昭和学士会誌 第76巻 第
4
号〔442‑446
頁,2016〕特 集 眼科治療の進歩
眼窩吹き抜け骨折の治療
昭和大学医学部眼科学講座
恩田 秀寿
1.
疾患の解説「眼球に作用した鈍的外力の介達によって眼窩に 骨折が生じることで,外力が眼窩から副鼻腔に吹き 抜け,眼球が守られる」,いわゆる 眼窩吹き抜け骨 折(Blowout Fracture:BOF) という力学的概念を 提唱したのが Smith と Regan である.一方,眼窩縁 を含む前頬部への直達外力によって生じた眼窩の骨 折は眼窩吹き抜け骨折とは異なったものであり,多 くは頰骨骨折や上顎骨骨折を合併する.骨折発症の メカニズムから,この 2 つを区別することは重要で ある.したがって,眼窩にまつわる骨折を 眼窩骨 折 と総称し,発症のメカニズムあるいは骨折部位 の名称で使い分けることが多い.骨折部位を表す通 称としては 眼窩底骨折(orbital floor fracture),
眼窩内側壁骨折(orbital medial wall fracture) な どがある.本稿では眼窩底骨折の治療について述べ る.
2.
治療方針の立て方手術のタイミングは骨折形態と随伴症状で決定さ れる.眼窩底骨折論文 373 編の各論文が行った治療 を解析した Burnstein による治療方針を推奨する1). 緊急手術
①迷走神経反射症状が改善されない場合(★)
② white-eyed BOF(★)
③重度の眼球陥凹が受傷早期から見られる場合 2 週間以内の早期手術
④ 複視が改善せず,外眼筋の強制牽引試験陽性の 場合(★)
⑤ 骨折が大きく,将来的に眼球陥凹が生じるおそ れがある場合
経過観察
⑥眼球運動が良好で,複視が軽度な場合 ⑦眼球陥凹なし
(★)は骨折部に眼窩組織が絞扼されている場合 に多く早期に手術を行う.特に①は生命予後に関与 するため緊急手術を行い絞扼を解除する.手術待機 中に迷走神経症状が悪化する場合はアトロピン投与 を検討する.②は子供に多く,外眼部や結膜の損傷 が軽微にもかかわらず顕著な眼球運動障害が生じて いる場合である.①②の眼窩CTに特徴的な所見は,
眼窩壁に大きな偏位がなく,骨折部に眼窩組織が絞 扼されているトラップドア型(Trap-door type)の 骨折形態を示す.③の手術適応は眼球陥凹が 3 mm 以上を目安とする.受傷直後に眼瞼腫脹が強い場合 は,眼窩 CT sagittal で 1/2 眼球以上の眼窩組織が脱 出している場合を適応の目安とする.③の眼窩 CT に 特徴的な所見は,骨折した眼窩底が広く欠落し,眼窩 組織がそこに落ち込む骨欠損型(Bony defect type)
の骨折形態を示す.受傷 2 週間後以降は眼窩組織と 副鼻腔粘膜との癒着が形成される期間である.④の ように眼球運動が改善されない場合は,この時期ま でに手術を行うことを推奨する.骨欠損型でも骨折 辺縁がギザギザしている場合,ここに下直筋が引っ かかるため眼球運動が改善しないことが多い.⑤は 2 週間時点の眼球運動が良好だが,その後の癒着形 成と眼球陥凹により上方や外上方の複視が悪化する ことが多い.⑥⑦は経過観察中も眼球運動を注意深 く観察し,目の動きづらさを自覚するようならば手 術に応じる.
3.
手術適応と方法骨折整復時に骨欠損部を何らかの素材で補填する ことで,眼窩内容の脱出を予防することが必要であ る.眼窩側から塞ぐ場合は骨膜下にプレートを留置
する方法(プレート挿入術)があり,上顎洞側から 塞ぐ場合は先端が風船状に膨らむチューブを挿入し て膨らませる方法,いわゆるバルーニング法があ る.プレート挿入術の鉄則は,眼窩骨膜と骨との間 にプレートを留置することである.正しく留置が行 われなかった場合,プレートの素材にもよるが,プ レートと眼窩内容(脂肪,外眼筋)の癒着によって 不可逆的な眼球運動の悪化を生じる.これを回避す る手段として,風船(以下,バルーン)で上顎洞側 から眼窩底を支持するバルーニング法も有用な治療 手段と考えられている2).バルーニング法の利点は,
眼窩内に異物を移植せず,自家眼窩骨で眼窩底を再 建できることである.眼窩底骨折の形態的種類には,
トラップドア(Trapdoor)型=閉鎖型と骨欠損(Bony defect)型=開放型がある.バルーニング法はどち らの骨折形態にも有用である.ただし,上顎洞内に バルーンが挿入できないような狭い上顎洞や洞内が 隔壁で完全に分断されている症例では使用できない.
隔壁は 16 〜 56%に存在すると言われている3)が,図 1 に示すような完全分断例は少ない.
4.
上顎洞内へのバルーン挿入術の手術手技 使用するバルーンには,高研社のブローアウトバ ルーンⓇを用いる.本体はバルーン部とチューブ部 で構成され,ビスとの一体型眼窩骨折手術専用のバ ルーンである.全長は 34 cm.シリコン性で,表面 にテフロン加工を施してある.バルーン部分はさら に,内筒とバルーンで構成されている.バルーン部分が膨張し,つづいて内筒が伸張しながらバルーン が拡大するのが特徴である(図 2).上顎洞内に挿 入した後に,生理食塩水と造影剤,ピオクタニンの 混合液を注入してバルーンを膨らませる.挿入した バルーンの上に骨片を並べ,しばらくの期間バルー ンを留置する.骨欠損型の手術では,あらかじめバ ルーニングすることで,嵌頓した眼窩内容が引き上 げられ,整復がしやすくなるテクニック的な利点も ある.
① 眼窩内容の引き上げ:眼窩内容が骨折部とバ ルーンとの間に挟まれないように,あらかじめ 癒着をはずし整復する.
② 骨窓の作製:顕微鏡操作ではないため,術野を 無影灯で照らしながら行う.犬歯窩歯齦部にボ スミンを混注した 2%キシロカイン液を 2.5 cc 注 射する.円刃刀で歯齦部を,神経を避け,縦方 向に 10 mm 以上切開する(図 3).
③骨膜剥離子で剥離し,上顎骨前面を露出する.
図 1
図 2
図 3
恩 田 秀 寿
④ 丸ノミと槌で上顎骨に約 10 mm の円形骨窓を 作製する(図 4).
⑤上顎洞粘膜を切開する.
⑥ ブローアウトバルーンの挿入:誘導針をチュー ブに挿入した後に,骨窓からバルーンを挿入す る(図 5).誘導針を抜き,バルーン内に生理食 塩水の混合液を注入する.抵抗があれば,一旦 注入を中止し,モスキートペアンでチューブの 遠位端をクランプする.眼窩側から注入量を確 認し,足りなければ再注入する.
⑦ 骨片を置く:トラップドア型では,バルーンで ヒンジを支点としドアを下方から持ち上げ,骨 折部を閉鎖する.骨欠損型では,粉砕した骨片 をバルーンの上に並べる(図 6,7).その際,骨 折縁に骨片の一部がかかるように置くとよい.
挿入したバルーンのチューブを口腔内に収まる ように切断短縮し,専用のビスで断端を閉鎖す る(図 8).4−0 シルク糸を巻きつけビスを固定 する.
5.
バルーンニング法の合併症4)<バルーニング中>
① バルーンの破裂:骨創が狭い場合,創縁が滑ら かでなかった場合に起こりやすい.これは挿入
図 4
図 5
図 6
図 7
図 8
図 10 図 9
図 11 図 12
図 14 図 13
恩 田 秀 寿
時の医原性のバルーン損傷が原因である.また,
注入量過多の場合,特に 25 cc を超える場合に は破裂のおそれがある.術中に破裂した場合に は,原因を除去したうえで再挿入する.術後に 破裂した場合には,眼窩 CT を撮影したうえで 再挿入するか否かを検討する.
② 高眼圧症:バルーン内容量が過多の場合,術後 の炎症・浮腫との相乗効果で眼球突出・高眼圧 を示すことがある.この場合,消炎と降眼圧治 療を速やかに行う.効果がない場合は,口腔内 のチューブ先端からバルーン内容液を少量除去 する.
<バルーン抜去後>
① 上顎洞炎:上顎洞粘膜の感染,術後侵襲により,
上顎洞からの膿性鼻汁の排出が見られる.予防 のために術直後からマクロライド系抗菌薬,抗 アレルギー薬,粘液排出促進薬の投与を行う.
さらに,バルーン抜去後からは鼻を積極的にか むことで,副鼻腔内の鼻汁排出を促進させる.
② 眼窩下神経領域の知覚鈍麻:骨折により眼窩下 神経が露出していた場合には,バルーンによる 圧迫で知覚鈍麻が生じる.バルーンの抜去とと もに麻痺は軽快していく.
6.
術後の管理と経過観察バルーンの留置期間バルーン抜去の時期は,骨欠 損型では,バルーンの上に並べた骨折片とバルーン との間に上顎洞粘膜が張ってくる頃がよい(2 週間以 降).一方,トラップドア型の骨折片はヒンジ部で繋
がっているため,骨折片の落下はなく早期のバルー ン抜去が可能である.バルーン抜去後の歯齦部は開 放創のままにしておく.
7.
実際の症例31 歳の女性.武道の試合中に左眼を相手の頭で強 打した.左眼窩底骨折(骨欠損型)と診断し(図 9,
10),受傷 6 日目にバルーニング法による眼窩底骨折 整復術を行った.術翌日の CT では,骨片が下直筋 を屈曲させていたため(図 11,12),バルーン内容 過多と考え,内溶液を 2 cc 抜去した.術後 8 日目に バルーンを抜去した.術後 2 か月の CT では眼窩底 は整復されている(図 13,14).
文 献
1) Burnstein MA. Clinical recommendations for repair of isolated orbital floor fractures: an evi- dence-based analysis. . 2002;109:
1207‑1210.
2) Koide R, Ueda T, Takano K, . Surgical out- come of blowout fracture: early repair without implant and the usefulnesss of balloon treat- ment. . 2003;47:392‑397.
3) Naitoh M, Suenaga Y, Kondo S, . Assess- ment of maxillary sinus septa using cone-beam computed tomography : etiological consider-
ation. . 2009;11
(Suppl 1)