• 検索結果がありません。

雑誌名 靜岡大学法経研究

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "雑誌名 靜岡大学法経研究"

Copied!
43
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

フランス第三共和制における議会の予算権限とその 改革(七) : 確立期「議会中心主義」の構造・試論

著者 小沢 隆一

雑誌名 靜岡大学法経研究

巻 41

号 4

ページ 1‑42

発行年 1993‑03‑10

出版者 静岡大学法経学会

URL http://doi.org/10.14945/00008674

(2)

︲ 議 会 の 予 算 権 限 と そ の 改

︵七

︱ 確 立 期 ﹁議 会 中 心 主 義 ﹂ の 構 造 ・ 試 論 ︱

一︑ 予算 議決 過 程 にみ られ る 議﹁ 会 中 心主 義﹂ 一一 ︑ 議﹁ 会 中 心主 義﹂ 批 判 の登 場 二︑

﹁議 会 改革

﹂ 論 の意 義

︱︲

″統 治構 造 の改

″革 にお け る そ の位 置を め ぐ てっ 四︑ 議﹁ 会 改 革﹂ の実 際

︱ 上 九〇 年〇 月二 ニ ハ日 代 議院 議 院 則規 改訂 と そ の後 五︑ 学 説 の動 向 0  議 会制 の変 様 と学 説 0

エス

マン

の コ 代 表 型

ヽ論

ω カ レ

・ド

・マ ルベ ー のル

﹁半 代 表制

﹂論 フラ スン 第二 共和 制 にお ける 議会 予の 算権 限と その 革改

︵七︶

ラ ン ス 第

三 共 和 制 に お け る

/Jヽ

沢 隆

(3)

法経 研究 四 一巻 四号

︵一 九九 三年

︶ 0 デ ギュ ー の議 会 制論

︵以上 二九 巻 二〜 号四

︑ 四〇 巻 一〜 二号

︑ 四 一巻 二号

︶ U小 括

﹁議 会改 革

﹂と 学 説

︵以 上 本︑ 号

︶ ま と め

五 学 ︑ 説 動 の

︵承 前

0 

議会 制 の変 様 と学 説

︵承前

︶ ω 

小  括 以 上

︵本誌 四〇 巻 二号

︑ 四 一巻 二号 参 照

︶ ︑ エス マン

︑ カ

・ド

・マ ベル ー ル︑ デ ギュ ー の議 会制 論 は

︑ そ 方の 法 的 立 場 の違 いも 反 映 し

て︑

明 瞭な 分岐 を 示 し て いる

︒ そ の際 彼︑ ら によ る当 時  の

ア フ

ラ スン 議 会 制認 識 は︑ こ の分 岐 の意 義 を性 格 づ け る

﹁リ ト スマ 試験 紙﹂ 役の 割 果を た し てい

る︒

彼 ら

は︑

当時 の 会﹁議 中 心主 義﹂ 状況 を 把握 し

︑ そし まて

た︑

そ の 革改 方の 向性 を 示す こと おに い

て︑

ま さし く 三﹁ 者 三様

﹂ であ たっ

︒ それ

は︑

鷲コ 中 心主 義﹂ 成 立 の原 因

︑ そ の存 立 基 盤 を ど こに 求 め る のか と いう 点 にお け る違 いが 改︑ 革

︵そ の必 要性 を 認 め るか 否 かも 含 め て︶ 構 想 違の い に反 映 す ると 同 時

に︑

﹁議 会中 心 主義

﹂ 状 況 に対 す る問 題

︵危 機 意︶ 識 の違 いが そ の分 析 の視 角 と 深 さ を 規 定 し て るい

︑ と い う具 合 に

︑ 彼 ら の理 論活 動 にお け る

﹁認識

﹂ と

﹁実 践﹂

︑ そ の統 一的 全体 に関 わ るも の であ たっ

︒ そ の意 味 に お い

て︑

こ の 分﹁ 岐

﹂ は 彼︑ ら 理の 論 を ト ータ にル 特 徴 づけ るも の あで ると いえ よ

う︒

下︑

本節 の ま﹁ とめ

﹂ とし

て︑

二人 議の ム面 製酬 の特 徴

(4)

を﹁議会中心主義﹂との関わりで概略的に示しておきたい︒ まず︑エスマンは︑璽殴バ中心主義﹂の原因を︑普通選挙制の導入に代表される︵それだけではないが︶製鷲制の民主 化﹂一般に求める︒そこでは︑比例代表制も命令的委任︵と彼が理解するもの︶もレフェレンダムもすべて﹁︵古典的︶ 議会制﹂に混入してくる不純な要素として忌避されている︒これら議会制の様々な現代的現象をその﹁内容﹂的意義につ いて深めることなく一括して扱うこのような″無概念的″把握を可能にしたのは︑すでに指摘したように︑彼の﹁自由主 義﹂理念からくる﹁古典的議会制﹂への強烈な愛着であった︒そして︑このような枠組に固執する以上︑﹁議会中心主義﹂ の問題状況を事実に即して別出し︑必要なこれへの対応策を提示することは︑エスマンには不可能であった︒この状況対 応性の欠如は︑フランス公法学における最初の本格的な﹁体系﹂ともいえる彼の業績が︑その個々の見解・指摘は別とし て︑その方法論とも関わる﹁理論枠組﹂については︑その後必ずしも学界で継承されていかなかったことと︑決して無関 係とは思われない︒﹁法実証主義﹂の方法を宣言するカレ・ド・マルベールは︑﹁議会中心主義﹂を実定法的″所与″として受けとった︒

しかし︑この﹁議会中心主義﹂なるものは︑第二共和制憲法の制定者が当初構想していた議会制︵二元型議院内閣制︶を ある意味では歪曲した上で︑すなわち﹁運用﹂が﹁制定法﹂を乗り越えて成立した体制であり︑それがそのようなものと して現出したことは︑すぐれて一九世紀末フランスの政治o社会状況に規定されていた︒当時展開した議会︵とりわけ個々 の議員︶を媒介とする地方的利益誘導政治︵議会クライアンテリズム︶状況に支えられて議会の全能︑すなわち﹁議会申 心主義﹂は成立したのである︒カレ・ド・マルベールの﹁法実証主義﹂は︑この体制が現存するかぎりにおいて︑これを 所与として受け取ることができる方法であった︒彼の﹃国家の一般理論への寄与﹄における﹁権力の階層制﹂論や﹁形式 的立法﹂概念は︑彼のこの方法と﹁議会中心主義﹂状況との″合致″の上に成り立っていた︒そして︑そのような現実的

フランス第三共和制における議会の予算権限とその改革︵七︶      一二

(5)

法経研究四一巻四号︵一九九三年︶      四 基盤を喪失する場合には︑﹁理論的転換﹂が当然に帰結される︒しかも︑彼の﹁法実証主義﹂が現存法秩序とその機能を あるがままに受容し︑それらの﹁成り立ち﹂︑その原因についての科学的分析を欠く方法である以上︑この﹁理論的転換﹂ は︑″突然に″︵理論内在的にというよりは︑状況変化をストレートに反映する形で︶おとずれることになる︒ すでにこの論文で分析o解明してきたように︑ 一八八〇︱九〇年代を通じて成立し︑ 一九〇〇年頃にその″絶頂″を迎 える︵それゆえその矛盾も顕著となる︶﹁議会中心主義﹂は︑その固有の存立基盤を第一次大戦前夜において失ったと見 るべきである︒この見地からすれば︑カレ・ド・マルベールの議会制論は︑それが形成された当時︵第一次大戦前︶にお いては︑眼前の﹁議会中心主義﹂状況を模写することで︑その限りにおいて﹁主流的見解﹂たる地位にあったと仮にいえ るとしても︑その後の状況は︑決して同様の地位を彼に保障するようなものではなかったといえよう︒

﹁議会中心主義﹂の″ゆらぎ″のなかで︑カレ・ド・マルベールの理論にかわって︑﹁主流﹂としての地位を獲得する のが︑デュギーの議ハ踊製湘である︒ただし︑それは︑彼の﹁客観法﹂﹁社会連帯﹂﹁主権否定﹂などといった独特のテーゼ が学界の多数によって受け容れられていったというよりはむしろ︑彼の理論の指し示す方向が︑現代資本主義の支配の再 編に合致し︑とりわけ﹁行政権の優位﹂化に沿うものであったという意味において︑そしてそれを彼がいちはやく﹁理論 化﹂したという点において︑﹁主流﹂なのである︒現実政治の場面では︑﹁議会中心主義﹂状況の帝国主義的修正としての﹁議会改革﹂論議が提起され︑部分的には実現していたcデュギーの議会制論は︑問題意識・改革構想の両面において︑

この﹁議会改革﹂論と近似している︒そして︑彼の理論の影響力も︑現実の政治の場での﹁議会改革﹂派のヘゲモニーの 確立と同時により大きくなっていく

ーを﹁アチ議会中心主義のチオ﹂とする位置すこぶる正︲ ︒デギンンピンづけはュャ︑ 当なものであるが︑それが持つ意味は︑叙上のような点に求められるべきである︒ デュギーの﹁アンチ議会申心主義﹂は︑エスマンのそれとは異なり︑璽鷲中心主義﹂の存立基盤についての一定の客

(6)

観 的 な分 析 に支 えら れ てい

た︒

は︑

﹁議 会中 心主 義

﹂状 況 の原 因 を

﹁民 主主 義﹂ 二般 に解 消す る の では な く

︑ 特 殊 に フ ラ ン ス的 な

﹁民 主主 義﹂ にも とめ る視 点 を有 し て いた

︒ そ の こと よに てっ 当︑ 時 の ラフ スン 特に 有 な諸 制 度と それ ら の組 合 わ せと そ の運 用が

﹁議 会 ク イラ アン テリ ズ ム﹂ を 現出 させ いて

る︑

と いう 題﹁問 の核 心﹂ にあ る程 度 迫り えた そ︒ てし

︑ そ こか ら

﹁議︑ 会中 心主 義﹂ の 新″革

″と し て の比 例代 表 制 の導 入と 行政 権 の安 定 的基 盤 の確 立と いう 提 起 も 生 まれ て く る こと にな

る︒

さら

に︑

それ を 理論 的 に支 え た のが 彼︑ の 実﹁事 から 規 範 導の 出

=リ アリ ズ ム﹂ と うい 方法 であ たっ

︒ デ ュ ギ ーと 会﹁議 改 革

﹂派 と 理の 論的

″交 錯″

は︑

この 方法 から の必 然 的帰 結 でも あ たっ 両︒ 者

は︑

当 然 に 一定 のバ イ ア スが か か たっ も ので あは るが

﹁議︑ 会中 心 主義

﹂状 況 を 正面 か ら問 題 と した が えゆ

に︑

そ の的 確 な把 握 へと 進 ん で いき え た の であ

る︒

か く し

て︑

﹁フ ラ スン 型 議会 中 心 主義 の当 面 す る問 題

﹂を

﹁自 覚﹂ し えた のは 方︑ 法 的 立場 と そ こ か ら の理 論 的 帰 結と し て の議 制会 論を 総合 し 判て す断 るか ぎ り︑ 樋 口陽 一が いう よう な カ レ

・ド

・マ ルベ ー ルで はな く し

て︑

ほか な ら ぬ デ ギュ ー であ たっ と いえ よう

︒ 以上

︑ エス マン カ︑ レ

・ド

・マ ルベ ー ル︑ デ ギュ ー の三 者

は︑

会﹁議 中 心主 義

﹂ の成 立と そ の変 様 と いう 歴 史 過 程 に即 し て位 置 づ け ると

︑ エス マン の コ削 o議 会中 心 主義

﹂︑

カ レ

・ド

・マ ベル ー ルの

﹁議会 中 心主 義

﹂︑

デ ギュ ー の

﹁反 議o 会 中 心 主義

﹂ と いう 性 格 定規 が浮 か ん くで

る︒

私 検の 討 結果

は︑

くご 単 化純 す ると

︑ こ のよ うな 規 定 おに さま

る︒

これ は︑ エス マン の学 説 を

﹁伝統 的 国家 理論

﹂ と し︑ カ

・ド oマ ルベ ト ルの それ を

﹁伝統 的 国 家 論理

﹂ の 長﹁延

﹂ と位 置 づ

け︑

デ ギュ ーを これ ら に対 抗 す る新 し い理 論

︵﹁社 会 学的 国家 理論

﹂︶ の創 始 者 と みな す高 橋 和之 の理 解 と重 なる も のが あ る

︒ ただ し

︑ デ ギュ ー理 論 の歴 史的 位 置 けづ に つい ては

︑ それ 当が 時 の憲 法 状況 を特 定 の方 向

︵=帝 国 主義 的 再編

︶ に響 導 す るも ので あ たっ

︑ こ の点 にこ

そ︑

そ の

﹁新し さ﹂ の真 意の 味 があ たっ と いう 解理 欠を かす こと は でき な いも のと 思わ れる

︒ フランス第二共和制における議会の予算権限とその改革︵七︶

(7)

法 経 研 究 四 一巻 四号

︵一 九 九 二 年

︵1

︶高 橋 前 掲 書 一 一二

︱三 頁 参 照

一ハ

︵2

︶よ く 指 摘 さ れ る よ う カに レ

・ド

・マ ルベ ー ルは  ︑ 一九 二

〇 年 代 に入 てっ 従︑ 来 の

﹁議 会 申 心 主 義

﹂ を 前 提 と し た 第 二 共 和 制 の 法 構 造 の認 識 を 修 正 しな がら

﹁議 会 中 心 主 義

﹂ そ のも の の改 革 方 向 を 示 唆 し た

︒ これ は

﹃国︑ 家 の 一般 理論 のへ 寄 与﹄ か ら

﹃法 律︱ 一般 意 思 の表 明

︐ ︵o l o一 o

≧ Rげ F ざ oい ux 屋 脇 ざ

● Φ一 F く2 oユ o︑

o●T 出 9 8

︶ や

﹁議 会 制 と レ フ ェレ ンダ ム の 好積△ 買の 間躍 F題 上関 ワ蜜 z塁理 墨爾 崎里 者碁 な﹂

︵0︒

︐ 0

o一

●o い●0

︐ ■ o一い 目の O︑一F o■い o● 000

●■  H ρ﹂ 0〇一

●いo  ヽ Φ ﹈

︐  

oO日 げぃ●

︐ oぃの 目 

●  HO

﹃﹄o Φ目ヽ

■● 春 o F u

﹁︼o日 Φュ

︐ ■

o日 p

︒∪︒﹁

︒L 8 け な お 邦︑ 訳 と し て以 下 参 照 山︒ 本 浩 三

﹁カ レ

・ド

・マ ル ベ ー ル

﹃議 会 制 と人 民 投 票 の結 合 の問 題 にか ん す る 理論 的 考 察 ヒ 同 志社 法学 七 四号 七 六 号 一九 六 二 六︱ 三 年

︶ のへ

﹁理 論 的 転 換

﹂ と し て把 握 され る

︵こ の 点 に つい ては

︑ 以下 参照 樋︒ 口 陽 一

﹃比 較 憲 法

﹄ 一九 七 七 年 一七 八 頁 以 下 高︑ 橋 前 掲 書 一七

〇頁 以 下

︑ 杉 原 泰 雄 前 掲 カ﹁ レ

・ド

・ マル ベ ー ル の国 民 主 権論 と国 民 代 表 制 論 し

︒ こ の

﹁理 論 的 転 換

﹂ の意 義 に つい て は

︑ そ の

﹁内 容

﹂ も 含 め て  ︑ 一九 二

︱ 三

〇 年 代 の フ ラ ン スの 政 治 状 況 照に ら し て検 討 さ れ な け れ ば な なら い

︒ そ の際

︑ 樋 口 が 着 目 す る 当 時 の

﹁国 家 改 革

︵ R o﹁ 日 o Φ﹄

︐い︻ 一盟

︶ 論 議 の推 移 と の関 連 も 視 野 に入 れ る必 要 が あ ろ う

︵樋 口

﹃比較 憲 法

﹄ 一七 八

︱九 頁 参 照

︶︒

こ の点 は 機︑ 会 を 改 め て検 討 し た い︒ し か し いず れ せに よ

︑ カ

・ド

・マ ル ベ ー ル の

﹁理 論 的 転 換

﹂ が

﹁議︑ 会 中 心 主 義

﹂ 状 況 の変 様 端︑ 的 に言 てっ そ の

﹁消 滅

﹂ を前 提 にし て い る こと は

︑ 否定 でき な いよ う 思に わ れ る な︒ お 戦︑ 間 期 の フ ラ ン ス議 会 制 を

﹁議 会 中 心 主 義

﹂ と の 関 わ り で ど のよ う に把 握 す る のか も 今︑ 後 の課 題 と せ ぎ るを えな いが

︑ こ の点 に関 す る わ が国 で の業 績 と し て は

︑ と り あ え ず 以 下 参 照 の こと 村︑ 田 前 掲 書 七四

︱ 一〇 五 頁

︑ 一四 二 1六 頁 時︒ 本 前 掲 論 文 九 頁五 以下

︵3

︶小 沢

﹁フ ラ ン ス第 二 共 和制

⁝ 0

﹂法 経 研 究 四

〇 巻 二号 二八

︱三 一頁 参 照

︵4

︶樋 日 の

﹁カ レ

・ド

・マ ベル ー ル

=主 流 的 見 解

﹂ 説

︵樋 口

﹃現 代 民主 主 義 の憲 法 思 想

﹄ 六 頁 以 下 参 照

︶ は

︑ こ の点 で

︑ 不 十 分 さ を否 定 でき な い うよ に思 わ れ る

︒ 樋 口が カ レ

・ド oマ ル ベ ー ルか ら 示唆 を得 た と いう

﹁議 会 中 心 主 義

﹂ の四 つの メ クル

・ マー ル

︑ す な わ ち 議 会 の① 行 政 権

②︑ 裁 判所

③︑ 国 民

④︑ 憲 法 に対 す る 優位 に関 し て︑ そ れ ら が 同 時 に確 認 でき る の は

︑ と り わ け

︑ 第 一 の メ ルク

・マ ー ル であ る

﹁議 会 の行 政 権 対に す る優 位

﹂ が 文 字 通 り 現出 し た のは

︑ 第 一次 大 戦 以 前 に限 ら れ る

︒ 樋 日 の 見 解 は

︑ こ の点 を 見 落 と し て いる よう に思 わ れ る 言︒ 葉 の本 来 の意 味 の

﹁議 会 中 心 主 義

﹂ は 第︑ 一次 大 戦 を も っ て崩 壊 す る の で あ る

︒ ま た 樋︑ 日 の こ の見 解 は

︑ カ レ

・ド

・マ ベル ー ル の 一九 二

〇 年 代 で の

﹁理 論 的 転 換

﹂ を ふま え つ つ︑ 彼 の理 論 が 第 五 共 和 制 憲 法 ヘ と

︵ル ネ

・カ ピ タ ン︑ ミ シ ルェ

・ド ブ をレ 媒 介 と し て

︶受 け 継 が れ た と うい 理 解 によ てっ 補″ 強

″ さ れ て い る

︵同 上 書 一五 頁 以

(8)

下参 照︶︒

カ レ

・ド

・マ ルベ ール 自身 が︑ 三〇 年代 に至 てっ 従来 の

﹁議会 中心 主義

﹂理 論を 大き く修 正し てい たっ こと は事 実だ が︑ この とこ と︑ 彼 のそ のよ うな 営為 が︑

﹁行政 権優 位﹂ の憲 法体 制を 築く 上で 彼︑ に 主″

″流 とし ての 立場 を保 障し たか と いう こと とは 別︑ 問題 であ る︒ この 点 では 私︑ は︑ むし ろ︑ 第二 共和 制下 の

﹁右翼

﹂の 憲法 改革 構想

︵それ は 議﹁ 会改 革﹂ 論と 多分 に接 点を

一持 つと 思わ れる

︶と 第五 共和 制憲 法と の 連″

″繋 を強 調す る時 本義 昭の 見解 注に 目し たい 時︒ 本前 掲論 文お よび 同 二︵

・完

︶ 京都 大学 法学 論叢 一二 九巻 五号 一九 九 一年 参照

︵5

︶樋 口

﹃現代 民主 主義 の憲 法思 想﹄ 七頁 参照

︵6︶ 同上 七

︱八 頁参 照︒

︵7︶ 高橋 前掲 書二 八八 頁以 下参 照︒

② 

﹁議 会 改革

﹂ と学 説  

︱墓 鷲 の予 算 権 限を め ぐ てっ

︱⁚ 一九 世 紀 末以 来 の フラ ツス 議会 制 の動 向 は︑ 前 述 のよ う に当 時 の憲 法学 説 影に 響 を あ たえ ず には いな か たっ が︑ 同時 に︑ 当時 の 議﹁ 会改 革

﹂論 議 それ 自体 も 学︑ 界 に波 紋 を投 げ かけ て くい こと にな る︒ 学 説 は 議﹁ 会 改革

﹂ イの パン ク をト いか に受 けと め︑ それ によ り 学︑ 説 はど のよ う な再 構 成 を促 され る こと なに る ので あ ろう か︒ ま た逆 に︑ 議﹁ 会 改 革

﹂ の展 開 に対 し て︑ 学 説 は いか な る役 割 果を た し た の であ ろう か︒ す で に明 から にし た よう に︑

﹁議 会 中 心主 義﹂ 状 況 に対 す る ア チン

・テ ーゼ と し ての 議﹁ 会 改革

﹂ は︑ こ の状 況 の 病″

″弊 を 最も 端 的 現に 象 させ 議た 会 の予 算審 議 のあ り方 まに ず関 心 が向 け られ 議︑ 会 の予 算 権限

︵そ の制 限

︶問 題 中が 心的 にと りあ げ られ てい く

︒ ただ し 製︑ 鷲 改革

﹂ は︑ 当時 の 議﹁ 会 ク イラ アン テリ ズ ム﹂ 現象 の全 般化 のな か に

﹁議 会 中 心 主 義﹂ の問 題点 を 見 いだ たし

︒ それ ゆえ

︑ そ の改 革 構想 は︑

﹁議 会中 心主 義﹂ と そ の存 立 基 盤全 般 へと 広 が り う 内る 包 を 有 し てお り︑ 実 際 に︑ 地方 制度 革改 さら に 選は 挙制 度 改革

︵と りわ 下け 院 その れ

︶ へと 波及 し なが 展ら 開す るこ と にな る︒ フラ スン 第二 共和 制に おけ る議 会 予の 算権 限と その 改革

︵七︶                           七

(9)

法経研究四一巻四号︵一九九二年︶      ︑ かかる事情からすれば︑﹁議会改革と学説﹂というテーマは︑これら″議会制︱選挙制度︱地方制度″についての諸改 革全体と学説とのあいだの相互影響関係について考察する必要があろう︒しかし︑ここでは議会の予算権限問題に対象を 限定して検討する︒選挙制度改革︵下院への比例代表制導入問題︶については︑とりあえず前節でのエスマン︑カレ・ド・ マルベール︑デュギーの議会制論の検討を通じて︑﹁議会改革﹂への関わり方の偏差と代表制論との関連が︑一定程度︑ 明らかにできたと考えている︒また︑﹁議会クライアンテリズム﹂と地方制度改革との関連については︑ここで扱ってい る﹁議会改革﹂の時期をはるかに越えた長い射程︵第二共和制0成立から一九八〇年代以降の地方制度改革まで︶をとる 必要を感じているので︑別の機会に検討したい︒ 0 議員の︵予算︶発案権をめぐって

ある意味では当然のことだが︑議員の予算発案権の制限問題は︑﹁議会改革﹂が論じられる以前には︑学界でも取りあ げられていない︒例えば︑一八八一年公刊のデュクロック︵∪g88︶の﹁行政法講義﹂︵oo日り計一■o諄pO日

一 .●一3ぃ0 一いじ 第六版では︑この問題にいっさい触れていない︒ところが︑これに続く一八九八年の同書第七版第二巻では︑次のような 記述が現れる︒﹁財政法に関する代議院の議員の発案は︑支出と収入の双方に適用され︑経費の削減o廃止と同様に増額 にも適用される︒これらの発案権はすべて︑疑間の余地のないものだが︑⁝代議士は︑この発案を大いに濫用している︒・⁝⁚ この財政法に関する発案の濫用で最も危険なものは︑経費の開設・増額に関するものである︒というのは︑代議士が選挙 人のある集団を満足させようと熱中するあまり︑それが予算の均衡を破壊してしまうからである電 このように︑﹁議会改革﹂として議員の予算発案権の制限が取沙汰されるなかで︑この問題をとりあげる論文も現れて くる︒それらは︑また当然にも︑ 一九〇〇年の下院規則の改訂の前後に集中している︒そのいくつかを紹介する中で︑こ

(10)

の問 題 への 学 界 の関 わり 方 を検 討 てし みよ

う︒

例 えば

︑ ミ

シ ンョ

︵ 0︼3 F oF

●いし

は︑

﹁公法

・政 治学 雑誌

﹂ に 一﹁ 七 八九 年 以降 の フラ スン にお け る議 員 発案

﹂ 一︵ 八九 六 年  以 下 第﹁ 一論 文

﹂︶ ︑

﹁財政 関に す る議 員 発案

﹂ 2 九八 八年   以下

﹁第 一罫 Ψ

︿し の二 本 を投 じ て いる

︒ 彼

は︑

﹁第 一論 文

で︑

議 員発 案 の過 剰 と いう 問 題 に対 処 し て立 法 の メカ 一一ズ ムを 改革 す るた め に は歴 史 的 検 討 が 必 要 であ ると し

て︑

次 のよ う に述 べる

﹁理 論的 には 立︑ 法 には 政府 と議 院 と いう 二 つの 発 案 基 盤 が 必 要 であ ると 思 わ れ

る︒

﹃経 験 は今 日に お け る真 の立 法 者 あで る﹄ と うい 憲 法 問題 に つい てか くも よく 当 ては ま る テ ィ エー 氏ル の言 葉 を想 起 し

て︑

我 々は

︑  一世 紀 のあ いだ に フラ ン スが 経 験 し てき た数 多 く の体 制 を 通 し

て︑

法律 の制 定 にお け 発る 案権 が ど のよ う なも の あで たっ のか を 研究 す る こと

が︑

論理 よ りも 有 益 なも のと 考 えた 法︒ 律 の発 案 に つい て執 行 権 と代 表者 の競 合 を維 持 す る こと

が︑

果 たし

て︑

あ らゆ る自 由 な統 治 oご

●お 目o日 8一 Hぃギ 3 とに てっ 必要 な こと と な る か ど う か

︒ こ の歴 史 の概 観 によ てっ 立︑ 法 手続 き の改 革 と いう 困難 な 問題 の完 全 な解 決 策 が も ちた され る こと

は︑

お そ くら な い であ ろ うが す︑ く な くと も 今︑ 日 の政 治 生活 の条 件 に適 合 し う る解 決策 のた め の重 要 要な 素 提を 供 し う る あで ろ

う﹃

こ のよ う に問 題を た てた 上

で︑

ミ シ ンョ は︑  一七 九 一年 憲法 から 一八 七 五年 憲 法 に いた る ま での 発 案権 の取 扱 いを 通観 し

︑ そ の結 果 と し

て︑

次 のよ う な結 論 を提 示 す

る︒

まず 政︑ 府 に発 案 権 を認 め る のに 異は 論 が な

い︒

代 表者 は政 府 協の 力 なく し て立 法 をす る こと が でき な い︒  一方 議︑ 員 の発 案権

は︑

復 古 王制 七︑ 月王 制 第︑ 二帝 制 の時 期を 通 じ

て︑

歴史 的 に

﹁自 由

﹂ と結 び つい てき

た︒

こ のこ とが 政︑ 府 の 発案 権 と の競 合 に対 す る非 難を 押 さえ てき

た︒

かし し 今︑ 日 では 議員 発案 の立 法 の手 段性 疑は われ だ し てお

り︑

我 々 は

︑ 先達 と 同 よじ う 容に 易 歴に 史的 判 断 受を け 入れ る わけ に は いか な

い︒

現在 よの う に内 閣 の責 任を と なも たっ 議院 内閣 制 が 存在 す る場 合

は︑

議員 発案 が立 法 にお け る国 民 の意 思 の優 越 確を 保す る唯 一の 手 段 であ たっ 時 代 と 異は な りう こ

︒ フラ ンス 第二 共和 制に おけ る議 会の 予算 権限 そと の改 革

︵七︶                           九

(11)

法経研究四一巻四号︵一九九二年︶

は︑

次 のよ う にも 述 べ てい

る︒

会﹁議 が 執行 権 よに る発 案 を か くも 容 易 に︑ 思 い のま ま に発 動 さ せ う る と い う の

に︑

お︑

固有 の提 案 権を 必要 すと ると いう の であ ろう

か︒

執 行 権が 通常 固は 有 の意 思を 持 た な いと いう のに

︑ それ が議 会 の 意 思 に反 抗 す る こと を 恐れ る のは 時︑ 代 くお れ あで

る︒

執 行権 が 院議 内閣 制 の特 質 さに ら 適に 合

し︑

す なわ ち議 会 の先 導 者 と な りそ の引 き船 とな るよ うな 考 え方 のも と では

︑ この 制 度形 態 の 存在 だ け でも 立法 に つい て の十 分 な保 障と 考 える こ と は でき な い であ ろう か嘘 ミションは︑このように︑議員に発案権を保障し続けることへの疑念を述べながらも︑この第一論文では︑周到に断定 的な判断は避けている︒具体的な改革提案として提起されているのも︑立法過程へのコンセイユ・デタの関与に留まる︒ しかし︑これを受けた第一墓撃人では︑より踏みこんだ提起がみられる︒ 彼は 第一論文では︑議員発案権一般を扱うとして︑財政法の発案権については別途の検討を要すると述べていた︒第 二論文の主題が︑まさにこれである︒ この論文は︑眼の前で展開した一八九八年度の予算審議の″惨状″の指摘から始まる︒その最大の弊害は議員による支 出増額発案の濫発であり︑求められる改革の最大のものはここにあるとされる︵その他にも︑﹁予算による改革﹂の問題 の指摘もある﹁ 彼

は︑

財 政 法 の内 容 即に し

て︑

議 員発 案 の可 否 を検 討 し て いる

︒ まず 租︑ 税法 であ るが

︑ これ

・︱ ま

租 税を 創 設す る法 律 と 予 算法 のな か の租 税 改革 に関 す 部る 分 と が あ

る︒

ミシ ンョ は

︑ これ ら に つい

て︑

議員 発案 権 の存 在 認は め るが

︑ ただ し

︑ 修 正 には 代替 措 置 を必 要 とす る

し︑

綿密 な 調査 を 必要 とす る複 雑 な予 測 が 現︑ 実 には 求 め られ ると す

る︒

行 政府 にと てっ 難も

し い この よう な作 業

は︑

個 々 の議 員 力の を 越 え てい な いか が 問題 とな

る︒

通常 の法 律 に つい てさ え議 員 が固 有 の発 案 権を 行使 す る必 要 が今 や減 少 し てい る中

で︑

財政 に関 し ては 議︑ 会 の 決﹁議

﹂ 権 だけ でも 政︑ 府 にそ の意 向 を伝 え る のに

(12)

十分ではないか︑とされる︒なお︑収入の減額提案を予算修正の形式で行うことは︑絶対に認められない︒それは︑予算 均衡を破壊し︑選挙宣伝のためのもの以外の何物でもない︒また︑借人についても︑議員発案は禁止される︒ 次に︑支出については︑経費の増額を求める予算修正提案がとりわけ認めがたい︒ミションは︑このような発案を正当 化するものは何もないとまで言い切る︒代表制は︑財政の節約のために制度化されているのであって浪費のためにではな い︑という伝統的な観念にそれは明白に反するからである︒ 結局︑彼は︑収入の減少あるいは支出の増加をもたらす議員発案を︑両院がそれぞれの議院規則で︵とりわけまず下院 が︶禁止することを提案する︒ ミションの議論は︑ 一日でいって︑議院内閣制が成立し政府が議会︵多数派︶を基盤にしている今日においては︑議員 発案権はその固有の歴史的意義を喪失しているとするものである︒また︑財政法の修正にともなう複雑な考慮の必要も議 員発案の現実的根拠をせばめているとする︒全体として︑近代議会制の状況変化を正面から受けとめた問題提起となって おり︑それゆえに︑大胆な議員発案の制限案が提起されてくる形になっている︒ これに対して︑同じく﹁公法・政治学雑誌﹂の一九〇一年の号に掲載されたモロー︵88F﹃0︼いしの論文︵題名﹁議員発案ぃは︑より控え目な改革提言を示すものとなっている︒そこには︑フランスの議会制の現状認識についての両

者 違の いも 散 見 され 興︑ 味 深

い︒

も︑

議会 と 政府 が競 合 し て発 案 権を 有 す る体 制 従が 来 自は 由 保を 障 す るも との され きて たが

︑ この 考 え方

は︑

日︑

衰退 し てき たと す る点 では

︑ ミ シ ンョ 同と 様 であ

る︒

﹁公 権力 が

︑ そ の相 互間 にお いて お︑ よび 国民 と の間 にお い 有て し てき た関 係 に つい ての 考 え方 の急 激 な変 化

﹂︑

す な わち 憲﹁立 君 主 制

﹂ o︵日 口鶴 Orげ 8日 けぃ言 oけい

●B

︼︼し か ら

﹁議 会 共 和 制置 ぼ→ げ︼いo g o日 ヨ﹈Φ 3 Sい 3 への 変化 が そ こに は介 在 し てい

る︒

フラ スン 第二 共和 制に おけ る議 会の 予算 権限 とそ の改 革

︵七︶                          一一

(13)

法経研究四一巻四号︵一九九二年︶

立憲君主制は︑常に君主と国民との間の妥協である︒それは︑人民と君主という本来異質な存在の権利が﹁永遠の闘争﹂ 含諄序零暑3g︼﹈←を展開する体制である︒そLでは︑議会は人民の名において政府と対峙する︒議会は通常は政府の 提案を批判する立場にあるが︑政府が国民の要求に対応しなかったり︑これを拒否したりする場合には︑議会は発案権を 行使する必要がある︒このような事情から︑国民は議員の発案権を﹁かちとるべき自由﹂︵︻中ぎ

︻志 働oo●0諷

H 中じとみな すようになる︒︐ これにたいして︑議会共和制のもとでは︑立法権︑執行権などすべての権威は国民に由来するoこのふたつの権力は︑ 対立すべきものではなく︑協働者である︒そこでは︑発案権の得喪が自由にとっての勝敗とはならない︒しかし︑国民感 情はすぐには変わらない︒国民は執行権に対する不信をもち︑議会とりわけ民選の議院に愛着を持つことから︑立法府の 権限を制限し執行権のそれを拡大する試みには反対する︒ここでは︑権力間の対立は存在しないことから︑議会権限の拡 大も自由や民主主義の獲得としての意義を失い︑むしろ︑専制の危険が︑政府でも上院でもなく︑下院L墳uことになる︒ その危険な兆候こそ︑議員発案の過剰である︒ それでは︑このような事態は︑なにによって引き起こされているのか︒モ 普通選挙制に︑ただしその﹁原理それ自体﹂にではなく﹁その機能・帰結﹂ 握しているのか︑紹介しておこう︒

﹁普通 選 挙制 は

︑ そ の登 場 以来 あ︑ 種る の崇 拝 の対 象 であ たっ

⁝ そ の投 票 は︑ 神 託 と し て宣 言 され

︑ そ の意 思 抵は 抗 がし た いも のと され

︑ そ 恣の 意 は神 聖 なも のと され

た︒

同時

に︑

絶対 王制 すの べ て 属の 性 が 疑︑ う余 地 のな 主い 権 委を ねら れ た普 通選 挙権 者 にそ のま ま移 行 す

る︒

⁝⁝ こ のよ う な精 神 状 況 のも と では

︑ 選挙 国は 政 を担 当す る のに 最 適も たし 人 物を 指名 す る こと では な く 普︑ 通 選挙 権 者 の命 令 的意 思 を確 認す るた め の手 段 あで

る︒

そ こか

ら︑

候補 者 の綱 領 も詳 細

ロー は︑ 議 員 の発 案 権 の濫 発 の最 大 昼Ω 甲を

︑ 求に め る︒ モ ロー がど のよ う に こ の事 態 を 把

(14)

になる︒X氏に投票した選挙人は︑X氏がその政治信条の表明で示した数多くの立法問題についての解決策を︑全体とし てか つ細 部 にわ た てっ 承 認し たも のと 一︑  般 には なみ され

る︒

⁝ X氏

は︑

さし あた

り︑

自 分 が普 通選 挙権 者 の微 細 な部 分 か ら委 任を 受 け てい ると 考は えず

に︑

彼 は︑ 普通 選挙 権者 の全 体 か 委ら 任を 受 け 熱た 心 な奉 仕者 を自 称 し

︑ 自 認 す る

︒ 彼 普は 通選 挙 権者 意の 思 実を 現す る義 務 を 負 う こと にな

る﹁

﹁し かし なが

ら︑

人 民 の受 任者 た る代 表 者 ちた

は︑

自 分 たち が 選挙 区ご と に選 出 され てい る こと

︑ そ のi 嶼p 短 こい

と︑

そし

て︑

常 に再 選を 願 わざ るを え な いこ とを 忘れ ては いな

い︒

ここ

に︑

も う 一つ の代 表者 の配 慮 があ

る︒

それ

は︑

不偏 不 党 崇︑ 高と は いえ な い配 慮 であ る

⁝す べて の代 議士 は︑ 選挙 人 彼が ら の代 議 士 X氏 が彼 ら のこ と に つい て発 言 し たと いう こと を 地方 新 聞 で読 む のを 好 む こと を知 てっ いる

⁝⁝ 選 挙区 は固 有 の利 害 有を し てお

り︑

代 議 士

は︑

全 力を あげ て それ らを 充 足 さ せる 義務 負を

う︒

も あし る法 律 の提 案 有が 益 であ るな らば 彼︑ は それ を 提出 す る あで ろう

︒ こ のよ う にし

て︑

代 議士

は︑

選挙 人が 彼 与に えた 信 任 にふ さわ し い人 物 であ る こと を証 明す る であ ろう 議︒ 員 の発 案 権

は︑

それ を 証 明 す る の に貢 献 す る であ ろう

﹃ こ こ で示 され て いる 状 況 認識 は

﹁議︑ 会 改 革﹂ 論 が問 題 とす る

﹁議会 中心 主義

﹂状 況 のそ とれ し

て︑

当 時 一般 に流 布 し てい た も のと いえ

る︒

ただ し

︑ これ 対に す る モ ロー と し て の処 方 箋

は︑

普通 選挙 制 と 議員 発案 のい ず れ かを 廃 止す る こと では な

い︒

是正 策 を発 見す る ため には 問題 の真 原の 因を 示す こと が大 事 であ るが そ︑ れ

は︑

りと わけ

て︑

モラ ル 9︵日 p﹈o りX 品 性 8︵日 日 し 問の 題 あで ると 彼︑ は い

︒ 確 か に︑ 議院 内閣 制 が うま く機 能す る下 では す︑ な わち 強固 に団 結 たし 多数 派 と同 様 少な 数 派 院が 内 存に 在 し 内︑ 閣 が 多 数 派 よに てっ 組織 され てい 場る 合 には 多︑ 数派 は政 府を 通 じ て発 案権 を 行使 す れ ば よ い し

︑ そ こ での 少 数 派 の役 割 は 提﹁ 案

﹂ では な く

﹁批 判

﹂ にな る から 議︑ 員 発案 を 否定 し ても よ い︒ し かし

︑ モ ロー の見 ると ころ では

︑ こ のよ う な

﹁完 フラ スン 第二 共和 制に おけ る議 会 の予 算権 限と その 改革

︵七

︶                         一 三一

(15)

法経研究四一巻四号︵一九九二年︶       一四 全で理想的な議院内閣制﹂︵志い8oO日﹈o日8ごぃおり円旨諄o︐ じは︑フランスでは実現していないし︑近い将来実現 する見通しもない︒それゆえ︑議員発案権も︑依然として︑なしですますわけにはいかない︒彼は︑﹁政党の未成立﹂︑す なわち綱領をもった政党が存在し︑その指導の下に議員たちが提案権を行使するというような状況が国民のなかにも議会 の中にもないということが︑議員発案の濫発の原因の一つであると︑正当にも指摘している︒そのような中で︑議員の発 案権の金廃を提案することはリアリティを欠く︑というのが彼の考え方である︒ それでは︑どのような改革案が妥当か︒モローは︑現に提案されている種々の改革案︑すなわち︑議員発案の際の一定 数の賛同議員の義務づけ︑発案の提出時期の限定︑ 一人の議員ができる発案数の限定︑議員発案の審議日の指定︑下院議 員選挙への部分改選制の導入︑議員定数の削減などは︑いずれもその有効性は疑わしいとして︑かわりにコンセイユ・デ タの立法過程への協力︵意見提示︶を提起する︒ また︑予算審議の際の発案権︵修正権︶については︑コンセイユ・デタの協力の他に︑修正案をまず当該予算の報告を おこなった委員会に送付すること︑審議・議決の期目を指定することなどが提起されている︒この問題でも︑彼は︑議員 発案の全廃には同調しない︒それは次のような理由による︒﹁議員発案は︑政府や理事部のそれを補うために必要である︒

⁝⁝法的にも︑求められている全廃は正当化されえない︒議会と政府の役割は別物ではなく︑対立するものではない︒ それは︑同様のものであり︑補完し合うものである︒理論的には︑ 一方に認められている発案権を他方に認めないという 理由はどこにもない﹁この問題での彼の結論は次のようなものである︒﹁要するに︑改革は︑基本的には︑代表者自身 が選挙目当ての修正をやめて︑政府が実際に必要な提案をtなかった場合にのみ提案に関与するということにかかってい る﹁ 結 局

︑ モ ロー 見の 解 は

︑ ミ シ ンョ のそ れ と異 なり 議︑ 員 発案 権 そ のも の の制 限

・廃 上 には 消 極 的 であ

る︒

は︑

問題 の

(16)

本質的解決策は︑議員の﹁自制﹂であって︑議会・議員の権限の﹁制限﹂ではないとみている︒ このように当時の﹁公法・政治学雑誌﹂に掲載されたミションとモローの論文は︑問題状況の認識を共有しつつも︑そ れへの対処の方法において対称的な位置にある︒両者のこのよう斌分岐は︑結局のところ︑フランス議会制のあり方につ いての把握の違いに帰着する︒すなわち︑ミションは︑強固に団結した議会多数派に支えられた政府と同じく団結した少 数派とが対時するイギリス型の議院内閣制を想定あるいは展望して︑議員の予算発案権の廃上を提起している︒これに対 して︑モローは︑そのような議院内閣制はフランスでは存立していないし当分あらわれそうもないと考えているから︑予 算発案権の制限に慎重にならざるを得ないのである︒ また両者は︑議員の発案権一般が歴史的に持ち︑また現在持っている意義という観点から問題にアプローチするという 方法を共有している︒たしかに︑彼らは︑議員発案一般と財政に関するそれとの扱いに差異を設けてはいるものの︑その

﹁理論的根拠﹂は必ずしも明確ではない︒そこではむしろ︑﹁現実的理由﹂︵財政事項の発案は弊害が多い︶にもっばら依 拠してこの区別をおこなっているようにも思われる︒このような理論枠組のもとでは︑いきおい議員の発案権一般の制限 の正当性が問われぎるを得ず︑その際には︑一八七五年憲法の明文規定との﹁矛盾﹂が問題となる︒ミションは︑この点 を︑﹁議会制は財政の節約のための制度であり︑浪費のための発案権は認められない﹂という″大上段の″論理によって クリアしようとするが︑ 一方︑モローは︑憲法の規定を無視し得ないがために︑発案権の制限以外の方法での弊害除去を 模索していると思われる︒結局︑二人には︑﹁発案権を制限するか︑否か﹂という概括的な二者択一の選択枝しか︑理論 的には用意されていない︒彼らが共有するアプローチの方法が︑それを彼らに強制しているのである︒ ところで︑彼らのこのような議論は︑現実の改革とどのように関わるものであったのであろうか︒現実の﹁議会改革﹂ は︑根強い﹁議会中心主義﹂の構造に阻まれて︑フランス議会制を部分的に修正するに留まった︒学界の中では︑イギリ

フランス第二共和制における議会の予算権限とその改革︵七

︶       一五

(17)

法経 研究 四 一巻 号四

︵一九 九二 年︶                                            六一 ス型 の制 度

︵議員 の予 算 発案 権 の全 廃

︶を 求 め る意 見 かは な り 目立 つが

︑ それ にも かか わ ら ず 当︑ 時 の フラ スン 議 制会 は そ のよ うな 望″願

″ をお よ そ実 現 しう 状る 況 には な か たっ

︒ こ の点 はで 抑︑ 的制 改な 革 を提 起 たし モ ロー の

″慧

″眼 を指 摘 でき るか も しれ な

い︒

かし し︑  一九

〇〇 年 議の 院 規則 改 訂

が︑

不十 分 に では あれ とも か くも

﹁議員 の予 発算 案権 割Ω 牌

﹂ 実を 現 し たと いう 点 では

︑ モ ロー の構 想 より も 一歩 先 進へ み てで い たっ ので あ

る︒

か くし

て︑

一九

〇〇 年 の改 革

は︑

ミシ ョ のン 構 想 の ベレ ルに とは ど かな か たっ も のの

︑ モ ロー の構 想 は乗 り越 え 位た 置 にあ

る︒

かし も それ

は︑

﹁予 算 審 議 限に っ て議 員 発案 を制 限す る﹂ と いう 両者 には な い発 想 によ てっ も たら され たも ので あ

る︒

そ の意 味 では 両︑ 者 の学 説

は︑

いず れも 現実 の展 開 に十 分 に対 応 じ う るも のど なは てっ ない

い︒

こ の 界″限

は︑

前述 の彼 ら の アプ ロー チ の方 法 そ のも のの なか にあ たっ と考 えら れ

る︒

ω  算﹁予

=行 政

﹂説 の出 現 議員 の予 算 発案 権 問の 題 の学 問的 検 討 は︑ 述前 の発 案権 一般 か ら の アプ ロー チだ け では な か たっ

︒ す で に み た よ う に

︑ ミ シ ンョ や モ ーロ の議 論 で は発 案権 一般 と 財政 法

︵予 算

︶ に関 す る れそ とを 分け る 問﹁学 的方 法

﹂ が 未 確 立 であ たっ が

︑ これ に対 し

て︑

予算 の法 的性 格 を 質﹁実 的 には 行 政﹂ と 規定 し

︑ こ のこ とか 予ら 算 と 通常 の法 律 と の別 異 取の 扱 をい 正 当 化す 議る 論 が現 れ くて

る︒

まず

︑ この 問 題 に関 連 す る 会﹁議 改革

﹂以 前 の学 説 動の 向を 概観 し てお うこ

︒ 一八

〇八 年 代 の学 説 の

﹁立法

﹂ 概 念

は︑

例 えば 生︑ まれ たば かり の 一八 七 五年 憲 法

︵一 七八 五年 月二 二五 日法 律 の第 一 条

︶ 形の 式的

﹁法律

﹂ 概 念 法︵立 権

︲︱ ょ両 院 に属 す る を︶ そ のま ま 繰 返り す も のや

︑  一八 七 五年 憲法 の 単﹁ 純 な解 説﹂ と い う点 では これ と同 等 のも の であ るが 立︑ 法 権と 執 行 権 の区 別を

︑ ただ 単 に

﹁法 律 の制 定 と そ の執 行

﹂ と 規 定 す るも の

(18)

︵こ もれ

︑ 一八 七 五年 月二 二五 日法 第 二条 が大 統 領 の権 限 を

﹁法律 の執 行 の確 保

﹂ と規 定 し て い る こと に根 拠 を 有 す る

︶ な ど 確が 認 でき る程 度 であ てっ 立︑ 法 概の 念 を 容﹁内

﹂ と 式﹁形

﹂ 分に け 論て じた

り︑

それ と の関 連で

﹁予算 の 壼 盟勝 阻 を 問題 すに る議 論

は︑

とほ んど な いと い てっ よ

い︒

予 算 の議 決 が立 法権 に属 し し︑ かも 法 律 と うい 形式 を と てっ 定め ら れ る こと への 反省 的考 察 確は 認 でき な

い︒

そ のよ うな な か

で︑

む し ろ オ ー コ クッ の以 下 のよ うな 見解 注が 目 に値 す

る︒

彼 は︑  一八 八 五年 公刊 のそ の著 書

﹁行政 お よび 行 政 法講 義

﹂ 第 二版 の中

で︑

立 法権 の概 念 に関 連 し て次 のよ う に述 べる

﹁事︒ 柄 の性 質

︵F 口詳 日 o 8一 o多 器し に のみ 関連 し て言 えば

︑ 公権 力 には

︑ 二 つの 本 質的 要素

︑ す な わち 立 法 を にな う権 力 と そ の執 行 を 担当 す る権 力 のみ があ

る︒

立 法権 には 以︑ 下 のも のが 帰属 す

る︒

市 民 対に し

て︑

そ の相 互 間 お よび 社会 と の関 係 にお い て課 せら れ る行 為規 範 の定 立

︑ 市 民 の協 同 の需 要 の充 足 のた め の公 役 務 に必 要 な資 財 創の 設

︑ こ 資の 財 用の 途 の規 制 であ る

﹁立 法

﹂ を こ のよ う に概 念 規 定す る こと は 彼︑ が 一八 七 五年 憲 法 の形 式的

﹁立法

﹂ 念概 を 省反 的 考 察な く受 け 入れ て いる わ け では な い とこ を意 味 す

る︒

は︑

予算 法 のう ち

︑ 租税 に関 す る部 分 は

﹁市 民を 拘束 す 規る 範

﹂ であ り 支︑ 出 に関 す 部る 分 は それ と異 な り

﹁政 府を 指揮

︒統 制す る行 為﹂ あで とる し

て︑

両者 の内 容

︵実 質

︶的 違 いも 自 覚 し てい

る︒

そ の上

で︑

後 者 を 含も んだ 立法 の 概念 を 事﹁ 柄 の性 質﹂ か 立ら てら れ ると し て るい

︒ そ の意 味 では 支︑ 出 予算 を実 質 的 にも 法律 であ ると し てい る ので あ っ

て︑

これ

を︑

﹁予 算

=実 質 的法 律

﹂説 と でも 呼び うる も ので あ

る︒

な ぜ この よう な理 解 が成 立 うし る のか に つい ては 当︑ 時 が フ ラ スン 公法 学 の 世″創

″期 あで る とこ あも てっ 必︑ ず しも 理論 的 に説 得 力 のあ る形 で示 され ては いな

い︒

強 い てあ げ れば

﹁歴︑ 史的 明説

﹂ と でも えい よ うが

︑ 成 立 し た ば か り の 一 八七 五年 憲法 が

﹁形式 的 立 法

﹂概 念 のみ を 規定 し て いた 点 や 大︑ 革 命

︵部 分的 には 復 古 王制

︶以 来 の伝 統 と し

て︑

議会 は 支出 議 決と 収入

︵租 税

︶議 決を 一括 し て担

い︑

同時 そに れ ら 不は 可分 のも のと され

︑ かし も 前者 後は 者 の コ削 提

﹂と し て フランス第二共和制における議会の予算権限とその改革︵七︶

(19)

法経研究四一巻四号︵一九九二年︶       一八 位置づけられてきた点が指摘できよう︒この最後の点がもつ意義は︑決して理論的にも小さくない︒第二共和制当時も︑ 革命以来の﹁支出議決の先行﹂制が維持されており︑しかも学説はこの制度の意義を一様に強調している︒このような理 解が前提となって︑予算議決とりわけその中の支出議決のみを特殊に取り出して︑特別な扱いをするという発想も出てこ なかったものと思われる︒ しかし︑このような理論状況は︑﹁議会改革﹂論議の勃発とともに一変する︒議員の予算発案権がとりわけ支出予算の 発案︵修正︶権の制限問題として取り上げられると︑支出議決の他の法律議決にはない″特殊性″が指摘されるようにな り︑とりわけそれは実質的な意味においては﹁立法﹂ではなく﹁行政﹂であるという説︵﹁予算=行政﹂説としておく︶ が登場してくることになる︒ この問題で注目するべき著作は︑ 一八九七年の﹁立法・判例批評雑誌﹂に掲載されたブーヴィエとジエーズの共著によ る﹁法律の真の観念と年次財政法﹂である0この論文は︑その題名の通り﹁法律﹂の概念を諸学説によりながら検討した 上で︑予算法の﹁行政﹂的性格を明らかにするという結論を導いている︒内容もさることながら︑ 一八九七年という﹁議 会改革﹂問題が浮上してきたさなかに公表されたという点も考慮して重要な論文と思われるので︑以下︑その内容を若千 詳しく紹介してみたい︒

∧序文∨ 立法議会の存在する国々では︑予算は議会によって議決される︒それゆえ︑予算議決という議会の任務は︑立法と同一のもの︑その 延長と見られている︒しかし︑このような皮相な検討に留まるわけにはいかない︒予算は余分な要素を除くと支出と収入の総体を確定 することであるが︑﹁収入と支出の額にもっぱら関わり︑まず総額を決定し︑各役務に経費を分配し︑租税を割り当てることは︑立法議 会の任務というよりも執行権の任務である

ま︵例え下院の優越︶﹂ ︒た予算議決は通常の法律とは異なる例外的手続きを含むば︑︒︑︑

(20)

以 上 か ら 年︑ 次 財 政 法

︵= 予 算 法

︶ は 法︑ 律 形の 式 だ け を と るも の あで てっ 実︑ 質 的 に は 立︑ 法 機 関 によ てっ 行 使 さ れ る 高﹁ 次 の 行 政 的 行為

︐ ︵ oざ o﹄ pr 二 o 日0 一.め 一■ユ ざ

●︶ であ る 予︒ 算 法 の この よ う な特 殊 性 こ そが そ︑ の例 外 的 な 手 続 き を 説 明 す る

∧ 第 一部   年 次財 政 法 の性 質

∧ 第 一節   予算 法 の行 政 的 性 格   理論 的 証 明   本 来 の法 律 の真 の観 念

﹁年次 財 政 法 は 本︑ 来 の意 味 の法 律 のう ち 外 的 な 形 式 し か も たな 高い 次 の行 政 的 行 為 であ る﹂

︒ こ の点 は

︑ 理論 と 歴 史 の双 方 か ら の 証 明 が 可能 であ る

︒ 理論 的 証 明 は

﹁法︑ 律

﹂ の概 念 規 定 によ る

﹁法律

﹂ 概の 念 に つい て は ま︑ ず

﹁形 式 的 概 念

︵例 え ば

﹁︑ 法 律

=立 法機 関 によ てっ 一定 手の 続 き にし た が てっ 定 め ら れ る 一般 意 思 の表 明

︱オ ー リ

︶ゥ が あ るが 法︑ 律 を

﹁機 能

︵♂

●2 ざ じ

﹁内 容

︵ざ

●3 によ てっ 定 義 し な け れ ば

︑ 法 律 の社 会 的 役 割 を 示 す こと にな ら な いし 社︑ 会 にお い て生 活 し て いる 人 間 の関 係 にお い て法 律 が持 つ位 置 も 示 さな い︒ これ 重は 大 な 欠 落 であ る

︒ 要 す る に

︑ 法 律 の

﹁形 式 的概 念

﹂ は

︑ 循 環 論 法 であ り 法︑ 律 を 定 義 し た こと にな ら な い︒ そ こ で︑ 法 律 を

﹁作 用 的 観 念

﹂ か 定ら 義 す ると

︑ ま ず それ は

﹁法 的 命 題

﹂ 0 8 8

■ o7 月中含 OC e であ り

﹁法︑

= 権 利

■︵●

o︼←

を 創 出 す るも の﹂ であ る

︒ 従 てっ 例 え ば 宣︑ 戦 の布 告 に関 す る議 会 の議 決 は 法︑ 的 決定 を 何 ら含 ま な いし

﹁︑ 法

=権 利

﹂ を 創 出 し な いか ら

︑ 法 律 で はな い︒ ま た 同 時 に法 律 は 義︑ 務 的 規 範 でな け れ ば な ら な い

︒ さら に︑ 法 律 には 一般 性 す︑ な わ ち 適︑ 用 範 囲 の 一般 性 と 期 間 の 一般 性

︵永 続 性

︶ が求 め られ る

︵例

︑ エス マ ン

﹁ 一般 的 規 範 で な い も の 期︑ 間 が 無 限定 でな いも の は 法︑ 律 の正 確 な 定 義 に合 致 し な い﹂

︶︒

そ れ ゆ え 時︑ 限 立 法

︵た と え ば

﹁暫 定 法 律

﹂ ざ F

.8● oユ

︶ は

︑ 真 の意 味 で法 律 では な い

︒ な お 法︑ 律 と

︵行 政

︶命 令

︵3 日F Φュ

︶と の相 違 も

︑ これ を 制 定機 関す な わ ち形 式 違の い によ てっ で は な く

︑ 作 用 的 に 識 別 し な け れ ば な ら な い 法︒ 律 は原 則 を 定 立 し 命︑ 令 は法 律 の適 用 の手 段

・詳 細 を 定 め る も の あで る

︒ それ ゆ え

︑ 命 令 の規 定 は 新 し い規 範 で は な く 既︑ 存 の原 則 の発 展 にす ぎ ず

︑ こ の原 則 なく し て命 令 発は 動 し え な い︒ 法 律 の真 観の 念 を 定 義 す ると 次 のよ う に な る

﹁法︒ 律 と は 国︑ 内 の社 会 関 係 を 一般 的 か つ恒 常 的

︵あ る いは 永 続 的

︶ に規 律 す る 始 源 的 フ ラ ン ス第 共二 和 制 にお け る 議会 予の 算 権 限と そ の改 革

︵七

︶                                  一九

(21)

法経 研究 四 一巻 号四

︵一 九九 二年

︶                                                 一一〇 か つ基 本的 規範 であ る﹂︒ 法律 の役 割 は︑ 一定 の条 件 のも と で社 会 にお け 人る 間関 係を 規律 す るた め の 般一 的 永続 的規 範 の定 立 あで る︒

︵立 法 の意 義が 以上 のよ うな も ので あ ると し

︶て 立法 権 は︑ 真 の法 律 の制 定 以 外 の個 別 的事 項 も 引 き 受 け る 学︒ 者 や そ の未 亡 人 ヘ の年 金 の付 与︑ 著名 人 の国 葬 地︑ 方的 利害 に関 わる 法律 の議 決な ど は法 律 の形 式 をと るが

︑ 一般 的 規範 では な く 個︑ 別 的行 為 あで る

︲ ︒ 行政 的 行 為 のう ち のあ るも のは そ︑ の重 要 性 を理 由 に立 法 権 に委 ね られ る︒ ま た 戒︑ 厳 宣 告 に関 す る法 律 な ど は 統︑ 治 行 為

︵ o算 OL 話ヨ o8oュ ニ︶ あで り︑ 決算 法 の制 定 は︑ 法律 形の 式 よに る裁 判 行為

︐ ︵ oざ Φ﹄ 曹ヽこ いo一ざ 目︶ であ る︒ 以上 の考 え方 を 予 算 議決 に適 用す る

﹁年 次 財政 法 は

︑ そ の本 質 的 な 要素 に限 局 す る と 議 会 の行 政 的 権 限 8︵﹈

一言いげ 二¨o 樹 日■

F リォ盟 りいお

●0 句 呵F日 0ュ︶ 帰に 着す る︒ と いう のは そ︑ れ は基 本 的︑ 一般 的 永︑ 続的 規範 を構 成 しな いか ら であ る﹂︒ ただ し

︑ 租税 度制 期を 限を 定限 せず 創設 す る財 政法 の部 分 は︑ 真 の法 律 であ る︒ 一方 支︑ 予出 算は 執︑ 行権 によ てっ 行 われ 管る 理 行為 を 承 認 す る公 権力 の行 為 であ り︑ デ ギュ ー の言 うと ころ よに れば

﹁執︑ 行行 為﹂

︵ oざ oH8

●一いじ であ る︒ また 租︑ 税 の徴 収を 予測 し 承認 す る行 為 であ る収 入予 算も

﹁執 行行 為

﹂ であ る︒ 算﹁予 法は 律 の形 式 で行 われ る法 的 には 行政 的な 行為 であ

﹂る︒ そ 理の 由 と し ては

①︑ 予 算 は 一種 の承 認 であ る︒ 承認 行為 行は 政行 為 であ る︒

②予 算 は公 的 制度 を創 設す る法 律 の執 行を 確保 す る︒

③予 算 租は 税を 創 設す る法 律 の 執行 を承 認す る︒ この 性格 は︑ 国 県︑

︑ コミ ーュ ンの 予算 す てべ 該に 当す る︒ 

                

・  この 点 は︑ 予算 が複 数年 度 にわ たる も ので あ てっ 変も わり なが い︒ 予算 の定 立 は執 行作 用 な での ある から 論︑ 理的 には 執行 権 に留 保 され る べき であ るが 長︑ あい だい の経 験 に よ てっ

︑ 諸 国 民 は これ を 疑う よう なに たっ 予︒ 算 最は 高 の政 的治 武器 であ る とこ 認が 識さ れ 定︑ 期的 議決 が議 会 によ る執 行権 の統 制権 の 一側 面 とな たっ

︒ 行 政 的行 為 では ある が自 由 にと てっ 重要 な行 為 あで り︑ 議会 自は 由 のた め の法 律を 制定 す るだ け なで く 一定 の行 為 を 行う こと で自 由 を 確 保 す る こと なに たっ 予︒ 算 の定 立 執が 行権 を離 れ て︑ 立法 議会 の作 と用 な たっ のは

﹁論︑ 理 では なく 自由 に適 合的

﹂だ から であ る︒

∧第 二節  予 算 の行 政 的性 格  歴史 的観 点 から の証 明∨ 予算 の行 政的 性格 の歴 史的 証明 とし ては イ︑ ギ リ スや フラ スン では 租︑ 税 の議 決と 法律 制の 定 は 歴︑ 史的 に区 別 され てき た こと が挙 げ られ てる

︵例 えば 一︑  八七 九年 の人 権宣 言 が法 律 に つい ては のそ 条六 規で 定 し︑ 租税 に つい ては 一三 条 で規 定 し てい るよ う に預

参照

関連したドキュメント

インスリンは26S プロテアソーム活性を低下させる  インスリンを2時間作用させた際のプロテアソーム活 性をin-gel

しかし、近年は遊び環境の変化や少子化、幼 児の特性の変化に伴い、体力低下、主体的な遊

記)辻朗「不貞慰謝料請求事件をめぐる裁判例の軌跡」判夕一○四一号二九頁(二○○○年)において、この判決の評価として、「いまだ破棄差

ところで,労働者派遣契約のもとで派遣料金と引き換えに派遣元が派遣先に販売するものは何だ

(J ETRO )のデータによると,2017年における日本の中国および米国へのFDI はそれぞれ111億ドルと496億ドルにのぼり 1)

The Moral Distress Scale for Psychiatric nurses ( MSD-P ) was used to compare the intensity and frequency of moral distress in psychiatric nurses in Japan and England, where

[r]

[r]