コムギ赤カピ病の第一次発生の伝染機構 並びに環境条件に関する研究
(V)自 然 状 態 に お け る 子 の う 殻 の 形 成 と 気 象 条 件
井 上 成 信
筆者ら(西門・井上・井上1952,井上ら1959,'60)は麦赤ガビ病の第一次発生期にお ける胞子の飛散状況とその病原性の実験から,本病の第一次伝染は子のう胞子の伝播が主 因であり,またその飛散数の多い時期が本病の発生に重要であることを明らかにした.さ らにまた降雨は発病の誘因として好適な条件を作るという理由の外に病原菌子のう胞子の 飛散を誘起し,かつ湿潤状態を形成することによって,子のう胞子の感染を好適にするこ となどの,主因並びに誘因の関係につし、ても報告した(井上・高須1959,井上1960,'62)
本病の第一次伝染源となる子のう殻は野外における麦わら,稲わら,稲株およびいね科 雑草わらなどに多数形成され,かっ子のう胞子を豊富に形成するものである.このことは 麦の出穂期には例年常に見られることであるが,春期の最初に形成される時期は気象の年 次変化によって著しく異なり,またその後の形成数においても気象の日変化によって著し く影響される.それゆえ,本病の伝染源の消長を究明するため,自然、状態における子のう 殻の形成がどのような気象条件によって影響され,かつもっとも多く形成されるかについ て実験した.本報では野外における稲株について子のう殻の形成状況を詳しく調べ,これ について詳細に記録を取った気象資料を用いて解析を試みたので,その結果を報告する.
この実験に当っては,貴重な気象資料を与えられ,終始御教示を賜わった微細気象学研究室高須謙 一教授に謹んで厚く御礼申し上げる.
実 験 材 料 と 方 法
1958年11月下旬,水田裏作の麦作地に散在していた稲株を採集し, その100株を,耕 して整地したほ場に横にして並べ,自然感染による子のう殻の形成状況を調査した.稲株 にはその採集時すでに本病菌が感染していることも考えられたので,高圧殺菌した稲株に ついても同時に観察を行なった. また実験開始 (11月下旬)以後の冬期の気象条件にお いて,新たに感染することにより,子のう殻を形成することの経過を観察するため,殺菌 した稲株に本病菌を接種したものについても実験Lた.接種法は本病菌を培養した稲わら (約2cm切片〕を地面に散布し,その上に高圧殺菌した稲株を並べておき, 稲株の下倶IJ
より自然に感染させる方法によった.
子のう殻の形成は.その形成程度を極少ないものより極めて多いものに至る5段階(土,
+,→十, ‑H+,附)に分け,また稲株の上側と地面に接する下倶
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(以下下側と記述す)とに 本報告の要旨はすでに昭和36年4月,日本植物病理学会において発表した.分けて観察した.稲株には1株ごとに番号を附し,それぞれの子のう殻形成の増加状況に ついて.2日おきに午前10時噴調査を行なった.
子のう殻形成の検討に用いた気象資料は研究所露場百葉箱内の標準温・湿度と稲株を並 べた実験地の地表温度で,両者の観測とも電子管自動平衡式抵抗温度計による記録を1時 間おきに読み取り,また1A聞の平均は 9時から翌日 9時までを平均して表わしたもので ある.
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果吉
実 験
稲株上における子のう般の形成状況
子のう殻の形成状況の検討には,調査した形成程度の基準に,その数的比率が適当と思 われた,土:1.
+:
3.+ ト :
6. 制 :8. 附 :10 (ただし州は本調査には認められなかっ た)なる数値を与え,その中間に相当した形成程度(少数)には中間値を与えた.その観 測数値により.1株当りの形成教を表わし,その結果を第1表に示した.子のう殻の形成株数別割合は無処理区(I)の稲株の上側に74%.下側に31%.殺菌 接種区 (II)の上側に56%,下側82%, 殺菌区(1I)の上側に14%, 下側に6 %であ った.これを時期的に見ると,第1図に示す如く 2月20日以前. 1区の上側に32%,下 側に11%. 1I区の上側に6 %,下側に28%,
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区の上側に2 %,下側に2 %の形成があ った. 2月21‑23日にはさらにI区の上側に25%, 下側に6%, 1I区の上側に26%, 下側に28%. :m区の上側に2 %,下側に2 %の形成があった.その2月23日までに,上 下別の形成株の総数に対し. 1区の上側に77.0%, 下側に54.8%. 1I区の上側に57.1%.下側に68.3%.][区の上側に28.5%,下側に33.3%の形成があったことになる.
その後は3月8日と同10日に新しい稲株に形成があったが, 他の日には形成株数の増加 が少ないか形成しなかった.これを各区の総数に対する形成教の割合で示すと, 2月23日
までにI区の上側に45.3%.下側に32.8%,1I区の上側に41.4 %.下側に43.9%,][ 区の上側に43.8%,下側に25.0%となり.3月8・10日の両日にはさらにI区の上側に 46.9%.下側に44.4%.1I区の上側に52.3%,下側に47.8%.
m
区の上側に56.3%, 下側に50.0%形成された. このように子のう殻の形成株数並びに 形成数はともに上記に示すような 日に増加し他の日には僅かしか 形成きれなかった.このことは子 のう殻が稲株に形成きれたのがあ る特定の日であることを示し.気 象条件が大きく影響していること を明確にしている.また接種区お
よび殺菌区では本病菌が12月以 後2月中旬に至る冬期においても 繁殖し,稲株にまん延したことを 示している.
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22 20 18
る子の稲株におけ表1 第 14 6
次に子のう殻形成の増加状況に ついて検討した.これについて形 成の増加状況を形成数の全体から 見ることは,形成の絶対増加数が 求められるのであるが,実際の形 成地加数についての気象条件を検 討する場合適当でないと考えた.
すなわち,形成数は無限に増加す るものでなく,個々の稲株におい て,ある形成数に達すると,その 後増加しにくくなるからである.
そのような考えにより,最初の形 成が同一日に認められたグループ 別に分け,子のう殻の形成数の増 加状況について調査しその結果 を第2図に示した.また子のう殻 の形成数を処理区別に調査日毎の 数 増加数で表わして見ると第3図の 如くである.それらの結果,
2
月 20日までと, 2 月 21~23 日, お よび 3 月 7~8 日に形成されたも のが数的にもっとも多く,次は3月 9~ 1O日に形成されたもので
あった.子のう殻形成の初期が呉 なっていても,また遅く形成を開 始した稲株においても,その増加 は前期に示す日であって,他の日 には形成の増加が少ないか,ある いは形成しなかった.形成数につ いて,自然状態で形成された稲株 (1区)の上保
u
における形成数 をl∞とした場合, 1区の下側が 30.8. 1I区の上側が71.7.下側が 83.1.m
区の上側が10.4,下側が5 . 2
となった. このことから形成 数は1,1I区に多く.m
区は前2者より著しく少なかった(第4図
A ) .
またその形成程度は, 第4
図Bに示す如く, 1株当り, 1区
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気象条件から見た子のう殻の 形成状況
子のう殻の形成数が多かった 2 月1O~20 日, 2 月 21~23 日,
3月7...8日は,第5図の気象 条件について見ると,他の日よ り平均温度がいずれも高いこと が認められる.しかし平均温度 だけでは子のう殻の形成を検討 することは困難である.すなわ
ち,子のう般の形成にはある経過時聞を必要とするからである.それゆえ温度条件につい ては, 60~150C を 10 段階に分けて読み取ったそれぞれの温度以上あるいは以下が 1 日聞 に何時間(1日を24回, 1時間毎に調査〉あるかを見ることにした. それによって得ら れた温度条件を第6図のように表わし,また子のう殻の形成に関係があったと思われた温 度附近を第7図のように表わした.
子のう殻形成数の多かった2月21...23日では21日の平均気温が11.10C (最高15.20C, 最低7.50C)であり, 100C以下にあった時間は短かった.またその日の地表面の平均温 度は11.90C(最高18.0oC,最低9.00C)で,この最低温度は気温の最低より1.50C高 かった.3月7...8日では,両日とも1日のほとんどの時聞が130C以上(標準気温120C 以上, 以下括孤内は気温を表わす〉で, 平均温度が14.60Cおよび14.90C (13.40C, 13.20C),最高温度が24.30Cおよび20.50C(18.80C, 17.20C), 最低温度が11.50C および12.80C(11.50C, 12.50C)であった. これらの温度に比較して子のう殻形成の なかった日の温度は第6図に示す如く著しく低かった.形成の開始日が不明確であった2
月1O~20 日の期間における気象条件について観察すると, 2月16...17日の平均温度は 11.50Cおよび11.40C (平均気温, 10. 30 C, 10.70 C ),最高温度は18.70Cおよび15.60C
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形成株の一株当りの形成数ハ
B) の稲株では上側に4.15,下側に 3.05, II区では上側に3.96, 下側に3.11, :m区では上側に 2.29,下側に2.67(:m区の形成 株数は上側14,下側6で非常 に少なく, 1, II区との比較は 不適当である〉で,稲株の上側 に形成が多かった.これらの結 果から,稲株における本病菌の 感染は実験を開始した11月下 旬以前すでに行なわれており,
これが無処理区の稲株に形成数 が多かった結果の現われと考え てよいのではなかろうか.
2.
~ 下側
稲株における子のう殻形成数の増加状況
第4図
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7 IJ /q 25 J 第5図子のう殻形成に関する気象条件
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1 日間 (9~9 時〉におけるそれぞれの
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第6因 子のう殻形成に関する温度条件(地表面〉
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(13. 90 C , 12. 50 C)で, 最低温度は9.5Cおよび10.10 C (9.00 C, 9. 80 C)であった が, 1日間のほとんどの時聞が110C(100C)以上であった.この温度条件は子のう殻の 形成が多かった3月7...8日と類似している.また他の日には非常に低い温度であったこ とから, 2月10...20日の期間における形成数の多かった日は, 最低温度が他に比べて著 しく高く, しかも 1日の平均温度も高かった2月16...17日であったであろうと推定され る. 1959年の2...3月には例年に比べて降雨が多く. 形成数が増加した日にはいずれも 降雨があった.この降雨が温度とともに子のう殻の形成に大きな影響を及ぼしたものと考 える. また形成日を推定した2月16...17日にも降雨があった. 子のう殻の形成には高温 度を必要条件とするのであるが,降雨によって寄主が湿潤となることが不可欠の条件であ
るから,本実験では空中湿度および風には直接の深い関係を見い出せなかった.
考 察
ほ場に露出した稲株における子のう殻の形成状況について観察すると, 1959年の春に は株数の77%に形成が認められ,形成数も著しく多かったのである.これは本病菌の稲株 への伝染が自然状態で頻繁に行なわれていることを示している.高圧殺菌した稲株でも本 病菌を接種すれば多数の子のう殻を形成した.したがってその形成には稲株の高圧殺菌に よる影響がほとんどなかったことが示されている.このことから,殺菌しただけの稲株に おける子のう殻の形成教が無処理区のそれより著しく少なかったことは, 11月下旬以前す
でに本病菌が稲株に侵入していたことを如実に示しているものである.これらのことはさ らに以下のことにも関係があるものと思われる.すなわち子のう胞子の飛散は麦穂への第 一次伝染として直接関係のない
9
月中・下旬にもピークを生じる(西門1 9 5 8
,井上1 9 6 2 )
が,これは本病菌の分散の役割として生態的意義が大きい.この時期における子のう胞子 の飛散が稲株への感染に直接あるいは間接に大きな関係があったものと考えられるのであ る.また殺菌した稲株にも形成されたことには,冬期
1 2
月から2
月の期間においても本病 菌が稲株へまん延,繁殖したことを示している.これは殺菌稲株に本病菌を接触させて自 然感染できる状態においた稲株に子のう殻が多数形成されたことからも証明できる.また 本病菌の発育に対する最低温度は3‑4
0C
である( r n c k s o n1 9 2 0
, 1lu 1 9 3 0
,l l n d e r s o n 1 9 4 8 )
ことによっても冬期の繁殖が考えられることである.このように稲株には本病菌が 繁殖して,子のう殻が多数形成されるのであるが,その形成は地面に接する下側より上側 に著しく多かった.また1株当りの形成数も稲株の下側より上側に著しく多かったのであ る. このことは子のう殻の形成が通気性に影響される(西門1 9 5 8 )
こと, および稲株の 上側は直射光線の影欝で,晴天時には著しく乾燥されるのであるが,子のう殻の形成が降 雨時またはその直後に行なわれること,さらにまた子のう殻は低照度の2 4 0 1 u x
でも形成 されるが, 自然散光のような明かるい程形成に好適である(井上1 9 6 2 )
ことなど, 稲株 の上側と下側における物理的並びに生物的影響によって受ける菌糸の繁殖に原因するので あろう.そのような2・3月の低温期における子のう殻の形成に及ぼす気象環境はどうであろう か. 子のう殻の形成は, 人工培養の定温器内における実験では, その最低温度が100̲
1 5
0C
の間にあり(井上1 9 6 2 )
,また培地が十分湿潤であることを必要とし,乾燥状態で は決して形成きれないものである.自然状態においては,子のう殻は降雨のあったときに 形成されるもので,降雨は寄主を湿潤にして,菌糸の繁殖を助長し,また形成時に不可欠 な水分を供与するからである.子のう胞子の成熟においても水分を得ることが不可欠の要 素であり,未熟な子のう殻は乾燥状態では決して子のう胞子を成熟せず,湿潤に移して初 めて成熟するもので,これはBen n e t t( 1 9 3 3 )
が報告していることと同じようである.西 門( 1 9 5 8 )
によれば本病菌の発育には栄養が必要であるが,子のう殻の形成には無栄養の ときが良好であることを述べ,またD i c k s o n a n d J o h a n n ( 1 9 2 0 )
は子のう殻の形成は本 病菌の生育の末期に行なわれると言う.これらの状態が稲株における子のう般の形成にも 影響しているものと思われる.野外における子のう殻形成の温度に関して見ると,それは高温であることが必要である が,冬期から早春期の如き低温の季節では,形成に必要な最低の温度より高い温度の持続 することが有利な条件のようである.そのような条件にあったとき稲株には子のう殻が多 数形成されるのである. しかしその形成数は形成の初期には少なく,その後さらに降雨が あって湿潤となり,気温の高かったときのみ急激に増加する.したがって少数であっても 子のう殻の形成が認められる時期には,全般に亘って稲株における本病菌が子のう殻を形 成できる状態に熱しているものと思われる.そしてその後前記のような気象条件に遭遇す れば,一度にかなり多数の形成が行なわれるもののようである.このような子のう殻の形 成状態と気象条件との関係により本病の伝染源に関する子のう殻形成の消長を知ることが できるのではなし、かと思われる.すなわち, 2・3月の低温の季節における子のう般の形
‑3 0
ー成は,最低温度の高いこと,および子のう殻の形成に必要な最低温度以上の持続とが温度 に関して有利な条件のようで, l10
C
以上の温度が長く続き, しかも降雨がたびたびある ような気象条件において形成されるようである.Bennett (1931)は子のう殻形成の第1条件は温度で,昼間の温度が250‑300Cが好適 で, 1日の平均温度が21‑220C以上であると同時に飽和湿度が必要であると述べている.
またBennett(1933)は1929年と 1932年との麦穂上における子のう殻の形成状況を比較 し,前者の年には形成が少なし後者の年に形成が多かったのは,両年とも降雨状態が同 じようであったが, 1932年には前者より気温が高かったので, この気温が影響したと結 論している.西門 (1958)は子のう殻形成の日平均気温は160C以上であることを要する と報告し, これを季節的に見ると 3月中旬頃から11月頃の期間となる. 筆者が実験した 1959年における稲株についての結果では, 子のう殻が形成された日の平均温度(実験を 行なった地表温)は11.40‑14.90C(平均気温10.70...13.40C)の範囲であり, かなり 低い温度で形成されることを認めた.これは稲株が地面上にあるため,地面からの蒸発水 分によって稲株が湿潤をおびている聞が長かったこと,および1959年には1
・
2月に降雨 が多かったことなどに影響されているであろう.このように冬期から早春に至る低温期の 野外における子のう殻の形成状況を知るためには,まずその形成に必要な最低温度以上の 持続時間と降雨とにより検討すべきでなかろうかと考えるのである.摘 要
1) 野外の地面に並べた稲株における子のう殻の形成は,稲株の地面に接する下側より 上側に多く,また1株当りの形成数も上側に多かった.その稲株における子のう殻の形成 は,前年11月下旬に殺菌した稲株より著しく多しその稲株には11月下旬以前すでに本 病菌が侵入していることを認めた.また殺菌後本病菌を接種した稲株における子のう殻の 形成は殺菌稲株に比べて著しく多く,冬期の低温期においても,本病菌が稲株に繁殖して
いることを認めた.
2) 野外における子のう殻の形成には気象条件として,特に温度と降雨が影響し,寄主 が湿潤になることが不可欠のようである. 1959年には, 2月20日すでに稲株上に子のう 般の形成が認められ,例年より 1ヶ月早かった.これは1月下旬から2月に至る期間に降 雨が多かったことが影響した.またその形成は降雨後の温暖な日に多かった.子のう殻が 形成された日の平均地表温度は11.40‑14.90C(最高15.60‑20.50C, 最低9.00‑12.5 OC)の範囲にあり, その日の平均気温は10.70...13.40C(最高12.50‑18.80C,最低 7.50‑12.50C)の範囲にあった.これらの温度の中最低温度が形成のなかった日に比べ
て著しく高かった.
文 献
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