1.背景 我が国は世界一の超高齢社会となり,高齢化率は世界 でも類を見ないほどの速さで進んでいる.高齢社会が進 展することにより,それに伴う認知症高齢者の増加が予 測され,厚生労働省のデータによれば2010 年時点で 280 万人,2025 年には 470 万人以上が認知症高齢者になる と推定されている 1).認知症高齢者の増加により,治療 や介護にかかる国の医療費負担も膨大になる事が予測さ れている. 認知症の予防には,その前段階とされる軽度認知障害 の時期で抑制する事が,現時点では最も効果的であると 考えられていることから,早期発見後に知的刺激や身体 活動を促し,早期予防していく事が重要である.アメリ カ国立衛生研究所提唱の認知症予防法2)によると,運動 の習慣や禁煙等の改善可能性のある行動因子が提唱され ているが,その証拠水準は低く,かつ具体的な方法は, まだ確立されていないのが実情である.
世界保健機関(World Health Organization: WHO)によ ると,喫煙と認知症の発症の危険性の間には強い関連が あることが指摘された.すなわち,喫煙量が多いほど認 知症の発症リスクは高まり,喫煙者は非喫煙者に比べて 45%発症リスクが高くなる3)ことが報告されている. 我が国における喫煙率は年々減少傾向にあるが,増加 し続ける認知症高齢者への予防手段として,喫煙におけ る取り組みならびに身体・社会的影響への理解を深める ことは非常に重要である.これまでの先行研究において, 喫煙や身体活動など認知機能に影響を及ぼす因子を単独 に調査した報告は散見するが,リスク因子である喫煙と 身体活動の組み合わせにおいて,認知機能への影響を調 査した報告は見当たらない. 2.地域在住高齢者における喫煙歴と客観的に測定 された身体活動量の関連(研究1) 目的 地域在住高齢者の喫煙歴と客観的に測定された身 体活動量および座位行動との関連を検討すること. 方法 (1) 研究デザイン 本研究は篠栗元気もん研究のベースラインデータを用 いて行なわれた横断研究である.篠栗元気もん研究とは, 地域在住高齢者を対象に,要介護に関わる変容可能な生 活習慣諸要因を探索することを目的として開始された疫 学研究である.2011 年に開始され,福岡県糟屋郡篠栗町 の住民を対象として行われた前向きコホート研究である. (2) 対象者 福岡県糟屋郡篠栗町に居住し,2011 年 1 月末時点で 65 歳以上かつ要介護認定を受けていない全自立高齢者 4,979 名のうち,同年 5 月の調査開始時点までに死亡, 入院または町外へ転居した66 名を除いた 4,913 名を初 期調査対象とし,郵送によって調査への参加を依頼した. この中で2,629 名(53.5%)が 2011 年 5 月から 8 月に 行われたベースライン調査に参加した.質問紙調査にお いて,身体活動量の測定に影響を与えると思われる脳卒 中,パーキンソン病,認知症およびうつ病のうちどれか を有するか,もしくは日常生活で介護を必要とすると回 答したもの227 名,喫煙歴未聴取のもの 13 名,および 女性1418 名を除いた 1,038 名を本研究の最終解析対象 とした. (3) 喫煙歴と身体活動量の測定 喫煙歴は,質問紙にて4 件法にて調査し,ほぼ毎日吸 っている,時々吸っていると答えた方を現喫煙群,吸っ ていたがやめたと答えた方を前喫煙群,もともと吸って いないと答えた方を非喫煙群とし3 群に分類した. 身体活動量および座位行動の測定には,3 軸加速度計 を内蔵した身体活動量計 Active style Pro HJA-350IT (オムロンヘルスケア社,京都;以下、活動量計)を用 いた.本活動量計は,重力加速度成分の変化から上半身 の傾斜を捉えることができ 4),3 軸方向の加速度データ をもとに低強度活動を加えた3 種類の活動に分けてそれ ぞれ推定式を当てはめ,実測値と算出された推定値に高 い相関性があることが確認されている.本機器は,特に 強度が弱い活動において,推定誤差が小さいことが報 告されている5).指標として歩数,身体活動量,および 座位行動時間を用いた.3 メッツ以上の活動を中強度以 上 の 身 体 活 動 量 (moderate to vigorous physical activity :以下 MVPA),1.6〜2.9 メッツを軽強度身体活
地域在住高齢者における喫煙歴と身体活動量が認知機能に及ぼす影響
キーワード:認知機能,喫煙歴,身体活動量,地域在住高齢者
動量(light intensity physical activity :以下 LPA)とし, 活動強度(METs)と時間(分)の積を合計し,それぞ れ身体活動量(METs・時/日)を算出した.また 1.5 メ ッツ以下を座位行動(sedentary behavior:以下 SB)とし, 装着時間に占める割合(%)を算出した. (4) その他の測定項目 握力,膝伸展筋力,ディストレス,BMI,教育歴,飲 酒の有無,配偶者の有無,収入のある仕事の有無,運動 習慣の有無,病歴を調査した. (5) 統計解析 対象者の基本属性の比較について,喫煙歴で分類した 3群間において,連続変数は平均値±標準偏差を,カテ ゴリー変数は割合を示した.それぞれ分散分析、χ2検定 によって測定項目の差を検討した.また,身体活動量と 喫煙歴の関連を調査するために,身体活動量を従属変数 とし,喫煙歴を独立変数とした重回帰分析を行った.な お,調整変数として年齢,BMI,飲酒,配偶者,仕事, 筋力(握力,膝伸展筋力),および病歴(糖尿病,高血 圧,心疾患,呼吸器疾患,筋骨格系疾患)とした.統計 学的な有意水準は5%未満とした.なお,全ての統計解析 はSAS ver.9.3(SAS Institute Inc, Cary ND, USA)を用いた.
結果 年齢では現喫煙群が前喫煙群,非喫煙群と比べ有意に 若く(p<.001),また運動習慣の有無,収入のある仕事 をしている割合において群間差を認めた(それぞれ p<.001、p<.005).身体活動量の比較においては,MVPA と歩数において,非喫煙群に比べ現喫煙群で有意に低く (それぞれ<.0001,<.005),現喫煙群は前喫煙群と比べ ても有意に低かった(それぞれ<.0001,<.005).LPA と SB については 3 群間で有意差を認めなかった.病歴で 比較すると,高血圧(p<.005),心疾患(p<.001),呼吸 器疾患(<.001)でそれぞれ群間差を認めた(data not shown). 次に身体活動量と喫煙歴との関連を表1 に示す.モデ ル1では,年齢,BMI を調整変数として投入した結果, MVPA において現喫煙群,前喫煙群で有意に低値となっ た(それぞれ<.0001,<.05).モデル2では,モデル1 に加えて生活習慣(飲酒の有無,配偶者の有無,収入の ある仕事の有無)を調整変数として投入した結果, MVPA において現喫煙群(<.0001),前喫煙群(<.05) で非喫煙群と比較し有意に低く,SB において現喫煙群 で有意に高かった(<.01).モデル3においては,モデル 2に加えて筋力と病歴を調整変数として投入したが,モ デル2と同様にMVPA において現喫煙群(<.0001),前 喫煙群(<.01)で有意に低く,SB で現喫煙群が有意に 高かった(<.05). 考察 これまでの先行研究6-7)でも,非喫煙者と比較し喫煙者 で,身体活動量が低いという結果が報告されているが, いずれも質問紙や歩数計による調査であった.本研究に おいて,活動量計を用いた定量的な身体活動量の分析を 行った結果,先行研究と同様の結果を得た.また現喫煙 群はSB が有意に長いという新たな知見を得た.喫煙者 と非喫煙者を比較した先行研究によると,喫煙者は非喫 煙者と比べて呼吸機能の低下 8)を認め,また骨格筋の萎 縮9)や運動耐容能の低下10)などが報告されている.これ らの研究は,標本数が少ないことや対象が比較的若年層 であることから,本研究における高齢者の結果とは直接 比較できないが,喫煙歴のある高齢者にとって慢性的な 弊害の一要因となっている可能性が考えられる. 本研究の強みとしては,活動量計による客観的な身体 活動量および座位行動を測定し,より詳細なデータが得 られた点である.本研究では現喫煙者・前喫煙者で MVPA が有意に低値となっていることが明らかとなっ た.また,これまでの先行研究において,座位行動と喫 煙との関連を調査した研究は皆無であったが,本研究で は,非喫煙者より喫煙者で座位時間が有意に長いという 特徴が明らかとなった.この事実から,現喫煙群は非喫 煙群に比べて中強度以上の活動が少なく,座りがちな生 活に従事していることが示された.これは多変量調整を 行っても同様の結果が得られた. 3.喫煙歴と身体活動量の組み合わせとフォローア ップ時の認知機能との関連(研究2) 目的 ベースライン時の喫煙歴と身体活動量の組み合わせと,
フォローアップ時の認知機能との関連を縦断的に調査す る事. 方法 (1) 研究デザイン 本研究は,研究1 の篠栗元気もん研究のベースライン 調査をもとに解析を行った.2011 年に開始された住民ベ ースの前向きコホート研究である篠栗元気もん研究のデ ータを用いて行われた横断研究をベースに,2013 年にも 同様の調査を実施する縦断研究を行った. (2) 対象者 研究1 のベースライン調査参加者を対象として,2 年 後の2013 年 5 月から 8 月に同様のフォローアップ調査 を行い,最終的に1,060 名が 2 回の調査に参加した.質 問紙調査において,身体活動量の測定に影響を与えると 思われる脳卒中,パーキンソン病,認知症があると答え た方,また認知症の疑いのある方(MMSE<24)96 名, 日常生活において介護がいると答えた方6 名,認知機能 検査のデータが得られなかった方 153 名,および女性 484 名を除いた 321 名を本研究の解析対象とした. (3) 認知機能の測定 認 知 機 能 は , 日 本 語 版 Montreal Cognitive Assessment(以下,MoCA-J)と Mini-Mental State Examination (以下,MMSE)を用いて評価した. (4) その他の測定項目 いずれも研究1 と同様の手順ならびに定義に基づいて 測定を行った.また,個人特性においても,全て研究 1 と同様の方法を用いて調査を行った. (5) 統計解析 ベースラインおよびフォローアップ調査における解析 対象者全体および喫煙歴で分類した3 群間において,対 応のある t 検定ならびにウィルコクソン順位和検定,χ2 検定にて行った.次に,MoCA-J 得点の 2 年間の変化に ついて二元配置分散分析を用いて比較した.その後,ベ ースライン時の喫煙歴と身体活動量の組み合わせと,フ ォローアップ時の身体活動量および座位行動の変化を調 査する目的で,対応のあるt 検定を行った.最後に,ベ ースライン時の喫煙歴と身体活動量の組み合わせと認知 機能との関連を調査するために,フォローアップ時の MoCA-J 得点を従属変数,ベースライン時の喫煙歴と身 体活動量の組み合わせを独立変数とした重回帰分析を行 った. 結果 喫煙歴で比較したMoCA-J 得点の 2 年間の変化は,全 体的な得点は上昇傾向(23.20→23.42)にあるものの, 3 群で比較すると現喫煙群のみわずかな低下を示してい たが,有意差は認められなかった(主効果:喫煙歴0.54, 時期0.67.交互作用:0.07)(data not shown).
ベースライン時の喫煙歴と身体活動量の組み合わせと, MoCA-J 得点の 2 年間の変化を図 1 に示す.いずれの群 においても有意差は認めないものの,現喫煙群のみ2 年 間で得点の低下が認められた.(主効果:喫煙歴と身体活 動量0.24. 時期:0.77. 交互作用:0.14). ベースライン時の喫煙歴と身体活動量の組み合わせと、 MoCA-J 得点との関連について重回帰分析の結果を表 2 に示す.モデル1 においては,現喫煙・High PA が,非 喫煙・High PA の組み合わせと比較し関連を認めた.そ の他に関して関連は認められなかった. 考察 これまで,認知機能と身体活動量,認知機能と喫煙と 単独で調査した研究は報告されているが,喫煙と身体活 動量の組み合わせで認知機能との関連を調査した報告は
皆無である.本研究の仮説としては,認知機能低下に最 も影響が少ないと考えられる非喫煙・High PA 群を基準 として比較した時に,認知機能低下を引き起こす危険因 子である低身体活動と喫煙という組み合わせ(現喫煙・ Low PA 群)が, MoCA-J 得点の有意な低下を示すとい うものであった.しかしながら,現喫煙・High PA 群に おいて,有意にMoCA-J 得点の低下を認めた.この事実 は本研究の仮説とは異なる結果であった. 本研究で認知機能と有意な関連を認めた現喫煙・High PA 群の特徴として,フォローアップ時の LPA の有意な 低下とSB の有意な増加を認め,他の 5 群と比較しフォ ローアップ時の身体活動量が最も低下し,座位行動が増 加していた(data not shown).高齢者を対象とした欧米 の研究11)では,歩数が多く活動的な生活習慣を持つ男性 は,非活動的な男性と比較して,認知症発症の危険度が 低くなることが報告されており,本研究においてもフォ ローアップ時の現喫煙・High PA 群の身体活動量の低下 が認知機能へ影響した可能性が考えられた. 本研究の限界として,まず追跡期間が挙げられる.先 行研究12-13)では5〜10 年という長期間であり,それに伴 い認知機能の変化を捉える事ができた可能性もある.更 に対象者の年齢においては,いずれも 33〜55 歳,44〜69 歳といわゆる中年期を対象に長期間追跡したものであっ た.そのため,本研究対象者における一時点の認知機能 の変化を反映するには十分ではなかった可能性がある. 高齢者における喫煙への影響を調査した研究において, Gellert et al のレビュー14)では,高齢者は年齢の上昇と ともに死亡率も高くなるため,中高年に比べ喫煙が死亡 率に与える影響は少ない.すなわち調査を受ける高齢者 は,喫煙しながらでも長生きできているため,もともと 喫煙の影響が出にくいと報告している.実際に,喫煙に よる年代ごとの死亡率を算出した解析においても,60 代 で1.94 倍,70 代で 1.86 倍,80 歳以上で 1.66 倍と現喫 煙者は非喫煙者より死亡率は高いが,高齢になるにつれ て喫煙の影響が減少している事が示唆される. 4.まとめと課題 本研究では,喫煙行動に着目して身体活動量との関連 性を横断的に解析すると共に,喫煙と身体活動量の組み 合わせと,認知機能との関連性を縦断的に解析した.今 後,国内外において認知症高齢者の数は増大し,それに 伴う医療費の増大や介護者の身体的および精神的負担も 更に増えることが予想される.今回,横断研究において 喫煙者の身体活動量および座位行動の特性を明らかにす る事ができた事は,先行研究で報告されている喫煙群の 身体活動量の低下を裏付ける結果となった.そして,縦 断研究において本来の仮説と異なる結果を得たのは,喫 煙に対する感受性の問題や比較的健康的な高齢者の参加 など,解析方法やサンプリングにおける課題として残さ れた。高齢者の認知機能低下を防止する因子を解明し, 予防に取り組んでいく事は今後も重要な問題として捉え ていく必要がある.今後も,喫煙が身体機能や認知機能 に与える影響を,生理学的側面や疫学的側面の両方に着 目し,多角的な視点で研究を進めていく必要性が課題と して残された. 5. 主要引用文献 1) 厚生労働省 介護予防マニュアル,平成 24 年改訂
2) Williams J, et al. Evid Rep Technol Assess, 193: 1-727.2010.
3) World Health Organization、Alzheimer’s Disease International .WHO , 2014.
4) Yoshitake , O. et al. Gait&Posture , 31.: 370- 374. 2010.
5) 熊谷秋三,他.運動疫学研究,17:93-103.2015.
6) Nakashita , Y .et al. 日本健康教育学会誌, 19:204- 216. 2011.
7) Furlanetto , K .et al. Respirology., 19:369-375.2014. 8) Chin, RC.et al. Am J Respir Crit Care Med., 187: 1315-1323.2013.
9) Montes , M.et al. CHEST. ,133:13-18.2008.
10) Papathanasiou , G.et al. Eur. J. Cardiovasc prev Rehabili., 14:646-52. 2007.
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12) Sabia, S. et al. Arch.Gen.Psychiatry.,69:627-
635, 2012.
13) Christiane,R.et al.Neurology.,65:870-875, 2005. 14) Gellert,C.et al.Arch.Int.Med.,172:837-844,2012.