出版者 法政大学沖縄文化研究所
雑誌名 琉球の方言
巻 8
ページ 145‑166
発行年 1983‑12‑20
URL http://doi.org/10.15002/00012729
沖永良部島における口蓋化音の分布域
奥間透
はじめに
真田信拾
知名/g/
noZgi 中agi
sanagi
和泊/z/
nozd5i had5i sanad5i 奄美,沖永良部島の方言は,大きく東部方言
と西部方言とに区分される。その指標のポイン トは卿口蓋イ凶現象の有無である。ここで剛口 蓋化圏と称するのは,
「キ」の子音/k/と力行勧音/kj/,お よび「ギ」の子音/g/とガ行勧音/gj/が,
それぞれ/c/(〔叩),および/z/(〔d5〕)
に変化する現象
のことである。なお,この現象は,東部方言の 特徴であり,西部方言には存在しない。今,東 西それぞれの方言の代表として,和泊町和泊方 言と知名町知名方言とを対照すると,次のよう になる。
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知名/gj/
tugjuO Ogjasa
和泊/z/
tud5uD Od5asa
「けずる」
「苦い」
以上の事象はすでに明らかになっていること ではある。しかし,蝋口蓋化側地点は,厳密に はどの集落とどの集落なのか,それは一本の境 界線で区画されうるものなのか,その間に緩衝 地帯はないのか,すなわち語ごとに泊蓋化‘
の遅速といったことがあるのかないのかなどの 点をめぐっての詳しい情況については未だ不明 なところがあった。
1981年8月および1983年2月に,われわれは,
この島に存在するすべての集落を対象として,
言語地理学的調査を実施したが,ここでは,そ の調査結果の中から上記、口蓋化倒に関わる項 目に焦点をあてて,その分布実態を報告したい と思う。
なお,調査で話者(情報提供者)としてお願 いしたのは,各集落生え抜きの老年層の方それ ぞれ1名である。(諸般の事情で複数の方を対 象とすることもあった。)その方々のお名前は 後でまとめて記す。
知名/k/
kimuZ kibara
nikix
?izkiz sabakiZ giZ-ki
和泊/c/
UimuZ 上jibara
niuiz
?izuiz sabaUiZ d5iui
「心」
「着物」
「いびき」
「ふけ」
「櫛」
「ひばり」
和泊/c/
hauuO
?iuuD tJuQ
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hakjuO
?ikjuO kjuD
?ukja
「書く」
「行く」
「来る」
「お前達」
-145-
資料とその分析 一岨が分布しているが,語形全体から判断する と,この一切iは-kiの変化形ではなく,別語 形とすべきもののようである。これを除くと,
-ki/-町iの分布域には例外はないことになる。
図7は,「書く」に対応する形式の分布情況 である。hakjuO,hakjumu形が西に,haUlum habjumu形が東に対立して分布している。なお,
島の西端域にはhakkimu形がまとまって分布 している。-kju-/一切u-の境界線は前の ki/則iの場合と一致している。
図8は,「行く」に対応する形式の分布であ る。-kju-/-blu-の対立と分布域は図7と ぴったり重なっている。
図9は,「来る」に対応する形式の分布であ る。kju-/bju-の分布域は,やはり図7,図 8の場合とまったく同様,例外はない。
図10は,「お前達」に相当する形式の分布で ある。西部?ukjaに対して,東部?utJaで,そ の対応に例外はない。
図11は,「虹」を表す語形の分布情況である。
ノーギに対応する語形で「虹」が表されている。
-9i/-d5iのそれぞれの分布域は前のk,kj/
tJの場合とぴったり一致している。
図12は,「足」を表す語形の分布である。
〈脛〉に対応する語形で「足」が表されている。
-9i/-.5iの対立とその分布域は図11とぴった り重なっている。
図13は,「樟」を表す語形の分布である。た だし,ここでの「樟」はその卑称である。
sanagiの語源についてはよくわからない。い ずれにしても,-9i/-.5iのそれぞれの分布 域は図11,図12の場合とまったく同様,例外は
ない。
図1は,「心」を表す語形の分布情況である。
当方言では,〈肝〉に対応する語形で「心」が 表されている。(kukuruという語も併存して いるようではあるが。)ki-/ui-が西と東 できれいに対立した分布を示す。
図2は,「着物」を表す語形の分布である。
ただし,ここでの「着物」は普段の着物,いわ ばカジュアルなものを指す。フォーマルなもの は,?iJozというのが一般のようである。
kibaraの語源についてはよくわからない。い ずれにしても,ki-/tJi-の対立とその分布域 は図1の「心」の場合とぴったり一致している。
図3は,「いびき」を表す語形の分布である。
<寝息>に対応する語形で「いびき」が表され ている。-ki/ ̄uiのそれぞれの分布域は,上 の図1,図2の場合とまったく同様,例外はない。
図4は,頭の皮膚に生じる白い垢,「ふけ」
を表す語形の分布情況である。古語のくいろこ〉
に繋がると思われるイリキに対応する語形で
「ふけ」が表されている。古里⑫では,「ふけ」
に対応する。ukiが回答されている。ここは-
kiが-Ujiになるべき地点であるが,巾ukiの
-kiは本来一keに対応するものであること に留意したい。この点については後でも述べる。
図5は,「櫛」を表す語形の分布である。た だし,ここでの「櫛」は歯の粗い櫛を指す。目 の細かい柿き櫛はそのままにkuJiXと言われて いる。sabakiZはく捌き〉に対応する語形であ
る。-ki/-hmの分布域には例外はない。
図6は,鳥の「ひばり」を表す語形の分布で ある。その鳴き声からきたと思われるギーキに 対応する語形で「ひばり」が表されている。-
kiであるぺき地域に2地点(新城58,下城26) 以上の13項目のそれぞれの境界線はすべて完
-146-
全に一致しており,いずれにも例外はない。そ の総合図を図14に示した。
ところで,この線は,現在および過去の行政 区画のいずれにもぴったりとは重ならず,ちょ
うどその中間を走っていることに注目したい。
仁志(54)での情報によれば,この地は和泊方面 からの移住者が多いとのことである。仁志(54)
や瀬名(63)での口蓋化は比較的新しいのではな いか。もし,この推定が許されるとすれば,口 蓋化音の分布域は過去(1857年~1880年)の行 政区画に一致していたと考えることになり,口 蓋化音の発生年代に-つの手がかりが得られる
ことになる。
図17は,「盃」を表す語形の分布である。
-tJiの地点は島北部の5地点に散在するのみで,
大部分の地点では-kiである。このsaXd5iki の-kiが何故口蓋化に抵抗したのかはよくわか らない。「盃」は物自体としてもこの地に古く から存在するもののようである。本士方言の影 響として一tJi>-kiの流れをこの項目に関して だけ想定することは不自然である。どのように 考えるべきなのか,諸賢のお考えをお伺いした
い。
図18は,「着る」に対応する形式の分布情況 である。kjuUkjuXmu形が広く全島をおお っている。島の西端域にはkixmu形がまとま って分布している。注目されるのは,kju-に 対応するはずのtJu-形が東部にもほとんど見 えず,わずか2地点に点在するのみであるとい うことである。先の図9「来る」の場合と対比 していただきたい。すなわち,島北部では,着 る/来るがkjuD/tJuOの対立として同音衝突 を回避する結果となっているわけである。
なお,中本正智氏の観察によれば,上域(07)
では,着る/来るがk?juXm/kjuZmのよう に喉頭音の有無で弁別されている由である(「琉 球の方言」7,1982.11)。われわれの調査では この喉頭音を捕捉しえなかったが,「着る」の kju-が喉頭化音であったとすれば,そのこと が,口蓋化をはばんだ-つの要因であったのか もしれないと思う。この点については,再度詳 しく調べ,改めて考えてみたい。
さて,東西両方言における/k//kj/:/c/,
/g//gj/:/z/の対立には例外が存在しな い如〈に述べてきたが,今回の調査では,実は いくつかの例外も発見されたのである。次に,
その例外項目について見ることにしよう。
図15は,「胡瓜」を表す語形の分布情況であ る。tJi-の地点は島中部の5地点に存在する のみで,大部分の地点ではki-のままである。
この語の語源はく木瓜〉であろう。琉球方言域 ではく木〉が*keにさかのぼることが知られて いる。先に「ふけ」のところでも記したように,
本来のkeに対応するkiには口蓋化が原則とし て見られないようである。例えば,「酒」を表 す語形は全島saki(X)である。したがって,図 15における島中部の5地点でのtJi-は類推に よる新しいものと考えることができよう。
ただし,本来のke(・ge)に対応するki(・
gi)であっても,その前にi音があるときには,
図16の「ひげ」を表す語形の場合のように口蓋 化音が規則的に対応する例のあることを指摘し
ておきたい。
おわりに
以上記述した奄美,沖永良部島の東部域の方 言に特徴的である口蓋化現象は,周知のように,
沖繩島の首里方言などにも見られるものである。
-147-
その音韻的な条件は,首里方言の場合とほとん ど同様である。沖永良部島方言での口蓋化現象 はおそらく沖繩島からの直接的な影響の上に生 じたものと推測される。その成立の時期につい て,本稿で若干触れるところもあったが,その 間のプロセスの追究を今後の課題としたい。
知名町新城 (58)
(07)
(26) 森武市金本川益奥宮栄上平甲林亘武武大勝高泉松 来沢江畑田山西吉村川斐村村平間風里下 女女男女男男男男男男男男男男男女女男男男男男
明31 明30 明31 明40 大3 大15 明38 明30 大5 明27 明44 明43 明38 明40 昭4 明38 明44 明37 明43 明36 明32 明40
ネッ照ゴ秀保賢卜憲二春甫孝秀徳ヨソ男英沖熊秀ヨマ助マ中清正ゥ中栄新茂内富チイ武行栄栄俊
〃上城
〃下城
検志嶺名吉時津久赤正住徳竿
〃〃〃〃〃〃
(90)
(94)
(04)
(35)
(98)
(05)
話者一覧表一敬称略一 調査地点(地点番号)話者名 和泊町国頭(55)西村経明
福嶺哲麿
〃伊延(48)東ツル
〃畦布(95)池野清国
〃西原(08)東伊志郎
〃出花(33)上山宮行
〃喜美留(88)伊地知勇
〃仁志(54)沖信一
〃永嶺(79)河地ツル
”瀬名(63)瀬島健松
”根折(60)栄義綱
〃和 (57)福元島安
〃上手々知名(02)関根隆一
〃下手々知名(46)町田カメ
〃和泊(64)栄寿綱
〃谷山(14)前田ハル
.”後蘭(38)川畑吉男
〃内城(18)池田内義 寺原政夫
〃大城(59)谷山富重
〃玉城(03)伊井中常
〃皆川(92)皆村カネ
〃古里(22)重村俊貞 里村不二枝 知名町田皆(97)田場シズエ 奥間利秋
生年 明39 明43 明34 明37 明40 明40 昭2 明40 明37 明37 大2 明37 明34 明32 明37 明45 大13 明32 大9 大3 明40 大32 明39 明43 明32 明44
性男男女男男男男男女男男男男女男女男男男男男女男女女男
Ⅶ多馴者鞠
上余下屋大〃〃〃〃〃(20)
(45)
(61)
(82)
(49)
(91)
(09)
(56)
(93)
(19)
母良覚子清貧利名屋芦黒瀬知
〃〃〃〃〃
おくま.とおる
(都立瑞穂農芸高校教諭)
さなだ。しんじ
(大阪大学文学部助教授)
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