1.問題の所在―本論文が明らかにすべき課題―
1980年代以降,観測機器や情報伝達手段の発達が創作してきた「地球規模 の環境問題1)」という科学的寓話は,科学的な研究成果に関する教育を通して というよりも,むしろ,記録破りの猛暑・台風・豪雨などの気象被害を直接的 に体験することを通して,ようやくそれが現実の物語であることが認識され るようになってきた.また,これまで政治家・科学者・環境 NPO 等に委ねて きたその難解な物語を読み解き,物語の随所に鏤められた問題を解決してい く作業が「産業革命」や「経済成長」による恩恵として現代的物質文明を享受 してきた人類の共通の課題であるという意識も浸透しつつある2).
以上の現状認識をふまえ,貨幣価値と化石燃料を動力源にして温室効果を もつ CO2や NH4等を大気中に放出する循環運動である市場経済に対置しう る伝統的文化を「祭祀」の形態で抽出し,「祭祀」と歴史的「食農・環境教育」
との連関性について,江戸時代中期を生きた医師の安藤昌益(1703-1762),米
* 東北文化学園大学総合政策学部 教授 [email protected]
1) いわゆる「地球温暖化」等による生命体への影響を典型例として想定している.
2) 当該意識の顕在的形態として持続可能な開発目標(SDGs)等を想定している.
祭祀の含意と食農・環境教育
―「共同体」の持続性と「直耕」 ―
秡川信弘*
An Implication of the Religious Festival and the Agri-Ecological Education:
Sustainability of “Communities” and the “Culture of Nature”
HARAIKAWA Nobuhiro
国資本主義の草創期を生きた先駆的フリーターにして鉛筆製造業者の臨時雇 用者,測量士,大工,農業労働者,自然派作家である H.D. ソロー(1817-1862)
および会津地方で肝煎を務めた佐瀬与次右衛門(1630-1711)に関する検討を 通し,農村立地型キャンパス教育による変革の可能性を提起する.
2.「直耕」という考え方
寺尾[1996]は,安藤昌益の「直ちょっ耕こう」が「天地の運動性」を意味しているとし て,以下の文章を引用している.すなわち,「一歳は即チ五行自ひとリ然すル転てん定ち ノ直ちょっ耕こうニシテ真しんえい営ノ道ナリ3)」(ふり仮名は引用者,以下同様).また,それを 継承する天地の直ちょくし子たる人間もまた直ちょっ耕こうに生きるべきであるとする昌益の真 意を伝えようと試みる寺尾は人間の本性に関する昌益の考え方に導く.「自 然ニ人ニ具そなハリテ自然ニ耕たがやシ自然ニ織おリ,自ひとリ耕たがやシテ食ヒ自ひとリ織おリテ着ルコ トハ,他ノ教おしえヲ待ツ所ニ非ズ4)」.昌益によれば,内なる自然(生物的本能)に 従う直耕,すなわち,「転てん定ち」(天地)の直耕(天地自然の循環運動)に調和す る生き方が人間らしい生き方である(寺尾[1996],pp.102-104).その人間ら しい生き方を支える伝統的文化の衰退や自然環境・生態系の崩壊とトレード オフの関係にある「現代」的文明を生きる現代人にとっては難解な昌益の考 え方を寺尾ガイドによる先導の下に読み進めたい.
「自ひとリ然すルトハ何ゾ.進退ノ運回ナリ.運回トハ何ゾ.通・横・逆ノ他ナシ.
此ヲ以テ,運回ハ自ひとリ然すル真まことノ営いとなミナリ.故ニ此ノ真まことノ営いとミヨリ転てん定ち・人・
万物連れん せい生ス5)」(寺尾[1996],p.105).自然とは人為の及ばぬ宇宙に満ちたエ ネルギーによる運動体(「転定ノ直耕」)であり,その恩恵を享受する人間的「直 耕」を可能にする社会の実現が道理であると,前近代的社会における非人道 的搾取を目の当たりにした昌益が考えたわけである.
「自然ノ真まことヲ知ル則ハ,直耕シテ春季ニ蒔キ,夏時ニ芸くさぎリ,秋季ニ苅リ,冬
3) 筆者訳:四季が巡る1年は,宇宙を構成する諸要素が生成・循環・消滅を無限にくり返す過程の 一部として捉えることによって正しく認識できる.
4) 筆者訳:機を織り,土を耕す生来の力を用いるのが人間の自然な生き方である.
5) 筆者訳:「自然」とは循環する巨大な運動体であり,その混沌とした世界の中から天体や人間を 含むあらゆる物質や事象が創造される.
季ニ蔵おさム.転定ト与ともニ同耕シテ安あんしょく食・安あ ん い衣6)」(寺尾[1996], p.171)
中国古典を踏襲したかに見える昌益の考え方は,循環する自然を表徴する
「四季」に合わせて「直耕」し,行動する主体を農民4 4自身に置いている点で「時 令思想」とは決定的に異なる進歩的な民衆思想であると寺尾は解釈している.
すなわち,「自然ノ世ハ転てん定ちト与ともニ人業行フテ,転てん定ちト与ともニシテ,微すこシモ異ル コト無シ.(中略)何い ず之レガ始マルトモ無ク,何い つ時是レガ終ルトモ無ク,真ニ 転てん
定ちノ万物ノ生ノ耕道ト,人じんりん倫 直ちょっ耕こうノ十じっ穀こく生ズルト,与ともニ行おこなハレテ,無始無 終ニ転てん定ち・人じんりん倫一い ち わ和ナリ7)」(寺尾[1996], pp.172-173).その民衆思想は現代 の持続的開発目標(SDGs)に連なり,地球環境問題が深刻化する21世紀後半 に蘇ることになるだろう.「夫そレ天てんノ時ときトハ四時ノ春・夏・秋・冬ナリ.地ちノ 財ざい
トハ万物ノ発はっせい生・盛せいいく育・実じっしゅう収・蔵ぞうあん安ナリ.人は此ノ直ちょくし子ナリ.故ニ天てん時じ・地ち 財ざい
ト与ともニ道どうこう行・同どうとく徳スル則ハ,無む ら ん乱・安あんへい平ナリ」(寺尾[1996], p.175).「転てん, 万物ヲ生ズル,是レヲ人ニ与あたフルニ非ズ,亦また,生ジ棄すツルニ非ズ,只,直ちょっ耕こう・ 一いち
和わシテ,活かつ真しん,無む ほ甫・無む ひ つ畢ノ自じ こ う行ナリ」(寺尾[1996], p.176).
3.「直耕」する農夫像への憧憬
宗主国ブリテン(大英)帝国(British Empire:第2帝国)に対する植民地ア メリカ8)の独立宣言から約40年後に生まれ,米国資本主義経済の草創期を生 きたソロー(Henry David Thoreau:1817-1862)は激動しつつ拡張を続ける 国家に対し,ライシーアム9)での講演活動を通して警鐘を鳴らし続けた10). 生涯の大半を過ごした農村(マサチューセッツ州コンコード)の農業青年が 親から農業経営や資産を継承することで経済的苦境に追い込まれる現実11)を
6) 筆者訳:自然の摂理を知るとは,春に播種し,夏に除草し,秋に収穫し,冬に収蔵することである.
天地自然に調和した生き方には不安がない.
7) 筆者訳:「自然の世」では,「天地自然」と人間の「業」が調和している.
8) 1776年6月草稿には “UNITED STATES OF AMERICA” が記載された . 9) 当時の市民向け教養講座であり,後述の「村の大学」構想とも関連する.
10) 「私は失意の歌を歌うつもりはさらさらなく,止まり木に止まった朝のオンドリのように,元気 よく誇らかに歌うことにした.隣人たちの目を覚ますことさえできればそれでよいのだ.」(ソロー
[1995a], pp.150-151:下線は引用者) “I do not propose to write an ode to dejection, but to brag as lustily as chanticleer in the morning, standing on his roost, if only to wake my neighbors up.”(Thoreau[1995a], p.55;斜体字は引用者)
直視した彼は,制御不能な巨大な運動体としての社会的潮流を認識しつつ,
その活用法の開発を目指して菜園的自給を越える本格的(市場志向型の)農 業の実践に取り組んだ.1854年出版の著書 “Walden”(『森の生活』)はその格 闘の中から生まれた「芸術的」作品である12).芸術的であるがゆえに一切の 妥協はなく,「言わずにはいられないこと」(ソロー[1995b], p.283)のみが 表現され,時代を越えて多くの感動と誤解が生み出されていると考えられる.
例えば,「農民は,「自然」を盗賊の立場から知っているにすぎない」(ソロー
[1995],p.295)“He knows Nature but as a robber.”(Thoreau[1995a], p.108)
という表現を見て,「その通り」と賛同できる農民はほとんどいなかっただろ う.また,「われわれは不遜なまでにいそいで,不注意に農業を営んでいる.
農民が自分の天職に対していだく聖なる意識を表現したり,その神聖な起源 を思い起こしたりするための祭りも,行列も,儀式もわれわれにはなく13)」(ソ ロー[1995a], p.294)“We have no festival nor, procession, nor ceremony
…by which the farmer expresses a sense of the sacredness of his calling, or is reminded of its sacred origin.(Thoreau[1995], p.107),という批判 が多くの人々の理解を得ることはなかったと推測される.
当時(南北戦争直前)の米国北東部には新天地を求めてアイルランド人が 大量に移住し,富を蓄積した独占的な金融機関がその低賃金労働力を利用し て鉄道敷設を進め,農業分野では市場競争が激化し,規模拡大や生産技術の 革新が進行していた.その時代に見られた一般的な農民像はソローが理想と した清教徒的な独立自営農民とは異質な存在であったに違いない.
しかし,「われわれは,一時間で世界のあらゆる時代を生きなくてはなら ない.そう,あらゆる時代のあらゆる世界をである」(ソロー[1995a], p.23)
11) 「私は,農場,家屋,納屋,家畜,農具などを親から相続したために,かえって不幸になった,わ が町の若者たちを知っている.」(ソロー[1995a], p.12:下線は引用者)そうならざるをえない背 景に,「コンコードの農民たちのことを考えてみると,彼らはたいていの場合,それぞれの農場を 名実ともに自分のものにしようとして,20年,30年,40年と汗水流して働いている(そのかせぎ の3分の1は家屋の費用に消えてしまうとみてよい).というのは,彼らは抵当にはいったままの 農場を相続したか,土地を借金で買い入れた場合が多いからで,しかもたいていはまだ返済でき ないままである」(ソロー[1995a], p.61:下線は引用者)という状況が存在していた.
12) この意味において,『森の生活』は「クールーの町」でつくられた「時間」を超越した「杖」(ソロー
[1995b], pp.281-282)に比定されるものと考えられる.
13) 共同体の形成に必要な調和と秩序を保証する「聖なる存在と儀式」をコミュニタリアニズムの 視点から再評価する試みもある(小林[2016], pp.141-146).
というソローの勧めに従って時空を超越し,江戸時代中期の「直耕」の世界を 生きた場合にはどうなるだろうか.
例えば,「われわれは,太陽が自分たちの耕地や平原や森を分けへだてな く見おろしていることを,とかく忘れがちである.それらいっさいが日光を 反射すると同時に吸収してもいるのであり,耕地は太陽が毎日の運行の途中 で眺める壮麗な風景画のほんの一部にすぎない.太陽から見れば,地球全体 が菜園とおなじようにひとしく耕されているのだ.だからわれわれは,その 光と熱の恩恵を,それにふさわしい信頼と雅量をもって受け入れなくてはな らない.」(ソロー[1995a], p.295)
“We are wont to forget that the sun looks on our cultivated fields and on the prairies and forests without distinction. They all reflect and absorb his rays alike, and the former make but a small part of the glorious picture which he beholds in his daily course. In his view the earth is all equally cultivated like a garden. Therefore we should receive the benefit of his light and heat with a corresponding trust and magnanimity.”(Thoreau
[1995], p.108)
擬人化された「太陽」が地球表面を「菜園」として耕すという表現には昌益 の「転てん定ち」の「直ちょっ耕こう」との共通性が存在しているのではないだろうか.また,
太陽の「恩恵」に対する応分の「信頼と雅量(trust and magnanimity)」とは人 間的「直耕」を意味するものではないだろうか.とはいえ,ソローは農民的「直 耕」に不可欠な生計の枠組みも飛び越えてしまう.
すなわち,「マメの一部分はウッドチャックのために育つのではあるまい か?」(ソロー[1995a],p.296)“Do they not grow for woodchucks partly?”
(Thoreau[1995], p.108).あるいは,「雑草の種は小鳥たちの穀物庫にな るのだから,雑草が生い茂ることもよろこぶべきではないか?」(ソロー
[1995a], p.296)“Shall I not rejoice also at the abundance of the weeds whose seeds are the granary of the birds?”(Thoreau[1995], p.108)
さらに,「まことの農夫(the true husbandman)」に関する一節は,農業で 生計を立てる農民にとって受け入れ難いように思える.太陽のおかげで作物 を育てることができる農夫は収穫に対する「請求権(claim)」を放棄すべきな のだろうか.その場合には,いかなる方法で家族を養えばよいのだろうか.
放棄が「祈り」を意味するとしても,請求権の放棄で販売の不安は解消される のだろうか.不作年のリスの気持ちを知ることができるのだろうか.
「リスたちが,今年は森がクリを実らせてくれるかどうかなど少しも気に しているそぶりを見せないように,まことの農夫は心を労することなくその 日その日の労働をこなし,畑の産物に対するいっさいの請求権を棄てて,最 初の実りだけではなく最後の実りも,心のなかで神々への生贄として捧げよ う と す る だ ろ う.」( ソ ロ ー[1995a], p.296)“The true husbandman will cease from anxiety, as the squirrels manifest no concern whether the woods will bear chestnuts this year or not, and finish his labor with every day, relinquishing all claim to the produce of his fields, and sacrificing in his mind not only his first but his last fruits also.”(Thoreau[1995], p.108)
販売方法の記載はないが,9ブッシェル12クォーツ(9.375ブッシェル≒
255kg)を16.94ドルで売った(sold)とされているマメの価格について,仮に,
種用と食用との等価を仮定すれば,種用1.73ブッシェル14)を3.125ドルで買い,
12ブッシェル(7倍)を収穫して9.375ブッシェル(78%)を売り,16.94ドル(5 倍強)の「売上金」を得たことになる(ソロー[1995a], pp.289-290).10ドル か12ドル(ソロー[1995a], p.99)の収入を目的に「ドルに換えられる」(ソロー
[1995b], p.48)「マメ」を栽培する畑の草取りをしながら,彼が相応の「信頼 と雅量」を以て太陽の恩恵を受容できなかったのは当然だろう15).
にもかかわらず,農業従事者ではなかった彼が執筆時に「請求権を棄て」,
「神々への生贄として捧げ」((ソロー[1995a], p.296)と表現した深層には,
農業体験によって芽生え始めた東洋的な宗教観16)があったのかもしれない.
すなわち,生産物(収量)の多寡をすべて,自然(転定)に預ける(捧げる)と理
14) 9.375(bus.): 16.94(㌦)= x(bus.): 3.125(㌦) ∴ x = 1.73(bus.)
15) 「私の畑のインゲンマメを熟れさせてくれるその太陽は,同時に地球とよく似た太陽系のさま ざまな天体を照らしている.この事実を忘れずにいたならば,私はいくつかの過ちをまぬがれて いただろう.マメ畑の草取りをしていたとき,私はこの光に照らされていなかったのである.」(ソ ロー[1995a], p.23)
“The same sun which ripen my beans illumines at once a system of earths like ours. If I had remembered this it would have prevented some mistakes. This was not the light which I hoed them.”(Thoreau[1995], p.6)
16) 「私は東洋人の言う瞑想とか,無為という言葉の意味を悟った(中略)時間がすぎていくことな ど少しも気にならなかった」(ソロー[1995a], p.202)
解すれば,それも「直耕」の一つの表現方法かもしれない.
「われわれは,いま信じているよりもずっと多くのものを,安心して信じて よいと思う.一身上の問題ではあまりくよくよしないようにし,むしろ本気 で別のことに関心をふり向けることにしたい.自然は人間の強さばかりでな く,弱さともうまく折り合ってくれるものだ.」(ソロー[1995a], p.24)
“I think that we may safely trust a good deal more than we do. We may waive just so much care of ourselves as we honestly bestow elsewhere.
Nature is as well adapted to our weakness as to our strength.”(Thoreau
[1995], p.6)
「ひとつの中心点からいくらでも半径がひける17)ように,生き方はいくら でもあるのである.あらゆる変革は奇跡と考えることができる.しかもそれ は,不断に生起しつつある奇跡である.」(ソロー[1995a], p.24-25)
“there are as many ways as there can be drawn radii from one centre.
All change is a miracle to contemplate; but it is the miracle which is taking place every instance.”(Thoreau[1995], pp.6-7)
「生きること」(“life”)は「奇跡」であり,その「奇跡」を無意味なものにすべ きではないという点は,“Walden” における最も重要な主張の一つであると 考えられる18).「ひとりの人間が,想像上の事実を実行して,悟性上の事実に 還元したとき,あらゆる人間が,ついに彼らの人生をその基礎の上に築くこ とができるようになるであろう.」(ソロー[1995a], p.25)
“When one man has reduced a fact of the imagination to be a fact to his understanding, I foresee that all men will at length establish their lives on that basis.”(Thoreau[1995], p.7)
ここでの “one man” と “all men” との関係は読み取りにくく,飯田訳も「ひ とりの人間」と「あらゆる人間」に分けている.しかし,そのように訳した場
17) 訳文では,“radii”(半径)をそのまま直訳して「半径がひける」とされているが,ここは「円を描 くことができる」としてよいと思われる.
18) 復元された “house” 近くの碑には以下の文章が刻まれている.“I went to the woods because I wished to live deliberately, to front only the essential facts of life, and see if I could not learn what it had to teach, and not, when I came to to die, discover that I had not lived.”(Thoreau
[1995], p.59:斜体字は引用者)また,原文ではその後に次の文章が続いている.“I did not wish to live what was not life, living is so dear”(ibid.:斜体字は引用者)
合,なぜ,「ひとりの人間」の行為が「あらゆる人間」に及ぶのかを理解しがた い.「“one man” = “all men”」と理解すべきではないだろうか.すなわち,空 想的な世界観を実体験を通した理解(fact to his understanding)に転換する ことこそがすべての人間にとっての「直耕」なのではないだろうか.また,そ の人間的な「直耕」は「転置(天地)」による「直耕」との関係を通して,「直耕」
する人間自身の人間性を日々高めていくと考えられるのである19).
4.天の道,地の利,人の事
安藤昌益から約1世紀,H.D. ソローから約2世紀を遡る佐瀬与次右衛門は 江戸時代前期に会津地方の肝煎として農業技術の発展に貢献するとともに,
農学の進歩によって意義や価値が解明されつつある農書を書き残した農業人 である.したがって,18世紀の日本人医師であった昌益や19世紀における 先駆的な米国人フリーターであったソローとは異なり,農業を生業とする農 民の視点から実践的な「直ちょっ耕こう」を論じている.従来,その著書である『会津農 書』は実証的な技術開発や先進的な農業技術に焦点を当てることが通例で あったが,本稿では与次右衛門の実践的「直ちょっ耕こう」論に繋がる前二者(昌益・ソ ロー)の説明をふまえ,農民的「直ちょっ耕こう」論について述べたい.すなわち,
「所いわゆる謂 用もちい二天てんの道一,因よりて二地ちの利に一,且かつ人の事を尽つくすハ,天地の化か い く育を賛たすくるの 類たぐい
成なる
へし.是を守て失うしなハす,其上に禍わざわいを除き,福を受うけん事を神しんめい明に禱いのらハ,
自然の感かんのう応ありて 必かならず作徳を得うへし.此 理ことわりを不し ら ず知して徒いたずらに勤つとむる者は,仮た と ひ令成 熟を得る人有あれども共,幸さいわいにして不作の難を免のがれたる成なるへし.」(佐瀬[1982a], p.359)
19) 「その日の生活を質的に高めることこそ,最高の芸術にほかならない.」(ソロー[1995a],p.162:
下線は引用者)“To affect the quality of the day, that is the highest of arts.”(Thoreau [1995], p.59:
斜体字は引用者)
「意識的な努力によって自分の生活を高める能力が,まちがいなく人間にはそなわっている」(ソロー
[1995a],p.162)“the unquestionable ability of man to elevate his life by a conscious endeavor.”
(Thoreau[1995], p.59)
「あらゆる人間は,自分が崇拝する神に捧げた肉体という神殿を,純粋に自己流の様式で建てる建 築師であり」(ソロー[1995b], p.94)“Every man is the builder of a temple, called his body, to the god he worships, after a style purely his own”(Thoreau[1995], p.144)
「われわれはみな彫刻家であり,画家であって,その材料はわれわれ自身の血と肉と骨である」(ソ ロー[1995b], p.94)“We are all sculptors and painters, and our material is our own flesh and blood and bones.”(Thoreau[1995], p.144)
ここで,天の道を用い,地の利に因よりて人の事を尽くすという農業理念は,
昌益の「直ちょっ耕こう」概念,すなわち,「転てん定ち(天地)」による「直ちょっ耕こう」と人間的「直ちょっ耕こう」 に先行するものであると同時に,「天地の化育を賛たすくる」とは太陽を中心とする 自然循環(生態系)が地球上の植生を育てる恩恵に感謝しつつ,それに相応し い「信頼と雅量」を以て受け入れるべきであるとするソローの考え方を先取 りしたものといえるだろう.
禍わざわい(災厄)を免れ,福ふく(仕合わせ)を受けるよう神に祈るという表現は現代の
「科学的」規範の下では,前時代的な宗教的妄信の表明に他ならないように見 える.しかし,その「祈り」は自然植生の観察に基づく気象予測や実証的な土 壌分析・肥培管理をふまえた技術の適用後になされたものであり,江戸時代 前期まで4 4 4 4の農村には,それら(観察・予測・分析・管理)を標準装備した高度 で合理的な農業技術体系が継承され,人為的制御を超える領域を神(自然)に 委ねていたと推測されるのである.
人間が生み出す農業技術は,時代の経過とともに変化する規範的価値観に 依存した認識論(開放系/閉鎖系または経験的/実験的など)や使用可能な 機器・資材等の影響を受けるが,農的<投入・産出>を包摂する自然環境は 人間活動(⊂思考回路)の枠外に存在し,農業系全体を外部から制御する.し たがって,自然循環型農法の開発においては,その基底にある自然生態系(天 地⇒転てん定ち)との関係性が重視されるべきであると考えられる.
その点を理解するために与次右衛門の説明を見てみよう.まず,「天の道 を用もちふる」とは,「四時の気候,時令を能よく勘わきまへて農業を務つとむるといへる事成なるへし.
嘗かつ
て天の道に常例あれ共,暫しばらく不正の気ありて春の日布す べ て而寒き事あり,夏の 日布冷ひややか成なる事あり,秋冬も又 如かくの此ごとしなり.是を以時の宜よろしきを計はかりて事を用もちふへし.」
(佐瀬[1982a], pp.359-360)とされ,「異常気象」対策が農業技術の射程に収 められている.「小氷期」の存在が推測される江戸時代前期の後半20)には冷害 や飢饉が発生し,東北地方南部に位置する会津でも気象予測や異常気象に備 えた技術開発が喫緊の課題になっていたと考えられる21).
その対策の中心に据えられた農業技術が「地の利」,(立地条件,土壌分析,
20) 『会津農書附録』の執筆時期と推定される江戸時代の元禄期.
21) この点に関する具体的事象の説明については秡川[2016], 秡川[2019b]を参照.
施肥,および土づくりなど)の重視だったと考えられる.すなわち,「土ハ 五ごぎょう
行の母として万物を生育す.其色いろと其味あじわひと高こ う げ下,燥そうしつ湿の土ど ぎ宜を能よく弁わきまへて 五穀を播ほどこすと言いえる事なるへし.地の利に定さだまりたる位くらいあれとも,其土ど た い躰,其性せい によって用もちふへき物あり,用もちひへからさる物有あり,是能よく知へし.特に土つちハ中ちゅうおう央に位くらいす.
此 理ことわりを知りて推おし極きわむる人ハ,不ふ へ ん偏不ふ き倚,無二すぎたるも過 およばざるも不 及一の中なかをもしるへし.」
(佐瀬[1982a], p.360)と記され,土壌分析や肥培管理の重要性に対する注意 喚起をしたうえで,「土」に関する基本的な考え方を開示している.ちなみに,
『会津農書』上巻および中巻には水田土壌と畑土壌に関する詳細な分類が記 載され,上記を根拠付けるものとなっている22).
第三に,「人の事を尽つくす」であるが,その内容は理路整然と説明されている 前二者に比べ必ずしも明快ではない.すなわち,「耕たがやしに麁ろくあり,密みつあり,耘くさぎるも 同し.種子を取に時あり,是を置に品ひん有,種子に実じつする物有,虚きょする物有,軽 き物あり,重き物有,土の肥ひぎょう磽に随したがって培ばいよう壅する品あり,用水の術じゅつ有,此これ等らを能よく 考へて勤つとむる也.又また奴僕を使ふにも耕たがやしに得たる人有,耘くさぎるに得たる人あり,かれ に長せるあり,これに短なるあり.其人につきて其用を知て子弟を教ること く,寒暖,飢き ほ う飽を量はかりて其四し た い躰を使ふことならしめハ,令れいせすして其事成じょうじゅ就す へし.(佐瀬[1982a], pp.360-361)
まず,多様な個性の存在が前提されている.それは立地や土壌の相違とは 異なり,自助努力による変更が可能ではあるが,「天の道」「地の利」と同様,所 与のものと考え,「あるがまま」の個性をいかに生かすかを考えるべきだとし ている.つまり,保全生態学が規定している「共生型戦略」の選択である23). 作物の種類や土壌の種類・立地条件によって異なる耕耘法(耕たがやし),除草法(耘くさぎる),
播種時期(時),種子の比重(軽重)による品質(品ひん)や念実歩合(実じつ虚きょ)への影響,
施肥法や肥培管理(肥ひぎょう磽・培ばい壅よう)や用水法(術)などについて熟慮を重ねたうえ で,使用人の個性(耕耘の巧拙)に応じた教育を行い,日ごろから体調や食欲
(寒暖・飢飽)を気遣っていれば,細かな指図をする必要もなく,所期の目標 が達成できると与次右衛門は説いている.
その考え方は,人間(農民)にとって外的自然である「天地」の活用法と何
22) この点に関しては秡川[2017], pp.97-101, 秡川[2018], pp.185-187, 秡川[2019a], pp.103-109 を参照.
23) この点に関しては鷲谷[2004], pp.58-78を参照.
も変わる所はないのであって,「多生の縁」によって巡り合った人々の力を最 大限に活用してあげるために,人によって異なるさまざまな個性的能力を引 き出す教育が基本となる.したがって,「人事を尽くす」もまた多様な地域(自 然)資源の活用(天の道を用もちい,地の利に因よる)に通じているのであり,与次 右衛門の思考回路には単一尺度に依存して形式的な優劣を定め,天賦の個性 を画一化することで局所的生産性の向上を追求する現代的価値規範とは異な る柔軟な理念や組織論があったことは明白であろう.
5.キャンパス農村としての「針道」
「老人は教師として,青年以上に適任であるとはいえない」(ソロー[1995a],
p.18)と断言した上で,「老人は事実上,青年に対してほんとうにたいせつな 助言を与えることなどできはしない」(ソロー[1995a], p.20)と明言してい るソローであるが,意外にも「農村立地型」大学論を主張している24). 「人間が一人前の男や女になりかけたとたんに教育から離れてしまうこと がないように,いまこそふつうの学校とはちがった大人のための学校をつく るときである.いまこそ村々が大学となり,年配の住民は大学特別研究員25)
となって,生活に十分なゆとりができたならば,余暇を利用して余生を自己 の教養の向上につとめるべきである.」(ソロー[1995a], p.194:下線は引用者)
“It is time that we had uncommon schools, that we did not leave off our education when we begin to be men and women. It is time that villages were universities, and their elder inhabitants the fellows of universities, with leisure - if they are indeed so well off - to pursue liberal studies the rest of
24) コンコードは学問的「聖地」となり,“The Thoreau Society” が主催する国際学会が開催されて いる.また,大学教育に関するソローの問題提起は,①「本物の知恵」があれば大学の教育費は「は るかに少なくてすむ」.②「経営者たちがうまくやりくり」すれば「人生の犠牲」を90% 以上削減で きる.③大学教育よりも「はるかに価値ある教育は無料である」.④過剰な教育費の代償は「のち の世代が支払うことになる」.⑤働かずに余暇とひき籠りを享受する学生は貴重な経験を自ら放 棄し,「無益な余暇」を得るだけだ.⑥学生は「人生を真剣に生き」,「生きる実験に取り組む」べ きである(ソロー[1995a], pp.92-95).
25) ここでの「大学特別研究員」は,「研究基金(fellowship)から研究費を支給されて学内に生活し,
多くは教授・講師・教員を兼ねる」(研究社[2002], p.895)高齢者であり,「学内」は農村エリアを 意味すると考えられる.
their lives.”(Thoreau[1995], p.71:斜体字は引用者)
ソローの自然観は紆余曲折を経た後,「正典化26)」によって周辺領域の異端 から押し上げられ,米国人が身につけるべき教養としての刷り込みに利用さ れてきた27)という指摘がある(増田[2000], pp.548-555).テキストとして使 用されることがもたらす恣意的・迎合的理解のリスクは無視できないが,知 識偏重による歪曲の調整法として “Walden” を導入する意義はそのような問 題によって排除されるべきではなく,「農村大学(“villages’ universities”)」や
「高齢特別研究員(“elder inhabitants’ fellows”)」という考え方は現代の先進国 においてより高度の意義と実行可能性を担保し,針道集落はそのモデル地区 に相応しいと考えられる.
26) 米国文学史上のソローは教育的な利用価値と反権力の象徴性によって「辺境」から「中心」に移 り,その後,自然派に再帰(遷移)した(増田[2000], pp.548-555).それはまるでソロー自身が明 らかにした自然の遷移を人間社会が模倣しているかのようである.
27) 米国「11年生(日本の高校2年生(引用者))の「文学」教科書においては,ソローの『ウォールデン』
と「市民的政府への抵抗」(“Resistance to Civil Government”,1849)の二作品は,各社の教科書に 必ず掲載されており,出版社によって掲載箇所が異なることで各社の特色を出している」(塩田
[2017], p.3).また,「アメリカの教科書の『ウォールデン』では,アクティビティを通じて「語用 論的能力」を育成することが意図されている」(塩田[2018], p.42).さらに,ウェブ上で閲覧可能 なシラバス情報に基づいて,米国大学の授業で使用されている文献を頻度の高い順に1位から100 位まで序列化したリスト「米国の大学の授業でよく使われている文献トップ100」によれば,『森 の生活』は第35位とされている.https://id.fnshr.info/2016/03/18/us-textbook/)
図 1 針道キャンパスの授業風景
図 2 ゲームに熱中する学生たち
図 3 針道キャンパス前の集合写真
図 4 針道キャンパス附属資料館
図 5 同館の授業風景
引用文献
[ 1]大江正章[2015],地域に希望あり-まち・人・仕事を創る,岩波書店.
[ 2]小林正也[2016],神社と政治,KADOKAWA.
[ 3]佐瀬与次右衛門[1968],長谷川吉次編著,会津農書,佐瀬与次右衛門顕彰会.
[ 4]佐瀬与次右衛門[1982a],庄司吉之助・長谷川吉次・佐々木長生・小山卓校注・執筆,
日本農書全集第19巻,農山漁村文化協会.
[ 5]佐瀬与次右衛門[1982b],長谷川吉次・小山卓現代語訳・解題,日本農書全集第20巻,
農山漁村文化協会.
[ 6]塩田弘[2017],アメリカの高校生が学ぶ教科書と『ウォールデン』,ヘンリー・ソロー 研究論集,43,日本ソロー学会,pp.1-9.
[ 7]塩田弘[2018],語用論的能力育成のための『ウォールデン』─高校教科書のアクティ ビティーを中心に,ヘンリー・ソロー研究論集,43,日本ソロー学会,pp.36-44.
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[ 9]ソロー , H.D.・飯田実訳[1995b],森の生活(下),岩波書店.
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[12]秡川信弘[2017],世界農業遺産(GIAHS)に関する考察-『会津農書』と “Walden” の視 点から-,総合政策論集,16-1,東北文化学園大学,pp.85-115.
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[14]秡川信弘[2019a],「食」,「農」および「自然」-農的文化の継承に関する考察-,総合 政策論集,18-1,東北文化学園大学,pp.83-118.
[15]秡川信弘[2019b],『会津農書』成立の背景を物語る史料-『会津歌農書』と『会津農書 附録』-,総合政策論集,18-1,東北文化学園大学,pp.119-144.
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