避けられない北朝鮮の核保有と統一に向かう朝鮮半島(2)
―日本にとり中国と並ぶ脅威になる統一朝鮮― SSRI 上席研究員 矢野 義昭 5 カウンター・バランサーとして決定的役割を果たした中国 中朝関係は、2017 年末までは良好ではなかった。金正恩委員長が最高指導者の地位を継 承してから約2 年後の 2013 年 12 月に起きた、親中派と目されていた張成沢の粛清は、金 正恩と中国の関係悪化の転機となった。 中国は、北朝鮮が核やミサイルの実験を頻繁に行い、米国を挑発することも、北朝鮮が 北京にも届く核ミサイルを独自に保有することも望んではいなかったと思われる。 2015 年 4 月中に核実験をしようとした北朝鮮に、中国は、「もし実行したら国境線を封 鎖する」と脅して核実験を思いとどまらせたとみられている。 しかし同年5 月の一帯一路国際サミットに招待を受けて参加していた北朝鮮は、サミッ トの初日にミサイルの発射試験を行い、習近平の面子は丸つぶれにされた。 2015 年 10 月 10 日の朝鮮労働党創建 70 周年記念式典では中国序列 5 位の劉雲山とパレ ードの終盤で聴衆に向かって手を取り合うなど親密さをアピールし、金正恩は中朝関係を 「血潮で以て結ばれた友好」であるとしてミサイル発射を中止した。 しかし北朝鮮は2016 年 1 月に「水爆実験」とする核実験を実施して再び中朝関係は冷 却化した。 中国は従来からロシアとともに対北制裁には反対してきた。しかし、2016 年 2 月、中 国の張業遂筆頭外務次官はソウルで韓国の林聖男外務第1次官と会談し、終了後記者団 に、核実験や事実上の長距離弾道ミサイル発射を行った北朝鮮に対する国連安全保障理事 避けられない北朝鮮の核保有と統一に向かう朝鮮半島(1) はじめに 1 非核化に進展を見せないままに進む南北融和 2 リスクを犯し「国家核武力の完成」を急いだ北朝鮮 3 日韓の核保有容認に踏み切った米トランプ政権と日韓核保有論の高まり 4 北朝鮮を密かに支援し戦略的利益を得るロシア 避けられない北朝鮮の核保有と統一に向かう朝鮮半島(2) 5 カウンター・バランサーとして決定的役割を果たした中国 6 米国の軍事的選択肢による北朝鮮の核・ミサイル能力の廃棄は事実上不可能 7 北朝鮮の核戦力が温存された後の朝鮮半島をめぐる米中露の覇権角逐 8 朝鮮半島情勢の今後の推移 まとめ会の制裁決議案交渉に関し「われわれは新しくて強い制裁決議に賛成する。同時に、対話 を通じ問題を根本的に解決する方法を模索しなければならない」と述べている(『日本経 済新聞』2016 年 2 月 16 日)。 2017 年に入り北朝鮮は、前述したように、同年 7 月には 2 度の ICBM 発射試験、9 月 には6 度目の核実験、11 月には全米に届く ICBM の発射に成功するなど、ICBM 完成を 目指し軍事的挑発を続けた。 中国は、対北朝鮮制裁への容認姿勢をさらに強めたとみられる。北朝鮮の貿易の約9 割 を占めていた中国による対北経済制裁参加は、北朝鮮経済に深刻な打撃を与えた。 闇市場を黙認し独立採算制を一部導入することにより、北朝鮮経済は金正恩体制下でや や上向き傾向にあり、2016 年は公式報道によれば、3.9%に達した(『日本経済新聞』2018 年6 月 7 日)。しかし、経済制裁を受けた 2017 年には-3/5%に落ち込んだとみられている (NEWS24、2018 年 7 月 20 日)。 経済制裁の効果は上がっていたと言えよう。半面、それだけに中国に対する敵意は高ま った。2017 年末には、北朝鮮国内の講習会で、幹部が中国を「千年の宿敵」と呼ぶほど中 朝関係は険悪になっていた。 しかし2018 年 2 月 25 日から 28 日の間の、金正恩委員長による非公式の中国訪問を契 機に、中朝関係は大きく改善された。 人民大会堂での会談で金正恩は、「新たな情勢下、中朝友好を発展させることはわれわ れの戦略的選択であり、いかなる状況でも変わらない」と指摘、今後、習氏と首脳会談を 重ね、「両党両国関係を新たなレベルに発展させることを希望する」と述べた。 習近平は「われわれは朝鮮半島の非核化の実現、平和・安定の維持、対話・協議による 問題解決を堅持している」として、「引き続き重要な役割を果たしたい」との意欲を示し た。 金正恩は、「朝鮮半島の非核化に尽力する」とし、南北及び米韓の首脳会談を行いたい と述べた。さらに、「韓国と米国が善意でわれわれの努力に応じ、平和と安定の雰囲気を つくり、段階的で歩調を合わせた措置をとるなら、朝鮮半島の非核化問題は解決できる」 と主張した。 その上で「われわれは中国との戦略的意思疎通を強化し、協議・対話の動きと朝鮮半島 の平和・安定をともに維持することを希望している」と述べ、中国側に協力を求めた。習 近平は「相互訪問や特使の派遣など多様な形式で連絡を維持することを望む」と述べた。 なお、金正恩の訪中に向けた動きは2018 年 2 月に入ってからであり、会談で金正恩 は、「電撃的な訪問提案」を習近平が快諾したことに謝意を示したと報じられている(『産 経新聞』2018 年 3 月 29 日)。 このような経緯からみて、金正恩の意思決定により、電撃訪中が実現したことは明らか である。米朝・南北首脳会談の開催と中国の協力を依頼していることから、両会談を控え て、中国の協力を取り付けることが訪中の大きな狙いであったとみられる。
合意に基づき、その後金正恩委員長自らの訪中が、6 月までに 2 回行われた。 2 度目の訪中として、5 月 7、8 日に金正恩委員長は、大連を訪れている。習近平主席と 会談したとされているが、その訪問の目的の一つが、5 月 13 日に試験航海に出発したと報 じられた、中国初の事実上の国産空母の記念式典への出席にあったとみられる(『日本経 済新聞』2018 年 5 月 13 日)。 3 度目の訪中は、6 月 19、20 日になされた。滞在期間中に習近平国家主席と会談し、同 月12 日に開かれた米朝首脳会談の内容を説明したものと報じられている。 しかしそのような対中関係改善に金正恩が動いた背景に何があったのであろうか。 米朝首脳会談を控えて、非核化問題で対米けん制のために中国の後ろ盾を得るととも に、強まる経済制裁に対し再び中国の協力を得て制裁緩和を求めることがあったことは間 違いないであろう。 経済制裁緩和について、2018 年 6 月末、中国は国連安全保障理事会の制裁緩和を求め る報道機関向け声明案をロシアと共に安保理に配布している。また中国船籍による、北朝 鮮船に対する洋上での「瀬取り」が多発していることも報じられている。中朝国境貿易が 活況を取り戻している兆候も見られる。 中国型の改革開放の経済的成果とそれが中国の国産空母に象徴される強大な軍事力につ ながることを、習近平は、金正恩に実地に誇示したかったのであろう。 金正恩は、経済建設重視を2018 年の「新年の辞」などでも明らかにしている。しか し、中国型の改革開放に踏み込めば、体制の締め付けが聞かなくなり、独裁体制そのもの が揺らぎかねないリスクもある。改革開放は、父の金正日も何度か試みようとしたが、結 局踏み切れなかった。 金正恩はシンガポールで、北朝鮮をシンガポールのような国にしたいと述べている。金 正恩が改革開放を断行できるかは不透明だが、父よりも踏み込んだ改革に挑戦する可能性 はある。その際に中国との協力強化は欠かせないとの判断もあったのであろう。 非核化問題について直接的に影響を及ぼすのは、核開発そのものをめぐる軍事的な要因 である。空母に象徴される中国の軍需産業やハイテク産業の振興ぶりを実検する機会を得 たことは、金正恩にとりそれなりの成果があったとみられる。 しかしそれ以上に重要な問題は、米中首脳会談に先立ち、対米核抑止力をカウンター・ バランスさせるために、中国の核戦力を北朝鮮側の味方につけることではなかったかと推 察される。 約14 億人の人口を抱え、1990 年代以降残存能力の高まった核戦力を保有する中国の核 攻撃目標が米国に向けられ、北朝鮮独自の核戦力の攻撃目標と調整されれば、北朝鮮の対 米抑止力は飛躍的に高まるであろう。 ちょうど英国の対露最小限抑止力が、米国の対露戦略核戦力とリンクしているように、 中朝の核戦力がリンクされるようになれば、中朝共に対米抑止力は向上する。 中国にとっても、朝鮮半島正面からの米日韓による海空を主体とした北京・天津首都圏
に対する攻撃の脅威は深刻であり、そのことは北部戦区の部隊の全般配置からも、中国側 の戦略文献からも明らかである。 北朝鮮はICBM を保有していると言っても数発に過ぎない。本格的に対米交渉に乗り出 そうとする金正恩にとり、北朝鮮独力の核戦力で米国と対峙するだけでは、戦略核戦力と してみた場合、米国の膨大な核戦力に対する信頼できる抑止力にはならない。 そのような核戦力バランスの劣勢を回復し、米国と対等の立場で交渉するには、中国 の、核戦力上の「後ろ盾」がどうしても必要であったとみられる。それが、金正恩の電撃 訪中の最大の目的ではなかったかと思われる。 金正恩の対中融和外交により、米国側の軍事的選択肢を政治的外交的のみならず、核戦 力バランス上も抑止することが可能になったとみられる。北朝鮮単独の最小限抑止から、 中国の核抑止力と一体となった拡大抑止力へと、北朝鮮の核抑止力は引き上げられたと言 えるかもしれない。 もしこの推察が正しければ、中朝間は簡単には対立関係になり得なくなり、長期安定的 に友好的な関係が維持されることになるであろう。 その場合、中国型の改革開放もより大胆に導入され、北朝鮮経済も中国の特に東北三省 との一体化が進むことになるであろう。中朝の安定的関係が続けば、北朝鮮経済の発展 が、その豊富な資源とあいまって、本格的にもたらされるかもしれない。 むしろ中朝間の長期的問題は、中国国内の朝鮮族と北朝鮮との交流拡大、北朝鮮の国力 増大に伴う、中国国内での朝鮮族の自治・分離独立要求に移るとみられる。あるいは、中 朝間の国境見直し問題も出てくるかもしれない。 いずれにしても、北朝鮮の独自核の保有と中朝の接近は、北東アジアの政治・軍事・経 済・社会にわたる全面的な変革をもたらす可能性がある。 6 米国の軍事的選択肢による北朝鮮の核・ミサイル能力の廃棄は事実上不可能 北朝鮮の2017 年末現在の核弾頭保有数は、40 発から 60 発と見積もられており、生産 ペースは上がっている。米朝首脳会談後も、核兵器増産が報じられており、このペースで は、北朝鮮の核戦力は2020 年頃には、いかなる大国にも数千万人規模の「許容しがたい 損害」を与えることができる「最小限抑止」の段階に達すると予想される。 トランプ政権としては、その前に北朝鮮に核・ミサイル廃棄を強要しなければならな い。トランプ政権は、米朝首脳会談後もCVID を実現するとの方針は崩していない。しか し軍事選択肢がとれる段階ではもはやないことも明白になりつつある。 すでに北朝鮮の核関連施設の破壊は困難になっている。核関連地下施設の数は数百カ所 あるとみられ、核搭載可能とみられるミサイルの数も1,000 発を超え、それらの基地の数 も最大200 か所に上り、大半が地下に格納されかつ移動式になっているとみられている。 それらの位置に関するリアルタイムの正確な情報把握は極めて困難で、先制空爆による地 下施設の破壊も容易ではない。
もし空爆を行えば、先制攻撃から生き残った核ミサイルや化学・生物弾頭の弾道ミサイ ルが数十発の規模で、日本や韓国に向け集中発射される恐れがある。そうなれば、全数を ミサイル防衛システムで破壊するのは困難となり、一部が着弾する可能性が高い。 核・化学・生物兵器の弾頭では、弾頭の威力、爆発高度、人口密度、建物の構造、地形 や気象により異なるが、1発でも数十万人から百万人以上の死傷者が出ると予想される。 さらにそれに連携した本格的な非核の通常戦、中露による軍事介入の恐れなどの要因を 考慮すれば、軍事的選択肢を採れば、その結果は数千万人規模の犠牲者を伴う、「かつて ない規模の災厄」をもたらすことになると予想される。 唯一トランプ政権が採れる準軍事的選択肢は、物理的破壊を最小限にとどめ、サイバ ー、電磁波などのソフトキルを主用し、無人機、ロボット、特殊作戦などを併用しつつ、 目標を指導部と核・ミサイル能力に絞って行われる、新形態の「斬首作戦」であろう。 このようなソフトキルを主とする作戦は、すでに行われている可能性がある。北朝鮮は 朴槿恵前韓国大統領を2 度も斬首作戦を行った犯罪者であり、北朝鮮に引き渡せと要求し たことがある。しかしソフトキルは、決定的成果にはつながっていない。 また、現在の経済制裁をさらに強化し、全面的な石油禁輸と金融制裁を併用した経済封 鎖を行えば、北朝鮮の経済と戦争遂行能力にとりに深刻な打撃となるであろう。昨年に は、ガソリンの値上がりなどの北朝鮮経済の悪化も伝えられており、経済制裁には一定の 効果があったとみられる。 ただし、その後の金正恩の3 度にわたる訪中により、北朝鮮は中国の後ろ盾を得た。 1,400km の地上国境を接する中国が、北朝鮮に対する経済制裁緩和に乗り出せば、制裁の 実効は上がらない。もはや経済制裁により北朝鮮に非核化を強要することはできないであ ろう。 いずれにせよ米国としては、実行可能で、かつ本格的な武力戦にエスカレートせず北朝 鮮に核ミサイル攻撃を決心させるに至らないとみられるぎりぎりのソフトキル、あるいは 海上封鎖のような準軍事的選択肢を追求せざるを得ないであろう。しかしそれでは、北朝 鮮の核・ミサイル能力を「完全かつ恒久的に」奪いCVID を実現することは困難であろ う。 米国としては、北朝鮮と交渉を続け、表向きはCVID 追求を掲げながらも、実質的に は、 ①イラン、シリアなどの他国やテログループに核・化学・生物兵器などの大量破壊兵器を 拡散させないこと、 ②核・ミサイル実験の禁止、 ③大量破壊兵器関連物質の増産制限と施設・従事者を含めた管理態勢の強化などを条件 に、さらに北朝鮮と核そのたの大量破壊兵器・弾道ミサイルの開発凍結交渉を行うこと を、具体的達成目標とする程度でおさめることにならざるをえないのではないかと思われ
る。 7 北朝鮮の核戦力が温存された後の朝鮮半島をめぐる米中露の覇権角逐 仮に米朝間で核・ミサイル開発の凍結・廃棄の合意が成立したとしても、北朝鮮はこれ まで何度も核・ミサイル開発を巡り、米国や国際社会を裏切ってきた。北朝鮮相手に合意 が成立しても、それが守りぬかれた事例はない。 北朝鮮の金正恩独裁体制が揺るがない限り、時間は北朝鮮側に有利に作用する。トラン プ政権のような強硬な政権がいつまでも続くわけではない。北朝鮮に対しより宥和的な政 権の登場を待ち、核・ミサイル開発を本格的に再開することもできる。 また国際原子力機関(IAEA)などの査察をかいくぐり密かに核兵器やミサイルの製造 を続けることも不可能ではない。平和目的のロケットと称してミサイル実験を行うことも できる。 他方で米国は、ウクライナ正面でのロシアとの対峙、長期化している中東での紛争など の対外的課題を抱えている。グローバルパワーの米国は、政権が替わっても欧州や中東正 面への関与を続けざるを得ない。 米国の国防費増額は限界にきている。世界7 か国で今も対テロ戦争を続け、3 兆ドル以 上の戦費を費やしてきた米国にとり、これ以上朝鮮半島で新たな戦端を開く財政的余裕に は乏しい。 米国は約20 兆ドルに上る連邦財政赤字を抱えており、年間 7 千億ドルを超える貿易赤 字も出している。国防予算は戦費も含めて7 千億ドルを超えているが、他方で大幅減税も 行われており、このため2019 年度は連邦予算の赤字はさらに 1 兆ドル増える見通しであ る。 財政と貿易の双子の赤字解消は、今や米国の存続にかかわる安全保障上の課題になって いる。 前方戦略態勢の見直しも必要かつ可能になっている。日韓などの前方展開基地を維持す るには多額の軍事費を必要とする。また、中朝露の中・短距離ミサイルの脅威が高まって おり、有事には在韓・在日米軍基地は危険にさらされる。平時の同盟国の基地反対運動な どの政治的リスクも高まっている。軍事的には、グアム、アラスカなどに配備した長距離 超音速ステルス爆撃機により、数時間以内でユーラシア大陸の内陸部まで精密空爆が可能 になっており、前方展開基地も空母艦載機の前方進出も必要ではなくなりつつある。 他方米国内では、移民問題、テロ、サイバー攻撃、さらにミサイル防衛システムでは迎 撃できない中露の機動型の極超音速飛翔体など、米国内を直接攻撃できる各種の脅威が高 まっている。 このように、米国自身の戦略態勢上から見ても、米本土防衛重視に転換することが、安
全保障上の要求に適い、費用対効果の大きい合理的選択になりつつある。在韓・在日米軍 基地の撤退又は削減は今後、米側の要請により進められる可能性が高まっている。トラン プ大統領も米朝会談後の会見で、将来の在韓米軍撤退の可能性について肯定的に答えてい る。前述したパット・ブキャナンも、在韓米軍撤退について、交渉の余地はあると述べて いる。 他方で、トランプ政権は、中露両国をライバル国と明確に位置付けており、脅威感を露 わにしている。特に米国の貿易赤字の半額近くを占め、約5 千億ドルとも見積もられる知 的所有権侵害による損失を与えている中国に対し、トランプ政権は、対中貿易戦争を発動 している。その狙いは、軍事力の基盤となる経済、技術面での中国の弱体化であろう。 ロシアについては、トランプ政権下に出された『核態勢報告』でも示されているよう に、米国を破壊できる核戦力を持つ唯一の国家として、ロシアの核戦力、特に低出力核を 重大な脅威と捉えている。そのため、トランプ政権は、低出力核兵器の増産など核戦力の 増強近代化を進めるとしている。 米中貿易戦争、南シナ海の軍事基地化、ウクライナ問題など、トランプ政権と中露との 対立関係には根深いものがある。地方で、中露はともに米国の覇権を弱体化させることを 目指している点で、戦略的利害が共通しており、当分協力的関係を維持するとみられる。 中国の国力とりわけ軍事力の増強は著しい。2017 年 10 月の中国共産党大会でも、習近 平総書記は、今世紀中頃には人民解放軍を「世界の一流の軍隊にする」との長期目標を掲 げている。中国は、「新型の大国関係」を米国との間で築き、西太平洋の覇権を確立する との野心を露わにしている。歴史的に中国の朝貢国であり、地政学上日米韓など海洋勢力 に対する緩衝国でもある北朝鮮の価値は、中国にとり今後も変わらないであろう。 ロシアも核戦力を中心に米国への挑戦を強めている。北朝鮮の近年の急激なミサイル、 サイバーなどの軍事能力向上の陰には、ロシアの支援があった。経済制裁に対してもロシ アは慎重である。米軍を極東正面に拘束し、主戦略正面である欧州正面での米国の軍事的 圧力を弱めるという手法は、スターリンも朝鮮戦争でとっている。プーチン政権はこの伝 統的戦略に基づき、北朝鮮に対する支援を今後も続けるであろう。 このような米国と中露との、朝鮮半島をめぐる覇権対立の構造と力関係の推移からみれ ば、今後10 年程度を見通した場合、朝鮮半島では、中露の軍事的圧力が高まり米軍のプ レゼンスが後退する可能性は高い。 中長期的には、北朝鮮の核・ミサイル能力は温存され、米国の朝鮮半島への介入は後退 し、中露の影響力が相対的に強まる中、南北朝鮮の当事者間の問題として朝鮮半島の将来 が決定されるようになるであろう。そうなった場合には、どのようなシナリオが考えられ
るであろうか。 8 朝鮮半島情勢の今後の推移 大きく分ければ、 Ⅰ 北朝鮮が主導して韓国を併合し半島統一を達成する場合 と Ⅱ 韓国主導で来て挑戦を併合し朝鮮半島が統一される場合 に分かれるであろう。その成立条件とシナリオは以下のようになるであろう。 Ⅰ 北主導の半島統一 核・ミサイル能力を温存し対米最小限抑止態勢を取った北朝鮮は、米韓合同軍事演習の 中止、在韓米軍の削減・撤退、米韓同盟の破棄、米中平和条約の締結など、半島での米国 の軍事プレゼンス排除を中露の支援を受けつつ実現しようとするであろう。 米韓側が応じなければ、ソウルを火の海にするなどと核恫喝を示唆し、強引に米韓分 断、韓国の政治的取り込みを図るとみられる。その際に中露は北朝鮮の後ろ盾となるであ ろう。 北朝鮮は、韓国に対しては、平和攻勢を強め、南北交流を呼びかけ、韓国の経済力を北 の経済成長実現のため最大限に利用しようとするであろう。 それに並行して、政治、言論面の工作を活発に行い、韓国国内の保守派の動きを封じる とともに、文政権を傀儡化して親北勢力をさらに勢い付かせ、政治的に韓国の取り込みを 図るであろう。最終的には金日成の唱えた「高麗連邦共和国」に似た形態での統一が進め られることになるであろう。 すなわち、一民族・一国家・二制度・二政府の下で連邦制による統一を主張し、現体制 下での選挙実施と連邦議会での北朝鮮の優位を前提とし、「先ず統一、後に同一感回復」 を訴える、実質的な北主導の統一である。 連邦制の下で、韓国国内では国家保安法の撤廃、共産主義政党結成の容認、在韓米軍撤 退など韓国の共産化が強行され、実質的な北による韓国の併合に至るであろう。 Ⅱ 韓国主導の統一 このシナリオは、韓国が北朝鮮の核恫喝に屈することがないよう、韓国が独自の核戦力 を保有することが前提となる。在韓米軍が留まり米国の核の傘への依存が続くとしても、 少なくとも韓国の核戦力保有の潜在能力は高められなければ、このシナリオは成立しない であろう。 北朝鮮が対米最小限抑止能力を持ち、米国の韓国に対する核の傘の信頼性が低下して も、韓国が、独自の核戦力を保有するか、またはいつでも核保有可能な能力を持てば、韓 国と米国の戦略核抑止力の連動性が強められ、韓国の対北核抑止力が強化されることにな
る。 トランプ政権は、この方向に既に舵を切っていると言えよう。韓国紙『中央日報』は、 韓国大統領府関係者が昨年11 月 8 日、原子力潜水艦導入について、北朝鮮の 6 度目の核 実験直後の9 月に行われた米韓首脳会談で「原則的な合意があった」ことを明らかにした と報じている。 なお韓国は、すでに通常動力型の弾道ミサイル搭載潜水艦を建造しており、SLBM を搭 載した新型潜水艦は2025 年頃に就役する模様と報じられている。 また2017 年 11 月 7 日の米韓首脳会談時に、韓国のミサイルの弾頭重量に制限を設けて いた米韓ミサイル指針を廃止することで両首脳は合意した。これで韓国は、弾頭重量が2 トン以上の「怪物」弾道ミサイルの開発を開始することになったと報じられた。 『ニューヨーク・タイムズ』紙は2017 年 10 月 28 日、米国科学者連盟の報告書を引用 して、韓国の核兵器製造能力を分析した結果、韓国が保有している24 基の原子炉から出 る再処理物質でプルトニウムを抽出すれば核爆弾4300 発以上を製造することができると 報じた。 同紙はまた、韓国が1970~80 年代に 2 度にわたって秘密裏に核兵器開発を試み、2004 年には韓国科学者がIAEA に報告せず核物質を再処理して濃縮したことがあるとも報じて いる。 親北左派の文政権下でも、国防費はこれまでの保守政権下の年率5%前後から、2018 年 度は4 兆 4500 億円、7.0%の伸びを示している。文在寅大統領自身も、在任間に国防費の 対GDP 比率を現在の 2.4%から 2.9%に引き上げると述べるなど、国防力の強化はこれま で以上のペースで進められている。 韓国軍は「3 軸システム」と言われる先制打撃力、弾道ミサイル防衛、大量報復反撃能 力を組み合わせた装備体系への近代化を進めている。 兵器の国産化も重視しており、国防研究開発費も約3,000 億円、日本の約 3 倍に達して いる。武器輸出についても35 億ドルを超え、2012 年に英国と補給艦、インドネシアと潜 水艦の輸出契約をするなどの実績を上げている。 このような韓国の国防努力を考慮すれば、北朝鮮の通常戦力の大半が数十年前の旧式装 備からあまり更新されていない状況の下で、北朝鮮の軍事的威圧に韓国が容易に屈すると は言えない。むしろ韓国が中長期的には、軍事的にも優位に立つ可能性が高まってくると みられる。 平和共存が続けば、人口で約2 倍、経済力では 1 人当たり GDP が数十倍以上の圧倒的 優位にあり、開かれた自由な体制の韓国が、長期の経済、外交、社会面での競争で優位に 立つであろう。長期的には、北朝鮮を内部から変質させ、韓国が北朝鮮を平和裏に吸収合 併することになるとみられる。 まとめ
前期の二つのシナリオのうちでは、いずれの可能性もあるが、北主導の統一Ⅰが韓国主 導の統一Ⅱよりもやや可能性が高いように思われる。 その理由は、北朝鮮の長年にわたる対南工作の成果とも言える、 ①文在寅政権の親北政策、 ②若者を中心とする親北ムードの高まり、 ③南北統一という民族的悲願に訴えるナショナリズムの扇動、 及び ④「民族の核」と米朝首脳会談を「自力」で実現させた金正恩と北の体制に対するコン プレックス などの、諸要因にある。 不合理ともいえる民族感情の激発が一挙に北主導の統一まで事態を進展させてしまう可 能性もあることを予期しておかねばならないであろう。 他方、韓国内で日米に友好的な政権が安定的に続き、Ⅱの韓国主導の統一が実現した場 合には、日本との関係も良好になり、価値観と体制を共有する日韓の共存共栄が実現し、 日本にとり最も望ましいシナリオとなるであろう。日本もこのようなシナリオ実現のため に、韓国を引き続き外交、経済面で支える必要がある。 しかし、日韓間には竹島問題、歴史認識、従軍慰安婦問題など容易には解決できない対 立点があり、韓国国内には根強い反日感情が残っている。そのことを考えれば、韓国主導 の統一朝鮮内でも、何らかの対立をきっかけに反日感情が燃え上がるおそれはある。 また、過渡期の南北併存状態でも、民族感情の高まりから、南北共に核保有をしたまま 南北和解統一の方向に動く可能性もありうる。その場合も、南北ともに反日的になるであ ろう。 北主導の場合はもちろん、南主導の場合も、統一朝鮮が反日国家となる可能性は高い。 朝鮮半島の休戦ライン沿いは世界一の軍事力対峙地域である。『平成29年版防衛白 書』によれば、韓国軍は地上兵力49.5 万人、海兵隊 2.9 万人、艦艇 240 隻、21.3 万ト ン、作戦機620 機、北朝鮮は地上兵力 102 万人、艦艇 780 隻、10.4 万トン、作戦機 560 機を保有している。 このような膨大な通常戦力が合体すれば、軍備削減をしたとしても、地上兵力は少なく とも100 万人、艦艇数百隻、30 万トン、作戦機 800 機以上にはなるであろう。 それに加えて1,000 発以上の核・化学・生物弾頭を載せた弾道ミサイル、数隻の SSBN (弾道ミサイル搭載原子力潜水艦)なども保有することになるであろう。 徴兵制が採られ、予備役は数百万人規模になるとみられる。さらに、韓国の経済力、技 術力が生かされ、南北共に軍備の近代化が推進されるであろう。 このような趨勢は南北いずれが主導しようとも基本的に変わりはなく、巨大な軍事力を 持つ反日国家が日本の隣国として対馬海峡の対岸に出現することになる。さらに日本とし ては、統一朝鮮のみならず中露の軍事的脅威にも、同時に備えねばならない。
このような情勢下で周辺国との軍事力バランスを維持するためには、日米同盟が継続さ れるとしても、SSBN など独自の核抑止力を保有するとともに、防衛費を対 GDP 比率で 少なくとも世界標準の2.4%に引き上げて通常戦力の質と量を向上させ、少子化の中でもマ ンパワーを確保するため徴兵制をとらねばならなくなるであろう。 統一朝鮮の出現は、戦後日本の太平の夢を破り、安全保障環境に激変をもたらすであろ う。そのような時が今後十年以内に到来する可能性は高い。今から日本は国家としてその ような事態に備える準備をしておかねばならない。 *図・写真は、防衛省ホームページから引用したものです。 http://www.mod.go.jp/j/approach/surround/pdf/dprk_bm_20180608.pdf *項目 6 以降は、月間『正論』2018 年 5 月号掲載論文を補備修正したものです。