米国内で配布される場合:本レポートは、機関投資家向けに作成されたものであって、負債性有価証券に関するリテール 投資家向けのリサーチレポートであれば適用される一連の独立性及び開示の基準については、そのすべての適用を受ける わけではありません。本レポートは、MUSA 又は
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2019
年
8月
22日
Debt Research
⽇銀・財政政策
【金融政策ナビゲーター】
100 年前にゲゼルが提言した「マイナス金利の世界」
インベストメントリサーチ部 シニア・マーケットエコノミスト 六車
む ぐ る ま治美
ポイント
マイナス金利が長期化する欧州で、大口の個人預金にマイナス金利を課す動き
100 年前にシルビオ・ゲゼルが提言した「減価する貨幣」が現実に、ゲゼルが予想した職業別の影響は?
企業・家計の所得増を目指している金融緩和政策が、事実上の所得課税になってしまうパラドックス
マイナス金利政策が長期化する欧州で、民間銀行がいよいよ個人預金にマイナス金 利を課し始めた。スイス金融大手のUBSは、11月から残高が200万スイスフラン(約2億
2,000 万円)を超す口座に年 0.75 %の手数料を課す方針を明らかにした。デンマークの大
手銀行であるユスケ銀行も、 12 月から残高が 750 万クローネ(約 1 億 1,900 万円)を超す個 人口座に年0.6%の手数料を取ると発表。欧州の銀行が金融機関預金や法人預金にマイ ナス金利を適用するケースはあったが、大口に限定されるとは言え個人預金にも波及し てきたことは注目に値する。短期政策金利はスイスが▲ 0.75 %、デンマークは▲ 0.65 %
(図 1 )。本日の日本経済新聞(電子版)によれば、邦銀の間でも長期に渡って入出金がな い休眠状態の預金口座から口座管理手数料を徴収する案が出ているとのこと
1。マイナス 金利政策が長期化するなか、銀行も異例の対応を取らざるを得なくなってきている。
図1:長期化するマイナス金利政策~各国の主要政策金利の推移
注:ユーロ圏は預金ファシリティ金利、デンマークはCD金利 出所:ブルームバーグより三菱UFJモルガン・スタンレー証券作成
1 日本の金融法委員会は、市中金利がマイナスになった場合でも銀行預金の適用金利にマイナスの値を定めることはできないとの見解を示してい る。ただし、口座管理手数料の賦課については、「金融機関による企業努力をもってしてもなお、金融機関の上記機能を維持するために口座管 理手数料を賦課する必要がある場合」については認められるとの見解を示している。詳しくは、「預金規定に基づく預金者への口座管理手数料 の賦課に関する論点整理」(2018年7月 金融法委員会)を参照。
欧州で大口の個人預金に マイナス金利を課す動き、
日本でも?
こうした状況は、マイナス金利論の生みの親(の一人)である、シルビオ・ゲゼルが提唱 した「減価する貨幣」が、少なくとも一部では現実になりつつあることを示している。ゲゼル が提唱したのはマネー(紙幣)にマイナス金利を課し、時間とともに減価させるシステムだ った。紙幣にマイナス金利を課す制度を導入している国はまだないが、安全資産と見做さ れている主要国の国債利回りのマイナス金利化の進行は(図 2 )、ゲゼルが描いた世界を 彷彿とさせる。マイナス金利が経済社会システムの“ニューノーマル”になったら何が起こ るのか、我々はまだ知らない。本稿では、今後の考察の参考として、ゲゼルが提言してい たマイナス金利制度について紹介する。
図2:各国国債のマイナス・プラス金利の内訳(8月21日時点)
出所:ブルームバーグより三菱UFJモルガン・スタンレー証券作成
シルビオ・ゲゼル( Silvio Gesell )は 1862 年にザンクト・フィット( Sankt Vith )という小さな 街で生まれた。当時はドイツ領だったが、現在ではベルギーに属している。ゲゼルは商人 としての修業を経て、25歳でアルゼンチンのブエノスアイレスに移住して商売で成功を収 めた。1900年にヨーロッパに戻り、その後、土地制度や貨幣制度の改革に関する論文や 本を発表した。主要著作は「自然的経済秩序」( 1916 年刊行)
2で、提言の 1 つが「時間と共 に減価する貨幣制度の導入」、すなわちマイナス金利論だ。ゲゼルが貨幣制度に興味を 抱いたのは、当時のアルゼンチンにおける通貨政策の失敗、それによる物価の乱高下を 身をもって体験したことがあった。ゲゼルが生きていた時代は、第一次大戦中を除き、主 要国は金本位制や銀本位制を採用していた。その点、金属の担保を必要としない貨幣制 度の提言、しかも時間と共に価値が減価する制度は今からみても新しい。
ゲゼルは、資本家が「お金を貸すことで金利を手に入れられる」という当たり前の状況を 疑問視し、お金の特権を廃絶することを考えた。お金と交換して入手する商品は、時間の 経過と共に少しずつ価値を失っていく。食品や日用品に限らず、自動車や家でも、何十 年も経てば価値はなくなる。ところが、「お金」は時間の経過で価値が減るどころか、保有
2原文のドイツ語は “Die Natürliche Wirtschaftsordnung.” 英語版は"The Natural Ecoonomic Order."
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米国 日本 伊 仏 ギリシャ 英 スペイン スイス 独 アイルランド ベルギー オーストリア オランダ ポルトガル フィンランド ルクセンブルグ
マイナス金利 プラス金利
シルビオ・ゲゼルが提唱し
た「減価する貨幣」を彷彿 とさせる債券市場の状況
1910 年代に土地制度や 貨幣制度の改革を提唱し たゲゼル
時間の経過と共に「減価
する貨幣制度」はマイナス
金利の原型
者の懐には金利が入る。だから資本家はお金を手放そうとせず、お金を必要とする人に は回ってこない。そこで、ゲゼルは、お金も商品と同じように、手元に持ち続けていると少 しずつ損をする仕組みにより、「お金の所有者の特権を排除する」ことを考えた(図3、4)。
図 3:プラス金利の世界における「お金」 図 4:「減価する貨幣」~マイナス金利の世界
出所:三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券作成 出所:三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券作成
具体的な貨幣の形態は「スタンプ紙幣」だ。紙幣の裏面に、保有者が購入するスタンプ を貼るスペースを作る。保有者は、たとえば、 1 カ月に 1 回、紙幣の額面金額の 1 %に相当 する額のスタンプを(政府から)購入し、それを保有紙幣に貼る。スタンプが貼られていな い紙幣は、受取りが拒否される。紙幣の保有者が支払ったスタンプ代の分だけお金の流 通量は減る。だが、それは政府の「税収」なので、政府はそれを使って財政支出を行い、
経済の縮小を回避することが可能、とゲゼルは考えた。わが国でも、深尾光洋・武蔵野大 学経済学部教授が2000年頃から、日本がデフレから脱却するための一案として、ゲゼル の「スタンプ紙幣」の導入を通じたマイナス金利政策を提言していた。また、欧州における マイナス金利の導入後、「現金を廃止して電子マネーの流通のみとすれば、中央銀行は より深いマイナス金利を適用することが可能」との意見もある
3。
それにより、ゲゼルが期待した効果は、①貨幣退蔵の回避、および通貨の流通速度の 上昇、②景気後退の克服、③金利の消滅による貸し手と借り手の関係変化、④物価の安 定、⑤交換手段と貯蓄手段の分離、⑥資本家の撲滅など。このうち、⑤の「交換手段と貯 蓄手段の分離」について補足すると、マイナス金利の世界ではお金は交換手段としての み流通を続けるものの、貯蓄手段にはならない。貯蓄手段は、保存食品や電化製品など、
ある程度長持ちする商品が貯蓄手段になる。つまり、マイナス金利の世界では、貯蓄手 段は「コモディティ―」になる。最近の金価格の上昇は、ゲゼルの想定した通りだと言えよ う。そうした商品が欲しくない人は、お金が必要な人に無利子、あるいはマイナス金利で お金を貸すことになる。ちなみに、ゲゼルのアイデアはその死後、1930年代にオーストリア のベルグルで地域通貨のような形で導入され、地域経済の立て直しに成功した例がある とのこと。ただし、通貨発行は中央銀行の特権だという理由でオーストリア中央銀行にほ どなく禁止された。
3例えば、IMFエコノミストによるブログ “Cashing In: How to Make Negative Interest Rates Work"(2019年2月5日)では、通常の現金と並行して中 央銀行が電子マネーを発行する二重通貨制度とし、中央銀行が必要に応じて電子マネーにマイナス金利を課し、さらに電子マネーと現金との 交換レートを調整する通貨制度のアイデアを論じている。
お金
(交換手段かつ貯蓄手段)
消費財 食品
時間の経過とともに 無価値になる 時間の経過とともに
無価値になる
お金は減価しないばかり か、金利によって増殖す
お金を必要としている人にお金が 回らず、経済の妨げとなり、格差を 拡大させる
消費財 食品
時間の経過とともに 無価値になる 時間の経過とともに
無価値になる
貨幣も時間の経過とと もに無価値になる
・価値が減価する前に使用する インセンティブから、通貨の流 通速度が上がる
・景気後退の克服
・資本家から労働者への富の 再配分が進む
減 価 す る 貨 幣
お金
(交換手段のみの役割)
スタンプ制度による現金 課税、電子マネーの現代 ではより効果的?
マイナス金利の世界では
お金は交換手段、貯蓄手
段はコモディティーに
ゲゼルは、自らが提唱する減価する貨幣制度が導入された場合、職業によってどのよ うな影響を受けるのか「シナリオの予想」も行っていた
4。参考までにその概要は表1の通り。
本稿では触れないが、ゲゼルは「減価する貨幣」と同時に土地の国有化も提言していた ので、表 1 は土地国有化の影響も勘案したゲゼルの予想であることに注意されたい。もち ろん、日本や欧州で実施されているマイナス金利政策は、ゲゼルの「減価する貨幣」のよ うな強烈な形態からはほど遠い。ただ、「投機家」が受ける影響として、「証券を売却しても 現預金にマイナス金利がかかるので証券の売却に慎重になり、大儲けをしていた昔を懐 かしむ」という記述は、まさに目の前の国債市場で起こっており、この予想が 100 年以上前 に示されていたことには驚きを禁じ得ない。
表1:ゲゼルが予想した「減価する貨幣」制度における職業別の影響
出所:「シルビオ・ゲゼル入門~減価する貨幣とは何か」(廣田裕之著)より三菱UFJモルガン・スタンレー証券作成
仮に、中央銀行が経済成長と物価目標の達成を目指し、今後もマイナス金利政策を進 めて行けば、金融機関は生き残りのためにそのコストを徐々に転嫁していかざるを得ない だろう。その状況がニューノーマルとなれば、次第にゲゼルが提唱した「減価する貨幣制 度」(ちなみに、ゲゼルはこれを「自由通貨」とも呼んだ)に近づくかもしれない。だが、景 気拡大による企業収益の拡大、家計所得の増加を目指しているはずの金融政策が、い つの間にか稼いだお金への課税になってしまうというパラドックスを、企業・家計が受け入 れるだろうか?
参考文書:「シルビオ・ゲゼル入門~減価する貨幣とは何か」(廣田裕之著 アルテ)
“ The Natural Economic Order" (Silvio Gesell, translated by Philip Pye)
(8月22日 15:30)
4「シルビオ・ゲゼル入門~減価する貨幣とは何か」(廣田裕之著 アルテ)より。
商人
商品が飛ぶように売れるため、減価する貨幣のメリットを大きく受ける。ただ、競争が激しく なって利益率が下がり、耐えられない商人は閉店の追い込まれる。政府は年金などのお金 で生活を保障することが必要になる。誰もがお金をすぐに使う必要に迫られ、商品にケチをつ けることがなくなる。代金は後払いでなく前払いが主流となり、運転資金に困らない 銀行員 お金が現金として絶えず市中を流通し、小切手処理の仕事が少なくなり、ヒマになる。
輸出業者
金本位制とは離れた「減価する貨幣」によって物価が安定し、他の国もこの制度を真似て物 価を安定させようとする。最終的に世界通貨局を創設して、世界中の国々が協力して物価を 安定させることができるようになれば、為替リスクを恐れることがなくなく
企業家 売上が安定し、商品は売れ続ける。誰もがお金よりもモノで価値を保存しようとするため、在 庫を抱え込むこともなくなる
金貸し 人々は金利を徴収せずに友人同士でお金の貸し借りを行うようになり、開店休業状態に。お そらく、政府に損害賠償を請求する
投機家 証券を慌てて換金しても、お金の減価負担のせいで損をするだけになり、売買機会が失われ る。金本位制の時代を懐かしむ。
預金者 経済が好調になって給料が倍増する。預金金利が下がってもより豊かな生活を享受できる 債権者 金本位制が廃止され、物価が安定したことにより、財産を失うリスクがなくなる
失業保険局員 失業者がいなくなり失業する
ゲゼルが予想した「マイナ ス金利の職業別の影響」
所得増加を目指している
金融政策が「所得課税」に
なってしまうパラドックス
Appendix A
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