである。見る限り1号、2号ともにガクの上面にはそういった痕跡は認められない。鋳

(3)

<表1>図1に示した1号と2号の各寸法比較 (アンダーラインは大きく数値が異なる箇所:単位は㎜)

*計測位置を表すため、竿頭鈴を上から見て鈕を12時方向にし時計回りに時方向で示した。

a b

d f

g

e

c 9時

10時

11時

12時方向

(鈕方向)

1時

2時 3時 4時 5時 6時

7時 8時

計測位置を示す 時方向(上から 見た竿頭鈴)

図1.伝慶州竹東里出土の青銅竿頭鈴

計測箇所とその数値を図1と表1で示した。またそれらの位置を時計の時方向で示した。側面図のガク

の下の左で文様帯が一段下がって低くなっていることを示した。

g

(4)

造時、これらの凹角には鋳バリが発生していなかったと考えるべきであろう。このことから、竿 頭鈴の外笵は単純に縦に二分割したのではなく、ガクの最上部を一周回る位置で外笵を上下に分 け、ガク最上部より上に2つ、下に2つの合計4つの外笵で分割したと考えられる。こうすれば、

ガクより上の2笵を先に合わせて、ガク上面の分割線上の隙間を土でふさぐことができ、鋳バリ が発生しないように鋳造することができる。ガクより下も同様に隙間をふさいで鋳造すれば、ガ ク下面の分割線上にも鋳バリが発生することはない。

 もっとも、こう推測すれば、ガクの上下の笵を縦に分割する位置が同じでなくても笵作りは可 能になる。下の笵は鈕上を通る分割線であるほうが都合良い。しかし、上の笵は鈕の位置と90度 異なる位置で分割しても問題はない。ところが実際には上の笵の分割線も、鈕上を通る下の笵の 分割線がそのまま延長した位置にある。途中の笵作りのうえから必然的にこの位置を分割線にし たものなのか、あるいは竿頭鈴に正面があってそれに合わせて下の笵の分割位置と同じにしてい るのか、理由は定かではない。

 2つの竿頭鈴に共通する縦の分割線について詳細に観察すると以下のような特徴がある。下か らガクを挟んで透かしまでの分割線は、はっきりと尖った角がある。透かしより上のいわば上面 にあたる部分にはこういった角はない。笵ズレによって現れる製品の段差を研磨で仕上げる場合、

ズレて出た部分を削るのでそこだけ平面になる。周りの曲面から撫でていくと異質なこの平面に 気づき、分割線の位置がそこであったと判断できる。これが一般的な笵ズレとその研磨である。し かし、この2つの竿頭鈴の分割線には尖った角がある。透かしより上には尖った角がないが、研 磨で分からなくなったのか、あるいは最初から角がなかったのか不明。いずれにしても、透かし より下の分割線部分は外笵が横ズレしたのではなく、鋳造の段階で角があったと考えるのが自然 である。そうすると、これらの竿頭鈴は一見すれば円筒形であるが、誇張すれば断面形が円では なく銅鐸のようなアーモンド形であるといえる。このことは、分割線の近くの細かい文様を2分 割笵に写し取る方法に関連しているのではないだろうか。土製笵の場合、円筒形の原型に土を押 し付けてその土が乾燥して硬くなって2つの笵を原型からはずし取るのが一般的。これは、はず し取って2つの笵を合わせればほぼ原型と同じ円筒形が復元される。ところがこの方法では竿頭 鈴のような分割線に近い部分の文様は、笵をはずす時に写し取った文様の土が壊れてしまう。文 様の深さ部分がひっかかる。しかし、笵の土が生乾きのときに、開くように原型から抜き取れば こういった部分の文様も壊れないで抜き取ることができる。竿頭鈴のアーモンド形はこの名残で はないのだろうか。開くように抜き取り、2つの笵をもとに閉じるように合わせて硬くなるまで 乾燥させる。しかし、完全にもとに戻さないため(あるいは、戻せないため)、断面形がややア ーモンド形になり、研磨後もその痕跡が残る。この方法は、現在も梵鐘の乳の埋け込み型製作な どに用いられている。このときの笵は粘土分が多く復元力の強い土でおこなわれている。土を吟 味し生乾きの状態を的確に判断すれば、抜け勾配ではない部分からも壊さずに笵を抜き取ること ができる。さらに復元力を利用してもとに戻した笵で鋳造すれば、抜け勾配ではない部分を持っ た青銅の復元品(踏み返し製品)になる。一方では、この推測を否定する計測数値がある。透か しの横にある4つの三角形文様の最下部の2箇所の位置で竿頭鈴の径をノギス計測すると、1号、2 号共に48.5㎜と48.7㎜で一致している。上記のような、土が生乾きで笵を開いたり閉じたりする 方法で、この2箇所の数値が同じになるというようなことがあるだろうか。疑問の残るところで はあるが、文様を壊さず抜き取るにはこのような方法しか見出せない。

(3)原型(母型)とガクの作り方について

 2つの関係が兄弟であるので親から笵を2つ写し取るが、では、これらの竿頭鈴の親はどのよう な材質でできていたのだろうか。陶製、青銅製、木製、石製などの候補が挙げられる。この2つ の竿頭鈴の文様の質を見ると、大きな凹部の中に凸形と細い凸線で描かれ、凸形と凸線の交差箇 所には砂崩れのような特徴がある。この特徴は親の文様のものであり、それを全く同じに2つの

(5)

竿頭鈴が写し取って鋳造している。細い凸線は笵に細い凹線を描いて鋳造する方法が合理的なこ とと、交差箇所に砂崩れがあることから、陶製や木製ではなく、親は土製笵で鋳造された青銅製 品であると考えられる。

 では、この青銅製と推測した親には、ガクや鈕は付いていたのだろうか。ガクの径が異なるこ とから(ガクの最上部の径は1号が72.5㎜、2号が75.5㎜)、ガクの付いていない青銅製の親から 笵を作る時に、それぞれにガクを土で作ったと考えることができる。径の差は研磨による可能性 もあるが、ここではこの差を范作り時の差と想定して以下のような手順を推測した。まず、青銅 製の親からガクより上部の外笵を

2

分割で作る。ガク上面の鋳型面になる部分をヘラで均して作 る。その面の上にガクの形を土で作る。その後、ガクより下部の外笵を作る。このようにガクの 形をそれぞれで作るため形と位置が異なってしまう(図

2

)。一方では、親にすでにガクが付いてい て、それから

2

つの外笵を

4

分割で写し取ったと考えることもできる。ガクの高さは

1

号、

2

号で大 きな差は無い(図

1

、表

1

d

の寸法)。このことからは、親にはすでにガクが付いていて、両者の 研磨の違いでガクの径の寸法が異なった可能性もある。しかし、1号のガクの下の横帯文様だけ が上下に

2

㎜ズレていることと(

2

号はズレていない)、ガクとこの横帯文様との距離が

1

号と

2

で大きく異なる点(写真

9

12

)から、親のガクの有無をさらに考察すると以下のようになる。

ガクが付いた青銅製の親から、

4

つの外笵で分割し鋳造した時に、ガクと横帯文様との距離が

3

も異なるということは起こらないだろう。ガクが無い場合には、ガクをそれぞれ独自に作るので 横帯文様との距離がこの

1

号、

2

号のように大きく異なることは十分考えられる。しかしその場合 であっても、

1

号だけが上下に

2

㎜も笵がズレるだろうか。そのズレをよく見ると、片方の笵全体

2

㎜ズレたというよりも、鈕側に比べ反対側のほうがより大きくズレている(写真

9

11

)。ま るで生乾きの軟らかい笵が動いて変形したようである。このことは、文様を笵に写し取って原型 から抜き取るとき、笵が生乾きであると推測したことの裏づけにもなる。しかし、この文様のズ

図2.外笵とガクの作り方

(1)文様を持った青銅製の原型(母型)に    土を詰めて中子の幅置部分を作る

(2)ガクより上の外笵を2分割で作る

(3)竿頭鈴の先を下向きにして外笵の幅置    面にガクの上面を作る

(4)土を盛り付けてガクの形を作る

(5)ガクより下の外笵を中子の幅置部分も    含めて作る

(6)生乾きのときに笵を広げて原型から外    し、土で作ったガクを捨てる

(7)笵を合わせて乾燥し固めて完成となる

(1)中子の幅置部分

(5)外笵

(2)外笵

(4)ガク

(3)幅置面

(6)

レはガクの下面にも同じようにズレを発生させ、そのまま鋳造すればガクの下面に段差ができる はずである。1号にはそのような段差は認められないことから、ガクの鋳型面を土で修整して段 差をなくして鋳造したと考えられる。こういう修整を想定すれば、文様が大きくズレ、ガクに段 差がない1号竿頭鈴の工程を説明することはできる。ただ、それでもなぜズレたのか疑問が残る。

また、青銅原型であったのなら、なぜ外笵をすぐに作り直さずズレた笵のままで鋳造したのだろ うか。よほど急を要したのか、そういったズレにはこだわらなかったのか。1号の横帯文のズレ と1号、2号の異なる寸法(表1のb)からは、上記で推測した以外の他の方法は思いつかない。

 鈕は親に付いていたと考えるのが一般的で自然である。しかし、そうならば親から抜き取った 笵は、1号の横帯文様のズレと連動して鈕の部分も上下にズレ、鋳造製品の鈕にこのズレが発生 することになる。ズレが目立たないように研磨すれば、2号の鈕より1号の上下寸法が文様の2㎜

のズレの2倍の4㎜短くなるはずであるが、実際には、長さは1号17㎜、2号16㎜でほぼ同数値で ある(1号、2号は厚さ6.0㎜、高さ9.0㎜で同数値)。ズレ修正の研磨で短くなった1号鈕に合わ せて、2号鈕を研磨して長さを合わせたのだろうか。あるいは、横帯文はズレるが鈕はズレない というような方法があるのだろうか。土とヘラで笵を修整してズレを直す方法だったのかもしれ ない。また、鈕が親に付いていなければどういう方法があるだろうか。生乾きの笵を合わせて乾 燥させ、硬くなった笵を開いて笵に直接彫って鈕の形を作る方法が考えられる。そうであれば、

すでに上下にズレた外笵ではあっても、計測して同じ位置に同形の鈕を鋳造することはできる。

この場合は、目安となる何かのゲージや型が必要だろう。鈕の付け根の文様を比較すれば、1号、

2号同じで(写真15〜18)、鈕付きの原型から范を写し取らないで、直接彫ってこのように作る にはよほどの慎重さが必要だろうが、文様が上下にズレていることと鈕が同形という結果からは、

他に方法がないように思える。

(4)中子製作方法と透かしについて

 1号、2号の透かしの位置と三角形の形はおおむね同じである。しかし、三角形の長さは2号よ りも1号の方がやや短い(写真13、14)。これは中子の制作方法に大きく関係している。竿頭鈴 上部の2つの笵を合わせ、その中に青銅丸を仕込んだ中子土を詰め、最後に面を平らに均して上 部中子を作る。次に2つの下部笵を上部笵にのせ、同様に中子土を詰めて下部中子を作る。最初 に均した上部中子の面のところで下部中子が分離する。2つの竿頭鈴はそれぞれの均す位置を厳 密に同じに揃えていないので、分離する位置が異なる。そのために2つの竿頭鈴の上部の中子の 長さが異なることになる。分離後、中子を取り出して肉厚分削る。透かしと丸室(丸が閉じ込め られた部屋の部分を便宜的にこう呼ぶ)の床中央の円形の部分は中子を削らない。2号を下から 観察すると、円形の穴の周辺に一周盛り上がり線があり、このことから上部中子の下面ではなく 下部中子の上面を削ったことが分かる。削らない中子の部分には湯(溶けた金属)が流れず透か しと丸室床の穴になる。上部中子は4つの三角形の透かし部分と丸室床の円形部分で固定される。

下部中子は幅置(*3)の部分と丸室床の円形部分で固定される。このような工法であるため、丸 室床の位置がそれぞれ異なり、その床の位置を目安に透かし部分を削り残すため、透かしの長さ が異なる結果となる。また、丸室床の円形は2個の中子を固定し丸室床の鋳造肉厚を確保するた めに不可欠である。丸室床の円形の穴は、竿頭鈴が静止状態のとき丸がはまってコロコロ音がし ないことや、鳴らした時の音響に効果があるのかもしれないが、主たる目的は中子の固定である。

丸室床の円形穴は奥まった位置にあり、鋳造後に研磨整形していない。4つの透かしは研磨整形 しているため鋳造のままの形ではない。丸室床の円形は別にしても、4つの透かしの位置と形は 何かの目安がなければ一対で揃えることができないだろう。そのために原型にあらかじめ透かし の形を凹線で描き、それを外笵に凸線で写し取り、さらに詰めた中子土に凹線で写し取ってそれ を目安に中子を削り残す。この方法なら透かしの位置や形はおおむね揃うが、中子を削り残す作 業や研磨整形作業の段階で少しの差異が発生し、全く同形の透かしにはならない。また、上部の

(7)

中子の肉厚を削った後、外笵にその中子を納める目印がなければ透かしの位置がズレてしまう。

そのため、上部中子を平らに均した面と外笵内面にヘラでそれぞれ1本の線を刻み、その2本の 線を合印に位置を合わせる方法が考えられる。外笵内面の線はガクより上の竿頭鈴側面に凸線と なって鋳造され、その後に研磨されて見えなくなる。上部中子の線は補修しないで鋳造すれば丸 室床に凸線となって現われるが、透かしの隙間からの観察では発見できていない。

(5)文様の形状特徴と笵作り方法

 この一対の竿頭鈴の文様は、母親にあたる青銅製の原型の文様を写し取ったもので、同形文様 である。その写し取り方は、前述のとおり生乾きのうちに少し広げるようにはがし取ったと推測 される。こうして鋳造した一対の竿頭鈴のガクより上と下の文様には、いずれも共通した特徴が ある。広い面積を持つ形状と細い直線の構成からなっている。ガクの上には、上部に向かって徐 々に小さくなる10個の菱形と直線の組み合わせと、上部に向かう12個の矢印形と直線の組み合わ せがそれぞれ細長い三角形のなかに配置されている。いずれにも、縦方向の直線と三角形を形作 るような横方向の直線とがある。この2種類の組み合わせ文様は一対で向かい合っている。一方、

ガクの下には、幅の狭い1本の横帯線と幅の広い1本の横帯線がある。幅の狭い横帯は縦方向の直 線で飾られている。幅の広い横帯には下向きの鋸歯文があり、その鋸歯文の上下は縦方向の直線 で飾られ、鋸歯文の横は横方向の直線で飾られている。

 これらの文様は、韓国古代の青銅八珠鈴や剣把形銅器、鈴付防牌形銅器などの異形有文銅器に みられる凹部の中に凸の線や形を組み合わせた独特の文様形状と共通する。では竿頭鈴の母親の 青銅製原型の文様はどのような方法で鋳造されたかを考えてみる。青銅八珠鈴の調査と復元鋳造 で考察したように(*1)以下のような方法でなされたものと推測できる。まず、固めた土を工具 で削って土製原型を作り、全面に常温で固体となる油脂を温め液体にして塗る。固まったこの油 脂を工具で削って、菱形や矢印形、鋸歯形の形が残るように彫り窪める。土で外笵を作り、笵全 体を温めて油脂を液化し分割する。分割した鋳型面に先の細い工具で細い直線を彫り込む。この 時、直線と菱形や矢印形が交差する箇所に砂崩れが起こる。鋳造して表面を砥石などで研磨し仕 上げる。実際におこなった八珠鈴の復元では(*1)、実物と同じ繊細で緻密な文様は鋳造できな かった。凹部の形を外笵に写し取る段階まではなんとかできるが、細い線を笵に描くことは不可 能だった。笵の土の粘土量や微細な砂の質などが異なるためだと判断した。

 上部の三角形の文様は砥石で研磨され、菱形や矢印形、細い直線など同じ高さになっている。

下部の鋸歯形とその間の横直線は高さが異なり、直線の方が鋸歯形よりも低い(図1)。これは 上記した製作方法に関連したものか、鋳造後の研磨仕上げによるものかは不明。

(6)鈕について

 鈕の寸法は両者それほど大きな違いはない。前述したとおり厚さ、高さ、長さがほぼ同じでほ ぼ同形である。鈕孔の径も4㎜で同じである。この鈕孔は鋳造のままの穴ではなく、何らかの工 具を回転して開けたものである。鈕孔の縁には鋭角な角があり、かすかに盛り上がりの縁がある。

あらかじめ鋳造で穴を作り工具で整形したものか、あるいは、まったく穴の無い鈕に工具だけで 穴を開けたものかは不明。

(7)鋳造肉厚について

 それぞれの厚さを計ると1号は2.1〜5.0㎜、2号は3.2〜3.8㎜となる。1号は厚さにムラがあり

(8)

2号はおおむね均一である。しかし、いずれも持つと重量感があり厚く鋳造されている。ガクが かなり肉厚でありそれにあわせて全体を肉厚に鋳造したとも考えられる。すなわち、ガクが肉厚 でその他が肉薄であれば鋳造後、ガクが他よりも極端に遅れて凝固し鋳引けで形がへこんでしま うため、意図的に全体を厚くしたのではないかと推測できる。鋳造のガスの窪みが発生している ことから、注湯時の笵や湯(溶けた青銅)の温度をタイミング良く合わせるのが難しい鋳造品で あったことが分かる。

(8)湯口、堰について

 竿頭鈴の注湯(湯と呼ぶ溶けた青銅を鋳型に注ぎ込むこと)は、竿頭鈴の先を下にし、やや鈕 を下げた角度でなされたと予想できる。1号の内面には堰(「せき」と呼び、湯が製品部分に入 りこむ口)の位置だったと思える表面のシワが2箇所に見える。これは鈕から左右に90度の位置 である。また、1号は鈕の反対側にガスの窪みが多く発生しているため(写真15〜22)、このこ とからも鈕の反対側をガスが上がるように鈕をやや下げた角度で注湯したと推測できる。この時、

ガスが笵の外に出る「ガスのアガリ」は鈕の反対側で、湯口の真下になる構造。この方法は現代 の多くの鋳造技術者も選択する一般的なものである。これに比べ、2号は鈕のつけ根にガスの窪 みが集中している(写真15〜22)。2号は1号とは逆に鈕をやや上にあげて、鈕の上をガスの

「アガリ」にした可能性がある。いずれにしても注湯するときは竿頭鈴の先を下にして、底から 青銅を流し込んだと思える。

(9)丸について

 青銅の丸を竿頭鈴内部に閉じ込める方法は、青銅八珠鈴で報告した工程(*1)と同じである。

すなわち、中子の中に青銅丸を包んで作る方法で、中子をオニギリに例えると、ご飯が中子土で 梅干が青銅丸となる。鋳造後、透かしの隙間から中子土を外に削り出して丸だけが丸室内に残る。

目測で丸の径は16㎜程度。八珠鈴に比べ大きな丸であり、笵焼成時の丸の熱膨張に備えて何らか の工夫があったかもしれない。

2.まとめ

 すでに復元鋳造を終えた八珠鈴と今回調査した竿頭鈴の共通点と相違点を挙げると、次のよう になる。共通点は、一対で鈴の用途を持ち、丸は青銅製で丸室には透かしがある。凹部に凸線と 凸形(厳密には八珠鈴に凸形はない)で構成する文様を持つ。土製笵で外笵分割削り中子法。相 違点は、竿頭鈴は凝固時のガスの窪みが多発し作りがやや粗雑。親から土で写し取った文様のた めシャープではなく朦朧としている。八珠鈴は仕上がりが緻密。文様がシャープで鈴にある双頭 蕨手文は深くて狭い凹線からなり、土で写し取ることは不可能。八珠鈴本体の文様は凹部に凸線 の組み合わせだが、そのほかに凹線だけで描かれた双頭蕨手文がある。ともに一対の青銅鈴では あるが、鋳あがり具合や仕上げが竿頭鈴のほうが粗い。土で范を写し取る方法であることが大き な原因だが、八珠鈴のような緻密で繊細な仕上がりは望まれなかったのだろう。一対八珠鈴の文様 調査により、その鋳造方法を再度検討し、竿頭鈴と比較する必要があるだろう。

 竿頭鈴は音を出す道具である。復元した八珠鈴は軽やかな音であったが竿頭鈴はどのような音 なのだろうか。復元鋳造研究は古代の鋳造技法の工程を復元するものであって、形をそっくりに 復元するものではない。しかし、鈴のように音を出す目的で作られた古代の青銅製品は、その形

(9)

を忠実に復元して古代の音を聞くことにも意味がある。

 技術史の面からは、古代の朝鮮半島独特の文様鋳造工程の詳細を解明することが重要である。

中国古代の青銅彝器に鋳造された精緻な文様も、推測した工程通りに復元を試みたが古代青銅器 の通りには復元できない。古代の笵の砂質や粘土量などの違いが原因なのか、重要な工程を抜か しているのかそういったことさえも分かっていない。竿頭鈴や八珠鈴のように凹部に凸の形と線 を配置した文様を持つ古代韓国の文様鋳造技術の復元はたやすくはない。古代東アジアの青銅器 の文様鋳造技術は、その地域の文様の特殊性を支えるものであり、それらを一つひとつ比較解明 する成果はいろいろな研究に波及するであろう。

 この一対の竿頭鈴は、1号の文様が2㎜も上下にずれている。もしこの竿頭鈴だけを調査したの なら、このことに何の疑問も持たなかったはずである。しかし、兄弟である2号竿頭鈴と比較し てはじめて、現代の一般的な技法ではない何らかの方法があった可能性を考えなければならなく なった。その方法を解明したわけではないが、一対青銅器の今後の研究の大きな目標が見つかっ たといえる。

(10)

文献・脚注

(*1)三船温尚、後藤 直、石山 勲、「韓国青銅八珠鈴の鋳造技術に関する研究」、高岡短期    大学紀要Vol.17、pp.205-215、2002年

   三船温尚、後藤 直、「復元鋳造と出土遺物から考察する韓国青銅八珠鈴の鋳造方法」、

   高岡短期大学紀要Vol.19、pp.183-201、2004年

(*2)清水康二、三船温尚「鏡の鋳造実験 踏み返し鏡の諸問題(その1)」、由良大和古代研     究紀要Vol.4、PP.51-72、1998

    古代青銅鏡のなかに、鏡を原型(母型)として笵(鋳型)を写し取りその笵に鋳造する    踏み返し鏡と呼ばれるものがある。この踏み返し鏡は一般的な青銅の凝固収縮率を参考に、

   母鏡より1.3〜2.0%(1000分の13〜20)小さくなると言われていた。実験により、焼成    時に笵が膨張することと凝固収縮率が小さい錫を25%も含んだ高錫青銅であることから、 

  踏み返し鏡の収縮率は0.4〜0.1%であることが判明した。これは、竿頭鈴の高さ15cmでは    0.6〜0.15㎜にあたるが、竿頭鈴の正確な錫含有率は不明である。

(*3)幅置(はばき)は、外笵と外笵や、外笵と中子が接する部分の鋳造用語。前者は外笵の幅    置面と幅置面を合わせた隙間に鋳バリができ分割線を知ることができる。後者は中子の幅    置面を外笵の幅置面ではさんで固定する場所を指す。本文では後者。

謝辞

   下記の機関にご援助、ご教示をいただきました。記して感謝いたします。

   韓国国立慶州博物館

<本研究は、平成12年度 三菱財団人文科学研究助成金による「弥生時代青銅器鋳造技法に関 する日韓比較による実験考古学的研究」(代表:後藤 直)の研究成果の一部である>

(11)

写真1.慶州博物館所蔵 伝慶州竹東里出土の青銅竿頭鈴

    この報告書では、濃い錆色の左を1号、薄い錆色の右を2号と便宜的に決めた。

    2号のほうがやや大きい。

写真2.竿頭鈴の腰部にあって上に向かって3段に広がる花のガクのような部分を、この     報告書では便宜的に「ガク」と呼んだ。2号のガクの方が1号より高い位置にある。

(12)

写真3.1号竿頭鈴上部の文様で写真4と同じ位置。下から3、4、5番目の菱形の右にある     横方向の直線文様部分はシャープに鋳造されている。左下部分には鋳造時のガス     による窪みがみられる。

写真4.2号竿頭鈴上部の文様で、写真3と同じ位置。下から3、4、5番目の菱形の右にあ     る横方向の直線文様部分はつぶれている。このことから、2号から范を写し取って     1号を鋳造した可能性はない。

(13)

写真5.1号竿頭鈴上部の文様で写真6と同じ位置。右から3、4、5番目の菱形の上にある     横方向の直線文様部分はシャープに鋳造されている。5、6番目の菱形周辺は親の     笵に線を彫るときに起きた砂崩れ。それを子の1号が写し取っている。

写真6.2号竿頭鈴上部の文様で写真5と同じ位置。右から3、4、5番目の菱形の上にある     横方向の直線文様部分はつぶれている。このことから、2号から范を写し取って     1号を鋳造した可能性はない。1号と同様に親の砂崩れを写し取っている。

(14)

写真7.1号竿頭鈴上部の文様で写真8と同じ位置。左から2、3、4番目の矢印形の一部に     欠けがある。親の砂崩れを写し取っている箇所がある。

写真8.2号竿頭鈴上部の文様で写真7と同じ位置。左から2、3、4番目の矢印形に欠けは     ない。このことから1号から范を写し取って2号を鋳造した可能性はない。写真3     〜8により、1号と2号は兄弟関係であることが分かる。

(15)

写真9. 1号竿頭鈴下部の鈕側の文様で写真10と同じ位置。最上段の縦線のある横帯文様      が中央の外笵分割線を境に右がやや上にズレている。最下段の横帯文様はほとん      どズレていない。

写真10.2号竿頭鈴下部の鈕側の文様で写真9と同じ位置。最上段の縦線のある横帯文様は     中央の外笵分割線を境にほとんどズレていない。

(16)

写真11.1号竿頭鈴下部の鈕の反対側の文様で写真12と同じ位置。最上段の縦線のある横     帯文様が中央の外笵分割線を境に右が約2㎜も激しく下にズレている。最下段の     横帯文様もズレている。

写真12.2号竿頭鈴下部の鈕の反対側の文様で写真11と同じ位置。中央の分割線を境に左     右の横帯文様にズレはみられない。

(17)

写真13.1号竿頭鈴上部の透かし。同位置の2号の透かし写真14と比べるとやや短い。

写真14.2号竿頭鈴上部の透かし。同位置の1号の透かし写真13と比べるとやや長い。

(18)

写真15.1号竿頭鈴下部の鈕と周辺の文様で写真16と同じ位置。鈕の付け根にわずかに     凝固時のガスの窪みがある。最上部の横帯文様とガクの距離が短い。

写真16.2号竿頭鈴下部の鈕と周辺の文様で写真15と同じ位置。鈕の付け根を中心にして     激しい凝固時のガスの窪みがある。最上部の横帯文様とガクの距離が長い。

(19)

写真17.1号竿頭鈴下部の鈕と周辺の文様で写真18と同じ位置。径4㎜の鈕孔は回転工具     で開けられ、穴の角はシャープでわずかな盛り上がりがある。最上部の横帯文様     とガクの距離が短い。

写真18.2号竿頭鈴下部の鈕と周辺の文様で写真17と同じ位置。鈕孔は1号と同じ。最上     部の横帯文様とガクの距離が1号より長い。

(20)

写真19.1号竿頭鈴下部の鈕の反対側周辺の文様で写真20と同じ位置。分割線近くの文様     の窪みも写し取っている。最上部の横帯文様とガクの距離が短い。

写真20.2号竿頭鈴下部の鈕の反対側周辺の文様で写真19と同じ位置。分割線近くの文様     の窪みも写し取っている。最上部の横帯文様とガクの距離が1号よりも長い。

(21)

写真21.1号竿頭鈴下部の鈕の反対側周辺の文様で写真22と同じ位置。凝固時のガスの窪     みが激しい。最上部の横帯文様とガクの距離は2号とあまり変わらない。

写真22.2号竿頭鈴下部の鈕の反対側周辺の文様で写真21と同じ位置。凝固時のガスの窪     みは少ない。最上部の横帯文様とガクの距離は1号とあまり変わらない。

(22)

 After our previous investigation of bronzeight-belled rattl(bronzdiswiteight  prongs and bells), we investigated bronzbell finials witthe aiof analyzing the bronz casting techniques used in ancient Korea. The finials were allegedly excavated i Jukdongri, Gyeongjand arhoused ithe GyeongjNational Museum.  Eight-belled  rattles and bell finials werbotmade ipairs, but becausour research of an eight- belled rattle examined only one of the pair, it could not fully analyze the casting  techniques employed to make two identical bronze products in ancient Korea On  reflection, we examined both of the pair of finials. The similarities and differences  observed between the two finials drew following inferences concerning the casting  techniques.

1. The incised patterns on the two finials match each other. This indicates that the pair   was cast from two different molds formed from same model (master form).

2. The two bell finials have lengthwisseam and crosswisseam, which indicates  that the outer molds probablconsisted of four segments.

3. The inner molds (core) wermade witfollowing procedures. 1. Sand was poured   intthe outer moltbe shape intcores. 2. The sand was divided inttwo sections:  the top section witlittlbronzball inside and the bottom section. 3. The outer mol was removed from the sand molds. 4. The surfaces of the sand molds wershaved off t make the cavittpour molten bronze.  

5. The string holes wermade witkind of bow drills.

   Keywords

 Ancient Korea, Bell finials, Identical pair bronzproducts, Ancient casting technique,   Identical patterns, Multi-part mold

   

I nves t i gat i on  on  t he  Cas t i ng  Techni ques   of Anci ent   Kor ean  Br onz e  Bel l   Fi ni al s  

Har uhi s a  MI FUNE 

ABSTRACT

参照

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