著者 善本 哲夫
雑誌名 社会科学
巻 41
号 3
ページ 61‑77
発行年 2011‑11‑30
権利 同志社大学人文科学研究所
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012538
《研究ノート》
グローバル生産体制と海外拠点間の技術支援・移転
善 本 哲 夫
昨今の多極化するオペレーションの結果,工場間の関係性も複雑に錯綜する。本稿 はエアコンメーカー部品事業の新設工場に焦点を当て,日常オペレーションの技術支 援・移転フローとオペレーション高度化の知識フローが異なる経路で運動している実 態を考察する。
1 はじめに
本稿はルームエアコンメーカーA社部品事業を事例に,グローバル生産体制の中での 拠点間関係を考察していく。多極化するオペレーションの結果,各拠点がグローバル生 産体制で果たす役割も多様化してきた。本稿は海外工場が別の海外工場に対して技術支 援を行う,またオペレーションの手本や技術移転元となるケースを取り上げ,その内実 と日本国内の工場がどのように関与しているのかを明らかにする。
本稿が焦点を当てる拠点間関係は,昨今日系企業の進出が活発化している中東欧地域 の新設工場と,日本工場(以下,国内工場),日本以外のアジア地域工場のリンケージで ある。3 地域の中で中東欧工場はその設立時期が比較的新しく,オペレーション経験も浅 い傾向にある。中東欧新設工場のオペレーション支援や技術・知識移転に他地域工場群が 1 対多の関係でどのように関わっているのかを考察することで,昨今のグローバル生産体 制の一つの姿を描いてみたい,これが本稿の趣旨である。
およそ新設工場の立ち上げにおいて,日系企業は中核生産事業所と位置づける国内工 場を主体として活動する。こうした傾向はマザー工場論(例えば,中山〔2003〕,山口
〔2006〕)と結びつき,国内工場と海外工場との間にみる海外現地オペレーションの支援や 技術移転のありようが考察されてきた。ところが,海外生産比率の高まりとともに,既 存海外工場が新設海外工場オペレーションの支援・技術移転先となるケースがでてきた。
他方でこうした関係性に国内工場も関与することが多く,それらは一見すると複数の工 場群が複雑に錯綜する関係に映る。
海外工場間の技術支援・移転フローを海外工場の実力アップ成果や「海外工場のマザー 化」といった比較的わかりやすい構図で描くことができれば,拠点間関係も整理しやす い。しかしながら,こうしたフローの背後には主力量産機能の海外移管,日本国内工場に みる現場育成の取り組み,新興生産地域での新規オペレーションの安定化など多様な要 因が絡み合っており,海外工場間での技術支援・移転フローの選択を海外工場のマザー 化成果等といった解釈で整理するのは早急にすぎる。
本稿はルームエアコン用コンプレッサのチェコ新設工場,タイ工場,日本工場を取り 上げ,海外工場間の技術支援・移転が実施された背景を紐解き,その拠点間関係を描い ていく。ケースからは,国内工場が生産機能を強化しようとすればするほど,そのオペ レーションが海外新設工場に与えられた役割や日常オペレーションの実態と乖離してし まう傾向がみえてくる。その結果,新設のチェコ工場は国内工場ではなくタイ工場を具 体的オペレーションの手本とした。国内工場も中核生産事業所であるとはいえグループ 内の拠点間競争圧力下にあり,絶え間ない現場育成と改革が求められている。その結果,
国内の具体的オペレーションが海外工場にとって「特殊になりすぎた」ことが海外工場 間で運動する技術移転の要因の一つとなった。他方で,国内工場がチェコ工場に関与し ないかといえば,そうではない。国内工場はチェコ工場のオペレーションの内実を常時 評価し,タイ工場では補えない長期的なオペレーション高度化領域を支援する。つまり,
国内工場はオペレーション高度化に向けた知識の支援・移転を担うことになる。こうし て,安定的な通常オペレーションと長期的なオペレーション高度化に関する仕込みの支 援・移転フローが異なる拠点から新設工場に向けて運動する。
新設工場に対する支援の一方,国内工場は生産機能としての自らの存立基盤の強化が 大きな課題になっている。タイ工場が新設工場の通常オペレーションの具体的支援を担 うことで,国内工場は自らの能力構築に取り組むことが可能となる。長期的にその成果 は,チェコとタイに移転されていく。
一見すると,我々には日常オペレーションと高度化が異なるフローで運動するケース は冗長的に映る。しかしながら,現在の中東欧地域のような新興海外工場の自律的オペ レーションの実現を目指すならば,その立地特性に合わせて必要とされる移転・支援をど の拠点・生産資源が担うのか,その選択もポイントになってくる。身の丈に合わない技 術移転や支援は,受け入れ先現場の混乱を招きかねない。つまり,国内工場と新興地域
海外工場の間にみる経験格差とオペレーション実態の乖離が大きければ大きいほど,両 者間で無理強いをする日常オペレーションの技術移転・支援フロー形成は,新設海外工 場の自律化を妨げるかもしれない。
海外への主力量産機能の移管と国内生産機能の縮小が 2 系統の支援・移転フローを形 成する引き金ではあるが,各拠点のありようを冷静に受け止め,アジア地域工場と国内 工場がその特性を活かしながら,新設工場が短期的に直面する課題と長期的に取り組む べき課題の解決に向けて分業している姿が本稿のケースから見て取れる。
2 中東欧地域への進出
日系メーカーは欧州市場へのアプローチを加速度的に活発化させている。金額ベース で考える欧州市場は非常に魅力的であり,EU圏内で考える欧州地域は世界でも有数の巨 大市場である1)。しかしながら,日系企業による欧州進出は早かったものの,長らく閉塞 感があったのも否めない。
欧州市場は,旧来の西ヨーロッパ市場だけでなく,EUの東方拡大による中東欧及び西 側ロシア(ヨーロッパ・ロシア)を含む拡大欧州圏を指すようになった。この意味にお いて欧州市場は,市場規模が大きく成熟した市場である西ヨーロッパと未成熟ではある が大きく成長しているロシア・中東欧という二つ市場地域が含まれることになり,この 二つの異なる特性を持った欧州市場にどのようにアプローチするかが日本企業の市場戦 略の大きなポイントになっている。
こうした拡大欧州圏における市場戦略の立て直しに向けて,日系企業は新たな生産立 地オプションを得た。西欧地域から中東欧地域への生産シフトを実施し,同地域を欧州市 場向け製品の生産基地として整備し始めている。例えば,最近では 2010 年に東芝が長ら く欧州のテレビ事業の主力拠点であった英国工場での生産を中止し,ポーランド工場に 集約したケースなどが記憶に新しい。液晶テレビ関連事業に着目すると,中東欧への日 系企業による当該事業の進出が盛んで,液晶モジュールでシャープ(ポーランド),IPS アルファテクノロジ(チェコ),テレビでパナソニック(チェコ),ソニー(スロバキア)
などが現地生産を行っている2)。スペインなど旧来からの生産拠点も持つ場合もあるが,
中東欧が欧州圏内の新興生産地域としてそのプレゼンスを高め,当該地域での生産が日 系エレクトロニクスメーカー欧州事業の重要なポイントになっている3)。
欧州圏での西から東への生産シフトの背景には,中東欧地域の賃金水準に対する魅力
がある(例えば,PricewaterhouseCoopers〔2006〕から借用した図 1 を参照されたい)。
他方で,中東欧への進出が目立つ中,現場では課題も明確になってきた。以下では,中 東欧拠点のありようを考察してみよう。
エレクトロニクス製品の中東欧生産が加速度的に進む一方で,安定した現地生産基盤 の確立がその進出スピードとかみ合っていないことも多い。例えば,シャープやLGは ポーランドでLCDクラスター構想(パネルモジュールやテレビ製品に必要な部品のサプ ライヤーとの協業型生産立地)といえる現地生産の整備を進めているが,パネルは日本・
韓国から(エアで輸送し,ドイツから陸路),電子部品もマレーシアや中国からの輸入と なる等,アジア製造業の支え無しに,東欧スダンドアローンでのオペレーションは難し い状況にある。
筆者による日系電子部品商社であるJ社のチェコ・プラハオフィスへのヒアリングによ れば,電子部品は現地調達が難しいので,アジアから輸入しなければメーカーは生産が成 り立たない状況だという。他方で,現地調達できる部品が増えれば問題は解決されるが,
重厚なアジア製造業のポテンシャルを無視した中東欧オペレーションも現実から乖離し てしまう。優秀なサプライヤーを見つけるのが難しいと同時に,コストや品質を考える とアジアからの輸入を選択せざるを得ないケースが多いという。また,ICをはじめとす る一部の電子部品やモータなど日本や中国でしか手に入らないモノも存在する4)。
アジアから中東欧拠点への部品輸送リードタイムは非常に長い。アジア製造業のポテ ンシャル活用を選択する,あるいはその活用が避けがたい場合は部品在庫問題が大きな 課題となる。部品輸送手段にエアを使えば,リードタイムは短縮されるが,コストがかか る5)。他方,シップを使えばコストは安いが,リードタイムが長い。パイプライン在庫と
図 1 欧州域内の人件費比較
注)PricewaterhouseCoopers〔2006〕『ポーランド投資事情 2008』から借用。
なる海上輸送は長すぎるリードタイムの結果,中東欧拠点における変種・変量への対応 力を落とす。海上輸送の場合,アジアからは約 2 ヶ月の輸送リードタイムがかかる。一 端船積みされたモノは,部品調達でよく表現される「アクセルとブレーキ(所要部材量 のコントロール)」を自分たちでコントロールすることができない。ブレーキをかけられ ない結果,工場稼働率が落ちた場合(また,落とさざるを得ない場合),部品在庫が増加 してしまう。変種・変量への対応力を高めようとも,部品調達問題が解決されない限り,
その現場育成の成果が競争力に結びつかなくなってしまう。
日系企業にとって中東欧で満足のいく現地サプライヤーや協力企業は多くない。また,
サプライヤー育成の方向性もあるが,競争の時間軸がその育成時間を許容しないかもし れない。調達リードタイムの問題があるとはいえ,現実には部品の多様性やコスト・品 質を鑑みると,重厚なアジア製造業の活用は避けがたい状況にある。
部品調達から生じる困難とともに,現場育成における現地オペレーションの課題も大 きい。例えば,筆者によるポーランドでの調査を取り上げてみよう。液晶パネルモジュー ルおよびその部品を生産する日系数社で欠勤率や離職率が問題になっていた6)。この数社 では,良くて 10%の欠勤率,およそ 25 〜 30%の欠勤率を回答するメーカーが多かった。
調査企業進出地域の労働事情にもよるが,工場勤務経験を持つ人材が少ないため,工場 オペレーションの基本を教えるのが難しい,あるいは理解をしてもらえない,ワーカー の習熟が遅い,などの苦労話も聞く7)。この苦労は,現地での量産工場が稼働しはじめた 歴史やオペレーション経験も浅いこと,また,ポーランド語にかかる言語問題も大きな 影響を与えているようである(ポーランド語と日本語の双方ができる現地通訳が少ない,
など)。
Polish Information and Foreign Investment Agencyによれば,ポーランドはイギリス などに比べてジョブローテションや多能工の育成について柔軟があるという8)。しかしな がら,この指摘も「西欧と比べて」であり,多工程持ちやローテーションを実施する場 合には職務明細に事前記述することが必要であり,日系企業の育成方針との噛み合いや 上述したような欠勤率や離職率,工業生産地域としての歴史・経験を考えると,マルチ タスク人材およびマルチスキル人材の育成や確保が困難という状況である。
他方で,チェコはポーランドと事情が違ってくる面も存在するが,共通するのは「量 産」の作業方式に慣れていない地域・国であり,作業者の習熟度アップや技能訓練,多能 工化やマルチタスク化に苦労するという9)。また,チェコでは外資企業の進出が相次ぎ,
現状では労働力確保が難しいという実態がある。現地ワーカーの技能について評価も高
いが,一方では労働力が不足している事情から,チェコであってもウクライナ,ポーラ ンド,ブルガリア,ルーマニア,スロバキアから出稼ぎにきた作業者を採用するケース もあり,この場合,離職率や人材育成に大きな困難を抱えることになる。
西欧に比べた中東欧の賃金水準は低く,欧州圏内での消費地立地とともにコスト競争 力を高めるべくエレクトロニクスメーカーは当該地域への生産シフトを加速させたが,
現地では部品調達,人材育成・確保の点から安定したオペレーション実施に課題が多い。
このように,本稿による中東欧に進出した日系エレクトロニクスメーカーの調査では,ま ずはオペレーションの安定が共通する課題となっている。この意味では,人材育成や部品 調達など中東欧地域と同じく個別課題は多いものの,中国やタイなどアジア地域の海外 工場の方が中東欧地域工場よりも現時点(2011 年)ではオペレーション経験と製造イン フラは充実している。欧州オペレーションの経験を持つため,拡大欧州圏の実態は理解す るものの,日系エレクトロニクスメーカーにとって中東欧は新興生産地域であり,その 生産立脚基盤を整えるにはまだまだ時間を必要とする状況にあるといってよいだろう。
3 エアコンメーカー
A
社のケース3.1 A 社コンプレッサチェコ工場の技術支援・移転
以下では,日系エアコンメーカーA社のチェコ生産拠点について取り上げ,現地オペ レーションのありようをもとに,拠点間の関係性について考察をしていく。本稿では家 庭用ルームエアコンおよびコンプレッサのケースを取り上げ,業務用エアコンおよびコ ンプレッサは除いている。
A社のチェコ進出はルームエアコン事業が 2003 年,コンプレッサ事業が 2005 年であ る。同社は日系エアコンメーカーとしていち早く中東欧地域に進出し,欧州圏での消費 地生産立地を選択した。立地選択は,先述した人件費や労働力確保(進出当時)の容易 性が主たる理由であった。欧州圏内は長らくエアコンの製品としての認知度も低く,市 場規模は小さかったものの,2000 年以降,その販売量は伸びているという10)。
A社のルームエアコン生産拠点は,日本,タイ,チェコにある。コンプレッサ生産拠点 は,日本,タイ,チェコ,中国にある11)。チェコへの進出はルームエアコン生産拠点が 先行し,その後コンプレッサ生産拠点が設立された。完成品と基幹部品の両方で同一地 域内の消費地生産体制を設けたわけである。
以下,コンプレッサ事業チェコ工場の技術支援・移転のありようを述べていく12)。チェ
コ工場はA社 100%出資の生産子会社形態をとり,同社のルームエアコン事業チェコ工場 への基幹部品供給拠点としての位置づけである(ルームエアコン用コンプレッサ生産開 始後,業務用コンプレッサの生産を開始し,A社の他地域欧州工場に出荷している)13)。 コンプレッサ事業チェコ工場は日本やタイの完成品工場への出荷を行っていない。
チェコ工場の立ち上げにおいて,A社は日本工場を中核生産事業所としながらも,現 地ラインや量産オペレーションの手本をタイ工場とした。チェコ工場はタイ工場の生産 ラインと類似したラインとなっている。同社の最新鋭の設備はタイ工場にあり,そのラ インはワークの搬送・ハンドリングを人作業中心にするなど,タイの人件費を考慮した アレンジになっており,そのアレンジをベースにチェコのラインは設計された。つまり,
チェコ工場のラインはタイ工場の改良型ラインといってよい。このように,設備が最新鋭 であること,また欧州圏内では比較的人件費の低い中東欧の労働事情を考えた結果,オ ペレーションの手本をタイ工場とした。
タイ工場の現地メンバーがチェコ工場の立ち上げ支援を行った(品質管理や生産技術 部隊など)。また,チェコ工場の組長をタイ工場に 3 ヶ月の研修に送り出すなど,海外拠 点間で人材交流や技能訓練を実施している。タイには技能訓練センターがあり,ここで基 本技能(例えば,トルク管理など)に関するトレーニングが可能である14)。このように,
チェコとタイの関係性は深い。また,タイ工場からの支援やタイ工場での研修が行われて いる。また改善事例についても,タイとチェコで直接やりとりして情報共有を図ってい る。例えば,チェコ工場には「ものづくり道場」があり,タイで研修を受けたワーカー が,この道場で他ワーカーへの指導者の役割を担ったり,タイの改善事例を実践したり する。
3.2 チェコ工場と国内工場
以下,コンプレッサ事業に焦点をあて,チェコと国内の拠点間関係についてみていこ う。先述のように,中東欧は「量産」の作業方式に慣れていない地域・国であり,同社 の進出先でも同じく作業者の習熟度アップや技能訓練,多能工化やマルチタスク化が容 易ではない。国内工場のラインや取り組みをダイレクトに導入できるほどチェコ工場の 現場人材が習熟していないこと,またA社の生産思想を理解する現地採用人材が少ない。
同社の日本工場は国内生産の存続や生産機能強化,現場育成に積極的で,同社の生産思 想やコンセプトを色濃く反映した現場である。当該現場の取り組みを新興生産地域であ る中東欧拠点に導入することは難しく,またチェコ工場が国内工場を手本にすることは
容易ではない。同社では実際のところ,製造は単能工中心で教育し,1 つのプロセスの徹 底した習熟を狙った。
しかしながら,国内工場がチェコ工場のありように影響力を持たないわけではない。
チェコ工場でキーマンと考えられる人材を日本工場に送り,研修を受けてもらう。そこ では,同社の生産思想に関する基本的な考え方の指導を行う。研修を終えたキーマンは,
そこでの内容を持ち帰り,チェコ現地メンバーにブレイクダウンしていく。例えば,完 成品であるか,部品であるか,また国内外に関わらず,A社ではオペレーションのありよ うを評価する指標として,生産リードタイム短縮を重視する。リードタイム短縮のため に「なぜ仕掛かり在庫を減らすのか」といった内容をじっくりと現場に伝播させていく。
また,タイ工場の改善事例などを導入する一方で,労働編成のありようや工数削減などの 効率化や生産性向上については,「国内工場」が指導者となる。例えば,国内工場は現場 の実態を把握するために,「モノと情報の流れ図」を作成するが,当該流れ図をチェコ工 場の現地作業者が自ら作成することができることを現場育成の一つの目標とする15)。オ ペレーションの現状とA社の理想とする姿の距離感を現地作業者が自ら測ることで,オ ペレーション高度化に向けて現地が自律的に活動できるよう,その土台作りを国内工場 が支援する。
このように,チェコ工場が「A社らしいオペレーション」を実践できるよう,国内工場 は支援する。つまり,同工場の手本はタイ工場でありながらも,オペレーションの高度化 は国内工場が面倒を見る。国内工場のラインが手本とならないのは,チェコ工場と国内 工場の生産機能として求められる役割が違っているためである。A社内において国内工場 は小ロット多品種である一方,チェコ工場は少品種の安定した量産を第一の使命とする。
つまり,国内工場における変種・変量対応能力向上に向けた現場改善のありようや取り 組みが,チェコ工場に与えられた量産機能とは別の次元で運動しており,チェコが参考 にすべきはタイ工場であった,というわけである。
先述のチョコとタイの関係,チェコと国内の関係を整理してみよう。チェコのコンプ レッサ工場の日常オペレーションの手本や技術移転・支援元はタイ工場となっている一 方,国内工場が新興生産拠点である同工場に対する同社生産思想の研修場所であり,また オペレーション高度化に対する指導者として一貫したA社流オペレーションの考え方を 提供する。つまり,タイ工場が技術移転・支援センターとなり,日常的なオペレーショ ンや定型的な基本技能,作業標準のありようについて面倒を見る一方,国内工場はA社 の生産思想や非定型的な技能,ライン改革・改善の方法論等に関する面倒見を受け持つ。
チェコ工場と結びつく基本的な工学的知識体系の移転・支援フローはタイ工場との間で,
A社が追求するオペレーションマネジメントの知識フローは国内工場との間で運動して いると解釈できる(図 2)。
4 本稿事例の検討:海外工場間技術支援・移転フローの背景
A社コンプレッサ事業の主力量産拠点は,タイ工場である。タイ工場はルームエアコ ンの国内工場,チェコ工場への供給も担っている。コンプレッサ・チェコ工場が立ち上 がって以後,ルームエアコン・チェコ工場に対するコンプレッサ・タイ工場の供給は少 なくなっている一方,ルームエアコン国内工場で使用するコンプレッサのほとんどはタ イ工場が供給している。
高級機種や新機種向けのコンプレッサ供給を国内工場が担うものの,そのボリューム は小さく,同工場のグローバル生産体制における生産機能としての基本的役割は,タイ工 場生産分をベースとする日本向けコンプレッサの変動吸収にあり,「量産機能」としては 最も小さい規模となっている。海外工場間技術支援・移転フローの背景には,こうしたグ ローバル生産体制における国内工場の「生産機能」としての役割が大きく影響している。
生産体制上,変動吸収が国内工場の役割である以上,変種変量対応能力を高めることが そのオペレーションのプライオリティとなる。
こうしたケースはA社特有のことではない。特にエレクトロニクス企業では,中国を中 心にアジア地域の工場を日本向け,あるいはグローバル向け製品の主力量産拠点化する 結果,国内工場の量産機能を縮小させる傾向が強くなっている。規模は縮小するが,1990 年以降のエレクトロニクス企業は国内生産を堅持しようと努力してきた。こうしたメー
図 2 A 社のチェコ工場支援体制
䝏䜵䝁ᕤሙ
䝍䜲ᕤሙ
᪥ᮏᕤሙ
᪥ᖖ䜸䝨䝺䞊䝅䝵䞁㐙⾜䛻ᚲせ䛺 ᕤᏛⓗ▱㆑య⣔䛾ᨭ䞉⛣㌿
䠄▷ᮇⓗၥ㢟ゎỴ䠅
⌧ሙ⬟ຊ䜰䝑䝥䛻ᚲせ䛺 䜸䝨䝺䞊䝅䝵䞁䝬䝛䝆䝯䞁䝖▱㆑
䠄㛗ᮇⓗၥ㢟ゎỴ䠅
カーは高生産性を実現するよう国内の現場育成に力を注いでいる。特に,需要変動への対 応力を高めようと,生産のフレキシビリティを高める取り組みやリードタイム短縮に向 けた改善活動などを積極的に展開する。豊富な品揃えを確保しながら,低コスト生産を 追求する,多品種・大量生産の確立が体質改善の大きな目的であったともいえる16)。一 個流しや小ロット生産へのチャレンジとライン設計,それに伴う多頻度・小ロット・後 補充による部品供給など,主力量産拠点はアジア拠点になっているが,こうした体質改 善のコンセプトや思想的支柱,知識が国内工場で生まれ,また蓄積されている。
1990 年以降,エレクトロニクス企業に限らず,多様なメーカーがトヨタ生産方式(以 下,TPS)の導入に熱心であった。セル生産をはじめとする作業方式の改革にみるよう に,各社が競うように一人組立生産へのチャレンジやコンベアの撤去を実施し,また,国 内外でハイエンド機種とミドル・ローエンド機種とで棲み分けを行うなど,グローバル 生産体制における「国内工場」の役割を模索している。
エレクトロニクスメーカーで普及,導入が加速したセル生産等に代表される国内工場 の変革は,鈴木〔2003〕が指摘するように「多品種化,需要変動,製品寿命短縮」への 市場変化と,ボリュームゾーンセグメントにある製品の海外生産移管による国内工場の 多品種化と新製品多頻度投入の加速によって,その対応を余儀なくされた結果であると いえる。加速する海外生産移管と変種変量短寿命にみる製品市場特性の変化が,既存フ ローショップ型組立方式の限界を露呈することになり,新たな生産方式に向けてステッ プすることなしに,国内生産の堅持や国内工場として海外工場に対する優位性が保てな くなっている。
しかしながら,A社のケースにように,他方では国内工場が新たな取り組みや改善に励 めば励むほど,また改革を進めれば進めるほど,そのありようが海外オペレーションの実 態と乖離することもありうる。国内工場は生産事業所である以上,大木〔2010〕が指摘す る国際的な「拠点間競争」の影響を受ける17)。国内工場も拠点間競争に参加するプレー ヤーの一人である。国内工場は海外工場よりも優位性がないと判断されれば,グループ内 における「生産機能」としてのその役割は終わりを告げられる。先述した国内工場の現場 育成への取り組みは,主力量産拠点の海外シフトの中で同現場に求められる生産機能の 強化とともに,その存立基盤の強化でもある。国内空洞化問題の議論渦中にある国内工 場の多くは,海外工場との拠点間競争の圧力下でQ,C,T(品質,コスト,リードタイム)
にみる現場パフォーマンスを高め続けることが求められている。
また,国内工場の生産機能強化は,その生産品目と生産立地の関係からも要請されて
くる。本稿の事例を取り上げよう。A社ルームエアコン事業国内工場で生産されるハイエ ンドモデルは,海外にも輸出されている。コンプレッサ事業国内工場はタイ工場との拠 点間競争に身を置きつつ,ハイエンドモデル用コンプレッサの生産継続が目下のところ 要請されており,常に現場能力向上に向けた様々な取り組みを実施しなければならない 状況にある。生産品目がハイエンドモデル用(ハイエンド機種)であっても,そのこと でQ,C,Tパフォーマンスの現状維持が許容されるわけではない。
以下,本稿のケースを整理してみよう。A社コンプレッサ国内工場はタイ工場生産分の 変動吸収と国内立地にかかる生産品目の 2 つの拠点特性から求められる生産機能的役割 の強化に向けて多様な活動を実施している。その結果,国内工場のオペレーション実態 をチェコで目指すオペレーションの姿や現地事情に照らし合わせると,作業者の習熟度,
多能工化や多工程持ちのありよう,自動化率,それをベースにした現場改善の取り組み 等は「特殊」なものとなり,新設工場が手本とするにはオペレーションのハードルが高 すぎたともいえるだろう。つまり,直接的な技術支援・移転は海外量産拠点間で行うの が現実的であった。
他方で,A社の国内工場に求められている役割とは違う要因も,チェコ-タイ間のフ ローに絡んでいる。昨今のエレクトロニクスメーカーでは,大規模な戦略的量産拠点とし て重点投資する海外工場設立が目立ってきた。こうした海外拠点には,日本とは違った使 いこなし方の設備や新たな技術が導入されるケースが想定される。A社のコンプレッサ生 産の海外展開も,この流れにあるとみてよい。A社コンプレッサ事業の最新生産設備はタ イにある。A社国内工場は古い設備を使いこなし,かつマン・マシンの運用効率を高める ことで職場力を高めてきた。既述したように,国内工場とタイ工場ではオペレーション のありようがすでに違っており,かつ生産技術やマン・マシンの姿が違う結果,2 つの工 場の製造作業者が蓄積するオペレーションノウハウは違ってくる。すでに述べたように,
チェコ工場の量産ラインには,タイ工場と同じく最新の生産設備が導入されているハー ド的要因とともに,タイ工場がその生産設備を使いこなし,かつA社グループの主力量 産拠点として製造作業者の育成によって高い現場パフォーマンスをみせていることもポ イントになっている。
以上のように,A社グループ内のコンプレッサ国内工場の立ち位置を中心に,チェコ工 場が必要とする日常オペレーションレベルの技術支援・移転元がタイ工場となった背景 をみてきた。他方,すでに述べたように国内工場がチェコ工場のオペレーションにまった く関与しないわけではない。国内工場のオペレーションレベルにみるチェコ工場への支
援・指導は,新興生産地域製造作業者から日常オペレーション遂行以外の新たな生産サー ビスを引き出す目的があるともいえる。同じ物的・人的資源であっても,局面の違いに よって異なる資源と組み合わされ,また違う目的で利用することが可能であり,そこから 引き出される活動も違っている。資源は潜在的なサービスの束であり,人的・物的のどち らでも異なるサービスとサービスの集合をもたらすことが可能である(Penrose〔1995〕)。
これらサービスは国内工場による日常オペレーション遂行能力とは違った改善能力構築 の支援によってチェコ工場の製造作業者から引き出される。つまり,A社はチェコ工場の 日常オペレーションに求められる基本技能等の習得や訓練はタイ工場に任せ,国内工場 による支援を長期的な現場能力向上に寄与する潜在的サービス利用のトリガーとしてい る。
このように,国内外工場が新設工場に対してそれぞれ日常的量産オペレーションの技 術支援・移転フローとオペレーション高度化の知識移転フローで役割分担しているとい える。国内工場はA社工場群の中で特殊なオペレーションとなっているが,タイ工場に 日常オペレーション支援・移転を任せることができているため,その特殊オペレーション そのものが海外工場オペレーション高度化のためのトライアルや知識蓄積活動にもなっ ている。
5 おわりに
国内工場が置かれている環境は,厳しい。中核となる人的資源が日常オペレーション レベルの課題解決で海外工場に配分される状況は,国内工場が生産機能として果たすべ き自らのオペレーションとは関係しないコスト負担でもあり,マンパワー配分の減少を 意味する。本稿のケースでは,タイ工場が技術支援・移転センターであることが国内工 場にとって重要な意味を持っている。多くのオペレーション経験を積み,人材が育って いる海外量産機能の存在は大きい。海外生産立地が多極化するにつれ,中東欧のような 新興生産地域に立地する工場と国内工場との間には,大きなオペレーションの経験格差 が存在する。この経験格差は,単純に工場の設立年度の差に還元できない。生産存続の 危機感と生産機能たる使命感をもって国内工場が現場強化に取り組む具体的な諸方策実 施が,労働事情等の地域特性が色濃く反映される真新しい新興生産地域工場との経験格 差をさらに広げていく。その結果,A社事例にみるように,生産思想は共有しながらも,
国内工場とチェコ工場の具体的オペレーションの姿には,物理的に埋めきれない隙間が
生まれてくる。オペレーションの安定化が極めて重要な「新興海外工場」と「国内工場」
に対してグローバル生産体制下で求められる役割の違いが,隙間の是正を難しくする。A 社のこうした拠点間の隙間を埋めたのが,タイ工場であった。
製品・市場特性の影響やメーカーの事業戦略の結果,国内外拠点のオペレーションの形 が多様性をもつようになれば,技術の送り手と受け手をマッチングさせるためにも,手 本や模倣対象は変わり,また必要に応じて基本となる生産プラットフォームや生産思想 の移転・支援と具体的に詳細設計されたオペレーションの移転・支援は,異なる拠点間 フローとなって現れるだろう。
海外に主力量産機能を移管した結果,国内拠点で技術者や作業者が量産経験を積み重 ねることが困難なメーカーの場合,生産技術は国内で開発・設計される一方で,量産オ ペレーションノウハウが国内で蓄積できず,それらが海外量産工場に偏って蓄積される ケースが出てくるだろう18)。また,最近は国内よりも中国やASEANのローカルスタッ フの方が,量産工場の育て方やオペレーションについて経験を積んでいるというケース も少なくないことが想定される。そのため,量産機能で参照すべき問題解決策やオペレー ションノウハウについては,日本よりもアジア拠点を見た方が早いという場合が出てく るだろう。海外工場の競争力を考えるに当たって,拠点自立化や自律的成長が大きな評 価軸となる(吉原〔1983〕,曺〔1994〕)。A社のケースは一見すると,日常オペレーショ ンの支援・移転フローとオペレーションマネジメント知識フローが異なる経路であるた め冗長的に映るが,支援・移転内容のミスマッチを避ける 2 系統のフローが,チェコ工 場の自律化にとって好ましいことであった。
国内工場は指導を通じて,チェコ工場の能力の高低や内実の評価を行っている。この指 導や評価は,チェコ工場のみならず,タイ工場に向けても実施される。量産機能の規模は 小さくなっているが,A社が目指すオペレーションの姿が海外工場でどの程度実現され,
また現状がどうであるのか,その評価と管理を国内工場が担っている。海外工場のオペ レーションと現場パフォーマンスの実態を評価する能力無くして,オペレーション高度 化の指導は困難である。
多くのメーカーが生産性指標や品質指標から工場をランク付けするなど,多極化する 各拠点の実力を評価し,比較する19)。こうした評価と管理によるグローバルオペレーショ ンのコントロールを国内工場が果たしている。すでに主力量産機能が海外移管している 現状の中で,国内工場が中核生産事業所として位置づけられる意味は,海外工場に比べ た技術優位要件やオペレーション高度化の各種方法論や取り組みのありようを満たすこ
とで,ホームドクターとして海外工場を診断し,自らの知識で「あるべき姿」の実現に 向けて指導することにある。我々は忘れがちであるが, A社をはじめ多くのエレクトロニ クスメーカーの事業部機能は工場機能と物理的な立地や中核人材を共有する一体不可分 の形態をとり,国内工場は事業部直下の立地にある。「特殊」なオペレーションであって も,生産機能を存続させ,かつ強化することに注力する環境を作り上げることによって,
国内工場の海外工場に対するオペレーション評価能力の維持,向上とオペレーション高 度化指導のための知識蓄積が可能となる。中東欧新設工場に対する日常オペレーション 支援を海外工場に任せているA社は,こうした環境下にあるともいえる。つまり,A社 の 2 系統フローは既存海外工場資源の有効活用であるとともに,国内工場によるオペレー ション高度化知識蓄積と評価能力構築を促すことを可能にしていると評価できる。
昨今,量産機能の海外シフトが進む中での日本エレクトロニクスメーカー各社国内工 場の機能的特性をみると,生産よりもオペレーションレベルの管理・統括を担う事業部機 能としての役割が色濃くなってきているように映る。生産資源が多極化して存在してい る昨今,技術移転・支援のありようも複雑化していく。新興生産地域への進出に見られ るような海外生産の伸張に応じて,各地の既存資源から引き出すべき活動も多様化する。
「何が,どこで,どの程度必要か」,また,「どこが,何を,どの程度持っているのか」な ど,各拠点の機能的特性と実態を把握し,それらを旨く組み合わせることがグローバル 生産体制の総合的競争力にとって重要な案件となってきている。限られた国内工場の生 産資源を海外工場に対する日常オペレーション支援業務から解放し,国内生産機能強化 に振り向けることができる体制は,オペレーション高度化知識蓄積の素地となるだけで はなく,グローバル生産体制におけるオペレーションレベルの管理・統括を支える評価 能力構築の土台ともなる。主力量産機能の海外シフトと海外工場間で運動する技術支援・
移転フローをその表層から眺める限り,国内工場の行く末が懸念される。しかしながら,
A社ではそれらを活用することで,国内外拠点がそれぞれの得意技を磨くことができる ようになっている。A社国内工場は「量産機能」としては中核拠点ではなくなる一方で,
グローバル展開するコンプレッサ事業全体でのオペレーション高度化と競争力強化で果 たすべき役割は大きくなっている。
本稿は新設工場のオペレーション支援について一見すると錯綜してみえる拠点間の関 係性を短期的に直面する課題と長期的に取り組むべき課題の解決の側面から整理し,ア ジア地域工場と国内工場がグローバル生産体制下で与えられた役割とその特性を活かし ながら分業している姿を描いてきた。
※本稿の作成にあたって,科学研究費補助金若手研究(B)「新興生産地域間の技術移転及び製造 リンケージの動態的分析」(研究課題番号:22730320),基盤研究(B)「新興国地域における製造 業の市場戦略と組織能力の動態的分析」(研究課題番号:22402030)から財政的援助をいただい た。
注
1 )例えば,日本貿易振興機構〔2007〕を参照されたい。
2 )自動車産業でもチェコなど中東欧での現地生産が増加している。日系企業による当該地域 への加速度的な進出を背景にして,日系FAメーカーもFA機器や産業用ロボットのサービ ス拠点を設立しはじめている。例えば,三菱電機のチェコやポーランドにFAセンターと呼 ぶ拠点などである。三菱電機中東欧FAセンター(チェコ)へのヒアリングによる(2009 年)。
3 )例えば,シャープはスペイン・バルセロナとポーランド・トルンの 2 拠点で液晶テレビを 生産しているが,欧州圏の主力量産拠点は後者である。筆者のシャープトルン工場へのヒ アリングによる(2008 年)。
4 )電子部品商社B社(2007 年)および日系エアコンメーカーA社(2009 年),日系テレビ メーカーC社(2008 年)へのヒアリングによる。
5 )輸送リードタイムを重視する取り組みとして,ソニーサプライチェーンソリューションの 取り組みが興味深い。中国製造業を活用すべく,部品を上海港から海路にて大阪港に輸送 し,そこから陸路トラック(保税輸送)にて関西国際空港へ郵送,当該空港からエアで欧州 メイン空港に運び,そこから陸路トラックで中東欧拠点に至るルートを確立している。上 海港から欧州メイン空港には最短で 3 日のリードタイムだという。以上は,『CARGO臨時 増刊号中東欧・ロシア特集』3 月,2007 年,の事例による。
6 )離職については,ポーランドの制度として失業保険や生活保護が手厚いという事情もある という。例えば,半年勤務して離職し,半年の失業保険をもらうなど,といったケースも あるという。また,現地採用者が農業と兼業しているケースも多く,こうした就業形態も 離職率や欠勤率に影響しているようである。
7 )これは日系のみならず,ポーランドやチェコに進出した韓国企業の自動車,エレクトロニ クス企業での現地ヒアリングでも同様であった(2009 年現地調査)。
8 ) Polish Information and Foreign Investment Agencyへのヒアリングによる(2008 年)。
9 )日系自動車用電子部品メーカーD社(2009 年)および日系エアコンメーカーA社(2009 年)のチェコ生産拠点でのヒアリング,本文中で取り上げた液晶パネルモジュール用部品 メーカー数社のポーランド生産拠点でのヒアリングによる(2008 年)。
10) A社へのヒアリングによる。また,2003 年の記録的猛暑が普及を加速させたという。
11) A社の買収先工場や技術提携による生産委託工場は除いている。
12)コンプレッサ事業とは違い,チェコルームエアコン工場のオペレーションは日本工場を手
本としている。同事業が「マザーライン」と呼ぶ効率的な量産ライン構想の構築が国内工場 内で進められ,このラインがチェコ工場に展開された。同社のエアコン生産ラインは一個流 し混合生産(順位同期化)を基本とする。このコンセプトは国内工場も海外工場も同じで ある。チェコ工場は工場レイアウトを含め,A社の改善ノウハウを結集させた生産拠点と位 置づけられている。時間をかけたラインシミュレーションが実施され,また現地ワーカー の習熟時間短縮を実現するため作業指示書のデジタル化などが国内工場内で行われた。こ の成果がチェコ工場に導入された。チェコ工場は同社の生産拠点として最も新しい。その 結果,同社が考える最適効率生産のありようが色濃く反映されたライン設計が行われてい る。両事業の違いは,完成品と部品における国内工場及び新設工場のそれぞれの位置づけ や生産品目の仕様・品種多様性の違いなどがあると思われる。
13)チェコ工場が同社ルームエアコン事業チェコ工場に全量を供給しているわけではない。
ルームエアコン生産拠点はタイ工場からもコンプレッサの供給を受けている。
14) A社タイ工場のヒアリングによる(2008 年)。
15)チェコ工場では粘り強く指導した結果,現地作業者が「モノと情報の流れ図」を作成する ことができるようになってきた。流れ図を作業者自身に作成させる目的の一つは,短期的 なパフォーマンス向上のみならず,チェコ工場現地作業者によるA社生産思想の理解を促 し,長期的な現場能力構築サイクルを現地で確立させることにある。
16)ニーズ多様化に対する品揃え(多品種化)と同時に,現代企業は低コスト化を実現しなけれ ばならない。ロットを小さくし,頻繁な機種変更を行うものの,ベースは量産であり,多 品種・少量生産の「少量」はロット数を表現したものであり,岡本〔1995〕が指摘するよ うに,現代企業の生産システムの特徴は「多品種・大量生産」といえる。
17)こうした拠点間競争が国内工場の優位性再構築を促進すると大木〔2010〕は指摘する。
18)エレクトロニクスメーカーでは,国内量産機能の強化に取り組んでいる一方,変種・変量 生産のために,非正規雇用による労働のフレキシビリティ確保にも大きく傾斜した傾向が 強い。その結果,生産技術や製造技術のエンジニアとは別に,製造作業者による現場ノウ ハウの職場内蓄積が困難なケースも出てきているように思える。例えば,あるメーカーは,
国内工場の量産オペレーションの大半を請負会社に委託した結果,海外進出に際し,現地工 場に移転すべきオペレーションや現場管理ノウハウをどのように確保すべきか課題になっ ていたようにみえる。
19)例えば,各拠点のパフォーマンス(生産性,品質など)を元に,実力ランキングを作成す るなど,である。ただし,工場によって生産するモデルが異なれば,その製品特性や機種 切替えの多少などによって異なる補正係数を適用したり,補正係数を変動させる場合があ る。
参考文献
中山健一郎〔2003〕「日本自動車メーカーのマザー工場制による技術支援―グローバル技術支援 展開の多様性の考察―」『名城論叢』第 3 巻,第 4 号。
日本貿易振興機構〔2007〕「見直される欧州の魅力−日本企業はビジネス強化へ」『ジェトロセ ンサー』2007 年 2 月号。
岡本博公〔1995〕『現代企業の生・販統合』新評論。
大木清弘〔2010〕「国際的な機能配置選択に伴う拠点間競争の効果:競争圧力による本国拠点の 優位再構築」東京大学ものづくり経営研究センターDISCUSSION PAPER SERIES No.
320。
Penrose, Edith.〔1995〕The Theory of the Growth of the Firm, 3rd edition, Oxford University Press.(日高千景訳〔2010〕『企業成長の理論』第 3 版,ダイヤモンド社。
曺斗燮(1994)「日本企業の多国籍化と企業内技術移転―「段階的な技術移転」の論理―」『組 織科学』Vol.27 No.3.
鈴木良始〔2003〕「セル生産方式の普及と市場条件」『同志社商学』第 54 巻,第 4 号。
山口隆英〔2006〕『多国籍企業の組織能力―マザー工場システム』白桃書房。
吉原英樹(1983)「蓄積型経営―海外工場に移転された日本的経営―」『国民経済雑誌』Vol138, No.3.