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社会事業と生物学― 海野幸徳の「社会事業の性的分業」論 ―

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(1)

はじめに

 海野幸徳(うんのゆきのり,1879~1955)は 優生学者を経て,社会事業学者となった人物で ある(1)。海野は,1910年代から1930年代にかけ て,ジェンダーやセクシュアリティに関心を持 ち続け,多くの著作を残した。

 『興国策としての人種改造』で「婦人問題と 人種改造」[海野

1911

a:

144

-

68]に1章を割い ているほか,『男女の生活』[海野

1913

a

]や『現 代人の恋愛思想』[海野

1924

a

]といった著書 がある(2)。ただし,『男女の生活』は,検閲に よって「風俗壊乱」を理由として,発売頒布禁 止処分となっている[内務省警保局

1935

:

71

;

海野

1913

b:

14](3)

 『現代人の恋愛思想』では,ケイやギルマン,

シュライネル(シュライナー)といった先駆的 なフェミニストについても言及されている(4)。 なかでも,ケイに関しては,ケイの『恋愛と結 婚』に依拠して「エレン・カイ女史の自由恋愛 観」と題した章を設けているほどである[海野

1924

a:

81

-

105]。

 社会事業に関しては,『社会事業概論』で「社 会事業の性的分業」[海野

1927

a:

155

-

67],『社

会事業学原理』で「歴史社会事業と婦人の特質」

[海野

1930

:

598

-

666],『日本社会政策史論』で

「社会事業の性的分業」[海野

1931

:

354

-

64]に 1章を割いているほか,社会事業とジェンダー に関する多くの論文がある。

 その他にも,海野の文献目録によれば,海 野は産児制限,婦人参政権,男女共学などの 問題についても論文を執筆している[平田

2005](5)。また,社会事業と密接に関係するも のとしては,『廓清』を中心に,廃娼運動や婦 人保護といった矯風事業に関する論文を執筆し ている。

 なお,文献目録に記載されておらず,新た に確認できたジェンダーやセクシュアリティ に関わる文献として,年代順に,「現代婦人 と人類の堕落」[海野

1912

a;

海野

1912

b;

海野

1912

c

],「男女の性慾問題」[海野

1913

b

],「避 姙政策を提唱す」[海野

1914],「婦人職業問 題」[海野

1920

a;

海野

1920

b;

海野

1920

c;

海野

1921

a;

海野

1921

b

],「婦人と社会事業」[海野

1926]がある(6)

 本稿では,海野の「社会事業の性的分業」論 をまず概観する。そのうえで,生物学に基づく 科学的性差論との関係から検討する。なお,引

*早稲田大学大学院社会科学研究科 2011年博士後期課程満期退学(指導教員 久塚純一)

研究ノート

社会事業と生物学

― 海野幸徳の「社会事業の性的分業」論 ―

渡 部 克 哉

(2)

用に際しては,旧字体は新字体に改めた。現在 では不適切とされる表現は,歴史的史料である ことを鑑み,そのままとした。

 海野に関しては,優生学および社会事業の両 面において先行研究は多い。代表的な先行研究 としては,優生学に関しては鈴木[鈴木

1983

:

51

-

61

,

95

-

7

;

鈴木

1985],社会事業に関しては 中垣[中垣

1969

;

中垣

1981],優生学と社会事 業の両面に亘る研究としては市野川[市野川

2002

:

131

-

2

,

150

-

161]や杉田[杉田

2010

:

38

-

58

,

162

-

83],横山[横山

2012]によるものが ある。

 しかし,ジェンダーやセクシュアリティとの 関係を論じたものは少ない。優生学と関わりの 深い産児調節や優生結婚に関しては,フリュー シュトゥック[

Frühstück

2003

:

140

-

1

,

148]や 加藤[加藤

2004

:

103

-

6]が海野について取り 上げている。また,赤川が海野の性慾論に触れ ている[赤川

1999

:

182]。

 社会事業に関しては,岡田や吉岡が海野の社 会事業論におけるジェンダー観をザロモンの社 会事業論の影響から検討しているほか[岡田

2010

:

27

-

9

;

吉岡いずみ

2011],中根は社会事業 教育論の視点から論じている[中根

2011

:

140

-

7]。また,海保は海野の婦人方面委員に関する 主張を取り上げている[海保

2012

:

83]。

 特に,吉岡および中根は,海野の社会事業論 におけるジェンダー観を詳しく取り上げ,『現 代人の恋愛思想』に関連付けて論じているが,

『興国策としての人種改造』や『男女の生活』

といった1910年代の著書との関連については検 討しておらず,また科学的性差論に関する言及 もない。

Ⅰ 社会事業の性的分業 1 社会事業の性的分業

 海野は,1910年に『日本人種改造論』,1911年 に『興国策としての人種改造』といった優生 学に関する著書を刊行したが,1920年代になる と社会事業に関心を移し,1924年に『輓近の社 会事業』,1927年に『社会事業概論』を刊行し,

1930年に『社会事業学原理』によって集大成を 行った[中垣

1981

:

643

-

5]。

 海野は,『社会事業概論』において,社会事 業を消極的社会事業,積極的社会事業,綜合的 社会事業,超越的社会事業の4つに区分した

[海野

1927

a:

12]。これらの概念に基づき,社 会事業を「文化的基準に則り,人間の社会的生 存を完成するために,社会の欠陥を除去調整 し,生存の合理的方案を目標とし,更らに,こ れを統一して綜合原理による生活を実現するこ とを目的とするものである」とした。

 『社会事業学原理』では,若干修正し,社会 事業を「文化的基準に則り,集団の困窮を軽減 除去し,生存の合理的方案を目標として福祉を 獲得増進し,綜合的方案によつて困窮と福祉を 綜合し,よつて以て究極対象たる人間生活の完 成を企図することを目的とするものである」と した[海野

1930

:

97]。

 海野がこれらの社会事業研究を行っていた 1920年代には,社会事業は男性が中心的な役割 を果たしていた。中央社会事業協会(現在の全 国社会福祉協議会の前身)が1922年に全国の 社会事業従事者について行った調査によれば,

社会事業従事者は男性2

,

395人に対し,女性は 1

,

275人で男性の約半数に過ぎなかった[中央 社会事業協会

1923=1994

;

海野

1931

:

357

-

8]。

(3)

さらに,女性が従事していた事業は「看護婦」

などの医療的保護(402人),「保姆」などの児 童保護(642人)に著しく偏っていた。

 このような現状に対し,「我国官公社会事業 に関与する婦人は極めて少ない。婦人は社会 事業より除外されて居るやうなものだ」[海野

1927

b:

2]と嘆き,「我国では,今後,有給吏員 として婦人採用に一層考慮を払はなければな らないが女特志者の社会事業の参加は,この 際,我社会事業界に於て解決して貰はなければ ならぬ一個の懸案である」と述べている[海野

1927

b:

3]。また,海野が主宰する海野社会事業 研究所では女性も研究生として指導していく考 えであると述べている[海野

1926

:

9]。

 しかし,女性が社会事業に全面的に参加する ことを訴えたわけではない。「社会事業は性に よつて分界されなければならぬ」として,「社 会事業の性的分業」を主張したのである[海野

1927

a:

155

-

67](7)

 なぜなら,「男女の根本的差異は未だ発表せ られて居ない」と留保しつつも,性の差異を認 めつつある性科学の研究にしたがい,「社会事 業に於ても性別を容認しやうとする」ためであ る[海野

1927

a:

155]。

 ただし,分業ではあっても,「女子を男子と 同等なものとし,同様な権利義務をもつものと して導入し,社会事業へ婦人を参加せしむるこ とは最も妥当であり賢明な方法である」とした

[海野

1930

:

612]。

 女性による社会事業は「直観的で全的」,「全 体的」,「主観的」,「人間的」,「直接的」,「無意 識」,「完全」,「情意的」,「人格的」,「具象的」,

「任意的」であるのに対し,男性による社会事 業は「概念的で分析的」,「部分的」,「客観的」,

「物的」,「間接的」,「反省」,「不完全」,「知的」,

「非人格」,「抽象的」,「法的強制的」であると いう[海野

1927

a:

162

-

5

;

海野

1927

b:

11

-

4

;

1930

:

600

-

1]。

 「婦人の社会事業の分野は男子の概念社会事 業に対して体験社会事業である」とし,体験社 会事業を「感得すべくして教ふべからざるも の,それは主観的に内観すべくして外に呼指し えざるもの,それは組織を要せず単に心に集中 するもの,それは法則を超越して愛と情とに基 くもの,それは意識に上らざる幽玄なるもの,

最後にそれは実在そのもの,神仏そのものであ る」とした[海野

1927

b:

14

-

5]。そして,「社 会事業は男性的な科学と技術と,女性的な感性 と体験との融合によつて初めて完成する」と論 じた[海野

1927

b:

17]。

2 婦人方面委員

 具体的な分野としては,「社会事業に於て止 むをえず女子の分野となつて居るものは児童に 関するもの,家政に関するもの,育児に関する もの,医療に関するもので,これは如何にして も男子の占断を許さぬ種類のものである」と述 べている[海野

1931

:

356]。一方で,女性が少 なかった方面委員についても女性が向いている として,ドイツの事例を参考にしながら,多く の論文を発表した。

 方面委員について,「婦人方面委員のない方 面制は片輪である。それは男子に適当な事件の 処理は能きるけれども,婦人でなければ能きぬ 事件処理はそのまま残される」[海野

1927

b:

4]

と指摘した。

 「男子は概括的な調査に長けて居るが,個別 的な具体的な調査は婦人委員の方が適当であ

(4)

る」し,「婦人に関する事件,児童に関する事 件,家政に関する事件,病者に関する事件など は女ならでは完全に調査を遂行することができ ない」ためである[海野

1931

:

359

-

60]。

 そして,「婦人委員を欠く方面事業は粗放に 流れやすく乱雑に陥り易」く,「愛と同情を以 て応接しなければならぬ」訪問においても,「貧 民を慰問し,病者を慰藉するなど,婦人ならで は行ひがたきことが多い」とした[海野

1931

:

361]。

 このように,海野は女性と男性を対比的に捉 え,社会事業においてもその差異をあてはめた のである。ただし,「もちろん,社会事業に於 ける男女の分業を以て現形の如くいつでもある といふのではない。境遇が変り,事情が異へば 再び男女分業上の区別は改正せられなければな らない」とも述べている[海野

1928

:

59]。

Ⅱ 性的分業と生物学 1 科学的性差論

 19世紀後半から20世紀初頭にかけてのイギ リスにおいて,「女性問題(

Woman

Q

uestion

)」

と称される議論が出現した[小川

2001

;

荻野

2002

:

198

-

221

; Russett

1989=1994]。「女性問題」

とは,「女性とは何か,女性は本来いかにある べきかという女の本性論であると同時に,男と 女はどう違うかという性差論」であり,「科学,

とりわけ生物学を正当性の拠りどころとして闘 わされた」ものである[荻野

2002

:

198]。

 博物学者のダーウィンは,『人間の由来,な らびに雌雄選択』において,進化の過程の性選 択で女性は男性より早く成熟し,早く成長が止 まるのに対し,男性は発達を続けるため,男女 に知的能力の差が生じると考えた[小川

2001

:

154

-

5

;

荻野

2002

:

204

-

5

; Russett

1989

:

40

-

1=

1994

:

56

-

8]。そして,ダーウィンの弟子である 心理学者のローマニズは,女性は知的能力が 劣っている反面,愛情や同情,献身,自己否 定,敬虔さ,モラルの面などで優れているとし た[

Russett

1989

:

41

-

3=1994

:

58

-

60]。

 さらに,哲学者のスペンサーは男性と女性と の肉体的な差異,生理学上の差異は「子孫を守 り育てるにあたってのそれぞれの役割分担」に よるものであるとし,母性を強調したのである

[荻野

2002

:

207

-

9

; Russett

1989

:

43=1994

:

60]。

また,心理学者のエリスは『男性と女性』にお いて,男性が知的,抽象的であり,独立心に富 むのに対し,女性は情的で具象的なものに魅か れ,依頼心と模倣を特徴するといったように,

男女の相補対称性を重視した[荻野

2002

:

214

-

6]。

 このような科学的性差論は,日本にも影響を 与えた。良妻賢母思想において,「男女は単な る生殖能力の相違にとどまらず,生理的にも心 理的にも,そしてまた果たすべき役割の面から みても,大きく異なる,いわば対極的な存在と して措定されている」のは,その表れである

[小山

1991

:

52

-

4]。

 海野の「社会事業の性的分業」論も,この科 学的性差論の影響を受けたものであろう。『現 代人の恋愛思想』では,リッケルトやケイ,エ リスなどを参照しつつ,男女の差異について検 討し,「男女の差異はまだ明確には分らないが,

併し,男女に差異の存すことは確実疑なきこと である」と結論付けている[海野

1924

a:

239

-

70]。

 科学的性差論の影響は,優生学に関する著書 である『興国策としての人種改造』で明瞭に表

(5)

れている。このなかで,海野は「通常は雄の方 力強く,活動的で進歩的でかつ変化に富むもの である。雌は受動的で保守的で遅鈍である。雄 は能動的で進歩的であるから外界に交渉するこ と多く,従つて大なる頭脳を有し,知識に秀で て居るのである。之れに反し雌は他愛的精神に 優れて,母たる職責を遂行するから,感情的で ある」と,まず動物に関する説明から議論を展 開する[海野

1911

a:

145]。

 そして,この説明を人間にもあてはめた。「男 子は知識的で活動的で敏捷」で,「男子の責務 は生存競争に従事すること」であり,「社会組 織並に政治組織は男子の特質によりて形成さら れた」という[海野

1911

a:

149]。

 しかし,「同情の念慮,愛他の精神等感情的 要素が加味せられぬと鞏固なる社会組織も政治 組織も実現せられぬ」とし,「女子の特質は感 情」であり,「男女の特質は相合して完全なる 社会組織並びに政治組織を現生し,人類をして 完全なる生活を営ましむるものである」とした

[海野

1911

a:

150](8)

 このように,男性と女性を対比的に描き,男 性と女性によって人類が完全な生活を営むこと ができるという議論は,男女の社会事業の役割 を対比的に論じ,社会事業が男性的なものと女 性的なものによって完成するという「社会事業 の性的分業」論の基礎となったものであろう。

2 男女の分業

 また,「分業」という概念そのものも,科学 的性差論と同じく,19世紀後半から20世紀初頭 にかけてのイギリスにおける生物学の影響によ るものであろう。フランスの動物学者のミルヌ

=エドワールは政治経済学用語を借用し,「生

理学的分業(

the physiological division of labor

)」

という概念を生み出し,「自然界での創造は,

人間による創造とおなじく,分業によって完全 なものとなる」とした[

Russett

1989

:

131

-

2=

1994

:

170

-

1]。

 ダーウィンも,進化の過程で種の特徴の枝分 かれがどのようにして起こるのについて考察す る際に,この「分業」という概念を参照した

Russett

1989

:

132

-

4=1994

:

172

-

4]。 ま た, ス ペンサーは,生物組織のみならず,社会にも適 応し,「分業は動物のみならず社会にとっても,

それをひとつの生命体として機能させるものな のである」と論じた[

Russett

1989

:

137=1994

:

177

-

8]。

 そして,科学者たちは「それぞれの性は各々 に適した別個の機能を持ち,どちらも片方がな くてはやっていけず,各領域の境界がきちんと 守られてこそ社会の調和も進歩もなしとげられ るのだ」と考えるようになった[

Russett

1989

:

146=1994

:

187]。このような考えは教育学者に も影響を与え,ホールは女子教育の指導者たち に対し,女性としての特別な才能を伸ばすこと を旨とするように訴えた[

Russett

1989

:

148=

1994

:

189]。

 日本の良妻賢母思想においても,「分業」と いう概念が用いられた[小山

1991

:

54]。たと えば,教育学者の下田次郎は,「女子が妻とな り母となり,男子が夫となり父となるのは職業 には違ひない,是は天然の分業で,其境を踰へ る事は出来ぬ,妻となり母となるは女子に限る 職業である,此最も自然なる分業を取れば,夫 は外に出て職を執り家庭の生活を維持するの資 を儲け,妻は内にあつて家を治め子を教養する のが順当なるもので,男女の天職である,他の

(6)

職業にも天職に近いものがある,看護婦,産婆,

保姆,下婢等はそれである」と述べている[下 田

1904

:

287]。

 海野は,『興国策としての人種改造』や「人 種改造学上の婦人論」でも,「男女の分業」

を 強 調 し て い る[海 野

1911

a:

144

-

68

;

海 野

1911

b

]。「男女の分業は自然的であつて人為的 ではない。男の動的なる職責,女の静的なる職 責は自然の法則によりて定められたる人類生存 上の分業である」と述べている[海野

1911

a:

146]。

 続けて,「之の分業を撤廃するといふことは,

人類の適応を破壊することとなり,男も女も社 会も国家も衰敗することとなるのである。然る に婦人解放論者は自然によりて定められた人 類の適応を人為的に破壊せむとするのである」

と婦人解放運動を批判している[海野

1911

a:

146]。

 さらに,「男女には分業があるが優劣はない。

男女の人格は同一であるが男女は同権ではない のである。人類の幸福と進歩は男女の分業を完 全に遂行することより来るのである」とし,「男 女の分業」つまり「性的分業」に対する考えを 明確に示している[海野

1911

a:

161

-

2]。

 また,『男女の生活』や「生殖分業論」では,

「生殖分業」という概念を持ち出し,優生学的 な思想を強く打ち出している[海野

1912

d;

1913

a:

322

-

39]。まず,「生殖分業といふこ とは,分業を基礎として成立する現代の文明社 会にありては,何も珍奇なることではないので ある。人類社会は分業によりて成立して居る」

と,社会の分業を確認している[海野

1912

d:

24

-

5

;

海野

1913

a:

322]。

 そして,「人類は根本的に遺伝の産物であつ

て,境遇の産物ではない。それであるから,才 能が遺伝するならば,人類は生殖の分業により て,改良し改造することができる筈である」と し,イギリスの遺伝学者であるゴルトンの説を 参考にしつつ,「若し,生殖の分業が完全に行 はれたならば,優秀なる政治家,軍人,学者,

商工人の分量は大となり,国家は為めに興隆し 人種は為めに昌栄するであろう」としている

[海野

1912

d:

25

;

海野

1913

a:

323]。

 海野のこのような「分業」観が,イギリス における議論を参照しているのは明らかであ る。実際,海野はホールやスペンサーなどを引 用し,「女子が男子と同じく知識に偏重する結 果は,女子固有の感情を絶滅し,かくして女子 は生産の減退を来し,天才者並びに才能者たる 男子と共に敗滅し,人種並びに国家より優秀な る個体を排除し,かくして確実に人種並びに国 家の衰滅を来すのである」と警告を発している

[海野

1911

a:

157

-

60]。

おわりに

 海野幸徳の「社会事業の性的分業」論を生物 学に基づく科学的性差論との関係から検討して きた。海野の「社会事業の性的分業」論は生物 学と深く結びついていた。

 アメリカでも,20世紀初頭,女性は生物学的 差によって男性に比べ多様性に乏しいため,女 性を知的エリートに育てるのは社会的資源の浪 費であり,女性は看護や福祉,教職向けに教育 すべきだと,社会福祉と生物学が結びついた主 張された[

Fausto-Sterling

1985

:

14

-

7=1990

:

30

-

3]。

 アメリカでは,社会福祉は女性に向いている とされたのである。日本でも,1980年代後半か

(7)

ら,「社会福祉の対象となる人も,社会福祉を 担う人も,あるいは担うべきだと期待される人 も,女性が大勢をしめる社会」である,「社会 福祉の女性化」という現象が生じている[杉本

1997

:

ⅰ]。

 また,科学的性差論は,決して過去のもので はない。現在でも,男女のホルモンの違いが 脳の構造と機能の違いを生み,男性が視覚―

空間認識に優れているのに対し,女性は言語,

コミュニケーション技術に優れているという 認知能力の差につながるといった説明がされ,

職場での女性差別につながっている[

Fausto- Sterling

1985

:

14=1990

:

29]。

 「社会事業の性的分業」論が抱える問題は,

古くて新しいものである。日本において,男性 の領域であった社会福祉がどのように女性の領 域へと変わっていたのかは,今後検討していく 必要があろう。

〔投稿受理日2014. 12. 20 /掲載決定日2015. 1. 29〕

謝辞 本稿は,

JSPS

科研費24710303の助成を 受けたものである。

⑴ 名前の読みは,「うんのゆきのり」としている文 献と,「うんのこうとく」としている文献がある。

海野から直接教えを受けた中垣は,「うんのゆきの り」としているため,それに従う[中垣 1999: 9]。

海野の経歴に関しては,酒井[酒井 1969]や中垣

[中垣 1999],菊池[菊池 2010]が詳しい。

⑵ この他にも,『現代の青年運動』巻末には,海野 の内外出版からの近刊として『性教育の方法』,『婦 人の政治的自由』,『売笑問題』が予告されている

[海野 1924b]。特に,『婦人の政治的自由』は本文 のなかでも言及されている[海野 1924b: 11]。

  しかし,その3年後に同じ内外出版から出版さ れた『社会事業概論』の巻末には,海野の既刊に これらの著書は含まれていない[海野 1927a]。お

そらく出版されなかったのであろう。

⑶ 『男女の生活』は,1913年10月30日に発売頒布禁 止処分となった[内務省警保局 1935: 71]。この処 分について,海野は「無法突飛なる裁判官と,暴 虐乱暴なる警察官と無智魯鈍なる図書検閲官とを 有する我国は,如何程之れによりて損害をうくる か知れぬ」と手厳しく批判している[海野 1913b:

14]。

  『男女の生活』は,「青年男女に一定の性的知識 を授くる」ことを目的とし,「人種改造の見地より 性の問題を観察しやう」としたものである[海野 1913a: 3-4]。性慾や恋愛,美人などの議題につい て,クラフト=エビングやエリス,ヒルシュフェ ルトといった性科学者に依拠しながら論じている。

  なお,文献目録では,『男女と生活―性の社会 学的及び優生学的研究』とされ,発行未確認とさ れている[平田 2005: 15]。国際日本文化研究セン ターに所蔵されている。

⑷ 平塚明子(らいてう)が「19世紀の後半から20 世紀に亘つては婦人論者中の代表的人物として,

北米にミセス・ギルマン,南阿にオリーブ・シュ ライネル,瑞典にエレン・ケイなどが現はれ,各 自の立場から婦人問題の解決に就いて,特色ある 意見を公にして居りました」と述べているように,

当時の代表的なフェミニストである[平塚 1915: 265]。

⑸ 平田自身が指摘しているように,文献目録には

『横浜貿易新報』等に掲載された記事や,京都府社 会課が発行した『社会』に掲載された論文が欠落 している[平田 2005: 11]。なお,『社会』に掲載 された論文については,吉岡が一覧で示している

[吉岡真佐樹 2011: 80-2]。また,『第三帝国』や

『新人』に掲載された論文についても記載がない

[横山 2012: 37]。

⑹ 「婦人職業問題」は,1920年に創刊された『仏教 大学通信講義』の初年度講師として,海野が担当 したものである[中垣 1999: 20]。海野は,同1920 年から仏教大学(1922年に龍谷大学に改称)で社 会政策と社会学特殊講義を講義していた。

⑺ 岩崎盈子は,海野に言及はしていないが,「女性 の領野は単に女性の母性質,同情心,博愛心等々 を利用しての社会事業労働者として,参加区域に 制限せらるゝことなく,あらゆる社会事業に向つ てその全領域への参加権の獲得を主張するので

(8)

す」と,「社会事業の性的分業」を批判した[岩崎 1929: 1250]。しかし,岩崎のような意見は少数で あった。

⑻ イギリスの社会学者キッドは,1918年に刊行さ れた『力の科学』において,今日の文明が男性に よるものとし,「婦人の力や理想が,現代以後,人 間界に出現し,それが男子の文明や理想に融合 されることにより,初めて完全なる文明ができ る」とした[海野 1924a: 270-5]。この著作につい て,海野は「私に取つては大切なもので,私に深 き影響を与えたものである」と述べている[海野 1924a: 270]。

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