はじめに
向社会的行動とは,相手の利益を意図し,共 感性などを伴って生起される行動であり,一般 に「他者の利益を意図した自発的な行動」と定 義されている(Batson, 1998; Eisenberg, Fabes,
& Spinrad, 2006)。中村(1987)は,類似概念
との関係をまとめ,純 粋に相手のことを思い助 ける行動が愛他的行動,外的な報酬を当てにし ている場合も含め相手を助ける行動を援助行 動,これらを含む社会が肯定するような行為の 一般的表現が向社会的行動であるとしている。岩立(1995)もこの三者関係をまとめ,その動 機の内容や下位行動の範囲によって分類してい る(Figure
1)。最近では,村上・西村・櫻井
(2016)が,Batson(1998)や
Eisenberg et al.
(2006)の向社会的行動の定義は向社会的行動
の性質を正確に表すものではないとし,「社会 的価値を有する,他者の利益を意図した行動」
と再定義している。これら向社会的行動に関す る概念的整理に共通する点として,向社会的行 動とは「他者の利益を意図した行動」を総称す る概念であるということが挙げられよう。
向 社 会 的 行 動 研 究 は,1964年 に 起 き た キ ティ・ジェノビーズ事件を契機に多くの関心が 寄せられ,その後多種多様な拡がりを見せた
(Penner, Dovidio, Piliavin, & Schroeder, 2005)。
本邦においても,諸変数との関連の検討や生起 のための状況要因の解明など多くの研究が行わ れてきた(本邦における初期の向社会的行動研 究については菊池(1984)を参照)。しかしな がら,後述の文献検索からもわかる通り,向社 会的行動研究の中で向社会的行動を行った効果 に関する研究は少ない。この理由として,そも そも向社会的行動がいわゆる良い行動として位 置づけられており,その効果は言わずもがなポ ジティブなものであると考えられていることが 挙げられる。実際に,向社会的行動のポジティ ブな効果を示している研究は多い。例えば二村
(2017)は,向社会的行動の実行に対する評価 について調査を行い,向社会的行動の実行が他 者からのポジティブな評価を誘発するものであ ることを確認している。また,Wentzel, Barry,
& Caldwell(2004)によって,向社会的行動を
本邦における向社会的行動の効果に関する研究の動向
―
マイクロ・メゾ・マクロの三視点から
―山 本 琢 俟・上 淵 寿
Figure 1 岩立(1995)による分類
よく行う者ほど質の高い相互的な友人関係を 持っていることが示されている。
一方で,向社会的行動によりネガティブな結 果が導かれる可能性を示す研究も散見される。
Greenberg(1980)は,向社会的行動を受けた
者が,向社会的行動の実行者に対して返報の義 務を感じている状態を心理的負債と呼び,向社 会的行動を受けた者が得た利益と行動の実行 者が払ったコストの和によって心理的負債が 規定されるとした。この心理的負債は抑うつ の高さと関連を持つことが示されており(Jou& Hukada, 2002),向社会的行動を受けた者の
抑うつが心理的負債と共に喚起される可能性を 指摘できる。また,Fisher, Nadler, & Whitcher-Alagna
(1982)の自尊心脅威モデルにおいては,他者から援助を受けることは自身の能力不足を 意味するため,援助を受けた者が自身や向社会 的行動の実行者に対するネガティブな評価を行 う可能性が示唆されている(松浦,2007)。
次に,先行研究において構築されてきた向社 会的行動に関連するモデルの中で,向社会的 行動の効果に言及しているものについて述べ る。向社会的行動についての最も有名なモデル に,Eisenberg(1986)の向社会的行動の発見 的モデルがある。このモデルでは,向社会的行 動を行った結果が実行者の有能感や自尊心に影 響し,その後の向社会的行動の生起に対する強 化子となる過程が想定されている。さらに,岡 田(2008)の友人関係の形成・維持の動機づけ モデルにおいても,友人に対する向社会的行動 の結果得られる親密さや満足感が向社会的行動 実行者の友人関係における動機づけに影響し,
その後の向社会的行動の生起を予測するという 過程が想定されている。これらのモデルでは,
向社会的行動の結果がポジティブなものであれ ば,行動実行者の精神的健康の向上やより自律 的な動機づけによる次の向社会的行動の生起が 予測され,結果がネガティブなものであれば,
精神的健康の低下や次の向社会的行動の不実 行,あるいは実行したとしてもより統制的な動 機づけによるものとなってしまうことが想定さ れている。
本邦において,子どもの思いやり意識を育む ことの必要性を唱えた教育政策(文部科学省,
2010)などとあいまって,向社会的行動研究に
多くの関心が寄せられている(西村・村上・櫻 井,2012)。学校教育においても,子どもに向 社会的行動を教えることの重要性が主張されて いる(渡辺,2014)。このような中で,向社会 的行動研究を概観し,その効果がポジティブな ものとなる要因やネガティブなものとなる要因 について整理することは,今後の向社会的行動 研究への寄与だけではなく,教育場面への貢献 という面でも意義を持つだろう。そこで,本論 文では,向社会的行動の効果に関する研究の整 理と今後解決の望まれる課題の抽出を目的と し,文献研究を行う。方法
向社会的行動が「社会的価値を有する,他者 の利益を意図した行動」(村上他,2016)と定 義されていることを考慮すると,向社会的行動 を実行する社会環境によってその価値が必ず しも同じではない可能性を指摘できる。そこ で,本論文では,本邦における向社会的行動研 究に焦点を絞り,向社会的行動の効果に関する 研究の動向を整理していく。文献検索は,中 村(1987)や岩立(1995)の分類と向社会的行
動が「他者の利益を意図した行動」であるとい う考えに依拠し,査読プロセスを経ている国内 の学術論文を文献検索の対象とした。文献の検 索手順として「向社会的行動」,「援助行動」,
「愛他的行動/愛他行動」,「利他的行動/利他 行動」をキーワードとし,CiNii Articlesにお いてキーワード毎の検索を行った。文献検索 は
2020
年9
月5
日17
時頃に行った。文献検索 の対象となる学術論文と一連の研究であると考 えられる論文や複数の論文において引用されて いる論文については,査読プロセスのない大学 紀要などであっても本研究で考慮すべき対象と した。なお,ソーシャルスキルやソーシャルサポー トを扱った研究において,向社会的行動として あてはまり得るものも一部みられたが,ソー シャルスキルによる行動やソーシャルサポート としての援助には行動実行者の利他性が明記さ れていない。そこで,これらの概念は向社会的 行動やその効果に関する議論の材料とするには 不十分であると判断し,本論文ではこれらの概 念に関する研究は扱わない。
文献検索の結果,289件の学術論文を抽出し た。その後,本研究の目的に即した研究を選択 するため,①本邦における向社会的行動の効 果に言及している,②ヒトを対象としている,
③展望論文でない,という
3
つの基準を用いて その後の分析の対象とする研究を選択した。こ れらの基準をもとに各研究の内容を検討した結 果,向社会的行動の予測因子のみに関する研 究,日本以外で実施された研究,ヒト以外の動 物の向社会的行動に関する研究,展望論文など を本研究の対象から除外し,最終的に33
件の 論文を対象に文献研究を実施した。ところで,近年,向社会的行動の多様化に伴 い,マイクロ・メゾ・マクロの
3
つの関係性の レベルで向社会的行動を分類することが提唱さ れている(Penner et al., 2005)。マイクロレベ ルとは,個人における向社会的な傾向の起源や その傾向の差の観点から向社会的行動を捉える 視点であり,メゾレベルとは,特定の状況にお ける行動実行者と受け手の二者関係から向社会 的行動を捉える視点であり,マクロレベルと は,集団や大きな組織の中で行われたものとし て向社会的行動を捉える視点である(Penneret al., 2005)。向社会的行動研究について網羅的
にまとめたThe Oxford Handbook of Prosocial Behavior(Schroeder & Graziano, 2015)におい
ても,これら3
つの視点を軸に向社会的行動に 関連する研究が整理されている。本研究においても
Penner et al.(2005)の分類に倣い,マイ
クロ・メゾ・マクロのレベルに研究を分け,知 見を概観する。
結果と考察
1.マイクロレベル
マイクロレベルでは,向社会的行動を行うこ とによる心理的な変化に関する知見,過去の向 社会的行動の経験に関する知見がみられた。
1.1.向社会的行動を行うことによる心理的 な変化について 黒田・桜井(2003)は,中学 生を対象に,「自分とは違う考えの友達とも話 をしてみたい」という経験・成長目標を持つ生 徒が,友人への向社会的行動を行うことによっ て身の回りのポジティブな出来事を認知しやす くなり,結果的に抑うつ傾向の減少や友人関係 における充実感の増加につながることを示唆し ている。より直接的な関連として,大隅・山根
(2016)は,大学生を対象に,友人・知人や他 人に対する過去の利他的行動が現在の主観的幸 福感を予測することを示している。大隅・山根
(2016)の研究では,主観的な社会経済的地位 と利他的行動の頻度との交互作用も確認されて おり,特に主観的な社会経済的地位が低い場合 において,他人に対する利他的行動の頻度が高 いほど主観的幸福感も高くなっていることが確 認されている。ただし,金築・金築(2010)は,
大学生を対象に,過剰適応傾向が高く向社会的 行動を行ってきた者は,自分への過度な要求を 課す信念や他者依存的な信念の得点が高く,精 神的健康度が低いことを示している。感情的な 側面に言及したものとして,二村(2014)は,
大学院生を対象に,向社会的行動を行うこと で,多くの行動実行者が「うれしい」,「いいこ とをした」というポジティブな感情を持つこと を確認している。同時に,少数ではあるが「気 まずい」,「申し訳ない気持ちになる」というネ ガティブな気持ちになる者がいることも確認さ れている(二村,2014)。
高齢者を対象としたマイクロレベルの研究も 散見され,妹尾・高木(2003)は,高齢者を対 象に,日常的な援助行動を行う高齢者が「愛他 的精神の高揚」,「人間関係の広がり」,「人生へ の意欲喚起」という認知を持つようになること を見出している。また,これらの援助行動によ る効果が高いほど,援助行動を継続する動機の 高まりを予測することも確認されている(妹 尾・高木,2003)。さらに,妹尾・高木(2004)
は,高齢者を対象に,援助行動後の認知的・感 情的経験として,行動実行者の「相手の役に立 てたと感じられた」,「自分自身に得るものが あった」といった項目の平均値が高くポジティ
ブな経験を非常によく認知していること,「余 計なことをしたと後悔した」,「労力と時間を無 駄にしたと感じた」といった項目の平均値が低 くネガティブな経験をほとんど認知していない ことを示している。加えて,調査対象者のうち 援助行動後のポジティブな経験を認知している 高齢者ほど高い自尊感情と社会的統合感を示す こと,ネガティブな経験を認知しているほど低 い自尊感情,士気,社会的統合感と関連してい ることが確認されている(妹尾・高木,2004)。
以上の内容より,向社会的行動の実行は行動 実行者の主観的幸福感やポジティブな認知・感 情の促進という結果につながることが示唆され た。一方で,向社会的行動を多く行っていても 過剰適応傾向の高い個人においてはむしろ低い 精神的健康度を示すことや向社会的行動を行う ことでネガティブな気持ちになる者が少数いる ことも確認された。過剰適応とは「内的な欲求 を無理に抑圧してでも,外的な期待や要求に 応える努力を行うこと」である(石津・安保,
2008)。そのため,周りの期待や圧力など外的
な統制要因の影響を強く受け,向社会的行動を 実行せざるを得ないような場合には,向社会的 行動が特にネガティブな効果を持ち得るといえ よう。1.2.過去の向社会的行動の経験について 松浦(2003,2006)は,大学生を対象に,過去 に援助行動を実行した状況と同じ状況であれ ば,調査対象者の
70%以上が再度の行動実行
意思を持っていることを確認し,特に,過去の 援助行動を完遂できたかどうかという認知が次 回の行動実行意思を高めることを明らかにして いる。小國・小林・大竹(2020)も,大学生を 対象に,過去に行ったことのある援助行動を想起することが,過去と類似した状況における高 い援助効力感や援助意図と関連していることを 示している。
以上の内容より,過去の向社会的行動経験が 向社会的行動における自己効力感や結果期待を 高めていることが推察される。
2.メゾレベル
メゾレベルは,行動の実行者への評価に関す る知見や行動を受けた者に関する知見がみられ た。以下,これらの知見について記述を行う。
2.1.向社会的行動の実行者への評価につい て 相川(1984)は,大学生を対象に,援助を 受ける場合の方が受けない場合よりも援助実行 者に対するポジティブな評定が高まることを示 しており,その中でも援助行動実行者への返報 の機会がある場合の方がない場合よりも実行者 への魅力度評定は高いことを示している。谷 口(2012)は,大学生を対象に,援助行動を受 ける場面を想起することでその援助実行者への 好意を抱くことを確認している。また,援助実 行者との親密度,援助実行者が援助を自発的に 行ったか要請を受けた後に行ったかという意図 性,援助を自分だけに行ったか他の友人にも 行ったかという特定性の
3
つのうち,親密性と 特定性が高いことで援助実行者に対する好感度 もより高く認知されるが,意図性は援助を受け た者からの評価を調整しないことが示されてい る(谷口,2012)。これに対し,西川(1986)と西川・高木(1986)は,大学生を対象に,援 助行動を受ける場面を想起させ,その援助行動 の意図性によって援助実行者への好意度が調整 されることを示しており,援助行動の結果に対 する意図性の調整効果について谷口(2012)と
西川(1986)や西川・高木(1986)で結果が整 合していない。この理由として,谷口(2012)
では意図性を「援助実行者が援助を自発的に 行ったか要請を受けた後に行ったか」と捉えて いる一方で,西川(1986)と西川・高木(1986)
では「援助実行者が援助を自発的に行ったか他 者からの強制により行ったか」と捉えているこ とが挙げられよう。西川(1986)と西川・高木
(1986)では,非意図的な援助行動として「仕 方なく援助行動を行う」という側面が強調され ており,谷口(2012)に比べて意図性を伴った 援助行動と意図性を伴わない援助行動との開き が大きい。ゆえに援助行動の受け手から行動実 行者への好意度評定にも差が生じたと考えら れる。
一言・新谷・松見(2008)は,大学生を対象 に,過去数週間以内に受けた援助行動の実行者 に対して,「やさしい」,「思いやりのある」な どの肯定的な印象を強く持つことや,僅かでは あるが援助実行者に対して「うぬぼれた」,「自 分勝手な」などの否定的な印象を持つことを確 認しており,援助実行者の性別や実行者との関 係性によって印象の得点が変動することを示し ている。しかしながら,一言他(2008)の研究 では,援助行動の受け手から行動実行者への印 象について「とてもそう思う(4点)」,「そう 思う(
3
点)」,「少しそう思う(2点)」,「全く そう思わない(1
点)」の4
件法で評定を求め ており,援助行動実行者に対する否定的印象の 平均評定値は1
点と2
点の中間あたりである。ゆえに,援助行動を実行することによってその 受け手に否定的な印象を与えるかどうか,一言 他(2008)の研究から論じることはできない。
以上の内容より,向社会的行動を受けること
で行動実行者に対する魅力度や好意度を高く認 知したり,肯定的な印象を抱くことが確認され た。向社会的行動を実行することで,その受け 手から行動実行者へのポジティブな評価が喚起 されることが示唆されたといえる。
2.2.向社会的行動を受けた者について 青 年期を対象とした慰めに関する一連の研究(小 川,2014;小川・中澤,2014;小川,2018)に おいて,励ましや共感,そばに寄り添うといっ た直接的な慰め行動はそれを受けた者の感謝感 情を喚起する一方で,テストの失敗場面におい て慰められることにより「自分のダメな部分を より意識する」,「自分は相手より劣っていると 思う」というネガティブな考えが喚起されるこ とが確認されている。さらに,これらネガティ ブな考えが自責や慰め実行者への反発を予測す ることも示唆されている。
相川(1984)は,大学生を対象に,援助行動 を受けることと「心苦しさ」の認知評定が高い こととの関連を指摘している。同様に,一言他
(2008)は,大学生を対象に,援助を受けるこ とに伴って「うれしい」といったポジティブな 感情を強く抱くと同時に,「恥ずかしい」,「後 悔」などのネガティブな感情を僅かに抱くこと を示している。相川・吉野(2016)において も,大学生と大学院生を対象に,援助行動を受 けることによって「感謝」,「満足感」,「申し訳 なさ」といったポジティブとネガティブ両側面 の認知を抱くことが指摘されている。西川・高 木(1986)は,大学生を対象に,複数回同じ相 手から援助行動を受ける場合と初めての相手か ら援助行動を受ける場合において行動の受け手 が抱く感謝感情や嬉しさ,憂うつさについて検 討し,複数回同じ相手から援助行動を受ける方
が感謝感情と嬉しさ得点は高く,憂うつさ得点 が低いことを確認している。向社会的行動を受 けたことによる感謝感情の喚起については,向 社会的行動の受け手と行動実行者との関係性や 向社会的行動の実行におけるコストなどにより 得点差はあるものの,他の研究においても同 様に示されている(西川,1986;西川・高木,
1986;一言他,2008;白木・五十嵐,2016;吉
野・相川,2018)。西川(1986)は,大学生を対象に,援助を受 けた者が,実行者にコストを払わせたという罪 の意識としての返礼義務感を抱くこと,この返 礼義務感は行動の自発性,援助の成果,援助の ためのコストによって調整されることを見出し た。また,松浦(2007)は,大学生を対象に,
援助を受けた者が罪責感を大きく感じることを 確認している。返礼義務感や罪責感と類似の概 念である心理的負債については,向社会的行動 の価値やコスト,実行者の誠実性,実行者と行 動を受けた者との関係性,行動を受けた者の特 性としての負債感,行動を受けたことによる成 果,によって向社会的行動を受けた者の心理的 負債に得点差が生じることが示されている(吉 野・相川,
2018;白木・五十嵐, 2016;一言他,
2008;相川,1988a,1988b)。さらに,白木・
五十嵐(2016)は,大学生を対象に,受けた向 社会的行動の価値を高く認知するほど,また向 社会的行動に伴う行動実行者のコストが高いほ ど,直接互恵行為についてもその生起率の上昇 を確認している。
援助行動の適切性に言及した松浦(2007)は,
大学生を対象に,援助行動として不適切な行動 を受けた場合,適切な援助を受けた場合に比べ て援助行動の受け手が抱く不満感や痛痒感は大
きく満足感は小さいことを示している。
以上の内容より,向社会的行動を受けた者は 感謝感情などのポジティブな感情と心理的負債 感などのネガティブな感情の両方が喚起される ことについて示唆を得た。日本人はアメリカ人 に比べて,被助行動を受けた際に受け手自身の 利益よりも行動実行者の払ったコストに注目し やすく,被援助によって喚起される心理的負債 の得点も高い傾向にある(一言他,2008)。ゆ えに,心理的負債感や返礼義務感,罪責感,申 し訳なさといった認知は,遠慮がちな日本人の 気質に起因する部分が大きく,ネガティブなも のとは断定できない。ただし,失敗場面での慰 めや不適切な援助行動を受けた場合には,行動 の受け手にネガティブな認知が喚起されるた め,向社会的行動を実行しさえすれば対人関係 におけるポジティブな結果が得られるわけでは ないことが分かる。
2.3.その他について メゾレベルにおける 向社会的行動の実行者に関する知見として,田 渕・三浦(2014)は,中高年男性を対象に,自 身の経験を若者に伝えるという利他的行動の実 行場面を設定し,行動実行者である中高年男性 から利他的行動を受けた若者が笑顔やうなずき といったポジティブな反応を示した場合,利他 的行動実行者の世代性が向上することを確認し ている。世代性とは,「次世代を教え導くこと への関心」を意味する概念であり,壮年期以降 の心理社会的発達課題とされている(田渕・三 浦,2014)。ゆえに,行動の受け手からのポジ ティブな反応を前提として,向社会的行動は中 高年者の心理社会的発達に寄与することが示唆 された。
3.マクロレベル
マクロレベルでは,二者関係を越えて所属集 団や所属する社会に波及すると考えられる研究 について記述を行う。具体的には,他者の向社 会的行動をモデルとしたモデリングの発生に関 する知見や向社会的行動を受けることによる間 接互恵行為の生起に関する知見,向社会的行動 の受け手ではない第三者による行動実行者への 評定についての知見が見られた。
3.1.他者の向社会的行動をモデルとしたモ デリングの発生について 森下(1990a)は,
幼児を対象に,他者への思いやりやいたわり得 点が低い幼児の中で,事前に援助モデルを観察 した群の方が,観察していない群に比べて,観 察場面と同じ状況における同じ援助行動を有意 に多く生起させることを示している。また,森 下(1985)は,モデリングの対象を幼稚園の担 任に設定した研究において,男女ともに担任の 愛他的行動をモデリングしている幼児の姿が確 認され,特に担任の態度を受容的だと認識して いる女児は,そうでない女児よりも愛他的行動 のモデリングを有意に多く行っていることを確 認している。さらに,森下(1990b)は,モデ リングの対象を母親に設定した研究において,
男女ともに母親の態度をどう認識しているかに 関わらず,幼児による向社会的行動のモデリン グが発生したことを確認している。小学生にお ける向社会的行動のモデリングについて,桜井
(1990)は,子どもによる両親の向社会的行動 の認知と子ども自身の向社会的行動頻度との間 に非常に大きな正の相関があることを根拠とし て,両親をモデルとした向社会的行動のモデリ ング効果を指摘している。
以上の内容より,少なくとも幼児と小学生に
おいて,特身近な他者をモデルとした向社会 的行動のモデリングが生じていることが示さ れた。
3.2.間接互恵行為の生起について 間接互 恵効果について,白木・五十嵐(2016)は,大 学生を対象に,過去に友人から受けた向社会的 行動を想起する際にその行動の価値を強調され たり,実際に受ける向社会的行動の価値を高く 認知することによって間接互恵行為の生起率 が上昇することを確認している。相川・吉野
(2016)の研究においても,大学生と大学院生 を対象に,自身が援助された経験によって喚起 される感謝感情を媒介して第三者への向社会的 行動の意思を高めることが示されている。
3.3.向社会的行動の受け手ではない第三 者による行動実行者への評定について 横塚
(1989)は,中高生を対象に,過去の向社会的 行動の経験を問い,その経験が多い者ほど周り の仲間から思いやりがあるとして名前を挙げ られる量が多いという結果を示している。二 村(2017)は,大学生を対象に,向社会的行動 の実行に対する第三者的視点からの評価はポジ ティブであり,不実行に対する評価はネガティ ブであることを確認している。加えて,向社会 的行動を実行することによって実行者が得る利 益,支払うコスト,向社会的行動による実行者 への利益の有無が既に分かっているかどうかの
3
軸を用い,実行者に対する「道徳性」,「温か さ」,「よさ」の評定に差が生まれることを示し ている(二村,2017)。山本・田中(2018)は,大学生を対象に,援助行動実行者の持つ利他的 な動機や状況における援助の必要性を高く見積 もるほどその援助行動に対する第三者からの評 価が高まることを示している。向社会的行動に
対する第三者からのネガティブな評価として,
二村(2014)は,大学院生を対象に,向社会的 行動の実行者に対して多くの者はポジティブな 評価を抱くことを確認しているが,寄付行動の 実行者に対して「偽善に感じる」といったネガ ティブな評価やアンビバレントな評価が少数存 在することを確認している。
以上の内容より,向社会的行動の実行に対す る第三者からの評価はおおむねポジティブなも のであることが確認された。このことは,先述 の向社会的行動の間接互恵効果にも寄与してい ると考えられる。例えば,向社会的行動の実行 を目撃することで,目撃者は向社会的行動の実 行者やその行動自体へのポジティブな評価を行 い,この評価が自身の行う向社会的行動に対す る強化子として機能する可能性を指摘できる。
3.4.その他について 向社会的行動の効果 に関連した本邦における唯一の実践研究とし て,竹島・田中(2019)は,小学生を対象に,
児童が互いの向社会的行動を肯定的に報告し合 うよう,学級レベルでの支援・介入を行いその 効果を検証した。25日間の介入の結果,学級 成員の抑うつ平均得点は有意に減少しており,
担任教師からも児童の向社会的行動が増えたこ とや児童が互いに向社会的行動を促し合う場面 が多く見られたことが報告されている(竹島・
田中,2019)。つまり,向社会的行動への気づ きや行動に対する肯定的評価を行う機会を設け ることで,向社会的行動のポジティブな効果と して学級での抑うつの減少や互恵性的風土の醸 成が生じたといえる。竹島・田中(2019)の実 践的知見は,向社会的行動の伝播についても集 団成員間での肯定的な評価を伝え合うことに よって促進される可能性に言及可能なものであ
ると考える。
まとめ
以上,3つのレベルにおいて向社会的行動の 効果に関する知見を整理し,向社会的行動の効 果はおおむねポジティブなものであることが確 認された。一方で,失敗場面など特定の状況下 での向社会的行動や不適切な向社会的行動がネ ガティブな効果を持つことも確認され,向社会 的行動の実行が好まれない場面の存在が示され た。また,このような特定の場面ではなくと も,外的な統制要因の影響を強く認知している 場合,向社会的行動の効果はネガティブなもの となることが示唆された。これらの知見を整理 すると,今後の向社会的行動研究における課題 として以下の
2
つが抽出される。1
点目は,本邦における向社会的行動の効果 に関する研究自体が少ない点である。その中で も特に大学生・大学院生以外の年齢を対象とし た研究を積極的に行っていく必要があると考え る。本研究で対象とした論文における調査対象 は,幼児3
件,小学生2
件,中学生4
件,高校 生3
件,大学生・大学院生22
件,中高齢者3
件であった。向社会的行動が学校教育において 指導すべき内容として取り上げられていること(渡辺,2014)を考慮すると,特に義務教育課 程にある小・中学生を対象とした研究を進めて いくことには大きな意義を感じる。まずは向社 会的行動の効果に関する研究を広く進め,得ら れた知見がその他の年齢層においても共通する か検証するといったように,横断的な視点によ る研究の蓄積が必要であろう。
2
点目は,向社会的行動の効果の違いにつな がると考えられる向社会的行動の質的な違いについて,より様々な視点からの検討が必要な点 である。例えば,向社会的行動は個人的な重要 性や価値観,外部から与えられる賞や罰によっ て生起し得る行動であるため,自己決定理論 の適用が提案されている(Weinstein & Ryan,
2010)。自己決定理論では,行動の理由として
自律性に着目し,自律性の程度によって行動 の動機づけが段階分けされている(詳しくはDeci & Ryan(1985)や西村(2019)を参照)。
本論文から,外的な統制要因の影響を強く受け 向社会的行動を行わざるを得ないような場合に は,向社会的行動実行者の精神的健康度が減少 するという示唆も得られた。特に,子どもは親 や教師から外的に統制される機会も多いと考え られるため,向社会的行動の自律性の程度を考 慮し,その効果と共に検討することは有意義で あろう。また,高木(1983)は,向社会的行動 を実行する動機として「援助への合理的認知判 断」,「責任の分散の不可能性」,「援助及び被援 助経験」,「援助者と被援助者の人格特徴と感情 状態」,「非援助出費と援助報酬の予想」,「援助 者と被援助者の間の関係」という
6
つの型を見 出している。そして,これら6
つの動機型に よって生起される向社会的行動の種類は異なる ことが確認されている(高木,1983)。向社会 的行動の質的な違いによる,それぞれの向社会 的行動の効果を検討することで,より具体的な 理解につながると考えられる。本論文では,一般的に良いものと考えられて いる向社会的行動について,その効果に関する 本邦の研究を概観した。向社会的行動は,他者 と協働するための社会的・情動的能力の
1
つに も数えられている(Bergin, 2014)。当然,向社 会的行動を実行しさえすれば他者との協働につながるわけではない。先述した
2
つの課題を中 心に,向社会的行動の効果に関する研究を積み 重ねていく必要があるだろう。引用文献
相川充(1984).援助者に対する被援助者の評価に及 ぼす返報の効果 心理学研究,55,8-14.
相川充(1988a).援助に対する被援助者の認知的反 応に関する研究―心理的負債の決定因に関す る研究 宮崎大学教育学部紀要社会科学,63,
37-48.
相川充(1988b).心理的負債に対する被援助利益の 重みと援助コストの重みの比較 心理学研究,
58,366-372.
相川充・吉野優香(2016).被援助者による第三者へ の向社会的行動の生起過程に関する検討 筑波 大学心理学研究,51,9-22.
Batson, C. D. (1998). Altruism and prosocial behavior.
In D. T. Gillbert, S. T. Fiske, & G. Lindzey (Eds).
Handbook of social psychology. (Vol. 2, pp. 282- 316). Boston, MA: McGraw-Hill.
Bergin, C. (2014). Educating students to be prosocial at school. In L. M. Padilla-Walker, & G. Carlo (Eds). Prosocial development: A multiple approach.
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