人民元ショックは収束へ、株高基調は途切れず
中国人民銀行の基準レート引き下げが金融市場を揺さぶっている。8月11日、中国 人民銀行は人民元の基準レートと市場レートのかい離を解消するためとして、基準 レートを前日よりも約1.9%引き下げ、これは「1回限り」の措置とした。
しかし、実際に起きたのは基準レート決定方法の変更である。2005年7月以降、基 準レートはマーケットメイカーに対するヒアリングを基に中国人民銀行が決定する
(事実上は中国人民銀行の裁量次第)ことになっていたが、11日以降は「前営業日 のドル人民元相場の引け値を参照し、他通貨の需給や市場動向も加味して決定す る」こととなった。中国人民銀行の裁量部分も残されてはいるものの、「前営業日の 引け値を参照」することでより市場原理に基づく決定方法に移行した。結果、突然の 引き下げ措置は「1回限り」だが、人民元の下落トレンドが続けば新ルールに基づい てどこまでも基準レートが引き下げられる可能性が台頭。実際、12日、13日と基準 レートが連日引き下げられたことで、金融市場に動揺が走っている。
今回の措置に対する中国サイドの目的は2つあるとみている。1つは金融改革の推 進、もう1つは景気対策である。
中国人民銀行は8/11、人民元を対ドルで約1.9%引き下げた
中国の目的は、金融改革の推進と景気対策の 2 点とみられる
金融改革の観点からは、このタイミングでの為替改革は当然の一手だった可能性が高い
金融市場は景気対策面のみを過剰に意識し、過熱している可能性
中国側は過度で大幅な人民元下落は望んでいないとみられ、早晩市場は落ち着きを取り戻 す展開を想定
先進国の主要株価指数は高値から下落も、投資家の押し目買い意欲は強いとみられる
日経平均株価は、再び21000円を目指す展開を予想
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投資情報部 チーフ
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ストラテジスト 鈴木 健吾 シニアストラテジスト 上田 正信 大神 美由紀人 民 元 の 基 準 レートを引き下げ
中国の目的は
金融改革に関しては、もともと2013年の3中全会で改革の全面的深化における重要 領域として「市場による価格決定メカニズムの完備」「人民元レートの市場メカニズム 導入」「金利自由化の推進」「預金保険制度の確立」等を挙げており、これらについ て2020年までに決定的成果を得るとしていた。10月に予定される5中全会で2020年 までの5カ年計画が決定されるが、この中でも金融改革は最重要課題となることが確 実視されている。国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)構成通貨採用や本格 稼働が近づくアジアインフラ投資銀行(AIIB)に対する「金融改革推進アピール」の 必要もあろう。
スケジュールを確認すると、6月末に米中戦略対話が行われ、9月には習国家主席 の訪米、10月に5中全会、10月から11月頃にはSDR採用通貨決定、年末から年明 けにAIIB本格稼働といった状況のなかで、7月末から8月上旬の為替市場改革は中 国サイドからすれば当然の一手だった可能性が高い。
金融改革推進
No
(1) 中国の夢は全面的小康社会・社会主義現代化国家の建設 (2) 総目標は国家ガバナンス体系と能力の現代化
(3) 経済体制改革が重点、核心的問題は政府と市場の関係 (4) 2 0 2 0 年ま でに重要領域での改革にて決定的成果を得る
公有制を主体に多様な所有制経済を共同発展させる基本経済制度は、中国特色ある社会主義制度の 重要な支柱
(6) 混合所有制経済を積極的に発展させる(国有企業による公共財政への利益上納比率を2020年までに 30%に引き上げる)
(7) 国有企業の現代企業制度の完備を推進 (8) 非公有制経済の健全な 発展を支持
(9) 公平・開放・透明な市場ルールを確立、統一的市場制度や公平な競争を妨げる規則を取り除く (10) 市場による価格決定メ カニズム を完備。政府は不当に関与しない
(11) 都市農村の統一的建設用地市場の確立により、農村集団経営性用地の譲渡・賃貸等を許可し国有土 地と同等の市場入札、同等の権利と同等の価値を実行する
(12)
金融市場体系を完備。①金融の対内対外開放を拡大、条件該当の民間資本は中小型銀行の創設を 許可、政策性金融機関の改革を推進、②多様な資本市場体系の健全化、株式発行登録制改革と多元 的株式資金調達の推進、債券発行の規範化・発展により直接金融比重を引き上げ、③保険賠償メカニズ ムの完備、④金融創新を奨励(金融市場の多様化と金融商品の品ぞろえ)、⑤人民元レートの市場メカ ニズ ム を完備、金利自由化の推進および秩序ある資本流動管理体系の確立等による人民元資本取 引自由化の実現を加速、⑥中央と地方の金融職責やリスク処理責任を明確化し監督管理の協調メカニ ズムを完備、⑦預金保険制度を確立
(13) 科学技術体制改革を深化
(24) 経済のグローバル化に適応し対内対外開放の相互促進を推進すべく、投資の参入条件を緩和 (25) 自由貿易区建設を加速
(26) 内陸国境地域の開放拡大、内陸部の産業集積群の発展体制づくりに有利なメカニズムを形成 出所:中国国務院資料(2013年11月15日)よりみずほ証券作成
改革の全面的深化における若干の重大問題に関する中国共産党中央委員会の決定(抜粋)
7
開放型経済新体制の構築 3
現代的市場システムの完備促進
主な項目と主要内容(抜粋)
1
改革の全面的深化の重大意義と指導思想
2
基本経済制度の堅持と完備
景気浮揚策としての人民元引き下げの意味もあろう。昨年終盤より中国人民銀行は 積極的な金融緩和姿勢を示して数度にわたる利下げや預金準備率の引き下げを 行い、中国政府は水利事業や鉄道、住宅等に対する財政政策を積極化。また、規 制緩和等の制度的な後押しも行ってきた。7月の貸出増加や同貿易統計にみる資 源エネルギー商品輸入の持ち直しの兆し等、その効果は徐々に確認されつつある ものの、6月以降の株式市場の動揺等を含め不安要素も多い。これまで米国の景気 回復を背景に多くの通貨に対して上昇トレンドを描いてきたドルにほぼ固定してい たことで、人民元は実質的に切り上がってしまったが、ここでその不均衡を解消する とともに輸出のてこ入れ効果を狙うための人民元引き下げを行った可能性もある。
メディアや市場はこの2つの理由のうち、景気対策という面のみを過剰に取り上げ、
報道・相場が過熱してしまっている感が強い。預金準備率は18.5%、1年物貸出金利 は4.85%と追加緩和余地は十分にあり、上記の通り景気対策効果も一部には見られ 始めているなかで、「景気悪化に歯止めがかからず、ついに人民元引き下げに追い 込まれた」との解釈には違和感もある。むしろ、SDR採用通貨決定や金融改革で決 定的効果を要求される5ヵ年計画策定というスケジュールから逆算した金融改革推 進の一環と捉える方が自然ではないか。そうだとすれば、中国当局は急激で大幅な 人民元の下落は望んではいまい。
市場では人民元急落を前提として、「貿易収支の悪化や競争力維持のための自国 通貨の引き下げ懸念」からアジア通貨が下落。「中国の輸入減少懸念と、人民元の 反対側で切り上がったドルとの逆相関」から商品市場にも悪影響を及ぼし、結果、
資源国通貨も下落。中国との貿易比率の大きい国の通貨も軒並み下押し圧力がか かり、米金融政策も「人民元安誘導によるドルの実効レート上昇が及ぼす悪影響 や、資源価格下落によるインフレ率低迷から利上げ先送り」との見方が台頭している ようだ。
しかし、前述の通りこれらはいずれも行きすぎた見方・動きだと考えている。確かに、
人民元の実質実効レートは実質的なドルとのペッグによる割高感があり、今後一定 の時間をかけてこれを解消していく可能性はある。中国政府が外国為替制度改革 を発表した2005年7月以降の8年間で、人民元の実質実効レートは50%程度上昇し ている。金融市場への影響や外貨建て負債のコスト等を考慮すると、人民元は今後 緩やかに10%前後の下落をみせる可能性があると考えている。月平均1%程度の下 落が1年程度続けばおよそ解消される計算だ。
景気対策
人 民 元 切 り 下 げ に追い込まれたと の報道に違和感
相場は過熱気味 の反応
実質実効レートで の 割 高 感 を 解 消 していく可能性
メインシナリオとしては、人民元は1年程度かけて緩やかに下落するとともに中国の 景気を下支え、中国の景気持ち直しが世界経済にプラスとなるとともに、日米の金 融政策やドル円相場に対する影響は限定的、というものだ。
目先の重要なポイントはまさに人民元の下落が緩やかとなるかであろう。新たな基 準レート決定ルールにおいても、中国人民銀行は裁量の余地が2つある。1つは前 営業日終値を参考にしつつも他の要素を勘案することができること、もう1つは終値 を介入によって持ち上げることにより翌日の基準レートに影響を及ぼすことだ。市場 の混乱が続けば、中国人民銀行はこのような手段を講じてでも市場の安定化に乗り 出すとみており、これにより市場は徐々に落ち着きを取り戻すだろう。人民元引き下 げ騒動も1週間程度で収束していくのではないか。ドル円は短期的に上下しつつも 最終的には日米金融政策格差を反映した相場に回帰していくだろう。
先進国の主要株価指数は高値から下落。世界の景気動向に対する不安や商品市 況安、中国経済に対する先行き不透明感や人民元安等により荒い値動きとなった。
特に、NYダウの不振が目立つ。8/11のNYダウは前日比212.33ドル(1.2%)安の 17402.84ドルと大きく下落。長期トレンドとされる200日移動平均線を下回って推移 している。同指数は対主要通貨でのドル高の影響が大きいグローバル企業が中心 であるほか、資本財やエネルギー等のように商品市況安や中国の景気動向からの 影響を受けやすい銘柄のウエートが大きいことが不利に働いた。ただ、8/12のNYダ ウは前日比33セント安の17402.51ドルとほぼ変わらず。同指数は取引時間中に前 日比▲270ドル超と下落幅を拡大する場面があったが持ち直した。短期的な値ごろ 感からの買いや中長期的な株価上昇を見込んだ買いが流入したとみられる。NYダ ウの17000ドル台前半では、投資家の押し目買い意欲が強いことが示されたといえ る。日本株と欧州株も高値から下落。ただ、両市場は、自国通貨安や原油をはじめ
60 70 80 90 100 110 120 130 140 150 160
94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15
実質実効為替 レート 人民元対ドル レート
(注)実質実効為替レート は6月、人民元対ドル レートは8/12時点 出所:BIS資料よりみず ほ証券作成
(05年7月
=100)
(年)
中国の実質実効為替レートと人民元レート(月次:1994/1~2015/8)
円相場への影響 は限定的
先進国株は高値 から下落、荒い値 動きが続く
とする商品市況安からの恩恵を享受していることが共通の下支え要因となってい る。欧州株に関しては、エネルギー株や資源株の下落が目立つほか、自動車株や ブランド消費関連株の下落も目立った。中国人民元の下落が、中国の購買力に悪 影響を及ぼすとの懸念が背景にあると考えられる。
新興国株の下落も目立つ。8/12、MSCIエマージング・マーケット・インデックス(ドル 建て)は2011年以来の安値に下落して終了。年初来の下落率は▲9.9%に拡大し た。人民元の大幅安を受けて、中国の景気減速が深まっているとの懸念が強まっ た。新興国株は、中国の景気動向に敏感な商品市況安、中国と輸出競争品目が重 複する物が多いこと等が嫌気されているとみられる。特に、中国経済と結びつきの 強い東南アジアでは、自国通貨安や株安に見舞われた国が目立つ。8/12、ベトナ ム国家銀行は中国人民元安の対応として通貨ドンの日々の取引バンドを拡大する と発表した。他の中央銀行も人民元安や自国通貨安への対応を迫られる可能性が ある。
(注)MSCIエマージング・マーケット・インデックスはMSCI Inc.が公表しているインデックスで、当指数に関する著作 権、知的所有権その他一切の権利はMSCI Inc.に属しており、また、MSCI Inc.は同指数の内容を変更する権利お よび公表を停止する権利を有しています
米国株を中心に先進国株の上昇基調は途切れていないと考えられる。米国の株高 を支えてきた景気改善や企業業績の拡大、長期金利の低位安定が続いていること が背景。米国の利上げ開始が示唆されている2015年以降の物色動向では、16年に 向けた世界経済の緩やかな成長加速を捉える必要があろう。また、各国で株式市 場の荒れ模様が続いた場合、投資対象のクオリティを重視する選別色が強まろう。
一方、エネルギーや素材、資本財に関連する事業には厳しい環境が続く可能性が 高いと考えられる。ただ、日本は非資源国であるだけでなく関連産業の規模も大きく ない。日本は原油をはじめとした商品市況安のメリットを米国よりもストレートに享受 新興国株は下値
模 索 、 人 民 元 安 を嫌気
先進国株の優位 を想定
80 90 100 110 120 130 140
14/1 14/7 15/1 15/7
(2014/1/6
=100)
(年/月)
各国主要株価指数の推移(日次:2014/1/6~2015/8/12)
日経平均株価 ドイツDAX指数 NYダウ
出所:ブルームバーグのデータより みずほ証券作成
できる立ち位置にあり、内需系企業の業績好調にも期待することができる。また、現 在の為替水準であれば、中国からのインバウンド消費(訪日外国人による消費)への 悪影響も限定的と考えられる。
中国人民銀行が8月11、12日と事実上、連日で大幅な人民元の切り下げを行ったこ とが、世界的な通貨切り下げ競争を招きかねないとの不安や、中国経済自体への 懸念をあおり、世界的にリスク回避の動きが台頭。東京市場でも輸出やインバウンド 消費等で中国依存度が高いとされる銘柄中心に売りが先行し、日経平均株価は2 日間で400円超下落した。
しかし、12日の米株式相場が、売り一巡後に急速に戻したことに加え、13日午前に 中国人民銀行の副総裁が会見を開き、「切り下げは一時的措置、長期安定めざす」
と、人民元相場の安定方針を示したことから、急激な人民元安進行を懸念材料にし た売りが後退。先物が買戻されると、日経平均株価も上昇に転じ、13日の終値は前 日比202円高の20595円となった。
前日までの2日間の下げで、日本株市場も今回の人民元切り下げをひとまず織り込 んだ可能性が高いとみられる。日経平均株価は元のトレンドに戻り、再び21000円を 目指す展開が予想される。
人民元は今後も下落する可能性があり、短期的には競合製品の輸出競争力鈍化 等を通じ、日本企業にも悪影響が及ぶ懸念もある。しかし、人民元の下落が市場の 実勢に沿う形で緩やかに進むものであれば、影響は限定的であるとみられる。むし ろ、人民元の切り下げにより世界第2位の経済大国である中国経済が、輸出の持ち 直し等をテコに回復すれば、中長期的には世界経済にとってもプラスになると考え られ、日本の株式市場にも追い風となろう。
日経平均株価は、再び 21000円を目指す展開 を予想
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