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図書館と私

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(1)

青山学院大学図書館報

ISSN  1345−3505

http://www.agulin.aoyama.ac.jp/

No. 84

Apr. 1, 2009

特集

特集「図書館と私」

巻頭エッセイ

学生時代の一冊と図書館 ... 松澤 建  2 特集「図書館と私」...412 OPAC 紹介...1314

女子短期大学図書館所蔵オーク・コレクション ....15

図書館広報板 ...16

図書館と私

「間島記念館」

図書館で草稿を読んだ... 野耕一郎  4 図書館の思い出 ... 田付茉莉子  5 探すのではなく出逢う場所 ... 伊藤 敬也  6 図書館嫌いだった私... 飯坂ひとみ  7 掘り出し物を探しに... 山路  学  8 図書館と私 ... 小林 夏野  9 書物の来歴、あるいはバーコードの黒い縦線 ... 竹内 孝宏 10 人を惹きつける図書館とは? ... 福田 亘孝 11 図書館あれこれ ... 新倉  修 12

(2)

■ 巻 頭 エ ッ セ

イ 青山学院理事長  松 澤   建

MATSUZAWA Ken

私が学生時代に読んだ本で印象的な一冊 に、キリスト教概論の授業で指定された、ロー ランド  H.  ベイントン著『世界キリスト教史 物語』(教文館 気賀重躬訳)があります。

この事を学院宗教部長の嶋田先生にお話した ところ、大学図書館で本の詳細を確認され、

古本屋巡りをして見つけ、私に寄贈してくだ さいました。偶然にもその数

日後、山本吉宣図書館長より AGULI への寄稿のお話をい ただき、この本を紹介出来れ ばと思いお引き受けいたしま した。

後日、図書館より、まさし く学生の私が読んだであろ う、その本を届けていただき ました。図書館としては当然 かもしれませんが、40 数年 前に手にした一冊が今もなお 所蔵されている事は感慨無量 で、書き込みや、線引きがさ

れている事、利用者が多かったのか表紙が再 生製本されている事は残念でしたが、年齢に よる外見風体の変化や、「皺」や「しみ」が 増えたとはいえ、性格は全然変わっていない 旧知の友と再会できたような気持ちになりま した。

改めて表紙を開いてみると、昭和 28 年に 初版された年に、訳者の気賀重躬先生より寄 贈された印があり、私が当時利用した時には

気づかなかった新たな発見にまた感動を受 け、気賀重躬先生は私が入学した当時、大学 長として活躍されておられましたが、学長在 任中に逝去されたという、私の学生時代では 印象深い出来事をあらためて思い返しまし た。

本の内容については、キリスト教の初心者 だけでなく、少しキリスト 教活動を経験した人間でも、

キリスト教の発展について 自然に興味を引かれ、また、

独特の雰囲気を持つ古図版 の挿絵が絶妙なタイミング で登場し、わかり易く飽き させない一冊であったと記 憶していました。その記憶 のとおり、約 50 年ぶりに本 書を読み直しても、キリス ト教の歴史を学ぶのに適し ており、キリスト教概論と いう授業には打って付けの 教本であると、今更ながら自分の中で納得し てしまいました。

現代の学生気質は私たちの時代とは余りに も違い過ぎ、この本が時代にマッチしている かどうかは何ともいえませんが、出来れば今 の学生の皆さんにも、本学の建学の基盤であ るキリスト教の発展を学ぶ入門書として読ん でもらいたい一冊であると思います。

ところで、私が青山学院大学経済学部を卒

学 生 時 代 の 一 冊 と 図 書 館

(3)

業したのは、昭和 35(1960)年 3 月ですから、

もう 49 年前になります。この年 1960 年に日 米安全保障条約が締結され、その後、いわゆ る学生運動が起っていきますが、私が在学中 の青山キャンパスはまだ平和で、学校の周囲 も、青山通りには路面電車が走っており、「青 山」といっても現在のような先進的な雰囲気 や賑わいはまだ少なく、何かのんびりした雰 囲気でした。

そして当時の大学図書館は、現在の間島記 念館であり、名称も「青山学院間島記念図書 館」と言っていました。青山学院の校友の皆 さんの多くは、図書館と言えば、校友の平岡 精二さん作詞・作曲、ペギー葉山さんが歌っ て昭和 40 年頃ヒットした「学生時代」の歌詞、

「♪秋の日の図書館の♪ノートとインクのに おい♪枯葉の散る窓辺♪学生時代」と、その 内容どおりの情景が目に浮かぶのではないで しょうか。私自身も卒業して就職した会社で、

懸命に仕事をしている時期、この歌が母校青 山学院を思い出させてくれ、仕事で疲れた気 持ちを和ませてもらったものです。

この歌を平岡さんが作詞された時、青山学 院をイメージされたことは多くの方がご存知 でしょうが、その歌碑を今回ベリーホール(法 人本部)礼拝堂前に設置することが決まりま した。

また、この歌碑を設置するに当たり、その 最初のフレーズ、「蔦の絡まるチャペル」の 雰囲気を、少しでも本部礼拝堂に再現してい

ただくようお願いいたしました。私自身完成 をとても楽しみにしており、皆さんも是非ご 覧いただき、昭和 40 年頃に思いを馳せてい ただけたらと思います。

さて図書館の事ですが、図書館は教育・研 究において、学校の顔とも言われるほど重要 であることは言うまでもありません。

我が青山学院大学の図書館は、蔵書冊数、

コレクション、また、蔵書検索や、利用可能 なデータベース・電子ジャーナルをはじめと する青山学院オリジナルの図書館システム等 は、決して他大学に引けを取るものではない とお聞きしています。

ただ書庫の狭隘化は、現在院長代行を務め ていただいている半田正夫先生が図書館長に 就任された折も、既に書架の一部に整理され た図書が配架できない状況があり、図書館運 営に苦慮されたとお聞きしております。

それから既に 10 年以上経ており、書庫の 問題は、法人ならびに大学執行部に懸案事項 として挙げられ続けていることは重々承知し ております。

数年前に電動書庫を設置し多少改善された ものの、青山キャンパスの新図書館建築は、

「青山学院の新たな出発」を目指して策定し たアカデミック・グランドデザインに掲げた 青山キャンパス再開発で、今後最優先で検討 するべきと考えており、現在の間島記念館の ように、青山学院の顔となる図書館を実現さ せたいと思います。

(4)

図 書 館 と 私

特集

図書館で草稿を読んだ

  野  耕  一  郎

HAMANO Koichiro

図書館にはあまり縁がない。そう思ってい る。むろん本を借りに足を運ぶことはしばし ばだし、他の図書館から資料を取り寄せても らう回数も比較的多い方だと思う。ただ、僕 にとって「図書館に縁のある人」とは、そこ で静かに読書をしたり、落ち着いて勉強した りする人のことだ。僕はというと、図書館に 30 分と留まることがない。借りた本や取り 寄せた資料は、今も昔も館外で読む。何らか の(あまり耳にしたくない)心理的原因があっ て、僕には図書館があまり居心地のいい場所 ではないのである。

とはいえ僕にも一度だけ、開館時間から閉 館時間まで、文字通り図書館に籠った経験が ある。今から 14 年ほど前のことだ。専門に 研究していたジョルジュ・バタイユのあるテ クスト(『我が母』)を読み進めていくうちに、

そのもとになった草稿に目を通す必要に迫ら れた。そこで当時住んでいたフランス北東部 の街からパリに「上京」し、数週間のあいだ、

件の草稿を保管している国立図書館に通うこ とにした。

文学研究には、生成研究という名の研究ア プローチがある。手書き草稿やタイプ草稿、

作家が手を入れた校正刷りなどをもとにし て、テクスト生成のダイナミックな過程を明 らかにする研究法だ。フランス文学の分野で いえば、この研究法で業績を挙げた日本人研 究者は非常に多い。プルースト研究で世界に 名を馳せた、今は亡き僕の恩師もその一人 だった。

ただ長い間、僕にはそうした研究アプロー

チが全く魅力的に映らなかった。決して読み 易くはない草稿の解読(この解読こそ、多く の生成研究のベースだ)に時間を費やすなん て、「超」が付くほど地味で「かったるい」

作業に思えたからだ。もっとスマートでス ピード感あふれる研究スタイルだってあるは ずだし、その方が楽しいに決まっている。何 が悲しくて、そんな「苦行」に身を窶すのか。

やりたい人は勝手にやって。俺は知らん。

ところがである。早朝、眠い目をこすりな がらフランス国立図書館に出向き、いざバタ イユの草稿を手にすると、知らず知らずのう ちに気持ちの昂っている自分に気付くことに なった。何と言っても目の前にあるのは、日 頃読み込んでいるバタイユ肉筆の言葉たちで ある。案の定読みづらいが、筆跡の特徴をつ かみ、四苦八苦して解読することが、苦行ど ころか一種の快楽になってゆく。読み進めて いくと、バタイユの小説につきもののエロ チックなシーンに差し掛かる。すると紙面の 筆致が乱れ始める。どう足掻いても解読でき ない箇所が現れる。司書の女性に助けを求め る。すると古びた机の引き出しから大型の ルーペを取り出し、一語一語、丁寧に音読し てくれる。「彼女は四つん這いになって…」

思えばバタイユ自身、この国立図書館に長 い間勤務した一司書であった。彼の草稿に引 き寄せられた僕は、生成研究の面白さの一端 を知ると同時に、図書館で過ごす時間もそう 悪くはないのだなと思ったのだった。

(文学部フランス文学科准教授 20 世紀フランス文学・思想)

(5)

とりわけ思いでの深い図書館が二つある。ひ とつは小学校の図書館。木造平屋で書棚も低く、

小学生の身の丈にあった図書館だった。窓から 学校の畑が見えて、えんどう豆の花が咲いてい た。低学年のときの私は、学校の勉強からは落 ちこぼれていたが、本を読むのが好きで、よく 図書館に通っては、手当たりしだいに本を借り て読んでいた。教室にもどるのが遅くなって、

担任の先生に鍵をかけて締めだされたことも、

何度となくある。借りて帰った本のなかに『風 とともに去りぬ』があって、びっくりした母が 学校に文句をつけたというが、これは小学生向 けのお話バージョンだった。

もうひとつ、通いつめた図書館は大学時代の 経済学部図書館だ。進学とともに日本経済史に 興味をもち、大学院進学を考えはじめた私は、

ゼミのレポートを書くときも経済史のテーマを 選んで、図書館で独学しては地方財政学の指 導教官を悩ませていた。4 年になってからは内 部進学試験の応募論文を書くために、大学に通 うというよりはほとんど図書館に通って濫読に ふけった。学部学生にもかかわらず、閉架式の 書庫に自分で探しにいきなさいといわれるほど、

通いつめていたのだ。ここの閲覧室は 5 階にあっ て、しかも歴代学部長の肖像画や写真が並んで いて、居心地はかならずしもよくない。だが、

窓からケヤキの木が見える。春のみずみずしい 若葉がしだいに緑の色を深くし、そしてかすか に黄色味帯びてくるころ、ようやく論文を書き 終えた。

図書館の機能が、窓からの景色にあるのでは ない、ということはよくわかっている。ところが

何十年か経って思い出に残るのは、窓の景色な のだ。いい図書館の条件のひとつとして、居心 地のいい閲覧室がある。そしてその居心地を決 める大きな要素が、私にとっては窓から木や花 がみえて季節の移ろいを感じることのできる環 境なのだ。青学の図書館は、せっかく 8 号館の 桜が窓からみえる位置にありながら、閲覧室か ら十分に楽しめるような配置になっていない。

書庫やコピー機、パソコンなどを奥のほうにま とめて、入り口脇に大きな閲覧室を作ったら、

どんなにすばらしいかといつも思っている。

もうひとつの図書館の魅力は、本を手にとっ て見ることができるということだ。本は読むも のであって、見るものでもさわるものでもない ことは、十分に理解している。だが、本の質感・

重量感が直接肌を通して訴える魅力は大きい。

厚さのわりに軽い本や、ぺらぺらの表紙の本で はなく、ずしりと重い本が好きだ。古い革表紙で、

触ると手に赤いさびのつく本や、慎重にページ をめくらないと綴じが壊れてしまいそうな本は もっと好きだ。開架式の図書館で、目で見て本 を探し歩くことは、決してムダではない。イン デックスでみつけられなかった本に出会うこと ができるという偶然性がいい。大学図書館が、

すべての図書を開放的に収納できないことは当 然だが、本学の図書館は、青山も万代記念もで きるだけ開架部分のスペースをとっていて、自 分自身でたくさんの本と向き合うことができる。

これは、ターゲットを絞る訓練ができていない 新入生のために、とくに大切なことだと思う。

(経済学部教授 日本経済史、日本経営史(海運経営史)

田  付  茉  莉  子

TATSUKI Mariko

図書館の思い出

(6)

図 書 館 と 私

特集

探すのではなく出逢う場所

伊 藤 敬 也

ITO Takaya

多くの人にとって、図書館は必要に逼られ て訪れる場所だろう。大学の図書館であれば、

勉強や休息のための静かな空間として使用す る場合を除くと、講義で課されたレポートを 書くために、ゼミで研究発表をする準備のた めに、あるいは論文を執筆するために、資料 を求めて来館することがほとんどではないだ ろうか。レポートの課題に関連した資料を探 し、ゼミでの研究テーマに関する資料を探し、

論文執筆のための参考資料を探すことだけが 図書館の利用方法だと思っている人は、決し て少なくないはずである。

確かに、さまざまな利用者の「求め」に応 じられるだけの「必要」な文献資料を収集し 管理することは、図書館の主要な使命である。

しかし、利用者にとっての図書館の本当の価 値は、ほかにある。

われわれの多くは、小学生の頃から今まで、

与えられた課題に上手く対応する訓練ばかり をさせられてきた。問題はすでに目の前に あって、処理の上手な者が高く評価される。

そのような環境で育ってきたら、図書館を探 しもののためだけの場所として理解してしま うのも無理はない。

学ぶことに長い時間を費やしてきた者が社 会の一員として期待される本来の役割は、問 題そのものを発見あるいは創造することだ。

何もないところから問題が降りてくることは まずない。必要に逼られて探しにきた本の隣 の本の書名を無意識に目にしたとき、新着図 書のページをめくっているとき、それまで考 えていたことと結びついて、新しい問題が手 に入る。

わたしにとっての図書館とは、何も用事の ないときにこそ訪れるべき場所であり、予想 外の出逢いを求めて通う散歩コースである。

読みたい本があるから図書館にむかうのでは なく、図書館に行くから本が読みたくなるのだ。

学生が有する唯一といっていい財産は、

ゆっくりと物事を考えることのできる十分な 時間である。書を捨て街へ出る時代は終わっ た。暇なときにこそ図書館を訪れ、新着図書 から学術雑誌の最新号、ときにはまったく関 心のないテーマを扱っている本まで、館内を ぶらぶら歩きながら、時間をかけて背表紙を 眺め、少しでも興味が湧いたら手に取ってみ るといい。大げさではなく、一冊の本との出 逢いによって、人生が変わるかもしれない。

(法学部専任講師 国際私法)

(7)

図書館嫌いだった私

飯  坂  ひ  と  み

IIZAKA Hitomi

「図書館と私」というテーマでの執筆を依 頼されたのだが、残念ながら私にとって図書 館は、子供の頃から苦手な場所であった。図 書館に入ると、漠然とした重苦しい雰囲気に 包まれるような思いがしてならなかったの だ。それが何故だかは解らなかったし、追求 したこともなかった。ところが、本を読むこ とはとても好きだったので、子供の頃の小遣 いは単行本の購入へと消えていった。

社会人から大学へと舞い戻り、その後大学 院、博士号課程と、長い長い学生生活をカリ フォルニア州立大学サンタクルーズ校でお くった。その何年もの間、McHenry Library のお世話になった。大学生になってもやはり 図書館嫌いだった私は、専門分野の本の置い てある箇所だけを目指して行き、必要な本を チェックアウトして足早に図書館を後にする 日々だった。ところが、大学院へ進学して研 究生活が始まってからは、図書館での文献調 査に時間がかかる日も増え、早々に立ち去る ことができなくなった。インターネットでは 検索できない文献も多く、欲しい論文が蔵書 にない場合は、他大学の図書館にも

足を運ばなければならないことも頻 繁にあった。その両方のことが憂鬱 に思えた。

ある日、何故図書館が嫌いなのだ ろうと考えた。答えは簡単に思いつ いた。図書館には二メートルもあろ う本棚が、広いフロアーを埋め尽く し、それが何階にもおよんでいる。

それは、世界中のいろいろな分野の

アカデミアの肥大化した脳が並んでいるよう に思われた。この限りない数の本やジャーナ ルのうち、私はなんと悲しいほど極一部の本 しか読んでいないのか、死ぬまでにどれほど 読まなければならない文献があるのだろうか、

という自分の無知さへの恐怖感なのだった。

なんとも情けない話であるが、これが子供の ころから続いてきた「図書館嫌い」の原因で あったのだ。

そんな私にも、図書館が少し身近な存在に 思える時が訪れた。博士号課程の途中で、初 めて共同の研究がジャーナルに掲載され、図 書館でそのジャーナルを見かけた時だ。私の 小さな脳もこの図書館の一部になったのだと 思うと、図書館に妙な親近感を覚え、少しの 間(ほんの少しではあるけれど)、あの重苦 しい雰囲気にすっぽりと穴が開いたような気 分になった。今でも「図書館は安らぎの場で ある」とは決して言えないけれど、学ぶこと を職業にしている私にとっては、切っても切 れない関係の場所であり続けることだろう。

(国際政治経済学部助教 国際経済学)

UCSC McHenry Library

(8)

図 書 館 と 私

特集

山 路   学

YAMAJI Manabu

掘り出し物を探しに

多くの学生は、図書館を学習の場としてお り、あまり本を探す場としていないのかもし れません。探すとしても、授業に関する資料 のみで、しかも授業で提示された資料のみを 取ってくるだけの人も多いと思われます。一 般の図書館では、これだけの専門書がそろっ ているところはありません。大きな書店でも、

新しい書籍は多くありますが、古い書籍とな るとなかなか見つけることはできません。自 分の専門以外の書籍を読むことは、研究の幅 を広げることとなり、新たな発想も生まれや すくなると思います。知的好奇心を持って、

普段行かない棚に足を運んでみるのもおもし ろいでしょう。異なる分野の中にも、興味を 示すものがあるかもしれませんし、息抜きに 読んでみると、思いがけず自分の興味にあう ことがあるかもしれません。

研究をする立場となった現在では、図書館 をホームページから利用することがほとんど となってしまっています。そのため、毎日図 書館の横を通るにもかかわらず、素通りして しまうことが多くなっています。ただ、その ような生活の中でも、時間の許す限り図書館 内を物色することにしています。これは、

Web で利用しただけでは、実際に書籍や論 文誌を見ることによる思わぬ掘り出し物を発 見することができないからです。

私の所属する経営システム工学科では、非 常に幅広い研究が行われています。そのため、

かなり広範囲の知識が必要となります。情報、

経営、統計学、生産管理、品質管理、人工知 能などあげれば切りがありません。これら全

てをじっくりと読むことはできませんので、

実際に図書館に行き、どのような書籍や論文 があるのかをチェックし、手に取りざっと見 ていきます。その中で、面白そうなものがあ れば、じっくりと読むことになります。この ような行動は、Web 上や書店ではなかなか できませんので、図書館そのものを利用する 利点でしょう。必要と感じた書籍は、購買会 などで購入するのですが、すぐにでも読みた いものは購入するまで借りておくこともあり ます。

私の勤務する相模原キャンパスの図書館は、

理工系の書籍だけでなく文系の書籍も多くあ りますので、館内を物色して歩くことは、私 にとって有意義な時間と言えます。ただ、1 つ 図書館に注文があるのは、書籍のカバーをつ けたまま保存をしていただきたいということ です。多くのハードカバーの書籍は、カバー がはずされて保存されていることが多いので す。書籍の中身が重要なのは当前ですが、図 書館を歩いて掘り出し物を見つける上で、装 丁も重要であると思います。内容が充実した 書籍というのは、たいてい装丁にも力を入れ ています。物色する際にまず目に入るのが、

この装丁になりますので、私にとっては重要 なものとなります。是非、検討をお願いします。

(理工学部経営システム工学科 助手 TQM、生産管理)

(9)

図書館と私─図書館に残されているもの

小 林 夏 野

KOBAYASHI Kaya

小さい頃、私は図書館に住みたいと思って いた。子供が大きくなったら好きなことを毎 日したいと願うように、私は毎日本を読んで 暮らしたいと願っていた。その頃の私にとっ て、図書館は本が自分の読み切れないほどそ ろっている最高の場所だったからだ。結局、

ケーキ屋さんになってもケーキを毎日食べて 暮らせるわけではないと気付くように、図書 館員や本屋になっても、毎日好きなだけ本を 読んで暮らせるわけではないと気付いてし まったので、ある時から図書館に暮らす、と いう考えを捨ててしまったが、今でもたまに ずっと毎日本だけを読んで暮らしたらどんな に楽しいのだろう、と想像することがある。

私は生まれつき視力が弱かったので、親は 私が本を読むことを嫌がっていた。むしろ、

毎日公園で友達と野球やサッカーをしていて ほしいと願っていたらしい。親の期待に反し て私はすっかりインドア派で、本を読んでい ないときはぼんやりと周りを観察しているよ うな子供だった。本を読んで何が楽しかった のかすっかり忘れてしまったが、読んでいる あいだは本の中の世界に集中していて周りの 声もほとんど聞こえなかったようで、病院の 待合室で診察終了時間まで本を読みふけって いたこともある。

そのように本を読むことに夢中になってい た小学校低学年の頃一番好きだったシリーズ の本を、去年夏ごろ図書館で借りてきて読ん でみた。アーサー・ランサムというイギリス 人が書いた『アマゾン号とツバメ号』のシリー ズである。日本では岩波書店がシリーズで出

していたこともあるし、有名な作家の作品な のでご存知の方もいらっしゃるかもしれな い。基本的には子供の夏休みの冒険物語で、

兄弟達で湖を海に見立てて「探検」するので ある。その時に、様々な事件があり、成長が あり、と今ならば、古典的だね、と一言です まされるような物語ではある。もちろん前世 紀の初めごろに書かれた本だから古典的でも よい訳ではあるが。この本を読んでみるとわ かるのが、子供たちがいかに活動的であるか、

ということである。自分たちだけで帆船を操 縦し、キャンプして秘密基地を作り…と私が やれと言われたらすぐに値を上げてしまいそ うな冒険を、中学生達(くらいの年齢だと思 う。ロジャーなどは小学生かも)が行ってい るのだ。

その当時は、子供たちの冒険に気を取られ ていて気がつかなかったが、大人になって読 み返してみると、周りの大人たちもきっとそ のような時間をたどって大人になったのだ な、とすぐに思わせるほど子供たちの「冒険」

をうまく見守っていることがわかる。今、読 み直しても色あせない面白さ、また今になっ てみて自分の経験からわかる面白さ、など、

もう一度読み返してみると新たな発見が色々 あって面白かったので、他の本もまた読み返 してみようと思っている。皆さんも、今度図 書館に行ったら、昔読んだ物語をもう一度読 み返してみたりしてはいかがだろうか?

(理工学部物理・数理学科助教 物性物理)

(10)

図 書 館 と 私

特集

書物の来歴、あるいはバーコードの黒い縦線

竹 内 孝 宏

TAKEUCHI Takahiro

裏表紙をめくると、事務用の茶封筒を半分 に切ったようなポケットが貼りつけてあり、

写真の L 判サイズほどのカードが 1 枚はさまっ ているだろう。上から 3 分の 1 くらいは露出 している。しかしそこには、タイトルや著者名、

さらには独特な分類番号が記載されているは ずだ。

カードの下のほうは、ほとんどポケットに 隠れていて見えないが、たいていは借り手の 氏名と 2 種類の数字がリスト状に記録されて いる。リストはまったく空白のこともあるし、

逆に裏面まで続いていることもある。

かつて、書物がほかならぬ「図書館のもの」

であることを証し立てていたのは、わたしに とってそんな 1 枚のカードであったように思 う。まるで医者が患者のカルテを保管してい るように、図書館のあらゆる本にはその来歴 が綴じこまれていた。それだけではない。こ のカードは借り手にささやかな矜持──あの 先生も読んでいたのか!──をあたえてくれ ることもあれば、不意の落胆──そういえば 1 年前に借りたのを忘れていた…──をもた らすこともあっただろう。

しかしこれはすでに個人的な感慨の水準を はるかに逸脱している。図書館が公共圏であ り、図書館の本が公共財であることを、階段 やら入り口やらに掲示された巨大なポスター などよりもずっとひそかに、しかしずっと雄 弁に語りかけていたのは、書物の来歴を目に 見えるかたちで保存した 1 枚のカードだった からである。

その後の展開は、図書館を利用する者であ

ればだれもが知っているとおりだ。まずは カードに記載されたリストが 1 行ごとに黒く 塗りつぶされ、日付と名前が執拗に抹消され ていく。書物の来歴は非歴史化され、その公 共性は匿名性のもとで維持されていくように なる。そしてつぎに、カードそのものが廃絶 される…。しかし、だからといって書物の来 歴が消去されるわけではない。むしろそれは 目に見えない領域で、より厳密に、そしてよ り効率的に保管されるようになるだろう。電 算化の全面的な導入によって、「カード」が

「バーコード」にとってかわる。カードを塗 りつぶしていた黒い横線が、バーコードの黒 い縦線に置き換えられたかのようだ。もちろ ん、バーコードにもなにがしかの数字や文字 が付随してはいる。しかし、もはや数字は貸 出と返却の日付ではないし、文字は借り手の 氏名ではない。

こうして、図書館は記憶のアーカイブであ ることをやめ、情報のデータベースと化した。

さしあたり、アーカイブとは想起の技術であ り、データベースとは管理の技術である。し かし懐古趣味に沈潜するのも「にわか社会派」

を演じるのもいまや不毛だろう。難しい話で はない。よくも悪くも、カードの記憶をもた ない利用者が増加していくということは、図 書どころか「図書館の来歴」までもが見えな くなっていく過程と平行しているというだけ のことである。

(総合文化政策学部准教授 表象文化論)

(11)

人を惹きつける図書館とは?

福 田 亘 孝

FUKUDA Nobutaka

「図書館とはどんなところですか?」と聞 かれたら、「本や雑誌や新聞がたくさんある 所」、あるいは「パソコンが幾つも並んでい てデータ・ベースやネットが使える所」といっ た答えが、恐らく返ってくるだろう。確かに、

図書館には本があり、パソコンがあり、情報 のセンターとしての役割を果たしている。そ して、理由は何であれ情報を求めて人は図書 館へ足を運ぶのが一般的であろう。

しかし、それだけのために人がやってくる とは限らない図書館も存在する。昔、私がい たイギリスの大学はそんな類の図書館の一つ であった。この大学の図書館は、いわばイギ リスの「観光名所」でもあった。大学に通い 始めて驚いたのだが、この図書館には、連日、

日本をはじめとする世界各地からツアー・ガ イドに連れられて観光客が大勢やってくる。

ガイドは英語で、時には日本語や他の言語で、

この図書館についてあれやこれやと観光客に 名調子で解説をする。例えば、「図書館のこ の建物は 17 世紀の著名な建築家、クリスト ファー・レンが設計し…」、「この図書館はトー マス・ボドレイ卿が 1599 年に修復し、蔵書 数は約 600 万冊で大英図書館に次いで多く

…」といった調子である。これを聞いている 観光客は「ふぅーん」、「へぇー」と驚いたり、

うなずいたりする。そして、デジタル・カメ ラでスナップ写真を撮ったりする。

さらに、この図書館の「観光」順路の終わ りには、お土産屋まで併設されている。何が 売られているのかとのぞいてみると、所蔵さ れている旧い聖書を模したペーパー・ウェイ

ト、アインシュタインが実際にチョークで黒 板に書いた E = MC2 をプリントしたパ ソコン用のマウスパッドなど大学に関連にあ るアイテムが所狭しと並べられている。果て は、大学の閲覧室にある木製の書見台や椅子 までも売られている。

日本でも観光名所をもっている大学はいく つかある。北大のイチョウ並木、東北大の魯 迅の階段教室、東大の赤門などがすぐに思い 浮かぶ。しかし、図書館が観光名所になって いる大学はほとんど無いだろう。恐らく世界 中を探しても、図書館に観光客がひっきりな しやって来る大学はほとんどないであろう。

「魅力ある図書館」という言葉を耳にする ことがある。魅力はないよりはある方が望ま しいのは言うまでもない。重要なのは、その

「魅力」が指し示す具体的な内容である。多 くの場合、魅力ある図書館というと、使い勝 手の良さや本や資料の抱負さやネット環境の 充実度などがイメージされる。一方、図書館 の建物の美しさや館内の装飾の秀逸さが魅力 として語られることはあまりない。しかし、

歴史を重ねた図書館はそれ自体が十分、魅力 的なオブジェである。いつしか青山学院大学 の図書館が歴史を重ね、図書館を見るために 沢山の人が訪れるようになる日がきたら素晴 らしいと思う。

(社会情報学部教授 社会学)

(12)

図 書 館 と 私

特集

図書館あれこれ

新 倉   修

NIIKURA Osamu

ディジタル・データにする。さらに定期的に 資料リストを発行し、蓄えている。また調べ たい項目を入力すれば、即座に資料リストが でき、リストを渡せば、ライブラリアンが必 要なものをそろえてくれる。う〜む至福の時。

キーワードのレベルで資料を探索できるとい うのは、さしずめ IT ファンなら、部品調達 が便利な秋葉原に通うような魅力を感じる。

フランスのパリ大学(旧)法学部付設の専 門図書館キュジャスの書庫には、圧倒された。

もちろん閲覧室内に設置された図書カード も、著者別・タイトル別につくられていて便 利だが、書庫は別世界だった。何層にも重なっ たフォロアには、300 年も前の羊皮紙に手書 きで書かれた大型本が、書架に無造作に並べ られている。日本ならさしずめ、厳重な保管 を施した特別室に、それこそ桐の箱に入れて、

温度・湿度をきめ細かに管理した状態で保存 しなければならない貴重書が、キュジャス図 書館では、書庫で普通に閲覧できる。

またカール・マルクスが利用した座席が保 存されている大英博物館では、閲覧室の一隅 に、その種の貴重書が展示されている。もっ とあげれば、ドイツのロマンテッシュ・シュ トラーセの中核都市ローテンブルクにある中 世刑事博物館には、絵入りのザクセン・シュ ピーゲルという法典が展示されている。

温故知新の原動力として、図書館の役割は 大きなものがある。

(法務研究科教授 刑事法、フランス法)

図書館にはいろいろな活用法がある。まず は、図書の収集と収蔵。わたしは興味・関心 の広い方だが、欲しいものをすべて買いそろ えるのはたいへんだ。歴史学の貝塚茂樹氏の 蔵書は 10 万冊だと、加藤周一氏が実見して 推計したそうだ。この話は、中央公論社『世 界の歴史』の栞で読んだことがある。分量も さることながら、膨大な図書を整理し収納す るのも、たいへんなエネルギーがいる。この 周到な努力には頭が下がる。図書館は、その すべてを果たしてくれる便利なツールだ。

分類の仕方がわからず、探している本が見 つけられないで、書庫の中で、文字通り迷子 になったこともある。文庫本には、著者のイ ニシャルを使った分類番号が付いているの で、著者別に並べたり、検索したりするのに 便利になった。しかし、内容別に赤・青・黄・

白などと帯を変える岩波文庫の方式は、専門 外のものをジャンル別に調べるには、好都合 だ。このような需要に応えるために、図書カー ドが欠かせない。

学術調査で、アメリカのジョージタウン大 学のケネディ倫理研究所(KIE)を訪問した ときに、充実した図書館に一驚した。倫理に 関して歴史・哲学・生物・医学のジャンルを 問わず、ありとあらゆる図書・雑誌・資料が 整っている。木村利人氏もよく活用されてい るが、むべなるかな。というのも、ここの図 書館は、収蔵図書をライブラリアンが読み、

キーワードを抽出し、雑誌なら、寄稿者すべ てについて著者とタイトルをカード化し、

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本学図書館案内  

新 OPAC 紹介

2009 年 4 月より、新システムを導入し、様々なサービスがリニューアルされました。

今回ご紹介する OPAC は、皆さんにとって一番身近な図書館システムのサービスだと思い ます。ぜひ AGULI 片手に、新しくなった OPAC を検索してみて下さい。

■OPAC とは

青山、相模原、短大の図書館や学部・学科研究室等の蔵書をインターネットで検索できる 蔵書目録です。図書の貸出情報や目次・内容も見ることができます。

■OPAC トップ画面

■検索結果一覧

① NACSIS Webcat に□すると、本学に所蔵がない場合、他大学の図書館を自動的に検索します。

② 検索語句を入力してください。プルダウンで、タイトルや著者名など対象項目を指定できます。

③ 「電子ジャーナル一覧」「指定図書一覧」「新着図書 / 雑誌案内」などにアクセスできます。

④ My Library 基本サービスから利用状況照会や貸出延長手続きができます。また、図書館にない資料の購入希望や 他大学からの取寄せもオンラインで申し込めます。

⑤ 検索結果をメールで送信し たり、ファイル出力したり、

有効に利用できます。

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■書誌詳細画面

⑥図書の目次やあらすじを表示。

⑦他の検索サイトにリンクします。(ex. WebcatPlus、Google など)

⑧配架場所をクリックするとフロアマップが表示されます。

⑨資料は請求記号順に並んでいます。書架へ取りに行く際は、必ずメモして下さい。

⑩貸出中、発注中などの情報が表示されます。(空欄の場合は書架にあり)

⑪青山キャンパスの旧・新書庫の資料を請求するときにクリックします。

⑫図書に予約をかけるとき、他キャンパスから取り寄せるときにクリックします。

⑬ 各キャンパスの所蔵   有無が分かります。

■雑誌の所蔵情報

⑭ 各キャンパスの所蔵巻 号(年次)とその配架 場所が分かります。

⑮ 「WebcatPlus」や「 山 手 線コンソーシアム」で 他大学の所蔵を調べる ことができます。

■本学に資料がない場合

⑩ ⑪ ⑫

⑧ ⑨

書誌情報

所蔵情報

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展 示 資 料 紹 介  

オーク・コレクションは、英米の絵本と児 童文学書の古書を中心とし、初版本や著者サ イン本を多数含む総数約 270 点の貴重なコレ クションです。絵本輸入業、オークブックセ ラーズの故・大高公夫社主(青山学院大学経 営学部卒)が個人で収集したものを、1993 年に紹介者の仲介により女子短期大学図書館 が収蔵することとなりました。古くはヴィク トリア朝以前のチャップブックからセンダッ ク初期の仕事まで、140 年余りに渡る絵本の 流 れ を 概 観 で き ま す。2004 年、2005 年、

2006 年、2008 年には、短大ギャラリーに於

ランドルフ・コールデコット画

『ジョン・ギルピンのゆかいなお話』 1878 年 初版本

女子短期大学図書館所蔵オーク・コレクション

ランドルフ・コールデコット作

『乳しぼりの娘』1882 年 初版本

ケイト・グリーナウェイ作

『窓の下で』1878 年 初版本

いて各回テーマを絞った展示を行い、学内の 来場者のみならず学外からの来場者にも大変 好評を博しました。今春刊行の図録の中には、

昨年縁あってコレクションに収められた、

Boutet de Monvel の “Jeanne d’Arc” 初版本

(1896 年 30 部限定出版、大型本)も紹介さ れています。Monvel の最高傑作と讃えられ る本書は、静謐な美しさに溢れ、見る者の心 を捉えて離しません。コレクションを閲覧希 望の方、図録入手希望の方は、女子短期大学 図書館カウンターまでお越しください。

(女子短期大学図書館 小林陽子)

モーリス・ブーテ=ド=モンヴェル画

「ドクター・ピエールの歯磨き粉ポスター」

1896 年

H. ウィルビーク・ル=メア画

「ナーサリィ・ライム・ブック」シリーズ 1912 〜 1913 年

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図 書 館 広 報 板

青山学院大学図書館報 AGULI 第 84 号 2009 年 4 月 1 日発行  表紙・絵/市川昭裕(大学図書館職員)

編  集 青山学院大学図書館報編集委員会・大学図書館広報担当 TEL.03-3499-1402  FAX.03-3407-4472 発  行 青山学院大学図書館〒150-8366 東京都渋谷区渋谷 4-4-25 http://www.agulin.aoyama.ac.jp/ 

青山学院スクール・モットー 地の塩、世の光 The Salt of the Earth、The Light of the World 巻頭エッセイに、10 年越しの懸案事項である青山キャンパスの新図書館建設に関して、松澤理 事長から「最優先」との力強いお言葉をいただきました。今回の特集「図書館と私」に取り上げ られるような、思い出に残る立派な新図書館の一日も早い誕生を待ち望みます。  (倉松 中)

編 集 後 記

本館(青山キャンパス)

■ 図書館ツアーオリエンテーション

[所要時間 30 分]

4/11(土)〜 4/18(土)

平日 ①11:00 〜 ②16:30 〜 ③19:30 〜(③は火・金のみ)

土曜 ①14:30 〜 ②16:30 〜 集合場所:図書館 1F カウンター前

ツアー形式で図書館内をご案内します。館内施設の利用方法や書架の配置などを知ることができます。

■ OPAC オリエンテーション

[所要時間 30 分]

4/11(土)〜 4/18(土)

平日 ①11:40 〜 ②17:10 〜 ③20:10 〜(③は火・金のみ)

土曜 ①15:10 〜 ②17:10 〜 集合場所:図書館 1F マルチメディア室

OPAC(オンライン蔵書目録)は、本学が所蔵している図書や雑誌を調べるためのツールです。

パソコンを使った演習形式で検索方法をご説明します。

図書館内を歩きながら、本の貸出・返却などの基本的な利 用方法や、簡単な本の探し方を説明します。レポートや試 験の直前に慌てる前に、高校までとは違う大学図書館の利 用方法をマスターしてください。

万代記念図書館(相模原キャンパス)

初心者マークの 図書館利用

オリエンテーション

4 月 6日(月) 7日(火)  8日(水) 9日(木) 10日(金)

11:00 〜 11:50 日文・史 国政経 理工 総合文化 全学部

13:00 〜 13:50 英米文 心理 経済 フ文 全学部

14:30 〜 15:20 社会情報 法 経営 教育 全学部

集合場所:B 棟 1 階 図書館内中央吹き抜け下  各回先着 100 名まで

▲上記日程で参加できなかった方は、予約制で受け付けます

4 月 13 日(月)〜 24 日(金)※土日除く  11:00 〜 11:50 13:30 〜 14:20 15:00 〜 15:50 前日までに 1 階メインカウンターへお申し込みください。

図 書 館 広 報 板 青山学院大学図書館報 AGULI 第 84 号 2009 年 4 月 1 日発行  表紙・絵/市川昭裕(大学図書館職員) 編  集 青山学院大学図書館報編集委員会・大学図書館広報担当 TEL.03-3499-1402  FAX.03-3407-4472 発  行 青山学院大学図書館〒150-8366 東京都渋谷区渋谷 4-4-25 http://www.agulin.aoyama.ac.jp/  青山学院スクール・モットー 地の塩、世の光 The Salt of the Earth、

参照

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