チューダー朝時代の台所と主婦
著者 石塚 倫子
雑誌名 東京家政大学博物館紀要
巻 16
ページ 139‑149
発行年 2011‑02
出版者 東京家政大学博物館
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00010327/
「鶏肉は焼け焦げだ」
『間違いの喜劇』に見るチューダー朝時代の台所と主婦
“The Capon Burns”:
The Tudor Kitchen and Housewife seen in The Comedy of Errors Noriko I
shIzuka石塚 倫子
1.はじめに
シェイクスピアの初期の作品『間違いの喜劇』(The Comedy of Errors, 1590-93) の始まり 早々、なかなか食事に戻ってこないアンティフォラス(Antipholus)を迎えにやってきた召使いの ドローミオ(Dromio)は、主人を見つけて次のように訴える。
Return’d so soon? rather approach’d too late;
The capon burns, the pig falls from the spit;
The clock hath stricken twelve upon the bell;
My mistress made it one upon my cheek;
She is so hot because the meat is cold;
The meat is cold because you come not home;
You come not home because you have no stomach;
You have no stomach having broke your fast;
But we that know what ‘tis to fast and pray, Are penitent for your default to-day. (1.2. 43-52)1)
ドローミオは目の前の男を、生まれたときから仕えている主人、つまりエフェサスに住むアンティ フォラスだと思い込んで話している。昼食を前に、家では主人を皆で待ち続けていると言うのだ。
しかし、実は相手は主人の双子の弟、それもたった今エフェサスにたどり着いたばかりのシラ キュースから来たアンティフォラスだ。互いに話が通じないまま、結局、散々叱られたドローミオ は退散することになる。
英語コミュニケーション学科 第1英文学研究室
さて、ここで話はストーリーから離れるが、この道化ドローミオの台詞の中にある「鶏肉は焼け 焦げ、豚は串から落っこちている」(”the capon burns, the pig falls from the spit”)という一行に 注目してみよう。昼の 12 時を過ぎた今、鶏肉も豚の丸焼きも焼きすぎで台無しの上、食卓に置か れてから時間がたち、 すでに冷たくなっている(”The meat is cold”) という。「奥様」(”My mistress”)は食事時間に戻らぬ夫にカンカンだ。このわずかな部分から、当時のこの階級の食卓 の様子と家庭内の生活が垣間見えてくる。ここでは、『間違いの喜劇』を中心にシェイクスピア時 代の人々の食生活について考えてみたい。そしてさらに、食事を作る台所と不可分の主婦の役目に ついても、作品に沿いながら再考してみようと思う。
2.チューダー朝の食生活 (1)メインは肉料理
『間違いの喜劇』が書かれた16世紀末の食習慣で、今と最も違うのは食事時間のパタンであろう。
最も内容の充実したディナーは夕食でなく、朝 11 時から正午にかけての昼食であった(Forgeng, p.164)。朝食は抜くか、あるいは食しても簡単なもの。となれば、11時には空腹でしっかり昼食を 取ることになったであろう。朝抜きでお祈りをしていた(”we that know what ‘tis to fast and pray”)女主人のエイドリアーナ(Adriana)と妹ルシアーナ(Luciana)にとって、時計が12時の 鐘を打っているというのに、夫の帰りが遅いために、まだ食事が始められないのは、この食習慣か ら考えて、実は相当困ったことなのだ。肉が焦げてしまうほど焼かれ、しかも冷えているというの は、11 時には出来上がる予定で作っていたに違いない。ちなみに当時の夕食はというと、昼より ずっと簡単なもので済ましていたようだ。必ずしも一日三食は決まった食生活ではなく、経済状況 によっては一食でもありがたい階級もあった時代、昼食の重要度は今よりかなり高かったはずであ る。
実を言うと、この時代はほとんどの国民が飢えていて、満腹になるまで食べることができる階級 は限られた一部の支配層であった。そこから推して、アンティフォラスの家のディナーには、家族 用の普通の食事にもかかわらず、少なくとも 2 品の肉 ―鶏肉と豚肉 ―が供されている点から、か なり裕福な商人階級の食卓と考えてもよいだろう。また、肉料理が複数出されることは珍しいこと ではなく、当時のディナーはなんと言っても肉中心であった。領主クラスの宴会では、鳥、豚、
牛、ウサギ、鹿、山羊、羊など、幾種類もの肉料理が一回の食事時間に次々出されている記録もあ る。2)裕福な一部の階級は常に過食状態で、肉食に偏ることで起こる通風病みが多かったというの も頷ける。
肉はどのように調理されたのであろう。実は、この時代の肉は現在より固くて質も良いとは言え ない代物だった。多くの場合、スパイスやハーブでうまみを出す工夫がなされており、当時のレシ ピをみると、肉の中に野菜やハーブを詰め込み、スパイスをたっぷり入れて長時間煮たり焼いたり して調理していたようである。上記のドローミオの台詞で出てくる鶏肉(”capon”)は、比較的や わらかい養鶏で、消化によく、ギフトとして用いられるような肉の高級品であった。ローストのほ
か茹でるなどして調理されていた。
一方、「豚は串から落ちている」(“the pig falls from the spit”)という台詞から察するに、この 豚は丸ごと串に刺し、火の上で回転させながらじっくり焼かれていたのだろう。実はこの調理法に は子山羊がよく使われたが、子山羊の代わりとして用いられたのが子豚だった。その姿のまま丸ご と串に刺したあと、全体に満遍なく火が通るよう、串を回し続ける作業はかなり時間と手間を要し たようである(Forgeng, p.169)。台所専門の召使がいない庶民の家庭では、こうした調理は事実 上むずかしく、そのかわりに鍋を火にかけたままで作れるボタージュ状のスープに、野菜や肉を入 れたものをパンとともに食すというのが、平均的な料理であった。アンティフォラスの家の昼食 は、だからかなり贅沢なものだったわけである。
ちなみに、この時代、魚はどの程度使われる食材だったのだろう。時の為政者・エリザベス1世 により、四旬節をはじめ、毎週金曜日と土曜日のほか、教会で決められた日は肉を断つきまりに なっており、代わりにそういう日は魚が食されていたから、魚もかなり使用頻度の高い食材であっ たはずである。しかも、島国のイギリスでは豊富な種類の海産物があったにもかかわらず、シェイ クスピア作品では魚はあまり御馳走として言及されてない。確かに、保存と輸送の問題で、生の魚 は海岸地域以外で鮮度を保つことが難しかったのだろう。そのため、多くはタラ、ニシンなどの塩 漬けや干物などの加工品として市販されていたのである。しかし、塩漬けといっても食べる前に木 槌で一時間たたいてほぐし、湯に2時間はつけて戻さねばならず、その手間のわりに味も決して美 味とはいえないものだったようだ(Sim, p.73)。肉断ちの規則は、実は宗教的な理由というより漁 業の振興のためという政治的目的があったのだが、グルメにとってはありがたくないお達しであっ たに違いない。これを決めたエリザベス自身、皆が魚の日にひとり肉を食べていたという説もある
(Forgeng, p.167)。
(2)その他のメニュー
粥とパンだけの貧しい庶民は別として、ディナーのメインはなんと言っても肉料理であったこと はすでに述べたが、さらに皿数を増やすためその他の食材による料理も出された。たとえば、『間 違いの喜劇』では二種類の肉料理について言及されているが、これは暖かいうちに食されるもの で、この階級ならそのほか最低でも数種類の皿数はあったはずだから(Bradley, p.75)、肉以外の 保存食や冷たい料理もテーブルに載っていたに違いない。それらを当時の食卓を想像しながら再考 してみよう。
1)野菜
野菜は肉の味付けや付け合せの飾りとして調理されるほか、意外にもサラダとして多く食されて いた。食材は、レタス、スベリヒユ、コーンサラダ、ギシギシ、タンポポ、ムラサキハナウドの 蕾、からし、カラシナ、ラディッシュの若葉、アブラナ、ホウレンソウなど、幾種類もの緑の葉に 加え(Wilson, p.360)、スミレやサクラソウのような花も彩りに添えられた。『夏の夜の夢』(A Midsummer Night’s Dream, 1595-96) に 出 て く る 妖 精・ マ メ の 花 や か ら し の 種、 ハ ー ミ ア
(Hermia)とヘレン(Helen)がおしゃべりをして過ごしたサクラソウのじゅうたんなどは、実は 日常、イギリス人がよく食卓で目にしたり、味わったりしていた植物である。これらは各家の庭に 育てられていて、食事のたびに摘み取られて、ビネガーや塩で味付けされ、新鮮なサラダとして食 された親しみのある野菜や花なのである。野菜のほか、場合によっては家族の体調に合わせて各種 のハーブ ― ゴボウ、ローズマリー、ヘンルーダ、ホップ、ラベンダー、レタス、バジルなど ― もサラダに入れられた(Bradley, p.116-18)。中世以来、家庭の主婦は家族の健康管理を行い、医 者の少ない時代、豊富なハーブの知識をもとに、サラダの内容を考えるのが大切な仕事であった。
各家の庭には主婦の管理する野菜とハーブの菜園があったのである。
2)酪農品
チーズをはじめ酪農製品にも各家の手作りの味があり、日々の暮らしに欠かせない食料であっ た。ある程度の家には酪農部屋があり、一年を通じて、自家製のチーズやバターを作っていた。当 時、 ミルクを生のまま飲む習慣はあまりなく、 飲むとするとチーズを作るときに必要な凝乳
(curd)から出る液体(whey)を飲んでいたらしい。ミルクはほかにデザートやソースなどあらゆ る用途があり、貧しい家ではもっぱらバターやチーズに変身していた。『夏の夜の夢』で妖精パッ ク(Puck)が村娘たちのミルクを盗み取ったり、バターを作る攪拌器の中で動き回って息を切ら して混ぜているおかみさんの作業を台無しにしたり(”... he/ That frights the maidens of the villagery,/ Skim milk, and sometimes labour in the quern,/ And bootless make the breathless housewife churn”2.1. 34-37)3)と、いたずらの尽きない様子を示す台詞にも、当時の女性たちの酪 農製品作りの日常や苦労が窺える。中でもチーズ、特に固い種類のチーズは保存性があったので、
貧しい家庭や船乗りの食料としても重要であった(Sim, p.71)。酪農は重労働であったが、その家 独自のチーズの味が主婦の腕自慢、ひいてはその家の食生活レベルの自慢にもなる。ソフトチーズ やグリーンチーズも含めると種類は豊富で、どこの家でも重要な蛋白源としても欠かすことのでき ない食材であったのだ。
3)パン
これらに加え、パンも常に食卓に上った。特に、貧しい家庭では肉や魚を入手する経済力がな く、パンはグルテンによってたんぱく質を摂取する重要な栄養源にもなる。当時のパンは現在のパ ンより、ずっと固くて腹持ちもよかったらしい。構造上、オーブンさえ作れない貧しい家に住む家 庭を除いては、ほとんどが黒パンを焼いていた。小麦が買えない家庭では大麦やライ麦パンを作っ ていたようだ。このころ、ロンドンなど大都市では次第に白く、よりソフトなパンが売られるよう になり、それを食卓に添えることで家のステータスを示すことにもなったが、それでも、ロンドン でさえ自宅や町の共同オーブンで日々自家製のパンを焼く人々も多かった(Sim, p.65)。しかし、
裕福な家庭ではほかの料理で十分満たされているので、パンは必ずしも必要不可欠な食べ物ではな かったのも事実である。
4)デザート
そして、食事の最後にはデザートが出された。このころ砂糖は高価な調味料だったので、4)砂糖
をたっぷり使ったデザートはその家の経済力を示すバロメーターともなる。大きな屋敷で台所に使 用人がたくさん居るような家庭でも、大切な砂糖だけは女主人が管理していたといわれている。果 物をスライスして甘く煮詰めたもの、彩りの良いタルトやゼリーなどを宴会のコースの最後に提供 する風習は 16 世紀に入ってから見られるようになる(Wilson, p.302)。砂糖はある意味で薬のよう に見なされた調味料で、食後に摂取すると消化を助けるなどと信じられていたので、一層、貴重な 品だったのである。従って、一般庶民には砂糖を使った贅沢なデザートは夢の夢だった。しかし、
彼らが甘いものを諦めていたわけではない。蜂蜜やサツマイモ、果物そのものの糖分を煮詰めて引 き出すなどして、甘い味のデザートを楽しんでいた記録はある(Wilson, p.301)。
5)酒
さて、これらの料理に加え、欠かすことができないのが酒類である。水は疫病のもとと見做さ れ、水分はほとんど酒でまかなっていた時代、今よりアルコール分が少なく保存のきかないエー ル、またホップを発酵させたビールなどは、老人から子供まで日常的に飲まれていた。家庭で醸造 することも多く、たくさんの種類のハーブやスパイスを使ったそれぞれの家庭の味があったようで ある。これも『夏の夜の夢』でパックが自慢するいたずらに、ビールの泡ができないようにする
(“make the drink to bear no barm” 2.1. 39)という箇所があるが、これは家で醸造するビールの発 酵を妨げる意味である。人々にとって、それほどビールやエールは大切で身近な飲料であった。
また、ワインは中世以来愛飲されているが、イギリス産のものはなく、値段も高くて高級品で あった。従ってワインを飲める階級は限られていたが、これらは小分けにした販売がなく、皆、樽 で買っていたので、裕福な家庭の主婦にとって、コルクのない時代にいかに味を損なうことなくワ インを保存し、消費するかが重要な課題であった。主婦のレシピには、ワインの味を回復させる ハーブやスパイスのリストも残されている(Wilson, p.390-91)。
3.主婦の仕事
さて、以上のようにチューダー朝時代の食事を概観すると、台所で行われる調理は現在とは比べ 物にならないほど、材料の調達から準備にいたるまで手間隙かかる仕事であったことが窺える。こ れらの責任はすべて家庭の主婦の肩にかかっていた。女性が男性同様に外に出て仕事をすることは まずなかった上、宗教改革以降、女性にとって理想の人生とは結婚して家庭を守り、良き妻良き母 として一生を過ごすこと、というイデオロギーが強化されるようになった時代、主婦は家の中でひ たすら家事を行う存在だった。しかし、その仕事は広範囲にわたり、大変多忙だったのである。特 に、経済的に豊かでない家庭では使用人がいないか、いたとしてもひとりがせいぜい。中でも台所 に関する仕事は膨大な時間と労力が必要だ。野菜やハーブを庭で育て、パンを焼き、バターやチー ズなどの保存食をつくるほか、果実を煮詰め、庭で取れた花やハーブの砂糖漬けを作り、ピクルス やスパイスを作り置きする。その上、自家用ビールまで醸造するのだ。もちろん、都市ではほとん どの品目において商店で出来上がったものを入手することもできたが、それらは割高だし、田舎で は手に入りにくい。基本はすべて手間のかかる手作りとなる。
たとえば、肉をさばくという仕事も大変だ。16,17 世紀の台所を描いた木版画などを見ると、台 所の壁には幾種類かの動物がその姿のままぶら下げられている。これらは場合によっては、生きて いるものをたった今処分し、皮をはぎ、血を洗い流したところかもしれない。恐ろしい話だが、当 時の台所は日常的な殺戮の場だったとも言えるのだ(Wall, p.192)。『間違いの喜劇』の料理女ルー ス(Luce)は肉付きがよく体力がありあまっている女性だが(”I have but lean luck in the match, and yet is she a wondrous fat marriage.”3.1. 90-91)、このくらいでないと鳥や動物をさばく仕事に は耐えられない。料理とは、そんなにデリケートな作業ばかりではなかったのだ。
家庭の主婦は、日々、かまどに火を起こし、水を汲み、動物を屠るなど、料理以前に行う重労働 が多々ある。材料もほとんど手作りだ。現代の生活では、スーパーで買った野菜や保存食、すでに カットしてある新鮮な肉を冷蔵庫からさっと出し、便利で衛生的な器具や設備で食事の支度をする のが当たり前である。しかし、シェイクスピア時代においては、食べるということ自体が多くの労 働を伴う作業の連続だったのである。
そう考えると、『間違いの喜劇』で夫の帰りを待ち続け、すっかり機嫌を損ねているエイドリ アーナを我が儘な悪妻だとは非難できない。結局、この日夫は午後2時になっても、姿を見せてい ないのだ ―”Sure, Luciana, it is two o’clock”(2.1. 3)。確かに、この家には賄い女のルースもいれ ば、ほかにたくさんの使用人がいるので、エイドリアーナ自身が台所で働くことはなかったかもし れない。しかし、裕福な家庭における女主人という立場の妻には、また別の苦労があったのであ る。それは、一言で言うなら、使用人をも含めたハウスホールドという家族組織の管理である。
エフェサスのアンティフォラスの家にはドローミオ以外にも実はかなりの使用人がいる。双子の 弟の方を夫と間違えて、エイドリアーナが遅い食事をしている最中に、あとから帰ってきた兄のア ンティフォラスは、自分の家だというのに門には鍵がかかり、閉め出されていることに気付く。そ こで、ドローミオ(兄)は「ご主人がお帰りだから門を開けろ」と、中にいる召使たちの名前を大 声で呼ぶ ―”Maud, Bridget, Marian, Cicely, Gillian, Ginn!” (3.1. 31)。これだけでも6人の使用人だ。
ほかにルースという台所専門の召使いもいる。これらはすべて女性の名前だから、ドローミオはじ め男性の使用人を入れればさらに多くの使用人を抱えていることになる。となれば、女主人は家事 全般に気を配りながら、使用人全員の管理をしなければならないのだ。
この当時、貧しい家に生まれた子供は実家で養うことができないので、多くは働ける年齢になる とすぐ、奉公に出された。彼らは住み込みで働き、豊かな家庭の使用人に雇われる幸運に恵まれた 子弟は、料理、洗濯、庭仕事など、それぞれに割り当てられた仕事場でひたすら働く。そして適齢 期になると、主人が結婚の世話をしてやり、それなりの仕度までしていた例もある。従って、ハウ スホールドと呼ばれる名家の一世帯には血縁以外の住人も多く、彼らはその家に属している家族と いうアイデンティティを持っていたのである。さらに大地主となれば、家の使用人の世話以外に、
屋敷の外の借地人の世話もある。夫がロンドンで官職についているような名門の地主の場合、女主 人は留守宅と所有地、そこから産出される生産物を含め、使用人と財産すべての管理と経営を代行 して行っていた。家父長制社会の中で妻は夫の所有物である一方、資産のある家の女主人は実質的
には一族の共同経営者として働き、相当の能力を持たねば一家を管理・維持できなかったのであ る。
さらに、この時代のイギリスでは「ホスピタリティ」の精神が尊ばれていた。余裕のあるエリー トや金持ちは、人々を温かくもてなし、いつでも家に迎え入れて歓待する精神を美徳とする伝統が あった。『間違いの喜劇』の中でも、食事に遅れたアンティフォラス(兄)は、宝石商のアンジェ ロ(Angelo)ともう一人の商人・バルサザー(Balthasar)を伴っていて、謙遜しながらも心から 歓待するからと食事に招待している ―”Better cheer may you have, but not with better heart”
(3.1. 29)。家でのもてなしは主人の家長としてのアイデンティティを示す重要な行為だ。そして、
料理とそれに伴う気遣いによって、妻は家長のアイデンティティを支える役割を担う。たとえ突然 の来客であっても、妻はいやな顔ひとつせずに歓待するのが勤めだから、遅れてきたアンティフォ ラスにとって、ここでは妻に文句を言わせない手段となるのである ―”Good signior Angelo, you must excuse us all,/ My wife is shrewish when I keep not hours” (3.1. 1-2)。
4.妻の身分
しかし、こうした経営者としての仕事を担う一方、妻の身分はやはり夫に従属するものであっ た。家父長制イデオロギーのもとでは、夫と妻の権力関係は宇宙の万物において男性優位と定めら れていた時代なのである。エイドリアーナの妹ルシアーナは、姉を常に諌めて忍耐を説くが、まさ に彼女は家父長制の理想の女性である。彼女は、当時の女性の立場を教科書どおりに繰り返してい る、言わば社会通念の代弁者なのである。
There’s nothing situate under heaven’s eye But hath his bound in earth, in sea, in sky.
The beasts, the fishes, and the winged fowls Are their males’ subjects, and at their controls;
Man, more divine, the master of all these, Lord of the wide world and wild wat’ry seas, Indued with intellectual sense and souls, Of more pre-eminence than fish and fowls, Are masters to their females, and their lords:
Then let your will attend on their accords. (2.1. 16-25)
こうした男性優位論は、法的にも支持されていた。裕福な家庭の娘は結婚のとき、相当の持参金 を親から贈与されて同じく財産のある婚家に嫁ぐが、その持参金は結婚と同時に夫のものとなる。
以後、自らの持参金でさえ夫の許可なく使えないが、夫は妻の持参金を使うことが許される。男性 は結婚の際、自分の財産に見合った持参金を結婚相手に期待するのが当然のしきたりであった。
『じゃじゃ馬馴らし』(The Taming of the Shrew, 1594)のペトルーチオー(Petruchio)も、じゃ じゃ馬で評判のケイト(Kate)にプロポーズするのは、その持参金が動機だと堂々と述べている。
『間違い続き』においても、おそらくエイドリアーナは相当の資産家の娘として、結婚の際にかな りの持参金を伴って嫁いだのであろう。ルシアーナは「姉の財産のために結婚したとしても、どう か姉にやさしくしてくれ」と懇願している ―”If you did wed my sister for her wealth,/ Then for her wealth’s sake use her with more kindness”(3.2. 5-6)。
また、家事は夫の仕事に比べて卑しいものという評価は変らず、たとえ実質的に家を支える働き をしていたとしても、あくまで妻の身分は夫の下、という序列関係は変らない。アンティフォラス が食事に遅れても、また町の娼婦と仲良くしても、結局のところ文句を言う姉の方をたしなめ、義 理の兄には浮気を隠して知らん顔をしろと説くルシアーナの意見は、当時としては一般的なもので あったのだ ―”Or if you like elsewhere, do it by stealth,/ Muffle your false love with some show of blindness”(3.2. 7-8)。
そう考えると、『間違いの喜劇』の二人の姉妹において、姉は嫉妬深く口うるさいが、妹は忍耐 強く従順で素直な女性である、という従来の価値観にも少し釈明が必要であろう。確かに、男性社 会の理想どおりの妻の心得を落ち着き払って述べるルシアーナに比べ、夫の帰りをじりじりして待 ち、別の女のところにいると疑っては嘆き、夫に感情をぶつけるエイドリアーナの態度は、喜劇的 効果を高める一方、滑稽で浅はかだと捉えられがちである。それを裏付けるように、夫の愛が失わ れたと大げさに嘆く姉を傍らから眺め、ルシアーナは観客を代表して、「嫉妬に苦しむ愚か者が何 て多いのでしょう」(“How many fond fools serve mad jealousy?” 2.1. 116)と、呆れた顔でつぶや く。また、女子修道院長(Abbess)はエイドリアーナに対して、夫のアンティフォラスが狂って しまったのは、嫉妬深くて口うるさい毒舌の妻が悪いと糾弾する ―”The Venom clamours of a jealous woman/ Poisons more deadly than a mad dog’s tooth”(5.1. 68-69) ― のである。
しかし、実際のところ、エイドリアーナの町の評判は必ずしも悪くはない。バルサザーは締め出 しを食らって怒り狂うアンティフォラスに対し、次のように述べる。
Have patience, sir, O, let it not be so;
Herein you war against your reputation, And draw within the compass of suspect Th’unviolated honour of your wife.
Once this,―your long experience of her wisdom, Her sober virtue, years and modesty,
Plead on her part some cause to you unknown;
And doubt not, sir, but she will well excuse
Why at this time the doors are made against you. (3.1 85-93)
貞節さ、つつしみ、年齢を重ねて得た知恵。どの点においてもエイドリアーナの評判は極めて良 い。それどころか、エイドリアーナは昼食に遅れた夫(実は弟)の態度をよそよそしいと責めなが らも、結局は暖かく食事に迎え入れている。
Come, come, no longer will I be a fool, To put the finger in the eye and weep
Whilst man and master laughs my woes to scorn.
Come, sir, to dinner; Dromio, keep the gate.
Husband, I’ll dine above with you to-day,
And shrive you of a thousand idle pranks. (2.2 203-08)
目に見えない様々な家事を取り仕切り、使用人を管理し、夫の威厳を保つための重要な象徴である 家庭という場を維持しながら、アンティフォラスをひたすら待ち続けるエイドリアーナに、必ずし も悪妻のレッテルを貼ることがふさわしいかは疑問である。その上、優等生のルシアーナは、なん と言ってもまだ独身。夫婦の日々の本当の苦労を身を持って体験しているわけではない。
5.まとめ
チューダー朝の後期、新たに主婦の仕事をあらゆる方面から指南した家事の本や料理本がいくつ か出版されている。それらは、みな版を重ね、当時かなり人気のある女性向けの書物だったよう だ。たとえば、プラット(Hugh Plat)の『淑女のための喜び』(Delightes for Ladies, 1602)は50 年間に13版、マーカム(Gervase Markham)の『イギリスの主婦』(The English Hus-wife, 1615)
は、22年の間に6版を出版している(Wall, p.26)。この当時、ごく一部の貴族を除き、女性が男性 と同じ学問を学ぶことはなかった。学問の代わりに女性に求められたのは、家事を能率よくこなす 知恵であった。つまり家事に役立つ実際的なことを教えるというのが、女性教育の主眼であったの だ。
これはすでに述べたように、宗教改革以降一層、強化されたイデオロギーによるところも大き い。教会の教えでは、女性が独身でいることは好ましくないとされ、結婚こそ幸せの道であると説 かれていた。プロテスタントの教義において、結婚して作る家庭とはキリスト教の美徳を実践する 聖なる場であり、またこの家庭は国家のひな型であるから、家庭の秩序と安定が国家のそれらを鏡 のように映すとされた(Comensoli, p.18)。つまり、家庭という単位が教会や国家を支える基本と いうわけである。
そして家庭内においては、妻は夫に従うべきであるという家父長的な秩序概念が称揚された。宗 教改革以降の女性の美徳は「勤勉・努力」とされ、男性は外で働き、女性は家を守るキーパーであ るべきことが、あらゆる指南書、説教集、格言書を通して繰り返し説かれた(Wall, p.22)。キリス ト教徒の家庭における主婦の家事労働こそが健全で道徳的な国家経済を支えるものと位置づけられ
たのである。主婦向けの本は、特にチューダー朝の後期に台頭してきた新しい市民階級やジェント リー、ヨーマンリーといった階級の女性に、イギリスの主婦がいかにあるべきかというアイデン ティティを与え、自己成型を促す手段ともなったのだ。
たとえば、当時もっとも人気のあったマーカムの家政書には、その表紙の副題に、次のようなこ とを教える目的の本であると述べられている。
. . . the inward and outward virtues which ought to be in a complete Woman: as her skill in Physicke, Cookery, Banqueting-stuffe, Distillation, Perfumes, Wooll, Hemp, Flax, Dairies, Brewing, Baking, and all other things belonging to a Household.5)
この部分から察するに、主婦は衣食住すべてにかかわる自給自足の生産活動の担い手であることが 要求されていたようだ。また、マーカムはこの本の第一章で、女性は家庭内において常に穏やかで 感情を抑えることができ、夫に対して感じがよく愛嬌がなくてはいけないと述べている(Korda, p.34)。また、貞節を守り、贅沢をせずに、必要なものはよそで買うのでなく自ら作ることで充足 すべきことを指導している。
こうした背景を踏まえて、再び劇に戻ろう。『間違いの喜劇』では、結局、双子の混乱は最後に 収拾がつく。誤解が解けたアンティフォラスとエイドリアーナは、仲の良い夫婦にもどり、弟のア ンティフォラスはルシアーナに求婚する。それぞれが夫と妻の役割を担い、幸福な家庭生活が予想 されて劇は幕を閉じることとなる。シェイクスピア喜劇のヒロインたちは、みな活発で元気が良 く、時には感情を爆発させるじゃじゃ馬もいるが、最後は男性優位の社会に収まることとなる。主 婦の苦労を考えると、文句のひとつも言いたくなるエイドリアーナの気持ちもよくわかるが、やは りこれは当時の家事本を見るまでもなく、もっとも収まりのよい結末なのであろう。
註
1) 『間違いの喜劇』のテクストの引用はすべて F. A. Foakes 編の Arden Shakespeare 版に依拠した。
なお、引用文のあとの括弧内の数字は、幕、場、行数を示す。
2) 肉料理だけでも、16皿は出すべきという家政書の記録もある。(Bradley, p.74)
3) 『夏の夜の夢』のテクストの引用はすべて、F. A. Foakes 編の Cambridge Shakespeare 版に依拠し た。なお、引用文のあとの括弧内の数字は、幕、場、行数を示す。
4) 17 世紀末になっても、石工が1日 16-18 ペニー稼げる時代に最高級とはいえない砂糖が 1 ポンド 22ペニーしていた。(Sim, p.68)
5) Kordaの引用に、上記の部分がある。Korda, p.40。
参考文献
1) Foakes, R. A. Ed. The Comedy of Errors. London: Methuen, 1962.
2) Foakes, R. A Ed. A Midsummer Night’s Dream. Cambridge: Cambridge University Press, 1984.
3) Bradley, Rose M. The English Housewife in the Seventeenth and Eighteenth Centuries. London:
Edward Arnold, 1912.
4) Beebe, Ruth Anne. Sallets, Humbles & Shrewsbery Cakes: A Collection of Elizabethan Recipes Adapted for the Modern Kitchen. Jaffrey, New Hampshire: David R. Godine, 1976.
5) Comensoli, Viviana. Household Business: Domestic Plays of Early Modern England. Toronto:
University of Tronto Press, 1996.
6) Forgeng, Jeffrey L. Elizabethan England. 2nd Edition. Santa Barbara, California: Greenwood Press, 2010.
7) Korda, Natasha. Shakespeare’s Domestic Economies: Gender and Property in Early Modern England. Philadelphia: University of Pennsylvania Press, 2002.
8) Lorwin, Madge. Dining with Willam Shakespeare: Thirteen Complete Shakespearean Feast Menus, Spiced with Essays and Comments on the Food and Social Customs of Elizabethan England. New York: Atheneum, 1976.
9) Price, Rebecca. The Compleat Cook or the Secrets of a Seventeenth-Century Housewife. London:
Routledge & Kegan Paul, 1974.
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11) Wall, Wendy. Staging Domesticity, Household Work and English Identity in Early Modern Drama.
Cambridge: Cambridge University Press, 2002.
12) Wilson, C. Anne. Food and Drink in Britain: From the Stone Age to the 19th Century. Chicago:
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