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体制崩壊の政治経済学−東ドイツ一九八九年−

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M_Otsuka_Diss. Abs.

I

体制崩壊の政治経済学−東ドイツ一九八九年−

早稲田大学大学院  大塚  昌克 要  旨

これまでの東ドイツ体制崩壊研究の多くは、その分析の焦点を市民側(すなわち、抗議 行動の生成・発展)、あるいは体制側(すなわち、権力システムの麻痺・瓦解)のいずれか 一方の次元にしかあててこなかった。しかし本稿は、この事件のより精緻な理解には、抗 議行動の生成・発展と、権力システムの麻痺・瓦解という二つの過程を連携的に分析する 必要があると考えた。この文脈において本稿は、従来の多くの諸研究とは異なり、市民側 および体制側内部に展開するそれぞれの力学を統合的に考察することを試みる。

また、本稿は、ミクロ基礎の合理的選択論に立脚しつつ、一九八九年秋の東ドイツにけ る

SED

体制の崩壊過程の体系的説明を試みる。われわれの説明モデルでは、東ドイツの体 制崩壊過程は、独裁的な体制側と、それに対する不定形な抗議者との間の戦略的相互作用 として解釈される。そして本稿は、この体制崩壊過程を、マクロ・ミクロの二重構造を形 成するゲームのアリーナに展開する、それぞれのプレイヤーの費用・便益計算に基づきなさ れた決定の連続として解釈する。

東ドイツにおけるそれを含め、一九八九年の東欧における体制崩壊は、主として国内要 因のみで惹起された、従来の多くの体制変動とは明らかに異なっている。すなわち、この 一連の体制変動では、マクロ・国外的な諸要因が重要な役割を演じた。本稿が事例研究と して取り上げた東ドイツでは、同盟国の政策変更に見られるような外的要因の影響を受け て、体制側および抗議者側のそれぞれの戦略的行動が変化していった。東ドイツを含めた 東欧諸国の場合、特にソ連およびワルシャワ条約機構軍の介入の可能性という変数は、体 制側の抑圧戦略を促進し、抗議者側の挑戦戦略を抑止する効果を有していた。それゆえ、

この脅威が低下することにより、体制崩壊ゲームの開始条件の一つが達成された。その意 味で、マクロ・外的要因は、東ドイツにおける体制崩壊過程においても無視できない役割 を演じたと言える。

しかし本稿は、このような外部要因の強力な影響にもかかわらず、東ドイツの体制崩壊 過程を理解するためには、国内的文脈にこそ焦点を当てることが肝要であると考える。本 稿が取り上げた事例国では、体制は現状維持に固執しただけでなく、莫大な費用を要する としても、改革や譲歩を忌避しようとした。それにもかかわらず、ほとんど難攻不落のよ

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II

うに見えた体制は、無力と思われた市民による抗議行動の急激な高まりに直面して、一気 に崩壊した。本稿はその力学を、方法論的個人主義に立脚した臨界量・閾値モデルという 理論的観点から説明しようとする。

本稿は、大衆抗議行動の発展を、異なる選好と行動様式を持つ人々が、期待効用に関す る計算を更新しつつ、抗議行動への関与の「臨界量」を段階的に達成する力学によって説 明する。すなわち、潜在的抗議者である市民は、抗議行動の規模の拡大によって、体制に よる否定的制裁からの保護を確保すると同時に、効果的な政治的変化を起こすことができ るという期待を増大させることができた。その結果、抗議行動がドミノ状に拡大した。一 方、体制側は、この過程とは逆に、体制内分子の離脱により急速に空洞化され、そして体 制中枢の質の低い意思決定ともあいまって、最終的に市民の前にそのひざを屈した。以上 の よ う な 本 稿 の 分 析 は 、 東 ド イ ツ に お け る 共 産 主 義 体 制 の 崩 壊 が 、 い わ ば 「 力 無 き 者

(Powerless)による革命」であったことを傍証するものとも言える。

以上

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