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行動分析学の視点から「アクティブ・ラーニング」 を見直すとどうなるか?

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行動分析学の視点から「アクティブ・ラーニング」

を見直すとどうなるか?

~「行動」に着目することで、失敗しないための指導ガイドライン案~

How to look at "Active Learning" from the perspective of a Behavior Analyst : One Idea of Teaching Guideline that Makes Class Management Successful by Focusing on "Behavior"

三田地 真実(法政大学大学院公共政策研究科兼任講師)

キーワード

アクティブ・ラーニング、行動分析学、学生の行動、教師の行動、相互作用

要旨 本論では、心理学の一分野である「行動分析学」の視点から、現在高等教育においても導入す ることが推奨されている「アクティブ・ラーニング」を見直すとどのような課題が見出せるか、

また、それを踏まえて失敗しない「アクティブ・ラーニング型の授業」の実践を行うにはどうし たら良いかについて整理した。その結果、授業の際に目の前の学生の行動に着目し、教師との相 互作用のフレームの中で学生にどのような行動を獲得させたいのかを明確にすることが、目指す

「主体的な学び」につながるのではないかと結論付け、それに基づく指導プログラム案を提示した。

1.はじめに

  ―「主体的に学ぶ」とは?

  「アクティブ・ラーニング」とは?―

 我が国の教育には、「自分から進んで勉強す る」、「主体的に学ぶ」など「主体性を持った学 習に関する行動」を良しとする暗黙の価値観が 根強くある。例えば、2012年8月に発表された 中央教育審議会答申「新たな未来を築くための 大学教育の質的転換に向けて」の副題は「生涯 学び続け、主体的に考える力を育成する大学 へ」(下線筆者)であるし、初等中等教育の学 習指導要領の中においても繰り返し「主体的に 学習する」ことの大切さが強調されてきている

(文部科学省, 2008a;文部科学省, 2008b)。

 2012年の中央教育審議会答申では「従来の ような知識の伝達・注入を中心とした授業か

ら(略)学生が主体的に問題を発見し解を見 いだしていく能動的学修(アクティブ・ラー ニング)への転換が必要である。」(文部科学 省,2012,p.9,下線筆者)と今後の高等教育 に「アクティブ・ラーニング」を実践すること が明確に推奨された。さらに、初等中等教育に おいても2014年11月に中央教育審議会への諮問 として提出された「初等中等教育における教育 課程の基準等の在り方について」の中で「アク ティブ・ラーニング」という文言が登場した。

 過去のアクティブ・ラーニングの活動例とし ては、コメントシートのような簡単なものから、

大人数授業でも活用可能なクリッカー、学生の

「主導性」をさらに高めた、プロジェクトベー ス学習(Project-Based Learning)、問題解決学 習(Problem-Based Learning、「問題基盤型学 習」、「問題に基づく学習」とも訳される)など

(2)

が紹介され、実際にこれらの実践例も多数報告 されている(溝上,2014)。実際、高等教育に おけるアクティブ・ラーニングに関する論文は、

2000年代になって見られてくるようになってお り(溝上, 2014)、高等教育の領域ではここ最近 注目されてきているテーマと言えよう。この点 について須長(2010)は、アクティブ・ラーニ ングが日本の大学教育において注目を集めつつ あるのは、それが「今日の大学が抱える諸問題 について(略)何らかの示唆を与えてくれるの ではないか、という漠然とした期待」(p.1) が あるからではないかと述べている。

 しかし、高等教育の問題を打破してくれるの ではないか、という期待を背負って導入された アクティブ・ラーニングではあるが、すでにそ の失敗事例集も報告され、その結果、及び原因 について整理し今後につなげる試みもある(文 部科学省, 2014)。例えば、この事例集では失敗 原因として、まず学生側の要因に「怠慢」、「他 事優先」、「思考訓練不足」など、そして教師側 の要因に「形式偏重」、「授業準備不足」などが 挙げられている。これらの失敗を本質的に解決 するにはどうしたら良いのだろうか。

 そこで本論では、心理学の一分野で、人間を 含めた生物個体の行動を分析対象とする「行動 分析学(Behavior Analysis)」の理論1)に基づ いて、「失敗しないアクティブ・ラーニング」

の指導ステップ案を提示することを最終的な目 的とする。なぜアクティブ・ラーニングの見直 しに行動分析学を用いるのか。それは、「アク ティブ・ラーニング」に関わらず、授業という 時空には教師と学生が存在し、それぞれが何ら かの行動を行いながら時間の流れが進んでいく からであり、高等教育の問題を解決するために 導入したアクティブ・ラーニングが失敗した、

その最終的な原因は突き詰めて言えば、教師・

学生それぞれが「その時」どのような行動を 取っていたのかを丁寧に観察しなければ分から ないと考えるからである。

 本論では、まず「アクティブ・ラーニング」

の定義を整理し、行動分析学の視点から広く

「教育」をどう捉えているかについて簡単に触 れた後、実際の授業場面での問題的な場面を行 動分析学の理論フレームを使って読み解くとど のような分析過程になるのかを示す。そして、

行動分析学の視点から、実際の授業の中で見ら れている学生の行動を再整理し、アクティブ・

ラーニングでの定義と実際の学生の行動とを比 べて、何が本当の問題なのかについての提起を 行う。

 さらにアクティブ・ラーニングが推奨されて いる理由でもある「主体的な学び」の「主体 的」とはどういうことかを行動分析学の理論で 定義し直す。それを踏まえて、実際の学生の行 動を主体的な学びと見なされる行動に変容する ための指導プログラムのガイドラインについて 示す。

2.行動としての

  「アクティブ・ラーニング」

2)

 現在、様々な研究者や実践家が「アクティ ブ・ラーニング」という用語を用いてきている が、本論では、「アクティブ・ラーニング」の 概念整理を試みた、溝上(2014)の以下の定義 を取り上げる。

 一方向的な知識伝達型講義を聴くという

(受動的)学習を乗り越える意味での、あら ゆる能動的な学習のこと。能動的な学習には、

書く・話す・発表するなどの活動への関与 と、そこで生じる認知プロセスの外化を伴う。

(溝上,2014,p.7)

 この定義は、「学生がどのような行動を取っ ているか」に着目している点において、「行 動」を分析対象とする行動分析学との接点があ ると言える。溝上は「聴く」も行為の一つと認 めた上で「操作的に『受動的学習』と定義し

(略)学習の相対的な特徴を形容するための基

(3)

 溝上の定義によれば、「学生の行動」として

「書くなどの活動」に関与しているときに能動 的学習が起きているとしているが、実はこの表 で表わされているように、それらの活動に対応 する形で従来の「一方向的な知識伝達型講義」、

あるいは「アクティブ・ラーニング型授業」が ある。これは、この二つのタイプの授業におけ る教師の行動との組み合わせによって、先の学 生の行動が定義されているとも読み替えられる。

 なお、文献によっては「アクティブ・ラーニ ング型授業」、つまり学生がアクティブ・ラー

ニングと分類される行動を行っている、あるい は行うようにデザインされた授業プログラムの ことを単に「アクティブ・ラーニング」と呼ん でいる場合がある(例えば、岩崎(2014),山 田(2014))。この文脈で語られている「アク ティブ・ラーニング」というのは、「アクティ ブ・ラーニングを促す授業」という意味内容で あり、本論ではこのような方法論としてのアク ティブ・ラーニングは「アクティブ・ラーニン グ型授業」として「学生の行動」を表すアク ティブ・ラーニングとは区別する。4)

表1 溝上(2014)の定義による「アクティブラーニング」の教師・学生の行動の整理表

講義形態

(教師の行動)

学生の行動 関連キーワード

受動的学習 一方向的な知識伝達型講義

(一方的に話すのみ)

聴く※2 教授パラダイム(p.9)

保守派教員(p.11)

エリート学生(p.38)

能動的学習

(上記を乗り越え るあらゆるもの)

アクティブラーニング型授業

(様々な技法)※1

書く、話す、発表するなどの活動 そこで生じる認知プロセスの外化※3

学習パラダイム(p.10)

高等教育の大衆化(p.38)

※1: アクティブ・ラーニング型授業の技法例として、様々な協同学習の技法を紹介している(p.68-69)

※2: 溝上自身は、「ここでの『聴く』は、ぼーっと聴く、しっかり聴くは問わない」としている(p.12)。ただし、筆者 自身は、前者の意味では「聞く」、後者の意味では「聴く」と表記を意図的に変えている。

※3: 「認知プロセス」とは、知覚・記憶・言語、思考(論理的/批判的/創造的思考、推論、判断、意思決定、問題解 決など)といった心的表象としての情報処理プロセスを指す(p.10)。「書く・話す・発表するなどの活動を求める ことは、同時に認知プロセスの外化を求めること」(p.9)とあるので、外化とは「書くなどの活動」を学生が実際 に行うことで他者が観察可能な状態になったということであろう。

註:( )内のページは、溝上(2014)での出現ページを示す。

準化の作業」とした(p.9)としている。すな わち、ある行為と行為の相対的な特徴を持って

「受動的」、「能動的」と決めたと言うことであ る。この「能動的」については、行動分析学の 視点からはどのように捉えられるかについては、

後半で取り上げる。

 溝上によれば、アクティブ・ラーニングへの 転換の根底に流れているのは、教授パラダイ ムから学習パラダイムへの変換である(溝上,

2014,p.9)。それまでの教えるという教師主体 の考え方から、学ぶ学生の立場に立った授業運 営を行うと言い換えられよう。これは行動分析

学のフレームでわかりやすく表現すれば、「授 業内で着目しようとする行動が、教師の教える 行動から、学生の学ぶ行動へ転換した」と翻訳 できる3)。行動分析学では授業という活動に参 加している教師・学生の行動を分析する際に、

片方の行動だけに着目するのではなく、「両者 の行動」に着目し、その相互作用に焦点を当て る。そこで、この両者の行動について、先の定 義を講義形態別に整理し、さらに溝上が著書の 中で触れているそれぞれに関連しているキー ワードから整理し直したものが表1である。

(4)

3.行動分析学

  ―「なぜ、生物はそのように

  行動するのか」を追求する学問分野―

 「アクティブ・ラーニングを失敗に終わら せないため」の理論フレームとして、アメリ カの心理学者であるスキナー(B.F. Skinner,

1904~1990)によって創設された行動分析学

(Behavior Analysis)を用いる。この学問分 野が分析の対象としているのは、人間を含む生 物個体の「行動」である。その根源的な問いは、

「なぜ生物(人間を含めた)はそのように行動 をするのか」、すなわち行動の原因は何かとい うものであり、行動分析学では行動を制御する 要因として、次の3つを挙げている5)。  ① その個体の遺伝的要因

 ② その個体の行動履歴

 ③  行動が出現したときの環境要因    (坂上,2014,p.508)

 このうち、行動分析学では特に②と③に着目 している。②は個体が生まれてからこれまでに どのような環境との相互作用を行ってきたかと いうその歴史、③は「その行動が出現したとき にどのような状況であったか」ということであ る。これらは、日常的な感覚としての行動の原 因、つまり「行動は意識、あるいは心が制御し ている」という捉え方とは異なるものである。

このうち、教育者の立場にある者が直接関与す ることができるのは、主に③の現在の状況であ る。なぜなら、過去の歴史を変えることはでき ないからである。

 行動分析学の人間の行動を理解するための大 きな貢献の一つは、「行動はなぜそれが起きる かを見極めるときに、ある行動だけを前後の状 況から切り離して観察するのではなく、行動が 起きたその直前の状況(先行事象)、行動が起 きた直後の状況(後続事象)といった他の環境 要因までをも見なければならない」ということ を明示したことであろう。

4.行動分析学の視点から捉え直す   「教育」という営み

 アクティブ・ラーニングは広い意味では教育 という営みの中の一つの概念である。行動分析 学の視点から見た「教育とは何か?」について 先のスキナーは以下のように記述している。

 教育の要点は、行動的な用語で表現するこ とができる。つまり、生徒がその後、別の 随伴性下で彼にとって役立つであろう行動 を、その下で獲得するような随伴性を教師は アレンジ(整置)するのである。(補:教師 がアレンジする)教示的な随伴性6)は、工 夫されなければならない。なぜなら、これ以 外の方法はないのである。教師は生徒が将来、

出会うであろう随伴性に適切な行動を構築す るために、生徒の実生活の状態に十分対応す るものを教室に運び込むことはできない。前 もって(補:生徒に)構築されるべき行動と は、平明な事実と技能(スキル)について教 えることと同様に、生産的に考え、創造する ことなのである。(Skinner,1974,p.202-203)

※(補は、原文を補う意味で付加したもの)

 もう少しわかりやすい表現をするならば、教 育という営みの文脈で教師が行うべきことは、

「児童・生徒・学生にとって、その後役立つで あろう行動を獲得するように、環境を整置す る」ことである。環境を整置するとは、広義に は、言語行動・非言語行動を含めて教師や他の 学生が当該の学生にどのように関わる環境的 資源(物的・人的の両方)を利用するのかと 捉えることができる。ここで言う「行動」と は、行動分析学の立場での行動であるので、新 しい技術(字を書くなど)を獲得するだけでは なく、表1の「知覚(知覚する)、記憶(覚え る)、思考(考える)」などまで含む広いもので ある。この教育の営みをABCフレーム7)を用 いて、教師の行動と学生の行動のそれぞれにつ

(5)

いて、その時間的関係も考慮して表記したもの が図1である。

 このABCフレームは「学生の行動」だけが 前後の状況文脈から切り取られて、存在しては いないこと、及びある行動の起こりやすさには その行動の結果が影響しているということを示 している。学生の行動、そして教師の行動も、

お互いの生起頻度に影響し合う「相互作用」に よって、それぞれの行動が制御されている様子 が分かるであろう。

 教師は自分の授業を受けた後で、その授業の 受け手の「何かが変わって欲しい」とういねら いを持って、授業を行っているのであり、行動 に何の変化も見られないような授業は、存在す る意味があるのかと問われなければならない。

図2ではこのイメージを示してある。一つ一つ の授業、一学期間の授業、長期的には大学の4 年間という「場」が学生にどのような行動を獲 得させようとしているのか、それが問われてい るのである。この具体例として例えば、新潟大

学でのカリキュラム・マップの実践例などが挙 げられよう(五十嵐他(2013),有田他(2013)

など)。

※学生の行動のABC

時間の流れ

※上記の教示行動を行っている教師の行動のABC 教師の行動

(教示など)

先行事象(A)

学生の行動

行動(B)

学生の行動

先行事象(A)

教師の行動

(教示など)

行動(B)

※教師にとっては、学生の 行動がA・Cであり、

 学生にとっては、教師の 行動がA・Cである。

教師の反応

(称賛など)

後続事象(C)

結果が行動に 影響を及ぼす

結果が行動に 影響を及ぼす 学生の反応

後続事象(C)

図1 教育の営みのABCフレーム

※学生の行動のABCフレームと教師の行動のABCフレームの時間的関係を示している

図2 行動変容の図

(出典:三田地,2013,p.4)

※WS:ワークショップの略

(6)

5.行動分析学の視点で「学生の行動のなぜ」

  を見直すとどうなるか―循環論法の罠―

 例えば、「学生が授業中に私語をする」とい う問題が見られたとしよう。この状況をABC フレームに当てはめると以下のようになる。私 語が止まないというのは、「おしゃべりする行 動」の方が他の行動よりもその学生にとって効 果があるためで、これを行動分析学の専門用語 では、おしゃべりをする行動が「強化されてい る」、あるいはおしゃべりをする行動の「強化 価値が高い」と言う。行動分析学の理論フレー ムでは、おしゃべりをするのは、「授業に対す るやる気がない」とか「態度が悪い」というよ うには解釈しないのである。

授業中

(A)

おしゃべり

(私語)

(B)

友だちとの 楽しい会話

(C)

※友だちとの会話の方が授業の内容よりは本人にとって効 果あり(強化価値が高い)。

 ここでもし、「学生はやる気がないからお しゃべりをしている」と解釈したとしよう。こ れは一見、行動の原因(やる気のなさ)に言及 しているように見えるが、果たしてこれは真の 原因だろうか?なぜ教師は、学生にやる気がな いとわかるのだろうか?それは学生が授業に集 中していない=私語をしているからであり、や る気のなさは「おしゃべり」という行動によっ て教師に認識されているからである。図3にこ の二つの叙述内容の関係性を図示した。「やる 気がない」は「おしゃべりをする」の原因とな り、「おしゃべりをする」は「やる気がない」

と推論する根拠となっている。これではどちら がどちらの原因となっているのかいつまで経っ ても結論が出ない。こういうループに陥って

いることを「循環論法に陥る」(杉山他,1998,

p.26)と言うのである。

原因?

推論の根拠?

やる気がない おしゃべりを

する(私語)

図3 循環論法の罠

 日常的に行動の原因を考える際には、この 循環論法の罠に陥っている場合は非常に多い。

「だらしがないから、課題をやらない」、「意欲 がないから、勉強しない」、「意識が低いから、

間違いばかりする」など枚挙に暇がない。

 これに対し、行動分析学では、「なぜその行 動が起きているのか?(あるいは、起き続けて いるのか?)」という問いに対する最も端的な 答えの1つは、「それは、その行動がその直後 に得られる後続事象によって強化されているか ら」ということである。さらにそれを確かめる 方法として、例えば後続事象としての環境要因 を取り去ることで調べることができるという点 で、循環論法の罠から脱する術を持っていると 言える。

6.本当に授業で起きていることは何か   ―「一方向的な知識伝達型講義」

8)

  の実態―

 行動分析学では、「実際に人が行っている行 動」に着目する。そこで、「アクティブ・ラー ニング」と対比して紹介されることの多い「一 方向的な知識伝達型講義」を題材に、この理論 フレームで行動を分析し、一体本当にそこで何 が起きていて、何が問題なのかを考察する。こ こで「一方向的な知識伝達型講義」の典型的な

(7)

講義風景を描写してみよう。

 教師はパワーポイントを映写しながら、た だひたすら講義内容を話している。学生は最 初のうちは聞いているが、そのうちスマート フォンをいじったり、眠ったりし始める。大 人数授業の場合は後ろの方に座っている学生 同士でおしゃべり(私語)をしている一群も 見られる。時々教師は「問題行動」に対して 注意はするが、収まるのは一時で再び同じ状 況が繰り返される。

 ダメな「知識伝達型講義」としておそらくこ ういう風景が大学教師の頭には浮かぶだろう。

しかし、よく学生の行動を見直してみれば、こ のような授業は、知識の伝達・注入を中心とし た授業としても機能しているとは言い難いので はないだろうか。つまり一方向的な知識伝達型 講義であっても学生は授業中において「聴く」

行動すらとっていないのではないかということ である。

授業中

(A)

スマホを 触る

(B)

情報が 得られる

(C)

※スマホ情報の方が授業の内容よりは本人にとって効 果あり(強化価値が高い)

 しかし、なぜ過去においては「講義型」が 成立していたのか。かつての講義型の授業で

は、学生がとり得る行動は表1にあるような

「聴く」だけではなく、「ノートを取る」(板書 を写す、教師の話を書き取るなど)というもの があったはずである。「ノートを取る」、つまり

「書く」行動は溝上の定義では「アクティブ・

ラーニング」の行動に含まれるが、なぜこの行 動が溝上の講義型の定義には含まれていないの だろうか。言い換えれば、現在の講義型の授業 からは、この「書く」行動が消滅してしまって いるということだろうか。

 「ノートを取る行動」を減少させた一因と なっていると推測される、大学の授業を大きく 変えた一つのツールがある。それはパワーポイ ント(以下、PPT)である。1987年に初めて 世に登場したこのプレゼンテーションツールは、

今では大学の授業でもごく当たり前に使われる 視聴覚機材の一つとなった9)

 PPTの 導 入 に よ り、 学 生 の 行 動 は 以 下 の ABCフレームで示したように「ノートを取る 行動」が「PPT資料を得る行動」に移行して いく可能性が高く、実際、学生からの「PPT 資料を要求する行動」は少なくない。なぜなら、

ノートを取る行動よりPPTを手に入れる行動 の方が、学生本人が同じ情報を得るためにかけ る「労力」が少ないからである。このように行 動が変容していくのは、行動分析学では効率性 の原則と言い(オニール他, 2003)、これは「行 動は同じ結果が得られるのであれば、効率の良 い方、つまりかける手間ひまの少ない方、労力 の少ない方に置き換えられていく」という原則 である10)

■板書の場合

※授業内容を手元に残すには ノートを取るしかなかった。

教師が板書 する/話す

(A)

ノートに取る

(B)

記録が残る

(C)

(8)

 このように見てくると、講義型という授業形 態が問題なのか、「ノートを取る」ことで細や かでも能動的な行動が生起していた講義型が PPTのようなツールが取り入れられたことに よって、ノートを取る必要のない「スポーツ観 戦型」(溝上,2014,p. 10)に変容してしまっ たことによるのか、見極めることは難しい。

 このPPTを使った授業と板書を使った授業 の違いについては、いくつかの実践報告がある。

大塚(2010)は、板書とPPTのそれぞれを使っ た授業を比較し、学生は板書を希望する場合が 多いこと、その理由として「ノートが取りやす い」ということを報告している。原田(2008)

も同様に二種の授業形態を比較し、学生は「板 書を好む者」の方が多いこと、しかしいずれの 授業形態を用いても、定期試験の結果を指標と した授業の理解度には有意な差はなかったとし ている。その他にも丹波・丹波(2007)、腰山

(2003)らの研究がある11)

 以上から言えることは、「講義型だから受身 になる、だからアクティブ・ラーニング型にし て能動的にさせよう」というような、単純な

「講義型授業悪者説 vsアクティブ・ラーニン グ型授業善人説」という二項対立による問題解 決の方向性で本当にその問題が解決できるのだ ろうか、できない可能性がありはしないだろう かということである。さらに言えば、アクティ

ブ・ラーニング型授業を行っているにも関わら ず、学生はやはり受け身のままである、という 問題を引き起こす可能性があるのではないかと いうことである。この点に関しては、前述した ように、アクティブ・ラーニング型授業の失敗 事例を集約した報告書が発表されている(文部 科学省, 2014)ことからも、既に現実に起きた と言って良いだろう。

 以上のように改めて、講義型の授業マネジメ ントにだけ焦点を当ててみても、講義型から

「ノートを取る」行動が消滅し、「聴く、ある いは聴くふり」だけの授業になってしまったの は、本当に学生の意欲が低下してしまったから なのか、それとも他の外的な要因が変更したこ と、例えばPPTの導入による要因なのかを、実 際の授業場面での変化(環境面の変化)と学生 の行動の関連性を観察することでしっかり検証 しなければ分からないことが示唆される。そし て、授業場面での環境の変化の大きな一因を 担っているのは「教師の行動」(前述の例で言 えば、板書で情報を示すか、PPTで情報を示す かは教師の行動である)である。学生の行動に のみ注目するのではなく、それに関わる教師の 行動と学生の行動の関連性、すなわち相互作用 に着目することが、行動分析学の視点では重要 なところである。

■PPT映写の場合

※PPT資料をもらうことで、

授業内容は手元に残る。

 ノートを取る行動は消滅。

教師がPPT 映写/話す

(A)

PPT資料を 得る

(B)

記録が残る

(C)

※ノートを取る行動の代わりに スマホを触る行動が出現。

授業中

(A)

スマホを 触る

(B)

情報が得ら れる

(C)

(9)

7.改めて問い直す

  「主体性」とは何か、 「自主性」とは何か

12)

 冒頭で紹介した2012年の中教審答申によれ ば、最終的に目指すところは「主体的な学び」

である。そこで、本節ではごく一般的な意味 で用いられている「主体性」あるいは、「自主 性」などの用語について行動分析学のABCフ レームを用いて整理していく。三省堂大辞林

(2014)によれば、主体性と自主性、またアク ティブ・ラーニングの日本語訳としての「能動 的学習」に使われる「能動的」、あるいは「主 体的」、「自主的」とはそれぞれ次のように定義 されている。

・主体性: 自分の意志・判断によって、みずか ら責任をもって行動する態度や性質。

・主体的: 自分の意志・判断によって行動する さま。

・自主性:自分の判断で行動する態度。

・自主的: 他人の干渉や保護を受けず、自分か ら進んで行動するさま。

・能動的: 自分から他に積極的に働きかけるさ ま。自分の方から他に作用を及ぼす さま。

 これらに共通して見られる内容は「自分の判

断・意志で」、「自分から」ということである。

この「自分から進んで行う」は、言い換えれば

「行動の前に」、「他者からの何らかの指示が ない」と同義である。逆を言えば、「主体的で はない」(自主的ではない、能動的ではない)

行動とは、「他者に言われて行う」行動となる。

行動分析学の視点で主体的か・そうでないか という二種類の行動を先のABCフレームで整 理すると以下のようになる。ここでは、具体的 な行動として「テキストを読む」というものを 取り上げている。他の「具体的な行動」を「行 動(B)」のボックスに入れても良い。ただし、

「学習する」、「勉強する」などは「多様な具体 的な行動の総称であり」、実際に何を行ってい るかがわかるという意味での「具体的な行動」

ではないので、「B」のところに入れても行動 分析学としてはそれ以上の分析はできない。

 行動分析学のABCフレームで主体的な行動 とそうでない行動を見比べると、主体的・自主 的・能動的であるかどうかは、「教師の指示」

の有無と学生の書く・話すなどの行動との関係 性によって決まるものであり、「学生の行動」

のみを抽出して、それが本当に能動的か、主体 的かの最終的な判断はできない。この主体性を 他者が教えることへの疑問については、岩田

(2012)がすでにその著書「主体性は教えられ るか」の中で、医学教育におけるPBL(Problem Based Learning)の問題点について指摘してい る。

■主体的・自主的・能動的な行動

※この行動が継続しているの であれば、何らかの結果が、

その後に起きているはず  (そうでなければ続かない)

他者の指示 以外の事象

(A)

テキストを 読む

(B)

他者の称賛 など

(C)

■主体的でない・自主的でない・能動的でない行動(=受け身、受動的行動)

※明らかに他者からの関わり が行動の前後にある 他者の指示

(A)

テキストを 読む

(B)

他者の称賛 など

(C)

(10)

 つまり、行動分析学の視点から「自分から行 動を起こす」ということは、他者からの指示が 学生が行動する前に、明確には観察されない状 態、すなわち行動分析学の専門用語を使って表 現すれば、他者の言語行動(指示は言語行動)

が弁別刺激ではない状態で、何かの行動を起 こすということになる13)。この際の学生の行動 には明らかに他者からも認識することのできる

「顕現行動」もそうでない「非顕現行動」も含 まれる(顕現・非顕現行動については後述)。

8.主体的な行動だが、学習しているとは   見なされないもの―私語とは何か?―

 「他者の指示が直前になく起こす行動」と主 体的な行動を定義すると、例えば先に分析対象 とした「私語をする」という行動は教師の指示 はないけれども「学生が自発的・主体的に他の 学生と話をしている」能動的学習に含まれる行 動であると解釈することもできる。しかし、私 語を「能動的学習に含まれる行動」と捉える教 師は皆無であろう。ここで「授業に関係する テーマの活動か、そうでないか」という視点が 入ってくるのである。

 「授業に関係するテーマの活動かどうか」に は、教師の側にある「“教師が話すことを許容 できる”話題についての活動かどうか」という 隠された願いがあり、その授業に関係しないと

“教師がみなす”話題についての話す活動は「不 適切な行動」つまり「私語」と見なされる可能 性が高い。私語については、もう一つ「いつ話 すか」という時間的制約もある。これも「教師 が話をして良いと許可した時間の中での話し 合い」でなければ、「私語」と見なされている。

このような「話す活動」の扱っている内容、さ らには時間の制約といった明示されていないあ る種の枠、あるいは制約条件の中で「学生同士 積極的に話し合って欲しい」ということが教師 が真に「狙いとしている行動」だということな のである14)

 「学生同士で話し合って欲しい」というだけ で、その前提である「教師が許容できる話題に ついて」かつ「教師が話をしても良いと許可し た時間の中において」という部分を明らかにし なければ、本当に教師が学生に行って欲しい行 動を明示したとは言えないであろう。

9.「学んでいる」という行動は何か?

  ―真の問題解決のステップは、「聴く」

  から「話す」への転換なのか?―

 典型的な一方向的な講義型の授業中の学生の 行動を見直す際にもう一点、見落としてはなら ないのは、学生は講義型においても「“講義”を 聴く」以外のたくさんの行動をとる可能性があ るということである。前述した「私語をする」、

「スマートフォンを触る」などはその代表例で あろう。三田地(2011)が学生自身に「授業中 の学生の行動で何が問題だと思うか」と尋ねた アンケートによれば、「私語」「飲食」「教室へ の勝手な出入り」がそのトップ3に挙がってい る。表2は、実際の授業の中で観察され得る行 動を授業内容に関係ある行動か否か、また行動 分析学の専門用語で言うところの「顕現行動」

か「非顕現行動」かという二点で整理したもの である(「非顕現行動」及び「顕現行動」の定 義は、Skinner(1974)による15))。

 溝上(2014)のアクティブラーニングの定義 では、「受け身の聴く」行動から「書く、話す、

発表するなど」の行動への変換が軸となってい るが、この転換はあくまでも「学生は授業に関 する内容を静かに聴いているだけ」の非顕現行 動を行っている状態から、「話す」などの顕現 行動を行っている状態への変容であり、その行 動変容の方向は表2の中では下向きの矢印で示 してある。しかし、これだけでは学生が授業中 に行っている行動を全て包括しきれていない。

もう一つの視点は、前節で取り上げた「授業の 内容に関係のある行動かそうでない行動か」と いうものである。

(11)

 例えば、先の私語は「話す行動」であるが、

この行動を取り上げて「能動的学習に携わって いる行動」とは分類できない。しかし、溝上の 定義では「話す」は能動的学習である。ここで

「話す」行動を「私語としての話す」とそうで はなく「能動的学習としての話す」を区別する のが、「授業に関係のある行動か、そうでない 行動か」の視点だということである。実際に大 学の授業で問題となっているものは表2の中の

「項目c」や「項目d」に属する行動である

(則長,2006;三田地,2011)。このように実 際場面の学生の行動を見直すと、指導の第一ス テップとして行うべきことは、私語をする、眠 る、妄想するなどの項目cや項目dに属する行 動から、最低限、授業をまずきちんと「聴く」

行動に変容することではないだろうか。

 あるいは、学生が「項目c」の行動をとって いる際に、教師が「グループワークをしてくだ さい」と指示して、とりあえず「項目b」の行 動をとったとしよう。しかし、この場合の「話 す」行動はそれまでの授業の内容を踏まえ「考 えた結果の外化されたもの」なのか、単なるそ の場の思いつきを話しているのか、区別するこ とは難しい可能性がある。グループワークをさ せれば、一見授業は活気づいたように見える。

しかし、グループでの話し合いを行う前段階と して、議論に必要な情報を聴いたり、読んだり、

覚えたりしないままグループワークに入ったと

しても、その話し合いは授業のゴールに沿った 意味あるものになるとは言えないであろう。

 以上のように、実際に今、目の前の学生は

「どのような行動をとっているのか、その行動 は項目aに属するのか、項目cにしているのか を見極めること」、それから「どのような行動 を学生に獲得させようとしているのか」という 学生の行動のアセスメントと指導のターゲット にする行動を具体的にすることが第一に求めら れる点である。これは、応用行動分析学に基づ くまさに指導の第一ステップである(三田地・

岡村,2009)。 

10.学生にどのような行動をさせようと   しているのか?

  ―獲得させたい行動は何か?―

 溝上(2014)の定義による、能動的学習をし ているという学生の行動には「書く、話す、発 表する」が代表例として挙げられている。この ような行動をさせるには、そうするように教師 が指示を出すのが一番効率が良い。「ミニッツ ペーパーを書いて提出しなさい」、「グループ ワークをしなさい」、「その後発表しなさい」

というような指示がそれに当たる。「ミニッツ ペーパーを書く」という相互作用をABCフレー ムで以下に記述した。

表2 行動の顕現性と授業のテーマに関係しているかどうかによる学生行動の分類

テーマ(授業のテーマ)

授業に関係ある

(いわゆる適切なテーマ)

授業に関係ない

(いわゆる不適切なテーマ)

行動の

顕現性

非顕現 聴く(項目a) 眠る、妄想する(項目c)

顕現 書く、話す、発表する

(項目b)

私語・飲食をする、教室への 勝手な出入り(項目d)

※各項目の中の行動は代表的なものであり、他にもたくさんある。

(12)

 これは溝上(2014)が言う「一方向的な知識 伝達型講義をわずかに乗り越える程度のもの」

(p.42、下線は筆者)である。その先には、真 の能動的学習に向かう活動があり、それは単に 書いたりするだけではなく中央教育審議会答 申(2012)においても言及されている「認知 的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験 を含めた汎用的能力の育成を図ること」(溝上, 2014,p.43)などである。上記ABCフレーム は、教師の指示の部分を「グループワークを指 示する」、「発表を指示する」に入れ替えること が可能であり、この3つのいずれの例において も、その状況(学生の受け身状況)が「学生は 話を始める」状況に変容する確率が高い。もし そういう結果を伴わなければ、おそらく教師の

「グループワークをしなさい」という指示行動 も維持しないはずである。

 基本的に「教育」という文脈の中で行われて いるのは、この枠組みの活動(教師の行動(多 くは教示・指示など)⇒学生の行動⇒教師の行 動(称賛・叱責など))の繰り返しであり、そ こでは教師と学生の相互作用を基本に展開して おり、繰り返しになるが学生の行動だけが真空 パックのように宙に浮いて存在しているという

ことではない。

 ここで表1で整理した、溝上(2014)の「能 動的学習」の定義に立ち返ると、

書く・話す・発表するなどの活動への関与と、

そこで生じる認知プロセスの外化

 ということであり、ここでは他者からの指示 のありなしについては言及されていない。上記 のうち「書く・話す・発表する」は先の行動分 析学の定義で言えば、「顕現行動」である。

 一方、溝上(2014)が「認知プロセス」と して挙げている「知覚・記憶・言語、思考」

(p.10)とは他者からは客観的に認めることが 難しいもので、このような行動は行動分析学に おいては「非顕現行動」と呼ばれ、顕現行動と 同じく「行動」に分類される。

 さらに、認知プロセスは何らかの形で「外 化」しなければならず、これは非顕現行動が顕 現行動として他者から認識されるものとなると いうことになろう。以上のように溝上の定義す る能動的学習に含まれる学生の行動は、全て行 動分析学においても顕現であれ、非顕現であれ

「行動」と捉えているものであり、その点につ

■教師の「指示行動」のABCフレーム

※学生は能動的に学習する

(その場では。では他では?)

学生が受け 身な状態

(A)

「ミニッツペー パーを書いて」

と言う

(B)

学生がミニッツ ペーパーを書く

(C)

(教師の行動)

■学生が教師の指示を受けて行う能動的な学習行動についてのABCフレーム

教師の反省の 有無

(C)

「ミニッツペー パーを書いて」

という指示

(A)

ミニッツペー パーを書く

(B)

(学生の行動)

(13)

社会生活全般

授業の課題内

<個人で行う活動>

知識を得る、書く、読むなど

<集団で行う活動>

話す、聞くなど 観察する、体験するなど

個人の活動

集団での活動

教室内活動

教室外活動

・知識を習得(講義)

・書く (コメントシート/ワークシート)

・読む・問題を解く(演習)

・リフレクション

・読む (教科書/文献/資料/史料)

・課題/レポート

・情報収集/調べ学習

・グループ学習

・フィールドワーク/体験/

 観察/訪問

・話す・聞く

 (ディスカッション/プレゼン テーション/ディベート)

・実験・グループ学習

・ピアアセスメント

図4 「アクティブラーニング型授業における学生の学習活動」(※)の社会への拡張    (行動分析学でいう般化)※内側の円の中の二軸の図は溝上(2014)の図3-1の引用である。

11.「主体的な学び」「能動的な学習」とは   ―教師の行動との関わりで捉え直す―

 以上を踏まえて、本節では指導ステップのガ イドラインの一案を示していく。これまでに行

動分析学の視点で「主体的な行動」とは、他者 からの指示がなく行動している状態と捉えなお した。これをABCフレームに当てはめてみる と以下のようになる。

いては行動分析学の「行動」の捉え方と齟齬は なく、学生に獲得させたい標的行動になり得る ものと言える16)

 このような行動を「他者からの指示なしで」

行うことができるようにすること、これが「主 体的な学び」の本来狙うべきところではないか。

最終ゴールは、教師との関係性がなくなった時 点、つまり大学を卒業した後も、自ら学び考え る人になることというのは、文部科学省の答申 の表題「生涯学び続け、主体的に考える力を育

成する大学へ」(2012)に、まさに示されてい る通りなのである。この概念図を図4に示した。

本当に目指しているところは、教室外活動のさ らに「外」側で「授業課題のない状態において アクティブ・ラーニング型授業で培った様々な 行動」が実践できることなのである。図中の矢 印は、授業内で培った行動が授業外においても 実践されること、行動分析学の用語で言えば

「般化(generalization)」(ミルテンバーガー,

2006)するということを示している17)

(14)

表3 「主体的な学び」に至るまでの指導プロセス

授業の形態※1 (A:先行事象)

主に教師の行動 (B)

学生の行動 (C:結果事象)

教師・他の学生の行動 溝上の型※2 講義型※3 学生に向けての発問なし

(完全なる一方向講義型) ぼーっと聞いている※4 教師の話の内容

(それらが強化すれば、聞く 行動は維持)

(受動的)タイプ0

講義型 発問あり※5 聴く、考える

(非顕現行動レベル) 答えが見つかる等

(それらが強化すれば、考え る行動は維持)

(受動的)タイプ0

講義型 意見・質問を奨励する問い

かけ 質問する、意見を述べる 教師・他の学生の反応

(それらが強化すれば、質問 する行動は維持)

(受動的)タイプ0

講義型 コメントシートを書くよう に指示確認クイズを実施

質問・意見を書く

覚える 教師のフィードバック。

クイズでの良い点

(それらが強化すれば書く、

記憶する行動は維持)

(能動的)タイプ1

グループ

演習 グループ演習のやり方を教 対話にするための仕掛けを 提示

話す 他の学生の承認などの反応

(それらが強化すれば、話す 行動は維持)

(能動的)タイプ2

グループ プロジェクト

プロジェクトの進め方を提

話す

調べる考える

問いを生み出すなど

教師や他の学生の承認などの 反応得られた情報

考えた内容

(能動的)タイプ3

※6 授業外 (教師の関与がない状態)

自ら生み出した「問い」 調べる

考えるなど 問いの解答が得られる、

新たな問いが生まれるなど 該当なし

※1: 授業の形態と「1~6」までの区分分けはかなり恣意的かつ暫定的なものである。この間にさらに細かい ステップをいくつでも加えることは可能であるが、本表では学生の行動がいわゆる受動的から能動的へ変 容していく大きな流れを示すことを目的としているので、このような順番で示してある。

※2: 溝上,2014,p.71の表3-2で紹介されているタイプとの対応を示している。

※3: 講義型のみ「0~3」と4つに区分しているのは、「講義型であっても、これだけ教師の関わりが変われば 学生を能動的にすることができますよ」というメッセージを強調して示すためである。

※4: 溝上の定義では、ぼーっと聴くもしっかり聴くも「聴く」としているが、筆者は前者の場合は「聞く」、後 者は「聴く」という表現して区別している。

※5: 筆者自身は、講義型においても「問いかけ」の詳細な工夫で、学生の「考える」行動、あるいは「手を挙 げる」行動を引き出せると考えている。

※6: 行動分析学の枠組みでは、「主体的な行動」は、他者の関与なく(他者の先行事象なしで)生起することと したため。

(他者の 指示なし)

(A)

学習に関与 する行動

(B)

何かの結果

(C)

※得られる結果は、他者が関与している場合もそうでない 場合も有り得る。

■主体的・自主的・能動的な学習

 それでは具体的に、この「他者からの指示な しに学習する」行動を生起させるためには、行

動分析学の視点からどのように進めていけば良 いのだろうか。ここで、まず最初に行わなけれ ばならないのは、一体どのような「具体的な行 動」を学生から引き出したいのか、というター ゲットとする行動をしっかり設定することであ る。ここでは、最終ゴールである「他者からの 関与なしに学習する」行動を引き出すための、

かなり大まかな指導プロセスについて表3に提 示した。なお、この案では学生は授業に関係し ている行動は行っているという前提である。

(15)

 この表の列は先のABCフレームでターゲッ トとする学生の行動とその前後の教師の行動を、

そして行は徐々に「受け身から能動的に」変容 していく行動のレベルとして表している。また 溝上(2014)のタイプにはない、レベル6を加 えてある。レベル5まではいくら「活動事態」

は学生が主導しているように見えたとしても、

教師の教示した活動範囲外に彼らの行動がはみ 出すことは恐らく良しとはされないからである。

レベル6とは、完全に教師が関与しない状態を 示している。この「教師の関わり」との中で

「主体的な学び」を考慮していかなければ、最 終的に目指すところを見誤ってしまうのではな いかというのが、行動分析学の視点で「アクテ ィブ・ラーニング」を見直した際に見出されて きたことである。 

 実際にこの指導プロセスをガイドラインとし て使う際には、まず自分の授業を受講している 最中の学生は「どのような行動をとっているの か」を明確にした上で、次に狙うべき行動は何 かを決めてそれにそった「教師としての自分の 関わり」を決定していくという手続きが具体的 な実施手順となる。この流れにそった、詳細な 指導プランについては、いずれ実践と共に報告 する予定である。

12.最後に

  ―大事なのは目の前の「学生の行動を   しっかり見る」こと―

 これまでに高等教育の現場で行動分析学の視 点で指導介入をした事例が日本においてもい くつかある(佐藤・佐藤,2014;塚田・佐藤,

2006など)。このような研究を見れば分かるこ とは、行動分析学の実践研究はかなり緻密な行 動の定義、指導方法の決定に基づいて行われて いるということである。単純に「受動的な学生 に対してアクティブ・ラーニング型の授業を実 施すれば、能動的になる」というものではない。

これはアクティブ・ラーニングの失敗事例(文 部科学省,2014)がなぜ出てくるのかの一つの

回答でもある。

 実際に授業を行う際には、例えば学生に「授 業中、手を挙げる行動」を生起させようとする だけで、教師側の発問の仕方にも何段階もの工 夫が必要となってくる。教師自身は学生の行動 のみならず、自分の行動をも含めて、自分が展 開している授業の場面で「実際に何が起きてい るのか」、この際には「学生の行動だけに着目 するのではなく、教師の言語・行動にも着目す る」という視点で観察することが、問題の本質 を明確にするために行わなければならない始 めの一歩である18)。そして最終的に「アクティ ブ・ラーニング」と分類される、どのような具 体的な行動を学生が実行することを狙っている のか、そのためには「アクティブ・ラーニング 型授業」のどのタイプをどのように導入するの が良いのか、という具合にステップを順に踏ん で実際の授業運営を考え実施していくことが肝 要なのである。こうすることで、アクティブ・

ラーニング型授業が本来の目的を達成する確率 を上げることができるのではないか、というこ とが本論で訴えたい第一の点である。

 さらに教師は、どのような形にせよ最終的 には、「教育という営み」の文脈内においては、

学生の行動を変えようとしているということを 常に忘れてはならないのである。アクティブ・

ラーニングという文脈で行われる教育活動では、

学生の行動を「ある形で定義された」受動的な 行動から能動的な行動に変えようとしているの である。この大前提を教師の側もしっかり認識 した上で授業デザイン・運営に臨むこと、この 点が本論で訴えたい第二の点である。以上を踏 まえた上で、本論で定義した真の「主体的な学 び」を促すにはどのようなプロセスが考えられ るのかについては今後の課題として論考を深め ていきたいと考えている。

(16)

【注釈】

1 )行動分析学には大きく基礎と応用の分野 があり、行動の原理を日常場面に応用した 分野を応用行動分析学(Applied Behavior Analysis、ABA)と呼んでいる。

2 ) 溝 上(2014) は、Active Learningを「 少 しでも簡潔に表現したい意図から」、「アク ティブラーニング」と表記するとしている。

本稿では溝上の引用箇所以外は「アクティ ブ・ラーニング」と表記する。表記の点では 同様に、溝上は「聞く」「話す」などを「行 為」としているが、溝上の言う「行為」を本 論では「行動」と捉えている。

3 )行動分析学の専門用語を用いて表すと、

「教員と学生間の一方向の随伴性への注目」

から、「双方向、あるいは学生間の随伴性へ の注目」の方がより正確ではあるが、この

「随伴性」の概念を本稿で解説することは紙 面の制約上かなり困難であるので、他の文献 にあたられたい。

4 )アクティブ・ラーニングが授業の方式を指 すのか、学生の行動を示すのかでも混乱が見 られているということ、授業の方式に限って も、授業デザインやプログラムを指すのか、

実際の授業運営を示すのかについても明確に 区別されていない可能性がある。この点につ いては、別途論じる予定である。

5 )行動分析学では「行動」とは「ヒトを含め た動物の行うことのすべて」(杉山他, 1998, p.7)と定義しており、そこには「心拍,血 圧の変化,情動,感覚,知覚,認知,思考,

判断,意思決定,運動などと呼ばれているも の」(坂上,2014,p.508)すべてを含む。こ の定義に基づけば、いわゆる「意識」と呼ば

れるものも、行動の原因ではなく、行動の一 つであり行動分析学の対象となり得る。さら に行動の中には大きく、先行事象によって制 御される「レスポンデント行動」と後続事象 によって制御される「オペラント行動」に分 類されるが、本論では後者のことを一般に

「行動」としている。ただし、先の坂上の定 義の中にはこの両方が含まれている。繰り返 しになるが、溝上(2014)の「行為」はこの

「行動」と同義と捉えている。

6)原語は、“instructional contingency”。

7 )「ABCフレーム」とは、行動を制御する要 因②と③を日常的な場面での分析に使える形 にしたもので、元々は「サマリー仮説」とい う名称であったが(オニール他,2003)、日 本ではABCフレーム、ABC分析と紹介され ている。これは、(1)ある行動の前に何が 起きていたか(先行事象(A)、Antecedent)、

(2) 行 動((B)、Behavior)、(3) 行 動 の 直後に何が起きていたか(後続事象(C)、

Consequence)の3つの事象を観察し、Bの 行動がなぜ起きているのかを理解するための フレームである。ABCはこの3つの事象の 頭文字を取っている。一番のポイントは、行 動の原因を理解するために、行動が生起した

「後に起きた事象」にも着目している点であ る。日常的な感覚では「因果の考え方」に基 づいて「行動の前に原因がある」と捉えられ ている。しかし、行動分析学は、ある行動は それが生起した後の結果がどのような効果を その行動にもたらしたかによって、その後の その行動の生起頻度が高まったり低くなった りすることを見出し、これを行動を理解する うえでの重要な要因の一つとした。

先行事象(A) 行動(B) 後続事象(C)

※上の⇒が示しているのは 行動への効果ありの場合。

 後続事象が行動の生起を 支えていることを示す。

結果が行動に 影響を及ぼす

(17)

表 強化と弱化の整理表※

行動の直後に起きた事象(C)

何かが与えられる(正) 何かが取り除かれる(負)

その後の行動の 起こり具合(B)

増えた(強化) 正の強化 負の強化

減った(弱化) 正の弱化 負の弱化

(※三田地・岡村(2009),p.49より引用)

(出典:Denes,Pinson,1993,p.6)

   しかし、この点についても、行動分析学で は全く異なる理解の方法を取る。すなわち、

「話している人が話している」行動と、それ

を「聞いている人の聞いている行動」は全く 異なる行動の原理で成り立っている、という ものであり、あたかも物を受け渡すように    さらに行動と後続事象の関連については次

の4つに整理されている。第一は、行動の直 後に何かが得られて(出現して)その後のそ の行動の生起頻度が上がる場合でこれを「正 の強化」という。第二は、行動の直後に何か が消失する(回避・逃避を含めて)ことで その後のその行動の生起頻度が上がる場合

で、「負の強化」という。第三は、行動の後 に何かが出現することで行動の生起頻度が下 がる場合で「正の弱化」、第四は、何かが消 失することで行動の生起頻度が下がる場合で、

「負の弱化」と定義している。表はこの行動 と結果事象の関係をまとめたものである。

8 )「知識伝達型講義」が成立するためには以 下の図が「真」であるという立場を取ってい ることになる。この図によれば、話し手から

表出された「知識」はそのまま聞き手の頭の 中に植え付けられる(注入される)というこ とになる。

(18)

「情報」というものがある人からある人に

「全く同じ形で」受け渡されているのではな いということである。

9 )パワーポイントの歴史については、次の ページを参照した。「プロが教えるパワーポ イ ン ト 制 作 術 」http://www.be4tech.com/

blog/2009/06/post-10.html( 最 終 ア ク セ ス 2014年11月27日)

   筆者が1996年に米国留学した当時、PPTは 大学の授業でごく普通に使われていた。

10 )この「効率性の原則」が働いた、最も一般 に分かりやすい例は、携帯電話の普及によ り、公衆電話の台数が激減したことであろ う。最終的に得られる結果「電話をかけた相 手と話せる」に至るまでの手間ひま(労力)

は携帯電話が圧倒的に少ないことは明らかで ある。(このことは、電話をかけるために行 う行動の連鎖を書き出してみると明確にわか る。このような方法を「課題分析」という)

公衆電話の台数の推移については次のページ を参照した。「公衆電話数は19.6万台…公衆 電話の設置数推移をグラフ化してみる(2014 年)(最新)」http://www.garbagenews.net/

archives/1956013.html(最終アクセス2014年 11月27日)

11 )実際には、どのような教材をPPT映写し、

何を板書するのか、その振り分けをしっかり することが効果的な刺激の提示の仕方といえ よう。この点について、岡部(2012)では、

授業におけるパワーポイントの効果的な使い 方について解説を試みている。

12 )自主性とは、行うべきことがはっきりして いる場合に自ら進んで行うことで、一方主体 性とは、様々な状況下で自ら考え行動すると 整理しているものもある。出典:「『主体性』

と『自主性』の違いをあたなはいえますか?

この違いを知ると指導の効果が大幅に上が る。」http://u-note.me/note/47485918(最終 アクセス2014年11月17日)

13 )「能動的行動」とは、環境とその環境との

履歴が制御要因となっていない行動と定義す べきだと言う反論があるかもしれないが、こ れに対しては、「行動分析学の理論フレーム ではこのように定義して具体的な指導プロセ スを構築する」と答えるしか今の時点ではで きないだろう。

14 )この教師の側の「隠された願い」に類似 するものとして、「心の理論」における「サ リーとアン」実験において、坂上(2011)が 取り上げた「実験者の意図、すなわち実験対 象者への要求や期待」があるので参照された い。

   筆者は、もちろん「私語行動」を奨励して いるのではない。ただ、なぜ私語行動はグ ループワークとして認められないのか、その 根拠となる教師側の「隠された願い」につい て教師が明確に自覚しておくことはその後の 指導の手立てを考える際に重要だと訴えたい のである。

15 )スキナーの原語では、顕現行動は“overt behavior”、 非 顕 現 行 動 は“covert behavior”

と言う(Skinner,1974)。

16 )これは「認知プロセス」や「意識」が行動 を制御している、ということではないという 意味においてである。

17 )この般化した行動が、おそらく経済産業省 で提唱している、「社会人基礎力」の3つの 力である「前に踏み出す力」、「考え抜く力」、

「チームで働く力」(経済産業省, 2010)を 持っているという人が行う行動であると考え る。

18 )このような細かいやりとりについては、三 田地(2013)の中で「行動実現プロセスルー プ」などとしてすでに提案している。

【引用文献】

1 )有田博之・粟生田忠雄・大橋慎太郎・権田 豊・箕口秀夫・村上拓彦・山下沙織・生田孝 至・後藤康志・佐藤喜一(2013)「カリキュ ラムマップを用いた成績評価に基づく学習

参照

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